腐敗公の嫁先生~人外夫をうっかりTSさせまして~【完結】   作:丸焼きどらごん

24 / 66
23話 地理と歴史のお勉強? ★

 うすら寒い空気に溶けるように夜のとばりが落ちてゆく空の下。巣に帰っていくのか甲高く一声鳴いた鳥がゆるく旋回し、宵闇に消えた。

 それを見上げていたリアトリスは、今日の旅程のここまでだなと区切りをつけた。

 

「分かってはいたけど、こっちは村や町が少ないわねぇ~。残念だけど、今日は野宿だわ」

「民家の明かり一つも見えませんものね。それにしても、こう何もない光景がずっと続くと気が滅入ります」

 

 そう言って周囲を見回すユリアの視線の先には、腐朽の大地近くとよく似た白茶けて乾燥した大地が広がっていた。

 申し訳程度に草木が地面にしがみついているが、水分も養分も足りていないのだろう。瑞々しさなど感じられず、どれも乾いたような見た目をしている。時折虫がカサカサと動くばかりで、動物の姿も先ほど鳴いた鳥以外に見受けられない。

 

 ジュンペイもまたアルガサルタの賑わう港町を思い出して比べたのか、その光景をしげしげと見つめてから思わずといった風に感想をこぼした。

 

「アルガサルタとはずいぶん雰囲気が違うな……」

「レーフェルアルセは腐朽の大地の影響を強く受けている国なのよ。よりにもよって腐朽の大地に沿ってる細長い国だからねー……というか、端の方に追いやられた、っていうのが正しいか」

 

 リアトリスが未だ地理に乏しいジュンペイに説明するが、それを聞いて苦虫を噛みつぶしたような顔になる者が三人。……レーフェルアルセの三人である。

 

「言ってくれる……」

「事実でしょう? まあ今の世代には関係ないかもしれないけど、自業自得ね。恨むなら戦上手でもないのに粋がって各方面に戦いを仕掛けたご先祖様を恨みなさい」

 

 なんだかんだで後方からついてきていた彼らを振り返ったリアトリスは、恨めしそうな表情の彼らに悪びれなく言ってのけた。その態度に一番血の気の多そうな戦士の男が身を乗り出す。

 

「貴様……!」

「あら、だってその結果が今じゃないの。せっかく広大だった土地も今や他の国。今の世代には同情するわ」

 

 怒りの感情も睨む視線もなんのその、リアトリスはさらっとかわすとジュンペイに向き直り、今度は軽い歴史の講義を挟むことにした。

 夫婦とはいえ同時に生徒と教師。話の流れで教えられることは積極的に教えていくつもりだ。その方がジュンペイも興味を持って覚えられるだろう。

 

「レーフェルアルセもねぇ、大昔はけっこうな大国だったのよ。でも戦好きの王様が魔族にも人間にも戦いを仕掛けてね。その結果、国土を失い今の貧しい国となったわけ。その時悪目立ちしたせいで今でも魔族におもちゃとして狙われてるってんだから、ざまぁないわよね。……そういえば、国の名前ばかりであんたたちにはまだ地図を見せたことなかったわね。ユリアは見たことある?」

「地図ですか? いえ、残念ながら国内のものしか……。周辺諸国の情報が書かれた地図は見せてもらった事がありません」

「魔王に戦いを挑むなら国の外に出たでしょうに、ルクスエグマの連中も不親切ね。不親切どころの話じゃなかったわけだし当たり前かもしれないけど」

 

 眉間に皺を寄せ話しつつ、荷物の中から師匠の家からこっそりくすねてきていた地図を取り出すリアトリス。それを広げて魔術で宙に固定すると、地図が良く見えるように魔術で手のひら大の明かりを灯した。

 

【挿絵表示】

 

 リアトリスが広げて見せた地図は、一目見て腐朽の大地の形状が分かる代物であった。ジュンペイは改めて自らが作り出し、今まで唯一の住居だった土地の形状を目の当たりにし大きく目を見開く。

 

「えっ、この真ん中……腐朽の大地だよな? こんなにでこぼこしてたのか?」

「あんた、相当あちこち歩きまわったでしょ~。そうとなれば、綺麗な円形になんてならないわよねぇ」

「うっ」

 

 指摘され「それもそうか」と思い直すが、広げられた地図……そこに描かれていた腐朽の大地はあまりにもいびつな形をしていた。まるで果実を食い荒らす青虫の所業だ。

 ジュンペイはその歪んだ形に、仲間を求めてさまよった数百年の孤独を思い出しつい押し黙る。

 

 そんな旦那様を知ってか知らずか、リアトリスは地図の一部を指でくるりと円を描いて示して見せた。

 

「ちょっとこれを見てちょうだいな」

 

 示された場所は世界を虫食いのように侵食している腐朽の大地に細長く沿っている土地で、リアトリスが円を描いたあとには光の文字が浮かび上がる。そこには「レーフェルアルセ」と記されていた。

 

「私たちが今いる場所は、この国の隅っこね。人が住んでいる場所はまだ遠そうだわ。でもって……見て、この形。他の国に比べてほっそいもんでしょう? だけど腐朽の大地に沿っている部分だけはやたらと長い。昔はこの沿ってる部分が大きく内陸に広がっていたってわけ」

「確かに内側にもっと厚みがあったら大きな国ですね。けどわずかに残った国土もこんな風にからっからだとすると……」

 

 言いながらユリアは相変わらず潤いの感じられない周囲の土地を見回し、かさかさと這い上がろうとしていた無遠慮な虫を手で掃ってから肩をすくめた。

 

「ううっ、美味しいものは期待できそうにありませんね……」

「そこかよ」

「なんです? ジュンペイくんだっていっぱい食べるじゃないですか。だったらどうせ食べるなら美味しいものを求める気持ち、わかるでしょう?」

「ぐっ、それは、まあ……」

 

 思わず突っ込んだジュンペイにふくれっ面のユリアが言い返し、それにたじたじするジュンペイを見てリアトリスは「仲のいいこと」と笑う。どうもこの二人は見た目こそ対照的だが、兄妹のような仲を育んでいるようだ。

 それにしてもユリアもなかなかに食い意地がはっている。自分たちはこれからレーフェルアルセの飢餓をジュンペイの力で解決しようというのに、なぜ少しでも現状のレーフェルアルセに美味しいものを期待したのか。

 

 そしてユリアの発言が再び気に障ったのか、レーフェルアルセの三名からの恨めしそうな視線が鬱陶しい。が、本当の事なのだからしかたがないだろうとリアトリスは「ふんっ」とそっぽを向いた。

 それを解決しに行ってやるのだ。ありがたがられ感謝されるいわれはあっても、そんな視線を向けてこられては不愉快である。

 

 土地が貧しければ作物は少ないだろうし、満足に食べられない家畜はきっと貧弱で繊維が固く体つきも骨ばっている。出す乳の味も薄いだろうから、肉以外の副産物にも期待できそうにない。更にアルガサルタのように海に面しているわけでも、豊かな森があるわけでもないため、総じて食料は乏しいだろう。だからこそ現在飢餓に喘いでいる。

 このままあとわずかでも腐朽の大地の侵食が進めば他国との間に挟まれ、やがてすりつぶされるだろう。

 そんなギリギリの国なのだ、彼らの故郷は。自分たちが一番よく分かっているだろうに。

 

 しかし、だからこそいいとリアトリスはほくそ笑む。

 

「でも! 何もかも腐ってしまう腐敗の大地よりは何倍もまし! それにだからこそジュンペイの力を試して実験するのに最適なの。腐朽の大地よりはましで一番腐朽の大地の影響を受けていて、なおかつ人が住んでいる環境。これが近場で探すとレーフェルアルセしかないのよね~。他の国だと、内陸に土地を持っている場合そっちに人が集まるから。そんな中で腐朽の大地側に追いやられるのは犯罪者とか……まあ流刑にされたような連中が多いかしらね。でもってそんな連中の数はひとつの国に比べたらたかが知れてるってものよ」

「そういえばリアトリスも犯罪者として生贄にされたんだよな」

「人聞きの悪い言い方するのはこの口かしら?」

「ほ、ほふぇん」

 

 ポンっと掌に拳を打ち付けて、悪気無く言ってのけたジュンペイの頬をひっぱるリアトリス。痛くはないが、嫁に機嫌を悪くしてほしいわけでもないので見た目小さな旦那様は素直に謝った。

 その光景を見ていたユリアは頬に手を当て首を傾げると、改めて広げられた地図を見て感心したように息をはいた。

 

「…………は~……こ~んなジュンペイくんが、これだけ世界を食いつぶしたなんて……。あの人たちじゃないけど、簡単には信じられませんよね。腐敗公の実物を見た後でも疑いたくなりますもの」

「な、なんだよ。言っておくけど俺は大層な名前で呼ばれてるけど、別にこんなことしようと思ってやったわけじゃ……」

「はいはい、知ってるわよ。……でもねジュンペイ。あなたの意志がどうであれ、これがあなたに秘められている強大な力を形にしたものよ。どう思うにせよ、それは揺るぎない事実として覚えておきなさい。あなたはあらゆることに関して自覚が必要だわ」

「それは……! ……うん」

 

 

 世界の三分の一。

 

 それがどういう数字なのか見える形で記されたのがこの地図なのだ。

 

 

 かつての世界を知る者が見れば食いつぶされた広大な大地に、この世を終わりを見ただろう。……否、今この世界に生きている者達こそ恐怖を感じている。

 現在は過ぎた時間と花嫁制度で侵食が落ち着いたことによって、一時的に感覚を鈍化させているにすぎない。今でもその心の底には恐怖が淀みとなって巣くっている。

 

「魔族も人族も、旧世界……ああ、腐朽の大地が生まれる前の時代をこう呼ぶ場合もあるんだけどね? その旧世界から比べたらどっちの種族も大きく数を減らしたわ。動物や植物もね。どこぞの魔王がちょっと侵略しようったって、人間の英雄が魔王や魔族を倒そうったって……戦争がいくつかおきたって、けして削れることのない数よ」

 

 きっちり教えるべきことは教える。そう決めていたリアトリスは言葉を飾らずに事実を述べるが、その大虐殺ともいえる行為を存在するだけで成してきた当の本人は段々とうつむき肩を落としていった。

 ……が、容赦なくその背中を嫁の張り手が襲う。

 

「はい、落ち込まない! 覚えておきなさいとは言ったけど、落ち込まない悔やまない! 過ぎたことは開き直りなさい!」

「開き直れって、それでいいの!?」

「いいのよ! わざとじゃないんだから!」

 

 胸を張ってあまりにも堂々と言い切るリアトリスに、改めて自分は考えすぎなのだろうかと言葉に詰まった。どちらが魔物でどちらが人間か分からないとは、一部始終を見ていた腐敗公討伐隊三人の証言である。

 

「まあ気軽に聞きなさいよ。地理と歴史の授業よ、これは」

「あんな教え方しておいてそれは無いと思う……」

「悪かったけど、それだけあんたは強いのよ! って言いたかったわけ。もう、すねないでよ。ごめんってば~」

 

 そっぽを向いていじける旦那様の触り心地の良い頬を、リアトリスはご満悦顔でつついた。が、横からにゅっと白いかんばせが出てきて思わず動きを止める。それはニコニコ笑顔の美少女だった。

 

「リアトリスさん、私のほっぺだって気持ちいいですよ!」

「はいはい、わかったわかった。もう、夫婦の戯れを邪魔するなんて悪い子ね~」

「えへへ~」

 

 構ってほしそうなユリアの頬もついでにぷにぷにつついてから、リアトリスは「さて」と気を取り直した。

 

「ついでだからもうちょっと続けましょうか。ええと……で、だ。世界から生き物は減ったけど、無理やり探せば腐朽の大地が出来てよかったこともあるの」

「え!? 無いだろ普通に考えて!」

「普通……。う~ん、本当にジュンペイくんって思考がまともですね」

「うっせ。だって俺好きでああなったわけじゃ……」

「はい、話題が堂々巡りになるからそこまで!」

 

 再び横道にそれそうになった話題を、リアトリスはぱんぱんっと柏手を叩いて止める。

 

 ……ちなみにこの三人、話題は横にそれるが手は野宿へむけて準備していたりする。リアトリスは講義をしながら魔術で快適な温度の空間を作り出していたし、ユリアは夕食のために鍋と食材を取り出して、ジュンペイは近くにあった大岩を砕いて簡易かまどを作成。あとは燃やす木の枝でも集めれば夕食の準備は万端だろう。

 

 すでに何度かこなしている作業のため手慣れたものである。

 

「それでね、その良かったことだけど、腐朽の大地をどうにかしようってことでここ数百年で一気に魔術の歴史が進んだのよ。それと形はどうあれ国と国に以前は無かったつながりが出来た」

「共通の敵、脅威に対する結束みたいなですか?」

「はい、ユリアありがとう。……あなたの住んでた世界って平和だったのよね? 相変わらずといえばそうだけど、察しが良いわ」

「敵の敵は味方! 一時的共闘! 物語ではままあることです!」

「そ、そうなんだ? え~と、でね。腐朽の大地の侵食で世界は奇妙な形で繋がったの。ユリアの言った結束についても当たっているけど、物理的にも」

「物理的?」

「腐朽の大地を中心に広がった円。その淵をたどったことで、私たちは自分たちが住む世界の大きさを正確に知ることが出来た。……見て、腐朽の大地は海まで侵食してるのよ? 大地へ流れ落ちた海水が何処へ行くのか誰も知らないけどね」

 

 宙に固定されたままの地図を見れば、なるほど海らしき場所が途切れ滝のように腐朽の大地へ流れ込んでいる様子が描かれている。

 ジュンペイはそういえば水に流されたこともあったなぁと、ぼんやり数百年前の事を思い出した。どうやらその時自分はずいぶんスケールの大きなものまで削ったらしい。

 

「途切れた場所に近づきすぎなければ落ちる事も無いから、あの淵を目印に船を出し……新大陸を発見。そしてもう少し時をかけて、世界は繋がっているという事を私たちは知ったのよ」

「へ~」

「は~」

 

 どうも壮大な話を聞かされた気もするが、出てくるのはぼんやりとだけ理解したような気の抜けた声だけだ。リアトリス自身もそこまで熱を入れて説明したわけではないが、二人の反応には少々拍子抜けである。

 

「……ま、いっか。じゃあ今日は野宿して、明日はさくっと人の住む場所まで行っちゃうわよ!」

「は~い」

「あ、リアトリス。燃やす木どうする? 俺抜いてこようか?」

「あら、じゃあお願いするわ。切るのは私に任せて頂戴」

「わかった」

 

 そんな軽い調子でやり取りののち、枯れた巨木をまるまると小さな体で引っこ抜いてきたジュンペイと、それを容易く恐ろしい魔術の斬撃で切り裂いたリアトリス。「しょうがないですねぇ、入れてあげますよ。隅っこにも座っていてください」と麗しい聖女に雑に声をかけられすごすごと火の側によって座った三人の戦士は、見た目だけなら美しい三人の女性を眺めてぼんやりとそれぞれ言葉をこぼした。

 

「なんか、目の前で歴史が動いてるんですかねコレ……」

「というか、歴史そのものの塊みたいなのが居るわけ……だな……」

「私たちの国、どうなっちゃうんでしょう……」

 

 

 なにやらとんでもないものを国内に入れてしまったが、どうせ自分たちに止めるすべなどない。

 

 これをどう祖国の者たちに説明すればいいのか、そして彼らがこの貧しい国を本当にどうにかできるのか。……分からないだらけのまま、彼らは珍妙な客人たちと共に眠りについた。

 

 

 

 

 落ちきった夜のとばりの中で、鳥が再び一声鳴いた。

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。