腐敗公の嫁先生~人外夫をうっかりTSさせまして~【完結】 作:丸焼きどらごん
レーフェルアルセに入ってから一晩を越し、歩き続け太陽が天辺に昇ったころ。乾いた風に吹き晒されたせいか心なしか埃っぽくなったリアトリス達は、ようやく人が住まう土地へ足を踏み入れた。
とはいえ見えてきたのは小さな家屋がわずかに寄り集まった集落。これはまだ王都まで遠そうだとリアトリスはため息をつきたくなるが、レーフェルアルセの戦士三名に問うてみれば、ここまでくれば王都はもうすぐだという。
「腐朽の大地がもたらす土地の乾きや魔族の襲撃で、レーフェルアルセで人が住める土地はもう王都付近しか残されていない。魔族の奴らが土地を奪うことに興味が無いから、一応レーフェルアルセの領土だと言えてはいるが……」
ぎゅっと眉根を寄せ祖国の現状を憂うのは、銀髪をひとつに束ねた女戦士エルーザ。
なんだかんだで夜はリアトリスが用意した安全な結界の中で過ごさせてもらい共に火を囲んだからか、未だ戸惑いは隠せないながら彼らはようやく自分たちの名を明かした。……といっても、今までさくさく進むリアトリス達についていくのが精いっぱいで、名乗る機会を逃し続けただけだったりするのだが。
ちなみに初老の魔術師がバーティ、剣士の男がドイスである。
「なんか……戦士を三人絞り出すのがやっと、というのに納得の衰退っぷりね。私が思っていたより現状最悪じゃない」
「リアトリス、今さらだけどもう少し言い方」
あけすけにものを言うリアトリスを本当に今さらだと思いつつも、夫としてたしなめるジュンペイであったが……レーフェルアルセの衰退っぷりの原因の大半は、大災厄として世に君臨する彼のせいである。
言ってから自分でもそのことに思い至ったのか、ジュンペイは麗しい美少女顔をゆがめて苦い顔をした。……こうして普通に旅をしていると、何百年もの孤独もなにもかも忘れて自分が普通になったかのようでつい色んなことを失念してしまう。それがいい事なのか悪い事なのかは、まだ彼には分からない。
そんなジュンペイの複雑な心境をよそに、エルーザが渋い顔をしながらもリアトリスに言葉を返す。
「…………魔族に対する防衛に、国には兵を残しておかねばならなかったのだ。それでも王都や防衛の要地を守るので精いっぱい。ここのような集落までは手が回り切らないのが現状でな……情けない事だ。……しかし腐敗公が動いたとあらばそれも放っておけぬ。話し合った結果、志願した我らがそのまま腐敗公を押しとどめる役を王から仰せつかったのだ」
「ふぅん……。尊敬まではしないけど、立派な愛国心ね。まあその結果? こうして救世主たる私たちが来てあげられたわけだし? あんたたちの行動は決して無駄じゃなかったわ」
救世主などという大仰な言葉をのたまうリアトリスに、ぎょっとしたジュンペイの肩が跳ねる。
「も、盛るな盛るな! まだこの土地をどうにか出来るかどうかも分かってないのにハードルあげないでよ!」
「はーどる……ああ、まあ何となく意味はわかるわ。ふふっ、心配しないの! 出来る出来る! あんたなら出来るわジュンペイ! だって私の旦那様だもの!」
「言い方が雑だな!?」
「でも旦那様って言われて嬉しいくせに~」
「茶化すなユリア!」
神妙な顔で国の現状を憂いているというのにあっという間に姦しくなるリアトリスら三人に、レルーザ、バーティ、ドイスはもう何回目になるか分からないが複雑な心境を味わった。
……自分より背の高い女性に、三人の中でもっとも常識的な倫理観をもって一生懸命突っ込んでいる見目麗しい少女。彼女こそが自分たち含め全ての種族の怨敵たる、恐怖の腐敗公というのだから複雑に思うなという方が無理である。真の姿を目にした後でも未だ信じられてはいない。ここまで来たのはリアトリスの押しに流されたゆえの、もはや成り行きという他ないのだ。
「その、まず我らはあなた方を王城に案内すればよいのか……?」
しかし成り行きとはいえ、連れてきてしまったのは事実。恐る恐るといった様子でジュンペイ達に話しかけるのは戦士のドイスだ。
リアトリスはドイスの問いに顎に手を当てて考え込むと、周囲を見回す。
「そうねぇ……。でも何の成果もあげずにいきなり王様に説明したら、また面倒くさいことになるだろうし。というかあなたたちの地位や権力者からの信頼がどの程度のものか知らないけど、まず会ってすらもらえないでしょうしね。ちょっくらこの辺で実験していきましょうか」
「実験って……」
「だ~か~らぁ。腐朽の大地を有効活用できるようにするための予行演習! このパッサパサの土地をあなたの高純度な魔力で潤すのよジュンペイ!」
「あああ、もう! なんで唐突に難易度高い事言うかな!? もっと心の準備させてよ!」
「来る前に何をするかは話してたじゃないの~」
「そうだけど!」
確かに次の授業の内容を聞いてはいた。だが話の流れで当然それは王都に到着してあれこれしてからだと思っていただけに、こんな道の途中でぽっと思い付きのように「今からやってみようぜ!」と提案されるのは予想外である。
金色の美しい巻き毛を振り乱し、頭をかきむしり嘆くジュンペイの姿は実に人間らしい。
「でも、ほら。ちょうど畑もありますし、実験にはいい場所なのでは?」
ジュンペイをなだめるように肩を叩いたユリアが指さすのは、乾いた土にようやくといった様子で作物が育っている集落の畑。あればかりの収穫でいったい何人が食べられるのだろうかと想像すると、見ているだけでひもじくなりそうだ。
ちょうど畑の近くに集落の子供らしき人影が見えるが、その体格はか細く頼りない。何をしているのかといえば、遊んでいるわけではなさそうだ。その小さな体で懸命に働いているようで、木桶に汲まれた水を危なっかしく運んでいる。
それを見たユリアがわずかに目を細め眉尻をさげた。
「…………実際に見てしまうと、心にくるものがありますね」
「あの子たち……頑張ってるわね」
実質レーフェルアルセで初めて目にする一般住人である。それが子供でやせ細っているとなれば、それぞれ違った形で性格に難がある彼女らとしても思うところがないわけではない。
リアトリスの実家も裕福とは言えないが、狩人として、農家としてアルガサルタの豊かな自然の恩恵を受けていた。宮廷魔術師となってからも上司に不満はあれど、高給取りでそれなりにいい暮らしをしていたのである。学生時代に貧乏した時は空腹が友達であったが、命に関わる飢餓には縁が無かった。これは単純に生国の国力の差といっていいだろう。
ユリアもまた召喚されるまで平和な世界の中、争いや飢餓などとは無縁で育ち、こちらに来てからは表面上だけとはいえ蝶よ花よと持て囃され不自由なく暮らしていた。
両名とも一気にそのいい暮らしから汚泥の中へ突き落とされたわけだが、それ以外は恵まれた環境の中で過ごしてきたといえる。少なくとも、この国の子供よりは。
「………………」
「………………」
リアトリスとユリア、二人から注がれる視線に思わずたじろぐジュンペイ。
「……べ、べつに、やってみないわけじゃ、ないし」
ただ心の準備が。そう続ける前に、満面の笑みの嫁が思いっきり背中を叩いてきた。
「ぐ!?」
「さっすがジュンペイ! そうよね~、やるわよね~!」
「いよっ! 恐怖の大王から一転して救世主! すごいですよジュンペイくん!」
痛くはないが叩かれた勢いにつんのめってたたらを踏んだジュンペイの頭を、リアトリスは容赦なくわしゃわしゃと撫でくり回し、ユリアは横からツンツンと指でつついてきた。
……約三名から注がれる同情の籠った視線に、ジュンペイは「へへっ、俺も同情されるような存在になったんだな……怖がられるんじゃなくて……」と薄ら笑いを浮かべる。
その笑みにある種の諦念が滲んでいたことは、言うまでもない。
そしてジュンペイが承服したとみるや、リアトリスは腰に手を当ててビシッと集落を指さした。
「そうと決まれば、ここで宿を借りるわよ! もう野宿は飽きたわ! ……あ、あんたたちは好きになさい。ここで私たちが成果をあげるのを見届けるもよし、王都へ行って事の次第を報告するもよし」
「当然、その両方をさせてもらう」
「ま、そりゃそうか。せっかく三人いるものね」
リアトリスにすれば誰が残ろうが興味は無かったが、話し合いの結果一番体力があり足も速い戦士のドイスが伝令役に選ばれ。魔術師バーティと女戦士エルーザは共にこの場に残るらしい。
そして彼らは意外にも集落の主への交渉をかって出てくれた。「本当にこの国を救えるのか、我らに見せてみるがいい。そのためなら多少の助力は惜しまぬ」とは年長のバーティの言葉である。
どうやら彼ら三人は国内で一定の知名度と信用があったらしく、集落の長は慌てながらも快く滞在を許可してくれた。……といっても旅人などほとんど訪れない集落に宿などないようで、貸し出されたのは埃っぽい空き家だったのだが。
最初はバーティ達を気遣ってか長が自分たちの家を使ってくれと申し出たが、それを断ったのはリアトリスだ。多少埃っぽかろうが、宿でない家を間借りするより広々と使える空き家の方が気楽でいい、との考えである。
そうして集落の住民、特に子供たちから好奇の視線に晒されながらも、リアトリス達はひとまず当面の仮宿に落ち着いた。
「ふふっ、あの子たちったらジュンペイを見て『お姫様だ!』……ですって! わかるわぁ~。やっぱりこの姿、可愛いわよね! うんうん、私っていい趣味してる!」
「………………」
「ジュンペイくん、今の服装こそ男の子っぽいけど完全に男装の美少女だしドレスを着せたらまんまお姫様ですもんね」
「あら、ユリアもお姫様みたいに可愛いわ」
「きゃー! リアトリスさんったら! そんなこと言われたら照れちゃいますよっ、うふふ」
リアトリスに褒められ上機嫌になったユリアとは対照的に、暗雲を背負うジュンペイ。
子供とは正直だ。そして投げかけられた言葉は純粋な賛辞であり憧憬。……無下にできるものではないが、どうしたって己の見た目をつきつけられる。
リアトリスの手違いにより、理想の夫ではなく理想の娘の姿にされた、この姿を。
(こ、こうなったら! この修行を完遂させて早く人化の術を習得するんだ! でもって、まずリアトリスのご家族にあいさつに行く!!)
なんとか悔しさをバネにやる気を奮い立たせるジュンペイだったが、そのあとすぐに意気がしなびれる。その原因はリアトリスが戯れにジュンペイの髪の毛をたいそう可愛らしく結ってきたからだ。
嫁いわく新たな修行をするにあたって気分を変えるためらしいが、どうも編み込みが多いように思えて仕方がない。量が多くふんわりとした金糸の髪は、少し手を加えるだけで装飾品など無くとも華やかになる。
…………その後、集落の子供たちからのジュンペイの呼び名は「お姫様」で定着した。
そして、翌日。
「さぁて、まず何から始めましょうかね」
首を左右に傾け筋肉をほぐしながら、リアトリスは痩せた畑の土を見て「ふむ」と頷く。
「単純に魔力を注げばいいってものではないんだろ? もちろん」
「そりゃあそうよ。魔力を魔術という"形"にして顕現させる。今のジュンペイなら多少可能でしょうけど、それがほぼ出来なかったから私はあなたの先生をやっているようなものじゃない。………………んー、そうね。じゃあ私の可愛い生徒であり旦那様であるジュンペイに質問よ。この土地を豊かにするために必要な魔術の組み立て方は、なんだと思う?」
「え!?」
突然の質問にうろたえるも、考える前に「分からない」などと言えばきっと呆れられる。今日から何をするべきか当然リアトリスが教えてくれるものだと思っていた自分を恥じつつ、一年間彼女から学び取った内容を懸命に思い出した。そしてなんとかジュンペイは言葉を絞り出す。
「ええと……魔力を材料に作り出すのが、まず栄養……? そ、それで、魔力を燃料に作り上げたものを動かす、この場合栄養を広める? ための動き……浸透……水……? ああ、もう! まとまらない!」
「ふむふむ、まあ正解よ。といっても自覚しているように纏まってないし中身が薄いわね。でもちゃんと考えたのは偉いわ」
ジュンペイのおぼつかない回答にリアトリスは心なしか満足そうに頷くと、さっと指を走らせ宙に魔術で形成した簡単な図を描き出す。
「そう、痩せてる土地には栄養と水! ……って言うだけなら単純だけど、それを魔術で成そうとすると……まあこれがちょっと難儀なのよね。しかも将来的には痩せるどころか栄養たっぷりだけど、どこから手を付けていいか分からない腐朽の大地をどうにかしようってんだから更に難しい。最初に実験って言ったけど、これは私の課題でもあるわ。実践しつつ、一緒に勉強していきましょう」
リアトリスの言葉にジュンペイはふと記憶を掘り起こす。
「そうえいば腐朽の大地では、リアトリスは生命樹を使って栄養を抽出してたよな? あの時は泥が栄養源になってたみたいだけど、それが無い場合はどんな魔術で栄養を用意するんだ?」
「一番手っ取り早いのは魔力を変換するための媒介として、肥料になるものを用意する事かしら」
「肥料……動物のうんちとかですか?」
「それもいいけれど……そうね、できれば」
リアトリスが言いかけた、その時だ。
強烈な旋風が駆け抜け、それが質量を伴ってリアトリスに襲い掛かる。……肉を切り裂く、風の刃だ。
しかしそれを腕を振るう事で瞬時に発生させた結界で難なく霧散させると、リアトリスはにんまりと笑った。
「魔族……! くそ、こんな時に!?」
今まで三人のやり取りを見守っていたレーフェルアルセの戦士……エルーザとバーティが動揺しながらも、瞬時に迎撃の態勢をとる。彼らにとってそれはあまりにも突然だった。
風の刃を発生させた存在は、まるで昼下がりの優雅な散歩でもしているような自然体でその場に存在していた。接近に気付かなかった事実が、否応なく相手の実力を突きつけてくる。
人間に似た上半身は艶やかな鱗で覆われており、下半身は蛇そのもの。更に特徴を言うならば、その胴体には節足動物のような脚まで蠢いている。……性別は分からないが、どことなく妖艶な雰囲気を持つ魔族だ。
白目の無い爬虫類のような目を細めて、魔族は自分の攻撃を容易くさばいた獲物をぬめるような視線で観察していた。
「……ほう、どうやらこの国にしては珍しく活きのいい獲物がいるようだな。軽く遊びに来たつもりだったが、運がいい」
「あら、丁度いい時にお客様のようね。運がいいのか悪いのかと言えば、私たちにとってはいいのかしら。残念ながらあなたにとっては不運でしかないけど。喜んでいる所、ごめんなさいね?」
愉悦を含んだ声に対し見下すような声色で答えると、リアトリスはユリアとジュンペイに快活な声を投げかけた。
「二人とも、運がいいわ! いい感じの肥料がむこうから来てくれたわよ!!」