腐敗公の嫁先生~人外夫をうっかりTSさせまして~【完結】 作:丸焼きどらごん
人族と魔族。
腐敗公という第三の脅威が現れるまで、気が遠くなるほど昔から連綿と戦い続けてきた両種族は互いに知性ある生き物であるにもかかわらず、ドラゴン族など一部の変わり者を除いて相いれない。
いかに利己的で狡猾な者でさえ、相手種族を利用して騙すためでも仲よくしようなど考えない。同種族間では騙し合いが横行しているにもかかわらず、だ。出会えば争い、終着する場所は殺し合い。
騙すための偽りの関係すら築こうとせず、そもそも互いに分かり合える存在だと認知していない。言葉が通じる相手であるにもかかわらず、その認識は羽虫に向けるものにこそ近いだろう。
だからこそ分類的に魔のモノ……魔族に属するはずのジュンペイの思考回路は異端であると、リアトリスは今まで相対してきた魔族を思い返した上で考える。
更に言うならば自身やこれまでジュンペイに会わせてきたリアトリスの知り合い。彼らの反応もまた、よくよく考えればおかしなものだ。
さすがに魔族の肉を食えと言われたら怒りはするし、勝利した上でいたぶることには眉根を顰める。
だがそれは行動に対しての嫌悪であって、魔族そのものに憐憫を感じての事ではない。
倒すべき当然の相手として、これまで多くを屠ってきた。そこに後悔をはさむ余地などありはしない。
むしろこうして考えるまで、命を奪うことに後悔の念を抱くべきでは、というあたりまえの可能性にすら至らなかった。これが同族や動物ならば違ってくるのだが、魔族はどうしたってその対象となりえない。それはむこうも同じだろう。
魔と人は交わらない。
言葉にせずとも不変の理として両種族に刻まれているそれに、ジュンペイはどうもあてはまらなかった。まるで理の外にいる存在かのように。
本人曰く半分妄想と考えてほしいらしいが、ユリアの推測によればジュンペイは前世人間で、それもユリアと同じ世界……異世界から来た魂だという。腐敗公というこれまでの歴史の中で規格外の異端の魔族という事実よりも、どちらかと言えばそこに原因があると考えられるが……。
一年以上共に過ごした今でも、人柄はわかれど生態については未だ謎のままだ。
などと。全身から大地に鮮血を滴らせている女魔族を片腕で持ち上げながら、リアトリスは考える。
(魔族相手ならこうしていくら傷つけようと心は痛まない。だけど……ジュンペイを傷つけてしまったらと考えたら、悲しいわ)
ちなみに初遭遇時についてはその内に数えていない。あの時は生き残るために倒すべき敵だったのだ。
「戦い慣れて、おいでですね……」
そう乾いてはりつく喉から発したのは、レーフェルアルセの女戦士エルーザ。あまりにも早い、最早戦闘とも言えなかった"処置"に彼女は目の前の女に慄いた。かろうじて言葉を発せたエルーザと違い、戦士のバーティは青い顔のまま固まっている。
リアトリスと女魔族が相対しわずかな言葉を交わしたのち……銀色の光が閃いたと思ったら、すでに目の前の光景となっていたのだ。
かろうじて見えてはいた。だが脳の処理速度が追い付くために、時間を費やす必要があったのである。
アルガサルタの元宮廷魔術師で腐敗公の花嫁。それだけても肩書としてはなかなかの強さであるし、実際にその魔術の腕は目にしていたつもりだった。……しかしそれが敵意となって牙をむくとこれほどなのかと、今さらながらリアトリスと敵対の道を選ばずに良かったと内心胸を撫でおろす。
「これでも魔将の位を賜っていたのだもの。この程度の相手なら秒よ、秒」
そう胸を張って偉そうに言った後、小さな声で「師匠に接近戦鍛えなおしておいてもらってよかったわ……」と呟いたのは内緒である。彼女が好む通常の戦い方は、魔術による遠距離攻撃だ。
「魔将!? しょ、将軍であらせられたのですか!? 宮廷魔術師では……ッ」
「両方私の肩書よ。まあどっちも"元"がつくけれど」
「その若さで、お父様と同じ……?」
「あら? エルーザ。あなた将軍の娘だったの」
「あ、ああ。いえ、はい」
思わず零れたつぶやきを拾われて、名乗り損ねていた自身の立場を当てられる。そのことについては構わないのだが、やはり目の前の光景に未だ感覚が追い付かず、答える声はどこか曖昧なものとなった。
「リアトリス、さっき肥料って言ってたけど……その魔族がそうなの?」
棒立ちする戦士二人の横をすり抜けて、問いかけるのは精霊のごとき美貌を持った少女だ。しかしその中身は世界を脅かす大魔物……当然、魔族とそれを瀕死に追いやったリアトリスを恐れる様子はない。
「ええ、そうよ。人族より魔族の方が、魔力を体全体の器官に通わせるからおあつらえ向きね。しかもそこそこ……中級の魔族だわ。もつ魔力も前に戦った奴らより大きいから、これくらいの土地の実験にはよいのではないかしら」
中級、という言葉に震える。エルーザとバーティは人材不足の中で選ばれたとはいえ、レーフェルアルセではそれなりの実力を持つ戦士だ。その彼らをもってして、接近するまで気づかなかった魔族。それを中級と言い切るリアトリスは間違いなく戦線で戦っていた将の一人なのだろうと思い知らされた。
レーフェルアルセを脅かす魔族は今や面白半分の下級魔族が多い。とはいえ、その数こそが脅威だ。
そして上位の魔族は国力が枯れはて遊び甲斐が無くなったレーフェルアルセを部下に任せて、今ではほとんど入ってくることはないが……。こうして時折、気まぐれをおこした上位魔族が侵入してくる。今回の相手は今のレーフェルアルセにとって"災害"と認識するしかなかったであろう相手。
リアトリス達を連れてきた益は、それを倒してもらっただけでも大きなものとなった。
…………とはいえ、そんなことを認識すらしていないのか。
無残な姿となった魔族を前に、見目だけは麗しい女性たちはきゃっきゃと会話をかわしていた。その光景はエルーザ達にとって、どこか非現実的だった。
「肥料にすると言っても、このままじゃ駄目ね! まず分解して土地になじませないと」
「え、これ馴染ませちゃっていいの?」
「そりゃあ触媒にするから……」
それを聞くなり、良し来たとばかりに腐敗公ジュンペイは女魔族の体に手をあてがう。すると瞬く間にその体は分解され腐って溶けた。
「ひっ」
「まあまあ。ジュンペイくんが腐敗公だって、知っていた事でしょう? 名前のままのことをしただけじゃないですか」
思わずひきつった声を出せば、淑やかな少女が鼻を押さえながらもほがらかに笑う。確かにそうだが、実際に目にしてしまえばどうしたって恐怖は湧いてくる。……この少女、ユリアの感覚も普通ではないとエルーザは改めて認識した。
「ありがとう。ではこれを土地になじませるには、そうね。溶けた肉体を水に見立てて広げるイメージをもちなさい。さっきあなたが自分で考えて言っていた事よ」
「栄養にする魔力を変換するための触媒も、栄養と同じ要領でひろめる……と。つまり、下準備だな」
「そうそう! まず経路を作るわ」
恐ろしい光景を見せつけられたばかりだというのに、それを成した相手は至極真面目に魔力を用いた筆記でメモをとっている。リアトリスもまたそんな生徒の様子を見て満足そうに頷いていた。
「我々はとんでもないものを連れてきてしまったなバーティ……」
「ああ……」
呟く声は、乾いた大地に落ちて消えた。
準備は整った。リアトリスは満足そうに大地に溶けた魔族の体をみやると、ジュンペイの後ろにまわりその小さな体を包み込むように腕を回した。
ジュンペイの首元を肩口で切りそろえているリアトリスの髪がくすぐり、思わず筆記していた魔力を霧散させる。
「え、あのっ、リアトリス!? 人が見てるけど!?」
「何よ今さら。それにこれは補助をするためよ。最初に私があなたの体に魔力を通して、触媒に力を流す感覚を教えるわ。さすがに魔力操作が苦手なジュンペイに最初からやれって無茶言わないって」
「そ、それなら……その、お願い、します」
「はいはい、素直素直。良い子ねー」
「子とか言うな!」
顔を赤くさせて噛みつくジュンペイを意に介さず、リアトリスは魔術行使の準備に入る。効率よく魔力を与えるためには以前のように口を介するのが一番楽だが、それをしたらまたこの小さな旦那様に怒られてしまう。
なので今回は出来るだけ体を密着させた。
「血液の循環のように魔力は体の中をかよっている。正確には生身の体に重なる魂の体に。それは本体から身をわけた今のジュンペイも同じ事よ。ゆっくり、ゆっくり意識なさい……」
じんわりと自身の魔力を体外に放出し、密着した面からジュンペイに注いでゆく。そして仮初の体の中を一巡したそれを大地に流すため、ジュンペイの手のひらを地面にあてがわせた。
「今から流すわ。よく覚えなさい」
「う、うん」
戸惑うような声にクスリと笑みがこぼれる。リアトリスより遥かに強大な力を有するジュンペイだが、どうしたって仕草や反応がいちいち可愛いのだ。
何しろ見た目は白い頬をバラ色に染める金髪の美少女。人化の術の失敗は、結果的に大成功だったのではないかとリアトリスは再び旦那様に怒られそうなことを考えた。しかしいくら考えようと、口に出さなければよいのである。気づくのは少し離れた場所から見ているユリアくらいだ。
(と、それより集中集中。私が失敗したんじゃ先生として失格よ)
実践を伴った方が遥かに効率が良いのは実証済み。時間はかかるだろうが、これでとっかかりになるだろうとリアトリスは魔術を行使していく。
攻撃魔術が主体のリアトリスにとって、これは自分の新たな可能性を探る試みでもある。似たような術は以前実家の畑に使った事があるものの、国ひとつまるまるを潤すとなればジュンペイの魔力をもってしても規格外の魔術だ。一度試してから調整していくほかあるまい。
そしてリアトリスが流した魔力は、大地に魔族の体をなじませてじわりと広げていく。
「……わかる?」
「……うん、なんとなく」
「なら私の魔力を追うように、自分の魔力を広げてごらんなさい」
静かに問えば、先ほどまでの赤面は何処へやら。根が真面目なジュンペイはリアトリスの言葉に耳を傾けながら真剣に頷いてみせた。
「ああ、リアトリスさんが敷いたガイドラインに沿ってジュンペイくんが自分の力を広げるって感じなんですね」
その様子を見ていたユリアが納得したように呟けば、聞きなれない言葉まじりのそれにエルーザとバーティが首を傾げる。ユリアはそんな二人にお構いなしで、一人うんうんと頷いていた。
「さあ、やってみて!」
これは思ったより順調に進むのでは? そんな期待を胸に、リアトリスはジュンペイの高純度な魔力が大地にいきわたった様子を想像する。枯渇した大地にとってそれは劇薬かもしれないが、少なくともこのまま朽ちていくよりましなはずだ。
「……よし!」
気合を入れたジュンペイが乾いた大地に魔力を流した。
その時である。
『契約の破棄を感知、認識』
「え……」
声というより"音"に近い。ただし明確に含まれた意味の分かる何かに、リアトリスは総毛だった。思わず縋るようにジュンペイを抱きしめるが、その体温の低さにぎょっとする。
「ちょ、ジュンペイ! 大丈夫!?」
先ほどまで温かかった体がまるで氷塊でも詰め込んだようだ。顔を覗き込めば、ただでさえ白い肌から色が抜け落ちている。
「ちょっと、ジュンペイ、ジュンペイ! しっかり! どうしたっていうの!?」
体を向き合わせて揺さぶると、紺碧の瞳に意志の光が戻ってくる。そしてリアトリスに焦点を結ぶと、絞り出すような声でぽつりとつぶやいた。
「リアトリス。多分……だけど。俺は今、世界から捨てられた」
「なにを……」
言いかけて、鋭い刃物で串刺しにされたような強烈な感覚が体を駆け抜ける。
今度はリアトリスが意識を持っていかれそうだったが、歯を食いしばって衝撃を乗り越えた。だがその余波は頭痛に変わり、思考がまとまらない。
「リアトリス……」
ジュンペイはリアトリスを気遣うように胸元にその頭を抱き寄せるが……その視線が向くのは周囲の光景。それにつられリアトリスもジュンペイの視線の先を見るが、彼女の口が言葉を紡ぐことは無かった。
絶句。
限界まで見開かれた瞳が映すのは鮮やかな緑色。
枯れた大地に存在していたレーフェルアルセの集落は、密林のような濃い植物の群に覆われていた。
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「まあ、お久しぶりですねオヌマさん」
天井の高い石造りのその場所で、涼やかなその声はよく通った。
「げっ、お前は……! あ、アリアデス様もお久しぶりです」
「ふむ。息災かな? オヌマ・アマルケイン」
「ぼちぼちですかね~」
「先に声をかけたわたくしには『げっ』しか言わないんですか? 相変わらず失礼な人ですね」
「お手柔らかに頼むぜシンシア……」
長く伸びる回廊の途中、旧知の相手に声をかけたのは赤紫の髪の毛を束ねた笑顔の女性だ。シンシアと呼ばれた彼女の隣には強靭な巨躯を有する、全身が魔術の文様で覆われた上半身裸の老人。一見穏やかな笑みのシンシアに対し老人は目で人を射殺せそうな眼光だが、発する声色は重厚感はあれど落ち着いていた。
初対面ではまず間違いないなく、この二人が孫と祖父だとは見抜けないだろう。
「あいかわらずだらしのない格好で過ごしてるのでしょう? なのに、今日は随分こざっぱりとしているじゃないですか」
辛辣な言葉を向けられた男、オヌマは普段は無精ひげで覆われている顎をさすって苦笑する。彼女とはリアトリス同様魔術学校からのつきあいだが、当時のあれこれで自分に対する心象は未だ悪いようだ。
「そりゃあ、俺だって流石に王城に呼ばれたら身だしなみくらい整えるぜ。つーかシンシアはともかく、俺よりアリアデス様の方が珍しくないですか。こんな場所で会うとは思いませんでしたよ」
「こんな場所、とはずいぶんなことを言ってくれるね。オヌマ・アマルケイン」
しばしの雑談にしゃれ込もうとしたところ、背後からかけられた声に体がこわばる。
「こ、れはこれはエニルターシェ殿下。ご機嫌麗しゅう」
「慣れない言葉は使わなくていいよ。さて、よく来てくれたね三人とも。歓迎しよう」
回廊の途中。本来ならばこの先の謁見室で座して待っているはずの相手が、狐のようなつり目を細めて友好的に近寄ってきた。その隣にはこれまた狐のような目をした細目の側近が控えており、オヌマはその歓迎にたじろぐ。
「殿下が自ら出向いてくださるとはよほどお急ぎのご用事で? といっても俺みたいな三流に出来る事なんて、たかが知れてますが」
「謙遜しなくていい。漁村に引きこもってはいるが、評判は聞いているよ。もし縁があれば君も私に仕えてくれていたかもしれないしね」
「身に余るお言葉ですね……はは」
どうにもやりにくいと、目上の相手に場を譲るようにオヌマは身を引く。シンシアの笑顔に細められた目に追われたが、ありがたいことに元宮廷魔術師長であるアリアデスが前に出た。場を譲ったかいがあったというものである。
「久しぶりだな、アリアデス。来てくれて嬉しいよ。相変わらずの肉体美だが…………服を着ようという発想は、今も無いのかい?」
「これがわたくしめの正装にございますれば。殿下」
「そうか」
経験なのかそれ以上は無駄とばかりにアリアデスの格好に触れることをやめたエルニターシェは、なでつけた赤髪を軽く整えると三人に背を向けた。
「歩きながら話そう。まあ、アリアデスが私の招待を受けてくれたくらいだ。何についての話か、察しはついているだろう?」
エルニターシェの問いかけに普段はいかな呼び出しだろうと腰が重い老魔術師は、重々しく頷いた。
「我々を呼びつけたという事は、殿下は彼の"公"の現状を知っておいでか」
「ああ。国内に居るうちはヘンデルの鴉が見張っていたからね。いつの間にか国境を越えてしまっていたけど。……いや、流石の私も驚いたよ。君の弟子は面白い事をする」
ついっとエルニターシュが視線を動かした先には、いつの間にか腕に黒い鳥を乗せている側近の男。黙って話を聞いていたシンシアは自身と同じく使い魔の扱いに長けているだろうその男を見て、「ああ、リーアちゃん自信がある分抜けてるから気づかなかったんだろうな……」と苦笑した。
だがそんなわずかばかりの笑いも、これから話される内容を思えばすぐに引っ込む。
「さて、これは世界の命運を左右する議題だ。我が国以外もざわついていることだろうよ。……魔族、人族関係なくね」
「すでに会議は始まっているので?」
「もちろん。父上も兄上も蜂の巣をつついたような大騒ぎだ。まったく落ち着きが無くて笑ってしまうね。私はこうして、直接彼と関わった君たちから話を聞こうと思っているわけだが」
エニルターシェはとんとんっと、自らのこめかみを長い指で叩く。
「なにしろ歴史上はじめての、問答無用に脳に与えられた"世界樹"からの命令だ。君もあの体の芯を貫かれたような感覚を味わっただろう? 脳髄がしびれて最高だった」
「殿下と同じ感想は抱いておりませんが、衝撃でしたな。我々が何者であるか、唐突に思い知らされたのですから」
「違いない」
愉快そうに笑うエニルターシェは、歩きながら腕を広げた。
「さあ歴史が変わるぞ。我々は愛らしい少女の皮をかぶった腐敗公を、殺さなければならない」