腐敗公の嫁先生~人外夫をうっかりTSさせまして~【完結】   作:丸焼きどらごん

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26話 嫁の故郷へ

「ジュンペイ、ユリア。予定変更! 私の実家にいくわよ!」

 

 リアトリスが祖国……アルガサルタ方面に向かって、ビシッと指を指したのは数時間前の事。

 現在"三人"はレーフェルアルセ王都を目指すのでなく、もと来た道を歩んでいた。

 

 

 

 

 

 

「こんな所まで植物が茂ってる……。すごいわね。これ、レーフェルアルセ全土に広がってるんじゃないかしら。エルーザ達は国が潤って大喜びでしょうよ」

 

 長靴(ちょうか)で潰すように踏み分けねば進めない草の生い茂った道は、腐朽の大地からレーフェルアルセの王都を目指した時に通ったものと同じである。

 水分が枯渇し乾いた植物がしがみついていた大地は、現在緑に覆われていた。その植物が生える地面もまた、白茶けた物から濃く黒い土へと変化している。

 

「ほら、ジュンペイ。しっかり歩きなさい」

「…………うん」

 

 そう言いながらリアトリスが手を引く相手……ジュンペイは、うなだれたまま微かに頷く。そんな今にもよろめいて倒れそうなジュンペイを、背後から支えるように手を置いたのはユリアだ。

 

「そうですよ~。元気出してくださいな! なんか重いことになってそうですけど、よくあるよくある!」

「ええ、ユリアの言う通りだわ! ここに生贄にされた女が二人も居るのよ! ちょっと規模が大きいけど落ち込んでどうこうなるもんでもないし、さくっと切り替えなさいな」

「俺二人が頼もしいけど怖いよ! だって、リアトリスも感じたんだろ? あの感覚を!」

「あ~……。まあ、ねえ」

「そんなに凄いものだったんですか? 私はこれっぽっちも、な~んにも感じませんでしたけど」

「それは多分、ユリアがこの世界の人間でないからね」

 

 小さな旦那様に大きな声を出す元気が出たことにひとまず安堵しつつ、リアトリスはつい数時間前の事を思い出す。

 

 

 

 枯れ果てた一国の土地を蘇らせる。

 そんなとんでもないことを授業の一環として行おうというのだから、もし他の魔術師がきけば、まず「馬鹿な」と言うだろう。昔なじみであるオヌマでも確実に頭をかかえる。

 だがリアトリスにとって、自分とジュンペイが居れば不可能ではないことだと確信していた。これは希望的観測でなく、自称天才を豪語するリアトリス・サリア・フェンデという魔術師がはじき出した推論によるものである。

 現にこうしてレーフェルアルセは見違えるほどの緑に覆われているのだ。想像していたより結果が出るのが早すぎたし過程を色々すっとばしていたが、やはり無理ではなかったと証明されたのでリアトリスとしては鼻高々だ。

 

 

 ……そのことがとんでもない世界の秘密を呼び寄せたことは、流石のリアトリスも想定外であったが。

 

 

「ここまで慌ただしく来てしまったし、少しのんびり歩きながら話しましょうか。あなたたちもわけわからないでしょうしね。……というか、私もちょっと把握しきれていないのよ。話しながら整理するわ」

「あ、それはありがたいですね! ぜひぜひ」

 

 訳も分からない状態だろうが、ユリアはいつものように明るく軽いノリだ。これは生来の彼女の性格か、それとも過酷な環境を乗り越えてのものかは分からないが……おそらく前者の要素が強いのだと思いながら、ジュンペイはユリアを少しうらやましく思った。

 この中で一番長く生きているのに、一番心が弱いのは自分だろう。……それがひどく厭わしいのに、打ちのめされた心はなかなか元に戻りそうにない。もどかしかった。

 

(今は俺も情報の整理がしたい。……リアトリスの話を、よく聞いておこう)

 

 再び項垂れて、耳だけ嫁の話に傾ける。とにもかくにも、少しでも建設的な行動がしたかった。……甲斐甲斐しく手を引かれているこの状況を、行動と言っていいのかは我ながら疑問に思うところだが。

 

 

 

「まずは世界樹、というものについて説明しなきゃいけないわね」

「名前だけなら、私の世界の物語にもたくさん出てきましたよ! 葉っぱが蘇生のアイテ……道具になったり、セフィラを有する生命の樹だとかなんだとか……ううん? これはセフィロトだったかな。ああ、世界樹はユグドラシル、生命の樹はセフィロトですね! 名前は違うけど同一視もされていたような……うむぅ、創作とか神話がごっちゃになっててよく思い出せないですね……むむぅ……」

 

 記憶を引っ張り出す作業に唸りながらも、楽しそうに話すユリアにリアトリスは少し驚く。

 ……異世界の世界樹の話は興味深く、じっくり聞いてみたかった。しかし今は自分が説明する番だと、リアトリスは好奇心に繋がる手綱を握るため、咳払いをして気を取り直す。

 

「えー、ゴホン。それで、世界樹というものなんだけどね? 今まで世界樹というのは、私たち魔術師にとって魔術の象徴のような存在だったわ。星幽界とこちらの世界の境界で魔力を受けて育つ大樹。力の結晶。極めて簡単に説明するなら、そういった存在よ。……でも、そんな単純なものではなかったようでね。もしかすると今より発展していた古代文明は、世界樹から生命樹という形で力を取り出そうとしたから滅びたのかもしれないわ。……あれは人が触れてよいものではなかったのね、きっと」

「世界中の生き物の意識を繋いじゃうんですものねぇ……。上位生命ってやつですか」

 

 意識を繋ぐ。そう、つい数時間前に起きた出来事はそこに端を発する。

 

「本当にユリアの理解力、そこそこおかしいわよ? ぜひともあなたの世界の創作物を読んでみたいわ」

「ご所望なら覚えてる限りお話しますとも!」

「ふふっ、ええ。楽しみにさせてもらうわ。……で、その世界樹さんから知恵ある生き物へ下された命令が問題よね」

 

 ジュンペイの魔力が乾いた大地に浸透し行き渡った時、大きな変化が訪れた。この世界に存在する全ての知恵ある生物の意識が繋がったのだ。

 頭で理解できなくとも、それは魂に理解させられた事実。そのつなげた相手が世界樹であったことも、受け取った事実の一つだ。

 

 そして最重要思考。世界樹という存在は情報だけでなく、ひとつの命令をその中に織り交ぜた。

 

「私はあの時ジュンペイに触れていたからか、全部の情報は受け取れていないの。だけどひとつだけ確かな事は、世界樹はジュンペイ……腐敗公を世界にとって不要なものとして切り捨てたこと」

「不要、ということは必要なものだったってことですよね」

 

 ユリアの言葉にジュンペイの肩が揺れた。その動揺は体に伝播し、美しい少女の様相を保っていた外見がどろりと崩れてゆく。思わず添えていた手を離したユリアだったが、リアトリスはというと苦笑しながらも腐敗を防ぐ結界を自らに張ってから崩れ落ちたジュンペイを……分身体ゆえに小さいとはいえ、腐敗公の姿に戻った旦那様を抱き上げた。

 

『いい……自分で歩く……』

「こんなでろでろになってるのによく言うわよ。いいから、黙って抱かれときなさい。あんた運ぶくらい苦でもないわ」

 

 散々臭いだの醜いだの言って、挙句の果てに理想の娘の姿にまでしておいて。いざ元の姿に戻っても、こうして手を伸ばしてくれる嫁に、ジュンペイは心がわずかに安らぐのを感じる。……だが到底、それだけで今の荒れ狂う内心を覆い隠せるほど冷静ではなかった。……しかし自分で傷つくにとどめて、二人に当たらないだけましなのだろうか。

 

 リアトリスに出会うまで、必要とされとことなどない。それどころか疎まれて、求めても掴めるものなど何一つなく、諦めの泥の中に沈んで。

 今ようやく諦めるのをやめて前を向いているのに、何故改めて否定されなければならないのか。それも世界そのものに。

 

 必要なものだった? 馬鹿な。

 

『俺って本当になんなんだろう……』

「私もそれが知りたいわね。ジュンペイが言う『捨てられた』って感覚の意味も」

 

 汚泥を垂れ流す単眼の化け物。ぼたぼたと地面に落ちる体液は生い茂る緑を瞬く間に腐食し、溶かしてゆく。それが彼らの通った道にしるしをつけた。

 

「リアトリスさん、これどうします? 多分追われますよね、私たち」

「いいわよ~、そのままで。どうせ追いつけやしないもの。この後本気出して一気にアルガサルタまで走破よ走破。この天才に任せなさい!」

「きゃー! リアトリスさん素敵っ!」

「ほほほほほ!」

 

 ジュンペイを抱えたまま器用にふんぞり返るリアトリス。その自信ありげな様子にユリアもひとつ頷いて、腐った植物を踏まないように軽快なステップでもってリアトリスの横に並んだ。

 

 追われる。その追ってくる相手が誰かと言えば、本来こちらに感謝してもしきれないであろうレーフェルアルセの者達だ。否、それどころか今や魔族人族問わず、世界中全ての生き物が腐敗公を追う者となった。

 ……正確には腐敗公に宿る意識、ジュンペイを。

 

 

 

 世界樹の意識はこう知恵ある生物たちに命令したのだ。

 ―――― 腐敗公の魂を刈り取れ、と。

 

 

 

 禁忌とされ、けして敵わぬ大災厄。腐朽の大地の最強の魔物。

 世界樹に言われるまでもなく、討伐できるものならばと挑み続け負けてきた相手だ。それに改めて立ち向かわせるに足りて余りある理由は、きっとリアトリスが受け取れなかった情報の中にあるのだろう。

 

「……まあ、ここまでちょろっと話したはいいけどさ。なにはともあれ新しい情報が必要ね。それも急ぐことは無いけれど」

「急がなくていいんですか?」

「と、思う。いくら世界樹様の命令と言ったって、討伐に関して目に見えた恩恵があるわけでも無し、すぐに実行できることでもないわ。何百年私たちが腐敗公討伐に失敗してきたと思ってるの? 腐敗公の意識がこうして腐朽の大地の外にあるだなんて、知っているのもまだ一部だし。……いえ、それはもうレーフェルアルセから広まるのは時間の問題でしょうけど」

「というかジュンペイくん。捨てられたなんだ言ってますけど、力がなくなったとかじゃないんでしょ? 何か来ても蹴散らせばいいんですよ、蹴散らせば」

『それは、まあ……』

「ユリアいい事言ったわ! 繋がっている本体も魔力が無くなったとかではなさそうだしね。本当ならまず確認のために腐朽の大地へ戻った方がいいんでしょうけど……何かに振り回されるのは、ほんっとうに嫌! ここは開き直って、少し遊びましょう」

『…………。は!? 遊ぶ!?』

 

 リアトリスの言葉に、ぐるぐる回る思考の渦に呑まれかけていたジュンペイの意識が浮上した。

 今何やら、この状況にふさわしくない言葉が聞こえたような。

 

「そうよ、遊ぶの。ちゃんと擬態していればあんたが腐敗公だなんて分からないわけだしさ、私の故郷でちょっと心を休めるのよ。田舎だけど遊ぼうと思えばそこそこ遊べるわ。それと家族への紹介! 人化の術が自分で出来るようになったら挨拶したいって言ってくれてたけど、これからどうなるか分からないし。今のうちに出来ることはやっちゃいましょう!」

『で、でも!』

 

 言いかけるも、後に続く言葉が無い。

 ジュンペイは再び自分が何をするべきか何がしたいのか……この自分のために何かしてくれようとしている嫁のために出来ることは何か、分からなくなった。何、何故。そればかりが頭を埋め尽くす。

 そんなジュンペイの頭部(?)を、リアトリスが顎で押しつぶす。自分でやっておきながら、結界越しとはいえぐにっとした奇妙な触感に眉をひそめながら。

 

「さっきも言ったけど、情報が少ないの。私だってどうしていいか分からないのは一緒よ? だけど立ち止まってても空から答えが降ってくるわけでもなし。ならちょっとでも動いて、でもってどうせなら楽しいことしてさ。その中で考える方がいいじゃない。不満?」

『不満では、ないです』

 

 それどころか事が大きくなろうと、世界の謎の全貌が明らかにならなかろうと。……面倒だからと手を離さないでくれるリアトリスの態度が心から嬉しい。

 リアトリスは態度が尊大で自分の事を一番に考えてはいるかもしれないが、だからといって自分に向けられる好意が打算だけでないことは、ジュンペイもすでに理解しているのだ。

 

「なら、決まりね! このまま予定通りアルガサルタを目指すわよ」

「なんだかんだと忙しいですねぇ。ま、ルクスエグマに居た時よりずっと楽しいですけれど!」

『……ありがとう。リアトリス。ユリアも』

 

 絞り出すような、声とも音とも判別がつかない意識が空気を震わせる。少女の声に取り繕う気力もまだ戻らないが、それでも心はわずかに変化した。

 数百年の孤独を過ごした先の、短い期間でジュンペイの運命は大きく変動しようとしている。しかし手を取って共に歩いてくれるものがいるならば、再び諦念の泥に沈むことはあってはならない。

 

 ……そう考えた心が、わずかに熱を取り戻すのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 しかしジュンペイはその夜、自らの根幹などよりよっぽど重要な問題を突きつけられて苦しむことになる。

 

 

 

 

 

 

 

「ジュンペイくん。あなた、このままでいいのです? 言っておきますけどリアトリスさんがあなたに向けてる好意は『愛』! 『恋』ではありません! それで旦那を名乗るなんて図々しいんですよ! 嫁に恋の一つもさせないで旦那? ちゃんちゃらおかしいですね! 人それぞれでしょうけど少なくとも私が許しませんよ! 人外とか、かわいそうな過去に胡坐かいてる場合じゃないんですよ。このままだと本当に私がリアトリスさん篭絡しちゃいますからね! にこにこ我慢してたけどもう我慢できない。じめじめじめじめ鬱陶しい! 今後のためにもどっちがリアトリスさんの伴侶にふさわしいか、はっきりさせようじゃありませんか! あ、別に離れろとか言うつもりないですよ? 私が晴れてリアトリスさんの恋人に収まった暁には、私とリアトリスさんの子供として受け入れてあげます」

 

 

 密かに友情を感じ始めていた恋敵に宣戦布告をされた腐敗公は、世の不条理を呪った。

 

 

 落ち込ませてくれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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