腐敗公の嫁先生~人外夫をうっかりTSさせまして~【完結】 作:丸焼きどらごん
最強の魔物と自称天才魔術師。そんな二人がそろっていれば目的への道のりは遠かろうと、身の安全ばかりは確約されたもの。……そう思っていたら、何やら(本人たちにとって)些細なきっかけでとんでもないものを掘り起こしてしまった。
起きた事態の全てを把握するにはあまりに唐突だった上に、内容が内容だけにそう簡単には咀嚼できるものではない。
……だというのに、腐敗公ジュンペイの嫁は実にあっさりと次の行動に向けての方針を決めた。
(頼もしいんだけど……頼もしいんだけど……!)
リアトリスは腐敗公ジュンペイの嫁でありながら、魔術の師でもある。嫁として支え師として導く。そういった視点で見てみれば実にできた女性なのだが、その行動原理は過剰なまでの自信とあまり根拠のない勘と勢いによるもの、というのはここ一年の付き合いでなんとなく察している。
もちろん理知的な考えもあるのだろうが、圧倒的に勢い任せの率が高い。それゆえにハラハラする心は捨てきれなかった。……一番うろたえている身として、何が言えるわけでもないのだが。
もう一人の旅の供、ユリアもあっさりリアトリスの考えに乗った。彼女の場合は異世界人であるがゆえに自分とリアトリス以上に事態を把握できていないから、というのもあるだろうが、それにしたって大した胆力であると言わざるを得ない。
ジュンペイはそんな二人に挟まれて、一気に押し寄せた情報量についていけぬままに、嫁の判断に従い彼女の故郷を目指すのであった。
そして、その途中にて。
歩き続けて時刻は夜。
宵の帳が下りる前、夕方に野営場所を決めた後……肉が食いたいから狩ってくるなどという、頼もしい台詞を残して夜の闇に一人消えていったリアトリス。それ見送っていたジュンペイに、同じく待機組となったユリアから発せられた言葉は、彼女にしては語気の荒いものだった。
いわく、要約するなれば。
ジュンペイがリアトリスの旦那様としてふさわしくないという一点を主張したいらしい。
「二人きりになる瞬間を待っていました! もうもうもう! 私、ずーっと言いたかったんですからね!?」
怒涛の勢いで言葉と感情をぶつけられたジュンペイはしばし茫然としていたが、はっと我に返って言い返した。
「な、そ、んな!」
否、言い返せていなかった。
言葉にならない声をかろうじて気力が回復し、魔物から再び少女の姿に取り繕った体の声帯から絞り出す。…………が。それごときで目の前の少女の勢いが衰えるはずもなく。むしろその弱弱しい態度に「ちっ」と柄の悪い舌打ちまでもらってしまう始末だ。
「ほらほらほらぁ、なんです? 反論があるなら言ってごらんなさい。……いえ、いいです。まず私の思いのたけを聞いてくださいな」
やれやれと首を横に振ると、ユリアは大きく息を吐き出した。態度がいちいち挑発じみているが、受け取るジュンペイとしては本当に鬱憤が溜まっていたんだな、という事を察するあまりに肩をすくめて小さくなるしかない。その様子がますます相手を苛立たせると知らぬままに。
「ご存じかと思いますが、私はルクスエグマでほとほと男という生き物に愛想が尽きました。リアトリスさんの方は特定の男性を嫌うがゆえに勢い余って他の男もどうでもいい、みたいな感じですけど一応ジュンペイくんを"旦那様"として受け入れてるわけですから、完全に男という生物を厭わしく思っているわけではないのでしょう」
「そ、そうか……? 俺、こんな姿なんだけど……」
「今そこは重要ではないです」
ばっさり切り捨てられてしまった。
ジュンペイはこめかみをぴくぴくさせながらも、あと少し聞いてやるかと居住まいを正した。思わず殊勝な態度になってしまいそうだったが、ここまで一方的に言われているのだ。そろそろ何か反論したい。
そんなジュンペイの傍らでは宵闇を照らす野営の焚火がぱちぱちと爆ぜている。
「ともかく本気で男が大っ嫌いになった私と、リアトリスさんではちょっと違うわけですよ。そして、そんな私はリアトリスさんを愛しています!」
声高く宣言されたのは、熱烈な愛の告白である。
「……私、リアトリスさんには冗談半分に思われてるっぽいですけど結構本気なんです。だって、あんな風に手を差し伸べられて好きにならないなんてないでしょう? 無理! 好き! 好き好き好き! 大好きー! これでもジュンペイくんの手前もあるから、普段は抑えていた方なんですよ!」
怒涛の勢いで言葉を紡いでいくユリアに気圧されるが、一応聞くだけ聞いた。ならばそろそろ黙ってばかりもいられない。
ジュンペイはぐっと拳を握ると、身を乗り出してユリアに負けない気迫でもって言葉を発した。
「お、俺だってリアトリスに手を取ってもらったんだ! 数百年の孤独の中で初めてで、唯一だ! それだけじゃない! 好きになる気持ち? 分かるに決まってるだろ! あんなに堂々と自信満々に、一緒に幸せになろうって言われたらどうやったって好きになる! 俺だってリアトリスが好きだ!」
本人不在の場で勃発した喧嘩腰の告白大会を、夜の闇が吸い込んでいく。聞くのは
しかし夜の静寂を割ることを躊躇わない二人の声は、衰えるどころか増す一方だ。
「そうですか! でもジュンペイくん? その好きな相手から向けられている感情は何ですか? 先ほども申し上げましたけど、あれは「愛」です! 愛ならいいだろうってお思いになるならおめでたいこと! あのですね、リアトリスさんの普段のご様子からジュンペイくんも重々承知でしょうけど、傍から見てもリアトリスさんのあれは完全に"母性"なんですよ! 恋愛飛び越して家族愛な上に旦那様へのそれではありません!」
「うぐぅッ! け、けどユリアなんか完全に友愛だろ!?」
「そうですけど、そうですけど今それを引き合いに出すんじゃあないですよ! 私のターンはこれからです見てらっしゃい!? それで、いいですか? 旦那様って羨ましい立場に居ながらリアトリスさんに恋愛感情どころか落ち込んで不安定なところを見せてますます母性を抱かせてるところが私は気に食わないんですよ! そりゃあね? 意中の男性に母性を抱いて好きになるってのはあるでしょうよ! でもジュンペイくんはその前前前前前前前前段階くらいというか、伴侶でなく庇護対象としての愛を向けられてるんです! 何やら大変なことになってるのはうっすら察しましたけど、これから行く場所はリアトリスさんの故郷ですよ!? そこで旦那様として紹介されるってのに、なんですか落ち込んで情けない! 男として自覚を抱いてるならお嫁さんのためにもっとぴんしゃんしようとは思わないんですか! ええ!?」
一言発すれば十倍以上になって返ってくるが、ジュンペイも負けじと言い返す。
「う、うるせーーーーーぇぇぇ!! だったらユリア、お前に旦那としてのスタート地点が臭くて醜い化け物で、その後嫁より小さくて華奢な美少女にされた俺の気持ちがわかるのかよ!?」
「あ、自分で美少女って言っちゃいます?」
「可愛いのは事実だろ混ぜっ返すな! それでもずっと努力してきたんだぞ! 魔術を極めて人化の術を完璧に使えるようになって、めちゃくちゃかっこよくてリアトリス好みの大人の男の姿になって、抱きしめられる側から抱きしめる側になろうって! 俺だって、俺だってぇぇぇぇ!! なのにわけわかんないことになるしさぁぁぁぁぁ! 俺っていったい何なんだよ!」
「ええいみっともない! わめくんじゃないですよ! 数百年生きようとやはり見立て通り中身はおこちゃまのようですね! あなたはやっぱりリアトリスさんの旦那様としてふさわしくありません! せいぜい可愛がってあげますから私とリアトリスさんの子供になるのが最適解ですよ! 愛してあげます!」
今まで内側に留めていた鬱憤ごと吐き出せば、ふんっと笑顔で胸を張ったユリアがすぐさま言葉で打ち返す。その仕草はリアトリスにそっくりであった。
ジュンペイはそれに地団太を踏みつつ頭をかきむしると……――――ちなみにこちらは本人知る由もないが、生贄にされ腐朽の大地に降り立ったばかりのリアトリスそっくりの仕草である――――キッと睨み返す。
「いっそ上から目線が清々しいな!? いらんわ!」
「まあ、ずいぶんな言いようですね! ちなみにこれ、私がジュンペイくんを嫌いじゃないからわざわざ正面から言ってるんですよ! 私、陰湿じゃないので!」
一方的な物言いの中で突然示された好意に一瞬止まるが、ここで勢いに負けるわけにはいかないとすぐに言葉をはじき返す。
「俺だって嫌いじゃねぇよ! でもそれとこれとは話が別だぁ!」
「そこはよくわかってるじゃないですか!」
象牙の肌に黒髪の清楚可憐な少女と、薔薇色に頬を紅潮させた金髪巻き毛の愛らしい少女が至近距離で睨み合う。
そして黒髪の少女……ユリアがビシッとジュンペイの胸に人差し指を突きつけた。
「ジュンペイくん、これは勝負です! 宣戦布告です! 私はリアトリスさんを諦めません。……私にリアトリスさんをとられたくなかったら」
ユリアの声にひときわ力がこもる。
「あなたは落ち込んでないで、リアトリスさんに恋させてみなさい!」
しばし声が響いたのち……少しだけ夜の静寂が戻ってくる。
「……もちろんだ」
宝石のような碧眼に確かな力を込めて、ジュンペイは宣言した。それに対しユリアはにやりと口の端を持ち上げる。
「いいでしょう。即答できたのでギリギリ合格です。ちゃあんと私のライバルとして認めてあげますとも」
「だから、お前何目線なんだよ……」
「今言ったばかりでしょう? 恋の鞘当てをするライバルですが?」
何を当然のことをと言わんばかりのユリアに、ジュンペイは疲れたように地面に腰を下ろした。……一時的かもしれないが、その心には先ほどまでの暗澹たる思いは渦巻いていない。
ユリアも焚火を挟んだ向かい側に腰をおろし、二人の間には先ほどまでの喧騒が嘘のように沈黙が横たわる。
燃える枝が、ぱちりと爆ぜた。
「……わけわかんないことに突き落とされて、混乱する気持ちはわかりますとも。でもリアトリスさんが楽しみましょう、遊びましょうって笑顔で言ってくれるなら。私達も、それに応えるのが筋ってもんじゃないですか? というか、私はそうありたいわ」
ぽつりとユリアがこぼした言葉に、ジュンペイは「ああ」と納得する。
「……なんか、その。ごめん」
「ふーんだ。なにがです?」
「いやその、気分変えさせてくれたのかな、って……」
しどろもどろに答えれば、ユリアはにんまりと笑う。
「なんのことですー? 言っておきますけど、今言った事みんな本心ですから」
これ以上聞くのは野暮、というものなのだろうなと。ジュンペイは前世の記憶とやらから浮き上がってきたのか、そんな言葉でもってこれ以上口を開くのはやめておこうと口を閉じた。
ユリアは確かに図太いのだろう。しかし自分やリアトリス以上に、確実に普通の少女でもあるのだ。
不安が無いはずがない。その中で事の中心たる自分がいつまでも落ち込んで、大好きな人を困らせて(その当の大好きな人はあまり気にしていないようだが)いれば腹も立つ。
だが彼女は無意味に怒りをぶつけるだけでなく、その感情をジュンペイを奮い立たせるために使ってくれたようだ。
ならば今、あとひとつ言えることがあるならば。
「負けないからな」
「私だって」
ぱちり。もうひとつ枝が爆ぜて、煌々と焚火が燃える。
その明かりが照らし出す少女たちの顔は、双方好戦的な笑みだったとか。
「……私ったら、もってもて~」
一方。肩に担いだ太い木の枝に猪をぶら下げたアトリスは、出ていく間を見失って苦笑いしているのであった。
「でも、ま。妙なことになっだけど、明日からも楽しい旅になりそうね!」
そう一人締めくくると、狩ったばかりの獲物を意気揚々と掲げて友人と旦那様のもとに戻る。
世界がどう思おうと、彼女たちの旅路はまだまだ楽しく続くようだ。