腐敗公の嫁先生~人外夫をうっかりTSさせまして~【完結】 作:丸焼きどらごん
柔らかな陽光が木漏れ日となって降り注ぎ、さわさわと風にゆれる梢の音色が耳をくすぐる中。快活な少女の声が明るく響く。
「はい! こっちはうちの畑でとれた野菜と、森で狩ってきた鹿の葡萄酒煮込みよ! うちのお母さんの得意料理なの! すごいのよ、香草を上手く使ってあるから全然生臭くないの。もちろん狩ってからの血抜きも完璧なんだけどね!」
「…………。こちらは蜂蜜酒だ」
少女の声に続いたのは低く落ち着いた男性の声だ。声の主は客人が持つ杯にとろりとした濃い蜜色の酒を注ぐ。
「ほう、養蜂もされているんですか?」
「…………少し」
客人は高貴な身分でありながら、平民の男性に丁寧な言葉で返す。それを「こういう立ち回りが上手いから嫌いなのよこいつ……」と言いたげな瞳が穿つが、客人は気にした様子もなく杯を煽った。
「ジュンペイくんはこっちを飲むといいわ。お隣さんからわけてもらった牛の乳。今朝搾りたてだから新鮮よ。いっぱい飲んで大きくおなりなさい」
そこから少し離れた席では気風のいい女性が、にこにこと見た目華憐な少女に飲み物を差し出す。木製のカップに注がれたそれを受け取った少女……否、この世の三分の一を支配する大魔物は、はにかんだ笑顔で元気に答えた。
「あ、ありがとうございます! お義母さん!」
その隣では丁寧な作法でもって、しかしなかなかのペースで出された料理を美味しそうに平らげていく黒髪の美しい娘。それを楽しそうに眺めるのは、先ほどまでシカ肉の葡萄酒煮込みを給仕していた少女だ。今はパンを切り分けている。
「ユリアちゃんは華奢なのによく食べるねぇ~。いいことだわ!」
「ふふふっ、お料理がどれも美味しいので!」
「まあ嬉しい! このパンもいかが? 固いけどスープでふやかすと美味しいの!」
「いただきます!」
「………………」
リアトリスは指の節でぐりぐりとこめかみをほぐすと、深く溜息を吐いた。その傍らではオヌマがひきつった笑みを浮かべながら、たった今リアトリスの父から自国王子へと供されたものと同じ蜂蜜酒に口をつける。
「……世界の話とやらは、いったいいつ始まるのかしら」
「まあ、しょうがないんじゃないか……? ジュンペイ……腐敗公きってのお願いだろ。先にご家族へあいさつしたいって。健気じゃねーの」
「それはそれでいいけど、なんでそのまま和やかに全員で食事してるのかって話よ!」
「まあ、落ち着きたまえリアトリス。美味な食事は会話を円滑にすすめるために非常に有効だ。君はそういったことに対する認識が足りないから腹芸が出来ないのだよ。ふふ、そんなところが愉快で可愛らしくもあるのだが」
「もう一回ぶん殴っていいかしら」
「やめとけって」
現在場所はリアトリスの実家の裏手にある森の中。
そこにしつらえられた大樹の切り株を材料にした円卓には、作りたての様々な家庭料理が並んでいる。
短時間でここまで用意した母と妹の手腕には正直唸る所だが、そのためにいいように自分の魔術を使われたことに、やはり自分の家族だな……と思わぬでもないリアトリスだったりする。指示されるがままに動いでしまったので、いくら出世しようと家族間での立ち位置は変わらないのだなと再認識した。
母には頭が上がらないし、妹はちゃっかりしていて調子も要領もいいので、いいようにのせられて使われるのは昔からだ。
「それにしても、わざわざちゃんと挨拶をしたいだなんて礼儀正しい子ね。大事なお話があるらしいのに、それを許可してくださる王子様も素晴らしいお方だわ。今日のお客様はお持て成しのしがいがあるわね!」
「母さん! そいつ! 私を! 処刑台送りに! したやつ!! 素晴らしくなんかないわよ騙されないで!」
「けどそれはあんたにも原因があるでしょう? 何があったかは知らないけど、王宮に仕えるってなった時にも散々短気は隠しなさいって言ったのに……」
「直しなさい、でなく隠せってあたりよくわかってるな……。リアトリスのあれはそう簡単に直んねーよ」
「黙れオヌマ。私はぎりぎりまで我慢したわよ!! それをあのどくされが……!」
「あ、あの! リアトリス! 色々言いたいことがあるのもわかるんだけどさ、俺そろそろ挨拶していいかな……? まだ名前しか言えてない……」
「え、ああ。ごめんなさい」
元上司と娘を殺そうとしたその男をもてなしている母、更には余計な口をはさむオヌマをぎんっと射殺さんばかりの眼光で睨むリアトリス。が、遠慮がちに声をかけてきた旦那様にその勢いを殺す。
この場の誰よりも強いはずなのだが、この中で最も性格が良いのはこの夫ではないかとリアトリスは思う。少々人見知りで大人しすぎる場面も多々あるが。
ちなみにその旦那様がすぐ近くで酒をあおる元同期の男の手首を出会いがしらに腐り落させた事実は、今のところ彼女の中からすぽっと抜けてしまっているらしい。人見知りも過激さも、その時々である。
「え~、ごほん。では改めて紹介するわね」
リアトリスが咳払いをして注目を集めると、ジュンペイはもじもじしながらも覚悟を決めたのか、まっすぐに顔を上げて弾けるような笑顔で名乗りをあげた。
「リアトリスのご家族方、初めまして! 俺、リアトリスの夫のジュンペイです! 今日は夫としてご挨拶に参りました!」
名乗ってから、数拍。
さわさわと風に揺れる木の葉の音が場を通り抜ける。
そして止まったようだった空白の時間が過ぎたのち、リアトリスの家族の反応は三者三様だった。
「え、夫? 百歩譲ってお嫁さんじゃなくて?」
「…………父の、アドソンだ。娘をよろしく」
「夫って、まさかその子が腐敗公だなんて言うんじゃないでしょうね。およしよ、そんな冗談。そんな可愛い子を世界中が殺しにかかろうっていうの?」
リアトリスは頭を抱えた。
妹の疑問はもっとも。やらかしたのは自分だが、見た目があれだ。
父は実は家族の中で一番自己が強いというか鷹揚というかのんびり屋というか……何が来ようとさほど動揺せずに自分の感覚でもって応える。さっくり娘をよろしくされてしまった。
そして母は遠慮なしに本質を突いてくる。……さて、どれから答えたものか。
しかしリアトリスが口を開く前に、思いのほか落ち着いた声でそれに答えたのはジュンペイ本人だった。てっきり母の言葉に固まるものと思っていたリアトリスは軽く目を見張る。
「お義母さん、冗談ではないです。俺は世間から腐敗公……と呼ばれている魔物で間違いありません。この姿は娘さんに用意していただいたもの。本体は魔物です」
「あら、ちゃんと自分で言えるんですね。おどおどしてるだけだと思った」
「ユリアうっせぇ」
「はいはいっと。ごめんなさいね」
茶々を入れるユリアを睨んだ後、ジュンペイは大きく深呼吸をして言葉を続けた。
「俺がどんな存在なのか。俺がしたことで起きた現象によって、世界樹からみなさんにどんな情報が伝わったのか。まだ全部わかりません。俺自身がこれから知る所です。…………でも、これだけは先に言いたくて、大事な話の前にご挨拶がしたいとわがまま言いました。……いや、わがままっつーか、本命はこっちなんですけど! 俺なんでリアトリスの元上司がここにいるのかとか、それをリアトリスもわかってたっぽいとか、よくわかってないし!」
話しながら段々と焦ってきたのかジュンペイの言葉が早くなっていくが、それを落ち着かせようというのか、再度深呼吸。
そして。
「リアトリスを愛しています。こんな俺に手を差し出してくれた彼女を育ててくれて……ありがとうございました」
深く、一礼した。森から吹き抜けてきた草木の香りを含む風が、たっぷりと量があるジュンペイの巻き毛を揺らす。
「………………」
リアトリスは思わず言葉を失っていた。思いのほか真摯に告げられたその想いに、純粋に驚いたのだ。
別にジュンペイの好意を疑ったことはない。しかしそれはひな鳥が初めて親を目にして懐くような、そういった類のものだと思っていたのだ。しかしたった今口にされた言葉にはそれ以上のものが込められているように感じて……。そういえば少し前、アリアデスに「感謝と依存、愛情をはき違えてはいないか」問われた時もジュンペイはこの想いに偽りはないと言ってくれていた。その時はジュンペイの感情に自分は同じだけの熱を返してあげられるのか、という考えばかりに目が行ってしまったが……。改めて自分の家族の前ではっきり告げられると、妙に気分がそわそわとしてしまう。
ぽかんとしていたら、頭を小突かれた。
「だってよ。大事にしろよ。俺よりよっぽど上等な男だぜ」
「そんなことは当たり前でしょろくでなし」
ひそひそ小声で元同期で……ほんの少しの間だけ「恋人」という枠組みだった男を睨みつける。学生時代の、ほんの気の迷いだ。
男、オヌマはへらっとした笑みを浮かべてひらひらと手を振るとリアトリスから少し離れる。それを眺めていた赤髪の奇人と目が合って少し肩を跳ねさせていたのはご愛嬌。
そして見た目可憐な少女であるジュンペイに挨拶されたリアトリスの家族であるが……。
「え、えっと? やだちょっとこっちが照れちゃう! 愛してるなんてまともに聞くの、なんかこう、照れる!」
「父さんはよく母さんに言ってる」
「こんな時にいきなり恥ずかしい事実教えないでお父さん!?」
「恥ずかしくない」
「もう、あなたったら。子供たちの前で照れるじゃない」
「照れるのはこっちよ! ……ああえっと、ごめんなさい。えっと、ジュンペイ……義姉さんになるの? 義兄さんになるの? えっと、とりあえず細かい事は置いときましょう! まずはお姉ちゃんをよろしくってことでひとつ! 無駄に自信満々だけど人付き合いがすっごく不器用で短気でいいところもたくさんあるけど無神経さと凶暴さで塗りつぶしちゃうことも多い人だけど、悪い人ではないから!」
「妹ぉ!!」
「なに? お姉ちゃん」
「ルーカ、あんたさ。もうちょっと言い方……」
「大丈夫、知ってます。そのうえで俺は彼女の事が好きなので」
「あらあら、まあまあ」
「………………」
姦しいと言えばいいのか賑やかと言えばいいのか。
ともあれなんとも騒がしく、腐敗公ジュンペイは嫁の家族に無事。挨拶を済ませることができたのだった。