腐敗公の嫁先生~人外夫をうっかりTSさせまして~【完結】   作:丸焼きどらごん

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31話 腐敗公の役割 ★

 ジュンペイが挨拶を済ませた瞬間を狙ったかのように、乾いた音が空気を震わせる。だれかがぱんっと手を叩いたのだ。

 音の主はジュンペイ達のやり取りをにこやかに見守っていたアルガサルタの第四王子、エニルターシェ・デルテ・アルガサルティス。

 彼は朗らかな笑顔でリアトリスに賞賛の言葉を贈った。

 

「素晴らしい! かの大魔物……世界の三分の一をも支配する腐敗公にこうまで愛されるとは、さすがは私の可愛い魔術師だね」

「誰がお前のよ誰が! 雇用契約が生きてるとでも思ってるわけ? 生贄にしておいて? 何回ぶっとばされたいわけ。お望みなら何回でも拳を振るうわよ。ええ、この拳が砕けようとも!」

「熱烈な愛情は光栄だが、それだと先に私の頬骨が砕けるだろう? 遠慮しておくよ。それにしても、あいからわず君は粗雑だねぇ。おっと、ご家族の前で失礼。でもこれは褒め言葉ですので、悪しからず。立場上私は彼女を処さねばならなかったが、拳を始めて顔に受けた時は感動した。人生初だったからね」

 

 ふふっと軽やかに笑うエニルターシェに対して、みしみしと音が聞こえそうなほど拳を握り怒りに震えるリアトリス。だがそんな姉を横目に、ご家族たる妹のルーカの反応は非常に軽いものだった。

 

「いいですよ~王子様。お姉ちゃん、昔からこんな感じですし!」

「妹、姉の味方をする気はないの?」

「お姉ちゃん、権力を前に身内の絆なんて儚いものなの。あと王子様かっこいいじゃない? 媚売り媚売り♪」

「あんた昔から面食いで素直よね!? せめて一番最後のは隠しておきなさいよ」

「おや、お褒め頂き嬉しいね。リアトリスも彼女を面食いと称するという事は、私の見目は良いものに映っているのだね。良い事を聞いた」

「お前はとりあえず黙れ」

 

 味方をしてくれない妹に密かに肩を落としながらイライラとエニルターシェを睨むリアトリスだったが、そもそもこの男……そんな彼女の反応を見て楽しんでいるのだ。ここで止まるはずがない。

 

「いやぁ、それにしても本当に夫婦仲睦まじいようで喜ばしいよ! 私は嬉しい! さ・す・が。私の愛する魔術師だね」

「あの、エニルターシェ様!! お言葉ですが、そろそろ煽るのやめてくださいません!? こいつ俺より腕力あるから止めるの大変なんですよ! 一応こいつ魔将ですからね! 覚えてますか自分で位をあげたの! 将軍ですよ! 俺はしがない村のお助け魔術師なんですよ!!」

「ちょっと待ってそれ初耳なんだけど私に魔将の地位くっつけたのこいつ!?」

「はぁ!? 逆になんでお前知らないんだよ!? 俺は道中の世間話で聞かされたけど!」

「あっはっは。そういえば言っていなかったかい? アリアデスの弟子という事で興味があったからね。調べたら実力も申し分も無いし、私と共に戦場へ来てもらうために根回ししたんだよ。それと、オヌマ。前にも言ったが謙遜しなくていいよ。君の真の実力はアリアデスから聞いているとも。リアトリスが居なかったら君が彼の弟子になっていたのだろう。誇ると良い。……ご実家の手前、大変だな君も」

「なんでそういうこと言うのあの方!? 個人情報をなんだと!」

 

 悲痛な声をあげたのは、再び拳を振りかぶろうとするリアトリスを羽交い締めにしたオヌマ・アマルケインだった。何故か唯一の供として連れてこられた彼だったが、やはり貧乏くじだとため息をつく。役割を変わってくれなかった元宮廷魔術師長の老人とその孫を恨んだ。

 オヌマがリアトリスに密着する様子にジュンペイが一瞬むっと顔を顰めたが、死にそうな顔のオヌマを見てすぐにそれは憐みに変わる。オヌマとしてはそんな同情はいらないので、さっさとジュンペイに夫として嫁の蛮行を止めてほしいところだ。

 

 従者の苦労を知ってか知らぬか、エニルターシェはなに食わぬ顔で話を切り替えた。

 

「ところで、そろそろ私の話をしてもよいかな?」

 

 エニルターシェの声は自然と場の注目を集める。そういう声質と、話し方だ。

 

「腐敗公……いや、名前があるのだったか。ジュンペイ殿といったかな」

「あ、ああ」

 

 突然話を振られたジュンペイはどうしてよいか分からず戸惑った声をこぼすが、その眼前でエニルターシェは優雅に腰を折る。

 

「この度は御身の今後、ひいては世界の今後に関わる話を持ってまいりました。私はそれを話さなければならない。この場で話す権利を一時(いっとき)譲っていただいてもよろしいでしょうか?」

「……あんたがどういった話を持ってきたのか知らないが、俺自身の事だ。内容どうあれ、聞く意思はあるさ。話に先に割り込んだのは俺だしな」

「ふふっ。寛大な御心に感謝いたします」

 

 初対面で特大級の失礼をぶちかましてきたとは思えない優雅で嫌味の無い腰の低さに、警戒しながらもジュンペイは頷く。それを見ていたユリアが、密かに舌打ちした。

 

(カリスマってやつですかね。ジュンペイくん、こういう相手苦手そう……というか、ころころ転がされそう……)

 

 かつてユリアを囲っていた憎きルクスエグマの王族もろもろも上流階級ではあったが……しかしエニルターシェの持つ雰囲気は、それらの有象無象とは一線を画したものに感じられた。

 態度こそこの場で最上位の強さを誇る腐敗公に敬意をはらっているように見えるが、空気はあちらが握っている。……つかみどころが無く、油断ならない相手である。

 リアトリスもオヌマに抑え込まれながら、瞳は鋭くエニルターシェを射抜いている。これは自身も気を引き締めなければと、ユリアはピンと背筋を伸ばした。

 

「さて、何処から話そうか」

「もったいぶらなくていいわ。まずこちらが情報を求めるから、それに答えなさい」

「おや……。ふふ、いいよ。では何から聞きたい? 私の可愛いリアトリス」

「一本一本歯を叩き割っていいかしら」

「それは勘弁だ。話せなくなってしまう」

 

 両手を上げ降参の意を示すエニルターシェに、リアトリスはこめかみを引くつかせながらも深く息を吐く。そしてちらと周り……自分の家族にも目を向けたが、このままでも良いだろう、と判断しそのまま質問へと移った。

 世界規模で情報が拡散されたなら、それを自分の家族のような一般人がどの程度の受け止め方をしているのかも気になるのだ。今のところ正体が腐敗公であると納得した上で、ジュンペイへの敵意や嫌悪は感じないが……。

 

 リアトリスは鼻からひとつ息を吸い、人差し指を立て問う。

 

「ではまず初めに。世界樹とは何か」

「そこからかい?」

「私は例の変化の時ジュンペイと接触していたから、情報を受け取れていないの」

 

 数日前にジュンペイが枯れた大地を潤すために行った魔術。それをきっかけに思いがけず、世界全体に大きな変化が訪れた。

 変化の名前は「共通意識」。更にはその共通意識をもとにした命令。……人間、魔族問わず意志ある生き物全てにそれは行き届いた。それを行った大本が『世界樹』である、という事実と共に。

 

「最終的に行きつく話にも関わるが……うん。そうだね。我らの揺りかごであり我らの母、という答えが近いだろう。更に言うなれば、あれもまた使者、仲介者たる存在のようだが。私達は世界樹とその上位存在に作られ、育まれ、生かされている」

「ふぅん」

「おや、反応はそれだけかい?」

「予想出来ないものではなかったわ。可能性の一つとして考えていたもの」

「流石だね。では更に驚くべきことを教えてあげよう。私達がこれまで魔族と争ってきたのもまた、世界樹の意志だよ。強い方を生き残らせたい親心だね。ちなみに今はその意志は解除されているから、魔族と協力することも可能だ」

「…………。はぁ!?」

 

 それにはさすがのリアトリスも驚いた。これまで相容れぬものと無意識下で判断し、争い殺し合ってきた二種族。その見えないわだかまりに原因があるなど、考えもしなかったのだから。

 さらりと言われてしまったが、これは世界を揺るがす事実である。自分の家族があまりにも普段通りだったがためにさしものリアトリスもそんな情報がぽろりと出てくるとは思わなかった。

 

(でも……そうね。ぽんっと受け取っても魔術になじみが無い者が理解を示すのは難しいわ)

 

 世界樹などの用語そのものが、まず魔術師以外に馴染みがない。突然情報だけすりこまれても、それがどんな意味を持つか受け止めることは容易ではないのだ。受け止められた者達……特に魔術師や魔族などは、今頃ずいぶん騒がしい事になっていそうだが。

 

「意図的な生存競争……。交わるのでなく、争った果てで生き残った明確に強い種族が生き残るようにされている、ということかしら」

 

 推論を口にすれば、エニルターシェが頷く。

 

「そういうことだ。だからドラゴンなんかは世界樹にとっても予想外の存在だね。彼らは奔放に交わり、設定された理を壊すから」

「…………。まあ、いいわ。今はそういうものだと受け取っておきましょう。ちなみに魔族と協力できる、というのは何のために?」

「分かるだろう? 」

「"腐敗公の魂を刈り取れ"だったかしら。……その目的の遂行のために、一時的に垣根をとっぱらったと」

「ご明察。魔王たちも各自で動いているのではないかな」

「だけど相手は腐敗公よ? 討伐しようと思えど誰もが出来なかった相手。それが魔族と人間が協力する程度でどうにかなるものかしら。それに無意識下の制約が取っ払われたとはいえ、今までの歴史で散々争ってきた同志。そう簡単に協力なんて……」

「そのしがらみをねじ伏せてでも、どうにかせねばならないんだよ。でなければ私たちは世界ごと消えてしまうからね」

 

 リアトリスとエニルターシェの会話に誰もが入ることが出来ない雰囲気で居た中、聞き捨てならない内容にジュンペイが口を開く。その表情は硬い。

 

「どういうことだ……。俺は確かにこれまで世界を腐らせてきた。でもこの間はその影響で枯れた土地を蘇らそうとしたんだ! それは成功した! なのに、なんで……」

「なるほど、そんなことをしたのですか。世界があなたを不要と判じたのにも納得です」

「何故!」

「……何故か? それはあなたが役割をはずれたからだ。だから別のものをその位置に据えるため、腐敗公の体から今の腐敗公の魂を刈り取らねばならないのですよ」

「役割ってなんだよ!」

 

 なだめる様に、しかし容赦なく「お前は存在してはならない」と告げた赤髪の男にジュンペイが吠える。リアトリスはジュンペイの肩を抱き寄せると、鋭い眼光のまま続きを促した。

 

「また面倒くさそうな内容ね」

「ああ、そうだとも。私もアリアデスに説明してもらうまでは首をひねったね。我らが母御は、命令を渡してくる割に親切ではないようだ」

「……続きを」

「腐敗公ジュンペイ殿。あなたは世界転生の根幹を担っていた」

 

 突飛な単語の組み合わせに、身構えていたジュンペイは目を白黒させる。世界と、自身ももしかしたら体験しているかもしれない転生。その二つが合わさって、どういった事実が生まれるのだろう。

 

「オヌマ。公にもよくわかるよう簡単に説明したまえ」

「え!?」

 

 痛む胃を抱えながらも完全に聞きに回っていたオヌマは、突如話をふられ素っ頓狂な声を出す。

 

「知り合いだろう? 親切にしてあげるべきだよ。アリアデスからの聞きかじりで話している私より、専門家の君の方が上手く伝えられるだろう」

「あんたしゃあしゃあと……ゲハンゴホンオホンッ!!」

 

 ついつい零れそうになった本音を無理のある咳で誤魔化したオヌマは、非常に嫌そうにしながらも膝に手を当て身をかがめた。その視線はちょうど、ジュンペイの背丈と同じである。

 ジュンペイはこれから話される内容に警戒しつつも、オヌマの以前と変わらない態度に少しだけ肩の力をぬいた。

 

「あー……と。例えばだ。果実がひとつ、あったとする。そして果実を食らう芋虫が二匹。その芋虫が人間と魔族だと考えてくれ」

「……うん」

「果実を多く食べた方が成虫になれる。だが果実は食い切る前に育ちすぎて、自分の重みで地面に落ちて割れちまうのさ。そこで果実を実らせていた樹は、虫たちのために新しい果実を用意する」

「自分の実らせた実をわざわざ食べさせるのか? ……って、ごめん。たとえ話だったな。続けてくれ」

「あ、ああ。えーとだな。だけどその樹に果実はひとつしか実ることが出来ない。……樹は果実が落ちる前に、今ある果実を腐らせて分解し、新しい果実を実らせるための栄養にしたい。そして新たに育った果実を、虫たちにもっと食べさせたい」

 

 たどたどしくも、どうにか分かりやすく語ろうとするオヌマ。背後ではエニルターシェがにこやかに見守っているが、無茶ぶりをされたオヌマが困っているさまを楽しむその笑顔は実に厭味ったらしい。リアトリスは舌打ちしながらも、ジュンペイと共にオヌマの話に耳を傾けた。

 

「つまりだ。果実は世界。それを腐らせる役目が腐敗公。……腐敗公が溶かしてきた大地は、世界が生まれ変わるために還元された栄養だ。そしてその栄養は、腐敗公自身の力となってその体に蓄積されている。……ジュンペイ。お前が生まれた時から、世界は新しい体になるための準備を始めていたんだよ。今は古き世界から新世界へ至るための過渡期なんだ」

「なん……っ」

「でもって、だな。その腐らせ蓄える役目を持ったお前が古き世界に対して貯めてきた栄養を更に還元したとなると、世界転生にゆがみが生じる。転生できなかった世界は中身の俺たちごと消えちまうそうだ」

「ふざけた話だわ」

 

 その内容に言葉を失うジュンペイだったが、リアトリスは話を内容を咀嚼した上で切り捨てる。誰からも好かれること無く厭われたまま生きてきたジュンペイが、実は世界規模で重要な役割を担っていた? ならば説明の一つでもしろというのが、リアトリスが世界樹へむける感想だ。意志があるなら伝えることなど簡単だろうに。

 

「それをして、世界樹にはなんの得があるのよ」

「そこまでは知らねぇが、推測ならできる。でもそれならお前でも可能だろ? だがどうせ答え合わせなんてもんはできやしねぇんだ。だからそれを論じるのは、今必要じゃない」

「なら今必要な事ってなに」

 

 声に棘の混じるリアトリスが見据えるのは、目の前で話していたオヌマではなくエニルターシェだ。

 

 リアトリスは自分の故郷に向かおうと提案した時、ある程度アルガサルタから誰か来ているだろうなと推測していた。それはエニルターシェが自分に関する情報を多少なりとも手に入れている、という事実を知っていたから。

 腐敗公のことを知りたいならば、わざわざ生還がほぼ不可能と言われている腐朽の大地に赴くよりも、そこから帰還した者にまず情報をきけばいい。そのためにリアトリスが訪ねた可能性のある知人へ情報を求めれば、おのずと生還者リアトリスの傍らに寄り添う謎の少女の正体へも行きつくわけで。

 もしこれが世界樹などというものが妙な共通意識を持たせる前ならば、オヌマは誤魔化してくれたかもしれないしアリアデスも口を噤んでくれただう。だがどういうわけか、これまでと同じようでいて違う、決定的な意味をもってジュンペイは「世界の敵」となってしまった。ここで情報提供を渋るのは、もしリアトリスが逆の立場でもしないだろう。あくまで理解を示すにすぎず、納得は出来ないが。

 

 リアトリスは親しい者、という相手が極端に少ない。そうなればオヌマ、シンシア、アリアデスの他に尋ねる可能性があるとすれば故郷の村しかありえなく……同じく情報を必要としたリアトリスもまた、「訪ねてくるだろう誰か」から情報を得るためにあえて故郷を避けず戻ってきた。

 ジュンペイに語った「遊ぼう」という目的も本音ではあるが、急いで帰ってきた割りに相手が早すぎてその暇が与えられなかったのは残念である。

 

(残念どころか、早々に辛い事実に向き合わせることになっちゃったわね……。もう少し息抜き、させてあげたかったわ)

 

 先ほどリアトリスへの想いを純粋に語り、嫁の家族に挨拶をすませたジュンペイ。だが今の話を聞く限り、彼につきつけられるこの世界の生物からの要求はひとつだ。

 

「要はジュンペイに死んでくれって言いに来たんでしょ。言っておくけど世界どうこう聞いても私はこの子を手放す気はないわよ」

「!!」

 

 話を聞くにつれてだんだんと青ざめ俯いていったジュンペイが、ばっと顔を上げる。見上げた先の嫁の表情は、怒りに染まっていた。

 

「では君に聞こう、腐敗公。どうする? あなたがこのまま生きていると、あなたが愛する花嫁まで死んでしまいますよ」

「そ……れは……っ」

 

 リアトリスの鋭い舌打ちが飛んだ。

 

「その一言が目的か」

「ああ、そうだとも。わざわざ最強の腐敗公を正面から相手取らなくても、腐敗公に愛する者が出来たと知れた。ならたった一言告げるだけで、私の目的は終わりだよ。……さて私からの親切な説明はここまでだ。あとは好きにするといい」

 

 肩をすくめるエニルターシェだったが、彼が告げた言葉はジュンペイに決定的な衝撃を与えた。先ほどまで和やかに食卓を囲んでいた空気は、今や完全に冷え切っている。

 とはいえジュンペイに嫌悪の視線が注がれているわけでなく、この大きな事実を挟んで話すリアトリスとエニルターシェにどう口出しをしていいか誰もが口を開けないでいるのだ。

 リアトリスは自身の家族からジュンペイに敵意が向けられていないことに安堵しつつ、しかし滾る怒りは静まらない。

 

「好きにするといい? 言われなくてもそうするけど、特大の毒を食らわせに来たのによくもしゃあしゃあと言ってくれるわね」

「それは言いがかりであり、贅沢というものだよリアトリス。対価に君たちが知らなかったことの説明はしたろう。……それに私は私の立場での責務を、できる範囲内で最大限……活かせる形でもって、実行したにすぎないさ」

 

 ぐっと言葉を詰まらせそうになるリアトリスだったが、怯むまいと薄ら笑いの奥に潜むものに噛みついた。

 

「そんなこと言いながら、お前は世界が消えてもそれならそれでいいのではないの? それよりジュンペイがどう考えてどう行動するか、見るのが楽しみって顔してるわよ。最悪」

「……ふふ。おや、驚いた。私の思考を見透かすのかい? リアトリス。そうだね。君の言う通り、諸共消えてしまうならそれはそれでスッキリして良いと思うよ。煩わしいもの、美しいもの、間違っているもの、正しいもの。それぞれの主観でいくらでも変わる曖昧で面倒なものたちが一切合切消えてしまう。なかなか美しくはないか?」

「煩わしいなら全部消えろ、か。まあ、美しいとは思わないけど潔くて嫌いじゃないわ。でも私はね、これからも楽しく幸せに欲しいもの全部抱え込んで生きたいのよ。そのなかに、もうジュンペイが入ってる」

「なら君はどう動く、銀鱗の魔将リアトリス。世界の理、君のわがままで覆せるほど軽くはないぞ」

 

 ぴりりとした空気がリアトリスの肌を這う。

 事実を知ったうえで無茶を口にしているのは自分の方だと理解はしているが、引く気はない。

 

 視線が集まる中、リアトリスは歯を見せて笑うとジュンペイをぐいっと抱き寄せた。

 

「!」

「これから考えるわ! 世界が消える直前とやらまで、何万回だって私にとっての最良を引き寄せる思考を繰り返す! この天才魔術師リアトリス様がね! その結果世界が消えてしまうなら、これだって何万回も頭を下げてやるわよ! まあ綺麗さっぱり無くなっちゃうなら、頭を下げる相手なんていないんだけど!」

 

 少しの間。

 盛大な笑い声が響いた。

 

「いいね! 君は自称だけでなく間違いなく天才だが、世の傑物に比べたら有象無象の凡百と変わらない。なのにそうやって無様に吠えられる考え無しなところが、私は大好きだよ! より面白くなっているようで安心した! ああ、見せてくれ! 君が、君たちがどう最後まであがくのか!」

「すげぇ勢いで罵倒してきたわねやっぱりお前もう一回ぶっとばすわ!!」

「ああ、いいよ! 名実ともに君は今から世界の危機を脅かす敵だ。なら立場などもう無いに等しい。世間体が無いのだから、いくらでも殴るといい。実を言うと私は君に殴られるの、そう嫌いじゃない!」

「やっぱりやめたわ!!」

「おや、残念」

「嫌いよあんた」

「私は好きだよ」

 

 苦虫を億単位で噛みつぶしたような顔をするリアトリスを満足そうに眺めると、エニルターシェは最後にジュンペイを見る。

 

「さあ、あなたの花嫁はこう選択したよ。腐敗公ジュンペイ殿、次はあなたの選択を見せてくれ」

「俺……は」

 

 答えようとした、その時。オヌマがぴくりと眉を動かす。

 

「どうもゆっくりしてる時間なさそうですよ。エニルターシェ殿下……あなた、お友達になにか言いました?」

「ああ、そういえば」

 

 ぽんっと手を打ったエニルターシェに、嫌な予感が鎌首をもたげる。

 

「答えを聞くのはまた今度にしよう。ふふ、リアトリス。私は君の予想通り兵は連れてこなかったけど、どうやら私の友人が逸ったようだね。馴染みとしては、そちらの聖女様と縁深いかな」

「え……」

 

 話を振られたユリアが嫌そうに眉根をよせ「まさか」と口の中で言葉を転がす。はっきり口に出さないのは、その嫌な予感が当たってほしくないからだ。

 

 だが嫌な予感というものは、たいてい当たってしまうものである。

 

 

「はーははははははははは!! 前回は油断したが、此度はそうはいかん! 貴様らに売り飛ばされた天馬、買い戻すのに苦労したぞ! 忌むべき汚辱、このアッセフェルト自らが晴らしてくれる!!」

「「「馬鹿が来た」」」

 

 奇しくもリアトリス、ジュンペイ、ユリアの三名からまったく同時に同様の感想がこぼれ出た。というのも、馬鹿でかい声を発しながら天馬に跨り上空を横切った相手……ルクスエグマの騎士アッセフェルトは、ついこの間ジュンペイにボロ負けしたばかりの相手だからである。

 現在は情報を照らし合わせジュンペイの正体を知っていてもおかしくないはずだが、それでなおあの勢いでやってくるのは馬鹿と言わずしてなんといおうか。蛮勇と言うにしても、ぬるい。

 

「ベルフェロも学習しないな。前回と同じ相手をよこすだなんて」

「ベルフェロ……。ルクスエグマの第二王子っスか。あれじゃないですか? エニルターシェ殿下がどの程度話されたかわかりませんが、あちらとしてはジュンペイが腐敗公だと確証がないからもう一度同じ相手を試金石に、みたいな」

「ふむ、そうかもね。ともかくここを直接襲われても困るね。さあさあリアトリス、とりあえず逃げたまえ。ご家族を巻き込むのは君としても本意ではないだろう? 安心したまえ。私は国民に対し慈悲深く寛容で平等だ。君の家族には手出しをさせないよ」

「言われなくてもここで迎え撃つなんてしないわようるさいわね! まあ家族に関しては信用するしあんたにこれ言うのめちゃくちゃ嫌だけどありがとうと言っておくわよクソが!! ジュンペイ、ユリア、行くわよ!」

「あ、ああ!」

「はい!」

 

 手を二度三度叩いて急かすエニルターシェに怒鳴り散らすと、リアトリスはどたばたと家の中に駆け込む。そして荷物をひっつかんで戻ってくると、ジュンペイとユリアに投げよこした。

 

「……あ! リーア、あなた大丈夫なの!?」

「大丈夫! なんとかする! 何とかならなかったときはごめん!」

 

 慌ただしく動き始めた娘に、これまでどう反応してよいか分からず見守っていた母が声をかける。返された言葉は短いが、母はそれで満足したようだ。

 

「それは別にいいけど! でも気を付けるのよ!」

「いいの!?」

「そりゃお姉ちゃん言われても聞かないもん、お母さんもそう言うわよ。ちなみに私もそう思ってるけど、世界が消えちゃうとか嫌だから死に物狂いで頑張ってよね!」

「まかせなさい!」

 

 妹も妹で受け止め方が非常に軽く、しかしだからこそリアトリスはやる気を貰う。胸を張って答えてみせた。

 

「…………仲良くな」

「わかった!」

 

 父の言葉は母より短い。それに反応したのはジュンペイだ。

 

「お義父さんはリアトリスが俺と居ていいんですか!?」

「リーアが決めたなら、君はもう息子だ」

「…………!」

「君の家族は心が広いね、リアトリス」

「緩いだけよ! 助かるけどね!」

 

 何やらひどく感動しているジュンペイを脇に抱えると、リアトリスは「ぜんっぜん休めなかった!」と悪態をつきながら来た時同様風の魔力を編む。ともあれ、まずはこの場から遠く離れることが必要だ。

 

 

 そんなリアトリス達の去り際に、エニルターシェが「せっかくだから言っておこう」とばかりに声をかけた。

 

「ああ、リアトリス。一応本命の目的は果たしたけど、建前上私もちゃんと刺客を差し向けるから楽しみにしていてくれ」

「だれがするか返り討ちにしてやるわ!!」

「おいリアトリス多分俺も行かされるから手加減しろよ!?」

「「頑張れ」」

「なんでそこだけ同じこと言うんだよあんたら!!」

 

 

 

 

 こうしてリアトリス達の新婚旅行兼修行旅行は、逃亡劇の様相をも伴って更に慌ただしく続くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 




以前お互いのうちの子を描く、といった旨の企画にて描いていただいたリアトリスとジュンペイを掲載させていただきます!(許可は頂いております)
うおおおお!めちゃくちゃ可愛く描いてもらえました嬉しい!!


【挿絵表示】

にぼしみそさんに描いていただいたリアトリス。美人すぎか……!?不敵な表情がリアトリスらしくてとても好き。光の加減が非常に美しいです。


【挿絵表示】


【挿絵表示】

同じくにぼしみそさんに描いていただいたもの。光栄なことに企画の後にジュンペイまで描いていただけました。
可愛らしい人型のジュンペイの後ろに元の姿をガッと目力強く描いてもらっていることで本編内で威厳が無いジュンペイに貫禄が生まれている……!とても印象的な絵。感動。


【挿絵表示】

HITSUJIさんに描いていただいたもの。雰囲気最高。リアトリス本人がまず可愛く美人に描いてもらっている上に本を持ったポーズがすごく好きなのですが、背景まで描いてもらえてるのすごい……!


【挿絵表示】

ぽぽりんごさんに描いていただいたもの。見た瞬間「り、リアトリスだー!」と声に出してしまいました。これ絶対返さないやつだな!?という信頼感があまりにもリアトリス。この悪びれてない感じがすごく好きです。こんなに可愛く描いてもらっているというのに!


【挿絵表示】

柴猫侍さんに描いていただいたもの。ミニキャラめちゃくちゃ可愛くないですか……!?可愛い!ずっと眺めていられる。ぷにっとしたほっぺたが最高に可愛いです。


【挿絵表示】

(╹◡╹)さんに描いていただいたもの。天上天下唯我独尊的なポーズがまさにうちの子リアトリス!という感じですごく好き。表情が大人びつつも絵柄が柔らかいのでめちゃくちゃ可愛い。特徴捉えてもらっていてとても嬉しいです!


皆様、素敵なイラストを描いていただき本当にありがとうございました!
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