腐敗公の嫁先生~人外夫をうっかりTSさせまして~【完結】 作:丸焼きどらごん
32話 再出発
リアトリス達は現在全力で逃亡を図っていた。その相手は空を天馬で駆け高笑いしている馬鹿ではない。そちらも追ってきてはいるのだが、問題はその下方である。
それリアトリス達が村から出た直後……地面を割って現れ、殺意をもって襲い掛かってきた。
胴体の脇から生えたムカデのような節足動物の足をわさわさを動かし、鱗で覆われた蛇のごとき下半身を引きずっている……魔族。派手な土煙をあげて追ってくるその姿に、見覚えがありすぎた。
「な、なあリアトリス!! あれって確か肥料に使った魔族だよな!?」
「見た目だけはね!! でもどう考えても大きさが違いすぎるわよなによあれ!!」
「り、リアトリスさん~! に、逃げるより、倒しちゃった、ほうが!」
走りながら元気に会話するジュンペイとリアトリスの後ろについていくユリアは、突然の全力疾走に息も絶え絶えだ。そんな彼女にリアトリスはパンっと顔と前で手を合わせて謝る。
「ごめん、悪いけどそれ無理! この位置だと収穫期が近い畑に被害が出るわ。もうちょっと頑張ってちょうだい! なんだったら負ぶってあげるから」
「えっ! そ、そんな。うへへ。でもそれだとリアトリスさんが……でもせっかくの、うへへ。お申し出だし……」
「なら俺が背負ってやるよ!! ほら!」
「きゃああ!?」
リアトリスの申し出に遠慮する様子を見せながらもかなり乗り気だったユリアを、問答無用でジュンペイが放り投げ背中で受け止める。なかなかに乱暴な方法だったが、現在そうも言ってられない状況だ。
なにせ三人を追ってきている異形の相手は身の丈が元の姿のジュンペイに並ぶほど……。つまり小山のような様相である。
少しでも追ってきている順路を外れれば、この辺り一帯の畑は全て吹き飛ぶだろう。
件の相手は数日前、リアトリスが提案したレーフェルアルセの大地を蘇らせようという魔術実験の際に肥料として使われた魔族。集落を襲いに来た相手を打ち倒し、丁度良いからと使ったはいいが、まさか復活するなど今まで数々の魔族と戦ってきた歴戦の魔将リアトリスとしても初めての経験である。
「ははははははははははははは!! この間は良くもやってくれたな! だが私は世界の刺客として蘇った!! 魔王様に匹敵するこの力、存分に味わうがいい!!」
「なんとなくどうして蘇ったかわかったけどウルセー!! 実力でいえばまだまだあんた格下なのよ!! 今はやむなしに逃げてるだけだっつーの!!」
「なんだと!? 無様な逃げ姿を見せているくせによく吠えるものだ!!」
「ふははははははは!! 魔族などと協力するのは不本意だがこれも世界のため。腐敗公と邪悪なる乙女ユリアはこの俺が討ち取ってくれる!!」
「おめーはもっとうるせぇよ!!」
「ユリア!?」
普段の丁寧口調をかなぐり捨てて心底ぶちぎれた様子のユリアに、ジュンペイがぎょっとする。どうも一度打ちのめされたくせに再度向かってきた、ただでさえ忌々しい相手によほど苛ついていたらしい。今の彼女の心境は憎さ余って憎さ百倍といったところだろうか。
「チッ、あれだけ魔族を厭わしく思っていたくせにさっそく仲良しこよしですか。恥を知りなさい恥を!!」
「ふんっ! これも世界のためという大義名分を前にすれば小さき事よ」
「はああああああ!?」
額に青筋を浮かび上がらせるユリアの顔が怖くて、ジュンペイは前を向いた。相手の標的は自分なのだが、どうにも他が口で言い争っているためちょっぴり疎外感など覚えていたりもする。ほんのちょっぴりだが。
(ジュンペイが世界に捨てられた、と感じた直前に行った魔術の触媒。一度魔力に変換されたという事は星幽界に近しくなったという事。……直接的に放つ刺客としては、再構築して使うのにちょうどよかったって所かしら)
一方リアトリスは天馬に跨るユリア因縁の相手は眼中に無く、巨体で追ってくる魔族を分析していた。
エニルターシェによれば魔族と人族の魂に刻まれた垣根は一時的に取り払われているらしいが、まさかさっそく組んで襲ってくるとは予想外である。しかもその相手が一度確かに仕留めた相手だというのだから、驚きだ。
どうもこの世界の人間に共通認識を持たせた以外、いまいち強制力のある直接的な命令は出来ないらしい世界樹。その相手が唯一ジュンペイを攻撃する手段に利用出来たのがこの魔族なのではないか、とリアトリスは憶測を立てていた。下手をすればジュンペイの魂が腐敗公の体から抜かれた後、そこに収まるのはこの魔族という可能性もある。
リアトリスは先ほど格下と断言したが、この相手は巨大化した体躯に見合うだけの魔力を有しているのだ。死ぬ前と比べれば、桁外れである。
しかも一度ジュンペイ……腐敗公自らの手によって分解されているときた。腐敗公という役にどんな魂が求められるかは知らないが、体への馴染みはよさそうだ
(ま、これも憶測ね。実証しようがない。とりあえず今は逃げるが吉! 戦って無駄に目立つ方が今はよろしくないわ!)
リアトリスの頭にはすでに次の予定が組まれていた。腐敗公の嫁であり先生でもあるリアトリス・サリアフェンデは夫兼生徒の予定立案にも余念がないのだ。……多少以上に行き当たりばったりで見通しの甘いところが大半ではあるが。
「ジュンペイ、逃げ切るわよ! ほほほ! 私についてこられるかしら!?」
「もちろんだ!!」
魔術で加速しているとはいえそこそこ疲労のたまっているリアトリスは汗をだらだら流して息切れもしていたが、偉そうな態度は変わらない。しばし真剣な表情をしていた彼女を案じていたジュンペイはそれに少々胸を撫でおろしつつ、力強く頷いて背負ったユリアを振り落とさないように抱えなおした。
「全力疾走ーーーーーー!」
「ぜんりょくしっそうーーーーーー!」
「待てお前達何故天馬の速度の上回っている!?」
「待て逃げるのか臆病者めがぁぁぁぁ!!」
そして第一の刺客を華麗に置き去りにして、彼らは風のごとく去って行った。
+++++
「ずばり! 次の目的地はドラゴンよ」
「ドラゴン?」
「目的地というか、目的種族というか。ああいえ、もしかして地名ですか?」
「いいえ、種族で合っているわ」
無事に追っ手を撒いたリアトリス達は、現在ある町の服屋に居た。
リアトリスは鼻歌を歌いながらジュンペイにレースのリボンがついた帽子をかぶせると、もののついでとばかりの軽い調子で重要な事を口にする。それに首を傾げた二人だったが……疑問を更に掘り下げる前に、ジュンペイは帽子を床に叩きつけた。
「って、その前になんで俺は着替えさせられてんだよ!? しかも何このフリフリは!!」
「あらジュンペイ、前々から思っていたけど口調がだんだん粗雑になってない? 駄目よもっとお淑やかにしないと。あとそれ売り物」
「そうですよね~。せっかくの美少女っぷりが台無し」
「見本二人が何言ってるの」
「ええ? こんなに清楚な私たちを捕まえてあなたこそ何を言っているのよ」
「本当ですよ。私なんて聖女ですよ、聖女。元ですけど」
床に叩きつけてしまった帽子を拾い慎重に埃を掃って整えながら、ジュンペイは嫁と恋敵をジト目で睨みつけた。
素知らぬ顔で口笛でもふきそうな二人はそれぞれ華やかな令嬢服を持っている。しかしそれは彼女ら自身のための物でなく、両方ジュンペイ用だ。
そしてジュンペイは今現在すでに着替えさせられ、白いレースと花の刺繍が施された上下に包まれていた。スカートはパニエでふんわり広がっている。
ちなみに五着目の着せ替えだ。考え事をしている内に油断して、強行された結果である。
「お金そんなにないんだろ!? 俺の着替え買ってる場合じゃないしそもそも俺いらないし!!」
「ええ~。でも変装は必要じゃない? ねえユリア」
「まったくもってその通りだと思いますリアトリスさん」
「ここぞとばかりに二人で組まないでよ! いいから出るぞ!」
「「ええ~」」
「えー、じゃない! あの、すみません! ありがとうございました!」
ぷんすこ怒りながらもしっかりお店の人にお礼とことわりを入れるジュンペイを、店員は「あらあら可愛い。お姉さん達に連れ出されたのかしら?」と微笑ましそうに見送った。服は売れなかったが、滅多にお目にかかれないほどの美少女。その可憐な着せ替え会を干渉できたので良しとする。
まさかその見目麗しい少女が自分たちが住む世界を二度にわたり揺るがす大魔物だなどと、平和な町の店員はまだ知らない。
「……で? ドラゴンが目的地ってどういうこと。なんかリアトリス、人化の術について教えてくれた時に厄介な相手だって好きじゃない雰囲気出してた気がするけど」
とことこ町を歩きつつ、ときおり人目を気にするように視線を彷徨わせるジュンペイ。彼の問いに、リアトリスはさりげなく防音の魔術を施してから答えた。
「厄介な相手よ。でも有益な相手でもある。……なんたってこの世界の人間と魔族の深層心理に刻まれていた不文律。それから外れていた種族なんだから。現状において一気に価値が上がったってとこね」
むふふと怪しい笑みを浮かべながら話すリアトリス。そんな彼女の腕にぴょんと抱き着いてもたれかかったユリアが更に問う。
「リアトリスさんはドラゴンたちにどんな有益性を見出しているんです? いたっ」
流れるように密着したユリアの手の甲をイラっとしたジュンペイがつねった。
「何するんですか」
「お前がな」
「でも自分もちゃっかりくっついてるじゃないですか」
「俺は夫だからいいの」
「こらこら、喧嘩しないの」
ユリアをつねったあと、トトトと反対側にまわりリアトリスの腕を抱き寄せたジュンペイ。ユリアも負けじと再度リアトリスの腕を抱きなおし、頬を寄せる。
(最近この位置が定番になってきたわね……動けないわ……)
両脇に金髪の美少女と黒髪の美少女を侍らせた魔術師は、これはなかなか気分が良いものの普通に動きづらいなと苦笑をこぼす。しかし話すには問題ないなと、言葉を続けた。
「エニルターシェにどうにかしてみせると言ったものの、いくら私が天才でもとっかかりが必要なの。ここでまた情報が必要になってくるってわけ。まったく天才魔術師も大忙しよ」
「その情報をドラゴンさん達が持っていると?」
「でも快く教えてくれるか? ……この世界の生き物にとって、俺はどんな形であれ有害だろ。分身体とはいえ俺がこの姿だってことが、他に知れるまで長くはないだろうし」
「だから変装しようって言ったのに」
「それは別の話! 変装するにしても、もっと別のがあるだろ! こう、男っぽいかっこいいの選んでくれよ! 何度も言うけど俺はリアトリスの夫なの!」
「チッ。……まあそれは置いておいて」
「置いておかないでくれる!? それに舌打ち!」
「いいからいいから。まあ変装の内訳はともかくジュンペイの正体は隠したまま接触していいんじゃないかしら」
「そうですね。馬鹿正直に言う必要ないですし」
ふんふんと頷くユリアに、ジュンペイはふとその整った顔を見つめる。
(そういえば、あんな話を聞いた後なのにユリアも変わらないよな)
世界ごとどうにかなってしまうというのなら、この世界の地に足をつけて立っている彼女もまた、何かあればただではすむまいに。
そんなことを考えながら見つめていたら目が合って、にっこり微笑まれた。実に愛らしい笑顔だが、ジュンペイはそっとリアトリスの影に潜んだ。なにやら圧を感じたためだ。
「ま、聞くことどうこうよりまず見つけないとね。あいつら魔族より長命らしいんだけど、その分個体数が少ないのよ」
「あてはあるんですか?」
「もっちろん! ふふふ。二人とも、期待なさい。目的地としてはなかなか良い場所よ」
「え、何処です何処です!?」
「ふふふん。それはね~」
「もったいぶらないで早く教えてくださいよ~」
むふむふ笑みを深めるリアトリス。その楽しげな様子に自然とジュンペイとユリアの期待が高まった。現在わくわくしている場合ではないのだが、リアトリスが非常に楽しそうなので二人ともそれにつられている。
リアトリスはカッと目を見開いた。
「温泉卿よ!!」
「「温泉郷!?」」
目指す場所は、硫黄薫る山岳の都。