腐敗公の嫁先生~人外夫をうっかりTSさせまして~【完結】   作:丸焼きどらごん

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33話 強化と弱体

 空気が薄く寒風ばかりが吹きさすぶ、生物の生活圏から遠く離れた上空。

 そこに制止するがごとく滞空しているのは、八枚もの蝙蝠に似た翼を広げた男だった。人が未だ魔術で成しえぬ飛行という力を種族の恩恵によって実現しているこの男は魔族である。

 黄色い瞳が捕らえるのは遥か下方……厚い雲に覆われたさらに下だ。そこはたとえ雲を抜けても、毒の霧によって視界が塞がれた、淀んだ沼のような有様の土地である。知恵ある生き物たちは、そこを腐朽の大地と呼んだ。

 土地の魔力を奪う力も、生き物をことごとく腐らせる力も及ばないほどの高度。そこで男は片手を天に向け、ずるりと空間から何かを引きずり出した。

 それは全ての色を混ぜて、煮凝らせたかのような黒で出来た大剣だ。いつの間にか同じものが男を囲うように無数に浮かんでいる。

 それを視線で確認するまでもなく、まっすぐ下を見つめたまま一言紡がれた。

 

『堕ちろ』

 

 それを合図に寒風の中黒い暴虐の嵐が吹き荒れ、それを身に纏った大剣たちが一気に下へと落ちていった。その様はさながら黒い流星群である。

 通常ならばそれを身に受けた相手は肉片一つ残さず、この世から消え果てるだろう。だが男は自らが放った攻撃が次第に力を削られ消耗していく事実を感じ取り、舌打ちした。

 

(対象圏内に入った途端魔力が失われるみてぇだな。世界樹だかなんだか知らねぇが、人族との垣根を取り払うなんてつまらない効果をよこすくらいなら、腐敗公自身の力を奪うか大地の効力を一時的に解除するなりできなかったのか)

 

 悪態をつきつつ、これは狙いが当たって運よく下に腐敗公が居ても仕留められはしないだろうと息を吐く。試しにやってはみたが、とんだ無駄足だ。

 

 そんな魔族の男に、他に誰も居ないはずの上空で突如影が差す。その異変に「え」と顔と上げれば、視線の先には……おぞましく厭わしい腐臭を放つ、流動体のなにか。見ればそれは雲を突きぬけ、遥か下方からここまで長く長く伸びているらしい。先ほどまでその目立つ存在はどこにもありはしなかった。つまり、現れるまでがほぼ一瞬の出来事。

 男は遥か以前目にした、見覚えのあるその物体に口の端を引くつかせる。そしてとても生き物には見えない物体から発せられる明確な敵意と殺意に身構えた。

 その対策はぎりぎり間に合ったらしく、交差させた腕にズンッと凄まじい衝撃が走る。同時に硫酸で焼き爛れるような痛み。

 

________ 失せろ

 

 

 声ではない。脳に直接叩き込まれた、妙に可憐なくせに慈悲の欠片も無い……言葉を取り繕った音。それに内臓をめちゃくちゃに揺さぶられるような感覚を味合わされながら、男は物体……上空まで長くのばされた腐朽の大地の主、腐敗公の触手に叩きのめされどこへともなく吹き飛ばされていった。

 

 

 その男は魔族領の一角をおさめる、魔王と呼ばれる存在。

 彼はこの日、倒すべき脅威がさらに厄介な相手へ進化していたことを知った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ぷはっ!」

 

 ジュンペイはパッと目を見開くと、本物の様に鼓動を刻む心臓を押さえて荒く息をする。その隣ではリアトリスが、さらにその向こうにはユリアがすーすーと健やかな寝息を立てていた。

 余分に使える金がないため、安宿の狭い部屋の狭い寝台に無理矢理身を寄せ合って寝ている状況だ。起こしてはいけないと、ジュンペイはゆっくりと息を整える。

 眠りを必要としない体のためいつも夜はリアトリスの寝顔を眺めながら時間を過ごすのだが、今日は本体近くに妙な気配を感じたために一度本体たる腐敗公の体へ意識を戻していたのだ。案の定、上空に妙な虫。そこそこの攻撃をしてきたが、軽く払い撃退するのは簡単だった。

 意識を戻している間、この少女の体がヘドロの塊に戻らないよう神経を使ったが……。どうやらそれもうまくいったらしい。

 

(……あんなに触手が長く伸びたの、はじめてだ! しかも気配を感知できる範囲が増えてる。これって、もしかしてリアトリスとの修行のおかげかな……?)

 

 紅潮する頬を押さえるも、にやける顔は締まらない。これまで自分に襲い掛かる暴威を蹴散らす力にだけは不自由したことがなかったが、それは生まれつきの力だ。リアトリスの教えで今まで持て余すばかりだった魔力を魔術という力に変換できるようになった。その学びの力を得た結果、本体にも影響が出たようで、ひとつひとつ出来ることが増えていく。

 それがどんなに幸せで嬉しい事なのか、教えているリアトリスでもその本質までは理解していないだろう。この気持ちはジュンペイだけが真に理解する、何も持っていなかったジュンペイが初めて手に入れたものだ。

 

(まあ力の正体を知った今、喜んでばかりもいられないけど……。でもリアトリスが俺を手放さないと言ってくれるなら、俺はこれがどんな力だろうとリアトリスが幸せになれるように、そのために使う)

 

 きっとこれをそのまま伝えたら「一緒に幸せになるわよって、前から言ってるじゃない」と小突かれるだろう。だがジュンペイの中ではとっくに諦念に支配され求めて求めて悲しみに暮れていた自分よりも、それを埋めてくれたリアトリスの優先順位が上になっていた。

 リアトリスはジュンペイの手を離さなかった。ならばジュンペイもそれに応え一緒に幸せになる道を探すつもりだが、もしいざとなれば……あの王子の目論見通り、リアトリスを生かすために自分の魂を投げ出すだろう。なんといったって、このままだと世界ごと消えてしまうらしいので。

 ジュンペイはごそごそを寝返りをうつと、寝息をたてるリアトリスの鼻先に顔を寄せる。そしてそのまま目を細め、羽毛で撫でるような繊細さで鼻の頭に口付けた。

 以前初めての唇へのそれは情緒も無しにリアトリスに奪われてしまったが、実は二人が寝静まった後でこっそり練習しているのだ。……唇への口づけは完璧に人化の術を習得し、男の姿になれた時と決めているのでそこ以外で。

 寝ている時を狙うのは卑怯な気もしたが、これも夫の特権だと無理やり自分を納得させている。

 

 

 

 頬を染めながら唇をはなすと、さてまだ朝まで時間があるなと別の事に考えを巡らせた。

 

 こうして本体の自分へ意識を戻して攻撃する分には、魔力は非常に潤沢なのだが……。問題は今のこの体である。

 リアトリスは次の目的地に赴くにあたって、ジュンペイにある制約を課した。それは「魔術を一切使わない」ということ。

 新婚旅行兼修行旅行として始めた旅と、学ぶ喜びを知ったジュンペイに対してそれはあまりに酷な制約に思われたが……それは仕方のない事だった。

 リアトリスいわく、今ジュンペイが分身体を維持する魔力の補給に腐朽の大地へ戻れば、必ずどこかでジュンペイを狙う者達に遭遇するとのこと。魔力切れで分身体が消えればジュンペイは本体へ意識が戻るが、もしその分身体が外敵によって倒された場合。その時点で世界樹が言う「魂を刈り取った」状態だと認識されたら、ジュンペイの魂がどうなるかはわからない。

 その危険をわざわざ冒す必要はないので、しばらくこの分身体を出来るだけ長く維持して旅しようという運びになったのだ。それを聞いたユリア曰く「省エネ」である。

 ジュンペイはユリアの言葉ですんなり理解したので、やはり自分は彼女と同郷なのかもしれないと密かに確信を深めた。

 

 ともあれそんなこんなで、ジュンペイは現在この体で戦えない。魔術によって無駄な魔力消費ができないのだ。

 現在リアトリスにより(もちろん口意外から)魔力提供をうけ、分身体を維持する必要最低限の量をなんとか保っている状態。溶かす事なら魔術でなく身体特徴のため可能だが、それを戦いに用いると相手を殺すならともかく倒すには向かない。ほとんど役立たずの状態である。

 頼もしい夫になるどころか、その地位から爆速後退しているような有様にため息しか出なかった。

 

 リアトリスが目的とするドラゴン。どんな手合いか知らないが、人族と交わり亜人種を生まれさせることが多いと聞いている。そしてそのために人化の術の使い方に特化していると。

 つまり……雌ならともかく雄ドラゴンが相手ならば、リアトリスが目を付けられるかもしれないのだ。彼女ならそんな場合でも自分でなんとかするだろうが、そこで「俺の嫁に手を出すな」と立ちふさがれない自分を想像するとなんと情けない事か。きっとまたユリアにも馬鹿にされる。

 

(なにか、今の俺でも戦える手段みたいなの見つけておかないとな……)

 

 悶々と考えつつ、眠る必要がない夜は今日も静かに更けてゆく。

 小窓から見える月だけが、ジュンペイ達を見下ろしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う~ん、良く寝た! でも金銭問題は早々にどうにかしないとね……」

 

 翌朝、気持ちよさそうに伸びをしたもののリアトリスは持ち金の入った袋を渋面で覗き込む。

 そこには今朝の朝食からパンを抜かした方がよいかな、と思う程度の金額しか入っていなかった。オヌマから借りた金も随分軽くなったものである。

 

「そんな暇なかったから仕方ないけど、オヌマからせしめておけばよかったわ」

 

 だがこの女、隙あらば更に借金を重ねる気で居たようだ。返す気があるかは知らないが。

 

「リアトリスにとってオヌマって財布だよな」

「そ、そんなことないわよ! ちゃんと返す気でいるわよ本当よ?」

 

 少々呆れ気味の旦那様からの視線に慌てるリアトリスだったが、一方でユリアは今まで三人で寝ていた寝台を眺めながらうっとりと呟いた。

 

「私は今のままでもいいですけどね。うふふ……リアトリスさんと密着……ふふ……やわらかかった……ふふ……」

「リアトリス金策しよう今すぐにしようそうしよう」

 

 よだれでもたらしそうな恍惚の表情に、ジュンペイが真顔でリアトリスに提案する。リアトリスも少々顔を引きつらせながら頷いた。それほどに、今のユリアの顔はだらしない。

 最初三人で寝るとなった時ジュンペイが二人の間に挟まって壁になる気満々だったのだが……。「川の字で寝るなんて親子みたいです。うふふ、そしてこの並び順と背丈からして私とリアトリスさんが夫婦でジュンペイくんは子供ですね? ですね? うふふ!」……といったユリアの煽りにまんまとのせられて、平等を期してリアトリスが真ん中ということに落ち着いた。ユリアの作戦勝ちである。

 だが毎回これでは納得いかない。そうなると、やはり金が必要だ。世界最強の大魔物と天才魔術師と聖女が属する団体にしろなににしろ、生きるにも楽しい旅をするにも金はいる。世の中世知辛い。

 

「でも移動の足は止めたくないし……運よく金を持ったやからが襲ってくれるか、次の町で素材が売れそうな魔物が襲ってきてくれることを祈るしかないわね。腰を据えてお金稼ぎは無理だもの」

「ですねぇ。となると、目的地までをそういったものが出そうな道を選んで進むとかですか」

「それが効率よさそうだわ」

 

 対象が人か魔物かという違いはあるものの、金銭の稼ぎ方がむしり取る方向性であることには誰も疑問を挟まない。だが現在戦えないジュンペイとしては、少々肩身が狭かった。

 

「なあ、俺にもなにかできることない? ほら今俺戦えないしさ……」

「やだ、何あなた気にしてるの? いいのよそんなの。蹴散らすだけなら本来私一人で事足りるもの。天才魔術師かつ戦歴としては銀鱗の魔将、または銀麗のリアトリスの二つ名で呼ばれたこの私がそんじょそこらの山賊や盗賊や魔物に負けるわけ無いわ。追ってくる相手がいるにしても、整備された街道よりちょっと複雑な道順辿ってた方がまきやすいし」

「さすがですリアトリスさん!」

「ほほほ! ユリアったら、そんな褒めなくていいのよ。あ、でも褒めたかったらいくらでも褒めてはいいのよ? それはあなたの自由なんだから」

「じゃあ褒めます! リアトリスさん、すごーい! 二つ名もかっこいい!」

「でしょでしょ? あのクソ王子との縁は切ったけど、まあ二つ名は私の実績でもあるわけだし? 罪は無いし? 結構気に入ってるのよ。ちょっとだけね」

(けっこうなのかちょっとなのかどっちなんだ……?)

 

 せっかく戦えない申し訳なさを振り切って聞いたのに軽く流されて、ジュンペイは「これは自分で探すしかないな」と肩を落とした。それはそれとして、嫁の褒めに対する貪欲さとチョロさが少し心配である。ジュンペイも褒められたら嬉しいため、気持ちはわかるが。

 

「じゃあ道順は決まりね。私達が目指す場所はアグニアグリ大山脈中腹。そこまで街道を使わないで、ずっと山伝いで進んでいくわ。まあちょっと熱いくらいで、道のりとしては師匠の家に行くのと似た感じね」

「なるほど。なら私も大丈夫そうですね。……この間みたいに突発的な事態にも対応できるように、この機会に回復魔術の使い方も見直そうかしら」

 

 ユリアは聖女の力を変換した生活魔術もどきに加え、というかもともとルクスエグマで教えられたのか回復魔術に関してはかなりの使い手である。それの応用で持久力を維持することに自信はあったが、瞬間的にその力を発揮するのは苦手のようだ。このあいだジュンペイに運ばれたのが、どうやら少々悔しかった様子である。

 ジュンペイとしては自分が魔術の修行を出来ない間に恋敵であるユリアが更なる進歩をみせたら焦るしかないが、自分が戦えないのでリアトリス一人に負担をかけないため、頑張ってほしくもある。非常に複雑だ。

 

 

 

(今の俺でも戦える方法と、役に立つ方法)

 

 

 

 ジュンペイは自身の中で課題を定めると、地図を広げて詳しい説明を始めたリアトリスの話に耳を傾けるのだった。

 

 

 

 

 

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