腐敗公の嫁先生~人外夫をうっかりTSさせまして~【完結】 作:丸焼きどらごん
「ひでぇ目にあった……。こんなことなら臭いのぐらい我慢して、縁作っとくべきだったか……?」
「お疲れ様。ふふ、散々な結果だったようですね。あなたほどの相手でも腐敗公は強敵か」
「おーおー。魔族領のど真ん中だってのに随分とくつろいでるな、あんた」
両腕を爛れさせたまま帰還した魔王は、自分の城の客室で優雅に寛いでいる相手に対し呆れたような声をかけた。その客人は本来魔族の城に迎えられることなど無いはずの種族……人間である。
人間は名をエニルターシェ・デルテ・アルガサルティスといった。アルガサルタの第四王子、とのことだ。その地位に恥じない整った佇まいだが、従者一名のみを連れて訪ねてきた胆力は相当なものである。
魔王は客人の向かい側の席にどかりと座り、脚を行儀悪くテーブルの上に乗せて赤髪の青年を見据える。爛れた腕はだらんっと横に垂らした。
「にしても、あんた面白いな。魂に刻まれた垣根……そんなもんが取り払われようが、俺たちの間には刻まれてきた歴史がある。世界消滅の危機だろうと、争い合ってきた相手を早々に受け入れて協力しろなんてのは実際難しい。だってのにあんたはこうして俺の前に居る」
「エニルターシェ」
「ん?」
「私の名前です」
にこりと微笑みながら言われた、自分より遥かに脆弱であるはずの相手からの言葉。しかしその態度も声も実に自然体であり、それでいて存在感がある。魔王は口の端をもちあげた。
「じゃあエニな。俺は魔王ザリーデハルト」
「存じております」
「そりゃそうか。名前も知らず訪ねてきたなら、ただのアホだ。……んで、腐敗公の分身とやらにけしかけた奴らはどうなったんだ?」
「まんまと逃げられたようなので、勝つ負ける以前の問題ですね」
「ふぅん」
「でも実際に人族と魔族は協力できる、という実証は出来ました」
「だなぁ」
ギィっと背もたれに体重をかけ椅子を傾けると、ザリーデハルトはそのままゆらゆら動きながら天井を見上げる。
つい先日、ザリーデハルトは自分の敷地内で奇妙な魔族が生まれるのを感知した。生まれるというよりは、魔力は集まっていきなり出現した、と言った方が正しい。興味本位でその魔族に話を聞けば、なんと自分は世界樹に遣わされた腐敗公を倒すための使者だ、などと述べるではないか。
さらに話を聞けば、もとは他の魔王に仕えていた中級魔族だったようだ。それが屈辱的にもある魔術師に負け、更には魔術のための肥料とされたとか。そこまで聞いてザリーデハルトは数日前の変革と結び合わせ、その魔族を倒した相手に腐敗公とのつながりを見出そうとする。
そんな時だ。
一羽の使い魔が手紙を携えて、ザリーデハルトのもとにやってきたのは。
内容は実に単純明快で、「本当に魔族と人族が協力できるか、腐敗公の分身を狩りがてら確かめてみませんか?」といったもの。おそらくだが、他のどの人間よりも行動が早かったのはこの男だろう。面白い情報も持っているようだしと、ザリーデハルトは側近の反対を押し切ってすぐさま了承した。
ちょうど程よく強くて腐敗公相手にいきり立っている魔族が手元に居たので、口八丁で部下に迎え入れるとそのまま送り出した。そういえば名前も聞いていなかったなと、今になって思い出す。
「そういえば人間側はお前の部下か?」
「いえ、友人の戦士を貸してもらいました」
何処か含みのある声色に、その友人とやら利用されたな……とあたりをつける。
「それにしても、お噂通り魔王の中でも変わり者のようですね、あなたは。腐敗公の分身がか弱い姿で闊歩していると知りながら、わざわざ本体の方を見に行くのですから」
「変わってるかぁ? そうでもないだろ。分身がどんなもんか知らねーが、弱い方から狙うのは普通にダセェ。ま、結果はこれだが」
爛れた両腕を持ち上げて、やれやれと笑う。
「ま、腐朽の大地の腐敗公を真正面からブチ叩くのは、正直無謀だな。俺でダメなら他の魔王が十人集まっても意味がねぇ。前に会った時よりバケモンだ」
「あなたがそれを言うのですか? 魔皇とも呼ばれるあなたが」
暗に「自分は魔王十人分の力がある」と言ったザリーデハルトにエニルターシェが問う。
「その名も腐敗公の前では空しいな。……つーかよ、そうと知りながらくつろいでるお前の方が変わり者だぜぇ?」
にやりと笑うと、ザリーデハルトは腹筋の力を使いグイっと身を起こし、そのまま跳ねた。がたんっと鳴った椅子を置き去りにテーブルを乗り越え、エニルターシェの前の着地し顔を近づける。爛々と光る黄色の瞳と真紅の目線がぶつかった。
「部下に調べさせた。魔族との戦いでも自ら戦前に赴く勇敢な王子サマって、人気らしいじゃねぇか」
「ふふっ、お見知りおきいただけるのは光栄ですね」
「勇敢は結構だが、こうして呼んだら馬鹿正直に来るってのはどうなんだ?」
「お誘いを無下には出来ませんから。ああ、私の供にはお手柔らかに。なにせ帰宅途中に少し寄る所がある、としか言っておりませんでしたので」
「可哀そうだなそいつ」
その時、城のどこかで顔を青ざめさせてぶるぶる震えている癖毛の男がくしゃみをした。
「ともあれ、こうして顔を合わせたんだ。お前の本当の望みを言ってみな?」
「本当の望み……ですか」
「協力を求めるにしても、何故真っ先に俺だったのか。是非聞きたいね。気さくに見えて、俺って結構気まぐれよ? 他にもっと与しやすそうな相手は居たはずだが」
長くとがった爪でエニルターシェの喉を撫でながらザリーデハルトが問うた。もし少しでも食い込めば、エニルターシェは容易く喉から血を吹き物言わぬ屍となり果てるだろう。
だがエニルターシェはそんなことを気にも留めず、少し考えるそぶりを見せてから満面の笑みで答えた。
「あなたならつまらない方法で腐敗公を淘汰しようなどと、考えないと思いまして」
「……クク」
喉の奥で笑う。なんのことはない。これは「最も早く魔族と協力を取り付けた」という功績を建前にした、遊びの誘いだ。
「……いいだろう。せいぜい遊んでやるから、お前も面白い提案をしろよ」
「私などより、彼女たちが楽しませてくれると思いますけどね。私はそれにほんの少しの彩を与えるにすぎません」
「彩って、あれか。俺を副菜扱いか? 太い奴だよ、お前」
自分にため息を吐かせるとは、とザリーデハルトは楽しそうに笑った。そしてこれも余興とばかりに、ついでにひとつ聞いてみた。
「その度胸に褒美の一つもくれてやろうか? なにがいい」
「ではあなたの指を舐めさせていただいてもいいですか?」
「なんて?」
「出来れば爪や皮でもいいので食させていただけると幸いです」
「だからなんて???」
人間と魔族。地位だけはある変人同士が出会った事を……リアトリス達はまだ知らない。
アグニアグリ大山脈。
ジュンペイにしてみればまたもや知らない地名だが、温泉郷があると聞いて心は何処か浮足立っていた。温泉などというものを見たこと無いにもかかわらずだ。それがどんなものか理解していたし、入ってみたいと心がうずく。
しかしユリアはそんなジュンペイに対し、「うんうん、わかりますよ。温泉は日本人の魂を揺さぶるものですから」と頷いていた。
「ニホンジン……ニホン"人"かしら。ユリアの故郷はニホンと言うのね」
「ああ、そういえばリアトリスさんに言っていませんでしたね。はい! 日本というのが、私と……おそらくジュンペイくんの魂の故郷です。いろんな国があるので、その一つですね。島国です!」
「へぇ~。また道すがら色々教えてよ。急ぎ旅ばかりだけど、道中歩いてる間は暇だし」
「喜んで!」
「……と、その前に私が目的地のこと説明しなきゃ駄目ね」
はたと気づいてリアトリスはこほんと咳払いする。だがその様子は、説明するために気を取り直したというよりどこかそわそわしている自分を抑えるためのもののように見えた。
「アグニアグリ大山脈はもともとドラゴンの住処とされている土地でね。与太話のたぐいだろうけど、時折土地から吹き出す火の水はドラゴンの血液なのだというわ。それが地下水を温めて温泉にしてくれているってわけね」
ふんふんと頷きながら聞き入るユリアとジュンペイ。ちなみにその山脈がある場所は何処の国にも属していないらしく、かなり特殊な場所だとか。人が住んでいるのは、件の温泉郷一帯のみとのことである。
のみといっても、その規模は町と称するには大きいらしい。かといって国と言うには小さい。なんとも言い難く、結局人々はそこを「温泉郷」と呼ぶのだとか。
「その昔、息絶えた巨大なドラゴンが横たわってできた場所。それがアグニアグリ大山脈と言われているの。死したあともその体内を巡る血脈は止まらず、災害と恩恵をもたらしている。……ってなわけで、その辺一帯でドラゴンは恐れ崇められる信仰の対象ね。そんなこと言ってるのそこだけだけど」
ジュンペイは少し驚いた。なんといったって、この説明をしてくれているお嫁様のドラゴンへの評価は害獣のようなものだったはず。それが信仰対象とは。
「ドラゴンって扱いとしては魔族とか魔物の類じゃないんですか? それを信仰って……」
「良いところに気付いたわね。思えばそれも不思議な話だわ。魔族と人が争うように魂に刻まれていたと言うなら、絶対にありえない。でも信仰もそうだけど奴らは人と交わり亜人種を生ませる。……つまり、愛し合う事が出来るのよ。無理矢理とかでなくね」
「まあ」
「だからあいつら、やっぱり理の外にいる何かなんだわ。多分!」
「最後のいらなくない? 確信してるのかあやふやなのかどっちなの」
「どっちもよ!」
「潔い!」
頭はいいが馬鹿。と以前港町でオヌマがリアトリスの事を評していたが、こんな時ふと思い出すジュンペイである。今できることは少ないが、夫たるものしっかりせねば……と気合を入れた。
そしてリアトリスは続きを語ろうとして……我慢できなくなったかのように、一気に声の調子が弾けた。
「ちなみに湧き出る温泉の効能は種類豊富で超一級!! ドラゴン信仰の巡礼地として発展した温泉郷は残された土地の中では超希少な観光地!! 食べ物は美味しいし宿も競争相手が多いからどんな安宿でも最高のもてなしをしてくれるって有名よ! 物価高いらしいけどね! あと難点は途中から整備されていない険しい道のりだけど、そこは巡礼地という手前仕方ない事なんだって。どんなに大変でも人は集まるから、この程度の試練も乗り越えられないようなお客様はお帰りくださいってことらしいわ! まあ私たちはもっと険しい道を行くわけだけど!」
頬を紅潮させ身を乗り出すようにまくしたてたリアトリスに、ジュンペイはたじろぐ。
「ど、どんどん出てくるな。リアトリスは行ったことあるんだ?」
「ないわよ! そんな暇、今まで無かったもの!」
「あ、だからそんなにウキウキしてるんですね」
「ええ! うふふ、話には聞いたことあるけど温泉自体入ったことないのよ私。憧れだわ! ユリアの故郷は羨ましいわね。温泉が沢山あるだなんて」
目に見えてはしゃいでいるリアトリスに微笑まし気な視線が二つ向けられた。
「……じゃあ、せっかくだし思いっきり楽しもうよリアトリス」
「あれ? 自分から言い出すなんて珍しいわね」
「だって、好きな人が楽しそうだと単純に嬉しいだろ? なら難しい事ぬきにして、俺も一緒に楽しんだ方がリアトリスも喜んでくれるかなって」
ふと浮かべられた笑顔が一瞬、少し大人びて見えてリアトリスは目をぱちくりさせる。これまで散々落ち込んでいたし、そうなってもおかしくない事態の連続だったというのに……喜ばしいが、どういった心境の変化だろうか。
(子供の成長って早いのね)
などと自分より遥かに年上の大魔物に思ってしまったのは、果たして母性か、それとも一瞬心に浮かびかけた何かを無意識に誤魔化すためだったのか。
つかみ取る前に、賑やかな声に朧気な考えは霧散した。
「ああ、ずるいジュンペイくん! 私が言おうと思ってたのに~」
「ずるいもなにも早い者勝ち!」
「ぶ~」
「あはは! じゃあ満場一致で楽しもうって事でいいわよね! さあ、目的を達成しつつ温泉楽しむわよ~!」
「うん!」
「はーい!」
元気な返事が返ってきたことに満足しつつ……しかし、すぐ浮かれた気分は叩き落された。
「あ、でもお金……」
「あ……」
「宿に……食べ物……」
「「「………………」」」
三人は無言で頷きあった。
「なんとしても到着までにお金を稼ぐわよ」
「異議なし」
「異議なし」
世界中に狙われるよりもまず、直面している危機は金銭の欠如。……つまり、金欠だった。