腐敗公の嫁先生~人外夫をうっかりTSさせまして~【完結】 作:丸焼きどらごん
「俺にいい考えがある!」
これは思うように金策が上手くいかない旅の中。珍しくしょんぼりしたお嫁様の背中を見て発した、小さな旦那様の発言である。
昼下がりの町の中。奇妙な力でたいそうなものから共通認識が授けられようと、人々の営みは変わらない。どうしてよいか分からないと言った方が正しいが、ならば彼らに出来ることはいつもの生活を送ることだけである。
ある女性は夕食のパンを買い、ある男性は家の修理に使う板を担いで歩き、その横を駆けっこをする子供が通り過ぎてゆく。広場の噴水の周りでは年若い男女が数組、愛を語らっていた。
そんな日常が緩慢に流れる往来のさなか、端の方で人だかりができていた。なにかを囲うようにこんもりと横に広がった人の壁に興味を引かれた者たちがさらに壁を作り、中央を覗き込もうとする。しかし遅く来たものは厚くなった人の壁に視界を阻まれ、奥の空間になにがあるやら見えはしない。
ふいに「これ使うかい?」と中央に誰かが声をかけた。それから少ししてから、よいしょとばかりにひょっこり頭が現れた。どうやら中心には子供が居たらしく、何か台のようなものに登ったようだ。
だが普通の子供では、こうも人だかりが出来たりはしないだろう。
その子供は普通ではなかった。
見たものは皆、息をのむ。
ふわりと広がるシルエット。繊細な刺繍が施されてはいるものの、決して派手とも煌びやかとも言えない衣装。だが本人の魅力を引き立てるのに過度の装飾は野暮だろうと、誰もが思った。
編み上げられた黒髪は艶やかで、濡れたように麗しい瞳は青玉もかくやといわんばかりの、はっとするほど鮮やかな青。緊張のためか白くてふっくらした頬はほんのり薔薇色に染っており、それがなんとも愛らしい。
何処かの国の姫がお忍びで来たと言われても納得するしかない容姿をした少女は、きゅっと胸の前で手を組むとぎこちなく笑った。そして小さな口から紡ぎだされるのは、聞いたことのない旋律。
少女がたどたどしくも歌い終わった後、彼女の前に置いてあった木箱には硬貨が溢れた。
そして小さな歌姫に送られる喝采。どうやら彼女は、日常を過ごしていた町にほんのりと非日常の彩りをあたえたようである。
「あああああ! 緊張したー! というか、みんなよくこんな素人の歌にお金くれたよ! いや、提案したの俺だけどさ!」
人気のない路地で壁に手を付きながら大きく息の塊を吐き出したのは、先ほどまで町の住民に持て囃されていた歌姫。だがその正体は世界の三分の一を腐らせた、最強の大魔物である。知らないという事は、ある意味において幸せだ。
「大丈夫自信もってジュンペイくん。今のきみ、正直見るだけでお金取れます。やばいですね。自分の可愛さをお金に変えようと思った判断力はナイスですよ。ねえ、リアトリスさん」
「ええ、まさかここまで化けるなんて……! ふふ、恐ろしい子」
「いや、もともと化けた姿なんだけど……化けさせてもらったというか……うん」
何やら興奮したように、舐め回すように全身を見られてジュンペイは羞恥に縮こまる。女性二人からの視線が、やや怖い。
今のジュンペイの装いはいつもの動きやすい服装ではない上に、顔には完璧な化粧が施されていた。素材の良さをうまく引き立てる繊細さをもって彼に化粧をしたのはユリアだが、その本人がまず出来栄えに絶句していた。「魅了属性とかもってます?」は、仕上がってからの第一声である。
何故ジュンペイがあれほど嫌がっていた少女の服を着て化粧までしたのかといえば、実は本人の希望である。もちろん好んでのものではなく、やむをやまれず選択した結果なのだが。
魔力を使えない今、魔力の大きさくらいしか取り柄の無い自分に出来ることは何か……。ジュンペイがそう考えた時、現時点での自分の最大の武器はリアトリスが「理想の娘」として思い描いた容姿にあるのではないか、と思い至ったのだ。非常に不本意だが、ひいき目に見なくても自分はとても可愛いとジュンペイは自覚している。不本意だが。
そしてそれを活かす方法を考えた時、手っ取り早いと考えたのは見世物になってお金を貰う事。
特技らしい特技も無いので、仕方なしに物珍しさ優先でユリアに故郷の歌を教えてもらっての初公演。……想像以上に稼げてしまい、ジュンペイはその簡単さが逆に恐ろしくなった。
「な、なあ。もしかしてリアトリス、なにか魔術使った? おかしいって。歌っただけでこの金額は。いや、お金があるのはいいことなんだけど!」
「使ってないわよ。少し演出に使おうか? って聞いたら、あなた自分だけでやりたいからって断るんだもの」
「本当に!? 嘘ついてない!?」
「疑り深いわねぇ。本当だって。とうかジュンペイ。あなたったら歌、上手かったじゃない! びっくりしたわ。歌の内容もユリアの故郷……異世界のもので、きっと誰も聞いたこと無い。あなたの見た目も相まって、お金を払うに値するものだったってことよ」
微笑みながらぽんぽんっとジュンペイの頭を撫でるリアトリス。ちなみにだが、その撫でた髪はいつもの眩いばかりの黄金色ではない。
「黒髪も似合いますねぇ、ジュンペイくん」
「うんうん、この子は何でも似合うわね! いつもの金髪もそりゃあ綺麗だけど、黒髪だと神秘的な雰囲気が増してこれはこれでいい感じ!」
「……というかさ、リアトリスって前に人化で固定した姿は変えられないって言ってたよね。こういうのは出来るんだ?」
「ええ。だって、髪そのものの色は変えてないもの。上から黒髪の色をかぶせるようにして弄ってあるだけ」
ジュンペイは腐敗公の分身体として、ある程度情報共有が済み落ち着いたら世界中から狙われることになるだろう。だろうと思われる。
一度誰かが手にした情報が拡散されないと考える方がおかしいのだ。
しかしユリアの世界にあるというカメラや写真などという便利な絵姿があるわけでもなく、出回る情報は容姿の特徴のみ。ならば変装しない手はないだろうと、目立つ前にとリアトリスが処置を施した。それがこの黒髪のジュンペイである。
髪の毛も丁寧に編み込まれ、可愛さという方面で強化されたジュンペイの容姿によって安物の髪飾りなどがやけに高級そうに見えている有様だ。
「それにしても、あんなに嫌がってたのによくその格好してくれましたねぇ……」
「……だって、今の俺に出来る事ってこれくらいだろ」
ジュンペイは神妙な面持ちで顔の両脇に垂らされている髪を後ろに払うと、腰に手を当て胸を張る。少々リアトリスを想起させる立ち姿だ。
「お嫁さんが観光楽しみにしてるんだ。その資金稼ぐためなら、俺の小さなプライドなんて捨ててやるさ」
「まあ!」
「きゃ~! なかなか言うじゃないですかぁ~」
感動したように頬をに両手を当てるリアトリスに、茶化すでもなく素直に感心した様子のユリア。
……だが二人は気づく。この大魔物が、想像以上の羞恥に耐えていることに。
胸を張って堂々とした様子を見せようとしているらしいが、その分顔が良く見える。首と耳まで肌を赤く染め、泣くほどではないが水を湛えたように潤む瞳……笑みを象りながらも、強張った口元。体もぷるぷると震えていた。
リアトリスとユリアは顔を見合わせると、両脇からぽんっとジュンペイの肩を叩いた。
「お疲れ。普段はいつもの服でいいからね」
「心持は立派ですが、いつも通りのジュンペイくんが一番可愛いですよ」
無理スンナ。そう言われた気がして、ジュンペイは非常に居た堪れない気分を味わうのであった。
「でもジュンペイのおかげで少しお金が出来たわね。まさか運がいいのか悪いのか……この町に来るまでに、盗賊にも魔物にも会わないとは思わなかった」
普通ならば災難を避けて旅できたことは喜ばしいが、今彼女たちは有り金もしくは売れる素材を剥ぎ取る相手を求めているのだ。遭遇ゼロは、素直に運が悪いといってよいだろう。何しろ残っていた資金はジュンペイの興行用の服であらかた消えた。その分を補って多少余裕があるほどの金額を、彼は羞恥心とプライドを引き換えに稼いでくれたのだが。
「もう一度やる?」
「うーん。さすがに初見ほどの珍しさが無いから、やるにしても次の町ね」
「そっか」
頷きつつ、曲がりなりにも自分にもお金が稼げたと喜ぶジュンペイ。その方法はともかくとして、次も頑張るぞとひそかに胸の内で決意した。方法はともかくとして。
「この町では旅支度を整えましょう。消耗品の補充には十分な金額だし」
「あ、やっぱり観光に使うまでは足りないか……」
嫁が観光を楽しめるように、という気持ちで稼ぎに挑んだが、流石に運が良くてもそこまでの金銭は得られなかったらしい。といっても一回きりでは当たり前だろうが。
「で、でも任せてくれよリアトリス! まだ山脈に入るまで途中で町や村はあるだろ? そこで……」
喰い気味に主張するジュンペイ。その張り切りように苦笑しつつ、リアトリスが口を開きかけた。その時だ。
「~♪」
先ほどジュンペイが歌ったばかりの旋律が路地裏に響く。だがその主はジュンペイではない。……成人した男の声だ。
男嫌いのユリアが顔をしかめつつそちらを見れば、やけに背の高い男がいつの間にかぬるりとそこに立っていた。逆光で顔はよく見えない。
「いつの間に……」
気配なく現れた男にリアトリスが警戒心を強めジュンペイを下がらせ前に出る。だがそんな様子をものともしていないのか、男は朗らかな声でこう告げた。
「いや~。さっきのはいい歌だった! 僕が知らない歌があるとは、嬉しいね。どうだい? 素敵なものを聞かせてくれたお礼に、よければ町の案内でも」
「なんだ、ナンパか……」
「結構です。お引き取りください」
男の軽い調子にため息をつくリアトリスに、ざっくり切って捨てるユリア。それに対し今度は残念そうに肩をすくめる男。
「ナンパじゃなくて純粋な好意なんだけどなぁ……。まあ、でもさ。次に会う事があれば、それも縁ってことで受け取ってくれると嬉しいね」
それだけ言い残すと、男はあっさり去って行った。拍子抜けしたようにリアトリスが息を吐く。
「まるでまた会うみたいな言い方ね……」
「リアトリスさんやめましょう。そういうの、フラグっていいます」
「ふらぐ?」
首を傾げつつも、気を取り直してリアトリスはひとつ提案をした。
「そうだ。買い物ついでに、私たちもちょっと着替えてみない? イイ感じに変装出来そうで、手ごろなのがあったら買っちゃいましょ。ふふふ、私が最高の見立てを……」
「リアトリスは自分で選んじゃだめだよ」
「え? なんでよ。なにか誤解してるみたいだけど、私の見立てもそう悪いもんじゃ……」
「ユリア、絶対リアトリスから目を離さないでね。さっきみたいに」
「心得てますとも」
「え、なによ二人とも。どういう……」
「いいから」
「いいですから」
「ええ……?」
困惑するリアトリスを前に、ジュンペイとユリアは頷きあう。
ちなみにこの間と今回、二件服屋を見て回った時にリアトリスが探し出してきた珍妙な服を見てユリアはすでに色々察していた。そのうえでまともなものを選ばせるよう言葉巧みに誘導した手腕は、恋敵ながらあっぱれとジュンペイも認めるところである。
そうでなければ今ごろジュンペイはどぎついピンクに金と紫の水玉模様が入ったドレスで歌っていたかもしれない。となれば、いくら顔が良かろうが、客もそちらに目がいき今日の成功はなかっただろう。ジュンペイはそう確信していた。……それほどまでに、リアトリスが自分で選ぶ服の趣味は信用できない。
ジュンペイとユリアに左右の手の握られ買い出しに向かう途中も、納得できない面持ちでリアトリスはひたすら首を傾げるのであった。