腐敗公の嫁先生~人外夫をうっかりTSさせまして~【完結】   作:丸焼きどらごん

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36話 握り拳、掴む手のひら

「ねぇ見てくださいリアトリスさん! この組み合わせ可愛くないですか?」

「へぇ~! いいわね。あまり見たこと無い雰囲気だけど、素敵だと思うわ!」

「でしょでしょ!」

「でもいいの? 私のばかり選んでないで、自分の服も見なさいよ」

「だって楽しいんですもん!」

「リアトリス、リアトリス! こ、これは?」

「あら、ジュンペイのもいいわね。あなたが選んでくれる配色好きよ」

 

 服屋につくなり、自分そっちのけでリアトリスに合いそうな服を競うように探し始めたユリアとジュンペイ。というよりユリアが始めてそれに負けまいとジュンペイが後追いした形だ。その様子にリアトリスは自分でもいくつか服を手に取りながら、微笑ましそうに選んでもらった服の感想を述べる。

 ちなみに選んだ服は試着するまでもなくダメ出しをくらうこと数回なので、それに関しては納得できていない。一体何が悪いのだと思いつつ、リアトリスは遊び心を出して少し目線を変えた服に着目する。

 

 そして横目で「こっちがいい」「あっちがいい」とユリアときゃんきゃん言い合っているジュンペイを見た。

 

 

 

 

 

 

 リアトリスはふとした時に考える。何のためらいもなく、ただ欲するままにジュンペイの手を掴み続けている自分のことを。

 

 いい物を食べて、いい物を着て、良いところに住んで、自分の才能を活かして楽しく豊かに生きたい。それが自称天才魔術師の、普通の域を出ない望みである。そしてそれを現状で手に入れる上で、世界消滅などという物騒なものと天秤にかけなくても……ほんの少しの決断で容易く手に入るものだ。……今この瞬間、小さな手を離して一言お願いすればいい。「死んでくれ」と。

 きっとあの可愛い旦那様は怒ることもなく了承してしまうのだろう。少しだけ寂しそうに笑って、だけどそのあと嬉しそうにも笑うのだ。「リアトリスが生きてくれるなら、いいよ」と。

 その様が容易に浮かぶから、余計に腹立たしい。自分の勘違いならどれほど良いかと思いつつ、向けられる好意とジュンペイを性格を顧みるにその想像があながち間違いではないと確信してしまう。

 

(…………気に食わないわね)

 

 それはジュンペイに対しての感情ではない。規模が大きいうえに曖昧だが、強いて言えば世界や運命といったものにだろうか。具体性を持たせるなら世界樹とその上位存在であるが、それらもいまいち掴みどころがないのだから、結局は同じようなものである。

 

 

 

 

 最初手を取ったのは打算。リアトリスはそれを隠さなかったし、むしろ相手も自分を利用すればいいと思った。二人纏めて幸せになれば、何も問題ないのだから。

 しかしそれは次第に変化する。森の食卓で元クソ上司相手にはっきり口にしてから分かったが、リアトリスはもう打算だけでジュンペイを見ていないのだ。

 それがいつからかだったかは分からない。腐朽の大地で過ごした一年間か、その後の新婚修行旅行でなのか。

 

 ……知れば知るほど、腐敗公は強大な力を持ちながらも搾取する側でなく、ただただ搾取される側だった。

 生まれつきの体質のせいで誰にも理解されず独りぼっちでただただ嫌われていたかと思えば、それが今度は世界に必要な役割だったと突きつけらた。知らぬままに良い方へ向かおうと努力した結果は、それは悪い事だ、余計なことだと何の説明もないままに切り捨てられるという事態。あまりにも理不尽ではないか。

 これが何の感情も向けていない相手なら「かわいそうね」で済んだだろう。

 思うだけ、言うだけでなにも手を貸そうとは思わない。自分に利どころか害しかないなら、むしろ積極的に排除する。リアトリスは博愛主義者ではないのだ。

 

 だがジュンペイはすでにリアトリスの領域内に入っている。自分のものだ。

 臆病で寂しがり屋なところがあるくせに威勢がいい時は子犬の様に賑やかで突っ込み気質で、些細な事にも純粋に喜べる、努力家の可愛く愛らしい旦那様であり教え子だ。これは自分が理想の娘として思い描いた、最高に可愛らしい見た目を抜きにした感想である。

 逆もまたしかり。リアトリスもジュンペイのものだ。……だからといって、ジュンペイ自身より優先度を上に置かれ勝手に大事にされて勝手に消えられても困るのだが。宝物は大事にするべきものだが、自分を犠牲にしてまで維持するものではない。

 

 まず自分があって、相手に手を伸ばす。そして繋げたならば、それでいいのではないかとリアトリスは思うのだ。

 

 だからクソ上司が投げかけた一言の呪いなど、考えさせる間も与えるものかと思っている。

 幸いにも最近のジュンペイは前向きで、自分が消える方向で考えてはいないようだが……その腹の底は分からない。案外いざとなったら、あっさり方向性を変えて自分の魂を投げ出しそうだなとリアトリスは考えていた。嫌な方向性の信頼感である。

 もちろん、そんなことをさせる気は毛頭ない。

 

 いつからかは分からなくても、積み上げた好意はしっかりとリアトリスの中で形になっている。それは旦那様が求める恋というものではないかもしれないが、愛ではあるのだろう。

 手放したくない、リアトリスが思い描く楽しい未来の景色の中で当たり前のように一緒に笑っている相手。……それが崩されるというなら、形のあるものにも無いものにも喧嘩の一つや十や万ふっかけようというものだ。

 

(そんなもんぶちのめして、問答無用の幸せ未来ってやつをもぎ取ってやろーじゃないの)

 

 そう。だから理不尽をぶちのめすための握りこぶしの反対側で、小さな手を握るのだ。

 

 

 

 手のひらを確かめるように二度、三度と握って開いて、リアトリスは頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 そして白昼夢の様に浅く沈んでいた思考を引き戻すと、選んでいた服を止められる前に試着室へと持ち込んで、早着替えすると二人の前に躍り出る。

 

 

「ねえ、見て見て! どうよ。私かっこよくない?」

「きゃああああああああああああああ!!!!!!!!! 素敵!! 素敵です!! ええ、最高です!! え、え、これってファンサですか? いやリアトリスさんは推しっていうか推しなんですけどその前に愛する人でそれを推しって言うのはちょっと違う気がするんですけどでも今は推しと言うしか語彙が無くてとりあえず叫んでいいですか。推しがファンサしてくれてるッッッ」

「いきなりどうした!?」

 

 ユリアの思った以上の食いつきにリアトリスは少々後ずさった。意気揚々と着てみたのは自分だが、まさかここまで盛大な反応を返されるとは……。

 今にも抱き着きそうな勢いのユリアを、ジュンペイが思わず羽交い絞めにする。それほどの勢いだったのだ。

 

「だってだって、リアトリスさんの男装ですよ!? めちゃくちゃかっこいいじゃないですか!」

「いや、男装って……」

 

 チラとジュンペイが視線を投げた場所には、シャツを押し上げる立派な胸の谷間。……現在リアトリスは紳士服に身を包んでいるが、それを男装と言うには立派な双丘の主張が強すぎた。

 

「あらやだ、ジュンペイくんたらエッチ。けっこうむっつりですか? 今リアトリスさんの胸見てたでしょー」

「え、エチ……そんなんじゃないし!」

「やっぱり男の子って意識はあるんですね~。おもしろ~い。初々しくてか~わいい」

「からかうなってば!」

 

 慌てて視線を逸らすも、どうも性別と反対の装いの中だからかいつもより目立つ気がしてついチラ見してしまう。そしてその可愛らしい反応を、リアトリスが見逃すはずがなかった。

 

「何、いつもと違う格好にドキドキしちゃった? 嫁冥利につきるわね~。ね。どんなところがいい? 教えてよ」

「ちょっと、リアトリス……」

 

 こ、こいつら。とジュンペイはにやにや笑いの女二人から逃げるように後ずさる。だが不幸にもそのすぐ後ろは壁だった。

 とんっと顔の横に手をつかれ上から覗き込まれる。そして下からすくうように、長い指でおとがいを持ち上げられた。少し低くおとされた声がジュンペイの耳を吐息と共にくすぐる。

 

「ねえ、教えてはくれないかい? 僕の可愛い旦那様」

「それ、あの王子みたいだぞ」

「ごめん今のやっぱなし」

 

 手のひら返しは早かった。

 格好に合わせてキザな男風にジュンペイをからかおうとしたリアトリスだったが、ジュンペイからの的確な一言で気分はしおしお枯れた。思った以上に衝撃だったのか、膝をついて項垂れている。

 

「り、リアトリスさんの。男装リアトリスさんの壁ドン!! リアトリスさん、私も。私も! 私にもそれやってください! ハリーハリー!」

「ごめん、無理。く……ッ。あんなクソを想起させる演技をするなんて一生の不覚……!」

「そんな~」

 

 ……そんな騒がしい三人に、店員が声をかけに来るまであと十秒。

 とりあえず、さんざん遊んだあとで三人は変装も兼ねた着替えをそれぞれ数着ずつ買う事に成功した。

 

 

 

 

「さて、と。今日は宿を借りて、明日次の町へ向かいましょう。でもってそこでは、冒険者協会を訪ねてみましょうか。さっきお店で世間話がてらきいたんだけど、支部があるらしいのよね」

「冒険者! いい響きですねぇ。わくわくしちゃいます」

「前に会ったじゃない」

「個人より、そういう人たちが集まる場所の方がワクワク度が高いんですよぅ。でも、どうして今です?」

「情報よ、情報。組合に所属してないから依頼を受けることは出来ないけど、組合内の掲示板には依頼の物と別に、どこどこにこういう魔物が出ます、危険なので気を付けましょうみたいな注意書きが張ってあったりするのよね。目的はそれ」

「ああ、なるほど」

 

 ここまでの道中、魔物に襲われることは無かった。ならば自分たちから狩りに赴けばよいと、そういうことだろう。注意を促されるほどの危険な魔物でも、リアトリスは自分ならば問題ないだろうと思っていた。そしてそれは慢心でなく、自分の実力を正しくとらえた上での事実である。

 冒険者ではないので依頼報酬は受け取れないが、魔物から剥ぎ取った素材を売ってコツコツ稼ぐ分には問題ない。

 

 

「ま、その前にここから先で獲物に遭遇出来たらいいんだけどね」

「でもリアトリス。お、俺もまた頑張るから安心してくれよ! 魔物が出なくても、さっきみたいに稼ぐから」

 

 またもや羞恥心に蓋をしながら、精一杯主張する小さな旦那様に「やっぱり、この子が居た方が絶対この先人生楽しいわ」とリアトリスは思う。

 

 

「期待してるわ!」

 

 言いながらその小さな手を掴み引き寄せて、思い切り抱きしめた。

 

 

 

 

 

 

 温泉郷は、まだもう少しばかり遠い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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