腐敗公の嫁先生~人外夫をうっかりTSさせまして~【完結】   作:丸焼きどらごん

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37話 師匠、襲来 ★

 突然だが現在リアトリス達は逃亡中である。

 最近だと二度目の全力疾走になるが、前回よりもリアトリスは必死だ。それは追ってくる相手が前回とは比べ物にならない強敵だからに他ならない。

 

 世界中から狙われる事になった割には、呑気に買い物だの着替えだの歌で興行だの、冒険者協会で情報を仕入れて魔物狩りだの。そんなもろもろをやりながら、金欠という切実ながら命にまで関わらない問題を抱えてアグニアグリ大山脈への旅をしていた三人。

 だがその途中。森の中で切り立った崖近くを通った時に、上空から重々しい質量を伴った何かが落下して来たのだ。これに対しユリアとジュンペイは既視感を覚え、既視感どころかすぐさまその正体に気づいたリアトリスは“それ”が着地した瞬間には二人の手を掴んで全力疾走を始めていた。抜かりなく風の魔術での補助も同時発動した上で、である。

 だがその瞬発力を持ってしても、リアトリスの行動は遅かったといえる。本来ならば崖の上からその者が跳躍した瞬間に気づかねばならなかったのだ。

 ドンっと空気を、大地を震わせるような振動が走る。それは崖から飛び降り着地した者が、地面を踏み締めた音。その後の直線加速はリアトリスの行動を嘲笑うように一瞬で距離を縮め……その背中を穿つ槍のように蹴り抜いた。流石に内臓ごとぶち抜かれたりはしなかったが、それと見紛う威力。

 

「ほぎゃあああああああああ!?」

「リアトリス!?」

「リアトリスさん!?」

 

 自分たちを掴みながら真ん中を疾走していたリアトリスが、くの字におり曲がりながら前方に吹き飛んでいく。腹側ならともかく背中側でくの字はやばいのでは?? と思うユリアだったが、そんな思考を上書きして覆い尽くすほどの筋肉が、吹き飛んでいくリアトリスを追って大砲のように突っ込んでいったので、言葉を失うほかなかった。

 

「師匠師匠師匠待って待って待ってもう少し手加減手心手抜きどれか一つでいいので欲を言えば全部ですけどとにかく待って下さ」

「しゃべる暇があるとは成長したね、リアトリス。ならば全力を出して構うまい」

「そうじゃなくて逆ー!?」

 

 悲鳴が聞こえるのでリアトリスが無事なことは確認したが、余裕はなさそうである。

 どうするべきかと考えるも、現時点でついていけていない事実があるためジュンペイもユリアも動くに動けない。軽率に間に入っては逆に邪魔になるだろうことだけはわかるからだ。

 それほどの肉弾戦が現在、森の木々を弾き飛ばしながら繰り広げられているのである。

 

 

 そう、肉弾戦である。

 

 

 おそらくエニルターシェが差し向けると言っていた刺客なのだろうが、それは第一弾からリアトリスにとって強敵かつ苦難だった。自分も行かされるかもしれない、手加減しろよと悲痛な声で訴えていたオヌマもしくは編成された軍でも送ってくるかと思えば、最初からリアトリスが最も避けたい相手を送ってよこしたのだ。あの男の性格を思えば予想してしかるべきだったと、リアトリスはぎりぎりと歯噛みする。どこが建前として、だ。

 

 迫る敵は隆々と盛り上がりつつ、無駄を極限まで削いだ肉体美を誇る白髪の老人。普段ならば王子や国相手だろうと容易に手は貸さないはずの……自分の師匠。

 

 元宮廷魔術師長アリアデス・サリアフェンデ。

 それが襲撃者の名である。

 

 まずなぜ居場所もしくは向かっている先がバレたのかという問題はあるが、そこは師匠……弟子の思考を読むなど容易かろうと、疑問には思わない。問題はあるが。問題はあるが。

 そして「全力を出して構うまい」と言ったすぐあと、有言実行とばかりにアリアデスは容赦なくその実力を振るうべく溜めの動作に入る。

 更には口から流麗に紡ぎだされる、古豪の魔術師に相応しい英知を秘めた調べ。老魔術師は多くの小節をあっというまに重ねると、効果を結実させるべく締めの文言へと至った。

 

【烈火陣風ここに在り。我が拳に宿りて断裂の牙となれ】

「いぎゃああああああああ!? 【疾風の飾り羽、幾千幾万折り重なりて……】だぁ!! 間に合わない!」

「な、魔術!?」

「そういえばあの人魔術師でしたね!?」

 

 口に出してから驚く場所がおかしかったことに気が付くが、無理もない。どこからどう見てもアリアデスはどこぞの部族の覇者たる風体。体中に刻まれた、おそらくは魔術に由来する紋様もまた。戦士の魂がうんぬん、伝統がうんぬんと言われても納得できてしまいそうなので、その印象に拍車をかける。

 更に言うなればそれ以前に、魔術師という役職と、アリアデスの上半身裸の姿恰好が判断を狂わせるのだ。

 

 だが放たれた魔術の一撃は、正しく歴戦の魔術師のものだった。

 

 それまで己の肉体のみで脅威を奮ってきたアリアデスが一つ構えをとり、右の拳を打ち出した。……魔術と体術の融合。それはリアトリスに更なる猛威となって襲い掛かる。

 魔術の文言がのせられた拳は渦巻くように青い炎を纏い、螺旋を描きながら進路の木々ごと空間を抉り取っていく。燃えたのだろうが、すぐに灰となり果て風に散ったそれらは消滅したようにしか見えない。その凶悪な炎と拳の螺旋拳をリアトリスも魔術で迎え撃とうとするが、とても間に合わなかった。そのため直前まで練り上げていた魔術の特性を無理やり捻じ曲げて、回避行動に移る。

 風の盾となるはずだった魔力は、リアトリスを上空へ弾き飛ばした。

 

 しかしリアトリスも逃げたままでは終わらない。負けじとその高所から、重力に引っ張られるのを待つまでもなく風の魔術で加速。地上へと舞い戻る。

 振り上げられた踵が、アリアデスに迫っていた。

 

「浅い」

「がっ」

 

 だがあっさりと、振り下ろされた踵はアリアデスに阻まれた。そのまま足首を掴まれ、地面に叩きつけられる。

 

「リアトリス!!」

「さっきといい、やばい打ち方しませんでした!?」

 

 たまらずジュンペイが声をあげ、ユリアがリアトリスの心配をするが……それも杞憂とばかりに、叩きつけられたリアトリスは右手を前に突き出す。そこにはいつの間にか銀鱗を纏う小竜が巻き付いていて、かぱりと口を開けアリアデスに襲い掛かった。

 距離が近いためか、それはアリアデスの筋肉が有する瞬発力をもってしたも避けられなかった。そのため老魔術師は肉はくれてやる、とばかりに小竜の(あぎと)を己の腕で受ける。赤い血が舞った。

 しかしアリアデスはあくまでも冷静だ。先ほどの青い炎を再度出現させると、小竜が噛みつく腕を横に薙ぎ振り払う。その炎は今度は”燃やす”という事象を引き起こすことなく……小竜をその鱗ごと凍らせた。よくよく見ると、先ほどまで赤みを帯びた紫色だった紋様が青みを帯びた紫色に変化している。それに気づくのは対峙しているリアトリスのみだ。

 そのまま"青く燃える氷"を纏った竜は砕け散り……銀の粒子を残して、消失した。

 

「ふむ。なかなか良い速度で形成したね」

「お褒めの言葉光栄ですわ!」

 

 アリアデスが小竜の対処をしている間に、リアトリスはなんとか体勢を立て直していた。距離をとり、荒く息をつく。その全身からは短い攻防間で大量の汗が噴き出ていた。

 

「……ッ、待ってくれ! なんで真っ先にリアトリスを狙うんだよ!? 目的は俺だろ!」

 

 息つく間もなく行われた攻防にわずかに生まれた隙間。そこにようやくジュンペイが滑り込んだ。

 リアトリスとアリアデスの間に入り、両手を広げる。

 

「…………」

 

 そんなジュンペイの姿を見てアリアデスは沈黙を挟んだ後、ふうと吐息をもらす。

 

「これは僕から弟子への問いかけだからね」

「問いかけ……?」

「本当に世界とジュンペイくんを天秤にかける覚悟があるか、という問いだよ」

「あ~……」

 

 アリアデスの言葉にリアトリスが納得したような、気が抜けたような、面倒くさそうな。それらすべてがない交ぜになった色の声を吐き出す。

 

「師匠には肉体言語の前に言葉で問うって概念はないんですか?」

「本質を問うにはこれの方が早い」

 

 その言葉にリアトリスはがくりと項垂れる。

 

「……それでお一人なわけですか。まあ世界消滅の危機とはいえ、師匠がそう簡単にあの男に協力するのも違和感はありましあけど……」

「一応エニルターシェ殿下からお願いされたこともあるが。……僕の判断を優先させていいとのことだからね」

「判断……」

「僕もみすみすこの事態を見逃したいわけではない。でも、まあ。ジュンペイくんは僕の孫弟子でもあるから」

 

 そんな風に言いながらアリアデスは困惑の色を隠し切れないジュンペイに近づき、膝を曲げしゃがむ。本来アリアデスよりよほど巨体なジュンペイであるが、その鍛え抜かれた筋肉の迫力に圧倒された。何回見ても老人のものとは思えない張り艶の筋肉。動いた後だからか、その体からはむんむんとした熱気が発されていた。

 だがアリアデスが自分の事を「孫弟子」と称したことに妙に心が浮つき、肩に伸びてきた手をそのまま受け入れてしまったジュンペイである。

 ぽんぽんっと叩かれた肩がほんのり熱を帯びた。

 

「多少の縁が出来た相手だ。人柄も知っている。…………期限はあるにせよ、最初から狙ったりはしないよ」

「期限?」

「おや、そのことを聞いてはいないのかい。殿下も人が悪い」

 

 アリアデスの言葉に不穏なものを感じて聞き返そうとしたリアトリスだったが、続けられた言葉に硬直した。

 

 

 

「ちなみに僕からの問いかけはまだ途中だよ。意味は分かるね?」

 

 

 

 その後日が暮れるまで、リアトリスは更に密度の濃い攻防を強いられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

+++++

 

 

 

 

 

 

 

 

 周囲が更地と化した空間で、ぱちぱちと橙色に燃え盛る焚火が爆ぜる。

 上向けば星の河をたたえた藍色の天幕。時刻は夜を迎えていた。

 

「…………」

「燃え尽きてますね……」

「あんな戦いのあとだもんな……」

 

 座ってこそいるものの、虚ろな目で焚火を見つめるリアトリスからはいつもの覇気は感じられない。つつけば白い灰となって崩れてしまいそうな有様に、ジュンペイとユリアは顔を見合わせた。

 

「それにしても、なんというか。魔王と対峙して、更にそれを討ったウンチ達を見た私だからこそ余計にわかると思うんですけど。…………リアトリスさん、それにアリアデスさん。本当に規格外のお力を持たれてますよね。いえ、実力を疑っていたわけではありませんけども」

「聖女様からの賞賛とは光栄だ」

「よしてください。もう聖女ではありません」

 

 ふふっと笑いながらユリアが向かいに座る相手……アリアデスに沸いた湯で居れた茶を差し出した。アリアデスはそれを受け取ると、燃え尽きている弟子をみやる。

 

「途中で君たちを連れて逃げるかとも思ったが……ちゃんと最後まで戦ったね。そこは褒めよう」

「もっとほめてくれていいとおもいます……」

 

 燃え尽きてると思いきや、力なくもしっかり褒めを要求したリアトリスにアリアデスは苦笑する。

 ちなみに余裕がありそうなアリアデスだが、その実消耗は激しい。教えた期間はそこまで長くなかったが、おそらく自分の最後の弟子になるであろうリアトリスの成長は素直に嬉しく感じていた。といっても、まだ足りないようだったので、先ほどの攻防で無理やり成長させたところはあるが。

 実際に力はあるしまったくの考え無しではないにしろ、その分慢心も多いのだ。この弟子は。

 

 

 

 今でこそ和やかに話しているアリアデスだが、先ほどまでは研ぎ澄まされた殺意を滲ませ、魔術と格闘技を織り交ぜた攻撃を絶えず繰り出していた。戦いを再開する前に「問いかけ」と称したにも関わらず、だ。

 おそらく少しでも気を抜けば、リアトリスはいつでもあの世に旅立てていただろう。

 その激しさは周囲の破壊に対してまったく意を介さず、リアトリスの反撃もあってこそだが森一つを消滅させるほど。老人は戦いを終えると、「森の動物たちには悪い事をしたね」と眉尻を下げていた。

 唯一配慮があったといえば、それは戦いを観戦していたユリアとジュンペイにのみ。戦いの後二人の周囲にだけ円を描くように草が残っていたのだから恐ろしい。

 

 そしてジュンペイはこの段階になってようやく元の姿がいかに優れていたかに気付く。忌む感情の方が強くはあるが。

 ……本体である腐敗公は力に加えて感知能力が非常に高い。少し前小さな分身体で得た経験から、はるか上空に居た魔族に気付けるようになったがその前も。世界のおよそ三分の一を誇る腐朽の大地の、どこに花嫁が捧げられたのか気づくことが出来ていたのだ。

 そして感知能力は範囲に限定されない。動き一つ一つを追う能力をも備えている。

 

 戦いの途中、ジュンペイは何度も飛び出そうとした。先ほどの和やかなやりとりなどなかったかのように、アリアデスが本気だったからだ。

 現在魔力を無駄に消費することが出来ないとはいえ、嫁の危機に動けなくてどうすると考えた。だがそれは、青ざめたユリアの一言で阻まれる。

 

『よしましょう。足手まといです』

 

 それはユリア自身を含めて言ったのだろう。

 先の攻防時はジュンペイも同じことを思ったが……。

 

(本当に、何処に居るのかも分からなかった)

 

 互いに筋肉と魔術を駆使して、飛びこそしないが跳躍により縦横無尽に動き回っていた。更にその間を森を切り裂く、もしくは燃やしさらには凍らせる疾風と青い炎が魔術の光を伴って埋め尽くしていた。助けに行こうにも場所すらつかめないありさまである。

 だがもしジュンペイがもとの姿ならば、全て把握していただろう。最初にリアトリスと腐朽の大地で対峙した時、そのあらゆる属性を駆使した魔術全ての攻撃をあしらったのだから。今回リアトリスが移動に利用することの多い風を中心に魔術を使ったのは、おそらくそうしなければアリアデスの速度に追いつけなかったためだと思われる。が、自分と対峙した時、それをまったくしていなかったとも考えにくい。

 本体は完全に防御する必要のない体のため回避行動など不要だったが、リアトリスがいくら速く動こうとも、どう仕掛けてくるのかは全て見えていた。それがこの分身体では出来ない。

 

 

 最終的ににアリアデスによる「問いかけ」は無事に終わり、こうして和やかな時間を過ごしているわけだが……。

 

 

(もしアリアデスさんが、俺を狙ってきていたのなら)

 

 戦うどころかアリアデスのような者に攻撃されたら、避けられもしないジュンペイ。それを庇いつつ戦う事はリアトリスには不可能だろう。戦えない縛りを受けた今のジュンペイよりよほど優れた能力を持つのに、同じく動けなかったユリアも同じだ。

 

 

 今回の問いかけはアリアデスがリアトリスの覚悟を問う以上に、ジュンペイとユリアに危機感を抱かせた。

 

 

 リアトリスを労いながらも内心焦りを覚えるジュンペイとユリアをチラと見つつ、アリアデスは茶を口にした。

 

「美味いね」

「あ、ありがとうございます。あはは……」

 

 引きつりながらも笑顔を維持するユリアに、そういうところは素直にすごいな思うジュンペイ。

 

「……ところで師匠。さっきの期限ってなんですか」

 

 自分もユリアからお茶を受け取ると、それをすすりながら問うリアトリス。その瞳は胡乱げだ。

 アリアデスはその問いかけにふむとひとつ頷くと、ひどく短い言葉を告げる。

 

 

「三年」

 

 

 三つの指を立てたアリアデスは薄紫色の瞳でジュンペイを見る。

 

「これは世界樹から情報を受けとった者の中でも、一部の魔術師くらいしか気づいてないだろうけどね」

「もったいぶらないで教えてくださいよ。何が三年なんです?」

 

 焦れたように問うリアトリスだったが、ジュンペイは自分を見つめてくる瞳の力強さに、ドクンとひとつ大きく心臓が鼓

動を刻むのを感じた。

 

(…………。あれ。しん、ぞう?)

 

 その時、違和感に気付く。しかしそれをはっきり自覚するよりも早くアリアデスが言葉を続けた。

 

 

 

「私達が今生きている、これから生まれ変わろうという旧世界の寿命だよ」

 

 

 

 

 ぱりちと、焚火の枝が宵闇に爆ぜた。

 

 

 

 

 





【挿絵表示】

ほりぃさんからジュンペイのイラストを頂きました。顔を赤らめつつむむっと口を引き結んで、意地を張っているような表情がとても可愛い……!瞳を印象的に描いてもらえていてすごく好き。
ほりぃさん、素敵なイラストをありがとうございました!
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