腐敗公の嫁先生~人外夫をうっかりTSさせまして~【完結】   作:丸焼きどらごん

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3話 死の大地でマイホーム

(場所を変えようと提案したはいいけど、腐朽の大地の中心に向かうのはなかなか迂闊だった……)

 

 そんなことを考えつつ、言い出したのは自分であるため黙々と死の大地を進むリアトリス。隣を山のような大きさの魔物がのっそりのっそり歩いて……というか這っているのは、なかなかに妙な絵面だなと考える。といっても、あまり深く考え込む余裕もないが。

 

 腐朽の大地は基本的に何でもかんでも腐って溶けてしまうため、木どころか草一本生えていない。それゆえに毒の霧が立ち込めている場所以外、見通しは案外良かったりする。

 崖の上にある土地から眼下にこの場所を眺めていた時、リアトリスは腐朽の大地を毒の沼のようだと思っていた。が、間近で見るとまた違った印象を受ける。

 地面の隆起に沿って見渡す限り溶けた何かの成れの果てが広がっているその見た目は、さながら汚泥で形成された砂漠のよう。かつてこの場所に自分たちが住む土地と同じような景色が広がっていた事など、想像する事も出来ない。

 

 リアトリスはふくらはぎまで汚泥に脚を沈め、ドロドロとした粘性物質もろもろをかき分けて遅々とした足取りでその中を進んでいた。

 ずちゅっ、ずちゅっと……非常に気が滅入る音をたてつつも、黙々と進むリアトリスを見て腐敗公は思う。

 

(逞しい……)

 

 腐敗公は触れたものを何でもかんでも溶かしてしまうが、加護の結界がある場合その心配はない。そのためリアトリスを体から出した触手で持ち上げて運ぶこともできるのだが……嫌そうに顔をしかめながらも、文句も言わずずんずんと進むリアトリスを見ていたらついつい言い出す機会を逃してしまった。

 これまで腐敗公に捧げられた花嫁たちは、あらかじめ加護の結界を施されていた。しかしどうやら今回の花嫁は、自分でその結界を張れるようだ。

 不快そうにしてはいるが、その体は腐朽の大地の汚泥にまみれながらも未だに健康そのもの。それは腐敗公にとって、非常に喜ばしく好ましい事だ。

 

 彼女は自分に幸せをつかみ取れと、手を差し伸べてきた。……そしてなにより、「私に相応しい夫になれ」と言ったのだ。

 つまり彼女は今までの花嫁たちと違って、自分の意志でお嫁さんになってくれる気がある、という事。その事実に腐敗公はこれまでにないほどの多幸感を覚える。

 

 嬉しかった。本当に、嬉しかったのだ。

 

 憧れていたおとぎ話の心清らかな乙女とはかけ離れた人物だとしても、やっと自分と正面から向き合ってくれる人と出会えたのだから。

 そんな相手を自分の家に招待するのは、少し緊張した。家と言っても腐敗公にとってはこの腐朽の大地全体が家のようなものなので、正確に言えば花嫁のための住いとして整えた場所である。

 この何もない場所で花嫁が住める場所を作るにはどうすればいいのか、腐敗公なりに必死に考えたのだ。考えて考えて、やっと作り出した。

 そのため緊張しつつも、実はそれなりに自信がある。何も生み出せない自分が唯一作り出せた最高傑作なのだから。

 

 が、到着した途端その自信はまたもや砕かれた。

 

 

「ただの!! 穴ァ!!」

 

 

 やけくそ気味に叫び膝をついたリアトリスに、腐敗公はかける言葉を見つけられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 リアトリスが案内された先は、穴。完膚なきまでにただの竪穴である。どこもかしこも似た景色の中で、そこだけぽっかり地面に口を開けた穴。とこからどう見ても、穴。

 中に泥が入らないための構造なのか、辛うじて穴の周りには土手のようなものが築かれている。が、その土手もむなしく崩れ落ち、そこから泥や謎の液体が流れ込んでいる。とりあえずリアトリスの認識ではこれを家と言わない。穴だ。誰がなんと言おうと、穴だ。

 古代人だってもう少しましな家を作っただろう。穴の上に屋根をつけるとか、工夫をしたはずだ。

 これではどの花嫁も一日として持たなかっただろうと、リアトリスは歴代の花嫁たちに深く同情する。

 

 急いで掃除するからと腐敗公が底に溜まっていた汚泥と毒液を触手の先から吸い込んで穴の底に地面が見えた時、初めてこの地で汚泥以外のものが見られた事には感動してもいい。しかし住居として示されたそこは、何度見てもただの穴である。最早腐っていないというところに評価を見出す以外ないほどに、穴である。

 

(腐敗公の領土は広がるたびに大地を陥没させていったため、一説では大地そのものが溶かされているのではと言われていたわね。でもこの地面を見る限り、その可能性はなさそう……。汚泥と毒の液で湿ってるけど、溶けたような形跡はないもの。それが分かっただけでも世紀の大発見ね……ふふ……。誰もこんな場所、調査に来られないもの……。まあ、なんで地面が陥没するのかって別の謎が増えたけど)

 

 リアトリスはそんな事を考え現実逃避を試みるが、それだけでは体の疲労はごまかせない。

 

 

 ここにたどり着くまで実に三日。三日かかっているのである。

 

 

 その結果がこれではあんまりではないか。

 まさか住居が穴だった上に、端からこんなに遠いとは思わなかった。リアトリスはここまでの道のりを思い出しぐったりと腐敗公の頭の上で膝をついた。

 ちなみに何故頭の上かというと、最初の一日を過ぎたあたりで腐敗公が恐る恐るといった様子で運ぼうかと申し出てきたからである。それが出来るなら何故初めから言わないと、リアトリスは流石に怒った。

 しかし運んでもらったとはいえ、流動性のある腐敗公の体の上に乗っているのは容易ではなかったし、なによりリアトリスはここしばらく何も食べられていないし眠れていない。流石に体力の限界だ。

 

(お腹がすいた……何か食べたい……綺麗な場所で眠りたい……体を洗いたい……)

 

 頭の中で今現在自分が求めるものを列挙し、リアトリスはぐらぐらする頭を抱え考えを巡らせた。

 掃除して住居を整えたことを褒めてもらいたいのか、ソワソワした雰囲気を伝えてくる顔らしい顔が無いくせに妙に表情豊かな粘体生物は今は無視だ。

 この粘体生物、先ほどリアトリスが「ただの穴ァ!」と落胆したことを、もう忘れているのだろうか。

 

 リアトリスは考えた結果、ひとつ決心する。

 

(勿体ないけど、そんな事を言ってる場合じゃないわ……。このままじゃ普通に死ぬ……)

 

 リアトリスは人差し指を自分の右耳につっこむとごそごそと探り、一粒の種を取り出した。

 それは唯一リアトリスの手元に残った魔道具。他は生贄にされる前に全て取り上げられてしまったが、これだけは隠し通した。そして使う瞬間は、おそらく今を置いて他にない。

 何故ならここで使わなかった場合、リアトリスは疲労と衰弱に殺されるからだ。

 

(地面があるなら、きっと出来る。つーか出来なきゃ死ぬ)

 

 リアトリスは必死の形相で、種を穴の中へ投げ入れた。そして残量など考えず、最低限結界を維持する魔力だけを残して他は全て穴の中に叩き込む。

 

「生 え ろ!!」

 

 呪文もろもろすっ飛ばし、ただただ自分の欲求を種にぶちまけた。

 そしてリアトリスが穴をしばらくじっと見ていると……なにやらひょっこりと、白いものが穴の中から顔を出す。それは、次第に盛り上がり膨らんで、やがて腐敗公の大きさに匹敵するほどの立派な樹に成長した。更には横に大きく枝葉を伸ばし、かと思えば上に伸び、複雑な形状を形作っていく。

 腐敗公は不思議な事象と久々に目にする溶けていない自然物に感動していたが、ふと気づけば目の前にリアトリスの顔があって驚いた。どうやら自分の体をよじ登って来たらしい。

 それに気づかないほど樹の成長に見惚れていたのかと思うと少々恥ずかしかったが、そんな恥じらいは次の瞬間より大きな恥じらいによって吹き飛ばされる事となる。

 

「お願い、噛ませて」

『え!?』

 

 突然の噛む発言に、腐敗公はその巨体をよじり、うねらせる。照れているのだ。

 

『あ、その、えっと! う、嬉しいけど! でも、あの、一応まだ出会ってからまだ少ししか経ってないし、女の子がそんな簡単にく、口づけとか、しちゃいけないかもって、俺は思……』

「ああもう、この純情!! 今ので魔力がほぼ空なのよ! 補給させなさい補給! じゃなきゃ、あと五分くらいで私死ぬわよ! 結界が維持できないわ!!」

『噛んでください今すぐに!』

「よーっしよしよし! それでいいのよありがとう! じゃあ、ありがたく魔力をいただくわよ!」

 

 リアトリスは満足そうに頷くと、大きく口をあけて腐敗公の眼球に噛みついた。

 うえっと顔をしかめるあたり、やはり味はまずいのだろう。しかし命がかかってるとはいえ、魔物の眼球に噛みつくという行為を容易くやってのける度胸はいっそ清々しい。

 そして腐敗公としては口づけではないと分かっていても、ドキドキとあるかもわからない心臓が脈打つような気分になる。なにしろこんな風に、誰かに触れてもらうのは初めてだ。頭の上に乗せるのとはわけが違う。

 

 ……が、噛まれること自体は普通に痛かったりする。しかし花嫁のために、腐敗公は我慢した。

 

 そして噛みついたことによって腐敗公から膨大な魔力を補給したリアトリス。一息ついた彼女は、ようやく成長を止めた樹を見上げる。そして何かしらの術を樹に施した。

 どうやら術は結界だったようで、成長しながらも枝の端から溶け始めていた樹は無事に外界の腐蝕から隔離されたようだ。

 

「よかった……。これでなんとか生きられそうね……」

 

 リアトリスはほっと息を吐き出すと、次いで身軽な動作で腐敗公の体から樹に飛び移った。

 

「とりあえず、当面はこれで持つわ。魔力消費がヤバいけど、その時はまたあんたから魔力を頂く。魔術を教えてあげるんだもの。授業料として、それくらいはいいわよね?」

『も、もちろん』

「よろしーい! あと、そうそう、とりあえず私の事は先生と呼びなさい。これからビシバシ扱いていくから、覚悟なさいよ!」

『は、はい! 先生!』

「はーい! いい返事です! ……いやでも、あんたホント素直よね」

『……そう、かな?』

「ええ。素直すぎて腐敗公だなんて大仰な名前、似合わないわ」

『別にそれは自分で名乗ったわけじゃないし、むしろ何でそんな名前で呼ばれてるかもわからないし……』

「ああ、それもそうか。あとでなんであんたがそう呼ばれてるかも教えてあげる。他にも聞きたいことがあればなんでも聞きなさい。なんたって私は、あんたの先生なんだから」

『! あ、ありがとう!』

 

 これまた素直に礼を言う腐敗公を見て、リアトリスは話せば話すほど素直さが明らかになる彼(?)に首を傾げた。

 ……なぜこんな環境で、彼はこうも素直に成長したのだろうかと。

 

 ともあれ、リアトリスは久々の腐ったもの以外の場所に身を置けたことに安堵した。そして次にする行動は決まっている。

 

『!? 何してるの!?』

「え? いやだって、もうずっと気持ち悪かったし……」

 

 迷いなく服を脱ぎ捨てて全裸になったリアトリスを見て、腐敗公が動揺した声をあげる。

 

『あの、裸……! 恥じらいとか、そういうの無いの!?』

「…………。いや、あんた相手に恥じらえって言われてもさ……」

 

 粘体の化け物に恥じらいを諭されるとは思わななったなどと考えつつ、リアトリスは水の魔術を使って体の洗浄と服の洗濯の作業に入った。

 なにはともあれ、こんなドロドロの恰好では思考もままならないというものだ。本音を言うとまず初めに何か食べたいが、汚い格好のままではそれも抵抗があった。よって彼女の中でこの順番が正しいのである。

 ちなみに魔力の消費など考えていない。ちょっとまずいのを我慢して噛めば魔力が全快する夢の生物が近くに居るのだから、節約など無意味だ。

 

 そしてリアトリスの身だしなみが整ったのは、それから約数時間後。

 

 ベトベトドロドロネチョネチョなしつこい汚泥の汚れは、なかなか落ちなかったらしい。

 

 

 

 

 




2019/7/17修正
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