腐敗公の嫁先生~人外夫をうっかりTSさせまして~【完結】 作:丸焼きどらごん
三年。
あまりにも短い期間の宣告に、リアトリス、ユリア、ジュンペイの三人は言葉を失った。
アリアデスは焚火に枝をくべると、それぞれの顔を見回す。遠くで住処を失った鳥が一羽、夜の闇に鳴いている。
「ジュンペイくん。あなたはリアトリスから魔術について、どの程度教えを受けている?」
「え!? えっと……!」
突然問われどう答えたものかとジュンペイは慌てるが、どちらかといえば今の問いはリアトリスに向けられていた。名指しをしたくせに、その鷹の様に鋭い眼光は孫弟子でなく直弟子を見つめている。
「魔術の基礎及び初歩魔術の構築、魔術文字による筆記、世界樹に関する知識を含めた簡易的な歴史。それとこれまで訪れた土地の地理を少々」
硬い面持ちでリアトリスが答える。以前オヌマに「ちゃんと教えられてるのか?」と聞かれた時とは比べ物にならない緊張感だ。
この師匠は肉体言語を優先させるくせに、その頭脳はあくまで冷静沈着。弟子として教えを乞う時も、肉体強化と並行して行われた魔術理論の教えは非常に整然としていた。
誰かに魔術を教える、という経験がジュンペイで初めてのリアトリス。たった今アリアデスが告げた「旧世界の寿命」とやらが気になりつつも、慎重に記憶をたどり出来るだけ簡潔に述べた。
(旧世界か……。現在は腐敗公が出現する前の呼び名として使われているのに、それが今度は現代に適応されようってんだからおかしなものよね。いずれもその中心は腐敗公、か)
思案しつつ、幸い話した中にアリアデスが知りたい情報は含まれていたようでひとつ頷いた師を見てほっと息をつく。
この師匠相手にばかりは、王子を殴れるリアトリスとて緊張するのだ。
「ふむ。ならば世界樹が僕ら魔術師にとってどんな存在かくらいは知っているね。もちろん、こうなる前の事だよ」
「は、はい。えーと、星幽界とこっちの世界の境界に在って、巡る魔力の支流で育つ、魔術の象徴……だったっけ」
ジュンペイが主にリアトリスに腐朽の大地で教わってきたことは実践的に魔術を使うための知識がほとんどで、歴史や地理については旅の途中で聞いたものばかりだ。聞き逃していることは無いと思うが、正しく言えただろうか……と。ジュンペイは不安げにアリアデスを見る。すると厳めしい顔立ちに浮かぶ柔和な笑みにぶつかって、合っていたらしいと胸を撫でおろした。
「ああ。我々はそれを感知し秘めた力を察してはいても、古代に失われた技術を持たないがために、その力に触れることは出来ないでいた。だが今回の事で、一時的に世界中の知恵ある生き物が世界樹と繋がったのだよ。……我々魔術師がその一瞬で得られた情報は、実にこの先数百年分の価値はあるだろう」
「一瞬で情報を得られる実力者そのものは少ないでしょうけどね」
リアトリスがつけたし、己の師匠を見る。
エニルターシェはリアトリスの事を世の傑物と比べれば凡百であると称したが、この師のような存在と比べられたら悔しくも納得するしかない。将来性を込みで考えれば自分も負けていないと思っているあたり、その自尊心はどこまでも強固だが。
「魔術に関わらない人と、関わっている人では得られた情報量が全然違うんですねぇ……。それで、世界の寿命とやらに繋がっていくんです?」
「そうだ。僕は基本的に孫のシンシアと二人で魔術研究を行っているから、人員設備が整った国や魔族の中にはより多くを知った者も居るかもしれないね」
「き、筋肉を鍛える以外のこともしていたんですね」
「? 魔術研究と肉体の研鑽は通じているよ、ユリアさん」
「そうなんですか……」
その辺の理解はいまいち出来ていないユリアだったが、これ以上の合の手は邪魔だろうと口を噤んだ。それを察しアリアデスも話の軌道を戻す。
「得た情報から算出した、世界転生までの期間は三年。寿命と言い換えたのは、それまでに腐敗公が正しく機能しなければこの世界が消えてしまうからだ。リアトリス」
「……はい」
「思いのほか、残された猶予は少ないぞ」
「それもあって、わざわざ出向いてくださったというわけですか」
アリアデスは豊かな顎鬚をしごきながら頷く。
歳月で刻まれた顔の彫りが、焚火の明かりと夜の暗がりで陰影を濃くしていた。
「猶予期間を正しく受け止めた上で、具体的な解決案を出せるのか。そしてその案を出せたとして、今のお前にどの程度それを実行しうる力があるのか。僕が直接確かめたかったのは、その二つだね」
淡々と告げられリアトリスは「うっ」と言葉を詰まらせる。一応考えていることが無いわけではないが、それを今述べるには具体性に欠けた。
そのためしばし場を繋げようと、リアトリスは話を脇道へそらす試みに出る。
「……ところで、何故私たちの居場所が?」
「君はドラゴンを快く思っていないくせに、その見た目は好きだから。固有魔術の見た目にするくらいだしね? ……現状におけるドラゴンの特異性にも気づいて、まず向かうなら彼らが居そうな場所だろう、とな。外れたならそれはそれで、少し長く走ればいいだけのことだ」
「待ってください師匠! 私が好きなのは竜種であってドラゴンでは……確かに似ていますけど。っていうか走ってきたんですか師匠」
「? 当たり前だろう」
当然のように答えられて、はて自分達の出発地である故郷の村とアリアデスの住む山岳地帯はどれくらい離れていたかな、とか。甘く見積もったとしてどれくらいの速度で走って来たとかな、とか。途中まで考えかけて、リアトリスは首を振り思考を中断した。考えない方がいい。
そんなリアトリスが心を落ち着けようと茶で口を湿らそうとした時。
横から思いのほか困惑した声が聞こえ、動きを止めた。
「ま、待ってください」
「? どうしたの、ユリア」
「あ、あの。ドラゴンと竜種って、違う生き物なんですか? 今聞いた感じ、そんなニュアンスを感じたんですけど」
「にゅあ……なんて? まあいいか。えっと、ドラゴンと竜種が違うかって? ええ、そうよ? 師匠が言うように見た目は似ているけどね」
それを聞いたユリアの背後に稲妻が走る幻影を見た気がして、リアトリスは目をこすった。
再びユリアを見てみれば稲妻こそなかったが、口元を押さえてブツブツと何事か呟いている。非常に早口で小声のため、その内容は聞き取れないが。
「……! こ、これはちょっと衝撃ですね。あれか、もっと狭義な……特定種族の固有名詞かドラゴンって。そうだ、そうでした。この世界って私の世界と共通するカタカナ言葉もあるの、すっかり忘れてた……! 私側からだとうっかり普通に聞いてしまってこういう時気づけませんね。ふむふむ。全部が全部同じ意味ってわけでもないか。いやでも似てるって言ってたし、認識として大きく外れているわけではない……?」
「大丈夫? ユリア」
「大丈夫です! ちょっとしたカルチャーショック的なものを受けていただけなので」
「かるちゃぁしょっく? なるほど、ルクスエグマの聖女様は異界から召喚されたという話だったね。あなたの世界の言葉か」
「ええ、ええ。そうです。はー……びっくりした。あ、ごめんなさい。またまた話の腰を折ってしまって。どうか続きを」
ユリアはすぐさま落ち着きを取り戻すと、にっこり笑って姿勢を正した。リアトリスとアリアデスは顔を見合わせ、ジュンペイはジュンペイで「ドラゴンと竜って同じじゃないの……?」と、ユリアと同じ疑問を抱いたようで首を傾げていた。
「えーと。ざっくりとだけ解説しとこうか? ドラゴンは長命で希少種、強い魔力と体と知恵を併せ持つ。人化の術を操り私たちに近い姿にもなれるわね。正確には違うけれど、大きな分類的には魔族よ。対して竜種は魔物。賢いけれど私たちと共通の言語を持たず意志の疎通は出来ない。総じて体が鱗で覆われているという特徴はあるけれど、二足で歩行でき翼をもつ種類、蛇のような姿で魔力で飛行する種類と姿は住んでいる場所によって違うわ。総称として"竜種"と呼ぶ。……こんなところでいいかしら」
「ドラゴンは魔族。竜種は魔物。なるほど……。ありがとうございます!」
「ふふっ、いいえ。どういたしまして」
リアトリスの説明で一応納得できたのか、すっきりとした表情で礼を言うユリア。リアトリスとしては彼女のおかげでもうしばしの猶予が与えられたので、逆に感謝しているくらいなのだが。
現在リアトリスは話しながら必死に師匠へ述べる今後の計画もろもろを整理している。
だがそんな弟子の頭の中などお見通しなのか、アリアデスは話がひと段落したとみるや再度軌道を元に戻してきた。「一度まとめようか」と前置き、話し始める。
「世界はあと三年で転生しなければならない。しかしその中核たる機能を果たす腐敗公は不全を起こした。世界樹はそれを交換し正しく機能する魂を配置したい。だが世界樹には直接手を出せる力はなく、間接的に命令をしようにもそこに強制力は無い。共有された情報が真実だと我々に当たり前のように信じさせる、説得力は付与できるのにだ。歴代魔術師達の観測でも驚くべき力を秘めていることが確認されている存在が、あまりに無力ではないかね。これをどう思う?」
「……もともとそんな機能はないか、もしくは間近に迫った世界転生のために機能が制限されているか?」
「そんなところだろうな。さて、ここでひとつ質問だ。リアトリス。お前は一応対応策を、朧げながら掴んでいるね?」
のどに綿でも詰められたような息苦しさを覚えつつ、「まだ纏めきれてないのにー!」と内心で頭を抱える。だがこれ以上誤魔化しても意味が無さそうなので、リアトリスは頷いた。
「えー……あー……まあ。そんな大層なものではありませんけど……ええ、はい。でもこれには不確定要素が多すぎてですねぇ……」
いつも堂々としているリアトリスだが、現在は恐ろしく歯切れが悪く、目は泳ぎまくっている。だが師は容赦しない。
「どんな案を出そうと、不確定要素があることに変わりはない。さて、お前の考えを僕に聞かせてくれないか」
「ぐ……」
「リアトリス。俺も聞きたい」
「ぐうぅ……!」
それまで口を挟まなかったジュンペイにまでねだられてしまい、リアトリスは唸った。そして追い打ちは続く。
「村に行くときも誰か来る可能性とか、話してくれなかったろ? 多分リアトリスは俺のために色々考えてくれてるんだと思う。でもそれを俺だってちゃんと知っておきたい」
「で、でもね? ジュンペイ。完璧に仕上げてから話したいっていう、先生としての矜持ってゆうか~。あんまり曖昧な事、言いたくないっていうか?」
「リアトリス」
「……はい」
ごにょごにょと言い訳がましく言葉を濁す嫁に、まっすぐな旦那の視線が突き刺さる。リアトリスはついに観念した。
「……世界樹に再度、今度はこちらから意識を接続してジュンペイに腐敗公としての役割を放棄しない意思があると伝えればいい。レーフェルアルセの時のようなことは、もうないと。だってあれは知らなかったからやってしまったことでしょ? そんな役割有るなら最初から言えって文句と一緒に叩き込んでやるわ。そうすれば少なくとも、ジュンペイの魂を刈れって命令は無くなるんじゃないかしらって。むしろ世界を生かすための存在なんだから、今までと違って敬われるでしょうね」
「ふむ、そうだな。して、その方法はいかに」
「それも含めて、情報が欲しいんです! 今のも案の一つにすぎないし、選択肢は出来るだけ増やしたいし……ああんもう! もうちょっとまとめる時間をくださいよ!」
「いや、お前は脳内で纏めきるより誰かと話して形にする方が向いている。頭の中だけだと考えが浮かびすぎて搾り切れないだろう。多くの考えが浮かぶのは才能だが、結局形に出来なければそれも無意味。それくらいなら口に出すことで考えを絞った方が、幾分かマシというものだ」
「ぐうぅ……。お、おっしゃる通りで」
師直々の言葉に項垂れるリアトリス。そしてそのまま仕方なしに続きを話し出す。
夜風が揺らす焚火の炎を見つめながら、ひとつひとつ言葉にした。
「……なら、纏めないまま話しますけど。ドラゴンのやつらは理の外にいるに加えて長命。長老級ならもしかしたら古代文明について知っているか、文明の宝そのものを持っているかもしれない。それも彼らを探す目的ですね。……私が求めるものは、数少ない世界樹に通じるものなので」
「古代文明……宝……。ふむ。リアトリスが求めているのは生命樹の種かい? しかしお前は以前、それを手にしていたはずだが……」
「そ、その。……使っちゃって」
以前オヌマにも散々「もったいない!」と言われた記憶が蘇る。腐朽の大地での足場に使っていなければ今頃リアトリスは生きてこの場に居ないが、師匠相手だと妙に後ろめたさが湧いてしまうのがこまったものだ。
「ならば仕方がない。あれについては僕も手元にない希少品だ。確かにドラゴンなら持っている確率は高いね。彼らは珍しいものを集めるのが好きだから。つまり、リアトリス。君は情報と宝、両方を求めてドラゴン探しに乗り出したわけか」
「はい」
「それと温泉郷で遊びたかったのだろう」
「はい、もちろん! ……あ」
「…………」
一瞬の沈黙の後、振り下ろされた拳骨にリアトリスは頭を抱えてうずくまった。元気に答えてしまった自分が憎い。
「息抜きは大事だ。張り詰めてばかりでは、成果を出せるものも出せなくなるし視野が狭くなる。だがお前は少しばかり呑気が過ぎるし、これくらいの渇は入れておくよ」
「ご指導、たまわり、ありが……たく……」
頭に出来たたんこぶを涙目で押さえながら、リアトリスは頭を下げた。凄まじく痛いが、リアトリスが尊敬している数少ない師の言葉である。礼は失えない。
「ところで、しばらく僕も同行する。よろしく頼むぞ」
「え」
夜鳴き鳥がまたひとつ、甲高い音を響かせた。