腐敗公の嫁先生~人外夫をうっかりTSさせまして~【完結】 作:丸焼きどらごん
険しいながら木漏れ日差し込む山中の道は、鳥のさえずりも相まって中々に麗らかだ。どこかに滝でもあるのか、水が流れ落ちる音も聞こえてくる。
しかしそれとは反対に、リアトリスの気分は重い。というより、背中が物理的に重かった。
「あの、師匠。着いてきてくださるのは心強いのですけど、これは……?」
「? せっかくの山道だ。勿体ないだろう」
勿体ないって何が? と聞き返しそうになるのをぐっと堪える。
分かっているとも。鍛えなければもったいないと、自分の倍以上の岩を背負ってザクザクと歩いていく師の姿を見れば。
リアトリスは自分の身の丈ほどもある岩をずり落ちないように背負い直し、なんとも言えない表情で見てくるジュンペイとユリアにへらりと笑いかけた。そこには悟りのような感情が見て取れる。
現在リアトリス達は旅の仲間に筋骨隆々の老魔術師を加えて、アグニアグリ大山脈を目指し山の中を歩いていた。
街道沿いを外れてから、すでに三日ほど経過している。
アリアデスはリアトリスが成そうとしていることを、できる限り手助けをしてくれるという有難い申し出をしてくれたのだが、反面。もし取り返しがつかなくなる寸前まで期限が迫ってしまった場合、弟子がなんと言おうとジュンペイの魂を変わりに刈り取る役を申し出ていた。そのことを腐敗公ジュンペイ本人にも隠すことなく伝えてある。そしてジュンペイもまた、それに頷いていた。リアトリスとしてはジュンペイが是と答えたことは予想の範囲内だったが、どうしても顔をしかめてしまう。
師匠の申し出やジュンペイの答えに、思うところがないわけではない。
が、ダメだった時の事を考えて断るよりも、自分たちが手に入れたい未来に向かう可能性の助け手を受け入れた方が何倍も建設的だ。そのためリアトリスは師匠の申し出を受け入れ、現在に至る。
……だが。まさか、こうして道中再び修行が課せられようとは思わなかった。
現在背負っている岩は何の変哲もない、ただ重いだけの岩である。アリアデスの館がある、魔術が施された特殊な岩山とは違うのだ。岩山は登る場所に適した魔力を選別さえできれば力が無くても登れたが……これは普通に重い。
だが修行の系統としては岩山と同じく"場に応じた魔力の支流を選び取る"もの。更にここにはいくつか別の要素も加わるため、いうなれば岩山修行の上位互換だ。
「リアトリス。疲労を溜めたくないのなら、魔力の循環をもっと滑らかに。世界と星幽界、自分の境界を曖昧にして巡らせるのだ。だが自分を見失ってはならないよ。強固に自我を保ったうえで、その過程を行いなさい。引き出す属性、現象の取捨選択もより繊細に。場所によって引きだせる支流の強弱も変わってくる」
「わ、分かってますよ! 基本ですもの!」
「ならその精度をあげたまえ。まったく……みっともない。以前僕の屋敷に来た時は褒めたが、それは撤回だ。これまで自分に可能な範囲を超える無茶を重ねていたね? お前はそういったものを才能という自信でねじ伏せようとするが、僕から見れば身をわきまえないただの見栄っ張りだ。それが実力以上を結果を出せる要因でもあるがね。お前ほど長所と短所がまったく同じ人間というのも珍しい。だが、リアトリスよ。今のお前は先生なのだろう? それをもう少し自覚するといい。見栄でない余裕を持ち、更には師もまた日頃から鍛え、学びを得ているのだと弟子に見せるのだ。それもまた、教え導く者としての役目。励みなさい」
「は、はい……」
つらつらとお説教をされてしまい、それがジュンペイとユリアの二人に見られているのだから恥ずかしい。顔に熱が集まっているのがわかる。
しかし羞恥に震えようと修行は変わらないのだしと、リアトリスはがっくり項垂れながらも集中力を引き上げた。実際言い渡された修行で魔力効率が断然良くなっているので、返せる言葉などありはしない。
精神的には疲れるが、体の疲労と魔力の消耗は以前より抑えられている。
そして修行を課せられているのは、なにもリアトリスだけではなかった。
この場にはアリアデスの直弟子の他に、孫弟子も居るのだから。
「さて、次はあなただ。あまり弟子のお株を奪うような真似はしたくないが……僕が出した問題は解けたかな? ジュンペイくん」
「うぇ! え、ええと。一応……」
「ほう、頑張ったね。では僕の魔力を提供するから、それを使って魔術文字で式の展開を記しなさい」
「うう……はい」
魔力を無駄に使うことが出来ないジュンペイは、ただ今座ってこそいないが座学の時間である。
しかしアリアデスがジュンペイに出してくる課題は幅広く、そして面白い。リアトリスいわく大分かみ砕いて分かりやすく話してくれているとか。
いざとなれば自分を殺すと宣言した相手にも関わらず、ジュンペイはアリアデスを一人の人間として尊敬し始めていた。以前会った時も好感は覚えていたが、一人の師として接することでその思いは強くなっている。
アリアデスが言うように、お株を奪われたリアトリスとしては複雑な気持ちらしいが。
「なんだか熱くなってきましたね」
服の襟裳をぱたぱたさせながら言ったのはユリアだ。
一人課題を言い渡されていない彼女は、リアトリスの横でその額に伝う汗をハンカチで甲斐甲斐しくぬぐっている。
「そろそろアグニアグリが近いからね。これから植物の種類も変わって、少なくなってくると思うわよ」
「いよいよですか! うふふっ。温泉楽しみですねぇ」
「ええ!」
「ドラゴンさんも見つかるといいですね。可能性は高いんでしたっけ?」
本命の目的の前に温泉をもってくるあたり、ユリアも楽しみにしているらしい。
「一応ね。ただあいつら空飛べるし、好き勝手移動してるから運が良ければ、ってとこも否定できないけど。その好き勝手移動してる先を運任せに探すより、よっぽどいいわ」
「温泉郷にはドラゴンと人間のあいの子……亜人の集落もあるからな。何かしらの手がかりは見つかるだろう」
「亜人ですか~」
「できた!」
世間話を興じるノリで話していると、ジュンペイがぱっと笑顔の花を咲かせる。彼の前には細かい金の粒を纏いながらぱちぱちと発光している、魔術文字をおりなす細い軌跡。
アリアデスはそれに目を通すと、満足げに頷いた。
「正解だ」
「やった!」
素直に喜ぶジュンペイに微笑むと、アリアデスはそのまま予備動作なく振り返り……リアトリスの背中に、自分が持っていた岩を片手で放り投げた。
「は??? ぐぅッ!!」
「リアトリス!?」
岩は絶妙な加減でリアトリスが背負う分の岩に乗り、つみあがった。さらなる重量がリアトリスを襲う。
「僕はもう一回り大きいものを背負うから、これはリアトリスにあげよう。弟子が頑張ったのだから、お前ももう少しいけるね?」
「行動した後で疑問符投げられても!! やりますけど!!」
やけくそのように叫ぶと、リアトリスは足腰の再度の安定をはかる。いくら魔力の操作で持っているとはいえ、下半身がぐらついていてはお話にならないのだ。
というかおそらく師の方は今この場面で自身が魔術の修練をする必要が無いので、自分の筋力のみで岩を持っている。
それを思えば、この程度……とやる気も出て……。
「出るかー! 師匠! 重さより単純に樹の合間を縫うのが難しいんですけど!! 上に積むのはやめてくださいよ!」
現在山の中。周囲は草木。頭上は広葉樹の枝葉。普通に積まれた岩の高さが邪魔である。
しかしそんな訴えも「集中力が足りない」というお言葉で一掃されたため、リアトリスはこの後何度かすっころびつつ山道を進むこととなった。
「は、早く温泉に入りたい……」
すっころんでから仰向けになって見上げた先。
木々の隙間から覗く空は、憎らしいほどに青かった。
++++++
オヌマは現在の自分の状況を思い、首がねじ切れるほど傾げたい気持ちに駆られていた。
「オヌマ、あそこで売っている温泉卵なるものを買ってきてくれないかい? おつりで好きなものを買っていいよ」
「オヌマ、あそこの宿。今日あれの最上階泊るから」
「エニルターシェ殿下、その庶民的というかお母さんみたいな台詞なんですか。いや、うちの母は違う感じでしたけど、漁村のお母さま方が似た感じでしたよ……」
「? お母さんとは、おかしなことを言うね。ふふっ。リアトリスほどでないが、君もそこそこ面白くて好きだよ私は」
「気のせいです気のせい。それとザリーデハルト殿。あの宿無理です。五年くらい予約埋まってる系のやつです」
「? 関係あるか? 俺が泊ると言っている」
腕を組んでふんぞり返っている相手を前にものすごく既視感を覚えつつ「いや、この方たちの身分ならこの態度もわかるけどこれに既視感を覚えさせるあいつの偉ぶり方はなんなんだよ」などと古き知人に心の中で突っ込んだ。現実逃避である。
しかし答えぬわけにもいかないので、出来る限り朗らかな笑みを浮かべて首を横に振った。
「無理です」
「結構はっきり言うよなお前。好きだぞ、そういうの」
ここ数日でこの程度の無礼など相手は気にも留めないことを学習し、むしろはっきり言わねば余計に面倒だと確信したオヌマの返答は明瞭だ。が、はっきり言ったらはっきり言ったで面倒なことに変わりない。何故なら。
「好かないでください」
「つれないな。あとで可愛がってやろうか?」
くいっとおとがいに指をかけられ顔を持ち上げられる。そこそこ長身のオヌマより背が高く、粗暴さが窺えつつも整った顔に覗き込まれた。そして無駄に色香の添えられた誘いに、オヌマはげんなりしつつ再度首を横に振る。
「結構です」
何故自分はアルガサルタにも帰れず、自国の王子と魔王の付き人のようなことをやっているのだろうか。
数日前にいきなり魔族領の魔王城……それも"魔皇"とも呼ばれている大物の住居へ連れていかれたオヌマは、現在噴き出す火の水と硫黄の香りが名物の温泉郷にて、お使いと無茶ぶりを言い渡されている。
魔王ザリーデハルトは魔族領以外を歩くのが珍しいのか、温泉郷についてから無茶ばかり言ってくるのでオヌマもいい加減慣れて扱いは雑だ。おそらく自分など指先一つで殺せる相手なのだが、その横暴さに妙に既視感を覚えたこともあってこの扱いである。今のところその態度を許されているが、ことあるごとに夜の誘いをかけられるのが困りものだ。
これが爆乳の女魔族相手ならオヌマも少し揺れただろうが、あいにくザリーデハルトは顔こそ整っているが爆乳は爆乳でも爆胸板。ギチギチの筋肉が体面積の大半を占めている男魔族だ。そういった趣味はないのでぜひ遠慮したい。
魔族との潜在的垣根が取り払われたとはいえ、目立つのはよろしくないとのことで現在蝙蝠に似た八翼はしまいこまれ、その他魔族の特徴も服で隠している。何故隠さねばならないと拒否するかと思いきや、本人はこの変装をなかなかに楽しんでいるらしい。
王子……エニルターシェ相手にもずいぶん態度が砕けてしまったが、これはオヌマの精神を保つための処置なのでしかたがないことだった。ただ、リアトリスの事をとやかく言えなくなってないか? と、時折不安が過る。
「というか!! エニルターシェ殿下、今現在の行動って完全に独断ですよね!? いいんですか、帰らなくて! 国に! あなた第四王子! 今、世界的緊急事態!」
「必要なことは出る前にやってきたし、種も撒いた。ならあとは僕の楽しみに費やしてもいいだろう? こうして素晴らしい共犯者もできたことだし」
「妙に立場が出来ると遊び仲間は貴重だからな。エニが誘ってくれて俺は結構楽しんでる」
「それはよかった! でも俺は帰っていいですか!!」
「私から目を離してよいのかな?」
「色々と卑怯ですよその言い方!! あなたの側近はあの笑顔が胡散臭いクロッカス卿でしょ!? 俺みたいな三流連れ歩いてもいいことなんてないですよ! あの人にお世話係やらせたらいいでしょう!?」
「ヘンデルには色々任せてきているからね。アルガサルタから出すと、逆に私が面倒なんだ。それにさっきも言ったが私はそこそこ君の事も気に入っているよ、オヌマ」
「なんでっスか……!」
あああああ! と頭を抱えてうずくまるオヌマ。
ちなみに何故温泉郷に来ているかといえば、エニルターシェの要望によりオヌマがリアトリス達が来るとしたらここだろうと話したことが原因だ。思いのほか王子と魔王が温泉郷自体に興味津々となったのは予想外だったが。
「しかし、ドラゴンね。奴らは好かんが、ここにきて興味が湧いた。本命は本命で楽しむとして、見つけたら先にちょっかい出してみるか」
「それは遠慮していただけると助かる。私はここがそれなりに気に入ったのでね。魔王とドラゴンが戦うようなことになれば、一帯が吹き飛んでしまうだろう?」
「あ~……。ま、それは俺も嫌だな。まだ見てないところが多い」
俺このまま観光案内兼お世話係やらされるの? そう言いそうになるところをぐっとこらえ、オヌマは天を見上げる。
湿気と硫黄の香りがくゆる先の空は、雲一つない晴天だった。