腐敗公の嫁先生~人外夫をうっかりTSさせまして~【完結】 作:丸焼きどらごん
中天へと上った太陽の陽光と、下から立ち上る地熱。その両方に挟まれならが、低木樹が多い道なき道を四つの人影が歩んでいる。
リアトリス達がアグニアグリ大山脈の一部に足を踏み入れたのは、つい今朝がたの事だった。
早朝はまだ朝露で濡れた山中の森を抜けてきたため寒いくらいだったが、それと現在の熱さとでは落差がなかなかに厳しい。
「あ、あつい……! さすが、火山帯……!」
「ユリア、大丈夫か?」
山道ではうまく自分の力を回復にまわして余裕顔だったユリアも、噴き出す蒸気や温められた地熱、崖下に流れる火の水もといマグマから立ち上る熱気にまでは対応できないらしく顔色が悪い。
熱い冷たいを感じることは出来ても、基本周囲の環境に左右されないジュンペイが珍しくも彼女を気遣う。
「え、ええ。……いえ、実は少し厳しいです。疲労回復と温度調整、両方できるつもりでしたけど……ここまで気温が高いとそれも難しいですね」
「ふむ。ならば僕が少し手助けしようか」
素直に自分の状態を伝えたユリアに、前を歩いていたアリアデスが手をかざす。すると彼女を中心に球体状の結界が出来、その中を涼やかな風が循環した。
「わっ、すごい!」
「そう難しいものではないがね。結界術を身につけていれば、色々と応用が利くのだよ」
喜ぶユリアに微笑むと、アリアデスは横を見る。そこには滝のような汗を流しながら逆立ち歩行するリアトリスの姿。ちなみに変装用に買った男性物の下履きがここぞとばかりに活かされているので、下着が見えることは無い。
……大丈夫か大丈夫でないかといえば、見た目としてはよほどこちらのほうが大丈夫ではない。が、ジュンペイもユリアも現状応援する事しかできないでいた。見かねて何度かアリアデスに「もう少し修行を手加減してもらえないか」と頼んでみたものの、これらの修行は結果的に疲労を軽減させる効果もあると言われてしまっては黙るしかない。
見た目としてはとても信じられないが、リアトリス本人に聞いてみれば渋い顔ながら頷いたので本当なのだろう。
「でも、こうなると温泉郷もすごく熱そうですね……。温泉に入ってすっきりしても、すぐに汗かいちゃいそう」
「そこは心配しなくていい。温泉郷は僕が今使ったものと同じ結界を、温泉魔術協会の者達が交代で張っているからね。生活空間は常に適温で保たれている。全体の造りも水路を引いたり土地に合った植物を植えたりと工夫もされているのだ。観光地区として栄えているだけあるよ」
「温泉魔術協会……?」
「師匠、温泉郷行ったことあるんですか? いいなぁ……私も連れて行ってくれたらよかったのに」
ジュンペイが首を傾げ、逆立ち状態のリアトリスがぼやく。
鼻に垂れてきた汗が入ると痛いとかで、時々汗の雫をふりはらうため髪の毛はしっとり濡れつつぼさぼさだ。そこから発せられる「いいなぁ」には実感がこもっている。早く温泉に入りたいらしい。
「定期的に通っているよ。素晴らしい筋肉のためには疲労を残さないことが重要だからね。ああ、それで温泉魔術協会だったか。温泉郷を気に入って住み着いた魔術師達が店や宿と連携して、空間を快適に保つことを目的としている生活に根差した魔術師の集まりだ。若いものが居ないわけではないが、隠居した老魔術師が多いな。僕の知り合いも何人かいる」
「へぇ~。それは知らなかったわ。老後に小遣い稼ぎしながら温泉住まい……いいわね」
もともと温泉郷へ興味津々だったリアトリスは魔術師としての優雅な老後に思いを馳せるが、現状から良い方へ転ばない限り彼女に老後は訪れない。しかしそんな可能性を今考えても仕方がないとばかりに、リアトリスは大量の汗をかきながらも満面の笑みを浮かべた。
「でも温泉郷に詳しい師匠がご一緒してくださるなんて、やっぱり心強いですわ! それに費用も全部出してくださるなんて、太っ腹! さっすがお師匠様!」
非常に調子がいい。滝のような汗もなんのその、師をよいしょする声は快活だった。
そう。アリアデスが来るまで金策に喘いでいた三人だったが、老魔術師が旅に同行するにあたってかかる費用を一手に請け負ってくれたのだ。これもまた、アリアデスの同行に是と答えた理由の一つである。
だがそんなリアトリスに師の無常な言葉が投げかけられた。
「当然だがリアトリス。費用は全て君から僕への借金だぞ?」
「え……」
「僕が無償で君に金を与えるなどすると思ったのかい。以前も断ったというのに」
「え、でも、その」
確かに以前も小遣いをせびろうとした代わりにもらったのは拳骨だったが、現状では単純に支援してくれているものと思っていた。金を返す自信がないわけではないが、もらったと思っていたものが実は借金だったという事実は単純に嫌である。確認しなかったリアトリスも悪いのだが。
「本当は貸すことも出来ればしたくないが、場合が場合だからね」
「うう……! でもでも、こんな時くらい奢ってくださってもいいじゃないですかぁ!」
「なら全てがお前の思い描く通りにいったなら、褒美としてかかった費用はくれてやるとも」
「言いましたね? まっかせてくださいよ! 最初からその道しか想定していないので!」
ほほほと高笑いをきめるリアトリスだが、その姿は逆立ちだ。締まらない上に滑稽である。
ジュンペイはそんなリアトリスを見て、そのいつものように根拠があるようでない自信に半ば呆れつつも自分はこの姿に魅せられたのだなと思い出して笑みの種類を変える。それに気づいたユリアが、肘でつんつんとその頭を小突いた。
「な、なんだよ」
「な~に幸せそうな顔しちゃってるんです? いいですか? リアトリスさんが言うその道、つまり私たちの、私たちの幸せ未来なわけで? 当然その中に私も入っているので自分だけのためにとか思わないでくださいよ?」
つんつんつんと小突いてくる肘をうっとうしげに振り払うと、ジュンペイは口をとがらせる。
「はいはい。でも愛人だのなんだのってのは諦めろよ! ユリアは友達枠! それにお前にとっての一番の望みはリアトリスにもとの世界へ戻る方法を開発してもらって、帰るこのなんじゃないのか。なに当然のように一緒に過ごしていく方向で考えて……」
言いかけてはっと口を噤む。これは流石に配慮の無い発言だったかと、世界で一番規格外の癖にこの旅仲間の中で一番常識的な観点を持ち合わせ、それを日々進化させている腐敗公ジュンペイはおそるおそるユリアの顔を見上げた。
この少女は少女で、リアトリスの事が本当に好きなのだ。帰る帰れないという問題自体もそうだが、一緒に過ごしていきたいという希望を否定するのは、気分がよろしくないのではなかろうか。
……そう考える程度には、ジュンペイはユリアの事が嫌いではないのだ。嫁の愛人などという立場への希望は断固として阻止するが。
しかし黒髪の少女は、現在自分と同じく黒色に染まっているジュンペイの巻き毛をぐりぐりと撫で繰り回した。
「もちろん私はリアトリスさんの事を信じていますから? いつか帰る方法を見つけてくれるだろうなって思ってますよ! でも未来はどう変わるか分かりませんし、人の心にブレーキなんて無粋です! 帰りたいのも、リアトリスさんと末永くご一緒させていただきたい気持ちも本当! ならどうしても選ばなきゃいけない分岐点が来るまでは、私は二つの可能性を抱え込んだままゴーするだけなんですよ!」
胸を張って欲張りなことを宣言するユリアに、リアトリスに影響されているのは自分だけではなかったなとジュンペイは頬をかいた。
「ユリアくんにもずいぶん好かれているようだね。しかし、愛人……?」
「あ~……あはは」
当然会話は近くにいるリアトリスとアリアデスにも聞こえているわけだが、その内容に首を傾げた師に弟子は曖昧な笑みをかえした。
その瞬間、集中力が途切れ手を滑らせスっ転んだのはご愛嬌である。
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腐朽の大地に坐する腐敗公。その魂を刈らねば三年で自分たちが住まう世界は終わりを迎える。
言葉だけ聞けば荒唐無稽と切って捨てられるその事実を、しかし真実であると魂に認識させられた。
そんな特殊条件下のもと、更には魔族と人族の垣根は取り払われた。それが腐敗公をどうにかした後でも続くかは分からないものの、これにより共通の目的のため手を取り合う準備は出来たという事である。
しかし積み上げてきた歴史が、世界という全ての土台にあたるものの危機を前にしてもそれを容易に許さない。……はずだった。
だが先日、早くも共闘の一例が示された。
魔王討伐をなした大国ルクスエグマが、真っ先に魔族と手を結び腐敗公討伐のため共闘したのだ。成果こそ出せなかったがその事実が他国へもたらした影響は大きい。
さらに言えば腐敗公は腐朽の大地に坐する本体の他、何故か今可憐な少女の姿で自分たちの住まう大地を闊歩しているのだとという。
この情報はそれを聞いた国々にとって発信元が大国とはいえ不明瞭極まりないが、その情報についてはルクスエグマの他に裏付けを持つ国があった。一日にして乾いた大地が緑に覆われるという奇跡を得た国……レーフェルアルセである。
更には魔術師達や魔族の間では「少女の姿は世界樹が腐敗公の魂を刈りやすいようにとった措置」なのではないかとまことしやかに囁かれている。すなわち、何百年も手を出せなかった大魔物である本体をどうにかできなくとも、その少女の姿をした腐敗公を倒せばよいのではないか……と。
そのため時間をかけながらも、各自で。あるいは大国ルクスエグマやそこに協力した魔王に倣う形で。腐敗公討伐のための戦力は二つに分けられてゆく。
ひとつは腐朽の大地に居る腐敗公本体を討つための部隊。
ひとつは腐敗公の分身を探し出して討つための部隊。
緩慢ながら、知恵ある生き物たちは動き出した。自分たちの生存圏をこれ以上失わないために。
「~♪」
月夜の晩、気持ちよさそうな鼻歌が森にこだまする。それを奏でているのは、森の中で一番高い樹の上に立っている一人の男だ。強い風を受けようとも、その体が揺らぐことは無い。
「ご機嫌なのねぇ、にいさま。その素敵な歌のおかげかしら?」
ふいに真横から投げかけられた言葉に、男は驚かない。むしろ当然のように受け入れて、大きく手を広げて自慢した。
「いいだろ? 僕らが知らない歌! 気になっちゃってさ。これ歌ってた子達、今追いかけてるんだ。もっと仲良くなりたいなぁって」
「そうなのね。でも呑気に構えていていいのぉ?」
「? どういう……ああ、あれか。なにやら世間がざわついてるねぇ。でも僕らに関係あるのかな」
「さぁ~」
「なんだ、お前だって呑気じゃないか」
「まあねぇ。なにかあれば、じじ様が何か言って来るかなって」
「そうそう、僕も同じ考え。ところでお前も暇なら一緒に行かない?」
男の誘いに妹は少し考えてから勢いよく頷いた。その拍子に豊満な胸が上下に揺れる。
「いいよぉ! なにか落ち着かない時は、楽しい事したいしね」
「さっすが僕の妹。じゃあ次に彼女たちが入った町で声かけよう。今度会った時は案内させてって約束してあるから!」
「それって約束っていうの?」
「いうんじゃない?」
「そっかぁ」
他者が聞いたら頭をいためそうな緩い会話をした後、樹上の人影は最初からなにも居なかったかのようにかき消えた。