腐敗公の嫁先生~人外夫をうっかりTSさせまして~【完結】 作:丸焼きどらごん
「まったく。あの子もこういうところ頑固よね……」
ジュンペイに逃げられ、結局ユリアと二人で公衆浴場に入ることとなったリアトリスがぶつくさと愚痴をこぼす。
浴場の横にある休憩所……足だけ温泉に浸かれる、足湯なる場所で待っているらしいので離れすぎて人化の術が解けることはないだろうが少々残念だ。
あの自分より乙女思考な旦那様にしてみたら女湯へ一緒に入るなど、とんでもない事なのだろう。が、それとこれとは話が別なのだ。少なくともリアトリスにとっては。
先ほど直接本人に告げたように、リアトリスはジュンペイを丸洗いしたくて仕方ない。
人化を解いてしまえば結局どろどろヘドロな、洗っても洗わなくても違いの無い本性だ。が、人の姿をとっているジュンペイはリアトリスの「こんな娘居たらいいな~」を具現化した、リアトリスが思う美意識の塊である。
今は黒髪にしているが、本来は夕日に輝く麦畑のような煌びやかな金髪。それを埃まみれにしておくなんて、とんでもない。
「宿をとったらしっかりさっぱり洗ってやるわ……! ふふふ」
「じゃあ、今は私と洗いっこしましょ! リアトリスさん!」
怪しげな笑いを浮かべて目を光らせていると、リアトリスに負けない満面の怪しげな笑みと輝く瞳のユリアが下着の薄布一枚でぐいっと迫ってきた。それを見て「あ、やっぱり少し手加減してあげよう……」と我に返ったリアトリスである。
人とは客観的に自分と似た状態を目にすることで冷静になるのだ。
「それにしても中は結構広いわね。脱衣所でこれなら、浴場はもっと広そうだわ」
脱衣所は木で組まれた棚が石壁に沿うように設置されており、籐の籠が並んでいた。客はそこそこ多いが、広さのおかげで圧迫感はない。
アルガサルタにも公衆浴場というものが無いわけではないが、リアトリスは田舎暮らしから魔法学校、アリアデスの館、職場である王宮と、生活階級の中間をすっとばして生きてきたため、あまり縁がない。
田舎の実家ではもっぱら川か湖で行水か、濡れた布で体を清めるのが普通。魔法学校以降はそれぞれの施設に風呂こそあったが、こういった大きな施設ではなかった。
そのため入り口に書いてあった「おんせんのはいりかた」をよくよく読み込んできたリアトリスである。
「えーと。布を体に巻いて入っちゃいけないんだっけ? あと髪の毛は纏める。入浴前に体を洗う……」
確認しながら服をばさっと脱ぎ捨てるリアトリスの所作は豪快だ。そこに同性とはいえ人に裸を見せる羞恥心は窺えない、
ユリアも手慣れたもので、するすると下着を脱ぐと丁寧にたたみ、長い髪を器用にまとめていた。
「ちょっと安心しました。異世界でも、温泉の入り方は同じなんですねぇ。洋風だけど雰囲気もどことなく懐かしいです」
「へ~、そうなの! 面白いわね。国どころか世界を超えているのに、懐かしく思えるなんて」
「ですです。もっと異文化的なものを想像していたんですけど、この脱衣所とか見る感じ、私の故郷のものと近いですね。温泉の入り方まで丁寧に書いてあるのも予想外でした」
「あれいいわよね。おかげさまで戸惑うことなく入れるわ」
相槌を打ちながら壁一枚隔てた先の浴場へ進む。
ちなみに荷物であるが、簡易の結界を張ってあるため盗まれることは無いだろう。自分で結界など張れない一般客は浴場へ荷物を持ち込むか、もしくは受付で温泉魔術協会が発行している簡易結界の使い捨て魔具を買うとのことだ。
有料ではあるが、結界魔術はこんな所にも活かされているらしい。
「へぇ、やっぱり広い!」
扉を開くとむわっとした熱気に迎えられ、温泉であろう湯が張られた広い浴場がリアトリス達の前に広がる。
二人は物珍しそうにそれらを眺めつつ、まずは洗い場へと向かった。
「そういえば、ユリア。あなたと二人だけっていうのも珍しいわね。一緒にジュンペイを迎えに行ったとき以来かしら」
「あ、ですねぇ」
受付で買った石鹸を布で泡立たせながら、ふと思い至る。
これまで朝から晩まで三人旅。途中食料集めなどした以外は四六時中行動を共にしていたので、案外こういった機会は珍しい。
「リアトリスさん。お背中洗いますよ!」
「そう? じゃあお願いしようかしら」
先ほど興奮した様子で洗いっこ! などと言っていた割には、今のユリアの様子は大人しい。それを見てリアトリスはひとつの確信を深めた。
「ねえ、ユリア。あなたが私に向けてくれている好意を疑うわけじゃないんだけどね? 最近こうも思うわけよ。あなたって、結構ジュンペイの事気にかけてるな~って」
「ん~? そうですか?」
リアトリスの背中を丁寧に洗いながら曖昧に答えるユリア。しかしその様子は、どことなく何かを話したがっているようにも見える。
「だって、私にくっついてくる時って絶対先にジュンペイを見るじゃない。ふふんって感じで。さっきもね」
「……流石にあからさまでした?」
「うん」
「あちゃー。リアトリスさんへのアピールが第一目的なので、これはちょっと失敗ですね」
照れたように泡のついた手で頬をかくユリアに背を向けたまま、リアトリスもまた手慰みに泡をいじる。器用に空気を含まされた泡は雲のようで、この泡立ちの作り出せる自分はやはり天才だなと自画自賛の思考を挟むことにも余念がない。
「だって、もどかしいんですもの。リアトリスさんのこと私と同じくらい好きなくせに、積極的なようでいて結構奥手というか。前も言いましたけど、長生きのわりにお子様なんですよね~。だから私に張り合ってるくらいで、ちょうどいいというか」
「これ私が言うのも変なものだけど、恋敵なのにそれでいいの?」
「ええ。なんというか、放っておけないんですよあの子」
肩甲骨に沿うようにリアトリスの背中を布で擦るユリアの声は柔らかい。
「分かる。でもそれは今みたいな状態でも? 当然のようについて来たからあえて聞かなかったけど、私が失敗すればあなたも世界ごと消えるわよ。あの子を中心に。そんな相手にも、放っておけないとか思える?」
改めて口にすると抱えた案件の規模が大きいな、と思いつつそこに気負いはない。全く無いといえば噓になるが、もとより世界最強の大魔物を夫にした時点でリアトリスにとっては規模など今さらなのだ。
それは異世界から召喚されて、利用されたうえに生贄にされたユリアとて同じかもしれない。が、どの程度の認識でついてきているのか気になった。
「そこはリアトリスさんを信じているので。駄目だったときは駄目だった時で、好きな人と一緒に消えられるならいいかなぁって。もともともうけた命ですもの。好きなように使います。これについてはリアトリスさんに何を言われても変える気はありませんよ、私」
そのあまりにも潔く胆力溢れる返答に、リアトリスは自分の事は棚に上げて噴き出した。
「ふふっ。そう。私、あなたのそういうところ好きだわ」
「やった~!」
無邪気な笑顔で両腕をあげて喜ぶ元聖女様。これはもうその気持ちに甘えて、全員の幸せ未来をつかみ取るまで一緒にあくせくしてもらってよいのだろうな、と自称天才魔術師は口の端を持ち上げた。もとより旅に誘い、巻き込んだのは自分だが。
余談だが、密かに「この子着やせするほうね……」と、振り返った視線の先で揺れたものを見てしみじみ思ってしまったのは内緒である。……両腕を上にのばしているので、ある部分が目立つのだ。
きゃっきゃと喜んでいたユリアだったが、ふと声の高さを一段落としてつぶやいた。
「……似てるんですよねぇ」
「え?」
「ああいえ。これは多分、私の郷愁の念とかが関係するんですけど~」
そう軽く前置いてぽつぽつと話し始めるユリアは、どこか遠く、茫洋としたもの見ているような目をしている。思いを馳せる先は、過去だろうか。
「この世界に呼ばれる前、従姉弟が居たんです。五歳年下の男の子で、実はその子もジュンペイって名前だったんですよ。あんなにつっこみ気質じゃなかったけど、どことなく性格も似てる気がして。とっても素直というか、純真というか。……あ、見た目はもちろん全然違いますよ~」
「同じ名前……。へぇ」
「珍しい名前じゃないんですけどね。まあ、だからこう……もしかして私と同じところから来た魂なんじゃないかなって仮説を立てた時から、名前の事もあって親近感を覚えるところはあったんです。だから放っておけないのかなって。まあ百年単位で生きてる大魔物相手に感じる感覚じゃないですが」
「その従姉弟とは仲良かったの?」
「ええ、それなりに。私一人っ子だったし、可愛くて。よく私秘蔵のお宝も読ませてあげていました」
ふふふと少し怪しげに笑うユリアに「そのお宝って何?」とは聞いてはいけない雰囲気を感じたリアトリスである。なにやら濃そうだ。
意外な話が聞けたなと思いつつ、そういえばユリアの元の世界の話を聞くことあれど、これまで家族など人間関係について聞くことはなかったなと思い至る。
本人がやたらと明るく割り切り上手のため普段あまり考えることは無いが、ユリアはまだ十六歳の少女だ。なかなか無い経験をしたとしても、全てを割り切ることなど出来るはずがない。親しい人を思い出すのは、帰還の目途が立たぬ今は酷なのだろう。
(それを考えると、ユリアには悪い事をしたわね)
リアトリスの家族に会い、ジュンペイがその家族に受け入れられるところを見た。それを彼女はどんな気持ちで見ていたのだろうか。
仲の良かった親族と名前が同じで、もしかしたら同じ世界からやってきた相手。そんなジュンペイはユリアにとって、リアトリスが思っている以上に心を占める割合が大きいのかもしれない。
「ふふ。少しウェットになっちゃいましたね! さあリアトリスさん、体洗い終わりましたよ。私は自分で洗うので、先に湯船につかっていてください」
リアトリスの気遣うような雰囲気を感じ取ったのか、ユリアがことさら明るい声を出し泡を湯で洗い流した。
どうも話しを聞いている間、いつの間にか背中だけでなく綺麗さっぱり体ごと洗われていたらしい。驚くべき手腕である。
「今度は私がユリアを洗おうか? 洗いっこしたいって言ってたじゃない」
「ふふ、それは……ゴフ……ふふふ。調子に乗ったせいでちょっと私の身が持たないので……ふふ。なすがままなリアトリスさんの体全部洗っちゃった……ふふふ」
いつのまにか少女は鼻骨を押さえて顔を上向きにしている。整った小さな鼻から赤い液体がはみ出ていた。
「…………。じゃあ、お言葉に甘えで先に入っているわね」
「はい!」
なかなか間抜けな恰好ながら元気な返事をかえしたユリアに、なんともいえない気分になる。
(間違いなくいい子ではあるんだけど……うん。というか、そこまで照れるなら背中だけにしておけばいいのに)
呆れつつ念願の温泉に向かう。
ユリアが来たら、のんびり温泉に入ったままもう少し語り合うのもよいかもしれない。
石造りの湯船に満たされた湯は乳白色。その色合いに目を見張りつつ、期待が高まった。
兄の先からそろそろと湯の中に入れていき、両足を浸けたところで湯船の淵に腰かけて一息。じんわりと温まる感覚に、これが温泉かと感動を覚えた。なるほど、確かに普通の水を温めたものと違う。
そのままゆっくりと腰、上半身、肩と湯に体を沈め……首から上以外の全身を湯船に預けたところで意図せずため息が出た。
「き、気持ちいい……」
「いいお湯ですねぇ」
初めての温泉に感動していると、油断しきったところに真横から声をかけられた。リアトリスはその近さにぎょっと緩んでいた体を固くさせる。
「え、ええ。気持ちいいわ」
咄嗟に答えてしまったものの、まあたまには世間話もいいかと横を見て……再度、近さに驚いた。相手のへそが目の前である。いつの間にこんな近くに居たのだろうか。
人のことを言えたリアトリスではないが、他人に対してあまりに近くで裸体を晒しすぎである。色々と見えてはいけない部分が至近距離にあるのは、初対面の相手という事もあって気まずい。
浴場のため恰好こそみな同じだが、やはり近すぎるのだ。
声をかけてきたのは鮮やかな緑色の髪をした少女。瞳は特徴的な
リアトリスは距離の近さの次に、その色合いに驚いた。……何故ならそれは、ドラゴン探しのため訪ねようと候補に入れていた場所の住人が持つ特徴だからだ。
「まだ入口だってのに運いいわね。私、持ってるわ」
「どうかなさいましたぁ?」
「ええ、ちょっとね。あの、あなた……」
問いかけようとした時だ。
少女はにこにことした笑顔のまま……なんの予兆も無く、湯船にぶっ倒れた水柱をあげた。至近距離にいたがために、波のような水しぶきがリアトリスを襲う。
「わぷっ」
「リアトリスさん、どうしました!?」
俊敏に洗い場から駆け寄ってきたユリアに、しかしリアトリスは目の前の事実以外に答えるすべを持っていない。
「のぼせちゃったみたいね……。ユリア、ちょっと手伝って。ああいえ、あなたはあなたで鼻血大丈夫?」
「鼻血? なんのことか分かりませんが大丈夫ですよ! ええ!」
鼻血なんて出てませんけど? とごり押しで誤魔化すユリアは、湯の中に倒れぷかぷか浮いでいる少女を見る。
リアトリスもまた話しかけてきたと思ったら秒でのぼせるのはどうなんだと思いつつ、目の前で倒れられては仕方ないと渋々体を引き上げてやることにした。
……が、脇に手を差し入れ湯から持ち上げると、独特のにおいがぶわっと少女の口から押し寄せてきてリアトリスは額に青筋を浮かべた。
「酒くっっっさ!! なによ、この子のぼせたんじゃなくて酔っぱらいじゃない! 温泉の入り方に入浴前のお酒はやめましょうって書いてあったわよ!」
「うわぁ。ほんと、すっごく臭い。どれだけ飲んだんでしょう? 見た感じ私よりも年下に見えるんですけど、こちらの世界って子供でもお酒飲んでいいんですか?」
「地域によるわね。でも、多分見た目通りの年齢じゃないわよこの子」
「え?」
酒臭さに顔をしかめつつ少女を抱き上げると、湯にぬれてぺったりしている髪をかき分けその特徴をユリアに見せた。
「角に、とがった耳?」
「やっぱりね。この子、亜人だわ」