腐敗公の嫁先生~人外夫をうっかりTSさせまして~【完結】 作:丸焼きどらごん
「いやぁ、妹がごめんねぇ」
「身内の人が近くに居てよかったわ……」
長椅子に寝かされた少女を薄い板で作られた工芸品で扇ぐのは、少女と同じく緑色の髪と金緑の瞳をもつ青年だ。
酔っぱらって温泉の中に倒れこんだ少女を外の風を当ててやるため、背負って出てきたところに声をかけられたのである。
しかもジュンペイが共にいたものだから驚いた。珍しい事にリアトリス達と離れている間に初対面の相手と話していたらしい。
「あ、ところでさ! さっきその子に提案してたんだけど、よかったら温泉郷の案内をさせてくれない? お代は、この間みたいな珍しい歌!」
「この間って……」
「リアトリス。この人、前に俺が興行もどきしたときに歌を聞いてたんだって」
「へぇ?」
リアトリスはそれを聞いて、肩眉をあげながら青年を見た。
緑色の髪の毛は腰まで伸びていて、後ろで一つにくくっている。体型は縦にひょろ長く、少し変わった模様の民族衣装を着ていた。つり目の三白眼というきつめの顔立ちながら、笑顔のおかげで人懐っこい印象を受ける。
不躾なほどにじろじろ青年を見終わると、リアトリスはその表情や挙動に目をや向けたまま納得したように頷いた。
「なるほどねぇ。ドラゴンは歌もお酒も大好きだわ。その子供であるあなたたちにとっても、それは好ましいものなのね。限度と言うものは知ってほしいけれど」
「ははは。ま、僕たち人とのあいの子だから。好みは似たけど、耐性まではなかなかねー」
すでに自分が持つ特徴……髪と目の色の他、角と尖った耳を隠しもしない青年は、リアトリスの発言にも驚くことなく朗らかに返した。
その様子からこのまま穏やかに話が出来そうだな、と判断したリアトリスはふむと頷く。
「集落があるとは聞いていたけど、まさかこんな入り口で会うとは思わなかったわ。しかも話によれば私たちが通ってきた町にも行ってたんだ? 珍しいわね。ドラゴンはともかくとして、亜人はあまり自分の住む場所から動きたがらないって聞いたけど」
「僕たちは好奇心旺盛な方なんだ。結構いろんなところへ行ってるよぉ」
「そうなの。まあ、個人差はあって当たり前か。ごめんなさいね、偏見だったわ」
「いいよいいよ~。気にしないで。……ま、こんな特徴だから。亜人を知らない人にとっては魔族が来たって騒ぎになったりもするし? それを怖がって集落から出ない奴のが多いのは確か。逆にここだと待遇いいけどね」
「信仰対象の血族だものね」
「そういうこと」
リアトリスも亜人と会ったことが無いわけではないが、交流となれば話は別だ。
この兄妹は人間の集落に住んでいるだけあって人寄りの思想のようだが、亜人の中には自分たちが持つ特徴による差別を嫌って魔族側につく者も少なくない。そのため戦場に出ることが多かったリアトリスにとっては、魔族に与した亜人と敵対することの方が多かったのだ。
全ての亜人が敵対者というわけでもないので、この人と魔の境界を曖昧にする存在を気まぐれに産み出すドラゴンはなかなかに迷惑だ。リアトリスがドラゴンへの心象が良くない理由はこの辺にある。
亜人。
人と似ながらも、異なる特徴を持つ一世代限りの種族。
分類的には魔族とされるドラゴンと、人との間に出来た子供を指す名称だ。リアトリス達はドラゴンの情報を求め亜人の集落を訪ねることを予定に入れていたので、この出会いは渡りに船である。
(偶然ならね)
しかし単なる幸運と喜んでばかりもいられない。なにしろその姿を知る者は未だ少ないとはいえ、自分の可愛い旦那様は世界中から狙われる対象である。
それを踏まえた上で思案し……ひとつ頷いた。
「…………。せっかくだから、案内をお願いしようかしら」
「アリアデスさんにお伺いを立てなくていいんですか?」
男嫌いのユリアは微妙に青年から距離をとって成り行きを見守っていたが、リアトリスが是と答えたところで口を挟む。どうやらせっかくの温泉郷観光に、案内とはいえ見知らぬ男がついてくることが嫌なようだ。
ちなみにアリアデスはまだ浴場から出てきていない。ゆっくりと湯につかっているようだ。
「師匠は旅に関しては私に主導権を渡してくれているから、多分大丈夫。その分なにかあればそれはお前の責任だぞって、厳しく言われちゃうだろうけどね」
「なにかって、やだな~。僕そんなに怖そうに見える? 怪しく見える?」
「ごめんなさい、そうじゃないわ。諸事情があって、少し警戒しているのよ」
「ほほう? 事情は知らないが、何やら大変そうだね」
顎に手を添え首を傾げる様子からは、何かをたくらんでいるようには見えない。
(ま、乗らない手はないか)
考えた末に警戒しすぎてせっかくの出会いを手放す方が馬鹿らしいと結論付けた。
リアトリスはそうと決めると、にっこり愛想笑いを浮かべる。
「もう一人仲間がいるから、その人が出てきてからお願いするわ。……でもその前に、妹さん大丈夫?」
「ああ、多分そろそろ目を覚ますよ。いつもの事だしね」
「いつものこと!? ちょっと、注意した方がいいわよ。少なくとも人の迷惑になる場所で酔いつぶれないでちょうだい」
「ごめん、ごめん。でもお姉さん面倒見いいね。まさか背負って出てきてくれるとは思わなかった」
「さすがに目の前でぶっ倒れられちゃあね……」
そんな会話をしている最中。
うう~んと可愛らしい声が聞こえたと思ったら、未だ顔の赤い少女がうっすら目を開けていた。どうやら大丈夫そうだなと軽く息を吐きかけた時……リアトリスはその息を喉の奥に飲み込むことになる。
何故かと言えば、目の前で盛大な寝起き事故が起きたからだ。
少女はぽやっとさせていた目元を瞬時に見開いたかと思えば、その勢いのままにバネ仕掛けの人形の様に上半身を起こす。その直線状には妹をあんじて覗き込んでいた彼女の兄が居て……。
ゴンっ
……人体が奏でるには、なかなか派手な音が響いた。
「うわ、痛そ」
「ぉわっ!? ちょ、そんな急に動いちゃ……あ、いやその前にお前大丈夫か」
「~~~~」
見事な頭突きを食らった青年を前に、ジュンペイが思わず気遣う。
青年は額を押さえてうずくまりながらも、こくこく頷いた。
「いっけな~い! 仲良くなろうと思ったのに、うっかりうっかり! わたしったら寝ていたのかしらぁ?」
そして頭突きをかました妹はといえば、こつんっと自分の頭を小突いて舌をぺろっと出していた。限られた者にしか許されざる動作である。そして違和感がないあたり、彼女はそちら側の人間らしい。
「お兄さん痛がってますけど、あなたは大丈夫です……?」
「え? ……あ、そういうこと。なんだかおでこがひりっとするな~と思ったぁ。にい様、ごめんね?」
ユリアに言われてからやっと自分が仕出かしたことに気付いたらしい少女は、両手を体と前で組んで兄に謝る。小首を傾げ見上げる所作もまた、堂に入っていた。
それに対して兄の態度は寛容だった。
「いっや~。さすが僕の妹。金剛石のような石頭、美しいよ!」
「石頭を宝石に例えて美しいって評するのは、なんか違くない? 確かに金剛石は固いけども」
怒るでもなく妙な表現で妹を褒め始める青年に思わずつっこむが、それを意に介さず亜人の兄妹は手を繋いでくるくる回り、静止したかと思えば腕を大きく広げた。
「なにはともあれ、おいでませ温泉郷!」
「おいでませ楽園へ!」
「妹よ、お前が気絶している間に僕は案内の約束を取り付けたよ!」
「まあ! さっすがにい様」
「そんなわけで皆様方。この温泉郷は、この僕ラドと!」
「わたくし、ラルがご案内しますぅ!」
独特のテンポで歓迎されしばし言葉に詰まったが、実に楽しそうな彼らの空気に乗せられてリアトリスはつい笑ってしまう。
「あなたたち、賑やかね! ラドと、ラルね。私はリア。連れの二人はユリとジュンよ。よろしくね」
さりげなく偽名を名乗ったリアトリスに、ユリアとジュンペイは顔を見合わせた。
偽名といっても単純に本名を短縮したものでありすぐに対応できそうではあるが、リアトリスが旅の中で偽名を使うのはこれが初めてである。
「「よろしく!!」」
「きれいにそろって、まあ。仲いいのねぇ……。えーと。案内、案内ね。なら、まず宿屋の紹介をしてちょうだい! 荷物を置いて身軽になりたいのよ」
「宿屋! もちろん、おまかせを。僕らけっこう顔が利くからね。当日予約でもいい部屋取るよ」
「お、それは嬉しいわね。期待しちゃおうかしら」
「うんうん、お任せあれ!」
「…………」
観光地に来たなぁという実感を感じ始めたリアトリスだったが、ふと口を引き結んで頬を膨らませているユリアに気付く。頭の回転が速く柔軟な思考をする少女のその反応に珍しいなと思ったが、そういえば彼女の了承なしに決めてしまったなと思いあたる。亜人の兄妹……彼らが案内に対して要求するのは、金銭でなく歌だ。……ユリアの故郷の。
リアトリスはばつが悪そうに頬をかくと、兄妹の様子を窺いつつそっとユリアに耳打ちをした。
「勝手に悪いわね。あとで埋め合わせをするわ」
「別に構わないのですが……。……埋め合わせって、本当ですか?」
「ほんと、ほんと。だからここは一緒に行動しときましょ」
「リアト……リアさんがそういうなら……」
「ああ、君なんだ!」
渋々といった様子で頷いたユリアだったが、突然会話に割って入り真正面から両手を掴んできた青年、ラドにぎょっとする。
「な!?」
「小さな歌姫さんに聞いてたよ! 自分は歌を教えてもらったんだって。その教えた人って君なんだ! ねえねえ、他にどんな歌があるの? いっぱい案内するから、たくさん教えてほし」
「どっせい!!」
「ほぎゅ!?」
「にいさま!?」
直後、可憐な声で猛々しい背負い投げが決まった。
地面に叩きつけた男を見下ろすと、ユリアはぱんぱんっと手を掃って冷たく見下ろす。
「失礼。ですが、気安く触らないでくださいます?」
まったく相手に対し失礼だと思っていないことをうかがわせる平坦な声。どうやら話す分には問題なくても、男性に触られることはユリアにとって許容の範囲を超えるらしい。
しかし地面に叩きつけられたラドは、怒ることもなく逆に目を輝かせて飛び起きた。その勢いに正面に居たユリアはもとより、リアトリスとジュンペイもまたビクッと後ずさる。
「…………良い」
「にいさま?」
兄の様子を窺う妹……ラルは、先ほどのすっとぼけた明るさを潜め恐る恐る声をかける。だが先ほどトンチンカンながら、あれほど褒めていた妹の声も届かない様子のラドはずいっとユリアに近寄った。再び投げてやろうかとユリアが構えを取るが、その前に。
青年ラドによる大音量の声が、その場にいる全ての者の耳をつんざいだ。
「好きです! 僕の恋人になってください!!」