腐敗公の嫁先生~人外夫をうっかりTSさせまして~【完結】 作:丸焼きどらごん
「ユリさん、いきなりごめんなさいですよぉ。うちのにい様、惚れっぽくて! それにほら、ユリさんとってもお綺麗だから。一目惚れされることも多いんじゃないですかぁ? うふふ」
「はぁ……」
公衆の面前での大音量による告白。それは周囲から好奇の視線を集めたが、告白の主が現在どうなっているかといえば実の妹にギリギリと腕で首を絞められている。妹ラルは朗らかな口調でユリアに話しかけているが、兄ラドは落ちる寸前だ。ラルは一見細腕だが、的確な角度で適切に力が入れられているようである。先ほどユリアに投げ飛ばされたばかりなので、少々の憐みの視線がリアトリス達から注がれていた。
告白された張本人であるユリアはといえば、ラルの迅速な対応に肩透かしを食らったような気分で曖昧な返事を返す。
「……案内頼むの、やめようか?」
「え!」
リアトリスがユリアを窺いながら問えば、ラルが焦ったようにわたわたと手を上下に動かす。ちなみにその時ラドへの拘束はとかれたが、虫の息となっていた彼はゴンっと派手な音を立てて地面と口付けていた。
「あのあの、本当にごめんなさい! でも兄のことはわたしがちゃんと見てますからぁ。お客様にこれ以上、無礼なことはさせません~」
「本当? けっこうな熱のこもりようだったけれど」
「ほんとです、ほんとですぅ」
そそそと近寄ってきて潤んだ瞳でリアトリスを見上げるラルに、やはりこの子は自分の容姿の使い方を分かっているなと少し感心する。ラルは背丈はそこそこ高いが幼げな容姿の愛らしい少女だ。こうして上目遣いで縋られれば、ほだされる人間は多いだろう。こういうところは少しユリアに似ている。
リアトリスも多少は上辺を取り繕うことは可能だが、それもごくわずか。基本的に己を出さないよう振舞えば「暗い奴」評価を賜る不器用者なので、この少女やユリアのような特技と言えばいいのか特性と言えばいいのか……そんなものが、ほんの少しばかり羨ましい。ほんの少し。
といっても、基本的にユリアは先ほどの様に取り繕いたくない相手に対してはとことん素直に振舞うのだが。
「でしたら、先に言っておきますけれど。私男の人が苦手なんです。案内するにしても、一定の距離を取っていただいても? もちろん告白の返事はお断りですと、話すことも避けたいのでお伝え願います」
「はいな! でも、あらぁ。そうなんですか~。お綺麗なのにもったいな……っと、これは失礼ですね。好みは人それぞれですものぉ。わたしだって……ふふふ」
最後を意味深にぼかして笑うラルだったが、なんとか案内を断られずに済みそうだとほっと胸を撫でおろしてもいた。その様子によほどユリアの故郷の歌が聞きたいんだなと、成り行きを見守っていたジュンペイは少し誇らしい気持ちになった。仲間の故郷の文化が価値ある物だと認められている事と、それを歌い彼らが知るきっかけになった自分の声に。
まあその声もリアトリスが理想の娘を想像して発動させた人化の術の賜物なので、複雑ではあるのだが。
「……賑やかだが、なにかあったのかね?」
短いながら、なかなか騒がしい自己紹介となったリアトリス達。そんな彼女らに温泉でほっこり温まったアリアデスが声をかけたのは、そのすぐ後の事である。
「う……っわぁ!? え、すごい! これ、本当に山の中か!? 人がたくさんいるし、それに……色々凄い!」
「ふふ、ジュンペ……ジュンは素直に反応するから見てて楽しいわぁ。でも……うん! これは興奮しちゃうわね! やだなにちょっと、公衆浴場で油断させておいてビックリするじゃない温泉郷!」
感嘆の声をあげるジュンペイを前に、リアトリスもまた目の前の景色に声が弾むことを抑えられていない。せっかく名乗った偽名を言い間違えそうになったのはご愛嬌だ。
目を輝かせる弟子と孫弟子を見て口の端を持ち上げているのは、老魔術師アリアデス。
「公衆浴場はあくまで旅の汚れを落とすためのもの。あれで全てを見透かしたつもりになっているなら、まだまだ甘いぞリア」
「入口付近からだとうま~く見なくなってるところが、本格的に入ってからのサプライス感ありますねぇ。わ、あんな所に家がある……」
公衆浴場では故郷の文化と似通うそれに親しみを感じていたユリアも、キョロキョロと首を動かして周囲を見ている。その首は左右、上下と忙しい。
旅の汚れを落とし案内人を手に入れ、さあいよいよ本格的に温泉郷へ入るぞ! となったリアトリス達。彼女たちを迎えた温泉郷の光景と賑わいは、想像を嬉しい方面に飛び越えたものだった。
まず宿に案内してほしいとお願いしたものの、今晩の寝床にたどり着くまでに興味を引くものは多そうだ。
「いやぁ、皆さんいい反応してくれるねぇ! 案内のし甲斐があるってものだ」
「ね~!」
案内人であるラドとラルが顔を見合わせてにっこり笑いあう。
ちなみにラドは先ほどの事もあり、しっかりユリアと距離を取らされていた。ユリアが男嫌いだと聞いた今も、時折残念そうにチラチラ様子を窺って来るが、今のところ必要以上に近づいてくることは無い。
アグニアグリ大山脈中腹、温泉郷の名を冠するその場所はいくつかの集落をもって形成されているという。
まずリアトリス達が足を踏み入れたのは、商店で賑わう歓楽街。
真っ先に目を引くのは、歓楽街を挟む左右の崖だろう。凹凸を描きながら空に伸びあがっているその崖には日が暮れてきた今、ぽつぽつと生活の明かりが灯っていた。
……そう、どうやら崖には人が住んでいるらしいのだ。
「昔はいい鉱床があってね。それを掘り返した跡を補強して、家や店として使ってるんだよ。迷路みたいだから観光客が入るにはお勧めしないけど」
「へぇ。あの石橋は?」
ラドの説明に関心を示しつつ、リアトリスは次に気になっていたものを指さす。その先は真上だ。
それはこの温泉郷への入り口を形作っていたものに似た、四角い穴を有した石で組まれた橋の様な何か。ただし滝の様に流れ出ているものは冷たい水でなく温泉のようだ。高所にある石橋から下にある石橋が温泉を受けるように組まれており、それがいくつも歓楽街を含めた温泉郷の上を巡っている。各所で温泉が流れ落ち湯気を上げているさまは、なかなかに圧巻の光景だ。
「湧き出た温泉を必要な場所に行き渡らせるためのものですぅ。地下にも巡っていますが、上のあれは温泉魔術協会が管理しているんですよ~。見た目も迫力あるでしょう?」
「うん! すごい。おもしろいな~」
「そういえば暗くなってきたけど、結構明るいのね。お店もまだまだ盛況って感じ。大国の首都並ね……」
「この辺りは歓楽街だから特にって感じですけどね。あの石橋を起点に魔力が循環しているので、そこから供給された力で夜は幻想的な魔力光が踊ります。素敵でしょう?」
歌うようにすらすら説明していくラルに示され見てみれば、店やその手前の屋台、道の上に巡らされた紐にぶら下がる明かりは一部は炎が揺れる一般的なものだ。が、他の多くはなるほど、魔力を燃料としている光。この明るさならば人通りも今しばらく絶えないだろう。
そんな明かりに満ちた温泉郷を眼下に、空はいよいよ夜の帳を下ろし始めている。そうすると目に映る光景の中に、もう一つ見えてくるものがあった。
アグニアグリ大山脈の中で一際背の高い山が、温泉郷の背後……やや遠方にそびえている。その形はまるで口をあけたドラゴンが首をもたげているようだ。
何故日も暮れてきたこの時間にその形が分かるのかといえば、山の頂きが稜線をなぞるようにほの赤く光を帯びているからだ。それが何かは案内人がさっそく説明をしてくれる。
「綺麗でしょ? あそこは火口だねぇ。火の血が湧き出ていて、今にも溢れそうに溜まっている場所。あそこらの火の水は魔力の燐光を纏っているから、こうして遠くからも明るく見えるんだ」
「その火の血が地下水を温めてくれるから、こうして温泉郷があるわけですけどね!」
リアトリス達が抱いた何気ない疑問を、つぶやきから拾ったり話す前に察して説明してくれる彼らの案内はなかなかに魅力的だ。アリアデスもリアトリス達より温泉郷に詳しいが、おそらくこういった観光に特化した語り口では彼らの方が上だろう。現に温泉郷を知る老魔術師もまた、彼らの説明に楽し気に耳を傾けている。
歓楽街には多くの店の建物の他、ずらりと屋台が並んでいる。その内容は食べ物、飲み物、工芸品と様々。
そのうちの一つから、威勢の良い声が投げかけられた。
「ようラド! 今日は随分と綺麗どころ連れて……」
よく通る声で話しかけてきたのは、何やら食べ物売っているらしい屋台の男。だがその声は途中で途切れ、視線は吸い込まれるようにアリアデスへとむかった。
長躯に加えて芸術の域まで鍛え抜かれた剥き出しの筋肉は、先ほどからリアトリス達などよりよほど周りの注目を集めている。
普通ならば絶世の美少女といっても良いジュンペイ、清楚かつ華やかな可憐さを併せ持つ元聖女のユリア、二人に比べてしまうとパッとしないが、きつめな顔立ちながらそこそこ美人のリアトリス。それぞれ趣のちがう美しさを擁する女性三人が揃っていると目立つのだが、鍛え抜かれた肉体を持つ老魔術師が旅に加わってからは視線のほとんどをアリアデスがかっさらっていた。
一緒に居るとまとめて目立つようでいて、目立たない。ある意味究極の隠れ蓑である。
「案内のお仕事してるんだよ。ってことで、おまけして♥」
「……! あ、ああ。おう。いいぜ。けど、相変わらずちゃっかりしてるな」
はっと我に返った男性が苦笑しながら、ラドから貨幣を受け取ると茶色く丸い食べ物を紙に包んで渡してくる。湯気が立ちのぼっており、ホクホクとした生地は柔らかく熱そうだ。
ラドを見れば「僕のおごり。さっきのお詫びも兼ねてね」とにっこり笑ったので、せっかくなので好意に甘えることにする。ユリアも一瞬ジト目でラドを見たものの、美味しそうな食べ物を前にしては弱いらしくいそいそと店の男から受け取っていた。
「ドムダルっていう肉まんじゅうなんですけど、中に甘辛く味付けたひき肉の具が入っていてと〜っても美味しいんですよぉ! ちょっとピリ辛ですね。刻んだツァルという香味野菜も入ってまして、それがシャキシャキっとした食感で風味も爽やか! だから意外と後味はさっぱりなんですよぉ〜。小腹がすいた時のおやつにおすすめです!」
「へ〜、美味しそうね!」
「ラルちゃん、宣伝ありがとよ! お姉さん、美味しそうじゃなくて美味いんだ。損はさせないぜ! 名物だから次もまた買ってくれよな」
「ええ。でも喉が乾きそう……」
「お姉さんお姉さん! そのためにこっちの店があるんだよ。ボザンテって果物の果汁が入った冷茶だ。好みで果肉も入れるぜ。スッキリした甘さで、ドルダムのお供にぴったり!」
「なるほどね。ところであなたもオマケしてくれるのかしら?」
「お姉さんもちゃっかりしてるね……。うんうん、そしたらようこそ温泉郷へってことで多めに入れといたげるよ! 案内してもらってるようだし、様子からしてここは初めてだろ?」
「やった! ふふ、ありがとう。嬉しいわ。ええ、温泉郷に来るのは初めてよ。夜なのにこんなに明るくて賑やかなんて驚いたわ」
「この辺りは特に魔術灯が使われてるからね。温泉魔術師協会の知り合いによると、ここいらは境界とやらが薄いおかげで色々細工しやすいんだと」
「興味深いわね……」
先ほどラルから聞いていた説明に加えて、現地の人間からの話。リアトリスの好奇心が疼き、自然と口端が持ち上がる。
「リアが楽しそうでよかった」
ふいに嬉しそうな声が聞こえ、振り返って声の主……ジュンペイを見れば、リアトリス以上に嬉しそうな笑みを浮かべていた。その笑みはにこにこというより、慈愛に満ちて柔らかい。
「ジュンは? 楽しい?」
「もちろん楽しいさ! 俺にとってはこんな人混みの中に居られること自体夢みたいだけど、隣に愛する人がいて同じ気持ちで楽しんでいる。最高に楽しくて、幸せ」
「なかなか言うようになってきましたねジュンペ……ジュンくん……」
ユリアがジト目になると、ジュンペイは少し得意げな様子で胸を張った。よくよく見ると耳が赤くなっており、言葉を返し損ねたリアトリスは「うちの子が今日も可愛い」と、現在は黒に染まっている巻き毛を梳くように頭を撫でる。するとジュンペイは複雑そうに眉根を下げた。どうやら落ち込ませてしまったようだ。
リアトリス達が物珍しそうに、そして楽しそうに周囲を見回しているその先で。少々離れた位置でラルは兄に向け、雑踏の喧騒にまぎれるよう小さく声を滑り込ませ話しかけた。
「もう、とう……にい様、悪い癖ですよ?」
「ごめん、ごめん。でも見た目淑やかで中身逞しい子って好みなんだよねぇ。知ってるだろ? いやぁ、投げられたときにビビッときちゃって。これが恋だよ」
「ええ、知ってますとも。よ〜く」
「人の生は短いし、好きだと感じたならわずかな間も惜しいしねぇ」
「まぁ、それもそうですけどぉ。む〜」
「それにね、ラル。多分ユリさんは僕らと同じ……」
「ねえ、ラルにラドー! ちょっと聞きたいんだけど……」
「おっと。はいは〜い! 今行きますよ〜!」
ラドが言いかけた言葉もまた、喧騒に紛れ歓楽街の空気に容易く溶けて消えた。
世界が消えてしまうかもしれない。それをまるで感じていないような賑やかな空気に、自然とジュンペイの心は浮きたった。
このまま誰にも傷つけられることなく、大好きな人と一緒に過ごしていく日々を夢想する。今はまだ実現していない夢でも、その大好きな人が一緒に生きられる道を探してくれているのだ。だから自分たちは今、ここに居る。
悪い「もしも」は今忘れよう。どうせ可能性を考えるなら、幸せな「もしも」を考えてそれに向かって動く方が建設的だ。
そんな前向きで暖かな気持ちを抱いていた時だ。
……温まった気持ちに水を差すような、嘲りを含んだ声が耳に届いたのは。
「よう、久しいな腐敗公。あの毒々しい臭さがねぇってのも、変なもんだが」
「!」
不躾な言葉と声にばっと振り返る。
突然の正体看破。それを成した相手を見てジュンペイ、そしてリアトリスたちはしばし言葉を失った。
アリアデスに負けない長身と立派な胸板を有した筋肉で覆われた体。光すら吸い込んで反射を許さない、闇を塗り固めたような黒髪の男だった。目だけが爛々と得物を狙う獣の様に輝いており、それが現在まっすぐにジュンペイへと向いている。
だがそんなただ者ではない様子を漂わせる男は……現在両手にドルダムを含めた屋台料理をこれでもかと装備しており、服はゆったりとした観光用の民族衣装だ。頭には何やら珍妙な面をつけているが、どうやら屋台で売っているドラゴンを模した名物品らしい。
明らかに温泉郷を満喫しているその姿に、一瞬対応を迷う。その間によく知った声が耳に届いた。
「ちょっとちょっとちょっと! ザリーデハルト殿!! 俺もう荷物持てませんよ!! まだ買う気ですか!?」
人ごみをぬけてきたのは、両手いっぱいに荷物を抱えている男。積み重なったそれに顔こそ見えないが、男が誰なのか……彼を良く知るリアトリスが、観光満喫男と見比べながらぽつりとつぶやいた。
「…………オヌマ?」
温泉街での夜は、まだ長そうだ。