腐敗公の嫁先生~人外夫をうっかりTSさせまして~【完結】   作:丸焼きどらごん

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45話 腐敗公と魔皇

 不躾に声をかけてきた男に戸惑いながらも、その相手を追ってきたのが知り合いだと分かるとリアトリスはすぐさまそちらに詰め寄った。

 

「ちょっとオヌマ! これってどういう……げっ」

「やぁ」

 

 しかし言いかけて更に見知った顔があると気づくと、カエルをつぶしたような声が喉の奥からこぼれる。その反応を特に気にしたふうでもなく、朗らかに挨拶をしてきたのは赤髪の元上司。

 できれば今後一生会いたくない人間であり、上司の立場を思えばそれはけして叶わぬことではないはずなのだが……何故か一年も経たないうちでの再会である。嬉しくない。お前は王族だろうさっさと国に帰れ。

 

 その元上司、エニルターシェの横でため息をついているのは、腐れ縁のオヌマだ。どうやら持ち前の大雑把さも、自国の第四王子に振り回されてすっかりなりを潜めているらしい。この間リアトリスの実家で会った時もだが、その表情には苦労の色がにじみ出ている。

 それとは反対にエニルターシェの表情は満ち足りており、肌艶も妙に良い。身に纏っているのは貴族然としたものでなく、声をかけてきた黒髪の男同様にゆったりとした民族衣装。手にもった工芸品で、ひらひらと顔に向けて風をそよがせている。

 エニルターシェはアリアデスにも軽く手を挙げて挨拶するが、当の老魔術師の目は鋭く漆黒の男に向いていた。

 

 この場合件の男に関して詰め寄るならば当然こちらだと、リアトリスは赤髪の奇人に矛先を向ける。

 

「あああ、もう! あんた帰ったんじゃなかったの!? しかも妙にツヤツヤしよってからに!」

「おや、わかるかい? 泥を顔に塗る美容法があると聞いてね。先ほど試してみたのだよ。これが存外よかった」

「え、なにそれやってみたい……じゃなくて! なんつーもん連れてきてんのよ!!」

「それを腐敗公を連れ歩いてる君が言う?」

「っさい! 揚げ足取るな!」

 

 リアトリスが勢いよく指さした先には例の男。

 先ほどオヌマがザリーデハルトと呼んでいたが……その名が意味するところを、リアトリスは知っている。うまく隠してはいるが男は明らかに魔族。そして嫌な想像とは、たいていこうでなければいいな~と思う事こそ当たるものだ。

 そして自分の予想を裏付けるように、見れば師が警戒態勢に入っている。見た目は普通だが、体に刻んだ魔術紋に淀みなく魔力を巡らせているようだ。

 

 十中八九、リアトリスの予想は的中しているのだろう。

 

 

 

 

 焦るリアトリスを尻目にしながら、男……ザリーデハルトは気にせず目当ての相手に向き合う。

 

「俺が誰だか思い出せないか?」

 

 その問いかけにジュンペイは眉間に皺を寄せながら、目の前の気配と合致するものを知っていたので嫌々ながら口を開く。

 

「……この間、俺にちょっかい出してきた奴だろ」

「この間?」

「えっと……本体の方」

「ああ」

 

 ちょっかいとやらに覚えがないリアトリスが疑問の声を発したので、報告してなかったことに若干の後ろめたさを感じて答えるジュンペイ。

 

 少し前に腐朽の大地に坐するジュンペイ本体に、上空から不躾な攻撃を仕掛けてきたのがこの相手だ。

 魔術を学び魔力の規模をいくらか測れるようになっていたジュンペイは、その攻撃がいかに強力なものかを理解していた。本体にとっては軽くあしらえるものだったが、その脅威は先日のリアトリスとアリアデスのぶつかり合いを超える。

 ジュンペイはリアトリスとの出会いを始め、その後他の人間と交流を持つことで失っていた対話の意志を取り戻した。実際レーフェルアルセの三人組相手には攻撃されても反撃しなかったのだが……そんなジュンペイが、瞬時に排除に値するとみなし撃退した者。

 しっかり叩きのめしたつもりだったが、ここまでぴんぴんした姿で現れられるともう少し強めに殴打して良かったのかもしれない。

 

(しかも今の俺は本体じゃない。くそっ、ミスった)

 

 そんな内心の焦りを悟られないよう、出来るだけぶっきらぼうに平坦な声で返したジュンペイに、ザリーデハルトは眉尻を下げる。

 

「おいおい、さみしーな。それも合ってるが、俺は結構古い知り合いだぜぇ?」

「知り合い?」

 

 そんなものいた試しがない。ジュンペイはずっと一人ぼっちだった。

 見えすいた嘘に眉根を寄せるジュンペイだったが、ザリーデハルトは少し考えるそぶりを見せ……。前触れなく大股の一歩でジュンペイに近づくと、腰をおって耳元に顔を近づけた。

 

 色香を含む粗暴な声が、ジュンペイの耳をうつ。

 

『くっせぇ寄るな!』

「!!!!!」

 

 途端にくしゃっとジュンペイの顔が歪む。

 そのまま涙目で男を指差し……少しの間を置いた後、わなわなと震えてから絶叫した。

 

 

 

 

「お前かーーーーーー!!!!」

 

 

 

 

「やっと思い出したか? 嬉しいね」

 

 満面の笑みでせせら笑うザリーデハルトに対し、ジュンペイは顔を真っ赤にしてかつての屈辱を思い出しぷるぷる震えていた。そしてジュンペイから過去の話を聞いていたリアトリスも、男がジュンペイにとってどういった相手かを察する。

 ジュンペイはかつて魔物の自分も魔族なら受け入れてくれるのではないか、と魔族の王に会いに行ったことがあるという。その時のおざなりな追い払い文句が、さきほどのあれだ。

 傷ついたジュンペイはそれ以降あまり魔族領に近づかなくなったので、人間領に腐敗公の侵食を広めた間接的な元凶でもある。

 

「う……わ。あー……。そういう」

「あの……?」

 

 状況を見守っていたユリアが説明を求めるように見てくるが、あいにくその余裕はない。

 悪いと思いつつ、リアトリスはユリアを置いてずいっと前に踏み出た。

 

「お?」

 

 ザリーデハルトが今初めてリアトリスを認識した、とばかりに目を向ける。

 その態度が気に食わずおもいきり顔をしかめたリアトリスは、ジュンペイの肩を掴んで抱きすくめるように魔族の男から引き離した。

 

「どうも、妻です」

「ははっ」

「どういう笑い!?」

 

 フンっと鼻息荒く自己の立場を名乗れは鼻で笑われた。思わず内心に留められず、口から文句が飛び出る。

 

「いやいや、悪いな。馬鹿にしたわけじゃなくて、単純に面白くてよ。絵面が」

「面白いってそれ馬鹿にしてるじゃない」

「あ? そうか? そうかもな。あっはっは! けど俺をかる~く倒せるあの腐敗公がこんな可愛い姿でよぉ、嫁さんに守られてるとか! うける!」

「っぱ馬鹿にしてんじゃないのよ!! あと"それ"大きな声で言わないでくれる!?」

「それ? ああ、呼び方か。大丈夫だろ。誰も聞いちゃいねぇし、聞こえたとしても信じねぇよ。そのかわいこちゃんの正体が、あの大魔物だなんて。知ってる奴なら話は別だがな」

 

 幸いザリーデハルトが言う通り人の賑わいが功を奏しているのか、周囲で腐敗公という単語に反応している者はいない。男を見ている者もいるが、話す内容よりその見た目に意識が向いているようだ。

 

「……あいつの度胸というか考え無しさというか、すげぇな……。今さらだけど」

 

 ザリーデハルトの正体に気付く素振りを見せながらも臆さないリアトリスに、オヌマが関心半分呆れ半分の視線を送る。

 

「それを君が言うのかい? オヌマ」

「俺は慣れないと精神的にもたなかっただけで、初対面からあの勢いでつっこんでく無謀さはないです」

 

 ゆるく首をふってエニルターシェの指摘をかわすと、さてこの後どうするのかとオヌマは渦中の人物たちを眺める。ここ数日でザリーデハルトがこの程度で気分を害することのない性格だと知っているため、すぐさまここが戦いの場になるようなことは無いと思うが。というか、思いたい。

 

 いいようにからかわれてむすっと顔をしかめたリアトリス。その腕の中に居るジュンペイは涙目から一転……嫁の言葉に「妻……妻……ふへへ」と顔を赤らめながらもじもじにやけていたが、はっと我に返ってザリーデハルトを睨んだ。

 

「おっと、そう睨むなって。くくっ、腐敗公殿はなかなか表情が豊かでいらっしゃる。……ああ、そういや俺、名乗っていなかったな。これはこれは、失礼を」

「別に俺の事臭いって追い払った奴の名前なんて知りたくない」

「そんなの俺だけじゃないだろ?」

「あんなひどくて雑な言い方、お前とリアトリスにしか言われたことない!!」

「私も!? いやまあ、臭いって言ったけど、ごめんて」

 

 偽名を使う事も忘れて叫ぶジュンペイは、過去を思い出したのか再び涙目だ。

 よほど心に傷が残っているらしい。

 

「とりあえず聞けよ。俺の名はザリーデハルト。魔……」

 

 言いかけて、ふとザリーデハルトの視線が周囲に向く。その先に居たのは事の成り行きを見守っていた温泉郷の案内人……亜人のラドだ。

 視線がかち合うとザリーデハルトとラドは互いに大きく目を見開いたが、それも一瞬のこと。すぐさま表情を取り繕ったラドが、持ち前の調子の良さを発揮してずいずい間に入ってきた。

 

「おやー! 随分な男前だね。それも三人! 君たちの知り合い?」

 

 問われたリアトリスは言葉につまる。会話をどこまで聞かれていたか分からないが、どう説明したものか。

 

「お知り合いなら立ち話もなんでしょう? せっかくこんな場所で会ったんだから! 良き偶然には良き場所を。いい店案内するよ」

「へぇ、気が利くな。ならせっかくだ。案内してもらおうぜ?」

 

 リアトリスもジュンペイも「はぁ?」と出かけた声をぐっと飲みこんだ。

 両名とも、理解しているのだ。現状では目の前の相手に戦いを挑むことがいかに無謀か。

 

(ザリーデハルト……魔皇、ザリーデハルトか。ほんと、にやにや艶々しながら、なんて相手を連れてくるのよあいつは)

 

 ぎっと睨む先は赤髪の男。いつの間にか購入したドムダルを頬張りながら、くつろいでいるさまがいかにも憎らしい。

 

 この相手はリアトリスとアリアデスが本気を出し、魔王を倒した実績のあるユリアが居たところで難しいだろう。そういう"格"の手合いだ。

 そして唯一その魔王をあしらえるジュンペイは本体でなく分身体。

 

 相手がジュンペイの分身体を倒す事が目的ならば、この状況はもう詰みである。

 現状で分身体が消えた場合どうなるかは分からないが……分からないだけに、避けたい。そのためにわざわざ魔力消費を避けてここまで来たのだから。

 

 ならば相手の思惑はどうあれ、すぐに事を構える意志がないのなら一時その誘いに乗る方が得策。納得はしかねるが。

 ザリーデハルトはそんなリアトリスの内心を察したのか、ひらひらと手を振る。

 

「あー。そんな緊張するな。本体ならともかく、分身相手の弱いものいじめなんてダサくてつまらねーことはしねぇから」

 

 この言葉から、相手が今のジュンペイにどれほど力があるかを見抜いていると察する。緊張感は緩むどころか増すばかり。

 どこまで信じていいものやらと眉根を寄せるが、それを捕捉するようにエニルターシェがドムダルを咀嚼し飲み込むと口を開いた。

 

「彼の言葉に嘘はないと、私が保証しよう」

「信用しろって?」

「ふむ……まあ、疑うのは無理もない。けどね、私はもう私の立場でのやるべきことを済ませた。だから後は世界がどうなるかなんて他人任せでいいのさ。今は寛ぎの遊び期間だね。彼は遊び仲間といったところだよ」

「ほんっと食えないわねあんた」

「ふふっ、そうかい?」

 

 のらくらかわすように受けごたえるエニルターシェに沸々と湧いてくる怒りを向けながらも、リアトリスはジュンペイと頷きあう。

 

「……ラド、ラル。案内してちょうだい」

「はいよ~!」

「ではでは皆さん、こちらへどうぞ~!」

 

 陽気に了承する亜人兄妹の案内で、どこぞの店へ向かう事に決まった。

 

 しかしその前に、と。

 ジュンペイはリアトリスの腕をほどいてか前に踏み出し、ザリーデハルトをその碧眼で見つめた。その圧は本体である大魔物の単眼を思わせる。

 

「俺はともかくリアトリスに何かしたら、俺は誰に何を言われようとあの大地から本体でここに来てお前を殺す」

 

 抑揚のない声で語るジュンペイのそれは本気だ。淡々と何をすればこうなるという事実を並べている。 

 ほとんど無力な分身体とは思えぬほどの威圧感に、魔族の王は満足そうに笑った。

 

「いいねぇ、その目。狙われてるのは自分だって自覚あるだろうに、優先させるのは嫁ってか。……けど言った通り、弱い者いじめはしねぇよつまんねーから。あんたのことも俺はもし倒すなら本体の方って決めてる。エニも言ってただろ? 俺は遊び仲間だって。もっと気楽にかまえようぜ」

「ふん」

「そう邪険にするなって。クク。ま、でも立場が逆転してる状態ってのは気持ちのいいもんだな。先日はコテンパンにされたから特に」

「そう」

「ん~?」

 

 そっけない態度のジュンペイにあごを擦りながら考え込むザリーデハルトは、数秒おいてから目を三日月形に細める。

 

「ところで、そんな愛する嫁さんとの仲はどんな様子だ? 人の姿になったんなら出来ることも増えただろ」

「え? ま、まあそりゃ手を繋いだりとか、まあ。隣で寝たりとか」

 

 急に威圧感が消え去りモジモジしだしたジュンペイに、ザリーデハルトはにんまり笑みを深めると……爆弾を落とす。

 

「お、寝たのか! じゃあ子作りはしたんだな?」

「んなぁ!?!?!?」

 

 予期せぬ言葉の爆弾はジュンペイの心の許容量を軽く吹き飛ばし……本日一の、大爆発を巻き起こした。

 リアトリスはその横で「うちの子に何聞いてくれてんだこの野郎」と言わんばかりの形相である。

 

「なんだよ、初心だな。人に触れるようになったんだろ? 夫婦だろ? なら気になるだろうが。その様子じゃまだのようだが」

「あ、う、その、だな! そうだけど、いやそうだけど!? 俺、ちょっとした事故というかなんというかで、こんな姿だし、そういうのは、もっと別の姿になってからっていうか、なれてからっていうか、えっと」

「姿? 性別の事か? 年齢の事か? そんなもの抱くのに関係ねぇだろ。あんたに子が作れるかは知らんが」

「ななななななななッ」

 

 可哀そうなほどに狼狽するジュンペイに、ザリーデハルトはさらに追撃をしかけた。

 

「でも、あれか。不定形の魔物だもんな、あんた。俺達みたいな生き物の生殖方法なんて知らないか。なら」

 

 言いながら男はジュンペイのおとがいに手をかけ顔を上向かせる。

 

「嫁さんの代わりに俺が教えてやろうか?」

 

 言った瞬間、ザリーデハルトの手は激しく弾き飛ばされた。

 

「ほほほ、魔皇とも呼ばれる方がこんなお戯れをおっしゃるだなんて。私、知りませんでしたわ」

 

 平手を振り抜いた体勢で、こめかみにぴくぴくと青筋を立てているリアトリス。一応笑顔こそ形成しているが、ほがらかさは一切感じ取れない。

 

「なっ! あいつが我慢を覚えた……!? 拳でなく平手で、しかも笑顔と敬語だなんて……!」

 

 あれを成長といってよいのか? と突っ込む者は残念ながらこの場に居ない。

 何故ならそれを口にしたオヌマと同じ気持ちか、もしくはリアトリスとザリーデハルト達の距離感を掴み損ねて傍観しているラドたちのような者しか居ないからだ。

 

「一応相手の力量を考えてか、それともジュンペイくんに配慮してか。ふふっ、後者なら妬けるね。きっとリアトリス一人なら、相手が誰でも飛び出たのは拳だよ」

 

 エニルターシェはそう笑うと、己の遊び相手に声をかけた。

 

「ザリーデハルト殿、あまりからかわないであげてほしい」

「そんなこと言いつつお前も楽しんでるだろ、エニ」

 

 手を弾かれたことなど気にしたふうもなく、ザリーデハルトはニヤニヤと笑ったまま身を引いた。

 リアトリスはそのことに人知れず安堵の息を吐きながらも、ジュンペイの手をぎゅっと握る。

 

(こ、こいつら……! 強さとか立場どうこうでなく、単純に性格が嫌!!)

 

 これから目の前の連中と飯を囲うのかと思うと食欲が減退したが……。

 

 

 

 ぐ~~~~。

 

 

 

『………………』

 

 

 

 疲労を溜めたリアトリスの体は、場にそぐわない腹の虫の鳴き声をあたりに響かせたのであった。

 

「あはは! ドムダルだけじゃ足りないか。さぁさ、どんな仲かは知らないけど、まずは美味しいご飯を食べよう!」

「ですよぅ! お腹がすいていると気が立ちやすくなりますし」

「ぐ……!」

 

 ラドとラルから微笑ましそうな笑顔を向けられ、リアトリスは拳を握り羞恥にふるえる。

 

「ははは! じゃあさっさとうまい飯屋に案内してもらうとするか」

「お任せあれ~」

 

 

 

 こうして長きの時を経ての邂逅と、思っていた以上に早い再会を果たし。人間、魔族、魔物、更にはそこに亜人をも加えたごちゃまぜの一行は、食事処を目指して夜の温泉街を練り歩いていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

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