腐敗公の嫁先生~人外夫をうっかりTSさせまして~【完結】   作:丸焼きどらごん

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47話 温泉宿の夜1

 ラドとラルは亜人の集落へ案内してもらいたいというリアトリスの申し出を、あっさり了承してくれた。

 なんでも彼らとしても、せっかくなら報酬として求めているジュンペイの歌をそこで披露してほしいらしい。

 

「きっとみんな喜びますよー! あ、人数はそう多くないから緊張しないでくださいね」

「ドラゴンの血を引いてる者はみんな歌が大好きだからね」

 

 そう言って笑う亜人兄妹を見て、これはジュンペイにはまたおめかしをしてもらわないとなぁと考えるリアトリスである。

 なんだかんだと随分わがままを聞いてもらっているし、報酬は相手が出来るだけ満足するものでありたい。偽名なども使ってそこそこ慎重に接していた相手だが、現状での好感度は高かった。さきほどまで好感度底辺の連中と一緒に居たから余計にそう思うのかもしれない。

 歌を教えるのはユリアで歌うのはジュンペイなので、リアトリスに出来ることは歌い手のジュンペイを最高に可愛く飾り立てることだ。見た目の華やかさはとても大事である。

 

「まあ夜も更けてきたし、今日は宿屋でゆっくり休んでよ。さっきの店で待ってる間に知り合いに頼んで連絡しといたから、ちゃんと部屋は取れてるよ」

「うふふ! ばっちりいいお部屋にしてもらいましたからねぇ~。さすがにお値段は張りますけど!」

「お願いしたのはこちらだもの。構わないわ」

 

 実に優秀な案内人の手腕に、疲れのたまった体は宿屋に期待を高める。

 リアトリスは「任せなさい」とばかりに胸を叩いて頷くと、後ろを振り返った。

 

「師匠、よろしくお願いします!」

 

 いい笑顔で言い切ったリアトリスの脳天に、「少しは遠慮をしなさい」というお言葉つきで、ずっしりと重い金貨入りの袋が振り下ろされたのはそのすぐ直後である。

 

 

 

 

 

 

 

「いたた……。師匠ったら容赦ない……」

「こう、もう少し謙虚な態度だとよかったかもしれませんねぇ」

 

 クスクス笑いながらユリアがリアトリスの頭に手をかざして回復の力を使う。そこには立派なタンコブが出来ていた。

 

「いいな、ユリアの回復の力……」

「うっふっふー。でしょ~」

 

 片膝を抱えて羨ましそうに見ているジュンペイは、結局ここに来るまでに魔術以外の戦う方法を思いつかなかったことを悔いていた。

 先ほども魔皇相手にはったりをかましてみたはいいが、その脅しにどれほどの効力があるかは怪しい。実際軽く流され、不得手とすることでからかわれるに終わったのだから。

 もし実行しジュンペイが腐朽の大地の外へ本体を出したならば、ザリーデハルトどころか全ての生物に対しての恐怖なのだが……色々不確定要素がある今、おいそれとできる事でもない。

 

 案内された宿は薄青い石壁で出来た見た目涼やかな建物で、通された部屋は広い。アリアデスのみ別室となっており、現在部屋に居るのはリアトリス、ジュンペイ、ユリアだ。

 いい部屋を取ってくれたというのは本当のようで、この個室には部屋専用の温泉も用意されている。宿の者によればその他に、屋内と屋外それぞれ宿泊客共用の温泉もあるとのことだ。

 

「……ありがと、ユリア。もういいわ」

「そうですか? 痛かったらすぐに言ってくださいね」

「ええ」

 

 かざしていた手をもどしそれを少し眺めた後、ユリアはにっこり笑う。そんな彼女に礼を言うと「さて」とリアトリスは体をのばす。

 

「これからのことだけど……」

「あ、待ってください」

「んぇ?」

 

 出鼻をくじかれリアトリスの体勢がガクッと崩れる。

 

「リアトリスさん、まずはゆっくり休みましょう! 露天風呂行って来たらどうですか? お部屋のお風呂も素敵ですけど、今の時間なら貸し切り状態ですよって宿のお姉さんも言ってましたし、どうせなら広い方で!」

 

 にこにことリアトリスの肩を揉みながら「お疲れですね~」と提案してくる少女に、緊張の糸がほんの少し緩む。

 

「あー……そうね。うん、かたっ苦しい話の前に癒されましょうか」

「私はジュンペイくんに明日のための歌を教えるので、よかったら先に行っててください」

「いいの? 歌に関しては、確かに私に出来る事なんてないけど……あなたたちも疲れてるでしょ」

「いいんですよぅ。どうぞどうぞ、温まってきちゃってください。ジュンペイくんにはちゃ~んと覚えてもらいますから、あとで聞くのを楽しみにしていてくださいね!」

「そっか。なら先にお湯を堪能させてもらってるわ」

「ごゆっくり~」

 

 半ば強引にリアトリスを送り出すと、ユリアは「さて」とジュンペイを振り返った。

 

「ジュンペイくん」

「お、おう。新しい歌だな。すぐ覚えられるといいけど……頑張る」

 

 突貫工事でどれほど覚えられるだろうかと心配そうにしながらも、意欲を見せるジュンペイ。しかしユリアはその脳天にチョップを振り下ろした。

 

「うわ!? な、なにするんだよ!」

「うふふ、つい。……ええと、歌ですね。そこは今夜死ぬ気で頑張ってもらうとして、さぁさぁ早くお風呂の準備をしてください」

「風呂ぉ?」

 

 準備しろと言いながらユリアは先ほど宿の者から受け取っていた寝間着用の民族衣装やら、体をふく布などジュンペイにどんどん押し付けていく。

 

「でもって、リアトリスさんのところへ行ってください」

「は、はぁ!? だ、だから! 俺は一応自覚は男なの! 一緒に入るとか、そんな」

「心にチンコついてんだったらさっさと行けって話ですよ」

「ちん……ッ。ユリアお前もう少し言葉選びに恥じらいとかさぁ!」

「だまらっしゃい! んなもん今どうでもいいんです! ……私じゃ、ダメなんですから」

「……?」

 

 それまでの勢いは何処へやら。少しばかりしゅんと落ち込んだ様子のユリアに首を傾げていると、むにっと頬をひっぱられる。文句を言おうかと思ったが、そのままもにゅもにゅと遠慮なく揉まれるので言い出せない。

 

「ジュンペイくんも気づいてるんじゃないですか? リアトリスさんが今、すっごく疲れてるって。見ました? さっきの自信なさそうに、申し訳なさそうに私たちを見た顔! 大丈夫ですよって言ったら、すごくほっとしてたじゃないですか。いつも自信満々なリアトリスさんが!」

 

 こくこくと頷く。確かにジュンペイもそれは気になっていた。

 ジュンペイとユリアとて現在の状態がいかに追い詰められているものなのか理解しているつもりだが、それよりリアトリスの様子が気にかかった。ほんのわずかな変化だが、常が常だけに目立つのだ。

 

「本当は……本当はですよ! 私が行って、励ましたりしたいんです。でも、今回は夫のジュンペイくんに譲ります。リアトリスさんに必要なのは君ですから。……今は! ですけどね!」

 

 ぷんっと頬を膨らませる少女は本当に悔しそうだ。

 

「……お風呂や温泉って、気分をほぐして話しにくい事も話せてしまうものなんですよ。せっかくだし、色々話してきたらどうですか。……あ、そうそう。なんでもここは濁り湯っていって、お湯の色は白いそうです。中に入っちゃえば、恥ずかしくないですから」

「……わかった」

 

 これ以上断るのは譲ってくれたユリアに失礼だなと、ジュンペイは頷いた。その頬が赤いのは揉まれたからか、それともやはり恥ずかしいからか。ジュンペイ本人にも分からない。

 

「あ、気持ちいいからって緩みすぎて腐敗公の姿にもどっちゃだめですよぉ~?」

「わかってるって!」

 

 しっかり釘を刺して茶々入れも忘れないユリアに、ぽりぽりと頬をかいたジュンペイがもごもごと口の中で言葉を転がす。

 

「……ありがと、ユリア」

「お礼を言われるようなことではありません。リアトリスさんのことを考えて、ですもの。それとお歌の練習もあること忘れないでくださいね!」

「ん。がんばる」

 

 

 

 

 ユリアに背を押されて温泉に向かおうとするジュンペイだったが、廊下で誰かが壁にもたれて立っていることに気付く。薄暗がりでも一目で誰か分かるのは、その鍛え抜かれた筋肉のおかげだ。

 

「アリアデスさん」

 

 声をかければ件の相手はゆったり近づいてくると筋肉で包まれた肉体をかがめ、ジュンペイに視線を合わせる。

 

「リアトリスの所へ、かい?」

「ふぇ!? あ、その! そそそそそそそそそうなんですけど別にやましい気持ちとかじゃなくて純粋に温泉入るだけっていうかもう遅くで人も居ないって言うし、その!」

 

 ユリアに後押しされてなんとなくいいような気がしていたが、いざ女湯に入ろうとしていることが他の者に認識されると慌ててしまう。自分の正体を知っている相手ならばなおさらだ。

 

「ああいや。別に君が女湯に入ることに特にいう事はないんだが」

「……それはそれで複雑です」

「ふふ、そうかい。……なに、もし馬鹿弟子の所へ行くのならひとつお願いしたくてね」

「は、はい。なんでしょう?」

 

 アリアデスのお願い、それもリアトリスに関することということでジュンペイは緊張に体を強張らせる。その様子がおかしかったのか、アリアデスはわずかに笑んで緩やかにジュンペイの頭を撫でた。

 

「具体的に何を、というわけではないんだが……ね。あの子を頼むよ」

「え」

「あれで根は真面目なんだ。しかもそれにも馬鹿がつく。……背負うものが出来ても背負っている自覚も無ければ、分かっても下せるほど器用じゃない。修行で僕がどんなに岩を積み上げても自分で下すことはなかっただろう? そんな感じさ」

 

 温泉郷に来るまでの道で、アリアデスがリアトリスに課した修行を思い出す。

 確かにこけたり躓いたりして落とすことはあったが、きついから自分でおろす……などという事はなかった。不満は垂れ流していたが。

 

「状況は変わったが、僕はまだ今の立ち位置を変える気はないよ。もう少し君と弟子がどうするのか見守るつもりだ。けどおせっかいをしすぎる気も無い。だから夫である君に頼もう、とね。ジュンペイくん自身がそれどころではないだろうが」

「いえ。確かに大変なことになってるんだろうけど、俺はリアトリスが居ればそれで。……だから、うん。任されました!」

 

 ふんす、と鼻息荒く小さな胸を張って頷く。

 嫁の第二の父ともいえる相手に頼まれてしまった。これは緊張もするが、同時にとても嬉しい事だ。ともすればアリアデスも自分の魂を刈り取るべく動いてくる者なのだが……そんな事は今、気にすることではない。

 

 

 

 老魔術師にひとつ頭を下げると、ジュンペイは今度こそ浴場へ向かうのだった。

 

 

 

 

 

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