腐敗公の嫁先生~人外夫をうっかりTSさせまして~【完結】   作:丸焼きどらごん

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4話 腐敗公の命名 ★

 人間領や魔族領からは、大地にぽっかりあいた巨大な毒沼のように見える腐朽の大地。

 空は遠く、見通しは良いものの各所で発生している毒の霧や瘴気によってこの土地は昼間でもどこか薄暗い。

 

 そんな中……場違いなほどに神々しく、清浄な白い光を発しているものが存在した。

 それは枝葉を茂らせた一本の樹であり、幹は白く葉もまた白い。が、こちらは時折柔らかな七色の光をさざ波のように発している。

 汚臭と汚泥に満ちている何もかもを溶かしつくす腐朽の大地において、本来ならばそれはありえない光景だった。

 しかしその樹は樹そのものがある魔道具である上に、とある優秀な魔術師が加護の結界を施していた。そのためこの樹がかつてこの地に存在していた他の木々のように溶かされることは無く、現在腐朽の大地の中で唯一生物にとって安全な場所となっていた。

 

 そんな安全地帯を作り出した、とある優秀な魔術師ことリアトリス。

 彼女は色々あったものの無事この死の大地で手に入れた住居……樹の上で、腐敗公の身の上話を改めて聞いていた。

 

「なんというか、不憫よね……」

『初めて同情してもらえた……!』

「あ、うん」

 

 返事を求めていなかった独り言に反応され、リアトリスは何とも言えない気持ちになる。

 リアトリスが現在自分の住居とするべく用意した樹であるが、腐敗公と同じくらいの高さがあるため現在巨大な目玉と視線が同じだ。その澄んだ瞳が少々居心地を悪くする。

 

「えーと、ここに来るまでざっくり聞いたけど、改めて聞くから補足してくれない? まず、お互いの事を知りましょう」

 

 住居を得て身だしなみを整え、満足いくものでは無かったとはいえ一応食事を終えたリアトリスは比較的落ち着いていた。そこでこれからの師弟関係もろもろについて話す前に、再度自己紹介をしようと提案したのだ。

 

 そして再び聞いた腐敗公の身の上話は、やはり「不憫」と感想を抱くようなものだった。

 

 要約すると彼は生まれ持った特性から、外界へ出る事も叶わず自領に引きこもる事を余儀なくされてきたのだ。今まで接してきた相手には疎まれ拒絶されるか恐怖されるか、はたまた攻撃されるか。それが腐敗公の魔物として生まれてこのかたの人生……否。魔物生。

 

 そのためこの魔物は生きた年月に比べて、とても人生経験というものが少ない。

 

 まず、産まれる。腐敗公、今とは違った小さい姿で誕生。

 最初は人間の手のひらくらいの大きさだったという。親は居なかったらしい。

 自然発生型の魔物はそこそこ居るので、リアトリスはそれについては特に不思議に思わなかった。

 

 次いで自我の確立。産まれてから五分くらいで完了したらしい。

 しかも何故か自我と共にある程度の知識を元々持っていたのだというから不思議だ。聞けばそれは、魔物の常識よりも人間が持つそれに近い。

 

 その後、彼は仲間を探した。

 何処とも知れない荒野の真ん中で生まれたので、一人ぼっちだった腐敗公。下手に知識と自我があったものだから、寂しくなったようだ。

 そしてこれが腐敗公のぼっち魔物生の始まりでもある。

 

 旅の途中、生まれて初めて美しい自然を目にした腐敗公、感動する。

 しかし少し進んで、もう一度それを見ようと来た道を振り返れば何故かそれらは消えていて、代わりにドロドロした何かが埋め尽くす大地が広がっていたらしい。腐敗公は首を傾げた。

 ここで「首……?」と、腐敗公を見てリアトリスもまた首を傾げた。どう見ても首があるようには見えないが、そこは別に今突っ込まなくてもいいだろうとリアトリスは口を噤んだ。

 

 旅を続け、腐敗公は初めて生き物に出会う。可愛いリスだったと彼は語った。

 そして思わず触手を伸ばして撫でようとしたら、愛らしいリスは一瞬にして解け肉片を晒したのちに白骨へと変貌したらしい。

 これを語った時の腐敗公の眼は死んでいた。目は口以上に語るというが、その言葉はこの魔物にはぴったりだった。

 唯一顔らしいパーツである単眼は、とても感情豊かなのである。

 

 その後も会う生き物会う生き物、みんな溶けて死んでしまったらしい。

 そして彼はようやく自分の体の特殊性に気づく。自分が美しい、可愛い、好ましいと感じたもの全てが、自分の手によって壊れてしまうのだ。

 それを知った腐敗公は、初めて絶望という感情を知る。

 

 それでも孤独を癒したい腐敗公は旅を続け、やがて初めて言葉が通じる生き物に出会う。

 この時に腐敗公は自分の姿が醜く、更にとても臭いのだと知ったとか。ひどい言葉を言われたと、彼はメソメソ泣きながら語った。

 

 だけど諦めきれない腐敗公は、なおも進んだ。

 ここでリアトリスは、それが腐朽の大地が世界の三分の一を占めた時期なのだろうなと推測する。世界的に大事件だったはずだが、その実態が一匹の魔物の寂しさゆえの行動だとは誰も思うまい。

 その途中で自分が歩んだ場所が何故汚い風景に変わっていくのかにも気づいたという。気づくのが少し遅い。

 そしてその時に初めて人間や魔族から攻撃され、腐敗公は自分という存在がほとんどの生き物にとって害悪なのだと自覚した。

 

 

 

 嫌われているのだと理解した。

 

 それでも死ぬのは、殺されるのは嫌だ。一人ぼっちは嫌だからと、誰か相手にしてくれないか、誰か仲間になってくれないかと彼は進む。

 

 彼の世界を……誰も住めない、汚泥だけが支配する一人ぼっちの大地を広げながら。

 

 

 

 

 話を聞き終えて、拍手する雰囲気でもなくリアトリスは反応に悩んだ。

 

「あー……。ええと、その、諦めなかった気概は凄いと思うわよ。偉い偉い」

『ありがとう……』

 

 とりあえず褒めてみたが、腐敗公の気配は未だ暗い。

 

 孤独を嫌い仲間を求めれば求めるほどに、その体質によって他の生き物にとっての災厄を振りまき嫌われる悪循環。

 ……よくその孤独に苛まれながら、進み続けたものだ。この魔物にとっての最大の不幸は、おそらく自我があったことだろう。寂しいと感じる心が無ければ、苦しまずに済んだだろうに。

 

『魔族の王に会いに行った事もある。自分が化け物だってのは散々言われてたから分かってたし、それなら魔に属する王なら、受け入れてくれると思って』

「なんというか……あんたなりに色々努力はしてみたのね。それで、結果は?」

『「くっせぇ寄んな!!」って追い返された……』

「そ、そう……。つーか、なにその雑な罵倒。どこの部族の王よそいつ。少なくともあんたに腐敗公の称号を贈った奴ではなさそうだけど……」

『しょ、正直凄く傷ついて、それ以来魔族領にはあまり近づけなくなっちゃってさ……』

「………………。え、人間領側を中心に腐朽の大地が増えた理由って、もしかしてそれ?」

『……うん』

 

 人間領の土地が多く削られた原因が、まさかの悪口。強大な力と巨体に反して、腐敗公は非常に繊細な心の持ち主らしい。

 リアトリスは少々頭痛を覚えたが、話の続きを促す。この後が丁度、花嫁という生贄制度が取り入れられたころの話だ。現花嫁としてはしっかりと聞いておきたいところである。

 

『もうどれくらい前だったか覚えていないけど、偉い魔術師だって人が来て言ったんだ。花嫁をやるから、もうこれ以上自分達の土地を侵さないでくれって』

「それが花嫁制度の始まりなのね。各国が順番で花嫁を出してるから情報がごっちゃになってる上に昔過ぎて正確な記録は残っていないけれど、少なく見積もっても五、六百年くらいは前の出来事のはずよ」

『ごろっぴゃく!? そんなに昔!?』

「! へえ、長命なくせして五、六百年を昔と認識する感覚はあるのね。興味深いわ」

 

 腐敗公の自我が生まれた時から持ち合わせていた知識や概念、感覚。

 そのどれもが魔物というよりも、どこか人に近いとリアトリスは感じていた。それがリアトリスの好奇心をくすぐる。

 

 約束が交わされてから、腐敗公は毎年捧げられる花嫁に一応満足することにしたらしい。といっても、それは諦めの上に成り立つ満足だ。本当は満たされてなどいない。

 そんな腐敗公の心の影響なのか、彼が昔のように動かなくなってからも腐朽の大地は広がり続けたのだという。

 

 その内、敵が現れ始めた。存在するだけで生存領域を侵していく腐敗公を倒そうと、立ち上がった者たちだ。

 

 

 最初は腐敗公も会話を試みたが、相手側はそれに取り合わなかった。いつも返答は攻撃だったと、腐敗公は語る。そうなれば進んで死にたくなどない腐敗公だって抵抗した。結果、腐朽の大地に溶ける屍は増える一方。

 存在するだけでもとから住んでいた生き物全てを溶かし殺し虐殺したのと変わらない腐敗公だったが、その時期から自分の意志で相手を屠ることを覚えたのだという。

 しかし本当はそんな事したくないのだと、語りながら腐敗公はめそめそ泣いた。碧く巨大な単眼からは、とめどなく涙がこぼれていく。不思議な事にその涙だけは、腐敗公の体から流れ落ちている汚泥と違って透明だった。

 そしてそれを見たリアトリスは、結構な泣き虫だなこいつ、と少々呆れる。

 

 強い力に見合わない、幼い精神だ。

 

 

 

 とりあえず、腐敗公側の自己紹介は終わった。それなら次は自分の番かとリアトリスは口を開こうとしたが、その前に腐敗公が伺うように声をかけてきた。

 

『あ、あの~……』

「ん、何?」

『いや、その……。いつまで裸なのかなって』

「ああ」

 

 納得したように頷いたリアトリスは、未だに全裸だった。

 

 身だしなみを整えた。それは今のリアトリスにとって体に付着した汚れを落としきった事を意味し、衣服の方はまだ手付かずだったりする。というか、現在乾かしている真っ最中だ。

 ちなみに汚泥で汚れ切った花嫁衣装はもともとの白さなど消え失せて、水の魔術を用いて洗浄する途中で何故か黄土色、紫色、苔のような緑と変色していき、最終的に真っ黒に染まった。

 リアトリスとしては黒は使いやすい色なので好むところだが、真っ白で美しい花嫁衣裳だけはそれなりに気に入っていただけに少々残念だ。

 そんなドレスを乾ききる前に着て不快な思いをするくらいならと、リアトリスはいっそこのままでいいと全裸のままで腐敗公と会話していた。

 妙に人間臭い常識を持ち合わせている腐敗公としては、気まずい事この上ない。

 

「いいわよ別に、気にしなくたって。それに、一応私はあなたのお嫁さんでしょ? 裸くらい気にすること無いわよ」

『いや気にするよ! そういうのは良くない! 君は、もう少し恥じらいを持った方がいいと思う!』

「だからあんた相手に恥じらえと言われても……」

 

 リアトリスは呆れたように言うが、ここまで言われると自分の方が常識に欠けている気分になってくる。事実として言っている事は腐敗公の方が常識的なのだが。

 しかしこのままでは自分の自己紹介まで話が進まなさそうなので、彼女は渋々生乾きのドレスを着ることにした。

 そしてやっと着替え終わり服を着こんだリアトリスに、腐敗公はどこかほっとしたように目元を緩ませた。

 

「お待たせ! え~、ごほん。じゃあ次は私の自己紹介ね。改めて名乗らせてもらうけど、私はリアトリス・サリアフェンデ。元はアルガサルタ……これは私の住んでいた国の名前ね。とにかくそこの王宮で宮廷魔術師を務めていた者よ。ちょっとやらかして処刑台送りになった結果、時期的に丁度いいみたいな理由であなたの花嫁として送り込まれたわ! 年齢は二四歳! 自己紹介、とりあえず後は今思いつかないから以上!」

『え、それは聞いてなかったよ!? 処刑台って……』

「ほほう、処刑台も分かるのね。まあその事はおいおい機会があったら話してあげる。な~に、気にする事じゃないわよ。あ、でもこれだけは言っておくわ。私は悪くないから」

『そ、そうなの?』

「悪くないから」

『わ、わかった』

 

 繰り返して自分は罪人だが悪くないと主張するリアトリスに、腐敗公はとりあえず頷いておいた。リアトリスはそれに満足そうに頷く。

 

「うんうん、やっぱりあんた、臭いし醜いけど性格は結構いい子よね! 良い事だわ」

『褒められながら貶されたのも初めてだよ……』

「まあ、それはいいじゃない。あ、じゃあ続けるわよ? え~っと、まあとにかく私は今日からあなたの先生になるわけだけど、そのことに対してあんたが私に払う対価はなんでしょうか! はい、どうぞ!」

『え!? あ、えっと。魔力の提供……だっけ?』

「それもそうだけど、魔力に関しては報酬じゃなくて必要経費。いい? あんたが私に払う報酬は、最初にもう言ってるわ。覚えてる?」

『! き、君に相応しい……夫になること?』

「正解!」

 

 その言葉を聞いて、腐敗公が纏う雰囲気が一気に明るくなる。

 

『はい! よろしくお願いします、先生!』

 

 はきはきとした返事を聞いて、リアトリスもまた気分よく頷いた。

 

「いい返事ね! ま、これからよろしく」

『う、うん。よろしく……』

 

 これから、という未来を示す言葉に、よろしくという友好的な言葉。

 そのふたつをもらえたことに、腐敗公はただただ幸福を噛みしめた。

 

「ところでさっそく詳しい話をしたいんだけど……正直私体力の限界なのよね。少し話したら寝させてもらうけど、いいかしら」

『も、もちろん! 先生は俺の大事なお嫁さんだから、自分の体調を優先してくれた方が俺も嬉しい』

「あら~、紳士じゃない。そういうところ、素敵だわ。誰とも関わった事が無いなんて嘘みたい。生まれ持った才能かもね」

『そ、そうかな。へへっ……』

(ちょろい……)

 

 いちいち返ってくる反応が素直で、リアトリスはこの相手が自分より遥かに強い魔物であることを一瞬忘れそうになる。だがこれから友好的な関係を築いていくにあたってたいへんよろしい。

 実はこの腐朽の大地の真ん中で機嫌を損ねたら今度こそ自分死ぬなと、少しだけ心配していたリアトリスである。図太いがために、傍目にはまったくその様子は見受けられないが。

 

 しかし今のところこの様子を見るに、この魔物はとても素直な性格かつ嫁である自分を勝手に敬って気遣ってくれそうな雰囲気だ。これは未来は明るいなと、リアトリスは楽観的に笑う。

 しかし希望は手に入れたものの。そろそろ本当に体力の限界だ。すぐにでも寝てしまいたい。

 

 だが、その前にどうしてもやらねばならないことがある。

 

「ところであんたほんっとうに臭いから、結界張らせてもらうわよ。あと、人化よ人化。人間になっちゃいなさい」

『え?』

 

 粘体生物は首を傾げた。なんとなく首をかしげたらしい仕草だと分かってしまったあたり、ここ三日でリアトリスはこの相手に慣れつつあるようだ。

 

「臭い物には蓋って、昔から決まってんのよ。生まれつきってのは同情するけどね」

『本当にずけずけ言うよね君って……』

「そうかしら? あ、そうそう、それと人化についてだけど、これは異種族恋愛の第一歩だと思ってちょうだい。残念ながら私、異形だからこそイイ! みたいな特殊性癖じゃないの。特にあんたみたいな見た目だと、相当な偏執狂じゃなきゃ受け入れるの厳しいわ」

『それについては、まあ……。俺だってこんな姿じゃ無かったらって、よく考えたけど。でも人の姿になるなんて、そう簡単に出来る事なのか? もしそれが出来るなら、俺の悩み結構解決するんだけど』

「ま、それ含めて私が色々教えてあげるわけだし? そこんとこ安心してもらって構わないわ! 人外の人化ってのは、一応実現可能な術としてすでに確立されている魔術だしね。……世間的には、女好きのドラゴンどもが人化して人間たぶらかして、ぽんぽん亜人種増やしてくれて厄介極まりない術なんだけど……」

 

 最後の方はなにやら忌々し気に吐き捨てたリアトリスだったが、数百年悩んできた生まれつきの姿をどうにかできるとあって、腐敗公の期待値はぐんぐんと高まっていく。

 

 臭く無ければ、醜くなければ嫌われない。

 触ったもの、住んでいる場所を腐敗させ朽ちさせてしまうという大問題こそあるが、生理的に嫌われる要因が排除できるとあらばそれだけでも彼にとっては希望だ。

 

 だがリアトリスは「でも」と鋭い声色で続ける。

 

「勘違いしないでほしいのが、その術をずっと私が施すのは無理ってこと。他人を対象にした魔術って、自分を対象にする場合よりずっと魔力の消費量が多くなるの。いくらあんたから魔力を無限に補給出来ても、集中力だっているしね。ただでさえ私は自分とこの樹に常時結界を張っていないといけないんだもの。それの他に術をもう一つ常時発動とか、流石の天才リアトリス様でも厳しいわ。だから人化の術を使うのは、あなたに魔術の授業をする間だけ。でもって、あんたはそれをいずれ自分で出来るようになりなさい。それさえ出来るようになれば、あんたは常に人の姿でいられるわ」

『! ……本当に、本当に俺は人になれる?』

「ええ、出来るわ。この私が先生になるのよ? 必ず習得させてあげる。私の輝かしい未来のためでもあるしね!」

 

 その言葉に腐敗公は、この出会いに改めて感謝した。

 ……今まで誰も教えてくれなかった、相手をしてくれなかった。しかしこの女性は、惜しみなく自分に知識を与えてくれるのだという。

 たとえそこに打算があったとしても、そんな事は些細な問題だった。

 

『俺、なんでもするよ。頑張る! 君のためにも!』

「あら熱烈! あー、でもこの二つの術はかなり複雑でね。習得するには基礎の基礎からみっちり覚えてもらうわよ」

『だから、なんでもするってば! あ、でも、……そんなに難しいの?』

「一般的な魔術師なら、これから私が使おうと思っている結界と人化……それぞれの習得にそれぞれ五十年はかかるわね。ま、私は天才だからすぐ覚えたけど!」

『お、おお……! リアトリスって、凄いんだな!』

「まあね! 崇めなさい! お前の先生は凄いのよ! それと、その何でもかんでも腐らせる体質もどうにかするから。ふっふふふ。今からいろいろ楽しみねー。あんたが魔術を覚えたら、きっと大抵の望みは叶うもの。うまいことすればこの広大な腐朽の大地、まるっと私たちだけの物! ほーっほほほ! 魔族の王が戯れにあんたに与えた爵位を本物にしたっていいわ! ここに公国を建国するのよ、腐敗公! なんてね! まあ土地の活用方法はいずれ考えるとして、とにかくこれからは私とあんたは明るい未来に向かって一直線ってことだけ覚えときなさい! よろしくて?」

『もちろん!』

「よし!」

 

 

 生まれてこの方、数百年あまり。

 暗いくらい、希望のない道を歩んできた。そんな中、突然強烈な光を示された。

 しかも彼女は「私たち」と言ってくれたのである。あけすけにモノを言うし無神経そうなところはあるが、自分と共に歩んでくれようとしている。それが腐敗公にとって、何より嬉しかった。

 

 まだ何も始まっていないが、腐敗公は生まれて初めて……未来というものに希望を抱いたのだ。

 

 

 

 

 

 しかし互いに協力体制をとることが確定した所で、いよいよリアトリスも体力の限界だ。

 そのためまずお試しとばかりに、リアトリスは腐敗公に人化の術を施そうと試みる。

 

「えっと、とりあえずお試しで一回人になってみましょうか」

『え、もう?』

「え、嫌?」

『嫌じゃないけど、思ったより急だったというか……』

「嫌じゃないならいいわね! とりあえず、私が休んでいる間に人の体の使い方に慣れてほしいのよ。これから二人で授業していくわけだしさ、体の動かしかた分からなくてまごつかれても面倒だし』

『わ、わかった!』

「それとあんた、話す時あまりどもらないようにしなさいね。話慣れないんだろうから仕方ないけど」

『ど、努力します……。あ!』

「いいって、いいって。少しずつで」

 

 リアトリスはひらひらと手を振ると、そういえばと思い立つ。

 

 

「そういや、ずっと『あんた』とか『腐敗公』じゃ呼びにくいわね。あんたさえよければ名前つけてもいい?」

 

 

『いいの!?』

「! お、おう。いいわよ。いいから、ちょっと離れなさい。この近さじゃ口呼吸だけじゃキツイ……!」

 

 リアトリスが提案するなりずずいっと体を乗り出してきた腐敗公の迫力に、リアトリスは樹の上でのけぞった。危うくバランスを崩して落ちそうになるが、なんとか耐えた。

 名前を付けてもらえる事が本当に嬉しかったようで、腐敗公はそわそわと巨体をくねらせている。

 

『その、すごく、嬉しい……』

「ふふん、そう喜ばれちゃうとなんだか私も気合入るわねー。まかせなさい! 宮廷魔術師は占いで貴族の子供に命名することだってあるのよ? 魂の本質を見抜いて、その者にふさわしい名前を付ける! そのことにおいて、私かなり自信があるわ」

 

 あまりの喜びようにリアトリスとしても悪い気はしなかったので、それなりに真剣に取り組もうと気合を入れた。

 

 腐敗公をじっと見つめる事、数十秒。

 リアトリスは脳裏をよぎった名前を逃さず捉え、それを高らかに言い放つ。

 

「あんたの名前は、ジュンペイよ!!」

 

 胸を張って自信満々に言い切ってから、……リアトリスは首を傾げた。

 

「ジュンペイ……。ジュンペイ? なんか、初めて聞く響きの名前ね。いや、私がつけたんだけど。でも思いついたのこれだったのよねー。なんでかしら」

 

 自分がつけた名前だというのに、それは今までに聞いたことの無い響きを持つ名前だった。しかし首をかしげるリアトリスをよそに、腐敗公……もといジュンペイは、たった今命名されたその名を宝物のように反芻する。

 

『ジュンペイ、ジュンペイ……。なんだろう、名づけてもらったばかりなのに、すごくしっくりくる』

「そ、そう? ええと、つけておいてなんだけど……本当にその名前で良かった? それ以外に無いってくらい私としてはそれしか思いつかなかったんだけど、聞いたことない響きだから込めた意味も何もないのよ。よかったら、ちゃんと意味のある言葉から考え直すけど……」

『ううん、いい。これでいい。……これがいい! 俺、ジュンペイだ!』

「まあ、気に入ったんだったらよかったわ。さあ、ジュンペイ! さくっと人化いくわよ!」

 

 あまりにも大事そうにつけた名前を言うものだから、喜んでるならいいかとリアトリスも納得した。

 そして無事に名前が決まったところで、お次は待ちに待った人化の術である。

 

「ふっふっふ。このさいだもの。思いっきり私の理想を詰め込んであげるわ……!」

『人化後の姿は自由に設定できるの?』

「ほほっ、私くらいになると可能ね。なんたって天才だもの! ……うん、悪くない。悪くないわ。旦那になる相手を自分の理想の姿に出来るとか、考えてみたら最高じゃない! やる気出てきた!」

 

 リアトリスとしても気分がのってきたのか、寝不足によって目が充血し爛々としてはいるもののどこか楽しそうだ。

 

 しかしやはり、リアトリスの体力は限界だったのか。

 ……その疲れが、この後思いがけぬ結果を招くことになる。

 

 

 

 




※挿絵の練習もしてみようと思うので、たまにあとがきに作者の自作絵が載ります。よければイメージの参考までに。苦手な方は開かずスルーしてくれると嬉しいです。

主人公ラフ画
【挿絵表示】


本作のイメージラフ画
【挿絵表示】


※2018.10.25修正
※2019.7.17修正


旧表紙
【挿絵表示】

※2021.8.6差し替え
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