腐敗公の嫁先生~人外夫をうっかりTSさせまして~【完結】   作:丸焼きどらごん

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50話 揺りかごの歌

「私の意地っ張り。見栄っ張り。自分だって寂しいくせに」

 

 しんっと静まり返った部屋の中、一人ごちる少女は膝をかかえた。

 その口調はこの世界に来てからなかなか顔を出さない、一番の素の部分。

 

「でも……やっぱり放っておけないんだよなー」

 

 零れ落ちるのは紛れもなく本音で、誰も居ないからこそ口にできる秘め事だ。

 

「あーあ。まったく、私ったら優しすぎだし、空気読めすぎ~」

 

 ごろごろ寝台の上で転がって、最後にもう一言呟いた。

 

 

 

「……二人とも、早く帰ってこないかな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、お帰りなさーい! ゆっくり温まれました?」

 

 部屋に戻ったリアトリスとジュンペイを出迎えたのは、寝間着に着替えたユリアだ。

 寝間着は宿が用意してくれたもので、リアトリス達も同じ格好である。通気性が良くさらりとした生地の民族衣装は裾の長い貫頭衣で、腰のあたりを幅広の帯で巻く仕様だ。

 にっこり笑ってぱたぱたと近づいてきた少女に、リアトリスもまた「ただいま」と笑いかけた。

 

「ええ! 気持ち良かったわ。公衆浴場とはまた趣が違うわね。……そういえば戻ってきちゃったけど、ユリアはこれから行くの?」

「私は部屋のお風呂に入りましたから大丈夫ですよぅ。……さっ! ジュンペイくん。今からお歌の練習ですよ~」

「おう!」

 

 元気に答えるジュンペイとは裏腹に、元気は元気なもののやや微妙な顔でそれを見るリアトリス。

 目聡いユリアがそれを見逃すはずもなく……。

 

「ちょっと」

 

 むんずとジュンペイの肩をひっつかみ、そのまま部屋の隅へずるずるひっぱっていく。

 

「ジュンペイくん。まさか自分だけいい思いして、励ましそびれたんですか!?」

「い、いや。そうじゃなくて……」

 

 こそこそと耳元に口を寄せ問い詰めるユリアに、どう切り出したものかとジュンペイは曖昧な表情を浮かべた。

 伝えねばならない重要事項があるものの、自分ではっきり自覚したのもついさっき。リアトリスに話す事でようやく実感を伴って受け止めたばかりなのだ。

 ……リアトリスが気にしているのは、そのあと自分が言った言葉の方かもしれないが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋に戻る、少し前。

 

 

 胸の下にリアトリスの手の当てさせたまま、ジュンペイは自分でも確認するように語る。

 

「多分、これが出来たのは世界に捨てられたって思った時。リアトリスのおかげで体温も五感もある分身体だけど、心臓は無かった。これまで気づかなかったのが不思議。……いや、そうでもないかな? やっぱり俺って、前世人間だったのかなって。これがある感覚を普通に受け入れてたし、多分ある状態を知っていた。そんな感じがする」

「……それが核だって、弱点だって。わかるの?」

「なんとなく。多分これをどうにかされちゃったら、俺は腐敗公でなくなって消えちゃうんじゃないかな」

 

 ジュンペイはあっさりとそんな事を言うが、かなり重大である。

 

「それは本体の方に移動できたりしない?」

「多分……できる。『有る』って自覚したばかりだし、まだ出来そうって予想でしかないけど」

 

 それを聞いて少しほっとする。もし移動が無理ならば、本体が残っていようがこのジュンペイの分身体が討たれた時点でさよならだ。

 加えてもしこの分身体が魔力切れで消えた場合も、いよいよ分からなくなった。これまで通りなら本体である腐敗公へ意識が戻るだけだったが……今のところ未知数。大丈夫だったとしても現在腐朽の大地は本体討伐のために組まれた軍が囲み始めているはず。となれば、再度リアトリスが腐朽の大地でジュンペイに合流するのも難しい。

 

 

 弱点の顕現。

 これまで不確定要素としてきた、世界樹からのジュンペイ自体への干渉。それは実に分かりやすい形で表れていたというわけだ。

 

 

 しかし今ジュンペイが伝えたいのはそのことでないようで、金色のおくれ毛を顔周りに纏わせながら俯き……心臓の、核のある場所により強くリアトリスの手を押し当てた。

 

 少女の顔をした旦那様が顔を上げて微笑む。そこに潜む感情は憂いか、希望か。

 

「もし本当に駄目だったとき。その時はリアトリスがこれを壊して。他の誰でもなく、リアトリスが。これは俺のわがままと……きっと何もできなくなった時。俺が唯一、君に出来る贈り物だから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(あんな言われ方したら、頷くしかできないじゃない)

 

 もし湿っぽくてうじうじした後ろ向きな感情でそれを言われていたのなら、リアトリスはジュンペイの頭をひっぱたいていた。 

 だが彼はあくまで真摯に前向きに、リアトリスへの想いと共に語ってくれたのだ。

 

 頼ってほしいと言われたり、目から鱗が剥がれたり、愛だの恋だの語ってみたり。挙句の果てには弱点出来ちゃいました、もしもの時は君がこれを壊してね、ときた。

 色んな意味で濃密な時間だったと言える。

 

(……うーん。にしても、核か。不定形の魔物だから当然あるとは思っていたけど、自立して動く分身体はあくまで切り離した体の一部。そんなものあるとは思わなかったし、ジュンペイが言うように今までは無かった。どう考えてもレーフェルアルセでの、あの日が境よね)

 

 今のところその心臓……核については、意識を移す要領で本体である腐敗公に収める事に成功したようだ。が、それは油断するとすぐこちらの分身体に引き戻されそうになるとか。

 おそらくだが、ジュンペイの意識、魂というべきもの。それに寄り添おうとしているように思える。

 

 その辺のことをジュンペイは簡単ながらユリアにも説明したが、そうなんですかとあっさり納得された。それよりもう時間も無いということで、歌の練習をしようと割り切った彼女は豪胆である。それなりに動揺しているので、リアトリスはユリアを尊敬した。

 

 核。心臓。今まで不死といえた腐敗公に出来てしまった、明確な弱点。

 これにより歴史上不可能とされてきた腐敗公討伐が現実味を帯びてしまった。今は自分達しか知らない事実だが……。

 

「どうにかしてやるわ」

 

 パンっと顔を手で挟み込んで、リアトリスは気合を入れなおすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 耳に心地よい旋律が響く。

 

「……うん。いいですね」

「やった!」

 

 頷くユリアにジュンペイが嬉しそうに両手をぎゅっと握って拳を作る。

 

 先に寝ていろと言われたものの、血行が良くなった体に眠りの波が訪れるのはもうしばし後だろうと、リアトリスは長椅子に寝そべりながら異世界の歌に耳を澄ませていた。

 

 意外にも歌の練習はジュンペイが見せた驚異的な集中力により、短時間で五曲ほどを覚えることに成功した。

 以前との違いは何かとぼんやり考え……そういえば、この温泉郷に来るまでジュンペイはアリアデスの指導を受けていたのだったと思い出す。

 短い期間ではあったが、それはジュンペイの全体的な理解力を上げているようだった。

 

 ずっと先生として指導してきた身としては、相手がいかに自分の師とはいえ少し悔しいリアトリスである。

 

「びっくり。音程と歌詞の内容は完璧ですねぇ……」

「あとは繰り返してけば、なんとか聞ける形にはなるかな?」

「ええ、おそらくは。今の時点でもかなり良いです」

 

 素直な褒め言葉にジュンペイは嬉しそうに笑みを深めると、ひとつ提案をした。

 

「だったら、夜も遅いしユリアも寝てよ。俺は寝なくて平気な体だし、夜の間は繰り返して練習してる。ちょっとうるさいかもしれないけど」

「いえいえ、いい子守唄になりますよ。……ふぁ。じゃあお言葉に甘えて、私たちは寝させてもらいましょう」

 

 あくび交じりのユリアの声に呼びかけられて、こくりと頷くとリアトリスも長椅子から身を起こす。温まった体がゆるりと温度を下げてゆき、心地の良い歌のおかげもあってほどほどに眠い。なにより蓄積された疲労がずるずると眠りの海へと意識を引き込もうとしていた。

 部屋に用意されている背の低い寝台には、寝間着と同じくさらりと触り心地の良い布で作られた布団が敷かれていた。そこにのそのそ潜ると、当然の様にユリアが横に滑り込む。

 

「……。ユリア、寝台は三つあるわよ?」

「ここがいいんですぅ~」

 

 薄い寝間着に包まれた体をそっと寄り添わせたユリアに、リアトリスは「まあ、今さらよね」と軽く息を吐くにとどめて好きにさせる。

 ちなみにいつもなら真っ先に文句を言いそうなジュンペイであるが、今はむむむと眉根を寄せながらも口を噤んでいた。

 

「……さっきは世話になったからな。今は、まあ。何も言わない」

「ふふふ。良い子ですね~。よ~く分かってるじゃないですか。そうです、今度は私がリアトリスさんを独り占めする番です!」

 

 途端にご機嫌になったユリアだったが、ものの数分で健やかな寝息をたて始めた。その様子にリアトリスは少女の黒髪を梳くように撫でる。

 

「この子も疲れてたのね。……当然か」

「ほらほら、リアトリスも寝て」

「はぁい」

 

 ジュンペイに急かされ、リアトリスもまた目を瞑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その少しあと。

 

 リアトリスは何故か旦那様に膝枕をされていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リアトリスは休むと言いつつその実、夜の警戒を怠る気はなかった。何故ならばこの温泉郷にも流星の信号を見た魔術師はいるのだから。

 自分なら相手の寝込みを襲う。絶対襲う。

 流星のごとき魔弾はリアトリス達も目にしていたが、その時点では実際の内容は読み取れなかった。そのためもしかすると信号の中心地であるここの魔術師も同じように内容は読み取れず、腐敗公ジュンペイがここに居ることを知らないかもしれない。

 だがもしかするとは、あくまでもしかすると、でしかないのだ。希望的観測である。

 現時点でどの程度の情報が拡散されたのか分からないため、警戒しておいて損は無い。

 

 もちろん休むところは休む。

 これはアリアデスの元にいた時身につけた技術なのだが、リアトリスは体を休めて脳だけ起きているという状態を作り出すことが可能だ。

 

 

 だが。

 

 

「頼って欲しいって、言ったよね?」

「う……」

 

 その状態はあっさりジュンペイにバレてしまい、釘を刺される。リアトリスの狸寝入りは分身体とはいえ世界最強の大魔物様には通じなかったらしい。

 

「この体だと性能は低いし感知の範囲も狭いのは分かってるよ。でもまったく出来ないわけじゃない。リアトリスは今夜、絶対寝なきゃダメ。よ~く休んで」

「うう……」

 

 縮こまるようにして布団に顔を隠すリアトリスだったが、宵闇の中であるというのにジュンペイの視線がまっすぐに突き刺っていることが気配で分かる。

 リアトリスも夜目はきく方なので多少の輪郭はわかるが、おそらくジュンペイにははっきり見えているのだろう。

 

「あ~あ。さっき言ったばかりなのに、頼ってくれなくて悲しいなー」

「ご、ごめんなさい」

 

 珍しくしおらしいリアトリスである。

 

 さっきの事もあってか、どうも今日のジュンペイは少し大人びて見える。その印象もすぐ二転三転するのだが、リアトリスはとても今さらながら……経験が乏しいとはいえ、相手は長くの時を眺めてきた存在なのだと実感した。

 

 利用し利用されたらいいと思っていたくせに、自分はいつの間にか嫁だから先生だからと言いながら、ずいぶんな保護者面をしていたらしい。

 理想の娘の姿にしてしまった弊害なものの、その見た目にふさわしく中身が可愛いから仕方ないとも思う。思うが……。

 

(いざこう来られると、どうしていいか分からなくなるものね。いや、私が疲れてるだけかしら?)

 

 う~んと眉間に皺を寄せていると、ぐいっと指で押され皺がのばされる。

 

「ぬぁ」

「リアトリスが頼ってくれないなら、俺から頼ってもらいに行こうかな」

「……はい?」

 

 言葉の真意を問い返す前に、もそもそとジュンペイが座ったまま移動してくる。陣取った位置はリアトリスの頭の上あたり。

 そしてユリア側を動かさないよう、器用にリアトリスの頭の下から枕を抜き去った。その代わりとばかりに、柔らかくて温かいものに後頭部が沈む。

 

「…………んん?」

 

 なすがままにされ、これはどういうことかと白く小さな(かんばせ)を見上げる。見上げるというより、仰向けのリアトリスの視線がまっすぐ進む先にそれはあった。

 

「ん?」

 

 ジュンペイが首を傾げるのに合わせて金の波が零れ、打ち寄せてきた。もしくは金の檻。そんな風に称せてしまえそうな、艶のある長い巻き毛がリアトリスの顔を囲うように垂れている。少しくすぐったい。

 

「リアトリスが眠れるまで、このまま子守唄を歌ってあげるよ。練習だけどね」

「それは、まあ。贅沢だわね……」

「でしょ?」

 

 くすりと笑ってジュンペイは小さな声で異世界の旋律を紡ぎ始める。温かく柔らかな枕と慈しみが込められた歌声は、まるで揺りかごの中にいるようだった。

 魔法でも使われているのかと思うくらい確実に、気を張っていたリアトリスから力が抜けて意識が眠りの底へと沈んでいく。

 

 

 

「おやすみ、リアトリス」

 

 

 

 その声を最後に、ぷつりと意識が途切れる。

 

 次にリアトリスが目にしたものは、外から差し込む朝日だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 知らないはずの旋律を、知らないはずの言葉を、ひとつひとつ紡ぐたび。

 ぷくぷくと水底から浮かんでくる気泡のように、知らないはずの記憶が自分の中にあることに気付く。

 

 それはすぐに弾けてしまうけれど、繰り返すたびにいくつかは水面へとたどり着いてジュンペイの中へと吸い込まれていく。

 まだはっきりとした形にはならない。だが確かにそれは自分の記憶の、魂の底に沈んでいたものなのだと分かった。

 

 

 『           』

 

 

 今の自分でない自分の声が何かを言った。それは願いだ。

 

 

―――― 俺の願いは叶ったのかな。

 

 

 どこか他人事のように考えている間に、記憶の泡はぱちんと弾けた。

 

 

 

 

 

 

 

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