腐敗公の嫁先生~人外夫をうっかりTSさせまして~【完結】 作:丸焼きどらごん
リアトリスが危惧していた襲撃は結局起きなかったようで、体は温泉と十分な睡眠のおかげで非常に軽い。
もともとリアトリスはアリアデスの元で、肉体疲労を伴う過酷な修行を乗り越えた者。ゆえに純粋な回復力には優れているし、腐朽の大地で生き抜ける程度のタフさはある。
それでも自分で思っていた以上に疲れていたようで、休むことでやっと自覚した。当のリアトリスが一番驚いている。
自分の体の状態くらい把握できるものと思っていたが……。
(それ含めて、視野が狭くなっていたってことかしら)
気分も上向いているし、思考の巡りも良いように感じる。
「おはよう、リアトリス」
「おはよう……」
朝日に黄金の髪をキラキラさせながら微笑む、愛らしい旦那様のおかげもあるのだろう。起きたときはもとの枕に戻されていたが、彼の膝は寝具として非常に優秀だったし、子守唄は極上だった。
そんなことを考えながらぼ~っとしていると、ぴょこぴょこ髪の毛を揺らしながら近づいてきたジュンペイに下から覗き込まれる。
「食堂が開いてるようだけど、行く? それとも何か貰ってこようか?」
「んー。選びたいから、食堂へ行こうかな。……っと、その前に髪の毛どうにかしないとね。無いよりましな程度の変装だけど、金髪だと余計に目立つ」
なにしろ黄金をそのまま溶かしこみ、太陽の光を封じ込めたような極上の巻き毛だ。黒髪でもジュンペイの美貌は目立つが、至宝のごとき碧眼に眩い黄金が合わされば、どうあってもそれ以上に見たものの記憶に焼き付いてしまう。理想を詰め込みまくったと断言できる、術者リアトリスが思うのだから間違いない。
どうも昨日は気が抜けて髪色を変える魔術が解けてしまったらしい。人化を保つ方の術には影響が出ていないあたり、完全に油断しきっていたわけでもないのだが。
今度はもう少し念入りに魔力を練り、ジュンペイの髪の毛を梳いて結い上げながら術をかけなおしていく。
「ふぁふ……。おはようございます~」
そうしている間にユリアが起きてきて、自分が一番最後らしいとわかると寝ぼけ眼のまま身支度をはじめた。
「ユリアもいらっしゃい。髪の毛、整えてあげるわ」
「え」
「え!!」
リアトリスに髪を結われ上機嫌だったジュンペイの困惑の声と、ユリアの嬉しそうな声が重なる。
「わぁい! いいんですか? じゃあじゃあ、お願いしちゃいます!」
るんるんと跳ねながら近寄ってきては、ジュンペイの隣に座ったユリア。無事に魔術の上掛けを終えたリアトリスはそのままユリアの髪の毛を整えに移る。
それを名残惜しそうに視線で追っていると、ユリアと目が合った。
「歌の最終仕上がりはどうですか?」
「あ……ああ、うん。多分いい感じ。でも自分だと分からないから、聞いてもらっていいか?」
「もちろん」
少しの緊張をはらみながら教わったばかりの歌を紡ぎ始める。
初めて知るはずの歌。しかしジュンペイはこうして繰り返すたびに、少しずつ記憶の蓋が開かれていくような感覚を覚えていた。同じものは知らなくても、似たものは知っている。否、知っていたような。
その感覚は昨晩よりも鮮明になりつつあった。
「…………うん。いいですね」
「よかった」
頷くユリアにほっと息を吐き出す。
亜人の集落へ行く目的は別にあるが、案内人へのお礼を怠るつもりはないのだ。下手な歌を聞かせずにすみそうで安堵する。
その後食堂でしっかり朝食を腹へ詰め込んでいると、「おはよう」と親し気に声がかけられる。亜人兄妹のラドとラルだ。
ちなみにアリアデスだが、すでに食事を済ませ宿の外で鍛錬をしているらしい。
「おはよう! 昨日ぶりね。色々無茶をお願いして悪かったけど、おかげで最高に休めたわ! いい宿だった」
「そう言ってもらえたら十分さ。紹介したからには堪能してもらわないとねぇ」
気さくに笑うラドの表情は人懐っこく、初対面時には胡散臭げだった笑顔に親しみを覚える。
歌という対価が彼らにとってどれほどの価値を持つのかわからないが、食事処に宿屋と無理を聞いてもらった。そのお礼をする時間くらいあってもいいだろうと、リアトリスは「来るにしても出来るだけ遅く来い!」と、まだ見ぬ襲撃者に圧をかけるのだった。
「さっそくだけど集落へ案内頼める? もう荷物の準備も終わっているし、このまま行けるわ! もちろんお礼の歌もばっちりだから安心してね」
「それは嬉しいな! けど……うーん」
「……どうしたの?」
「いや、すぐにかーと思って。昨日帰ってから集落の奴らに話したら喜んじゃってさ。朝から歓迎の準備するってはりきってたんだよね」
「か、歓迎?」
まさかの歓待っぷりである。
「昨日案内したのなんてほんっとうに一部でしたし、わたし達も名所めぐりした後にご案内する気でしたからねぇ……。まだ準備が整ってないんじゃないかなって」
「それは、その。ごめんなさい?」
「いやいや、謝らなくていいよ~。うーん。でもそしたら、ちょっと行って伝えてくる。すぐ戻るからそれまでこの辺見ててもらっていいかい?」
「無理をお願いしているのはこちらだもの。構わないわ」
本当ならばこのままラドたちにくっついて行きたいが、急く気持ちを抑えて頷く。
「よかった~。そしたら、今の時間朝市が開かれてます。そこを見ていてはどうでしょう~」
「へぇ! ならそうさせてもらおうかしらね」
ラルの提案に乗ることにしたリアトリス達は、いったん集落へ戻る案内人たちを見送る。そして宿の者に見送られ、朝市へと繰りだすのだった。
ざわざわと活気と喧騒に満ちているのは、歓楽街の中心に位置する開けた場所。昨日見た常設の屋台とはまた違った活気を感じる。
円形の広場となっているそこは昨日なにもなかったが、今はひしめく様に露店が商品を並べていた。
屋台と何が一番違うかといえば、こちらでは食材など生活に直接必要そうなものが売っていることだろうか。おそらく観光客より住民のために揃えられた品が多いのだろう。
もちろん、調理されたものが無いわけではないが。
「これ美味しいわね」
「うふふ、食後にこのボリュームは罪の味です」
先ほど朝食を食べたばかりだというのに、揚げ菓子につられたリアトリス達。三つ編み状の生地が棒に突き刺さり、こんがりきつね色に揚げられた上でたっぷり砂糖がまぶされている。
食後に食べる甘未としてはなかなかに重いが、これがまあ美味しい。先ほど元気に売り子をしていた子供たちから買ったものだ。
「呑気だなぁぁお前ら!?」
そんな彼女らに声をかけてきたのは、今日は一人で出歩いているらしいオヌマだ。なかなかに激しいツッコミは人の視線を集める。
「あら、おはよ」
「おはよう。……じゃなくてだな。はぁ」
「朝から辛気臭いため息ねー」
「お前は朝から図太いなー」
「うっさい。朝から図太いってどういう言い回しよ」
「そのまんま」
皮肉交じりでありながら自然と挨拶を交わした二人を、じ~っと睨みつける視線がひとつ。ジュンペイだ。
この男が昔リアトリスの恋人だったのか、と。新たな事実を知ったばかりの厳しい視線がオヌマへと突き刺さった。
「おいおい。ジュンペイ、そう睨むなって。別に襲ったりしないから。今は息抜きの時間」
そんなつもりで睨んだわけではなかったのだが、肩をすくめるオヌマから疲労を色を感じて少し眉尻が下がる。
「オヌマ、なんか疲れてるな」
「おう。おうおうおう! わかってくれるか! やっぱりお前は優しいなぁジュンペイ! そうなんだよ。めちゃくちゃ振り回されてんだよ。アルガサルタ帰るかと思えば、あの王子様さぁぁぁぁ~!」
「なによ、こんなお守り程度可愛いもんじゃない」
「一緒に戦場連れていかされてたお前にとっちゃそうかもしれないけどな! けど魔王の居城にぽんと連れていかれた俺の身にもなってみろよ」
「まあ、それは……ご愁傷様。よかったわね死ななくて」
「生きた心地はしなかった」
軽口を叩きつつも、オヌマは特にリアトリス達に用があってここに来たのではないらしい。どうにも聞けばオヌマを始めエニルターシェ、ザリーデハルトはすでに数日この温泉郷に逗留していたのだとか。
この朝市の時間だけが、朝食を長くゆっくり楽しむエニルターシェと、寝汚い魔王ザリーデハルトから解放される瞬間らしい。
つまり、本当にただの息抜きだ。
「昨日一緒に居た二人、亜人だろ? さっそくドラゴンに渡りをつけるとか運のいい奴」
「ここに居るかどうかなんてわからないけどね」
訪れる場所の予想をつけられていた時点で、リアトリス達の目的を察していたのだろう。なのでリアトリスもまた特に驚くことなく流す。
オヌマはそっけないリアトリスに「本当にその図太さどうやって形成されてんだ」とぼやきながら、後方で見守っていたアリアデスに一礼する。ユリアにはささやかな愛想笑いだけむけると、次いでジュンペイに視線を合わせた。
出会った時から変わらない……否、変装なのか黒髪になっている点だけ違うが。しかし他は特に変わらない様子のジュンペイがきょとんと見上げてくる。そのあどけなさを見てしまうと腐敗公である事実が霞んでしまいそうだ。
だがその幼げな表情が、なんの心境の変化かぐっと眉根に皺を寄せてオヌマに鋭い視線を向けてきた。そういえば先ほどもそうだったか。
オヌマはしばし考え込み……はたと気づく。
これは危害を加えられることを危惧して、というより……。
「あ、もしかしてリアトリスから聞いた? そっか嫉妬してんのか~。なるほどな~」
「ふん!」
「いって!?」
「溶かさないだけましだと思え!」
思いっきりジュンペイに足を踏まれたオヌマが足を抱えてぴょんぴょん跳ねる。
魔力こそ現在使えないが、分身体の身体能力はなかなかのもの。本気で踏まれたらかなり痛い。
「……世話になったし、なにもしてこないならこの程度で許しといてやる」
「あはは……」
腕を組んでぷいっと顔をそむけたジュンペイにオヌマは苦笑する。
もしもリアトリスとオヌマが円満に恋人として進んでいた場合、こうしてリアトリスとジュンペイが出会うことは無かった。それを思えば自分は恩人では? などと思うものの、それを口にするほどオヌマも愚かではない。
自分の嫁の昔の男、などと分かればこの嫉妬も当然のものといえる。
しかしここでもう一度会ったのも何かの縁と、オヌマはジュンペイの肩を叩いた。
「いい具合に行ったらさ、どっか遊び行こうぜ」
「え」
虚をつかれたようにジュンペイがオヌマを見る。
「もしかすれば、これで会うのは最後かもな。なんか今さら刺客して来いとか言われなさそうだし。でも、もし。この状況をどうにかできちまったら、俺はリアトリスの旦那としてでなくて男友達としてお前を遊びに誘うよ。嫁の愚痴なら聞くぜ?」
「なに言ってんのよあんた」
「で!? 夫婦そろってすぐ手や足出るのやめろよ!」
リアトリスに後頭部をひっぱたかれたオヌマを見つつ、ジュンペイは嫉妬した自分の器が小さいように思えて口をまごつかせた。だが少し考え……きゅっと唇を引き結ぶと、両端を持ち上げて勝気に笑ってみせる。
「おう! そん時は今度こそ、かっこいい男の姿になってるからな! お酒だってきっと飲める!」
「はは。楽しみにしてるぜ」
満足そうにジュンペイの返事を聞くと、オヌマはあっさり人ごみに消えて去っていった。
声をかける時もあっさりならば、去る時もあっさりな男である。
だがジュンペイはリアトリスへ向けるものとは別の感情に気付き、少々憮然としつつ呟いた。
「これが友愛……ってやつなのかな」
しかし和やかな雰囲気でいられたのはそこまでだった。
意外と長く楽しめたと思えばいいのか、それとも短く感じればいのか。
ドォンッ
「!?」
温泉郷全体に響き渡るような重々しい音がこだまし、同時に衝撃波が突風のように街中を駆け抜けた。それは屋台や露天商が広げた品物やら布やらを派手に吹き飛ばし、めちゃくちゃにする。
アリアデスがしばし目を瞑ったかと思うと、薄く目を開きその鷹のように鋭い視線を遠方に向けた。
「乱暴な……。これは結界への攻撃だね。温度調整とは別の、魔物用の護身結界が揺れている」
「ええ。結界に阻まれたというより、結界の網に絡まっちゃって無理やり引きちぎった感じですね。不器用か。それにずいぶんと大きな気配。……多分ですけど、私が一度倒して復活してきた魔族かと。遅かったと思うべきか、早かったと思うべきか」
アリアデスに答えながら、やはりのんびりし過ぎたのだろうか? と考えるリアトリス。しかし昨日までの疲労度を考えるとあてもないまますぐ逃げる方が悪手だったし、事情を知らないラド達にこれ以上無理を通して夜間に集落へ連れて行けなど申し出たら、それこそ断られていたかもしれないのだ。
昨日の自分の判断を肯定し、そしてすぐに落とし前をつけるべくリアトリスは肩を鳴らす。自分の尻は自分でぬぐわなければ。
「ジュンペイ、ユリア」
「はい」
「おう」
緊張した面持ちの二人にリアトリスは気安く笑いかけた。
「温泉郷に迷惑かけるわけにいかないし、外でさくっと戦って来るわ。あなた達は先に集落へ行って、上手いことドラゴンが居ないか聞いてきてちょうだい。あわよくば生命樹の種についても。師匠も、お願いできますか?」
それを聞いて真っ先にくってかかってきたのはジュンペイだ。
「待ってよリアトリス!! 昨日、頼って欲しいって言ったのに! 一人で行く気!?」
「そうですよ! 私も戦えます!」
「今、まさに頼ってるじゃない。だってこれでモタモタしていて本懐を遂げられなかったらそれこそここに来た意味も留まった意味もないわ。だからあなた達には現状での最優先事項をお願いしているの。このまま外のやつが中に入ってきて温泉郷が混乱に陥っても駄目。ならここは私が足止め、あなた達が情報収集で最適解よ。足止めを監視者の師匠にお願いするわけにもいかないしね」
つらつらと理由を述べられて思わず頷いてしまいそうになるが、それにしたとて一人でなど何が起こるか分からない。
そうユリアとジュンペイが渋っていると、後ろから不思議そうな声がした。
「ユリアちゃんにジュンペイくん、リアトリスちゃん。それが本名?」
「あ」
いつの間にか戻ってきていたラドが、首を傾げてリアトリス達の名前を繰り返した。
まずい。些細なことかもしれないが、ここで少しでも信用を無くす事態はよろしくない。
しかし。
「愛称で名乗ってくれてたんだ! いやぁ、嬉しいなー。そんなに親しみを覚えたくれていただなんて!」
楽観的に受け止めたラドに思わずがくっと体制を崩しそうになる。いや、助かるのだが……。
確かにリア、ユリ、ジュンと、略しただけの超単純偽名なので愛称と言われたらそうだ。むしろあまり意識していなかったが、リアトリスに至っては本名であるリーアに近いくらいである。
ともあれ、ラドとしては悪い印象を持たなかったようだが……ふと、この事態に呑気に構えている様子が気になった。
見回せば商品を吹き飛ばされた店の者や観光客は今の衝撃波に騒然としており、なんだなんだと慌てふためいている。
だというのにこの男、ラドはにこにこ笑顔のままで自然体。
亜人は体の強靭さも魔力も人間より強く、一個体の寿命も若い時間も長い。優男然としたラドも、見かけによらず慌てないだけの実力と経験を備えていてもなんらおかしくは無いが……。
「なんか騒がしいけど、まあ温泉魔術協会の人らがなんか対応してくれるっしょ。それより準備ができたからもう案内できるよ。ラルは向こうで待ってる」
しかし今は迅速な行動が求められる。ラドの態度が気になったが、いざとなればその辺りはアリアデスがなんとかしてくれるだろうと申し出に頷いた。足止めをお願いするわけにはいかないが、そういったところはしっかりあてにするリアトリスである。
「お願いするわ。私は少し用事があるから遅れて行くけど……」
「用事? 今じゃなきゃダメなの。慣れない場所で、しかも周りが慌ててる中動くのは危ないよ」
真っ当なことを言われてしまい、自分の予感は杞憂かなと思いつつリアトリスは入り口に向かって歩を進めた。
「今じゃなきゃダメなの。悪いわね」
「そっかそっか。まあ、深くは聞かないよ。じゃあ君たちは案内しちゃうけど、いいかい?」
ラドの言葉にユリアとジュンペイはもどかしそうにリアトリスとラドを交互に見るが、リアトリスの昨日と打って変わっていつもの自信を漲らせてずんずん歩いて行く様子に覚悟を決めた。
戦うばかりが、頼られるということでは無い。今はリアトリスが望んでいる成果を出す時だ。
信頼と情報を得る。それが今、二人の役目。
「でも危なくなったら逃げてよね、リアトリス!」
「もちろんよ! 逃げ足には自信あるもの。いい感じにあしらってくるわ!」
ほーっほっほと高笑いのまま周囲から奇異の視線を集め、リアトリスは雑踏に消えた。
「危なくなったらねぇ……」
「あっ! そ、それは」
心配のあまりせっかく不信感を持たないでくれているラドに余計な情報を与えてしまった。が、ラドはそれ以上何も言わず「こっちだよ」と案内のため踵を返した。
ジュンペイ達は何か腑に落ちないものを感じながらも、その後に続くのだった。