腐敗公の嫁先生~人外夫をうっかりTSさせまして~【完結】   作:丸焼きどらごん

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53話 銀鱗の魔将

 

 リアトリスは逃げる。

 その逃げ足は片足首を切り離しているとは思えないほどで、巨体の魔族がその体格差をもっても追い付けそうで追いつけない、絶妙な距離を保っていた。

 後ろでなにやら喚きながら追いかけてきているが、いちいちそれを聞いてやれる余裕はない。

 偽物もとい足首を遠隔操作しつつこの距離を維持するのは、けっこう大変なのだ。

 

 

 

 しばらくすると、目的としていた崖にたどり着いた。

 幻影を被せた足首は遠回りしてこちらへ向かうよう操作している。頃合いを見て飛び出させ、共に崖下へ落ちるつもりだ。

 

 リアトリスは踵を返し、手にしていた穂先が血に濡れたままの槍を大きく振りかぶり追ってきていた魔族に投げる。が、それは容易に避けられて空に吸い込まれていった。

 魔族は攻撃を避けたことに笑みを浮かべるが、ふとして「なんだあの投擲力は」と不気味そうにリアトリスを見た。人間の、しかも女性の膂力ではない。それは先ほど背を裂かれた時も感じたことだ。

 しかしすぐに追い詰めているのはこちらだと思いなおす。一度は負けた相手だが、逃げるという事は自身を脅威と感じているということ。

 魔族本人は気づいていないが、その思考には力を増したことで生まれた慢心が多分に含まれている。負わされた背中の裂傷もいつの間にか回復しており、そういった部分もまた自信へとつながっているのだろう。

 

 

 そんな魔族からのこちらを軽んじる視線を受け止めつつ、リアトリスはチラと背後を振り返る。その先には眼下の景色がかすむほどの絶壁。

 腐朽の大地に落とされた時を思い出してあまりいい気分ではないが、今度はそれを自分で飛び降りるのだから笑ってしまう。

 

「ふんっ、追い詰められて頭がおかしくなったか?」

「そういう意味で笑ってんじゃないわよ。言う事がいちいち三下臭いわね」

「何!? 私は世界樹から腐敗公を倒す使命を与えられし者。それを三下扱いとは……」

「ん~?」

 

 どうにも聞き捨てならない言葉が聞こえた。そういえば以前も「世界の刺客として蘇った」とか言っていたような。

 しかし流石に捕縛して聞き出すほどの余裕はない。このままうまい具合にぺらぺら話してもらえればよいのだが……さすがに相手側も、そう親切にはしてくれないようだ。

 

「囮のつもりだろうが、無駄だ!」

「そうかしら? 現にあなたは囮につられて来ているわけだけど」

「馬鹿者め。私が一人だと思ったか?」

 

 魔族の言葉にリアトリスの眉がピクリと動く。

 その時だ。

 

「!!」

 

 何処からともなく飛来した分銅付きの鎖がリアトリスの体に絡まりつく。それも一つではない。複数だ。

 たまらず地面に身を倒すと、ざくざくと地面を踏みしめる長靴の音が響く。

 

「他愛ないな」

 

 そう嘲笑を浮かべるのは先日も目にしたばかりのルクスエグマの天馬騎士。アッなんとかである。

 ちなみにアッセフェルトという名前だが、リアトリスはすっかり忘れていた。彼女の記憶力はけして悪くないどころか非常に良い方だが、覚えておく必要のない事は積極的に記憶から放り捨てていく。記憶容量がもったいないからだ。

 頑張って思い出せばすぐに名前は出てくるが、今のところは思い出していない。

 

「でかい目印に釣られたのは私の方か……」

 

 そう言って地面に倒れ伏したままため息をつくと、アッセフェルトは傲慢な笑みを浮かべた。

 

「理解が早いな。しかし元宮廷魔術師であり元将軍と聞いているが、この迂闊さ疑わしい。特に将軍とは笑わせる。とても兵を率いる器には思えんが」

「それお前だけには言われたくないわ」

「何!?」

 

 何、もなにもユリアを目的に襲撃した時、予告も無しにアリアデスの館を吹き飛ばしたのはこの男である。その軽率な男に迂闊などと言われるのは屈辱だ。

 

「……まあいい。お前はこの魔族だけ来たと思っていたようだが、我ら天馬隊も共に夜中ここまで飛ばしてきたのだ。信号を発した相手が気に食わぬが……世界の危機を前に魔王もなにもないからな。あの悪女と腐敗公の分身は我々の仲間が追っている。無駄な囮役、ご苦労なことだ。……なぜあんな化け物どもにそこまで執心するのか理解に苦しむが」

 

 連れを貶す言葉にぴくりとリアトリスのこめかみが動くが、息を吐き出すとその事には触れずアッセフェルトを見上げる。這いつくばらせたリアトリスを見る男の視線はいかにも愉快そうだ。

 以前はジュンペイ一人に大敗を期したアッセフェルト達はリアトリスと直接戦ったことは無い。警戒していないわけではないが、まんまと捕獲したと油断しているのだろう。それを「追い詰めたのは自分だ」とでも言いたげに、少々気に食わない面持ちで魔族が見つめている。

 

「思い込みが敗因ね。そりゃ天馬だからって、必ず空に居るとは限らない。私がつられるのを待って出てきたと。……それに天馬にしたって、まさか一晩で駆けつける奴らが居るとは思わなかったわ」

「ふはははは! 己の愚かさを思い知っているらしいな。我々としてはとうに逃げたと思っていた獲物がとどまっていたどころか、こうして自ら出てくるとは思っていなかったぞ!」

 

 少々棒読みの節があるリアトリスの言葉も気持ちよく受け止めたのか、アッセフェルトはそのまま聞かれてもいないことをべらべらと喋り続ける。魔族などよりよほど口が軽い。

 リアトリスはこの男に対し、更に「軽率」という評価を深くした。

 

「最速を誇る我らがこの魔族と共に先行したが、今ここには腐敗公を捕縛すべく我らがルクスエグマの精鋭に加え他国の戦士たちも向かっている。……いくらでたらめな強さを誇るとはいえ、それに囲まれてしまえばあの分身とて歯が立つまい」

 

 ジュンペイに負けた時の記憶がよほど根深く残っているのか、その辺に関しては慎重なようだ。先ほど「追っている」とは言っていたが、いざ捕縛するとなればその仲間たちが到着してからだろう。

 現在は位置を掴むにとどめている、といったところか。

 

(まあ、それは私の足首なんだけども……)

 

 すかすかの靴の中身にも、遠隔操作している足首の幻影にも、特に気づかれていない様子。

 しかしあまり長く切り離してもおけない。ジュンペイのような特例を除き、この術で長い事体の部位を切り離しているとそこが壊死してしまう。

 

 ので。

 

(派手に暴れて攪乱してとんずら! やっぱこれよね。隙を挟んだら、まさかと思ってはいたけどあちらの現状戦力も姿を現してくれたし。これでとりあえずの懸念はなくなった)

 

 リアトリスは舌なめずりをすると、目を細める。その表情に魔族が反応するが……少し遅かった。

 

 腐敗公の花嫁を拘束していた鎖がはじけ飛ぶ。それを成したのはいつの間にか顕現していた白銀の小竜。

 

 もしこの場にリアトリスを腐朽の大地まで輸送したアルガサルタの兵士たちが居たならば「その程度であの女を拘束できるわけないだろ馬鹿が!!」と彼らを罵倒していただろう。

 なにしろリアトリスは当時魔術でがちがちに固められた拘束具と、鎖どころか分厚い鉄で出来た頑丈な檻をもってやっと拘束されていたのだ。それも一度、輸送中に破っている。

 そんな彼女にとってこの程度の不意打ちは、脅威になりうるものではなかった。

 

「なっ」

 

 アッセフェルトをはじめ彼の連れていた騎士及び魔術師であろう面々が一瞬驚くが、すぐに切り替えて再度の拘束を図ろうとする。しかし自重を捨てたリアトリスはすでに行動を終えていた。

 

 リアトリスは将軍という地位を持つが、それは"魔将"。兵を率いる将とは異なる意味合いを持つ。

 人をまとめ上げ率いるなどという芸当を、リアトリスのような人間関係不器用者が出来るはずもない。

 

 

 

 アルガサルタでは一個人で「一軍」となりうる存在が魔将の地位を賜るのだ。

 

 

 

『氷雨のごとく降り注げ』

 

 高速で詠唱を終えるリアトリスの締めの文言のみがアッセフェルトらの耳に届く。

 その時すでに魔術は完成していた。

 

 リアトリスが指を鳴らすと、空に白銀が閃く。それは先ほどリアトリスが投擲した槍だったもの。

 風の魔術をまとい上昇を続けていたそれが効果切れで落ちてきたところを狙い、リアトリスが新たな魔術を付与したのだ。

 術者が指を鳴らすと槍はばらりと解けて鱗になる。それらは鋭利な光を纏っており、上空より無数の刃となって魔族やアッセフェルト達に降り注いだ。

 その広範囲攻撃は銀鱗の魔将、もしくは銀麗のリアトリスの二つ名で呼ばれた彼女が得意とするものである。

 

「ええい! 忌々しい!!」

 

 巨体の魔族が真っ先にそれを自らの尾で薙ぎ払おうとするが、薙ぎ払った部位に鱗が深く突き刺さる。深さでいえば大したことのないものだが、いかんせん数が多い。魔族の顔が苦悶に歪んだ。

 人間側はどうかといえば、魔術師が率先して結界術を使うも端から腹を押さえてうずくまっていく。それは何故か。……上空へ向けて前方のみの結界を構築した魔術師を真っ先に狙ってリアトリスが接近、拳を叩き込んでいったからだ。

 剣や盾で細かく鋭利な鱗の雨をあたふたと防いでいた騎士たちはその光景に啞然とする。

 

「お前、魔術師じゃ!」

 

 言いかけたものが、下から顎を拳で突きあげられ後方に吹き飛んだ。

 

「まあ、もう少し数揃えてきてたら良かったわよねって」

 

 拳を突き上げた体勢からすぐさま後方へと反り、跳ねるように移動したリアトリス。彼女がそれまでいた場所を巨大な拳が叩き潰す。外れた攻撃に、上半身を乗り出すように前へ突き出していた魔族がぎりぎりと歯ぎしりした。

 

「っと」

 

 避けた先。着地点を、炎を纏った槍がかすめる。それも紙一重で避けたリアトリスは手に氷の魔術を纏わせ、逆にその槍の柄を掴んでみせた。

 

「へぇ。魔術付与された槍か。今日はいいもん持ってきてるじゃない。この間もこういうのあれば、もっと剥いだ身ぐるみにいい値段ついたのに」

「貴様……!」

 

 槍を掴まれた相手……アッセフェルトは憤怒に顔を歪めながらも、槍を回転させリアトリスの手を振り払う。その手腕にリアトリスはふむとひとつ頷いた。

 

「魔王ゲーデザハルを倒した戦士の一員だっけ? さすがにこの中では抜きんでているわね」

「当たり前だ!! 貴様、余裕を持っていられるのも今の内だけだぞ!!」

「へいへい」

「~~~~!!」

 

 適当な返事が気に食わないのかアッセフェルトがいきり立つが、リアトリスとしてはこの辺でいいかな、という気持ちでいた。

 暴れるのはここまで。すでにまともに相手をする気はない。

 この場で彼らを殲滅する必要はないし、むしろ出来てしまっては困るのだ。ほどほどに削ったうえで「温泉郷以外へ逃げおおせた」と思わせたい。彼らは目撃者として、後から来るであろう戦力をひきつれてよそへ行ってもらわねば。

 魔族においても未だ世界樹の影響を受けた未知の相手に変わりない。深追いして真の実力が覚醒しました、なんてことになっては困る。あしらえている内にさっさと逃げてしまうのが良いだろう。

 

 リアトリスは追い詰められているふうを装いながら、じりじりと崖の方へ向かっていく。ここからは再度、演技の時間だ。

 

 そしていよいよリアトリスが崖から飛び降りようとした時だ。

 

 

 

『あれ~? 応援は特に必要なかった感じ?』

 

 

 

 崖下から強風と共に現れた何かが、轟音と共に目の前の敵を薙ぎ払った。

 ようやくこの気に食わない女を追いつめたぞ! と、リアトリスの演技に目を輝かせていた人間が棒きれのように吹き飛ばされていく。

 それを成した大きな質量を受け止められたのは、巨体の魔族ただ一人。

 

「…………は?」

 

 予定外の事態に「く! なかなかやるわね。この私もここまでか!」などと臭い演技をしていたリアトリスから素の声が零れる。

 そんな彼女は現在なにやらとても大きな影に覆われており……おそるおそる振り返れば、かち合う視線。

 

「……ええ~?」

 

 それを見た後も、リアトリスの口から出るのはただただ困惑の声だった。

 

 

 

 

 

 

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