腐敗公の嫁先生~人外夫をうっかりTSさせまして~【完結】   作:丸焼きどらごん

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54話 遊覧飛行

 

 頬を撫でる冷たい風を感じながら、リアトリスはしばし「わー、綺麗な景色ー」と思考を放棄していた。雲を眼下におさめるほどの高度は生まれて初めてだ。

 そんな彼女に気さくな声が、重々しい鳴き声に重なって投げかけられる。

 

『いやー、ごめんごめん。なんか大変そうだったから助けに来たんだけど、余計だったねぇ。リアトリスちゃんって強いんだ』

「気持ちは嬉しいというか……ええ。まあ、助かったというか……」

『ほんと? ならよかった!』

「あはは……」

 

 曖昧な笑みでかえす相手は現在リアトリスの下に居る。というか、リアトリスを乗せて大空を飛んでいる。

 稀有な体験だ。できれば翼をもつ種族でなければ不可能な空の遊覧を楽しみたいところだが、あいにく今その余裕はない。

 

「あなた、亜人じゃなかったのね」

『下手にドラゴンって言うと地元じゃ崇められるし、他では警戒されるから。亜人以上に心象良くないらしいんだよー』

(あ、うん)

 

 森のように色深い鱗に手をかけながらリアトリスは心の中で頷く。彼女自身もまたドラゴンに対しては厄介者という認識をもっていたからだ。

 黒々とした角は太く巨大で、先の方でわずかに枝分かれしている。瞳は人を装っていた時の金緑から、金色へと変化していた。体躯はジュンペイの腐敗公の姿や追っ手の魔族ほどではないが、かなりのもの。薄紫の被膜が張る翼は力強く羽ばたき、堂々と宙を泳いでいる。後ろを見れば、鱗に覆われた胴体の先で長い尾がゆらゆらと揺れていた。

 

 

 リアトリスは現在、彼女がお目当てとしていたドラゴンの背に乗っていた。

 しかもその正体は先ほど別れたばかりの知り合いときている。

 

「と、とりあえずお礼を言っておくわ。ありがとう、ラド」

 

 そう。……このドラゴンの正体はラドなのだ。

 

 

 

 自分にとって非常に都合の良い事態を、リアトリスは未だ飲み込めないでいた。

 

 

 

 

 

 

 先ほど適度に追っ手の勢力をそぎ、かく乱のため崖から飛び降りての逃走を図ろうとしたリアトリス。

 その時、崖の下から巨大な影が躍り出た。

 

 それは太い尾で襲撃者を薙ぎ払ったかと思えば、自分よりも大きな魔族に炎の吐息を吹きかけると、呆気にとられていたリアトリスをくわえて宙に舞い上がった。

 しかもご丁寧にリアトリスが遠隔操作していた足首も回収済みときている。

 傍から見れば幻惑の魔術により、ジュンペイとユリアがその背に乗っているように見えただろう。だがリアトリス視点では、自分の足首がドラゴンの背中に張り付いているのだからぎょっとした。懸命に落ちないよう均衡をとっている足首が妙に愛しく思えたものである。現在はもとの位置……リアトリスの足に収まっているが。

 

 途中から戦闘に意識を裂いていたこともあるが、ラドがリアトリスのもとまで来るのが早すぎた。足首を回収された事に気づく間もない。

 追っ手たちの前でリアトリスの襟首をくわえたラドは、そのまま何周か上空を旋回したのちにアグニアグリ大山脈から離れる進路へと飛び去った。それがつい先ほど。

 口にくわえられたまま下の景色が霞むほどの高さをぐるぐる回られてさすがのリアトリスもしんどかったが、それもようやく治まってきたところである。

 

 

 襲撃者側からしてみれば突然現れたドラゴンが目的の人物を掻っ攫ていったわけだが、果たして彼らはこの後どう動くだろうか。すぐに考えられるものとしては直接逃げたドラゴンを追うか、もしくはドラゴンに縁のある亜人の集落を調査するか。

 ……といっても、今の彼らにすぐに動くだけの機動力はないだろう。

 襲撃者達の数はそう多くなかったうえに、リアトリスの猛攻とラドの追撃で魔族以外はかなり負傷したはず。そこから立て直して行動に移すにはそれなりの時間が必要だ。

 遠隔操作していた偽のジュンペイ達を追っていた別動隊も居るのだろうが、どちらにせよ統率していたのはアッセフェルトのはず。その彼も先ほどラドの尾に吹き飛ばされていた。……司令官が負傷したとなれば、少なくとも人間側の動きは鈍くなる。

 

 気になるのは自己回復能力を備えた魔族の動きだが……。

 

(あの単純さなら、こっちを追ってきてそうね)

 

 相手が悠々と空を飛翔するドラゴンだとしても、目の前で獲物を横取りされたのだ。一晩でアグニアグリ山脈まで駆けてきた執念でもって追いかけてくることは容易に想像できる。

 

 だがラドはこのままアグニアグリ山脈を去るつもりは無いようで。どうも遠回りをして、亜人集落へとリアトリスを連れていってくれるのだとか。

 ご丁寧かつご親切にも、襲撃者の目を欺く手伝いをしてくれたのだ。

 

 だがリアトリスとしてはラドがわざわざ隠していた正体を明かした理由も、会って間もない自分たちにこうまでしてくれる理由も分からない。感謝はすれど不気味でもある。

 しかしジュンペイ達と合流するために亜人の集落へは向かわねばならないので、今は大人しくその背に揺られていた。

 

「…………」

 

 それでも黙っていると、どうにもむず痒く座りが悪いリアトリスは口を開いた。

 

「……。どうして正体を現してまで助けてくれたの? 隠してたんでしょう」

『ん? 僕はね、縁を大事にするんだよ。せっかくの知り合いに死なれたら悲しいじゃない。昨日だって物騒な相手に喧嘩腰だったしねぇ」

「あなた、あれのこと知ってるのね」

『ちょっとね。それなりに長く生きているから。……向こうも覚えてるっぽかったのは意外だけど』

 

 そういえば見間違いかと思ったが、ラドと魔王ザリーデハルトは互いを見てわずか驚いた風だった気もする。顔見知りだったのか。

 

『実の所、昨日はひやひや話を聞いてたよ』

「うっ。それは自分でも反省を……って、話聞いてたの!?」

『ドラゴンは耳が良いんだ』

「……料理屋でのことも?」

『個室での会話? ごめんごめん。ちょっとだけ聞いちゃった。あはは~』

 

 つまり全部筒抜けである。相手もそれを隠すどころか素直に肯定してくるものだから、リアトリスの肩が落ちた。

 

 ……そうとなればジュンペイが腐敗公であることも知っているはず。そのうえでこの親切はいったいどういうことだろうか。

 ジュンペイが腐敗公であると、信じているのかいないのか。だが魔王が直々に出向いた相手となれば、その信憑性は増すはず。

 となれば彼もこの世界に住む生物として、いくら歌を気に入っていようがジュンペイに対し好意的に接することは難しいはずだが……。

 

 どうにも掴めない異種族の思考に、リアトリスは頭を悩ませるのだった。

 

 

 

 そのまましばし空の遊覧飛行の後、ラドは大きく旋回してアグニアグリ山脈へと戻ってきた。

 上空からでは周りの景色に同化して分かりにくかったが、ラドが高度を下げていくと徐々に建物の輪郭が露になる。あそこが亜人の集落らしい。

 その中のひときわ大きな建物の前に、ドラゴン姿のラドでも着陸できそうな空間がぽっかりあいている。彼はそこに砂煙を上げながら降り立った。

 

「あ、とと様~。おかえりなさーい」

『たっだいま~』

 

 すると小さな影が駆け寄ってくる。見ればそれはラルで、リアトリスは今の呼び名に疑問符を浮かべるが……すぐに合点がいったように頷いた。

 

「とと様……父様ね。兄妹ってのも嘘か。……え、というかラルってラドの娘?」

「あ、」

 

 ラルは背中に乗るリアトリスに今気づいたようで口元を押さえる。ラドはと言えば、特に悪びれる様子もない。

 

『まあまあ。その辺は君らも偽名使ってたし~色々秘密もあるようだし~。お互いさまじゃない?』

 

 軽い調子で痛いところを突かれ、リアトリスとしては苦笑するしかない。意図はどうあれ自分達の事情を察した上で、今まで知らないふりをしていてくれたという事なのだから。

 色々便宜を図ってくれた恩もある。警戒はすれどその警戒をする資格が自分たちにあるのかといえば疑問だ。

 

 …………まあそれはそれとして、少々思うところがある。それは。

 

「ラド。あんた娘の前でユリアに告白したの?」

『あっと! そこ突っ込んじゃう!? いやいやでもさ、僕今は独り身だし……』

「惚れっぽいんでしょ? これまでも何度も似たようなことやってきたんじゃないの娘の前で。…………。もしかして兄妹のふりもそのためとか?」

『う……』

「独り身ってんなら別に悪いとは言わないけど……。娘側の心理としたら、複雑よね」

『たはは……』

 

 リアトリスは自分でも今ここでそれを突っ込むのはどうかと思ったが、つい呆れと共に言葉がこぼれ出る。ラルはと言えば兄妹のふりがバレたことについては「まあいっか」とすませることにしたようで、リアトリスの言葉にこくこくと頷いていた。

 そしてしげしげと自分の父を下から見上げる。

 

「とと様がドラゴンの姿になるの久しぶりに見た〜。これを見ると、やっぱりにい様じゃなくてとと様よねってなるわ。かっこいいもの!」

『それじゃ普段の僕がカッコよくないみたいじゃないか』

 

 娘の言葉にやや不満そうなラド。

 

「カッコ悪くは無いけど、やっぱり威厳的な物が足りないのよぉ、とと様は。フツーに兄妹として振る舞えるくらいには無いわ」

『ええ~』

 

 ドラゴンの巨体をしゅんっとすくめるラドに、背中に乗っていたリアトリスはつるっと滑り落ちそうになりあわてて体勢を整えた。

 このまま乗っていてもなと、リアトリスはそのままラドの背中から飛び降りる。そしてきょろきょろと周囲を見回した。

 ……ほどなくして、お目当ての声が耳に飛び込んでくる。

 

「リアトリス!? 無事でよかった! けど、まさかドラゴンまで見つけてきたの!?」

 

 ラルに続き大きな建物の中から出てきたジュンペイの姿に、無事到着していたことにまず安堵する。

 次いでさてこちらの説明はどうしたものか……と後ろのどでかい相手を振り返った。探すも何も、この温泉郷に到着した時点で自分たちは目的の相手に出会って、しかも向こうから声をかけられていたわけだが。

 ドラゴン姿のラドはリアトリスにじ~っと見つめられ、何を思ったのか恥じらうように身をくねらせた。

 

『あ、ごめん。今ちょっと人になるから後ろ向いててもらっていい? 別に全裸を見られるのはやぶさかではないんだけど』

「後ろ向いてるわね」

 

 やぶさかでないなどと言われても困る。リアトリスは駆け寄ってきたジュンペイをぽすっと受け止めると。そのまま視界を遮ってラドが見えないよう背を向けた。

 

「歌は上手く歌えたかしら?」

 

 ジュンペイの顔を手で挟み、自分に向けて固定しながらリアトリスが問う。ジュンペイはむず痒そうにもぞもぞするも、こくりと小さく頷いた。

 

 ちなみにジュンペイの格好だが、現在町で興行もどきをしたときの服に着替え麗しく飾り付けられている。

 宿で着替えてそのまま行動すると目立つため、集落についてから着替えようということになっていたが……どうやらユリアが良い感じに着飾らせてくれたらしい。

 もとは歌に関して手伝えないリアトリスが張り切ろうとした部分だが、その出来栄えは素材を抜きにしても素晴らしいもの。さすがだな、とリアトリスは舌を巻いた。

 そのユリアはどこだろうと、リアトリスが建物の方に視線を彷徨わせた時だ。

 

「きゃあああああああああああああああああああああ!?!?」

「あ」

「え、何。どうしたの」

 

 丁度出てきたユリアが笑顔で手を振りながら駆け寄ってきたのだが……間が悪かったらしい。

 リアトリスは彼女の視線の先と、悲鳴の理由を察した。

 

「何全裸でほっつき歩いてるんですか変態ですか!?」

「全裸ぁ?」

 

 リアトリスに視界を遮られているジュンペイとしてはユリアの言葉の意味がわからない。分かろうとしても「ドラゴンはそりゃ全裸だろ」としか言えない。

 相手がラドだと知らないジュンペイにとって今リアトリスの後ろに居るのは、全裸の変態でなく探し求めていたドラゴンなのだ。

 

「いやいやいや!? ユリアちゃんこれは違くてね!?」

「ちゃん付で呼ぶんじゃないですよ!!」

「ごめんなさい!」

「今! 今服を着させますから!」

 

 顔を手で覆いながら叫ぶユリアにラドとラルの弁明が聞こえるが、ラドがドラゴンから人化する瞬間を丁度見逃したらしいユリアとしては全裸の変態がなにか喚いている、としか受け取れない。

 ちょうどリアトリスの体勢がラドに背を向けてジュンペイを守るように抱えていることも、誤解に拍車をかけた。

 

「もうもうもうもうもう!! リアトリスさんになんてもの見せようとしてるんです!? その上迫ろうって腹ですか!? 私に告白しておいてなんて尻の軽い! というかリアトリスさんは私の大事な人です!! そんな変態的な言い寄り方、このユリア・ジョウガサキが許しません! かくなるうえは私が直々に再び成敗を……」

「ユリア、ユリア」

「なんですかリアトリスさん安心してくださいあの変態は私が沈めます」

「誤解するのも無理はないけど、ちょっと待った。よ~しよしよしよし」

 

 いきり立つユリアを落ち着かせようと、どうしたものかと迷った末にリアトリスはユリアの顎の下を撫でた。猫じゃないんだから、と突っ込む者はこの場に居ない。そしてその効果はてきめんだった。

 

「ふひゃ~ん」

 

 妙な声をあげながら、ユリアの表情が途端にとろける。やってはもたもののその変わりようにリアトリスは「ここまでタラしこめる自分の魅力が怖いわ」と自画自賛しながら慄いた。

 

 

 

 ユリアをなだめつつそろそろいいか? と着替え終わったであろうラドを見る。

 

「あら」

 

 その姿にリアトリスは目を見開いた。

 ラドは亜人と装っていた時の姿に戻っていたが、今は明らかにその特徴が異なる。

 尖った耳はそのままに、小さかったツノはもとのドラゴンの姿を彷彿とさせる大きく立派なものに変化していたし、肌はラルにはない鱗が所々散見される。口から覗く犬歯は鋭く、柔い肉など簡単に食いちぎれそうだ。

 瞳の色もよくよく見れば金緑から金色へと変化している。髪の色は変わらず緑だが、より濃い色合いになっているよう思えた。ドラゴンの時と同じ色だ。

 

「ああ、これ? 普段は人化の深度を深めてるんだよ。結構疲れるんだけど、生活するにはこのままだと不便でねー」

 

 よく見ればその手も鱗に覆われて長く鋭い爪が伸びている。

 確かに人ほどの器用さは見込め無さそうな姿だ。すくなくとも人寄りの生活をする上では。

 

 

 

 ともあれユリアが落ち着いたようなので、リアトリスはこほんと咳払いする。

 

「少し話を……」

「おや、ラド。帰ったのか」

 

 説明をしようと口を開けば、その出鼻をくじかれる。

 見れば今度はアリアデスと並んで一人の老人が建物内から出てくるところだった。白髪交じりの草色の髪をいくつもの三つ編みにして結い上げている。なかなかに洒落た髪型だ。

 

「あ、じじ様。ただいま~」

「おかえり。ふふふ、この子の歌はお前の言う通り素晴らしいものだったぞ」

「でしょでしょ? あ、ジュンペイくん。僕にも聞かせてもらっていいかなぁ」

「え。あ、ああ。それはもちろん……んん? ラド?」

 

 ラルに服を着せてもらったラドが何事も無かったように老人の元へ駆け寄ると、声をかけられたジュンペイが疑問の声をあげる。その視線はラドと、先ほどまでドラゴンが居たはずの場所をきょろきょろと行き来していた。だが今その場にはあれほど大きく存在感のあったドラゴンの影も形も無い。

 となれば相手の今の姿や、似たような状態……魔物から人間へと変化しているジュンペイも予想がつくわけで。

 

「リアトリス。もしかして……」

「ええ」

 

 リアトリスはひとつ頷く。

 

 

 

「ラド。彼が私たちが探していた種族……ドラゴンよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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