腐敗公の嫁先生~人外夫をうっかりTSさせまして~【完結】 作:丸焼きどらごん
ドラゴンと人。
その相の子である亜人と呼ばれる種族が住む集落の長、メヌドはかつてない緊張を覚えていた。
……というのも理由は先日まで娘と共に気ままな二人旅を楽しんでいたドラゴン、ラドが帰還したところから話は始まる。
否。異常事態はすでに数日前から始まっていた。
数日前。この温泉郷をこともあろうに魔族の王が訪れたのである。それも人間を伴ってというのだから驚きだ。
軽い魔物避けの結界など効力が発揮されるはずもなく、人に扮した彼は悠々と温泉郷の門をくぐってきた。存在感はあるがどうやら意図的に正体を隠しているらしく、おそらくこの温泉郷でその存在に気付いたのはメヌドだけだろう。
メヌドはドラゴンだ。
が、すでにその長い寿命の中でも老い衰えた存在。
現在は自分たちドラゴンの子である亜人を装って隠居生活を送る身である。
ドラゴンは若い時間も長く、メヌドのように見た目に老いが出るまで年を重ねたドラゴンは長老級、などと称されもするが……大層なのは呼び名だけで、他の生物に等しく老いは力を弱くする。
魔王、それもかなりの力を有する相手だ。万が一戦うようなことになれば叶わぬだろう。これがただの魔族なら話は別なのだが、王ともなれば無理だ。
ドラゴン信仰こそあれどここは人族の領域。人と魔は交わらぬという太古よりの絶対的不文律により、本来ならば魔族の王が大人しくしていることなどないはずだが……。緊張しながら観察を続けるメヌドの心配をよそに、数日経てど呑気に観光をしているだけだった。
メヌドは老いこそしたが、その分若いドラゴンには使えぬ力を持っている。その場を動かずして遠方を覗き見ることが出来る、千里眼ともいえる力だ。
気配を感知してより数日。それを魔王だけにむけ観察を続けたが……結果として路頭に終わった。喜ばしいが、拍子抜けと言えば拍子抜けである。
魔王が人の領域でくつろいでいる。
そのこと自体が異常事態であるが、人に害をなさない理由そのものには心当たりがあった。
(ふ~む。やはり聞いていた通りか。人と魔族の魂の垣根が消失しておる)
メヌドは少し前に感じた世界全体が震える様もまた、自らの能力によって感じ取っていた。
ゆえあってドラゴンはこの世界に属さないものとされている。ドラゴンと交わって生まれた亜人もまた同じ。そのためこの世界に生きるもの全てが感じたであろう異変を、メヌド達は正確に知ることが出来なかった。
だがメヌドには長老として集落の我が子らを守る責務がある。よって情報の収集は必須。
分からないならば聞けばいいと、よくよく世話になっている温泉魔術協会の人間に異変についてをすぐさま聞きに出向いた。
聞いた異変の内容がまた驚きである。
世界の三分の一を生き物の住めない土地へと変え君臨していた
しかもその腐敗公に不具合が生じた。世界が正しく転生を果たすために、現在世界樹から生きとし生けるもの全てに腐敗公の魂を刈り取れ、という命令が意識に刷り込まれているらしい。
今の腐敗公では役目を果たせぬから、新しい存在に挿げ替える……そういうことなのだろう。
して、副産物ともいえるのが魔族と人族の境界の消失だ。
この二種族はより優れた者が残るよう交わらず、争うことを魂の根底で決められていた者達。だが腐敗公という強大な存在を刈るために協力が出来るよう、誰もが知らないままに連綿と紡がれてきた呪いともいえるそれが現在消えている。
温泉魔術師教会の者達の中には引退した大物が何人か紛れている。その彼らが正しく世界樹から刷り込まれた共通認識を分析し言語化した内容のため、メヌド自らがその「共通認識」とやらを感じ取れなくとも信じるに値する情報だ。
そしてここ数日、裏付けとして魔王が人の中で悠々と寛いで知る様を見せつけられているわけだが……。
そんなさ中、若くはあるがこの集落では唯一自分と同じドラゴンであるラドが帰ってきた。
帰って早々に若い女に声をかけている様子に「そのうちまた一人増えるかの」と集落の人口や、さてそうなれば誰に子育てを手伝わせよう……などと考えていた。魔王については気になるが若く強い同族が帰還したことに安堵もしていたのだ。
だが。
(ん? んんんんんんん!?)
メヌドの感知に妙な気配がひっかかる。それはラドが声をかけていた女性の仲間らしく、見た目は大変に愛らしい少女だった。メヌドがもう三百歳ほど若かったならば将来を見越して求婚していただろう。とんでもない美女になる、と。
だがその少女の気配は異質極まりなかった。更に言うなれば件の少女ほどでないにしろ、ラドが声をかけていた女性もだ。
メヌドは嫌な予感を覚えつつ、人に擬態していた魔王の正体を見破った時のように千里眼の力を強めた。その際彼女らと共にいた老魔術師が反応していたが、その程度問題ではない。
問題。大問題は、その後だ。
「ふ、腐敗公じゃとぉぉぉぉ!?」
「うわっ。長老。どうなさいましたか? 腐敗公?」
千里眼を切るなり叫んだ長老メヌドに、丁度夕餉を届けに来ていた側付きの者が驚いた。しかしメヌドとしては今知った事実を説明する余裕はない。
(ど、どういうことじゃ! なぜ腐朽の大地の外に腐敗公が!? しかもあんなかわいこちゃんに……! いや、いや見た目で騙されるでないぞメヌドよ。あの気配、昔好奇心で見に行った時と同じじゃ。間違いない。我らのように人化の術を身に着けたのか!? )
ひとりブツブツ話し出したメヌドに「そろそろボケたのかな……」と言いながら退室していく付き人。文句を言う暇はない。
見たところその力は非常に弱く、本体そのものでないのでは、と予想をつけたがそうだとしても一大事である。千里眼は便利な力であるが、あらゆる情報を得られるほど便利でもない。……現時点では、判断に要する情報が少なすぎた。
魔王と腐敗公がよりによって何故そろって温泉郷に。
その疑問はのぞき見を更に続け、彼らが接触したことで魔王が腐敗公に用があった、という事だけは理解した。
だが魔王は腐敗公を攻撃するでもなく、一緒に食事をした後「腐敗公の分身はここにいるぞ」という内容を含んだ信号の魔弾を拡散するにとどめている。腐敗公を倒す仲間を集めるためだろうが……分身ならば自身のみで倒すことも捕縛することも可能だったはずだ。少なくともメヌドの見立てでは。
疑問はさらに深まる。
極めつけは夜遅くに集落へ帰ってきては、自分が声をかけていた少女たちの正体も知らずに「聞いて聞いて。僕たち、とっても可愛い歌姫と知り合ったんだ~! 僕らも知らない歌を教えてくれる! この集落へ来たいって言うから、せっかくだしみんなの前で歌ってもらおうかなって」などとのたまう同族である。
しかも夜も更けていたというのに大声で言うものだから、集落中にあっという間にその話は広まった。
亜人たちは親であるドラゴンの特性を受け継いでおり、その好みもまた似ている。……つまり歌や音楽が大好きなのでだ。
旅に出ていた仲間が帰ってきたと思ったら楽しそうなことを言うものだから、その場の空気はあっという間に「じゃあせっかくだけ歓迎しなきゃね!」というものに変わっていた。メヌドは頭をかかえた。
(しかし……)
ここで長であるメヌドが「否」と言えばこの賑やかさもおさまるだろう。だが気になるのは相手が「ここに来たい」と申し出ている事。亜人という種族が居る以外、特段観光する場所も無いこの場所に。
そうなると考えは絞られてくる。腐敗公ら一行が求めているのは場所でなく、人。もしくは種族そのもの。
「ドラゴンに用向きか……?」
メヌドはふむと頷いた。
実のところ、世界がどうなろうともメヌド達ドラゴンや亜人にとっては深刻な問題ではないのだ。むしろ壊れたら壊れたで先達が悲願としていた事が叶うかもしれない。逆に無事ならこれまでの生活を送るだけ。
魔王の放った信号で少しもすれば腐敗公を狙う者達が集まってくるだろう。温泉魔術協会の者達へは下手に手を出せば危険だと伝えて何もせぬよう留めてあるが、最初から討伐を目的をしている者達は違う。
となれば話す機会は明日を置いて無いはずだ。加えて腐敗公とは違うが、ラドが言い寄っていたもう一人の黒髪の少女も気になっている。
厄ネタとして拒否することも容易いが……メヌドとてドラゴン。好奇心は強い。
「ここはひとつ、話を聞いてみようかの。あれだけ楽しそうに観光していたんじゃ。接待して心象をよくすれば、悪いようにはせんだろう」
そう結論付け、歓迎を許可した。とんでもない存在を連れて来たラドにはもう少々話を聞きたくあったが、自由気ままな青年ドラゴンは早々に自分の家で寝てしまっていた。
自分も気ままに過ごしていた若いころを思うと言いにくくはあるが、少々頭の痛いメヌドである。
そして翌日。
世界最強の大魔物を、なんとか余裕の面持ちで長老たる風格を保ったまま歓迎したメヌド。内心はとても緊張している。
さてどう話を切り出したものか、と思っていたところに丁度正体を露わにしたラドが帰還した。
メヌドはここだ! とばかりに問いかけを放つ。
「して、お客人。ドラゴンになにをお求めかな?」
長老視点