腐敗公の嫁先生~人外夫をうっかりTSさせまして~【完結】 作:丸焼きどらごん
ドラゴンに何を求めるか。
直接的にリアトリス達に目的を訪ねてきた老人は、ややあって「ああ、失礼」と首を横に振った。その後ろからはなんだなんだ、とばかりに中に居た他の亜人たちも姿を現し始める。
メヌドはそれをちらと見やると、リアトリス達に中へ入るよう促した。
「挨拶もそこそこに申し訳ない。わしはメヌド。ここの長をしておりまする」
「ど、どうも。リアトリスです」
「なにやらお疲れのようだ。どうぞ中へ。腰を落ち着けて話しましょうぞ」
言ってから老人はしばし考えあぐねる仕草をみせ、近くの若者に人払いを頼んだ。亜人たちは新たに訪れたリアトリスにも興味津々といった様子だったのだが、長の言葉を優先して渋々ながら建物を後にしていく。
ジュンペイに対して口々に歌のここがよかった! と言ってから出ていくので、ジュンペイとしてはむず痒い。
建物内へ案内される途中、道すがら長老がラドに問いかけた。
「……さて、ラドよ。それにラル。昨日は聞きそびれたが……腐敗公をお連れした事。何か考えあってか?」
「!!」
「腐敗公? そういえば昨日のお兄さんたちがそんな冗談を言っていたけど……」
長老メヌドの言葉に首を傾げたのはラルだ。その様子からラドから彼が料理屋で盗み聞いたリアトリス達の会話、事情を聞いていなかったことが窺える。後ろでは正体を知られていたことに驚いだジュンペイが身を固くしていた。
更に言うなればメヌドが今ラドに問いかけたところを見るに、彼はラドから話を聞かずしてジュンペイの正体を看過していたことになる。
そのうえで歓迎の意を示していた。……これはどういった意味合いを持つのだろうか。ラドの真意も測りかねているというのに、疑問は増える一方だ。
ジュンペイの正体を隠したまま話を聞こうとしていたリアトリス達だったが、思っていた以上に相手が有している情報が多い。
実際に居るか分からなかったドラゴンに会えたこと自体は僥倖なのだが、これはあまりよくないなとリアトリスは緊張を深める。
それに対してドラゴンの青年はどこまでも自然体だ。
「え? ああ。そういやジュンペイくんて腐敗公なんだっけ? 昨日あのお兄さん達と話してたよねぇ。冗談かなーって思ってたんだけど、じじ様が言うなら間違いないね。本当だったんだ!」
ラドは軽い調子で言うが、それもどこまでが本当かいまいちわからない。
何故かといえばジュンペイの呼び方だ。本名を知ってから気安くリアトリスとユリアをちゃん呼びしていたラルだが、ジュンペイはくん付け。それは「花嫁」をもらう立場の腐敗公を雄と認識し、ジュンペイの正体が正しく腐敗公であると知ったうえでのものではないだろうか。
リアトリス達が困惑していると、長老メヌドが手に持っていた杖でラドの尻を思い切りひっ叩いた。予備動作無しの非常に素早い動きである。
「いったぁ!?」
「馬鹿者! お前もそう若くないのだからもう少し思慮というものを深く持て! 考え無しにお連れして良い相手ではないぞ!」
「僕はまだ若いよ! それにじじ様も連れてきていいって言ったのに!」
「三百歳超えてりゃドラゴンでも若者とは言わん! お連れすることは、まあ……了承したがそれとこれとは話が別だ。わしはお前になにか考えがあったのかを聞いとる。声をかけている相手の正体を知った時、ひやひやしとったのだぞ。見ていたこちらの身にもなれ」
「ええ~? だって僕はジュンペイくんが本当に腐敗公だなんて確信してなかったわけだしぃ~」
「どうだか。あと、かわい子ぶるな。ラルならともかくお前では可愛くもなんともないわい」
「そんなぁ」
不満そうなラドにリアトリス達から「これが三百歳を超えているのか?」という視線が突き刺さった。そして次に視線を向けられたのはジュンペイである。
各人から向けられる視線には「あ、でもこっちは五だか六百年だか生きてたな」という意味合いが込められており、ジュンペイとしては年齢にそぐわなくて悪かったな、と頬を膨らませるしかない。そういった仕草がまた幼く見えるのだが。
「そういえば、あなたもドラゴンなんですか?」
「ん? ああ。そうじゃよ、お嬢さん」
ユリアが問いかけると吊り上げていた眉毛をゆるりと下ろし、老人は穏やかに肯定した。
そして静かに腕を組んでいるもう一人の老人、アリアデスを見る。
「そちらの御仁は気づいていたようじゃが」
「確信まではありませんでしたよ。ラドくんの方はもしや、とは思っていましたが……あなたは彼以上に隠すのがお上手だ」
「ほっほ。これでもそやつの倍は生きておりますからの」
つまりこの老人。否、老ドラゴンは六百歳ほどということ。同い年くらいなんだ……と考えてしまい、ジュンペイは更に複雑な気持ちになった。
リアトリスとアリアデスはといえば、下手をしたら腐敗公が現れる以前の旧世界を知っている相手ときて目をむいていた。……当たりどころか、大当たりである。
「どうぞ、話はこちらで。ささやかながら歓迎の準備をしておりましたでな」
メヌドはそう言うと広間へとリアトリス達を案内した。ジュンペイが歌を披露した部屋とはまた別のようで、広い円形の机には亜人たちが用意してくれた歓迎の料理が並んでいる。
大立ち回りをした後だけに、朝しっかり食べたにもかかわらずリアトリスの腹の虫が鳴きかけた。だが昨日と違い、気合で抑え込む。自分を褒めたい。
「……はぁ。それにしてもお前、その程度の気持ちで連れてきたのか。やれやれ」
腰かけるなり再度ラドへの小言を述べるメヌドだったが、ラドに反省したような様子は見られない。
「だって僕としては素敵な歌を歌う子だなぁ、仲良くなりたいなぁって声をかけただけだし。ね? ラル」
「う、うん。というかね、とと様? 腐敗公ってどういうこと? わたし、それについては聞いてないよ?」
「あ~……。だって、話の内容が内容だけに、ね。どこまで本当かってのも分からなかったし。これはホント、ホント」
「どうだかのぉ~」
「ねぇ~」
娘と長老からジト目で見られてラドは逃げ道を探すようにして視線を彷徨わせた。そしてばちっとジュンペイと視線がかち合うと、手を叩いて「さぁ!」と言わんばかりに手を広げた。
「君たち、僕らドラゴンに聞きたいことがあるんだろ? なら答えるからさ。そっちの事情も聞かせてくれない? ここまできたなら、隠しっこなしで」
ラドの言葉にリアトリスはしばし考えるが、どちらにせよ魔王との対談は聞かれているのだ。彼はそれを含めたリアトリス達の事情を整理した上で話してほしい、と要求しているのだろう。
どうも長老とラドたちの間に認識の齟齬があるような気がしてならないが、もしこれで話を聞けるならば安いものだ。
一度は追っ手を撒けたが、あまり温泉郷へ長居も出来ない。緊張感はとけないが、ここで下手にまごついても損するだけだと割り切る。
「……わかったわ。お願いする立場なのはこちらだしね」
リアトリスはひとつ頷き、この温泉郷へ来た目的を簡潔に語った。
ひとつ。腐敗公であるジュンペイが世界から排除されないための方法を求めている事。
ふたつ。そのための手がかりになる情報を、魔族でも人間でもない、理の外に居るであろうドラゴンが持っていないか知りたかった事。
みっつ。実際の手段として用いようと考えている、生命樹の種を所持していないか聞きたかった事。
最低限に絞った事情の説明と、彼らに訊ねたいことをかなり簡略化してまとめた。
その他はメヌドが腐敗公がなぜそんな姿なのか、何故魔王が居るのかなど質問をし、それに答える形となった。
話しの途中で分かった事がある。
どうやらラドとラルは腐敗公が世界転生の要となる存在だと知らなかったようなのだ。少し前に変な気配はしたが、世界全ての知恵ある生き物に共通認識として刷り込まれた情報……それらは受け取っていないと。
それについては長老メヌドが補足をしてくれた。
「お察しのようだが、我らはこの世界の理の外に居る。仲間外れと言った方がよいかの。……ゆえにその情報を自分たちだけで知りうることは不可能なのじゃよ。わしは知り合いに聞いて、およその理解はしているが」
「じゃあラド達は今初めてジュンペイの、腐敗公の役割を知ったわけか」
目の前の愛らしい歌姫が原因で、三年で世界がなくなってしまうかもしれない。それを初めて知った彼らはどう受け止め、どんな目でジュンペイを見るだろうか。
だがリアトリスの懸念をよそに、ラルは人差し指を唇にあてて首を傾げた。その様子に嫌悪の感情は見られない。
「う~ん。そうなりますけど……共通認識ですかぁ。聞いただけじゃよくわからない感覚ですね。多分それを受け止めていたら違うんでしょうけど、話だけで聞くと奇妙な感じです」
「ああ……」
なるほど、そうなるわけかとリアトリスは頷いた。
自分の家族を含めた人族、魔族の知恵ある生き物達は、知識不足による違和感を刷り込まれた認識によって理解、納得へと変えていた。ラルのようにそれが無いものにとって、表面だけの話を聞いただけでは飲み込めないのが普通なのだろう。
リアトリスもまた、肝心の異変の時にジュンペイと接触していたからか共通認識の刷り込みを完全に受け取れた状態ではなかった。だがリアトリスは魔術師である。その辺は知識と、オヌマ、エニルターシェらから話を聞いたことで補完が出来ている。
長老メヌドも同じく知人からの知識を得ていたようで、その辺がラド達との間に認識の齟齬があると感じた理由だったらしい。
「ええと。世界が消えちゃう可能性だっけ? なら僕らにはあまり関係ないかなぁ」
「はぁ?」
考えを巡らせていると、ラドが何でもないように言うものだから思わず声が出る。住む場所そのものが自分たちごと消えることを関係ないとは、流石にそれはないんじゃないか? と。
しかしながら、リアトリスの驚きをよそにメヌドはそれを肯定した。
「うむ。むしろなったらなったで、ドラゴン全体にとっては歓迎すべきこと。まあそうならなくとも構わぬわけだから、わしらにとってはどちらでも良い事なのですじゃ。だからというわけでもないが、我らにあなた方と敵対する意思はないのですよ。……これは最初に言うべきことでしたな」
「ええ!?」
自分が原因で世界が消える。そんな重荷を背負っていたジュンペイにとって「歓迎」の一言はこの集落に招かれた時以上の驚きだった。
「俺が言うのも変だけど、住む場所ごと消えちゃうんだぞ? 大変なことだし、焦ったりしないの? それに俺の事が怖くない?」
驚きのままにぱたぱたと手を動かしながら問うジュンペイに、ラルがくすっと笑う。
「ピンと来てないってのもありますけど、こ~んな可愛い子を怖がるのはわたしにはちょっと無理ですよぅ」
「それは! 俺が今こんな姿だからで……」
それ以上どういって良いか分からず、ジュンペイは肩をすくめて口をもごもごとさせた。
見た目もあるが、そういった仕草や言動が人に脅威を抱かせないのだと気づいていないのは本人ばかりである。
そんなジュンペイに気を遣ったのか、ラドがことさら明るい雰囲気を作った。
「ともかくジュンペイくんがどんな存在でもさ、僕は純粋にこの子の歌を楽しみたかったんだよ。それ以外に関わった理由なんて無いし、連れてきたのはここへ来たいと言われたから。以上!」
「ふむ。まあそこに惹かれるのも無理はないが……。わしも先ほどの時間は実に楽しませていただいた。相手が腐敗公であることなど、一瞬忘れてしまうほどに」
目を細め満足げに頷いたメヌドは、ちらとユリアを見た。
「お嬢さん。あの歌を腐敗公に教えたのはあなただと聞いているが」
「え、ええ」
長老の金緑の瞳が金色に染まりユリアを、そしてジュンペイを見つめる。魔術的な気配にリアトリスが身構えるが、それをアリアデスが制した。
「害あるものではない」
「ですけど……」
「おお、失礼。わしの眼は便利での……遠方や、外見だけでは分からないことも見通せる。この距離ならば、なおのこと」
メヌドはあごを撫でると何かを納得したように頷いた。
「どうやら"あなた方"は……我らと同じ外来種のようだ。ラドとラルが惹かれた最大の理由はそこだろう。現にわしを含め、他の子らもずいぶん魅了された。歌には世界の香りがよく混じる」
「あ、やっぱり? 僕にはじじ様みたいな力ないから確信は無かったけど……」
「そこまで気づいとったのならもっと分かりやすい部分の正体も見抜けるようになれ」
「はぁい」
外来種。
新たな言葉に異世界から召喚された聖女と、推測段階ではあるが同じく異世界の魂をもつ可能性のあるジュンペイが身を強張らせた。
リアトリスの戻りが予想以上に早く、頼まれていた情報収集が出来ていなかった事に気まずさを感じていた二人だが、いざ提示された情報は予想外のもの。
世界の法則を、理を外れた存在であるドラゴンとはなにか。そこから手がかりを手繰るつもりだったが……まさか自分たちに関わることを言い当てられるなど思いもしない。
「あの。お話を聞かせていただいても?」
意を決してリアトリスが長老を見る。
気になることばかりではあるが、敵対する様子もなく人払いまでしてくれたのだ。推測するよりも直に聞いた方が早い。
「もちろん。何をしてやれるでもないが、昔語りをする程度ならばできますじゃよ」
「知らない情報を聞かせてもらえるだけで助かるわ。そのためにここへ来たんだもの」
「ほっほ。それはよかった。腐敗公が世界から排除されないための方策などわかるべくもないが、我らの話の中に糸口がみつかるかもしれないと……貴女はそうお考えなのだろう」
「ええ」
「ならば語りましょう。どうせ同族以外には語る機会など無い話。それをお聞かせできるなら、わしにとっても喜悦となりますゆえ……」
うっそりと笑った老人の瞳には、永くの時を生きた英知が垣間見えた気がした。