腐敗公の嫁先生~人外夫をうっかりTSさせまして~【完結】 作:丸焼きどらごん
腐敗公に"ジュンペイ"という名がつけられ、その後リアトリスの手によって無事に人化の術は施された。
その後丸一日。極度の疲労により死んだように眠ったリアトリスだったが、死の気配が蔓延する大地にもかかわらず魔術で成長させた白い樹は、彼女の体を広げた枝葉で柔らかく支えた。
おかげで劣悪な環境にも関わらず、リアトリスは十分な休息をとることが出来たのだが……。
目覚めたあと変わらないとある現実に、リアトリスは乾いた笑いを"旦那様"に向けるしかなかった。
腐敗公ジュンペイと、その魔術の先生となったリアトリス。
時間にしてリアトリスが生贄に捧げられてから四日目。現在彼らはこの腐朽の大地で唯一の安全地帯である白い樹の上で、授業初回を迎えていた。
「まず、魔術がどういった物であるか理解してもらうわ。曖昧な認識で使うと、術の精度が落ちるからね。まずは何事も理解することが大事よ」
誰かに魔術を教える。リアトリスはこれまでになかった経験に少々緊張していたが、極めて落ち着いた態度を心掛けていた。
教える側に自信が無さそうでは、教わる相手に不信感を与えてしまい授業の質が下がるからだ。少なくともリアトリスは自分だったら、おどおどした自信のない教師になど教わりたくない。
「魔術というのは、平たく言うと魔力という"材料"を使って製品を"作りあげる"技術であり、魔力という"燃料"を使ってそれを"動かす"技術。その二つを総合して魔術である、と定義されているわ。どちらもまず魔力が無ければ始まらないけど、それを現象として引き出すためには技術が居るの。その技術を操れる技術者の事を、魔術師と言うわけ。ジュンペイ。あんたは今、技術はないけど材料と燃料だけはたくさん持っている状態ね」
出来る限り噛み砕いて説明するが、相手からの反応は薄い。それに少々眉根をよせつつも、リアトリスは授業を続ける。
「でもって、その材料兼燃料たる魔力には二つ入手場所があるわ。ひとつはもともと私たち生命が生まれながらに保有しているもの。あんたの場合、それが馬鹿デカイのよね。それともう一つは、私たちが今生きている世界に重なって存在している"星幽界"という別世界。そこから引っ張ってくる魔力ね。生物が保有している魔力なんて微々たるものだから、ほとんどの場合は星幽界から引き出して魔術は行使される。人間も、魔族もね」
「………………」
「…………続けるわよ? えーと、だから魔術は別名で星幽術なんて呼ばれたりもするわ。魔力だけでなく、星幽界に存在する"事象そのもの"を引っ張り出せたら一流ね。通常は魔力という燃料を使って、こっちの世界の法則に基づいて魔術として形になるの」
「………………」
リアトリスは魔術を学ぶにあたって一番の基礎である説明を述べるが、それを聞いている相手は沈黙し心ここにあらずといった様子だ。
思わずため息をつきたくなったリアトリスだが、自分に原因があるだけに強く注意することが出来ない。一応彼女も"その事"に関しては、とても申し訳なくは思っているのだ。一応。
しかしのんびりしている暇は無い。主にリアトリスの精神的健康のために。
リアトリスの計画としてはとりあえず基礎を叩き込んだのち、さっさとこの腐朽の大地を抜け出して場所を移して授業を行いたいのだ。そのためには解決せねばならない問題は多いが、その点リアトリスは自分の才能を信じ切っているので微塵も不安は感じていない。
が、それを解決するまでの期間に基礎だけでもしっかりと習得させねばリアトリスの矜持にかかわる。
リアトリスは心を鬼にした。
「もう、ジュンペイ! 気持ちは分かるけど、今は落ち込んでないで勉強よ勉強!」
「~~~~! そうは言うけど、無理だろ! 見てよこの姿!」
リアトリスの言葉に、人の姿になった腐敗公……ジュンペイは、ばっと体を広げて不満もあらわに主張する。その際にふわりと、柔らかな金糸が舞った。
その姿に一瞬怯みそうになるも、リアトリスは開き直ったように畳みかけた。
「いいじゃない、何処からどう見ても立派な人間だもの! ただ、ちょっと女の子になっちゃっただけでしょ。気にする事無いわ。すっごく可愛いわよ!」
それに対してのジュンペイは悲鳴のように声を張り上げて反論する。その声は声色はともかく非常に可愛らしく、まるで鈴を転がすように可憐だった。
「フォローになってない!! 最後に付け加えた可愛いは、俺にとってはとどめだよリアトリス! 君はお嫁さんにそんな事を言われる俺の気持ちが分かってないよ!」
……念願の人化が叶ったはずの腐敗公ジュンペイ。
彼は何故か現在、金髪碧眼の愛らしい少女の姿になっていた。
時間は一日前まで遡る。
「変化の事象よ、星幽界より来たりて我が望みを満たせ。我は欲し、望むものなり」
リアトリスが少々長い呪文の末に結びの言葉を発すると、毒の霧で常に薄暗く陰鬱とした腐朽の大地に光の柱が立ち上った。
わずかに紫電と水の雫のような煌きを纏いながら、光の柱は次第に中心へと向けて収束していく。そしてそこに居るのは腐敗公……ジュンペイと名付けられた魔物。世界の三分の一を有する、腐朽の大地の主。
彼は現在リアトリスによって、5百年以上にも及ぶ孤独な魔物生に終止符を打つ第一歩とするべく……人化の術をかけられていた。
魂の根源より生まれいずる生命がもともと保有する魔力と、世界に重なる異世界……星幽界から雨のように零れ落ち、集まり無数の支流のように世界を巡る魔力。
そのふたつの材料を掴み取り、編み上げ、召喚し、現れた事象に更に燃料として魔力を注ぎ込み望む結果を得る。それが魔術を行使する際の過程だ。
ちなみに世界から魔力を引っ張ってくる場合、魔力には流れる支流によって属性が存在する。その中から自分が使いたい術に適した属性を選び取ることが重要だ。
適した支流から、適した属性を選び取る。魔術とは個人の魔力以前に、支流を選別し見極める知識と慧眼もまた、必要なのだ。それらをすべてひっくるめて有する者こそが"魔術の才"がある存在と認識される。
そして最高位の地位から排斥されたとはいえ、宮廷魔術師を務め天才の称号をほしいままにしていた女……リアトリス・サリアフェンデ。
彼女は天才だった。
しかしどんな天才だろうと、不測の事態というものはいつだって、誰にだって訪れる。
「………………」
微笑んでいる。彼女にしては非常に珍しい、慈愛すら感じさせる柔らかい笑み。
それを浮かべているリアトリスは、同時に大量の脂汗を滲ませていた。
「………………」
そして何も言わないリアトリスの対面では、同じく何も言わず……。否、言えず絶句している小さな人影。
蜂蜜のような濃い黄金の巻き毛が白く無垢な体躯に流れ落ち、散らばっている。豊かなそれはたっぷりの毛量にも関わらず、重さを感じさせない軽やかさも併せ持っていた。
白いかんばせ、バラ色の頬。宝石もかくやといわんばかりの美しい碧眼を縁取るまつ毛は扇のように広がり、その影が麗しさに憂いを添える。
唇は艶を帯び、珊瑚のように可憐な色だ。
そんな特徴を有しているのは、齢にして十歳ほど……と思われる美しい少女。
少女。
「ごめん」
リアトリスに唯一言えたのは、それだけだった。
「なんでぇぇぇぇぇぇ!?」
「あ、あらー。声も可愛いのねー」
絶叫する少女に、リアトリスはなんの慰めにもならない言葉をかける。それ以外に言葉が出てこないのだ。何故ならばリアトリスの心もまた、少女と同じく混乱している。
だからといって、少女……腐敗公ジュンペイの追及を免れられるかといえばそうではない。ジュンペイは"ほぼ"まっ平らな自分の胸や"何もない"股間をペタペタと触りながら、悲嘆にくれた声でリアトリスに問いかけた。
「俺、俺、リアトリスの理想の旦那様に相応しい姿にしてもらえるはずだったんだよね!? な、なんでチンコもキンタマも無いんだよ! これじゃ女の子だ! しかも子供の姿だし!!」
「こらっ、女の子がチンだのタマだの言うもんじゃありません! お下品よ!」
「女の子じゃないから!!」
「いっけね。あ、あはは……ごめん、つい。あんまりにも可愛いもんだからさ~」
「だから! そうなったのは何で!」
「いや~、それにしてもあんたの知識ホント基準が分からないわ~。人間の男にくっついてる性器とか知ってるのね~。ふっしぎ~。あとあんな無性別な見た目しといて、男って自覚はちゃんとあるんだ~。ふっしぎ~」
「誤魔化さないでくれ!」
「……いや、悪い。本当に悪かった、ゴメン。正直私も今、混乱してる」
ぐいぐいと詰め寄ってくる全裸の美少女を前に、リアトリスは頭を抱える。
そしてふと少女を見て……その頭から伸びる紐のようなものに気が付いた。何気なく視線で追って、リアトリスはビクッと肩を跳ねさせる。
その様子に気づき、彼女の視線の先をうっかり見てしまったジュンペイもまた同じくビクッとした。
「お、俺……!? ……だよな?」
現在リアトリスと少女になったジュンペイは、リアトリスが魔術によって成長させた樹の上に居る。そのすぐ横にはずんぐりとした、小山のように巨大な影がひとつ。
それは人化する前のジュンペイの真の姿……腐敗公と呼ばれる魔物だった。しかしずっと開かれていた巨大な瞳は閉じられており、本当にただのヘドロの山のようなありさまを晒している。
……そしてジュンペイの頭部から生えている紐は、魔物の頭頂部に繋がっていた。
「俺はここに居るのに何で俺が……?」
少女の姿だった事は予想外とはいえ、自分は人間になれたのではなかったのか。
そんな疑問を含んだ声に、リアトリスはポリポリと頬を掻きつつ答える。
「あっちゃー……やっぱり無理だったか。いや、ごめんなさいね。ジュンペイくらい大きい魔物を人化させようと思うと、まず人化の前に縮小って過程も挟まないといけないんだけど……。あんたは体に加えて魔力の保有量が大きすぎるもんだから、私の手には負えなかったみたいね。ドラゴンだって人化させられる自信あったのに、やっぱあんたとんでもない。うっかり忘れそうになるけど、流石世界の三分の一を支配してるだけあるわ……」
「ど、どういうことなんだ?」
「簡単に言うと、私にはあんたの体の一部を人化させるのが限界ってこと。全体を変化させるには魔力不足、実力不足ね。悔しいけれど。……私がこんな素直に自分の実力不足を認めるなんて、珍しいんだからね」
「え、えっと?」
「……ほら、見なさい。今もジュンペイとあのジュンペイの体は繋がってるでしょ? だからアレは今もあんたの体。試しに動かしてごらんなさい」
「ええ? …………。……あ! 本当だ、動いた」
人の体を手に入れたからか、半信半疑でジュンペイは汚泥の体に意識を向ける。しかし特に意識するまでもなく、腐敗公の体は簡単に動いた。
意識すれば閉じられていた瞳も開くが、そこに意思が宿っているようには見えない。
それは現在腐敗公ジュンペイの意識が人間の体に変化した方に宿っているからだ。
「…………なんだかヒトモドキチョウチンアンコウみたいね……」
「なにそれ」
「アルガサルタの海に住む怪魚よ。頭から伸びる触手の先を可愛い人間の女の子に変えて、それを疑似餌にして人間を騙して食べるの」
それを聞いたジュンペイの顔が嫌そうに歪む。今まで多くの生き物を殺してきた彼だったが……殺した相手を意図的に食べたことは一度も無い。体に溶けて結果的に吸収してしまった感じになったのは不可抗力だ。そのため自分が言えた事ではないが、妙な化け物と一緒にされるのは気分が悪い。
せっかく手に入れた人間の体。あらゆる感覚が新たに備わり、本来なら文句など言えるはずもないのだが……。見た目に加えてそんなことを聞いてしまえば、複雑な心境にもなろうというものだ。
「卵はとっても美味しいわ」
「食べるの!?」
人を食べた生き物をまた人が食べる。その食物連鎖に、食事を必要としないジュンペイの心境はいっそう複雑さを増した。
しかし混乱の極みにあったものの、はっと我に返ったジュンペイは最初の疑問に立ち戻る。
「そ、それで! なんで女の子なんだ! リアトリスの理想の旦那様の姿ってこれなの? リアトリスはレズでロリコンなの!?」
「なによ、れずだのろりこんって……。あんた妙な言葉使うわね。ま、まあいいわ。えっとね、実を言うと……」
本当なら疲労に任せて、すぐにでも眠りたい。しかしこの状態下で放置するのは流石に可哀そうなので、リアトリスは回らない頭で言葉を探す。
そして絞り出された言葉に、ジュンペイは顎が外れんばかりに大きく口を開いた。人間になったばかりにしては表情豊かである。
「ああと、えっと、うん……。ごめんなさい、ようやくこの事態に理解が追いついた。術式以前にこれ私の心境のせいだわ。モロに願望が出たというか……」
「やっぱり小さな女の子が好きってこと?」
「違くて! 可愛いな~とは思うけど、恋愛対象じゃないわよ! だからその、ええと! そのね? 最近凄く疲れてて……。ある上司のせいで軽く男性不信っていうか、その他諸々でもう結婚とか考えるの正直面倒くさくなってて……。もう旦那とかいらないから子供だけ欲しい。めっちゃ可愛い子供だけ欲しい。可愛い女の子だったら最高だとか考えてて……」
だんだん言葉尻が小さくなっていったリアトリスだったが、もうここまで言ったなら! と開き直ったのか、最後ははっきりと言い切った。
「あっはー、ごめーん! 理想の旦那じゃなくて理想の娘の姿にしちゃった!」
「はぁぁ!?」
いい笑顔でとんでもない事を言い切ったリアトリスに、ジュンペイは泣きそうな顔で叫んだ。
しかも目の前の女は、続けて更にとんでもない事を告げる。
「ちなみに一度決めた人化の術の結果は常に固定されるから、私の術じゃあもうその姿以外に変化させられないわ!」
「ふぁ!?」
「だから別の姿になりたかったら、自力で術を覚えて頑張れってことね! あ、その場合は私の夫に相応しい、私の理想の姿でお願い!」
「投げやりな上に自分が失敗したくせに図々しいな!?」
こうして腐敗公の人化への修業の道は、大きな目標を得て始まった。
誰にも嫌われない姿を、誰かと共に歩む道を、世界を生きるための方法を。
腐敗公には欲するものがたくさんあった。そのどれもが、欲しては諦めてきたものだ。……だというのに、いきなり一足飛びでその上の目標を手に入れろと言われたのである。
自分で人の姿に、しかも嫁に旦那として見てもらえる……彼女の理想の夫に相応しい姿になれ。そう言われたのだ。
明確な目標が出来たことは、果たして彼にとって良かったのか悪かったのか。この時点ではまだリアトリスにもジュンペイにも分からない。
が、とりあえず授業を受けるに適した肉体にすることは出来たので、まあ良しとしたリアトリス。大雑把である。
彼女は目の前で崩れ落ちた旦那(仮)の気持ちからは無情にも一度目を背ける事にして、これからの予定を告げた。
「ま、まあいいわ! それでこの後の予定なんだけど……私は寝るから、その間に人間の体でいろいろ試してみなさいな。でもって私が起きた後だけど、最低限。本当に最低限の知識だけあんたに教えるわ。そしてそれが終わったら即移動よ」
「移動?」
首をかしげる腐敗公。今度は人の姿だったのではっきりとその様子が分かったリアトリスは、彼の疑問に答えるべくぴしっと人差し指を立てて述べる。
「こんなところじゃ、おちおち修行どころか住むことも出来ないわ。いい? 私は美味しいものを食べて、安心して眠れる場所で、清潔な服を着て過ごしたいの。だからあんたの本体がここにある限り拠点はここにおくしか無いとしても、魔族領でも人間領でもいいから、どっか別の修業場所を見つけたいわけよ」
「で、でも! 俺が行ったら、その場所がまた溶けちゃうだろ!? この紐? があるから、本体だけ置いてこの体だけ移動するとか出来そうにないし……」
「そこら辺はあんたが基礎を勉強してる間に、私が解決策を考えるわよ」
「……つまり今は何も考えてない、と?」
「そういう言い方もあるわね。だけど私は天才だもの。どうにかなるし、してみせるわ!」
胸を張って堂々と、きっぱり言い切ったリアトリスは微塵も自分を疑ってはいなかった。
先ほどの盛大な失敗はすでに忘れたようである。
「その自信は何処から湧いてくるんだ……。羨ましいよ……」
呆れながら……しかし何故か気づけば腐敗公は笑っていた。
(色々不安だけど……。今はお嫁さんを信じよう)
こういうのを「乗り掛かった舟」というのだろうかと、何処から湧いてくるのか分からない、使い方が果たして合っているのかも分からない知識に腐敗公ジュンペイはまた笑う。頼りになるのだかならないのだか、分からない船長だと。
眠りも必要とせず、食事も必要とせず、時間の流れも曖昧で、数百年生きた自覚も無かった腐敗公。
諦念に濡れた思考と生活の中に突如現れた希望は、あまりにも乱暴で鮮烈だった。
まだほとんど、腐敗公の悩みは解決していない。しかし彼女がやると言うのなら、やってくれるのだろうと信じ始めている自分に気づく。ならば自分もそれに応えようではないか。
諦めるのはもう、やめにしよう。
今まで与えられなかった可能性は示された。ならばそこに向かって突き進もう。
きっとどんな結果になろうと、自分は後悔しないだろうから。
ジュンペイはリアトリスに手を差し出した。そして満面の笑みを浮かべて告げる。
「これからよろしくお願いします、先生! ……そして、俺のお嫁さん」
「あら、改めて挨拶だなんていい心がけだわ。……ええ。よろしくね、旦那様」
リアトリスは差し出された手を、こちらはニヤリと笑って握りかえした。
この日初めて、腐敗公は人の体温を知った。