腐敗公の嫁先生~人外夫をうっかりTSさせまして~【完結】   作:丸焼きどらごん

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60話 立ちふさがる者

 これは腐朽の大地を目指し始めてから、半日を過ぎたころの出来事。

 

 

 

 

 ドラゴンの金眼(きんがん)と似て異なる黄色の目が、夜闇よりも濃く暗い黒髪の下で三日月のように歪んだ。

 

「なあ、この世で一番楽しい事って知ってるか」

 

 長い爪で頬をかりかりひっかき、赤い口内にずらりと並ぶ尖った歯を覗かせながら魔王が嗤う。その傲慢かつ子供が虫を弄ぶような無邪気さを併せ持つ笑みは、なかなか神経に障るものだ。

 

「上手くいくって勘違いしてる奴を邪魔して、しみったれた顔を拝むことだよ」

 

 意外とちんけな趣味してるなこいつ、と思いながらもやられていることは笑えない。リアトリスは眉根をよせた。

 

「はあ? 魔皇ともあろう者が小物臭い」

「小物臭い趣味を全力で楽しめるの、逆に大物っぽくてよくないか?」

「知るか!」

 

 臆するものかと言葉を返すも、油断すれば頬が引きつりそうになる。

 それでも。リアトリスは自分たちの周りを囲う純黒の剣で出来た檻と、眼前に広がる人と魔族で編成された軍を前に……笑い返してやった。

 出来るものなら、やってみろと。

 

「……はんっ! 上ッッ等よ。この天才魔術師リアトリス様と、世界最強の大魔物……腐敗公ジュンペイを前に、無事で帰れるなんて思わないことね!」

 

 まあその腐敗公は今、分身体なんだけど! とは心の中に留め置いた。

 たとえこれが虚勢だとしても、虚勢と認めなければそのまま勢いになる。

 

 リアトリスが言ってることとその表情だけ見れば、どちらが悪役か分かったものではない。……といっても、この場に悪役など存在しないのだが。

 自我と自我のぶつかりあい。天秤にかかるは世界丸ごとと、たった一人。

 規模は違えど、互いに譲れないものかけている。そこに悪と正義など存在しない。ただただ、生存の覇を競うのみ。

 己の快楽を優先させた愉快犯が二名ほど紛れていることは否めないが、それも悪意ではありえなかった。

 

「はっははは! 言うねェ!」

「笑ってられんのも今の内だからな! 喜びなさい、魔王ザリーデハルト。たった今、お前が私の中でこの世で嫌いなもの最上位に躍り出たわ!」

「光栄だ」

「~~~~!」

 

 相手の余裕に歯噛みするリアトリスだったが、その手をぎゅっと握る柔らかい手の感触に横を見る。

 

「大丈夫」

 

 幼げで愛らしい容姿。しかし今はその中に確かな凛々しさが光って見えた。

 大人とまでは言えないが、それはおそらく成長と覚悟の発露。

 

「俺はリアトリスともっとずっと長く生きていきたいし……もうひとつ死ねない理由が出来た。だから、大丈夫」

 

 理由が出来たから大丈夫とは、そうなるための根拠にはなりえない。だがリアトリスにはその姿が非常に頼もしく見えた。その原因が半分は自分で……もう半分が別の理由であることに、ほんの少しの嫉妬を覚えてしまうくらいに。

 

 が、リアトリスとて先ほどジュンペイの話を聞いた今、余計に負けるわけにいかない。

 それは目の前の相手だけでなく、もっと大きな流れともいうべきものに。

 

 

 

 自分たちは今、自分たちのわがままで世界に喧嘩を売っているのだ。

 

 

 

「ふふっ、頼もしいわね。……じゃあジュンペイ。覚悟はよろしくて?」

「もちろん」

「じゃあ……いくわよ!」

 

 打ち合わせていた通り、リアトリスはこれまで慣れすぎて無意識下で行使していた術を解除した。

 

 同時に風の術を練り上げ解放し、旋風を巻き起こす。それに乗って上空へ舞い上がると……肩にぬとっとしたものが乗ったことを確認し、銀鱗の雨をまき散らしながら急降下。乱れた人と魔族の群れに突っ込んでいく。

 しかし流石腐敗公討伐に編成された精鋭たち。……攻撃に対応しつつも、すぐにリアトリスの動きを捉え逆に攻撃を仕掛けてきた。

 

 だがその攻撃は、鋭く振るわれた鞭のような何かに薙ぎ払われる。

 

 ……薙ぎ払われた武器は、全て腐り溶けていた。

 

 

 

「さあさあ溶かされたくなかったらおどきなさい! この大地の支配者……腐敗公のお通りよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は少し遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラドの背に乗り、意気揚々と腐朽の大地へ向けて飛翔を続けていたリアトリス達。何にも遮られない空路というものは実に快適で、ドラゴンはこれを商売にしたらいいんじゃないかしら? などと思うリアトリスだった。

 そんな快適な空の旅も、残念ながら途中までだったのだが。

 

「そんなに急いでどこへお出かけだ? お嬢さん」

「!!」

 

 耳元で声がしてざわりと鳥肌が立つ。振り返れば間近でこちらを見つめる黄色の眼球。

 

「ッ!」

 

 すぐさま攻撃に移ろうとしたリアトリスだったが、服の首元をぐいっと掴まれて体が宙に浮く。彼女の腰に掴っていたジュンペイとユリアもまたそれに引っ張られるが、抱き着いていた腕は乱暴に蹴落とされた。

 ジュンペイはかろうじてリアトリスの脚に掴りなおしたが、あまりに突然の事で対応できず、ユリアは蹴られた勢いのままに手を離してしまう。ジュンペイが片手を伸ばすも……小柄な少女の腕では、届かない。

 

「優梨愛!」

 

 ジュンペイの叫びも空しくあやうくユリアがラドの背から滑り落ちそうになるが、それをすかさず伸びたアリアデスの逞しい腕が掴んだ。老魔術師はそのまま自分の方へ少女を引き寄せ、揺るぎない体で受け止める。

 ジュンペイはユリアがアリアデスに助けられたことを確認すると、ほっと息を吐き……次いで、お呼びではない闖入者をぎっと睨みつけた。

 

「ちょ、と!! 離しなさいよ!! あんた手は出さないんじゃなかったの!?」

「何もしないとは言ってない、とも話しただろ。というか、その発言を素直に信じてたならアホすぎて可愛いなぁ」

 

 襟首を掴まれたままバタバタ暴れるリアトリスをせせら笑うのは、魔王ザリーデハルト。今は魔族としての特徴を隠そうともせず、蝙蝠に似た八枚の翼を広げている。

 

『ちょっとちょっとー! 無断乗ドラゴンはお断りだよ君~』

「そんなつれない事言わなくてもいいんじゃないか? なあ父上」

『え゛』

 

 背中での騒ぎに気付いたラドが急停止し、突然背中に現れたザリーデハルトに文句を言うがさらりと告げられた爆弾発言に固まる。

 魔王の乱入だけでも驚くというのに、更に驚きの内容をぶち込むんじゃない!! とリアトリスは心の中で盛大に叫んだ。しかし現在、実際に突っ込む余裕はない。

 

「父……いや、今はどうでもいいよそんな事!! それよりお前、リアトリスを離せ!」

「ええ~。どうでもいい扱いするには結構衝撃の事実ってやつじゃないのか? もっと俺に興味持ってくれよ腐敗公。魔皇ザリーデハルトはどうしてこんなに強いのか! に迫る話だぞ~?」

「図々しんだよ! 俺の事臭いって追っ払ったくせに! お前になんか興味ない! 嫌いだ!!」

「おいおい。嫌いってのは、興味あるってことだぜ」

「いちいちうっせぇな!! ともかくその手を離せって言ってんだ! 溶かすぞ!!」

 

 ぎらぎらした目でザリーデハルトを見ると、ジュンペイはぐっと身を乗り出して腕を伸ばした。この距離ならば掴める。

 

(そうだよ。俺は腐敗公! 戦う手段なんかなくても、存在するだけで大迷惑の歩く大災害! 始めからこうしてやればよかった!)

 

「おっと」

 

 小さな手のひらが丸太のように太い足に触れると、瞬く間に衣服が溶け、更にはその下にある皮膚、肉が溶解し腐り落ちていく。常人ならば耐えられない痛みと光景だろうが、そこは魔王。高らかに笑うと、遠ざけるどころかジュンペイの襟首をつかんで近くに引き寄せた。

 

「よぉし! そのまま掴んでろよ。さあお二人様……ご案内だ」

「え? ちょ、なにを……きゃあああああ!?」

「うわーーーー!?」

「リアトリスさん! ジュンペイくん!」

 

 魔王ザリーデハルトは未だ自分の発言で固まったままのドラゴン、ラドの背中から八翼でもって飛び立つ。当然リアトリスとジュンペイは掴まれたままであり、なすがままに空へと連れ出された。

 

『あ、この! ちょっと待ってっていうか君本当に僕の息子!? 僕君の事は見たことあるし知ってたけどさすがにそんな』

「二百年くらい前の事思い出してみたらどうだ? ま、いいさ。今まで特に興味なかったし、いけ好かなくはあるが俺が生まれる要因となった偉大なる父上だ。これ以上関わらないよう、温泉郷に帰ることをお勧めするぜ」

 

 愉快そうに笑うと、ザリーデハルトはそのまま糸がほどけるようにばらけて消えていく。それは掴まれているリアトリス達も同じだ。

 リアトリスはそれを「短距離転移」の魔術だと見抜くが、短時間でそれに抗うすべは持ちえない。

 

「むこうの準備できたみたいだからな。本当はこんな無粋な真似したくなかったが……向かう先がどこか、わかっちまったからよ。腐朽の大地の本体にもどられちゃ、この分身体ちゃんが頑張る姿が見れなくなっちまって面白くねぇ。つーことで、ちょっと借りてくぜこの二人」

「待ちなさい!!」

 

 ユリアが叫ぶも、ザリーデハルトは笑みを浮かべたままリアトリスとジュンペイを連れて消え去ってしまう。

 

 後には混乱の渦中にあるユリアとラド、そして厳しい視線で魔王が消えた空間を見つめるアリアデスのみが残された。

 

 

 

 

 

 

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