腐敗公の嫁先生~人外夫をうっかりTSさせまして~【完結】   作:丸焼きどらごん

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※本日12月30日二回目の更新となります。


61話 彼が願ったもの。新たに望むもの

「あの魔王野郎、人を掻っ攫ったかと思ったら放置って……」

 

 魔王ザリーデハルトに転移魔法で連れ去られた先は、なんとリアトリス達が目指していた腐朽の大地。

 毒の霧が湧き、何もかもを溶かしては忌むべき粘液になり果てた汚泥が埋め尽くす場所だ。ここがその中でどこに位置するかは分からないが……どこもかしこも同じ光景のため、そう長く離れていたわけでもないのに妙に懐かしく思える。

 リアトリスは転移後、自分たちを放り投げるなり何処かへ消えた魔王に憤慨しつつも少しほっとしていた。そのほっとしてしまう自分が情けなくて少々腹立たしいが。

 どうもちょっかいこそ出してきたが、自らが直接攻撃する、という形では手を出す気がないようだ。

 

 戯れか真実か。

 もし先ほどザリーデハルトがラドに言っていた言葉が本当ならば、あの魔王は魔族とドラゴンとの間に生まれた亜人ということになる。そういった存在も無くは無いだろうが、リアトリスが知る亜人は主にドラゴンと人との相の子。長命種同士の間で子が生まれにくいのは魔族の人口が示しているため、存在しても稀である。

 その希少な存在が魔族とドラゴン。両方の種族の特性を十全に受け継いで力を発揮したならば、魔皇とまで呼ばれる存在になった理由もわかろうというもの。

 そんな相手、出来るならご遠慮願いたい。

 

 

 

 そして……ここに放り出された時に気付いた見過ごせない事実に、リアトリスは眉間へ刻んだ渓谷を深くした。

 

「……魔力が消費されないわね」

 

 そう。この腐朽の大地の恐るべきところは、この大地での魔力消費が恐ろしく早い事。結界を張らねば全てが腐り溶けてしまうこの土地でそれは致命的だ。

 だが現在……その特性は失われている。

 

「ジュンペイに核が出来た他にこんな影響も出ていたのね……。これで腐敗公の力自体に変化なくとも、ジュンペイにとっての地の利が失われたわ。結界を維持さえできれば、誰もが万全の状態で腐敗公に挑むことが出来るもの」

「ごめん……。本体に意識を戻した時、気づかなかった」

 

 しょんぼり肩を落とすジュンペイの肩を、リアトリスは気軽な調子で叩く。

 

「そう気にしなさるなって。しかたないわよ。この影響が出たのが最近なのかもしれないし、それにもともとあなたの魔力はこの土地で消費されることなんてないもの。気づかなくて当たり前だわ」

「それは、うん。そうなんだけど」

「……というか、立てた仮説を思えば腐朽の大地で消費された魔力って、これまで全部ジュンペイのものになっていた可能性もあるわね」

「俺の?」

「ええ。というかきっと副産物、みたいな? ジュンペイが眼球に有していたたっぷりの魔力。あれって世界を三分の一溶かしつくして、抽出したものじゃないかしら。……つまり世界転生のための栄養源よ。それが大地の下の新世界へしみこむ過程で、腐朽の大地上に居る生物の魔力もひっぱられるとか。多分そんなん」

 

 リアトリスは腐朽の大地の下がすでに新たに構築されている世界である、という仮定の元に、これまで解明されなかった腐朽の大地の特性を紐解いた。

 ゆっくり研究している暇はないが、こういった考えを頭の隅に置いておくだけで証明しうる何かに遭遇した時。事実へたどり着く(しるべ)となる。

 

 発想、蓄積、実行、解析、証明。

 何かへたどり着くときは、ずっとこれの繰り返しだ。

 

「しみこむ……。まず溶かした俺がたくわえて、その俺を介して腐朽の大地に還元されていたって事? リアトリスが生命樹を使って栄養を吸い上げてたのとは逆……みたいな。……、っていうか、あれか。レーフェルアルセでやったようなことが、自動で行われていたって感じか」

「そう! それそれ。ジュンペイ、やっぱり理解力あがった? えらいわ」

「そ、そうかな? えへへ……。そっか。本来この土地でやるべきことを他の場所でやっちゃったから、ダメだって思われたんだな」

 

 照れ照れと頭をかくジュンペイに少し和みつつ、リアトリスは厳しい視線を周囲に向けた。

 

「……準備が出来たって、言っていたわね」

「それって、俺を倒すために集まってる人たちのことか」

「おそらくは。全ての国は難しくても、先んじて動いていた国……例えばルクスエグマやアルガサルタなら、そろそろ軍の編成を終えていてもおかしくないわ」

 

 そしてジュンペイ本体との合流を「つまらない」と言っていたザリーデハルトが、その本体が居る腐朽の大地に自分たちを落としていったということは……その編成は対・本体腐敗公用。

 分身へ向けられるものより質も量も勝っている事が考えられる。

 

「さすがに正面からぶつかるのはまずいわね。幸いそのど真ん中に落とすなんて情緒が無いとでも思ったのかしら。こんなところに放置されたわけだし、これを幸いにそいつらがここに来る前にとんずらしちゃいましょ。ジュンペイ。今、あなたの本体はどうしてる?」

「前に移動したところからは戻して、今は生命樹のそばにいるよ」

「お、助かるわね。目的物がまとまってるのは嬉しいわ。じゃあさっそくそこへ案内して頂戴」

「わかった」

 

 方針が決まると、周囲に気を配りながら汚泥の中を進み始める。相変わらずひどい光景だが、リアトリスも慣れたもので顔をしかめることはない。我ながらよくぞ慣れたなと感心してしまうほどだ。

 

(相変わらず臭いしねちょねちょしてるし油断すれば死ぬしで最悪だけど、変に馴染んじゃったわねぇ……)

 

 実を言うと宮廷魔術師時代の王宮魔術師寮より心地が良い。それは当然生活方面に関してではないのだが、自分を抑圧しなくてよくなった……という面では、この場所はリアトリスにとって特別な場所なのかもしれない。

 

(ジュンペイに色々教えてる時も、なんだかんだ楽しかったわよね。この子いい反応するし、賑やかで、勤勉で。魔術の才能はドベだったけど)

 

 人にものを教えるなんて初めてのことだった。しかしそれを楽しいと思えたのは、きっと生徒がジュンペイだったからだろう。

 

「……リアトリス、どうしたの?」

「え?」

「いや、なんか。俺のこと見て笑ってるから」

「……。私、笑ってた?」

「う、うん。ちょっと、照れる。いやいいんだけどさ! リアトリスの笑顔、俺好きだよ! 大好き!」

 

 あわあわと笑みを向けられていることが嫌なわけじゃないと弁明するジュンペイに、リアトリスは噴き出した。

 

「あっはは。ありがとうジュンペイ。私もあなたのそのころころ変わる表情、大好きだわ」

「!! あ、えっと、でも、俺のは。リアトリスが用意してくれたこの体が、あるからで」

「言うて、あなた腐敗公本体の時もかな~り感情表現豊かだったわよ?」

「そう……?」

「ええ。なんだこの魔物って思ったもの」

「……それは喜んでいい事なのか」

 

 今度は複雑そうに上目遣いでリアトリスを見つめるジュンペイ。

 リアトリスはますます笑えてきて、それを気力に変えて悪路もなんのそのと進んでいく。ジュンペイもまた、その横に並び進んだ。

 

 

 

 

 

 そしてしばらく歩いたころ。

 ジュンペイが少しためらう雰囲気を見せた後……リアトリスに話しかけた。

 

「リアトリス。……二人のうちに、話しておきたいことがあるんだ」

「なぁに? 改まって」

「俺の、前世の話」

「!」

 

 飛び出た単語に目を見開く。

 

「ごめん、はっきり思い出したのって亜人集落でなんだ。だからなかなか言い出せるタイミング無くて。俺話すの上手くないからさ。整理しながら、話すね」

 

 たどたどしく話すジュンペイに、リアトリスは余計な口を挟まず頷いた。

 巻き毛を揺らしながら歩くジュンペイは自分の中で何かを反芻するように頷くと……「その前に」と前置く。

 

「ねえ、リアトリス。もし俺の魂が刈り取られたとして……そこに新しく据えられるのは、誰の魂だと思う?」

「それは……。!!」

 

 言われてみて、リアトリスはすぐさま一つの可能性にたどり着く。

 

 最初、リアトリスは世界樹に命を受けたと言って復活してきた巨大化魔族が新たな腐敗公になる可能性を考えていた。だがドラゴンの長老メヌドから、世界転生の際に新たな要素を異世界から呼び込むのがこの世界の生態ではないか……という見解を得ている。

 それはあくまで推測であり、憶測。確定している事象ではないが……もしそれが本当だとしたら、この世界のものである魔族は役不足。

 

 しかしリアトリスもジュンペイも、すぐ身近で異世界から来た人間を知っている。

 

「……ユリア?」

「もしかしたら、だけど」

 

 自信なさげにジュンペイは呟くが、それに反して瞳には妙に確信めいた光を宿していた。

 

「あのね、リアトリス。実は俺、アリアデスさんの屋敷でユリアに俺がもしかしたら前世人間だったかもって聞いてから、段々と思い出してきたことがあるんだ」

「…………」

「ユリアに異世界の歌を教えてもらってから、それがはっきりしてきて……決定的だったのは亜人集落で歌った時。亜人の人たちが俺の歌に合わせて楽器を演奏したり、ラルなんかはすっごく綺麗に踊ったりしてくれたんだよ。その時に……掴んだ」

「……歌や音楽、舞いには昔から魔術的な要素が含まれているわ。土地の特性や信仰の中に自然と織り込まれた、最も身近な民間魔術」

 

 リアトリスは知らないが、ラル達の集落には模様という形で伝承を繋ぐものが存在した。その中には踊るような形も存在していたことを、今ここに居ないアリアデスに聞けばわかるだろう。

 

「彼らの踊りの中に、いつか訪れる帰還についてとか。メヌドさんが居なくなったら詳しい事が分からなくなってしまうような、ドラゴンの失われつつある記憶を亜人の中に呼び覚ますものがあってもおかしくないわ。それとジュンペイの前世が知る世界の歌が合わさって、作用したのかもね。……って、ごめんなさい。続けて?」

 

 リアトリスはついついジュンペイの話をさえぎってしまった事を反省し、続きを促す。

 

「大丈夫だよ。俺もなんでだろう? って思ってたから、今のリアトリスの話を聞いてちょっと納得できた。えっと……それで、続き。その時からひとつひとつ、今まで曖昧だった何かが俺の中で記憶という形に変わっていった」

 

 ジュンペイは長い睫毛で縁取られた目を伏せ、深く呼吸する。

 

 

 

「俺の名前は、岸沼純平」

 

 

 

 それは異界の響き。

 

「キシヌマジュンペイ……」

「岸沼が家名で、純平が名前。リアトリス、すごいよ。直感で俺の本当の名前を見つけてくれていたんだもの」

「そ、そうだったの。へぇ~。私の名づけ力もたいしたものね!」

「うん。……ありがとう、リアトリス。俺も忘れてた名前を、今の俺につけてくれて」

 

 言いながらジュンペイは歩くリアトリスに寄り添い、腕を組んでそっと身を寄せた。少々歩きにくいが、どうもその声が震えている気がしてそのままにさせる。鼻をすするような音も聞こえたが、ここは見ないでやるのが情けというものだ。

 といっても、そこから悲しみは感じられない。万感がこもっていると言えばそうだが……リアトリスの感性が麻痺しているでもなければ、歓喜の色が多く含まれているように感じる。

 

 名前とは力だ。本来の名を取り戻すということは、けして小さなことではない。

 リアトリスは意図せずして、それを旦那様への最初の贈り物にしていたらしい。

 

 

 

 

 鼻をすする音が消えてから、少しして。

 

「岸沼純平は、まだ十一歳だった。今はその何百倍も生きてるのに、子供っぽいのはそれでかな」

「…………」

 

 だった。という言葉に察するも、リアトリスはジュンペイの肩を抱き寄せるにとどめて続きを待つ。

 

「体が弱くて、家にいる時より病院で過ごすことの方が多かった。誰になにもしてあげられない。迷惑かけるばかりで、なんにもできなかった。きっと家族はそんなこと思ってなかっただろうけど、それでも俺は、それが嫌だった。つらかった」

 

 段々と他人の記憶を見たような話しっぷりから、自分自身の事を語る調子に切り替わって行く。

 

「まあ、そんなことはよくて」

「そんなことって」

「いいんだ。それでね。……時間が全然あわないし、違っているかもしれないけど」

 

 リアトリスはここからがジュンペイが本当に話したかったことだろうなと察した。自分の前世を語るだけでなく、彼には今……他にも伝えたいことがあるのだ。

 

「俺にはよくお見舞いに来てくれる従姉弟が居た」

「従姉弟?」

「うん。俺一人っ子でさ。その従姉弟の姉ちゃんも同じだったから……近くに住んでたこともあって、よく気にかけてくれてた。……それでその人。名前、あいつと同じなんだ」

 

 

 

 城ケ崎優梨愛。

 

 

 

 その名を口にしてからは、堰を切ったかのようだった。

 

「それもさ、見た目も似てるんだ。似てるんだよ、あいつ。俺の記憶の中に居た人に。俺は優梨愛ねえちゃんって呼んでた。よくお見舞いに来てくれて、優しいけど変な本をお見舞いに押し付けていく、従姉弟のお姉ちゃんだった。一度外出の許可を貰えた時はお祭りにも連れて行ってくれたんだ。楽しかった。……楽しかった! でも、でも。なんでなんでなんで! なんであの人がこっちにいるの! 死にかけてたの! 辛い思いをしてたの! うっかりしたら死なせてた。そんなの嫌だよ、俺」

「うん」

 

 話の内容に驚かないではないが、リアトリスはただ頷いてジュンペイを正面に抱き込んだ。そのまま「うん」と繰り返して背中を撫でる。

 

 そしてリアトリスは、つい最近聞いたばかりの話がかちりとはまった感覚を覚えた。

 

 

■■■

 

 

『この世界に呼ばれる前、従姉弟が居たんです。五歳年下の男の子で、実はその子もジュンペイって名前だったんですよ。あんなにつっこみ気質じゃなかったけど、どことなく性格も似てる気がして。とっても素直というか、純真というか。……あ、見た目はもちろん全然違いますよ~』

『同じ名前……。へぇ』

『珍しい名前じゃないんですけどね。まあ、だからこう……もしかして私と同じところから来た魂なんじゃないかなって仮説を立てた時から、名前の事もあって親近感を覚えるところはあったんです。だから放っておけないのかなって。まあ百年単位で生きてる大魔物相手に感じる感覚じゃないですが』

『その従姉弟とは仲良かったの?』

『ええ、それなりに。私一人っ子だったし、可愛くて。よく私秘蔵のお宝も読ませてあげていました』

 

 

■■■

 

 

(異世界とこの世界で、時間の流れが同じだとは限らないものね……)

 

 気づいてしまった事実は無情な現実を突きつける。

 ……ほぼ確信に近いが、もし二つの話が噛み合い、同じだった場合。リアトリスがユリアを元の世界にもどす術を作り出しても、そこにはもうユリアの知る人間はいないかもしれないのだ。

 それほどのズレが、世界と世界の間に存在している。

 

 加えてこの世界と同じく多くの人間が生きる中、何故ユリアがルクスエグマの召喚対象に選ばれたのか。そういったものを考えた時「血縁」という繋がりは大きく作用する。それはおそらく相手が生まれ変わっていたとしても。

 しかも縁が繋がっている対象が世界最大の力を持つ腐敗公であるならば、それはもう確率の問題で無くなるのだ。

 ユリアのいた世界でこの世界と最も縁があったユリアが召喚術式で呼ばれた事。それは偶然でなく必然に他ならない。

 

 段々落ち着いて来たジュンペイはリアトリスの腰に腕を回して抱きしめると、ひと呼吸おいて口を開く。

 

「えっと……どこまで話したっけ」

「いいわ。ゆっくり話して。ちゃんと聞いて、私が頭の中で繋げるから」

「……ありがとう」

 

 

 ジュンペイはわずかに笑んでから頭に浮かんだことをそのまま述べる。

 

 

 

「…………俺ね、岸沼純平は、最期にこう願ったんだ。誰かの役に立ちたかったって」

 

 ぽつりとこぼされた言葉は、切なる願い。

 

「自分の命に意味が、理由が欲しかった。……ずっと、ずっと。死ぬ瞬間まで」

 

 

 

 

「……!」

 

 それは次の生で誰からも嫌われる災厄の魔物となるには、あまりにも純粋な願いではないか。

 その存在が世界の転生という多くのを救うものだったとしても、結果が今のジュンペイならば……たった一人で長きにわたり諦念と孤独、悲しみの泥に沈んでいた魔物の真実だとするならば。

 

 

 

 それは、あまりにも。

 

 

 

 リアトリスはふつふつと腹の奥底で煮えたぎってくるものを感じた。

 

「その時だよ。直接言葉で聞いたわけじゃないけれど、なら自分たちを助けてくれないか? 契約してくれないかって意志が俺に語り掛けてきたのは。今思えばそれが世界樹だったんだと思う」

 

 リアトリスの呼吸が荒く、浅くなっていく。

 

「俺は頷いたよ。だってこのまま何もできないで消えちゃうなんて嫌だったんだ。なんでもいい、誰でもいい。役に立ちたい。俺を忘れないで。覚えていてもらえるなにかにしてほしいって」

 

 そこが、我慢の限界だった。

 

「はあああああああああああああああああああああああああああ!?」

「り、リアトリス!?」

「なに、その。なにそれ。はああああああああ!? ふざっけんじゃないわよ世界!! 世界が何よ世界樹が何よクソボケじゃないふざっけんじゃないわよ!! 感情ねーのか! まあないんだろうけど!! ああ~。……ああーーーー!! もう腹立ちすぎてクソしか語彙出てこないわよもう本当にクソ!! 純粋な願いを抱いて逝こうとしてた子供の感情弄んで、なんなの!? ひっぱってきたと思ったら腐敗公て!! ちょ、はあ!? 私が生きてる世界ってそんな馬鹿なの!? 胸糞悪い! あああああーーーー!! もう!!」

 

 はじけ飛んだ理性。リアトリスの感情はこの腐朽の大地に落とされたばかりの時と比べるべくもなく高ぶり、荒ぶっていた。

 

「リアトリス! 気持ちは嬉しいけど落ち着いて!?」

「落ち着いてられるわけないでしょ!! あんたもっと怒っていいのよ!! そうしないならその分私が怒るけど!!」

「えっと、なんかリアトリス見てたら色々ふっとんで逆に落ち着いてきた! でもとりあえずおちつこう!? ばたばたしすぎて腰まで泥に埋まっちゃってるから!!」

「……あら、本当」

 

 指摘され冷静になれば、なるほど確かに汚泥に体の半分までもが埋まっている。どうやら地団太を踏みすぎたらしい。全く気が付かなかった。

 リアトリスの腰に抱き着いていたジュンペイは現在、沈みかけている嫁を必死になって引っ張り上げようとしていた。

 リアトリスは底なし沼のように体を飲み込んでくる汚泥から、ジュンペイの手を借りてひーこら言いながらなんとか抜け出す。衣服は当然ぐちゃぐちゃであるが、そこはもう今さらだと諦めた。

 

「……えー、ごほん。ごめんなさいね、あなたも感情の整理が出来ていないでしょうに、その前で取り乱して」

「取り乱すっていうか……ははっ」

 

 気まずそうに視線を逸らすリアトリスに、ジュンペイは先ほどまでの感情の高ぶりは何処へやら。朗らかな笑いが口から零れた。

 

「ありがとう、リアトリス。俺のために怒ってくれて。でも俺はそれで十分」

「十分って……」

「十分だよ。あのね、俺も悲しいし怒りたい。なんでこんな形で前の俺の願いが利用されたんだって。詐欺もいいところだよ。……でもこうして今リアトリスが目の前に居てくれる。それだけでもう、俺にとってはおつりがくる幸せだ。だからいいんだよ」

 

 リアトリスはなおも何か言いたげだが、その不満顔を背伸びしたジュンペイが両手で潰すように包む。

 

「むぎゅ」

「あのね、リアトリス。色々話はしたけど、俺の事はこの際どうでもいいんだ。当事者が何をって感じだけど。でも今重要なのはもっと別」

 

 ジュンペイの碧眼に力強い光が灯る。

 

(……綺麗だな)

 

 この瞳ばかりは、リアトリスの理想でもありながらもとの腐敗公と同じ色を保っているのだ。

 蒼天をぎゅっと詰め込んで、宝石のような光をちりばめた碧い瞳。

 

「もしユリアが次の腐敗公になる可能性があるなら、俺は絶対に消えられない。大好きだった優梨愛ねえちゃんにこんな役割を押し付けたくないもん。リアトリスにいざとなったら君が俺の核を壊してなんて言ったけど……リアトリスにユリア。消えるにしちゃ、そのあとの未練が多すぎる。せっかく世界最強の魔物なのに、こんなのってある? 俺はリアトリスが言う幸せ未来、絶対に欲しくなった。それが今の俺の望み」

「……なら、ジュンペイが腐敗公のままどうにかするしかないわね」

「うん」

 

 ぎゅっと拳を握る小さな姿が、その在り方が愛おしい。自然とそんな考えが過る。

 リアトリスはひとつ深呼吸すると……胸を張って、どんっと拳で叩いて見せた。

 

「ま、当然そのつもりだったけど! 今の話を聞いたらますます張り切っちゃうわ。だって私の幸せ未来計画には、あなたたち二人ともがいるんだから!」

 

 浮かべるのは自信に満ちた満面の笑み。そこに憂いは存在しない。

 

「……うん! 頼りにしてるよ、俺のお嫁さん」

「まっかせなさい! この超天才魔術師リアトリス様にかかればちょちょいのちょいよ!」

 

 

 条件は決して良くない。可能性も低い。

 それでもこの不条理に大人しく頷いてやるものかと、脚を踏み出し拳を突き出す。

 

 

 ……そんな彼女らに、遠方から迫る影が見えた。

 

「おっと。……どうやら大人しく先へは行かせてくれないようね。まあ当然かしら」

「……あ。そういえばリアトリス」

「ん? なに?」

「最初の頃さ。他者へ使う魔術は自分に使うより大変なんだって言ってたよね。もしかして、俺にかけてる……髪の色変えどころか、人化の術とか解除すればさ。……リアトリスの魔力消費っておさえられる?」

「………………」

「リアトリス?」

「……………慣れすぎて、忘れてた」

「リアトリス……」

 

 旦那様から突き刺さる呆れの視線に気まずさを覚えながらも、確認する。

 

「それを聞くって事は、解除していいの?」

「うん。というか、そっち方が俺は戦いやすくない? 小さいけど、触手はいっぱい出せるし」

「ジュンペイがいいならいいけど……」

「いいよ。だって俺が大好きなお嫁さんが、俺を怖がらないでいてくれることを知ってるもの」

「……強くなったわねぇ、あんた」

「おかげさまで。先生が図太いからね」

「余計な一言があるのはオヌマの影響かしら?」

「オヌマの影響は特に受けてないよ! その言い方だと俺がリアトリスとオヌマの子供みたいだからやめて!? リアトリスの夫は、俺!」

「ごめんごめん。その発想は無かった」

 

 そんな軽口を叩きつつ、真っ先にうつのは逃亡の一手。

 だがそんな彼女らの眼前に、身の丈の五倍ほどもある剣が連続で突き刺さっていく。それはリアトリス達を攻撃する気はないようだが、剣が作り出す形状からその用途はわかりやすい。

 

 これはリアトリスとジュンペイが逃げられないように形作られた……檻だ。

 

 

 ばさりと聞こえた音と共に、差し掛かる影は八枚翼。

 

 

 

 

「なあ、この世で一番楽しい事って知ってるか」

 

 

 

 

 

 嘲笑う魔王を前に、リアトリスとジュンペイは並び立つ。

 その眼前には次第に多くの人間、魔族が集まり始め、背後に魔王特製の檻の存在もあることから逃亡は容易ではない。

 だがこの大地の支配者は誰だ、頭が高いぞ控えおろう! とばかりにリアトリス達は進みだした。

 

 

 

 

「さあさあ溶かされたくなかったらおどきなさい! この大地の支配者……腐敗公のお通りよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 




そして前話冒頭へ
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