腐敗公の嫁先生~人外夫をうっかりTSさせまして~【完結】   作:丸焼きどらごん

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63話 目指す未来(さき)にはいつだって

 リアトリスは連続した思考を繰り返す。

 その目と身体能力でもって迫りくる剣戟や槍の突きを避け、更には揺れる魔力の支流を感知。魔術師たちが次にどんな攻撃を放ってくるのか読み切ってジュンペイに触手で振り払う指示を飛ばす。

 魔術で補助しているが、体が軋む足が重い。腕が持ち上がらなくなりそうだ。わずかな瞬きの間に攻撃が来るため目もほとんど見開きっぱなし。おそらくひどく見苦しく充血しているに違いない。口も乾いて張り付きそうで、喉はがらがら枯れかける。心臓ははち切れんばかりにドクドク鼓動を刻んでおり、寿命が削れているような感覚だ。

 

 しかしその身体的負荷はリアトリスの勢いを弱くするまでに至らなかった。追い詰められれば追い詰められるほど意識は研ぎ澄まされ、思考は熱を帯びながらも清んでいく。

 

(もう逆に笑えてくんのよね!)

 

『リアトリス、大丈夫?』

 

 ジュンペイが問いかけてくるも指示する以外に応える余裕はない。それをジュンペイも分かっているのだろうが、それでも聞かずにはいられなかったらしい。それほどにリアトリスの今の姿は鬼気迫っている。

 

 止まらない、止まらない、止まらない。

 

 リアトリスは脚を止めず走り続ける。これからもっと大きなものに挑もうというのに、こんな物理的な邪魔に負けてなるものかと。

 時に兵士の股下を潜り抜け、時に同士討ちを誘発させ、時に跳躍し上背の高い魔族の丈をも飛び越えて異形の体から繰り出される攻撃も際どくかわしていく。

 ジュンペイも一度聞いたきり、あとはリアトリスの指示と自らの意志で防御と攻撃を繰り返すことに集中する。その意識はリアトリスにひっぱられるように研ぎ澄まされ、小さな体から伸びる触手の数はおびただしいものとなっていた。

 

 本人は気づいていないが、ジュンペイの溶解能力はここにきて「自ら溶かす」という意識を強く持ったことで進化していた。同じような現象はリアトリスとの修行を経て外の世界を経験した体験が、本体に還元された時におきている。……その進化、成長は兵たちの結界を突き抜けて、薙ぎ払った武器を腐食させているところから伺えた。

 リアトリスが自身にかけている、ジュンペイや腐朽の大地の汚泥から身を守る結界と同じもの。それを当然、魔力消費という特性が無くなったとはいえ、依然として全てを溶かしつくす汚泥をたたえたこの土地でかけていない者などいない。

 それを突破してくる……相対する者にとって、それは相手がいくら小さかろうとも恐怖に繋がった。

 だからこそ、それを察した者は腐敗公の力の前に及び腰となる。どんなに剛の者でも"溶かされて"死ぬことに恐怖を覚えずにはいられない。それでもすぐに持ち直して新たな武器を手に立ち向かうあたり彼らは強いのだろうが、その一瞬の躊躇いこそがリアトリスが突き進んでいく助けとなっていた。

 

「どけどけどけどけどけぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」

 

 声も枯れようというのに、リアトリスは更に腹の底から気力を振り絞る。腐敗公の力だけでなく、そういったリアトリスの気迫もまた、わずかながら猛者たちをひるませた。

 

 

 

 

 だが、限界とは気力だけでどうにかなるものでないこともまた……変えようのない事実。

 

 

 

「!」

 

 一瞬だった。

 ほんの一瞬膝が砕け……そのまま前に倒れこむ。

 

『リアトリス!!』

 

 殺到する攻撃はジュンペイに向かっているというのに、彼はリアトリスを覆うようにして粘体の体を広げてかぶさる。そこに触手で迎撃する余裕はない。

 

 誰もが「やった」と思った。

 

 ――――しかしこの場にユリアが居たならば、「それはフラグってやつですよ! お約束の!」と言っていたかもしれない。

 

 

 

 

「舐めるなァァァァァ!!!!!」

 

 

 

 

 叫喚呼号。

 リアトリスは顔を上げると、真下にここ最近で極端に練度が上がった風の魔力を繰り出した。そういえば初めてここに落とされた時も、落ちた時死なぬよう、この術を使ったのだったなと思考の一角……妙に冷静な部分で思い出す。

 

 荒れ狂う突風はリアトリスを真上へと押し上げた。

 その刹那の判断が間に合わなければ、現在核を本体に戻す余裕のなくなっているジュンペイは魂を切り裂かれていただろう。

 リアトリス以外ジュンペイに弱点、核が出来ていることを知る者などいないのだが、腐敗公の力を前に「生け捕り」するほどの余裕を持ち合わせてない敵対者は、全力で仕留めるつもりの攻撃をしかけていた。

 それが決まれば……彼らが真に恐れる腐敗公本体にとっても致死。それを間際で避けて見せたのだ。

 

 ……だがリアトリスの起死回生の一手は、大きな隙へと繋がってしまう。

 

 空中に躍り出たリアトリスはまさに的。

 これまで乱戦の中使えなかった弓矢や遠距離魔術が味方の犠牲を気にすることなく使えるのだ。リアトリスもそれが分かっていたからこそ、ここまで必要以上の跳躍を封じてきたが……。さすがに今、そこまで考える余裕はない。

 上空に至り、眼下の見降ろすところでようやくその考えに至った。

 

「しまっ!!」

 

 しまった。そう思うも……もう遅い。

 魔術が、そしておそらく弓矢がこちらを狙っている。

 

 それでも目だけは閉じない。なにか、なにかないかと刹那の思考の間に活路を探す。しかしこの空中でそんなものがあるはずも……。

 

 しかし、リアトリスはある一点を捕らえた。

 

 

 

 

「あったぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

 

 

 

 

 叫んだ直後。リアトリスはさらに続ける。

 

 

「ジュンペイ、触手!! あっちに!!!!!!!!」

 

 その続く言葉の前。リアトリスが叫んだ瞬間わずかな間であったにも関わらず、意図を反射の域でくみ取ったかのようなジュンペイの触手は……すでに遠方へと伸びていた。

 

 その先にあったものは。

 

「「え?」」

 

 余裕磔磔と見物を決め込んでいた、魔皇ザリーデハルトとアルガサルタの第四王子エニルターシェ。

 この短時間で精度と速度を発達させたジュンペイの触手は、彼らが気づいたときにはすでに。その体を捕まえており……引き寄せる。

 あまりの不意打ちに抵抗する暇も無い。

 

「うおおおおおおおおおおおお!?」

 

 魔術と矢が空中のリアトリス達を狙って殺到した時。それらを防いでみせたのは、引き寄せられた魔王ザリーデハルトその人である。

 腕を無造作に薙ぎ払った先から発された、術にする前の魔力の乱流が、迫っていた魔術も矢もなにもかもを吹き飛ばす。

 そして押し返されたそれらに眼下は阿鼻叫喚の図となった。自分たちが放った術もろもろが丸ごと返ってきたのだから当然だ。

 

「あははははははははははははははははは!!」

 

 混沌とした戦況の中、実に楽しそうな笑い声が響く。それは赤髪の奇人、エニルターシェだ。

 現在ジュンペイの触手にザリーデハルトごと簀巻きにされて、宙から真っ逆さまに落ちている途中なのだが……そんなもの関係ないとばかりに大笑いしている。

 

「あはははははははは!! ね、ね! 面白いでしょうザリーデハルト殿! あははははは! まさかこうくるとは!」

「ここで笑えるお前、人間にしとくの惜しいわ!」

 

 共に真っ逆さまに落ちる中でザリーデハルトは最大級の呆れと賛辞を遊び仲間におくり、そして触手の先……まんまと見物にしゃれ込んでいた自分たちをまきこんだ相手を見る。

 

 しかし。

 

「ほーっほほほほほほほ! ざまぁみさらげほごほがはっ!!」

 

 ザリーデハルトらをを指差し高笑いするという所業をやってのけながら、リアトリスは落下しながら盛大にせき込んでいた。そこに着地を考えている様子はうかがえない。

 

「これは見上げた根性だって褒めるべきか……? それとも素直に馬鹿って言うべきか」

 

 このまま落ちたとして、ザリーデハルトや腐敗公の耐久性を持ってすれば死ぬことはない。だが人間であるリアトリスとエニルターシェは別だ。だというのに何故双方ともが笑っているのか、これがわからない。

 この時初めて魔皇とも呼ばれる最高位の魔王が、それまで呆れはすれど余裕は失わなかった表情を困惑という感情で染めた。

 その胸中は「なんだこいつら」という気持ちで満ち満ちている。

 

 

 

 リアトリスは見物人を気取っていた憎たらしいあん畜生どもに一矢向きいた気になって笑っていたが……はたと冷静になって下を見る。

 研ぎ澄まされた感覚が体感時間を引き延ばしているようで、妙にゆっくりと感じるが……落ちていく先は跳ね返された魔術と矢で乱れた軍の中。しかも飛び上がった高度が高度だけに、いくら下が固い地面でないにしても無事ではすまない。

 二度目の「しまった」が脳裏をよぎる。

 

 その時だ。

 

『間に合った……!』

 

 ジュンペイのそんな発言が耳に届いたと思った瞬間……真下の汚泥が盛り上がりはじめた。

 何事かと見守っている内に、落下の最終地点まで達することなく、もりあがった汚泥に受け止められる。……否。それはただの汚泥などではない。

 ぐちょっという音を立てて受け止められ、一瞬リアトリスの息が詰まる……と同時に鼻の奥に凄まじい悪臭が満ちた。だがそれに顔をしかめる間もなく流動体のそれが弾力をもちはじめ、リアトリスの体を表面へと押し上げ始める。

 

「……ぷはっ」

 

 次にリアトリスが空気を体内に取り込んだ時。

 目の前にあったのは、巨大な碧眼であった。

 

「……ジュンペイ!?」

「あ……やべ」

 

 驚くリアトリスとの他。いつの間にか小さな分身体のジュンペイが消えていたために、解放されたザリーデハルトはエニルターシェを抱えて飛翔しながら冷や汗をたらりとこぼす。

 

「え……あんたまさか、戦いながら本体の方も動かしてたの!? しかも、え、泥の中を移動してきた……!?」

『リアトリスが腐朽の大地そのものが俺の体みたいなものだって言ってただろ? だから出来るかなって。あのままじゃリアトリスの体力がもちそうになかったから』

 

 それを聞いてリアトリスは、この旦那様の方が自分などよりよほど状況判断に優れていたのだなと思い知った。

 彼はそれを判断した後、リアトリスと共闘しながら現実的な活路を……自分という最大の武器を呼び寄せていたのだ。

 だがジュンペイの声はどこか浮かない。

 

『……でもごめん。さっきは呼び寄せる本体にも意識を裂いてたから、咄嗟に守る動きしか出来なかった。リアトリスが上に逃げてくれなかったら、俺はあそこで消えてたよ』

「ぎ、ぎりぎりだったのね……。っと、あれ?」

 

 ふらりとリアトリスの体が傾く。

 無理もない。張り詰め続けていた神経が一気に緩んだのだ。

 

『リアトリス。俺の眼を』

 

 せめて魔力だけでもとジュンペイが促すが、頷くも今のリアトリスには眼球の近くまで移動する力も残されていない。急にがくがくと筋肉が震えはじめ、思うように動けないのだ。

 それは恐怖によるものでなく、単なる体の活動限界。これまでの無茶を思えば当然である。

 

 それを察してかジュンペイはリアトリスを乗せた巨大な触手を動かし、最も眼球に近い場所まで寄せた。

 好意に甘えてリアトリスはジュンペイの眼球……魔力の塊に噛り付く。するとほとんど枯渇していた魔力が一瞬で回復するのを感じた。

 推測した眼球の正体を思えばこそ当然とも言えるが、やはり実際に体験すると効果のすさまじさを実感する。

 リアトリスは意識が途絶え気絶するなどという最悪の無様を晒す前に、すぐに回復した魔力でもって、負った傷の回復にまわした。疲労ばかりは消え去らないが、それは仕方がない。

 

 

 この魔力の塊も世界が転生すれば無くなってしまうのだろうなと、ふと思う。

 だがその事に関しては大した衝撃を受けることは無かった。その膨大な魔力を操る術を身につけさせ、自分の幸せ未来計画に利用しようと考えていたにも関わらずだ。

 その事実は特に反発することなくリアトリスの中にすとんと落ちて収まった。

 

 

 そんなことを考えている内に下の方が騒がしくなる。

 見ればジュンペイの本体を囲い、持ち直したらしい軍が攻撃をしかけていた。しかし本体にもどったジュンペイはそれを歯牙にもかけず、体を軽く動かして汚泥の波を引き起こす。それは容易く最も近くに居た者達を飲み込んだ。

 

(ああ……。あれきっついわよね)

 

 出会ったばかりの頃それを体験しているリアトリスは、余裕が出来たこともあってそれを同情の目でもって眺める。が、こうなればあとは当初の目的へ向かうだけだ。

 

「ジュンペイ! このまま蹴散らして生命樹に向かうわよ。どうせこの土地でついてこられる奴なんて……」

 

 言いかけて、リアトリスが空をばっさばっさと八翼で飛ぶザリーデハルト達を見た。

 

「………………」

「………………」

 

 視線がぶつかり合うも、互いに無言。片や冷や汗交じりに笑顔を浮かべ、もう片方は疲労が滲むも満面の笑み。

 ちなみに前者がザリーデハルト。後者がリアトリスである。

 

「……自由にさせたまま後をついてこられても面倒ね」

「おっと。俺の事は気にしなくていいぜ」

「ほほほほほほほほほほほほほほ! 倒すなら本体の腐敗公だ~なんて言ってたのは誰かしら? ずいぶん及び腰じゃないの! だっさ!!」

「お前気持ちいいくらい腐敗公の威を借りてんな!?」

「旦那様を頼ってるだけすけど~? さあジュンペイ、やっちゃってちょうだい!」

『はいはい』

「え、なんでそんな感じ!?」

 

 先ほどまでの瀕死の様子は何処へ消えたのか、腐敗公本体へと戻ったジュンペイを背に胸を張るリアトリス。それに対し魔王と腐敗公双方から呆れのこもった視線を向けられたことに本人は不服そうだが、ジュンペイとしては呆れつつも安心している。

 

『いや、リアトリスだなぁと思って。ふふ。さっき本当に死んじゃうかもと思ってさ……だから、なんていうか。ほっとした。……さてと』

 

 お嫁さんに頼られたとあらば張り切らないとな、と。ジュンペイは分身とは比べ物にならない大きさの触手でもって、魔王とそれに抱えられるリアトリスの元上司を捕らえる。本日二回目の簀巻きの出来上がりだ。

 殺す気まではないため、結界を突破するような溶解力はもたせていないが。

 

「おや、ジュンペイ殿は優しいですね。邪魔者を殺さなくて良いので?」

「おいエニ」

 

 捕らえられた上にいつ命を奪われてもおかしくない状態。だというのに、エニルターシェは未だ楽しそうだ。これならまだ魔皇のほうが人間味があるし感性が合いそうだ、などとリアトリスは感想を抱く。

 

『うん。だって俺は俺が生きたい、幸せになりたいってわがままで動いてる。この人たちも生きたいから俺を倒さなきゃならないだけだ。だから誰も悪くないし、それなら俺は出来るだけ命を奪う事なんてしたくないよ。……お前たちはちょっと、わからないけど。でも殺してしまうのは、なんか……後味悪いし』

 

 

 死ぬのって寂しくて怖いんだ。

 

 

 そうぽつりとこぼされた、十一歳の少年の心がこめられた呟きは近くに居たリアトリスだけが拾っていた。

 

「なあエニ。腐敗公ってお前より倫理観しっかりしてないか?」

「失礼な」

 

 ジュンペイの言葉に顔を見合わせた愉快犯二人であるが、リアトリスとしてもここはジュンペイの気持ちを優先させたい。

 

「下手に野放しにしても何するか分からなくて不気味だし……うん。このまま連れて行きましょう」

『いいの?』

 

 リアトリスが選択するも、ものすごく嫌そうな顔で言うのでジュンペイが問う。

 それに頷きながら、リアトリスは眉間の皺をほぐして挑戦的な笑みを浮かべた。

 

「ええ。見物人を気取っているなら、そのまま見ていてもらおうじゃない。世界との喧嘩をね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!! リアトリスさーーーーん!」

「ユリア! それに師匠に、ラド。え、来てたの!?」

「そりゃ来ますとも!」

 

 リアトリスの言葉にユリアが頬を膨らませる。

 生命樹までの道を一路辿ってきたリアトリス達は、近づくにつれて生命樹の白い光が何やら緑色のものを反射していることに気付く。

 それは生命樹を止まり木にしているドラゴン姿のラドのようで、物珍しそうに生命樹を尾で撫でていた。

 

『お、暫定息子くん。あんな連れ去り方しておいて逆に捕まってんじゃーん、かっこわる!』

 

 リアトリス達の様子を見て瞬時に状況を理解したらしいラドがここぞを愉快そうに笑った。

 

「育ててもらった覚えはないが、俺の性格ってもしかして父上譲りか?」

『? え、どこが』

「うーん。……適当さとかおちょくりかたとか。そんなところじゃないですか?」

『ユリアちゃんひどい!?』

「…………。ジュンペイ、そこでなんで私を見るの?」

『いや……。適当さっていうか、雑なのはリアトリスもそうだよなって』

 

 まさかこの場面でそう言われるとは思わず、しかもそれに少々どころでない衝撃を受けたリアトリスは「は、花嫁修業的な事したほうが良いのかしら?」などと、微妙にずれたことを考えた。

 そんなリアトリスに、駆け寄ってきたユリアが抱き着く。

 ユリアの体からは生命樹にも似た白く清浄な光が発されており、それらはすべてリアトリスへと吸い込まれていった。

 

「こんなに無茶して……」

「えっと、わかる?」

「わかります!」

 

 ぎゅっと抱き着いてきたユリアの震える声と肩が濡れる感覚に、ずいぶん心配をかけたようだと思いながらリアトリスはその背中を撫でた。今日はよくこんな事をしているな、と考えながら。

 

「でもご無事でよかった……。ごめんなさい。私、あの時なにも出来なくて」

「いいのいいの。ぜ~んぶあれが悪いんだから。ユリアが気にすることは一つも無いわよ。なぁに? ジュンペイの気にしいが移ったの?」

 

 少々茶化しながら言うと、珍しく「リアトリスさんの馬鹿」というお言葉をもらってしまった。

 それに対し謝りながら、リアトリスはこの少女の事を考える。もしリアトリスが世界と世界を繋ぐ術を開発出来ても、けしてもとの生活にはもどれないだろう城ケ崎優梨愛という女の子の事を。

 

(これは……うん。はっきり覚悟を決めるべきかしら……!)

 

 そんな思考が過る中。

 

「いやいや、賑やかだね。ここが腐朽の大地のど真ん中とはとても思えない。ところでアリアデス。リアトリス達は何を思ってここへ戻ってきたんだい?」

「それを僕に聞くのですか、あなたは」

「だって何をするのか分かって見ていた方が楽しいじゃないか」

「ならば僕は口を噤みましょう。もう宮廷魔術師ではありませんからな。殿下を喜ばせるために何かする必要はありませぬ」

「…………。アリアデス、もしかして怒っている?」

「そんなことはありません」

 

 筋骨隆々の老魔術師は表情も雰囲気も静かなもので、弟子のリアトリスのように分かりやすい怒りの波動は発していない。だが話しかけたエニルターシェは赤いつり目を更に鋭く細める。

 

「いや、だが君の筋肉はいつもよりしなやかさを欠いて固くなっている。それは私への怒りを抑えているからでは?」

「!! 殿下……あなたは」

「アリアデスが宮廷魔術師長を辞してから僕もそれなりに君の美学を理解しようと思ってね。まだ君の上半身を常に露出させて過ごす趣味は理解できないが、以前よりは筋肉のついての理解は深まったよ」

「殿下……!」

「そっちはそっちで新たな親交を深めないでくださいます!? あの師匠。私今でこそぴんしゃんしてますけどこいつらのせいで死にかけてたんですけど!!」

「そういった事も含めて覚悟の上だろう。腐敗公と歩むと決めたのはお前だよ」

「そうですけどぉぉぉぉ!!」

 

 ここにきて師と怨敵が語りだしそうな雰囲気を察し割って入るも、筋肉で心境を見抜かれたのがよほど嬉しかったのか。アリアデスはリアトリスが今無事なこともあり、こんな場合でも弟子を擁護せず公平に勤めた意見を述べた。王子側に寄らなかっただけまだましだろうかとは、弟子の悲しい無理やりの納得である。

 

「それより、何かするんだろう? 早く見せておくれよリアトリス」

「生かすにしてもその口縫い付けてやった方がいいかしら……」

 

 生殺与奪を握られておきながらこちらへ要求を投げつけてくる神経に、リアトリスはついに理解を放棄した。とっくに放棄していたつもりだったが、話に少しでも付き合うそぶりを見せたら負けなのだと。ようやくその考えに至る。

 だからこそ乗ってしまっている現時点で駄目なのだが。

 

『リアトリス』

 

 ぐったりと肩を落とすリアトリスにジュンペイが声をかける。リアトリスは現在生命樹側に足場を移していたため、その単眼と姿がよく見えた。

 未だ臭いことに変わりないし見た目も最悪と言ってよい。こんな娘がいたらいいな~という姿を模した姿の見る影もない。

 だというのに、初対面時散々こき下ろしたリアトリスはすでにその姿に対する嫌悪感をもっていない。それは先ほどまで大きさこそ違えど、魔物姿となったジュンペイを肩に乗せていたことからもうかがえる。

 むしろこの姿でも可愛いと感じるようになっていた。

 

「むしろ味っていうか、二つ姿があるのもお得……みたいな?」

『り、リアトリス? なんのこと? それより例の実験やってみよう。もし駄目なら次の事考えないといけないし』

「…………。あんた、私よりしっかり現実見据えてるわね」

 

 言われてみればそうだと、現状何も解決していないことを思い出すリアトリス。

 先ほど魔王と王子に啖呵を切っておきながら、なんだかんだと無事に危機の第一波を真逃れたことに安心していたようだ。

 だがこういったリアトリスの詰めの甘さを補ってくれる。そんな存在がこの旦那様ならば。

 

 

「頼りになるわね」

 

 

 頼りにしている、でなく頼りになる。

 そう言われたジュンペイは、腐敗公の体を歓喜で震わせた。その折に発生した汚泥の波がザリーデハルトとエニルターシに汚泥をかぶせるが、この場でそれを気にするものなど誰もいない。

 

 

 

 

 始まりは最低最悪。今もたいして状況自体は変わっていないし、むしろ悪化しているようにも見えるだろう。

 

 しかしどうにもこの先、悪い方へ転がる未来が見えないのだ。

 リアトリスにとって共に歩むジュンペイこそがその活路となっている。それは有する力でなく、存在そのものを指し示す。

 

 これが恋になるかどうかはまだまだ分からない。

 だが愛とか恋とか言葉に当てはめなくとも良い気もする。

 

 

 

 

――――ただ、目指す未来(さき)"に"はいつだって。

 

 

 

 

(あなたが居るのよね)

 

 

 

 

 

 リアトリスは生命樹に手を添えた。

 意識を研ぎ澄まし、魔力の支流を、星幽界を。……存在を認知しながらも、けして触れることのできない世界樹へとむける。

 葉に七色の光をさざめかせる生命樹とは違い、その体全てに様々な色が混在し、星幽界と現実世界の狭間に揺蕩う世界樹。しかし今はその境が非常に薄くなっているように思えた。

 

 ここまでくれば推測はすでに確信。リアトリスはジュンペイへと手を伸ばす。すると腐敗公から一塊の汚泥が離れ……それが少女の姿をとった。煌めく金糸のごとき髪をゆらめかせ、少女はリアトリスの手を握る。

 言われずとも、共に挑むぞと言われていることが分かったからだ。

 

 それを後方へと下がった元聖女が。元宮廷魔術師長が。魔皇が。王子が。ドラゴンがみつめる。

 

 

 

 

「さあ、たっっっっぷりと文句を聞いてもらいましょうか、世界樹!」

 

 

 

 

 

 

 

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