腐敗公の嫁先生~人外夫をうっかりTSさせまして~【完結】 作:丸焼きどらごん
「なんで……なんでこんな事になっちゃったんだよーー!!」
甲高い声が草原に響き渡る。
「だってジュンペイ。あなた、自分で人化の術使っちゃったんだもの……」
「俺はてっきり! リアトリスがまた! 姿を変えてくれたと! ばかり!!」
「いやぁ……さすが腐敗公っていうか。悔しいけど成功すれば私の数倍出来がいいわね。質量のおさまりも完璧。すごいわ! さすが私の旦那様ね!」
「今そういう事を言ってるんじゃなくてぇぇぇぇ!! 褒めて誤魔化そうとしないでよ!」
「ばれたか……」
「言っておいてなんだけど、せめてもう少し隠そうとして!? うううううううううう!!」
リアトリスは目の前にうずくまる金色のつむじを前に、さてこれ以上はどうやって声をかけようかと考えあぐねた。これはなかなかの難問である。
「おかしいとは思ったんですよねぇ……。分身っぽくなって離れた後、本体の方が綺麗さっぱりいなくなっちゃったんですもん」
頬に手を添えて首を傾けるユリアにジュンペイに涙目が突き刺さるが、それもすぐに伏せられる。
現在ジュンペイは膝を抱えてそこに顔を埋めるという体勢をとっているが……そこには今までと違う変化があった。
黄金を溶かしたような豪奢な巻き毛に、鮮やかな碧眼。
そういった特徴は変わらないものの……これまでと明確に違うものがあった。
「ジュンペイ……なんでも考え方ひとつよ! ほらほら、立ってみなさいよ。良かったじゃない! 今のあなた、私より背が高いわ!」
「だーかーらー!!
「俺は男の姿が欲しかったの!!」
現在のジュンペイは、妙齢の女性の姿へと変化していた。
リアトリス達の試みが成功したのかどうか、といえば。……それは十分成功の内に入るだろう。
ただその当事者に、思いがけない結果がついてきただけで。
異世界で望む生を得られなかった少年の魂。その最期の願いは、またしても望まぬ結果をもたらした。以前の寿命を十全に生きられた場合に比べても有り余る、必要以上の時間を与えられたにも関わらずだ。
世界丸ごとを生まれ変わらせるシステムの中核。あるいはそれを世界の生態と表現した者もいるが、ともかくそれが少年へ新たに与えられた命。
少年は誰かの役に立ちたかっただけで、できれば感謝されたかった。それを自分の生きた証にするために。
だが新たな生は生まれたその瞬間から忌み嫌われるものだった。……一人の花嫁と出会うまでは。
彼女の手を取り外へ飛び出した、腐敗公と呼ばれた魔物。彼は花嫁が望む理想の旦那様になるための旅の途中、前世の記憶を取り戻す。
どうして、何故と思いもした。更には自分の存在が以前大事だったものを巻き込んだことに憤りもした。しかしその時すでに彼は生きる
嘆くだけでは手に入らないものをつかみ取るため……彼は花嫁の横に並び立つ。
「……どう!?」
「何が」
手元の紙に書かれているであろう内容をつらつら述べた相手を前に、どこか幼さの残る愛らしさを有した美女が低音で凄む。ただ元の声が高いのか、どう低く出そうとしても本人が思うような声は出ない。
「何がって……必要なくなった知識の継承の代わりに、腐敗公の物語を伝えていこうかな~と思って」
「余計なお世話だし必要なくても受け継いでけよ! ラドが言う知識ってドラゴンの事だろ!? 自分の種族がこの世界に生きた証的な感じで! 残せよ! 自分の実の娘まで見送って居残りした変わりドラゴン、お前しかいないんだから!」
「ええ~? でもこっちの方が面白いよ。……あとラルの事は言わないで。好きな人が居るから残るならとと様ひとりで残ってねってフラれたんだから。娘の成長が嬉しいけど辛い」
「面白さで決めるなー! それと好きな女目当てで残ったお前が落ち込める立場かよ!」
ムキーッ! とでも擬音が付きそうな勢いで椅子から立ち上がった美女……ジュンペイを前に、ドラゴンの青年ラドは眉尻を下げて飲み物に口をつける。
「どうしたのジュンペイ?」
そこに声をかけたのは台所から料理をもって出てきた、ジュンペイよりずっと薄く、くすんだ金属じみた色合いの金髪をゆらす女性……リアトリスだ。
「聞いてよリアトリスちゃん。せっかく腐敗公を主人公にした小説でも書いて語り継いでいこうとしたのに、書き出しの出来について答えてもらえないんだ」
「いや、あんたは今や世界でたった一匹のドラゴンなんだからそっちの伝承やらを語り継いできなさいよ……」
「だよね!」
「それにジュンペイについてはもうユリアが張り切って書いてるわ。なんかマンガ? ってやつで」
「優梨愛ねえちゃああああぁぁぁぁぁぁぁん!!」
リアトリスの発言を聞くなりジュンペイがどたどたと階段を上っていく。おそらく二階のユリアの部屋に行ったのだろう。
「おーい。なんか騒がしいけどよ。なんかあったか?」
「あ、やほやほ。オヌマ―。聞いてよ。実はね……」
家の扉が無造作に開き、その向こうから無精ひげにくせっけの男が顔を出す。事情を聞いた彼はラドに三度目になる「自分の種族の記録を残せ」と提案した。
「なんでみんなそう言うかな……」
「貴重だからだろうが。お前の他に知ってる奴居ないんだから。つーか俺が読みてぇから文字にして」
「ええ~?」
ラドは不満そうにぶすくれるが、すでに自分の愛しい女性が書いているならしかたがないと、腐敗公を主人公にした小説は諦めるという。そうじゃない。それとは別に書いてくれとオヌマが食い下がるが、ラドは気分が乗らない様子だ。
リアトリス達が世界樹という、自分たちが住む世界の大本を作る何かに直談判をしてから一年の時が経過していた。
腐朽の大地での大立ち回りを演じた後、リアトリスは生命樹を通じて世界樹にこちらの意志を届けることに成功した。
内容は「今の腐敗公が旧大地に栄養を与えてしまったのは、知らぬが故の事故である。というか駄目なら駄目と最初に教えておけふざけるな。今すぐ腐敗公の魂を刈れなどという命令を共通認識から削除しろ」である。
本来の内容はもっと長く、更に言えば文句がつらつらと添えられているのだが……。長いゆえにリアトリスも自分で一字一句覚えているわけでなく、あとで仲間に伝えた内容がそれだった。要点のみのまとめである。
だが成功した。といってもそれが容易だったわけではない。
世界樹にはいわば人格というものがない。というよりも、リアトリス達とは価値観が違うのだ。上位存在ともいえるものだけに、当たり前と言えば当たり前なのだが。
だから感情論ではどうともならず、求められたのは対価と利益。……価値観が違う割に、提示内容は現実的である。
その命令を取りやめたら世界にどんな益があるのか。それを示せという意志が返ってきた。
おそらくだが、生命樹を生み出した古代文明が滅びた理由。それが世界樹に由来するものであったなら、彼らは対価となるものを差し出せなかったのだろうとリアトリスは考えている。
循環に関わる世界樹の力を削りだしただけの益を返せなかった古代文明は、いわば世界樹にとっての害虫。これ以上力を取られてしまっては困ると……駆除された。
さて困ったと、リアトリスは頭をひねった。価値観の違う相手を前に差し出せるものはなにかと。
しいて言うなら「前に間違っちゃったのは、説明が不十分だったからだよ。ちゃんと知った今なら、役目をちゃんと果たせるよ」という……正常な状態に戻ることが対価といえば対価だ。だが相手はそれで満足しないからこそ更なるものを求めてきている。
もとはそちらの説明不足じゃないかと怒りたくもあったが、価値観の違う相手にこちらの熱量でぶつかっても空回るだけ、というのは嫌というほど思い知っている。そのためリアトリスはそれ以上突っかかることなく……対価を探した。その方が手っ取り早いと。
そしてリアトリスは閃いた。
――――世界樹が望む世界転生が無事に終わったなら、相手も満足するのでないか? と。
それは最初の提案と似ているようで異なる。提案でなく、実績として示したうえで「ほら出来ましたよ」と結果論をつきつける、少々乱暴な方法だ。
しかしこれ以上に答えらしきものが見つからぬ以上、それを実行するしかない。それにリアトリスには確信があった。
『その膨大な魔力を操る方法、この超天才元宮廷魔術師リアトリス様が教えてあげる! そして私に相応しい夫になりなさい!』
以前リアトリスが腐敗公ジュンペイに持ち掛けた提案。彼はそれを飲み、今まで勤勉にリアトリスの教えを吸収してきた。腐朽の大地での授業こそドベを烙印を押すほかないものだったが、実戦を経験してからの成長は目覚ましい。
今のジュンペイならきっと世界転生を自然に任せる以上に上手く速やかに行える。リアトリスの確信はそれだった。
……本来なら単なる部品でしかない腐敗公が、その膨大な魔力を操る感覚を身に着けているのだ。きっと出来る。
現にリアトリスが生命樹に触れる前、ジュンペイは自らの意志で人化を果たした。非常に難しい術なのだが、ジュンペイはラドがドラゴンから人へ。人からドラゴンへ変異する場面を何度か目撃している。そのおかげかなと思いつつ、人化が出来るなら魔術操作におけるリアトリスの合格基準を花丸で満たす。実行を決意するには十分な材料だった。
人化で選んだ姿が何故嫌がっていた少女の姿なのかな~と、思わなかったでもないが。
それが本人が無意識に行ったものだったと知るのは……全てが終わった後のこと。人化の術で変化した姿は固定され、他の術者が行使しない限りその姿以外になれはしない。
つまり。リアトリスなどが別の術を生み出さない限り……ジュンペイのこの世界での性別が決定した瞬間である。
しかも無事に役割を果たせたご褒美なのか。それとも偶然か。
世界樹がもともとの腐敗公が有していた力でないにしろ、役割を果たしたジュンペイに魔力を残し……その力が少女から成人女性へ人化の姿を成長させたというおまけつき。
ジュンペイとしてはどうせなら、見た目そのままでいいから男にしてほしかった。
「優梨愛ねえちゃん、なんでそんなの描くんだよ! 俺恥ずかしいんだけど!」
「あらあら純平ったら! 大丈夫ですよぉ。恥ずかしいのは最初の内だけですから!」
「恥ずかしい事に変わりはないんじゃん! 慣れっていう妥協を俺におしつけないで!」
「で、でも! 身内のみに留めますから~」
「信用できない。優梨愛姉ちゃんこの前シンシアさんに自分で描いた漫画見せてたじゃないか。あれシンシアさんが感動して広めちゃったでしょ」
「でもあれは純平を題材にしてないし……」
「一度形にすれば広がる可能性がゼロでなくなるの! ほら、原稿渡して」
「い~や~で~す~!」
階を隔てているのに聞こえてくるやり取りは、本人たちにとってはどんなものでも聞いている側としては和むもの。リアトリスは自然とひとこと呟いた。
「平和ね」
+++++++
「じゃあ行くぞリアトリス!」
「はいはい。ふふ、懐かしいわね。こうして二人で居るのは」
リアトリスとジュンペイ、ユリアは事が終わった後。人知れずのんびり田舎暮らしを楽しんでいた。一部の人間を除きそれを知る者はおらず、悠々自適の生活だ。
とても楽しいものを見せてもらったからとエニルターシェがいらないというのに押し付けていった、名目上「世界を救った謝礼金」とされる大金は全てオヌマとアリアデスへ借金の返済だと渡してしまった。金に罪はないが、素直に受けとれるほどリアトリスも素直な性格ではなかったからだ。
……そのため裕福ではないが、そこは快適自由な生活を望むリアトリス。自分や共に住む二人の力も活かして、しっかり地盤を整えて稼いでいる。
リアトリスが望んだ『美味しい物を食べて、いい物を着て、いい場所に住んで、いい暮らしがしたい。自分の実力を認めさせたい』。そんな普通の域を出ない望みは、全て叶ったといってよいだろう。
だが現在。そこにはもう一つ望みが加わった。
――――旦那様の願いを叶えてあげたい。
リアトリスとしては今のままでもいい。だが自分のためにどうあっても男性の体が欲しいらしいジュンペイの願いを、叶えてあげたくなったのだ。
「けっこう深いな……。俺がつたって下りてくから、リアトリスは乗って?」
「そう? ならお願いするわ。崖の途中がどうなってるかも観察したいしね」
ジュンペイの希望を叶えるにはリアトリスが人化の術を発展、もしくは新しい術を生み出す必要がある。だが今の生活ではどうも刺激が足りないのか、上手い具合に発想が出てこないのだ。
……となれば。
刺激するためになにをするかといえば、最も手っ取り早い方法は旅である。リアトリスは以前の旅の中でも、それまでは考えつきながらも実現に至らなかった術を開発していた。その経験を思えばこそ。
それに新婚旅行も結局は中途半端なままだった。
……ので、リアトリスは発想のために刺激を求めて。ジュンペイはリアトリスが新しい術を開発した時すぐに実行できるよう、更なる魔術の修行を求めて。
新婚旅行を兼ねた修行旅を、再開したのである。
そして目的地としたのは……"元"腐朽の大地。
現在は新たに生まれた世界の象徴と言わんばかりに、世界の三分の一が未知の魔境へと変化していた。
人族と魔族との垣根はなんと取り払われたままだったが、その代わりといわんばかりに。現在はその場所から未知の脅威が湧いて出ては、在来種はそれの対処に追われる日々となっている。
危険こそあるものの完全に未開の地であるそこへ行けば、刺激は十分に得られるだろう。
「それにしても美少女が美女になったわりに、本性は変わらなかったわねぇ~。あっはは。相変わらず臭いし」
『臭いって言わないでよ慣れても傷つくから!』
「ごめんごめん」
そう言いながらリアトリスがぷにぷにとつつくのは、魔物の姿……かつては腐敗公と恐れられた、ジュンペイのもう一つの在り方である。その体は元腐朽の大地への続く垂直の崖に張り付き、ゆっくり下方へと向かっていた。
眼球にたくわえられていた魔力は以前と比べるべくもなく少ないが、それ以外の特性はそのまま。臭いしどろどろしているし触手は出すしだいたいなんでも溶かせる。
変わった点と言えばなにかを溶かし腐らせる能力を、完全に本人の意志で制御できるようになったことだろうか。今では「スイッチのオンとオフを切り替える」みたいに出来るらしい。リアトリスにとってなじみのない表現だが、そうしたものからジュンペイとユリアのもといた世界の話をきくのも、現在の楽しみのひとつである。
そのユリアだが、ジュンペイたっての希望でこの旅には連れてきていない。それは新婚旅行を邪魔されたくないというよりも、純粋にジュンペイが前世の従姉弟であったユリアを心配するがためだ。……邪魔されたくないという思いが、ちょっぴり無いわけでもないが。
が、それにユリアが気づかないはずもなく。
「こらーーーー! 愛人の私を置いていくなんてどういうことですかーー!」
『ごめーん! 僕じゃ止められなかったーー!』
崖を降りる中で聞こえてきた声に、リアトリスとジュンペイは顔と単眼を見合わせる。
……ラドにユリアを口説くチャンスをやろうと任せてみたが、ダメだったようだ。半ば予想していたことではある。
ユリアはドラゴンに変化したラドの背に乗り、リアトリスとジュンペイに追いついた。
「仲間外れは嫌です」
すねたように言うユリアに、リアトリスとジュンペイは素直に謝る。
「じゃあ、これからは四人旅ね。ふふっ。腐敗公とドラゴンの背中に乗って魔境探索か。なかなか楽しそうだわ。……ラド。あなたはこの旅で、ユリアに恋させることが出来るかしら?」
「もう、リアトリスさんのいじわる! 何度だって言いますけれど、私はリアトリスさん一筋です! 男嫌いとかそういの全部置いておいて、リアトリスさんが好きなんですってばー!」
『…………』
『…………ラド、がんばれ』
『君もね、ジュンペイくん。まだ恋愛対象とは言い難いんでしょ』
『言うな……!』
わいわいと賑やかな一行が赴くのは神秘の魔境。
彼らが何を目にするのか。それはまた、別のお話。
「まだまだ色々教えてね、俺の嫁先生」
「ええ、喜んで。旦那様」
【腐敗公の嫁先生(完)】
ここまでおつきあい頂きありがとうございました!
【挿絵表示】
今回で本作は完結となりましたが、にぼしみそさんより素敵なお祝い絵を頂きました。
二人の笑顔が最高すぎて、最後まで書ききれたんだなという実感が湧いてきます。ジュンペイがリアトリスに持ち上げられて笑顔で笑いあってるシチュエーションにもぐっときてしまう……!
にぼしみそさん、この度は素敵なお祝い絵をありがとうございました!
■2022/5/28追記
にぼしみそさん、ほりぃさんより素敵なイラストを頂いたので掲載させていただきました!お二方に心よりの感謝を。
【挿絵表示】
にぼしみそさんより。青空に金髪が映える最高に可愛いジュンペイ。感謝……!金髪をなびかせる風がこちらまで伝わってくるようです。
【挿絵表示】
ほりぃさんより。元気いっぱいの笑顔が愛らしいジュンペイ!こんな風に元気いっぱいに生きていってほしいという親心がくすぐられます。