腐敗公の嫁先生~人外夫をうっかりTSさせまして~【完結】 作:丸焼きどらごん
6話 腐れ縁を訪ねて
アルガサルタという国の特徴は何かと問われたら、まずほとんどの者が「海」と答える。それはアルガサルタが海に面した国だから。そして残りの者は「え、山と森じゃないの?」と答える。それはアルガサルタが、陸地にも多く領土を有する国だからだ。
アルガサルタは海にいくつも点在する島から成り立っていた小国を、陸地の中規模国家が吸収したことで生まれた国だった。だが現在その領土は無駄に広い。
それが何故かといえば度重なる魔族との戦いで疲弊していた隣国を援助の名目で、うまいこと吸収したからである。そのため周囲の国からはなかなかのちゃっかり者国家として認識されていた。
そんなアルガサルタの小さな漁村。海と村を眼下に望む小高い丘に建った一軒家から、一人の男が出てきた。
藍色の野暮ったく鬱陶しい短髪はボサボサで、おそらくまだ若いであろう皺のない顔には無精ひげを生やしている。
だらしなくよれた服を着こなす男の様子は非常に気だるげだ。
彼は家の裏手に行くと、なにやらゴソゴソと下ばきに手をかける。
どうやら小便をしに出てきたらしい。
「ああ~、やっぱ外ションは解放感が違うぜ!」
そんなしょうもない独り言を結構な声量で言いながら、立ちションをする男。誰かが見ていれば思わず眉を顰めそうだが、幸い男の家の周りに人影はない。
彼は出すものを出し終えてすっきりすると、ふと思い立ったように横を見た。その視線の先は今しがた小便をした木の横の地面。そこにはこんもり盛られた土に安っぽい板が突き刺さっている。
そこにはこう書かれていた。「リアトリスの墓」と。
「あいつが腐敗公の嫁に出されてもう一年か……。にしても、俺って優しいよなー。ほんの気持ちとはいえ、あんなクソ女の墓立ててやってんだから。おっと、かかっちまった」
独り言の多い男である。そして男は独り言の途中で残った残尿感をぬぐうべく再び放尿したが……向いていた方向が悪く、うっかり彼曰くの墓にかかってしまった。
おそらくこのみすぼらしくほんのり湿った墓板を、人間の墓だと認識する者はいないだろう。だとしても男の扱いは中身が入っていないとはいえ、あまりにも死者への冒涜が過ぎていた。おそらく関係者が見ていればブチ切れる程度には。
しかし男は気にした風もなく、そこらに咲いていた野花をぶちぶちと乱暴に千切ると墓(仮)に沿えた。
「あっはっは。これで許せよリアトリス!」
瞬間。
空気を裂くような鋭い音を男が認識する前に、その頬を重い衝撃が抉った。
「ふっざけんな死ねクソがぁ!!」
「おぶげらふぁ!?」
何が起こったのかも分からないままに男は激痛と共に吹き飛び、地面に強かに背中を打ち付けた。
男の行動に天誅……否、人誅が下ったのである。
たった今見事な跳躍力を発揮し男の頬を蹴りぬいたのは、みすぼらしい被り物付きの外套を着た一人の女。
女は忌々しそうに被り物を後ろに振り払うと、くすんだ金属のようなぱっとしない色味の金髪がこぼれ出た。その下から薄い青色の眼光が、蔑むように男を睨みつけている。
男にはその容姿に非常に見覚えがあった。
だからこそ大きく目を見開き、わなわなと震えながら叫ぶ。
「ぎゃああああ!? しょ、しょんべんかけたからって、化けて出てこなくてもいいだろーー!?」
「相変わらず馬鹿ね! 生きてるわよ! 何処からどう見ても生身の人間でしょ!? 幽霊と間違えてんじゃないわよ! ほら、信じられないならこれでどう? ほ~ら! ほらほらほら! よく見なさい!! ちゃんと生者の証である脚がくっついてんでしょうがぁぁ!!」
倒れた男に追い打ちをかけるように、女は形の良い脚で男の腹部を踏みつける。
その鬼畜の所業に、男は目の前の女が自分がよく知る知人であると確信した。
「うごっ、げぶっ! ば、おま、やめ、踏むな、おい!!!! ……あ、黒? え、お前下着の趣味変えた?」
「死ね」
「あばし!」
踏みつけ攻撃をこれでもかと腹部にくらった男だが、彼は切り込みの入ったスカートからちらっと覗いたものを見逃さなかった。そしてそれを素直に口にしたばかりに、今度はわき腹を力の限り蹴られ転がされる。そこには一切の容赦が含まれていない。
「おま、生きてたのかよリアトリス!?」
「…………久しぶりね、オヌマ」
痛みに耐えながらも勢いよく起き上がった男……オヌマに、鷹揚に答える女性の名はリアトリス・サリアフェンデ。かつてオヌマと共に魔術学校で学び、宮廷魔術師長であった師匠へ共に弟子入りを志した女である。
更に言うなれば、彼女はオヌマを蹴落として師の弟子に納まりついには宮廷魔術師まで成りあがった。しかしそんなリアトリスはつい一年前になにやら不祥事をやらかしたらしく、腐朽の大地へ送られ腐敗公の花嫁として……実質的に処刑を執行されたはずである。
それが何故こうしてぴんぴんと生きているのだろうか。しかも心なしか以前より蹴りの威力が増したように思える。
オヌマは一瞬考えを巡らせ……面倒になってガシガシと頭をかく。この癖のせいもあって、彼の頭がぼさぼさから脱することはあまりない。
「…………。はぁ~……。まあ、ただで死ぬような奴じゃねーのは知ってたけどよ……。とりあえず中入れ。っと、あとそっちのチビは連れか? おい、お前もこっち来いよ~。お兄さんはそっちのお姉さんと違って怖くないぞ~」
とりあえず話を聞こうと、オヌマはリアトリスを家の中に促す。彼女がここに居るのはおそらく、わざわざ自分を訪ねてきた、という事のはずだ。ならばまず話を聞くほかあるまい。
しかしオヌマはその途中で、初めてリアトリスの後方に立っていた小さな人影に気づく。
こちらもリアトリスと同じく、被りものつきの外套を身に纏っている。被り物を深くかぶっているため顔は見えないが、その体格は低く細い。おそらくは子供だろう。
なぜリアトリスがそんな子供を連れているのかは知らないが、オヌマは基本的に子供に優しい。なので特に気にするふうでもなく気さくに声をかけた。
だがその小さな人影からの返事は無い。
しかし代わりとばかりに、子供はズカズカとオヌマに近寄ってきた。
「?」
思わずオヌマは首をかしげたが、そんな彼の前に可愛らしい手が差し出された。爪は珊瑚色で小さく、つやつやしている。
オヌマは「恥ずかしがり屋なのかな?」と思いつつ、握手を求めているのだと理解して自分も手を差し出した。
「あ、馬鹿! ちょっと待っ」
そこに何故かリアトリスの鋭い制止の声がかけられた。だがそ時すでに遅く……オヌマはその小さな手を握っていた。
「なんだよ? 別に握手くらいいいじゃ…………おおおおおおおおおおおおおおおお!? ぎゃああーーーーーー!!」
言いかけてから、感じた違和感に手元を見たオヌマは絶叫した。
何故ならオヌマの手首から先の肉が腐り、溶け始めていたからである。
「え、ちょ、は!?」
交互にリアトリスと子供を見やるオヌマであったが、当の本人たちはといえば二人で話しているではないか。話す前にまず大変なことになっている自分に意識を向けてほしい。オヌマはそう切実に願った。
「馬鹿、ジュンペイあんた何してんの! 不用意に触るなって言ったでしょ!? つーか今のはワザとね!?」
「…………」
「むくれてないで、すぐにごめんなさいしなさい!」
「…………ヤダ」
「ヤダじゃない! こんなクソ男でも一応悪い奴ではないのよ?」
「さっきリアトリスだって蹴ってたじゃん。それにそいつ、リアトリスのパンツ見たし」
「私は蹴ってもいいの! 下着のこともさっきの蹴りでお相子! あれはどう見てもやりすぎだわ!」
「でも、俺が嫌だった!」
「だからって代償が手首じゃデカすぎるわアホ!」
子供を叱りつけるリアトリスであったが、オヌマとしてはそれどころではない。
小さな手に握られた個所から溶解し、嫌な臭いを発しながらついには手首から先がボトッと地面に落ちる。それを見てオヌマは目を白黒させながら、悲鳴を上げて蹲った。
「きゃあああああ!? あばばばば、ちょ、俺の手、痛!? 熱い!? え、どうしよこれ、えええええ!? なんかもう感覚よく分かんねーけど視覚的にひでぇ!!」
「あんたも少し落ち着きなさいよ! うるさいわね!」
「あの! 俺手首無くなってんですけど!? 落ちたよ!? うるさいは酷くない!?」
なにやらとんでもない事を言われた。手首から先が腐って落ちるというのは、騒いだら煩いと言われるほど大したことない事態だったろうか?
しかも目の前の女は更に酷い言葉を投げつけてくる。
「だったら騒いで無いでとっとと自分で治しなさいよ!」
「マジかお前! お前の連れのせいなんだからせめてお前がやれよ!」
「ええ~? 嫌よ。私今凄く疲れてるのに」
「やってくださいお願いします! あああ、早くしないと本当に再生しなくなっちゃう! お願いします超絶美しい麗しの天才魔術師リアトリス様!」
「あら、そこまで言うならしょうがないわね! 手を出してごらんなさい。フフン」
(このクソ女がぁぁ……!)
被害を受けたのはこちらだというのに、何故こんな下から懇願せねばならないのか。
その理不尽さにオヌマはコメカミをぴくぴくと痙攣させるが、しかし治療してもらうまでは黙っていなければと理性を総動員し堪える。そしてリアトリスは落ちた手首の残骸をすくい上げると、オヌマの手首にかけながら信じられない速度で魔術を行使した。
あっという間に終わった処置のあとには先ほどと変わらない、健康的なオヌマの手が何事もなく納まっていた。
それを確認するように握ったり開いたりしたオヌマは、治してもらったにもかかわらず「うえっ」と嫌そうな声を出す。
「お前マジかよ……。また腕上げたか。この治療速度、ラナホルトの神官も真っ青だぜ」
「一年で色々あったのよ。私も生き残るために実力を伸ばすほかなかったわ」
「いや、いくら追い詰められた状況でもよぉ……。こんだけ実力伸ばせるお前がまずおかしい。って、まあいいやそれは今さらだし。それで用件はなんだよ?」
「中に入らせてもらってから話すわ。とりあえずお金は後で払うから、水と食料をちょうだい。ここ一年木の皮と葉っぱくらいしか食べていないの」
「はあ? あっははバッカ。嘘つけよ。そんな奴がいきなり飛び蹴りしてくるかよー。痩せてガリになってるわけでもなし、顔色も良くてピンシャンしてるじゃねぇか」
「いいから、何か頂戴ってば! 栄養もろもろの問題はどうにかしたけど、私は味と食感と満腹感に飢えてるのよ! 皮と葉っぱじゃ旨味も何もあったもんじゃないわ! 肉、肉をよこしなさい! 魚でもいい!」
「へいへい……。しょうがねぇな。っとぉ!?」
ぎゃんぎゃんと煩いリアトリスに呆れるが、ふと下を見てぎょっとする。そこでは先ほどとんでもない事をやらかしてくれた小さな人影が、被り物の下から鋭い視線で睨みつけて来ていた。被り物でよく見えないが、陰から覗く瞳は野犬のようにギラギラしている。
オヌマはそれに怯みつつ、恐る恐るとリアトリスに問いかけた。
「あ~……と。ところで、このおっそろしいおチビさんは誰だ……?」
「ああ、その子は……」
リアトリスが言い切る前に、目の前で被り物がはずされる。そこからふわりと零れ落ちたのは、日の光に煌く黄金の髪と、アルガサルタの海よりも青い紺碧の瞳。
子供は非常に可愛らしい見目をした"少女"だった。オヌマはその愛らしさに少女による先ほどの所業も忘れたのか、デレっと表情を緩ませる。
「なにこれ可愛い~。あれか? お前一年の間で子作りでもしてたの? あ、それにしちゃデカイしお前の娘にしちゃ可愛すぎるかー! 第一お前みたいな女、嫁にする男はいないよな! あ、腐敗公が居たっけか。お前、腐敗公の嫁に出されたんだもんな。こりゃ失礼。あはははは!」
「娘よ」
「は?」
「違う、夫だ」
「んんん?」
冗談のつもりで口にした言葉に二方向から別々の答えが返って来て、オヌマは二度間抜けな声を出した。
そしてリアトリスと少女の両方を見れば、リアトリスはなにやら先ほどの自分のようにややデレっとした締まりのない表情で、反対に少女は至極真剣で鬼気迫るような表情だ。
オヌマは笑顔のまま、頭痛をおさえるように額に手を当てる。
「ま、まあ入れよ……。詳しい話、聞かせてくれや」
リアトリスが腐朽の大地に花嫁として落とされ、腐敗公ジュンペイに魔術を教え始めてから"一年"。
この日ようやく、二人は外の世界へ足を踏み出すことが叶ったのだった。