一応理由はあります。
駆逐艦は戦闘力が低く、近海哨戒やすごく簡単な資材獲得遠征くらいでしか活躍しないのが普通だからです。
第1艦隊や第2艦隊に駆逐艦が組み込まれていれば、それはもうとんでもなく実力が高い個体だといえるでしょう。
ラバウル第1基地・第2艦隊の照月は、その実力者にあたります。
ちなみにお姉さんの秋月は第1艦隊メンバー。流石の防空駆逐艦ですね。
「夕張……機嫌直してくれよ……」
「……」
カチャカチャ
「誤解なんだ……何もしてないんだってば……」
「……」
キュッキュッ
「だからホラ……キミの思ってるようなところでは……」
「……師匠のロリコン……」
「ち、違うんだって……」
ガチッガチッ
「川内さんが好き勝手触れ回ってるだけで、まったく根拠のないデタラメだから……」
「……そういう嘘っぽいセリフは、侍らせている駆逐艦のおふたりをどかしてからにしてください」
ここは佐世保第4鎮守府の工廠。
物凄く不機嫌な様子で天龍龍田の艤装メンテをする夕張に、鯉住君はひたすら弁明をしているところだ。
……夕立(元レ級)に背中からがっつり抱き着かれつつ、清霜を肩車しながら。
「夕張もああ言ってるし……お願いだから、ふたりともいい加減離れて……」
「ダメー!気絶するまで遊び倒すっぽい!」
「やだよーだ!一緒に居るんだもん!」
「違うんだよ……夕張……」
・・・
鯉住君は早霜添い寝事件のあと、全身の痛みを引きずりながら、食堂で食事。
栄養補給しないと、筋肉痛を治せないと判断したからだ。
そしてお腹がいっぱいになった後、再度就寝。
本当は天龍龍田の艤装をメンテしようと思っていたのだが、食事中に夕張から代わりにやっておくと聞いたので、ギシギシのカラダを何とかする方を優先した。
輸送艦隊が到着するのが午後という話だったので、午前中に寝ておいて、午後から天龍龍田を見ようと思っていたのだ。
これから部下がお世話になる相手方には、本調子で挨拶したいと考えていた。
……そこまではよかった。
そのプラン通りいけば、なんの問題もなかったはず。
しかし残念ながら、そうはいかなかった。
なんと就寝中、清霜夕立コンビが彼の部屋に侵入。
さっき早霜に鯉住君をとられて悔しかったふたりは、改めて一緒に寝ようと思い立ったらしい。
ちなみにカギはかけていたのだが、「面白そうだし龍ちゃんならいいよね」とか言いながら、川内が開錠(ピッキング)したあげた模様。
彼女にとって、部屋のカギが掛かってるかそうでないかは、あまり重要なことではないらしい。
それでぐっすり寝ている彼と、がっつり抱き着いているふたりを、なんと夕張が発見。
天龍龍田の艤装にクセがあるか聞きに来たら、提督が駆逐艦ふたりと添い寝しているとかいう、意味不明な状況に遭遇したのだった。
そして夕張に叩き起こされ、工廠まで連行され、今に至る。
・・・
「天龍さんも龍田さんも真剣に頑張ってるのに、提督がそんなのでいいと思ってるんですか!?」
「い、いや、そんなつもりじゃ……」
「おふたりも私も提督のためを思って頑張ってるのに!
なんでその本人が、他のところの艦娘とよろしくやってるんですか!
私達にはぜんっぜん手を出さないクセに!このロリコン!」
「だからそれは風評被害なんだって!
そもそもキミたちに手を出すわけないだろ!?大事な部下だよ!?
ていうか……清霜ちゃんにも手を出してないから!」
「私には手を出したっぽいー!」
「「 はへぇ!? 」」
鯉住君の後ろからまったく予想してなかったセリフが飛び出してきた。
ビックリして仲良く変な声を出してしまう師弟。
「何言ってんの!?レ級……じゃなくて夕立!」
「忘れちゃったの?
私のカラダの隅から隅までいじくり回したの!
すっごく気持ちよかったっぽい!」
「師匠……そんなはずないと信じてたのに……!
本当はロリコンなんかじゃないって……!!」
「い、いやいやいや!おおおおかしいでしょ!?
夕張も信じないで!そもそもレ級が転化したのって昨日の話でしょ!?
艦娘になってから手を出すにしても、そんな時間無かったでしょ!?」
「でも手を出したんでしょ!?
つまり深海棲艦じゃなくなった途端に手を出したってことですか!?
このロリコン師匠!最低!」
「龍ちゃん、清霜の知らないところで夕立とも仲良くしてたの!?
早霜だけじゃなくて!?ズルいーーー!」
「違うってぇ!!全く身に覚えがございません!!
レ級キミってばウソついちゃいけないでしょ!?そういうのホントやめて!!」
「何言ってるの!
あんなに夕立の艤装を好き勝手いじり倒したのに!」
「「 ……ん?? 艤装……??」」
「そうよ!
艦載機のみんなも魚雷のみんなも尻尾も、あのあと龍ちゃんに懐いちゃって、すっごく言うこと聞かせるの大変だったっぽい!!」
「あぁ……そういうことかぁ……」
元々佐世保第4鎮守府のメンバーがレ級を捕獲してきたのは、鯉住君が深海棲艦の艤装に興味を示したのが原因だ。
そういうことで、捕獲メンバー立ち合いの中、鯉住君はレ級の艤装をいじり倒した経験がある。
おそらく夕立はその当時のことを言っているのだろう。
「師匠!どういうことなんですか!?」
「清霜とももっと遊んで!龍ちゃん!」
「ふたりとも落ち着いて!
俺はロリコンじゃないし、夕立が言ってるのはかくかくしかじかで……!」
・・・
クールダウン
・・・
「はぁ……つまり……
師匠は体力回復のために寝てただけで、清霜さんと夕立さんが一緒に寝てたのには、まったく気づかなかったと……
夕立さんが言ってる手を出されたっていうのは、レ級時代に艤装をいじった話だったと……」
「そうなんだよ……
清霜ちゃんも夕立も、勝手にカギのかかってる部屋に入ってきちゃダメだからね……」
「ぶー!川内さんはいいって言ってたよー!?」
「カギ空けてくれたのも、川内さんっぽい!」
「ハァ……ホントにあの人は……
とにかくふたりとも、あの夜戦忍者の言うことは真に受けちゃいけません……」
「えー」
色々と諸悪の根源となりつつある川内に対して、諦めのため息を吐く鯉住君。
その様子を見て、夕張は彼のことを信じることにしたようだ。
「はぁ……わかりました……
師匠がロリコンじゃないってことは、信じてあげます」
「あ、ありがとう。夕張……」
「言いたいことは色々ありますけど……
師匠もなんだかんだ疲れているようですし、そこでおふたりと一緒に見学していてください」
「本当にゴメンな……余計な心労かけさせちゃって……」
「ホントですよ、もう……
とにかく、今はゆっくりしていて下さいね」
夕張の優しさに感謝しつつ、ふたりを装備したまま艤装メンテを見学することに。
ホントは自分がやるべき仕事だったので、申し訳なさも感じてしまう。
「俺はホントに良い部下に恵まれたよなぁ……」
・・・
2時間後……
・・・
少し時間はかかってしまったが、無事にメンテは終了した。
夕張ひとりで、天龍龍田の艤装をメンテしたのだ。
いくら軽巡の艤装はそこまでメンテ難度が高くないといっても、流石にそのくらいはかかってしまう。
ちなみにちびっ子メンタルである清霜と夕立は、そんな長時間じっとしていられるはずもなく、外まで遊びに行ってしまった。
「ふぅ……終わりました」
「お疲れさま、夕張」
「頑張ってメンテしましたけど……師匠の目から見て、どうでしたか?」
「まったく問題ないよ。
大丈夫。もう夕張は俺と遜色ないレベルだから」
「そんなことありませんってば。
……でも良かったです。私達の代わりに、天龍さんも龍田さんも戦ってきてくれるんだし、少しでもチカラになれそうで」
「その気持ちが一番大事なんだ。
そうやって気持ちを込めて艤装をメンテすれば、必ず伝わるよ」
「ふふっ。そうですよね!」
夕張は鯉住君と共に生活し始めて半年以上経つ。
その間ずっと彼に追いつこうと師事してきただけはあり、彼の心意気までも理解、実践することができるようになったようだ。
実は彼女は今現在、世界中のメンテ技師の中で見てもかなりの位置にいる。
工作艦である通常の明石よりも技能が高いといえば、そのハイレベルっぷりが分かることだろう。
鯉住君と同僚の明石はそんな格付けあまり興味がないし、夕張、秋津洲も同様の傾向なので、自分たちがどれだけスゴイのか気づくことはなさそうだが。
(さすがはゆうばりんです)
(たったはんとしで、ここまでのじつりょくを……)
(わかりますか?あいのちからですよ?んん?)
「夕張は頑張ってるからな。
それとキミ、余計なこと言わない」
「師匠? 妖精さんたち、なんて言ってるんですか?」
「ああ、夕張はスゴイって感心してるんだよ」
「ホントですか? みんな、ありがとね!」
ニコニコしながら妖精さんたちに手を振る夕張。可愛すぎかよ。
お付きの妖精さんたちも元気に手を振り返している。
そこだけ見たら、童話とかに出てくる無害な妖精なんだけどなぁ……中身がなぁ……
(むっ。ききずてなりませんぞ)
(われらはとっても、おやくだちなそんざい)
(なんどもこいずみさん、たすけてきたでしょ?)
まぁそうなんだけど、結構な割合で余計なこともしてるからね?キミら。
貢献してくれるのは嬉しいけど、もっと落ち着いてくれないかな?
貢献度が大幅にプラスでも、イタズラとか煽りが多すぎて大幅にマイナスだからね?
(ふふん。げんてんほうしきは、なんせんすです)
(わたしたちにおんぶにだっこなくせに)
(そこまでいうなら、ひみつのうらわざ、おしえてしんぜよう)
「秘密の裏ワザ……? いったい何なんだ?」
なんか言い出した。
ロクでもないことである可能性も高いが、一応聞いとこう。
(みみのあなかっぽじって、よくきくです)
(だーれもしらない、ひっさつわざですぞー)
(ねらったぎそう、しかも、ちょーすごいぎそうをだすやりかたです!)
「そ、それマジ!?超スゴイ艤装を出すやり方!?
キミらそんなこと知ってたの!?」
「ちょ、ちょっと師匠!
私には妖精さんの声聞こえませんけど、なんだかすごい話してません!?
すごい艤装を出すとかなんとか……!」
「そ、そうみたいだ……」
なんと妖精さんたちは、狙った艤装を建造炉から出すやり方を知っているとのこと。
これはとんでもなく有益な情報だ。
なにせ建造炉から何が出てくるのかは、まったく予想できないのだ。
稼働させた建造炉から艦娘が出るのか艤装が出るのか、それすらもわからない。
そんな現状なので、出てくる艤装を選ぶことも当然不可能。
こちらから建造炉に対してとれるアプローチなど、稼働ボタンを押すことしかないので、それも当然といえば当然なのだが。
……しかし今回の話が本当なら、建造炉運用の方法が一気に変わり、艤装生産効率が段違いとなる。
「す、すごいなそれ……
ていうかキミたち……知ってたんなら、もっと早く教えてくれたらよかったのに……」
(ふっふーん! ほめてもいいのよ?)
(どうせふつうのひとは、おしえてもできないです)
(いまのこいずみさんで、ようやくってところー)
「今の俺でようやく……?
というか他の人には無理って……」
(かぎは『ぎそうへのあいじょう』と『かんむすへのあいじょう』です!)
(どっちもあふれさせるくらいで!ありったけねじこんで!)
(めんてぎし、ていとく、かたほうじゃむりむーり)
「ぎ、艤装と艦娘への愛情……?」
(そうだよー)
(けんぞうろにむかって、あいをさけべばおっけー!)
(ありったけですよ?ひゃくぱーせんとですよ?)
「そ、そんなんでいいの……?
なんか思ってたのと違うんだけど……」
彼女たちが言うには、狙った艤装を出すコツは、どうやら技術的な問題でなく精神的な問題にあるらしい。
「し、師匠、どういう方法なんですか……?
愛情がどうとかって言ってましたけど……」
「うん、まぁ、なんて言うか……
建造炉稼働の時に、艤装を大切にしている気持ちと、艦娘のみんなを大事に思ってる気持ちを込めればいいみたい……
それでいいんだよな?」
(たいせつにしてる? だいじにおもってる?)
(そんなんじゃあまいよ)
(『あい』ですよ『あい』。じゅんどひゃくぱーせんと!
ちゃんとくちにだすんですよ? だきょうしたらだめですよ?)
「……口に出すの……?
スゴイ恥ずかしいんだけど……」
(だいじなことはくちでつたえるって、ふだんからいってるでしょ?)
(じぶんでいってるのに、できないんですかー?)
(はー、これだからへたれは)
「愛を叫ぶって……ホントに叫ぶとは普通思わないでしょ……?」
(あーあー、しりごみしちゃってぇ)
(へたれてますけど、それだけじゃたりないですよ?)
(だいじなのは、いめーじりょくです)
(あいするあいてのことをおもいうかべながら……)
(あいするあいてがたたかうばめんをそうぞうしながら……)
(そのいめーじにあうぎそうを、よびだすのです)
(だいじなのは、いめーじりょくです。いまーじん)
「……さいですか」
まとめるとこんな感じなようだ。
自分が愛する艦娘が戦っている姿を想像する。
その想像した場面で、活躍している艦娘の艤装を詳細に思い浮かべる。
そしてその艤装を、愛情もって接すると念じながら呼び出す。
その時には当然、艦娘への愛も全力で念じなければならない。
……しかもこの一連の流れ、愛情のくだりは声に出す必要があるとか。
なんだろう? 新手の羞恥プレイかな?
「……ええと……」
(さぁさぁ、けんぞうろまでれっつごー!)
(もりあがってまいりました!)
(てんしょんあげあげです!やっふー!)
「あの……キミたち……?
別の方法ってなかったりしません?」
((( は? )))
「いやさすがに……
よそ様の鎮守府でそんな大声で叫んだら、絶対ギャラリーが寄ってきちゃうから……」
(なんのもんだいですか?)
(もんだいないね)
(こいずみさんのほとばしるぱっしょん、きかせてやりましょう?)
「いやぁ……ちょっと……」
(てんりゅうさんと、たつたさん、だいじじゃないんですか?)
(せっかくあにきのために、おうしゅうまでいくのになー)
(『いってらっしゃい』だけで、すませるつもりですかぁ?
すぺしゃるなぎそう、ぷれぜんとしたくないんですかぁ?)
こいつら……ニヤニヤしやがって……
今からものすごく恥ずかしいことをしないといけない……
多分やり遂げた後は、恥ずか死する……
でも、天龍と龍田に何も持たせず送り出すなんて、そんな薄情な真似できない……
俺のプライドとか羞恥心を犠牲にするだけで、彼女たちが少しでも楽ができるのなら……
いやしかし、こんなところでそんなこと叫んだら、絶対みんな集まってくる……
ぶっちゃけ進行形で川内さんに見られてるだろうし……
そして最悪、その話が広まりに広まって、世間様から見た俺のイメージが、完全に変態になってしまう……
鯉住君の心の中にはものすごい葛藤があるが、結局はやるしかないのだ。
大切な部下の安全と自身の羞恥心……天秤にかけるまでもなく、大切な方は決まっている。
「……ワカリマシタ……ヤリマス……」
(それでいいんですよそれで)
(てんりゅうさんはきじゅうでー、たつたさんはばくらいかなー)
(あにきのそうぞうりょく、きたいしてますよー)
「ハイ……」
とぼとぼ……
「あ、師匠! 待ってくださーい!」
多分全力で叫んだら、鎮守府内にくまなく響き渡ります。
そんなにおっきい鎮守府じゃないですからね。
あ、ちなみに今回、工廠は憲兵見習いさんに頼んで貸してもらってます。