しかも大多数の鎮守府の所属艦娘は、半数以上が駆逐艦です。
だから大規模作戦は、単独攻略はなかなか厳しいものがあります。
同じ派閥だったり、提督同士仲が良い鎮守府だったりで、共闘するのが普通となっているようですね。
「そ、それでは、旗風からも一つお聞きしてもよろしいでしょうか……?」
話題が一区切りとなったのを感じて、旗風さんがおずおずと手を上げる。
普段引っ込み思案な彼女が自己主張するとは、よっぽどこの機会を大事と考えているのだろう。
「私達は構わないわよ?あ、鯉住君は大丈夫かしら?
今日はキミのために来てることになってるし、確認は必要よね?」
一ノ瀬さんがこちらに確認をとってきた。律儀な方だ。
「あ、はい。もちろんです。
旗風さんも皆さんに聞きたいことがいっぱいあるようですし、俺だけが質問し続けるのも気が引けますので」
「あ、ありがとうございます……!」
こちらの了承を受けて、三鷹さんが旗風さんの発言を促す。
「仲がいいみたいで結構結構。それで、旗風ちゃん。聞きたいことって何かな?」
「え、と、旗風が知りたいのは、どうしたらもっと強くなれるのかということです」
おお……旗風さんらしからぬマッシブな疑問……
控えめな性格とは言っても、そこはやっぱり軍人さんなのか。
「ふむ。戦闘の事なら自分が答えよう」
旗風さんの疑問には加二倉さんが答えるようだ。
見た目的にどうみても強いし、戦闘が得意なのだろう。
「まずは貴様、何故強くなりたいのだ?」
「そ、それは、もっと役に立ちたいからです。
私達駆逐艦は、戦闘では、その、あまり役に立つことができません……だから守ってもらってばかりで……申し訳なくて……」
ああ、旗風さんも悩んでるんだな。
……一昨日、初春さんたちにあまり歓迎できない事実を聞いた。
駆逐艦は戦闘ではあまり役に立たず、遠征でも活躍できないことが多い。そのことから大体の鎮守府では、駆逐艦は他の艦種の下位互換のように扱われているとの事だった。
この呉第1鎮守府では、駆逐艦の皆さんは近海哨戒だけでなく、遠征、戦闘と活躍できているみたいだが、それでも他のメンバーとの戦闘力の差は気になるところなのだろう。
「……それは、個の強さを求めるということか?」
「……? ええと……」
「聞き方を変えよう。強さには色々と種類がある」
「強さの種類、ですか……」
「そうだ。それは無数にある。
どのような強さを貴様が求めているかわからんなら、自分が答えてやれることはない。
貴様が求めるのは、どのような強さだ?」
「え、ええと……」
……なんだか禅問答みたいだ。本当に剣豪の貫禄あるなこの人。どんだけ死線を超えてきたんですか。
しかし俺もこの話題は気になる。ここで話が終わってしまっては消化不良だし、旗風さんも困惑してるし、助け船を出そう。
「えと、その、横から口出しして申し訳ないんですが、加二倉さんが言う、『強さの種類』の例を教えてもらってもいいでしょうか?俺も気になるので……」
おそるおそる発言する。
あっ、加二倉さん、その眼力でこちらを睨まないで下さい……こちらの心が砕けてしまいます……もしかしてご機嫌を損ねてしまいましたでしょうか……?
「……貴様も強さについて興味があるのか?」
大丈夫だったようだ。死んだと思った。
「は、はい。少し前に駆逐艦の皆さんから、駆逐艦は立場が弱いと聞きまして。なんとかできないものかな、と考えていまして……」
「……ほう」
加二倉さんがニヤリと笑う。しかもこちらの目を見ながら。こ、怖すぎる……
今の気分はヘビに睨まれたカエルのそれ。やめてくださいしんでしまいます。
「貴様、面白い奴だな。もちろん答えよう」
「は、はひ……」
俺の目からはハイライトさんが消えてしまってるんだろうなぁ……
あぁ……旗風さんが感謝と憐みの混じったような目でこちらを見ている……
「強さとは、言い換えれば、長所だ。だから人間、艦娘の数だけ違った強さがある」
「ちょ、長所ですか……旗風の……駆逐艦の長所は何なんでしょうか……?」
「駆逐艦、とまとめて考えてはいけない。
例えば遠征で艦隊を支えたい、と願う者もいれば、駆逐艦の枠を超えた強さを身につけたいと願う者もいる。変わりどころでは、戦う以外での解決策を模索する者もいる。
貴様は、何がしたい?」
「は、旗風は……」
「駆逐艦に限った話ではない。
例えばそこに座る一ノ瀬の強さは、戦略眼。自分の戦略では到底及ばない。演習をしてみても勝率は五分といったところだ」
「加二倉君のところの艦娘は戦略を戦術……個のチカラでひっくり返すのよ。ホントやめて欲しいわ……あんなのチートよチート」
やれやれ、といったジェスチャーで一ノ瀬さんが答える。なんかとんでもない話してるぞこの人。加二倉さんのところの艦娘はどんだけヤバいんだ……
「そしてそこの三鷹の強さは、大局を見るチカラだな。誰よりも広い視野で物事を見ることができる」
「そんなに褒めても何も出ないですよ?加二倉さん」
ケラケラ笑いながら軽く答える三鷹さん。さっきも提督養成学校の非合理性を指摘してたし、大きくものを考えるのが得意というのも納得だ。
「もちろん自分にも強さはある。自分の物差しに絶対に従い、それを妨害するものは何としても叩き潰すことだ。これを行うことにはある程度の自信がある」
叩き潰す(物理 かな? フフ、怖い。
「だから貴様にも必ず、確実に、強さはあるのだ。そしてそれは、貴様が心の底からなりたい姿に沿ったものだ。貴様はどうなりたい?どういった生き方をしたい?」
「……」
「……考えたこともないか?」
「……はい、すみません……」
「謝ることはない。それを全く考えず人生を終える人間が大半なのだ。ただ、それはこの世を生きる中での精神の支柱になる。見つけておくことを勧める」
「は、はい……ありがとうございます……」
旗風さんは少しうつむきながらお礼を言う。明らかにしょんぼりしている。
まさか強くなりたいというシンプルな質問から、ここまで深い話題になるとは思っていなかったんだろう。
それは仕方ないと思う。俺も旗風さんが質問した時には、演習のうまいやり方とか、戦闘のコツとかを教えてくれるのかな、なんて思っていた。
本当に強い人の言うことは次元が違いましたわ……
(しっかりまなんで)
(のちにいかすのです)
(つめのあかもらったら?)
おう、久しぶりだなお前ら。今回はその意見に同意だよ。普段自由奔放なお前らに言われるのは腑に落ちんけど。
……というかあれだ、旗風さん、あんなに楽しみにしてたのに、これじゃかわいそうだろ。
なんとかフォローしてやらないとな……
「旗風さん、そんな気にすることはないですよ。
旗風さんは加二倉さんの言葉で大事なことに気づけたんですから、これからです。
必ず望んだ未来に向かえますよ」
「は、はい……!そうですよね……!ありがとうございます……!」
ふう、よかった。笑顔が戻ってきた。
落ち込んでても仕方ないし、場の雰囲気が悪くなってもいいことはない。いい仕事したな。
(くさいせりふ)
(じぶんをたなあげしてる)
(このたらし)
うるさいな!正直ちょっと恥ずかしかったんだから、蒸し返すんじゃないよ!
「……貴様には自分の話は必要なさそうだな」
「は、へ? そ、そうなんですか?」
「そうよねぇ」
「そうだねぇ」
3人揃ってこっちを見ながらいい顔をしている。なんだこれ?新手のプレイ?
そんな趣味ないんですけど……ただただ胃が痛くなるだけなんですけど……
俺には加二倉さんの助言が必要ないって、もう俺は十分強いってこと?
ハハッ、ないない。
「俺にそんな強いところなんてありませんよ?人並も良いところです」
「そう思っているのは貴様だけだろう? 他の者は皆気付いているぞ?」
「そうねぇ」
「そうだねぇ」
「そうですね……!」
「ええ……? そんな馬鹿な……」
ついに旗風さんまで、あちら側に回ってしまったようだ。四面楚歌。
(((みんなわかってるですよ)))
お前らもかよ。ニヤニヤしてんじゃねえ。
四面楚歌どころか五面楚歌だぞこれ。いや、意味わからんけど、そんな勢い。
「と、とにかくですね、話も区切りがついたようですし、俺も聞きたいことまだありますし、質問してもいいでしょうか?」
(はなしそらした)
変に持ち上げられると調子狂っちゃうからね。ちょっと舐められてるくらいが丁度いいんです。
「ああ、もちろんいいよ。旗風ちゃんもいいかな?」
「は、はい……!」
「オッケー。それじゃ鯉住君、好きに聞いちゃってね」
「ありがとうございます」
「ええとですね、提督業を勧められてはいるんですが、今の技術屋としての仕事で十分艦娘の皆さんの役には立ててると思うんです。だから正直今の仕事から離れる必要性が感じられなくて……
だから俺が聞きたいのは、みなさんが提督として何をしたいのか、提督だからこそできることは何かってことなんです。ちょっとわかりづらいかもしれないですが……」
うまく言葉にできないな……頭で考えてることを言葉にするのはやっぱり難しい。
「つまりそれは、私達が提督として何をやりたいかってことかしら?」
「ああ、そう、そんな感じです。ありがとうございます、一ノ瀬さん」
「うーん、そうだねえ。
……深海棲艦を退け、時には奴らの縄張りとなった海域を解放。それによりかつての世界規模流通を少しでも復活させ、人類の衰退を防ぎ、栄華を取り戻す。
提督は艦娘を従える、人類最後の砦を守る守護者であり、人類の生存、幸福に直接的に携わる誉れ高い役目だ」
三鷹さんが答えてくれた、が、……それはそう、そうなんだけど……
「……ていうのが中央の奴らが謳ってるプロパガンダね」
「あ、は、はい」
……だよね。らしくないと思ってたし、俺が聞きたいことともちょっと違う。
「実際それも間違っちゃいないけど、現場で働く人間としては『それじゃない』感があるね」
「そうそう。そんな大層なこと考えてる奴なんて、そうそう居ないわよ。お堅い加二倉君だって、ちょっとそれとは違う方向性でしょ?」
「うむ。自分としては国民のため、という心持ではある。が、企業の利益や国際的立場の向上には一切興味がない。それは自分には荷が重い領域だ。やりたいやつがやればよい」
「加二倉君はこんな感じだけど、私はもっとフランクよ?そんな大層なこと考えてないわ。
部下のみんなを指揮して、戦って、勝利すると、みんな嬉しそうなのよ。見た目は女の子だけど、やっぱり中身は歴戦の船なのよね。だから私も、よっしゃやったるか!ってなるわけ」
「加二倉さんは国民の命を守るため、一ノ瀬さんは仲間と勝利の喜びを得るためってことですか」
「うむ」
「それプラス私が楽しいから、ね」
「では三鷹さんは……」
「僕はそうだねえ。部下のためかな」
「艦娘の皆さんのため、ということですか」
「艦娘というより、部下のためかな。
別に僕は日本人が大事だから助けたい、なんて思っちゃいないし、艦娘もよその所属だったら、いつもご苦労様です、程度にしか思わないよ」
「は、はあ」
「僕の初期艦の子がね、深海棲艦も助けたいっていうんだよ。その子はいい子だし、僕も始めのうちからずっと助けられてるし、どうにかしてやりたいと思ってね」
「三鷹君はなかなか難しいことをしてるのよね。あのよくわかんない連中を助けようとか、よく考えるわよね~」
「だが、それが成れば戦いも終わる。価値ある試みだろう」
「まあね。見通しは全然たたないけどさ」
「はー……すごいことしてるんですねえ」
やっぱり大本営の方針と、現場の動きは全然違うんだなあ……
目の前の3名は、ちゃんと自分ができること、やりたいことをバランス考えながらやっているみたい。俺が提督になったとして、何ができるんだろうか?何をしたいんだろうか?
やっぱり今の仕事で縁の下のチカラ持ちやってる方がいいんじゃないかなあ……
(ていとくもむいてるよ)
(いちどやってみるべき)
(れっつとらい)
お前らはいつも転職をプッシュするのな。リクルーターか何か?妖精業界的には提督は今流行りの転職先なの?
エンジニアもいい職業だから、転職応援サイトがあるならプッシュしておくように。
「どう?キミの疑問は解決したかしら?」
「あ、はい。ありがとうございます。
やっぱり俺は提督として何かやりたいかって聞かれたら、皆さんのようにはっきりした答えは出ないです。今のままで十分なのかなって」
「うーん、そうか。こっちとしては残念だけど、キミがそう決めたんならそれ以上は言えないかな」
「そうだな。それは貴様が決めることだ」
「ええと……なんだかすいません……」
「いいのよ~。別に無理してなるもんじゃないし、無理してたら続かないし」
「ですよねぇ……何で大将はあんなに提督になるのを薦めてきたんでしょうか……さんざん断ったっていうのに……」
「そんなの先生本人に聞いてみれば……あ、寝てるわね」
「……zzz」
まだ寝てるよこのおっさん。なんなの?寝不足なの?更年期なの?
部下の進路相談的な集まりなんだから、ちょっとくらい気を張っててちょうだいよ。
「いつもこんな感じなんですか……?正直不安なんですけど……」
「ああ、大丈夫大丈夫。先生は普段はこんなだけど、やるときはやる人だから。
キミを強く提督に推したのも、何か理由があるはずだよ」
「その理由を聞いてもはぐらかされちゃうんですよ……皆さんは何か聞いていませんか?」
「聞いていないな」
「一応私達もキミについて事前に聞いてみたんだけどね。なんで提督に推してるかは教えてくれなかったわ。
先生の事だし何か理由はあるはずなんだけど、まだ言えないってことかしらね」
「ええ……? 教え子の皆さんにも言えないような理由で、俺は提督にさせられるところだったんですか……?」
なにそれ超怖いんだけど……権謀術数に巻き込まれるのは申し訳ないですがNGです。
「まあまあ。キミに不都合があるようなら、それを言わない人じゃないし、そんなに構えるような理由じゃないと思うよ?何かあるのは確かだろうけどね」
「は、はあ……」
「そ、そうですよ……司令は信頼できる方です……!
それに、鯉住さんが提督になってくだされば、旗風たち艦娘も嬉しいですし……
司令もそう考えたんだと思います……!」
旗風さんからの謎のフォローも入る。そのまっすぐな意見がまぶしい。だけどあのおっさん、そんな綺麗なこと考えてないと思うよ。うん。
「ダメもとで先生が起きたら聞いてみたらいいんじゃないかな?もしかしたら教えてくれるかもしれないし」
「そうですね。考えてても仕方ないですし、一度聞いてみるとします」
「そうだな。それがよい」
思っていたよりも転職プッシュをしてこない3人に、安堵のため息を漏らす鯉住くん。
色々知りたい性格の彼は、まだまだ質問を続けるのだった。
Q&Aタイムも終わり、アフターと称する飲み会が鯉住くんに襲い掛かる!
果たして酒が入ったクセの塊のような面子に抗うことはできるのか!?
次回「1杯くらいならへーきへ-き」!
お楽しみに!