これ読んで、前回までで凝り固まった頭をダルダルにしてください。
「うぅ……か、カラダがうまく動かせない……イタタ……」
鎮守府棟(豪農屋敷)の廊下で、壁に手をつきながらフラフラとしている彼女は瑞鶴。
昨日アークロイヤルに心身ともに極限まで追い詰められ、轟沈半歩手前の大破まで追い込まれた彼女は、長い制服艤装修復を終えて入渠ドック(浴場)から出てきたばかりなのだ。
制服艤装の修復は完璧なのだが、気を抜けば永遠に眠ってしまいそうなほど追い込まれたダメージは抜けきっていない。一晩明けた今も、骨や筋肉がギシギシいっている。
……瑞鶴が覚悟を決めたその次の日、鯉住君の仲介により、アークロイヤルに教導艦を頼むことに成功した。
アークロイヤルは初対面の時とは打って変わって、あまりにもアッサリと瑞鶴のことを受け入れた。
鯉住君が「今の彼女なら大丈夫。頼んだよ」と話しかけると、瑞鶴の姿を一瞥したのち「わかったわ。admiral」と即答。どうやら瑞鶴の変化をアークロイヤルは見抜いたようだ。
そういうことでアークロイヤルによる研修が開始されたのだが……
「イカれてる……ホントにイカれてるわ……なんで魚があんな動きするのよ……」
初日からアークロイヤルのお魚攻撃の洗礼を受け、瑞鶴はとことんまで追い込まれたようだ。
初見殺しも甚だしい謎アタックなうえ、長距離、中距離、短距離、接近戦、その全てに対応できるチートアタックでもある。
マトモな艦隊戦しか経験したことがない瑞鶴が、これに対応することなど不可能だった。
ちなみにアークロイヤルのお魚攻撃は、鯉住君と水族館を運営し出してから、そのバリエーションが大幅に増加していた。今まで海水魚のみだった魚種に淡水魚が加わるようになったのだ。
おかげで艦種詐欺とも呼べる多種多様な攻撃ができるようになり、以前よりも圧倒的な強さを誇るようになったのだが、それはまた別の機会に。
「今日もまた地獄が待ち受けてるわ……泣きそう……
……でも、辛いけど……私、絶対やり遂げるんだから……!!」
カラダ中の骨を何本も折られても、その心は折れていない様子。
彼女の心が成長していなければ、この時点で精神的にポッキリと折れてしまっていたことだろう。なんだかんだ必要な問答だったということだ。
そんな感じでヨロヨロと歩いていた瑞鶴だが……
(……が……だよ……)
「……ん?」
とある部屋から話し声が聞こえてきて、それがなんとなく気になって足を止める。
ここはこの鎮守府の提督である鯉住君の部屋。 どうやら本日の業務を終え、自室に戻っているようだ。
「……? ここが大佐の私室ってのは知ってるけど……誰かと一緒に居る?」
彼はケッコン指輪を部下全員に渡す(渡させられる)という、気が狂ったというか漢らしすぎるというか、そういった暴挙を働いた男。そしてその一方で、誰よりもお堅い貞操観念を持ち、その中の誰にも手を出していないという、ある意味とんでもない変態。
そんな彼が、ケッコン相手とはいえ、自室に部下を招いてよろしくやっているなど……考えもつかない。
とはいえこの鎮守府に彼以外の男はおらず、つまり誰かと会話しているということは、その相手は間違いなく女性……部下の艦娘と言えるだろう。状況証拠的に逢引き以外に考えられない。
……彼のお堅さを、研修組の空母ふたりはよーく知っている。
歓迎会の最中に瑞鶴と葛城が夕張に直接聞いたところ、定期連絡船の中で同室だったというのに、一切手を出していなかったということが判明した。
ものすごくげんなりした様子で夕張が話してくれた。「勇気を出して誘惑してみたのに、見てさえくれなかったの……やっぱり胸なの……!?」なんて言いつつ。
彼女たち3人は、大本営の近くの街で、夕張のデート用の洋服を一緒に選んだ仲。
夕張のデートをふたりは応援していたし、その結果が予想をはるかに越えて大成功だったことをお祝いもした。
それだというのに、一緒の部屋で夫婦が何日も過ごしたというのに、ボディタッチのひとつすらなかったとは……それを聞いた時のふたりは、夕張に心底同情したそうな。
夕張が言うように胸のサイズで色々判断してたというなら……自分たちには関係ないけどブッ飛ばしてやる。自分たちには関係ないけど。全然関係ないけど。
……ふたりのそんな私怨もあったとかなかったとか。
ちなみに実際のところは、夕張のアプローチに鯉住君は気づいていた。
しかし『物理的に手を出しません』宣言をしていたこともあり、鋼の精神力で気づかないふりをしていた。男として辛抱溜まらんという気持ちも出てきたが、なんとか抑え込んでいた。
ふだん通りの穏やかな表情で接しながらも、心の中では血の涙を流していたのだ。自身の欲望を抑え込む姿は、ほぼほぼ修行僧だった。
そんなこんなで、瑞鶴は提督の私室から会話が聞こえてくることに違和感を持ったのだ。
そもそもこんな白昼堂々と鎮守府内で逢引きするなど、全く考えられないことだ。普通の提督でさえそうなのに、いっとうお堅い鯉住君がそんなことするはずもない。
「……気になる」
お行儀が悪いと思いつつも、好奇心に負けてしまった瑞鶴。鯉住君の私室の扉にピトッと耳を当て、聞き耳を立てることにした。
盗聴じみた行為というか盗聴そのものというか。彼女が大本営に居たころには絶対にしなかったことである。
ここに来て1週間も経ってないというのに、色々なじんでしまったようだ。
そんな感じでヤンチャしている瑞鶴の耳に入ってきたのは……
(古鷹はやっぱりキレイだな……)
(うふふ……ありがとうございます)
(いつまでも見ていられるよ……なんてかわいいんだ……)
(ふふ。そんなに見とれちゃって……提督も正直ですね)
「!!??」
聞こえてきた声からすると、鯉住君と一緒にいるのは古鷹らしい。
……というか、聞こえてきたのは、まさかの鯉住君の口説き文句だった!
いくつもある可能性の中で、最もありえなさそうなやつだった!
そしてそれに余裕ありげに応える古鷹。普段の真面目な彼女の様子からすると、こちらもあり得ないと言ってよい反応。
いくらふたりがケッコン指輪で結ばれた仲とはいえ、予想外中の予想外。
いったい何が起こっているのだろうか? 現実がまるで飲み込めない瑞鶴は、体の痛みも忘れて混乱している!
(な、何が起こってるの!? クソ真面目な大佐と、これまた真面目な古鷹さんがそんな!?
いや、でも、夫婦だからおかしくはないし、普段の距離感はフェイクで、実はラブラブでズブズブだったってこと……!? 夕張ちゃんをほっといて、そんな不誠実な……!?
……って、あの不器用なふたりがそんな器用なことできるわけない! ホントに何が起こってるの!?)
理解できない現実と、部屋の中で行われている、もしくは行われるであろうアレコレに、お目目グルグルで夢中になっている瑞鶴。さらに扉に体を密着させ、少しでも中の話を聞き出してやろうと必死である。
世間ではこれを出歯亀というが、今の彼女にはそんなこと考えてる暇はない。
(でも……ホントにいいのかい? 入れてしまっても……)
(はい。提督に入れて欲しいんです……)
(あ゛ーっっ!!? 始まっちゃう!? 夫婦のアレコレが始まっちゃうぅっ!!?)
なんか良からぬことが、まさに今始まる予感!
瑞鶴はこれ以上聞いちゃダメとわかっていても、扉から耳を離せない! お年頃ゆえ致し方なし!
と、そんな状態で、瑞鶴がヤモリのように扉にベッタリ張り付いていると、声を掛けてくる者が……
「……あら? 瑞鶴さんどうしたの? そんなワケわかんないことして」
「……!? ……っ!!」
「モゴッ!?」
声を掛けてきたのは叢雲だった。とっさに彼女の口をふさぐ瑞鶴。
いきなりそんなことされて不審の目を向けてくる彼女には悪いが、このまま普通の声量で会話してしまっては、中に声が聞こえてしまう。そして盗み聞ぎしていたことがバレてしまう!
研修生の身で提督のプライベートを詮索していたなど、不躾というレベルではない。普通に軍法会議もの。スパイの疑いをかけられるまである。
そう考えた瑞鶴は叢雲も引きずりこむことにした。
どうせ提督大好きな叢雲のことだ。ちょっと中で起こっていることを教えてやれば、すぐにこちら側に付けることができるだろう。
必死だからか、かなり外道な作戦をとることにした瑞鶴。やっぱりすでにこの鎮守府に染まってきているようだ。
(叢雲さんっ! 静かにっ……!)
(な、なにすんのよ……!)
(中から大佐と古鷹さんの声が聞こえるのよ……! それに、その、内容が……!)
(!!? ど、どきなさいっ……!!)
みなまで説明せずとも、叢雲は勝手に引きずり込まれた。
瑞鶴をグイっとどかし、先ほどの彼女とまったく同じように、扉に耳を当て密着する叢雲。
(……それじゃ俺が中に入れたら、声を出してくれ。俺はそのほうが嬉しい……)
(わかりました……私もそっちの方がいいです……)
(!!? な、ななななぁ!!?)
(叢雲さん、落ち着いてっ……!! こっちは声を抑えないとバレちゃう……!!)
(アイツ……アイツ……!! 古鷹になんてこと言わせてんのっ……!!)
(『声を出してくれ』って……!!
普段おとなしいふたりが、イザという時にはそんなに情熱的に……!!?)
なにやら提督と古鷹の嗜好は、穏やかじゃないものであるようだ。
完全に出歯亀と化したふたりは、仲良く扉にベッタリくっついている。
(私、初めてだから、うまくできないかもですけど……大丈夫でしょうか……?)
(大丈夫だよ。全部俺に任せてくれ……)
(うふふ、やっぱり提督は優しいですね……わかりました。全部お任せします……)
(あ゛ーーーっ!! あ゛ーーーっ!!)
(だから叢雲さん静かにっ……!! は、初めてって、そういうことなの……!? それなのに、声を出しながら……!?
どうしよう……!! どうしようっ……!!)
(アイツ……アイツよりによって古鷹にっ……!! 私というものがありながらっ……!!)
(私どうしたらいいの……!? 提督さんっ……!! こういう時、私、どうしたらいいの……!?
ああっ!! 扉から耳を離せないっ……!!)
初めてなのにボイスオンで致そうという超絶高等プレイに、ふたりの理性は崩壊しかけている。
(あぁ、それにしても……本当に古鷹はかわいい、いや、美しいな……
まるで宝石のようだよ……なんてキレイなお腹なんだ……)
(うふふ、そんなに改まって……いつも見ているじゃないですか……)
(何度見ても飽きないし、いつまでも見ていたいよ……)
(もう、提督ったら……)
(なんなの!? なんなの!? なんでふたりともこんなに情熱的なの……!?
それに大佐って、お腹フェチだったの……!? 葛城に注意しとかないと……!!)
(くぁwせdrftgyふじこlp;……!!)
(叢雲さん落ち着いて……!! 言葉になってない……!!)
(なんなのよ……! 本当になんなの……!?
アイツだって初めてのクセに、なんでそんなに余裕あるのよ……!!)
(大佐が初めてとか、なんでそんなこと知ってんの……!?)
(うるさいわね、勘よ勘っ……!! あんなヘタレが経験者なワケないでしょ……!?
初めて同士で秘書艦仲間の古鷹ととか、許されない……!! 永遠に許されないわ……!! そこにいるのは私であるべきなのよ……!?)
(叢雲さんスゴイこと言ってるけど気づいてる……!? それにそういうことなら、そのポジションにいるのは夕張ちゃんのはずじゃ……!?)
(黙ってなさいよ……!! そんなの誤差の範囲内でしょ……!?)
(ちょっと何言ってるのかわかんない……!!)
中から聞こえてくるものに反応して、暴走超特急と化している叢雲。瑞鶴も叢雲ほどではないが、頭オーバーヒート状態である。
そんなふたりに追い打ちをかけるように、提督と古鷹の会話が漏れ聞こえ続ける……!
(さぁ古鷹、そろそろ……心の準備はいいかい……?)
(はい。それでは、提督のお好きなタイミングで……入れてください……)
(それじゃ……入れるよ?)
(わかりました。どうぞ、ここに……あっ……)
ピチャッ……
「「 わ゛ーーーーーーーーっっっ!!! 」」
バタァンッッッ!!!
「うわぁぁぁっっ!? 叢雲ォ!?」
「キャーッッッ!? ず、瑞鶴さんまでっ!?」
テンションが上がりすぎて、何が何やらよくわからなくなっちゃったふたりは、あろうことか提督の私室に突入する暴挙に出た!!
さっきまであんな会話が聞こえていて、今まさに夫婦のアレコレがおっぱじまろうというタイミングで、あろうことか!!
……しかし出歯亀ふたりの予想とは違い、部屋の中の様子は、そういったピンク色なものではなかった。
「「 あ、あれ? 裸じゃ、ない……? 」」
・・・
出歯亀ふたりの予想に反して、提督と古鷹はそういうことしてるわけではなかった。
当然ながらふたりとも普段と同じ服を着ており、断じて服をはだけさせていたり真っ裸だったりするわけではない。
ふたりは部屋の真ん中に置かれた机に座っており、その上にはコンパクトなキューブ(立方体)水槽が置かれていた。
「い、いったいなにが、どうなって……!? いやらしいことしてるはずじゃ!?」
「瑞鶴さん何言ってんの!? そんなワケないでしょ!?」
「じゃあいったい何をしてたっていうのよ!!」
「何してたもなにも、古鷹と一緒に水槽のメンテナンスしてただけだけど……」
「……水槽のメンテナンス?」
「はい。提督にお願いして、私が飼ってるお魚のために、水質検査薬を使ってたんです」
「妊娠検査薬!?」
「水質検査薬ですよ!? なんでそうなるんです!?」
「なんかよくわかんないけど、そっちがヤバい勘違いしてるのは分かった!
一切合切説明するから、それ聞いて落ち着いて!!」
「ちゃんと説明してくれるんでしょうね!! このケダモノ!!」
「叢雲ヒドイ!!」
未だ頭の中が真っピンクなふたりを落ち着かせるために、ふたりが何してたか説明していく鯉住君。
鯉住君と古鷹は、ずっと前に一緒に大本営近くの街で買い物したことがある。その時に購入した熱帯魚飼育セット一式を使って、今彼女は熱帯魚を飼っているのだ。
とはいえ熱帯魚飼育ノウハウは古鷹にはない。ということで、実はしょっちゅう鯉住君と一緒に、熱帯魚の飼い方から種類から、そういった類の雑談をしていたのだ。
今回は、少し熱帯魚の元気がないということで、鯉住君に相談。水質が原因と考えた鯉住君は、水質検査薬を使ってみようと提案し、古鷹がそれに乗った形。
そこで古鷹は、自分だけで判断せず提督の判断に任せようということで……自室から提督の部屋まで水槽をもってきて、ふたりで一緒に様子を見ながら対処することにしたのだ。
ちなみに水質検査薬は、スポイトで水槽に一滴たらし、その時に変化した色で水質を判断するタイプのものである。
そういうことで、先ほど出歯亀ふたりが色々勘違いした一連の流れは、以下のようなもの。
『鯉住君が水槽の上から検査薬を垂らし、それを横から古鷹が見て、色の変化を見逃さないようにしましょう』という、ただそれだけのことだったのだ。
断じてふたりがいやらしいことしてたとか、鯉住君のなにかを古鷹のどこかに入れようとしてたとか、ふたりとも初めてにしてボリューム最大とか、そういう話だったわけではない。
「……ということなんだけど、わかった?」
「「 …… 」」
完全に誤解が解けて、何を言っていいのかわからないふたり。
「いや、だってその……『古鷹は美しい』って……」
「……? そんなこと言ってないけど」
「言ってたじゃないの! しらばっくれるわけ!?」
「……あ、提督。もしかして、この子たちのことじゃ……」
「ああ、そういうことか。フルカタのことね」
「「 ……フルカタ? 」」
「うん、そう。ポポンデッタ・フルカタ。
この水槽で泳いでいる熱帯魚のことだよ。いつ見ても美しい発色だよねぇ」
※ポポンデッタ・フルカタ……
淡水熱帯魚のレインボーフィッシュの仲間。ヒレ先とお腹がオレンジがかった黄色に染まるのが、とっても美しい小型魚。
鯉住君と古鷹で近所の川から採ってきたワイルド個体(野生産の非養殖個体)。
「アンタややこしいのよぉっ!!」
ドゴォッ!
「ひでぶっ!!」
叢雲の理不尽なタイキックが鯉住君を襲う!
「だ、大丈夫ですか!? 提督!?」
「うん……ひでぇや……」
「そ、そうだったのね……ハァ……
大佐や古鷹さんにしては、色々とおかしいと思ってたのよ」
「……それで、なんでおふたりが部屋の前にいたんですか? 何してたんですか?」
「あっ」
そういえばそうだった。そもそも叢雲と瑞鶴という謎の組み合わせで、提督の私室に来る用事なんてあるわけなかった。
つまりこのままではごまかしきれず、瑞鶴は『研修先の提督の情事を出歯亀するド変態』という烙印を押されてしまう。どこぞの第3鎮守府の重巡洋艦1番型レベルの変態だと勘違いされてしまう。
実際そういうことしてたので、勘違いではないのでは? という疑問は脇に置いといて。
その事実にこの時点で気づき、冷や汗がダラダラと滝のように流れてくる瑞鶴。言い逃れできない状態に、彼女が口をパクパクさせてうろたえていると……
「……古鷹」
「どうしたんですか? 叢雲さん」
「……なんでもないわ」
「……え?」
「なんでもないのよ。偶然なのよ、偶然」
「いや叢雲、なんでもないワケないでしょ!? いきなり俺の部屋に突入してきて!」
「私がなんでもないって言ったら、なんでもないのよ。この話は終わり、何もなかった。いいわね? ハイ解散」
「「 は、はい 」」
「うわぁ……」
叢雲のゴリ押しにすぎるゴリ押しに、ドン引きする瑞鶴。
しかし渡りに船であることには違いない。無表情でズンズンと退出する叢雲に従って、こそこそと退出することにする。
「「 なんだったんだ(でしょうか)…… 」」
・・・
ザッ、ザッ
「……」
「……」
「……あの、叢雲さん?」
「……なにかしら?」
「ホントにあんなんでよかったの……?」
「なんのことかしら? 私はこれから書類仕事なんだけど?」
「無かったことにするつもりだ、この人……」
叢雲の中では先ほどの出来事は、記憶の彼方に消し飛ばしてしまう案件のようだ。
お互い相当な痴態をさらしてしまった以上、瑞鶴にとってもそうすることに反論はないが……すごい胆力である。
とはいえ、さっきまでの衝撃がそうそう消え去るはずもない。叢雲には悪いと思うが、思ったことを口に出していく瑞鶴。
「それにしても驚いたよね、まさかこんな勘違いするなんて……」
「……」
「大佐も古鷹さんも、そんなキャラなはずないってのに、なんであんな思い違いしちゃったかなぁ……」
「……忘れなさい」
「そんなこと言ったって、そんなすぐに忘れられないよ……
……しかし大佐はもっとお堅いと思ってたんだけど、そこまでじゃなかったのね。部下であり艦娘である古鷹さんを、よく自室に招いてたみたいだし」
「……!!」
「まぁそれも問題ないか。ちゃんと大佐と古鷹さんって、ケッコンしてる仲だし」
「……ちょっと忘れ物をしちゃったから、取りに戻るわ……!!」
「え? いや、忘れ物って……」
「いいから。アンタは研修に行きなさい。じゃあね!」
「あ、ちょ」
ザッ!ザッ!
何かに気づいたのか、叢雲は提督の部屋へと踵を返してズンズン進んでいってしまった。
それをポカンとした間抜け顔で見つめる瑞鶴。理由を聞こうとしたが、多分答えてくれないだろう。取り付く島もないとはこのことである。
「……私もさっきのことは忘れて、またあの拷問に戻ろう……」
色々と気疲れしてしまったが、生命力を極限まで削ぎ落とされるのはこれからである。
そのことを思い出し、とっても重い足取りでアークロイヤルの下へと向かう瑞鶴なのであった。
・・・
「いったいなんだったんだ……ひどい目に遭った……」
「なんていうか、災難でしたね……」
「随分とよろしくない勘違いしてたようだけど、そんなはずないのにね……よりにもよって、誰よりも真面目な古鷹と……」
「……」
「……古鷹?」
「あ、あの、提督……さっきのおふたりの勘違いですけど……」
「? あ、ああ」
「私のこと、その……『美しい』って……
て、提督は、私が『美しい』って……そう思ってくださいますか……?」
「!! そ、そうだな……熱帯魚だけじゃなくて、もちろん古鷹も……とても美しいよ」
「……!!」
「なんていうか、その、恥ずかしいけど……
古鷹と上司と部下の関係じゃなかったら、間違いなく……その、なんだ……」
「そ、それって……!! ま、間違いなく、なんですか!?」
「ええと、その……間違いなく……」
「間違いなく……!?」
バタァンッッッ!!!
「オラアァッ!!」
ドゴォッ!
「うわらばっ!?」
突如再突入してきた叢雲による、さっきよりも破壊力の高いタイキックにより、鯉住君の背中がまたしてもダメージを喰らう。
「む、叢雲さんっ!?」
「よくよく考えたら、なんでアンタは古鷹を自室に連れ込んでんのよおぉっ!?」
「うごふっ……そ、それは……貴重な熱帯魚仲間で……」
「ちょくちょくふたりの姿が見えないことあると思ってたけど、アンタが古鷹を連れ込んでたのね! 私に断りもなく自室デートしてたっていうのね!? 私に断りもなく!!
最低! 変態! クソ提督! クズ司令官!!」
「ちょっと何言って……自室デートとか、そんなんじゃないから!
ふたりで熱帯魚の図鑑見ながらゆっくりしたり、ネイチャー系のDVD観て楽しんだり、畑で採れたお茶を楽しんだりしてただけだから!!」
「どっからどう見ても自室デートじゃないのおっ!! オラアァッ!!」
ドゴォッ!
「あべしっ!?」
「て、提督ーーーっ!?」
そのあと鯉住君は叢雲に執務室まで連れ出され、理不尽な説教を小一時間浴びることになったとか。
部屋からドナドナされる鯉住君を見る古鷹は、なんとも言えない表情を浮かべていたのだとか。
余談
「ちょっとまって!! なんで魚が魚雷みたいな動きして……うわあぁっ!!」
ドッゴオォンッッ!!
「この鶴、貴様ァ!!
貴様を今吹き飛ばしたのは『ライギョ』!! もしくは『カムルチー』!!
提督と私の間に生まれた命の結晶だぞっ!? 貴様ごときが『魚』呼ばわりしてもよい存在ではないわぁっ!!」
「いやいや、ありえないっ!!
なんでただの魚が、魚雷みたいに爆発してっ……うぎゃああっ!!」
ドッゴオォンッッ!!
「魚、魚と、身の程をわきまえよっ!! 薄汚い鳥風情がっ!!
いくわよ『マンタ』達!! 全機発艦ンッ!! 空爆でくたばりなさいっ!! 焼き鳥になりなさいっ!!」
「死……ッ!! た、助けてッ!! 誰か助けてえええぇっ!!」
「アハハハハァッ!! くたばれえええっ!!」
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ゛!!」
予告通り今回はロクでもない話した。
実は古鷹に鎮守府に着任してもらった動機の90%はこれです。
理由からしてロクでもないですね。ホントなんなの。