艦これ がんばれ鯉住くん   作:tamino

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年内最後の投稿……のつもりでしたが、ネタに困って年始初投稿に。
皆様、昨年はお付き合いいただき、どうもありがとうございました。今年もよろしくお願いします。


今年最初の話は単発集みたいなものです。
色んなゲストが鎮守府に参上したことで、彼女たちと鯉住君の部下(嫁)達との絡みが色々と発生してます。それの切り抜きみたいなものですね。


昨年度みたいに年末年始スペシャルと言うほどではありませんが、寝正月の方はちょろっとお付き合いください。



第142話

 

 早々にラバウル第10基地まで到着した、白蓮大将率いるラバウル第1基地の面々と、三鷹少佐率いるトラック第5基地の面々。

 そして、そこから少し遅れて到着した、一ノ瀬中佐率いる横須賀第3鎮守府の面々と、鼎大将が連れてきた少数の部下と補助艦艇(異動予定)の皆さん。

 

 すでに当初予定していた人数は大幅にオーバーし(だいたい三鷹少佐と一ノ瀬中佐のせい)、ただの片田舎に造られた物静かな里山といった雰囲気のラバウル第10基地は、賑やかな乙女の花園と化していた。

 

 世の男性諸君が見れば「羨ましい」と羨望の言葉のひとつでも漏れてきそうなものだが、傍観者と当事者の感覚はいつでも違うもので、そこの主である鯉住大佐は心労により3日間自室に引き籠るという、見事な現実逃避をしていた。

 

 ちなみにその間の事務仕事は秘書艦の叢雲と古鷹が担当していた模様。

 ぶっちゃけ鯉住君が居なくても問題なく鎮守府は回るのである。本人もそのことに気づいてはいるようだが、悲しくなるので深くは考えないようにしているとか。

 

 

 

 そんな状態なので、現在のラバウル第10基地は異文化交流の場所と化していた。

 

 同じ日本海軍所属とはいえ、活動する国や地域が違えば、やっぱり生活もそれなりに変わってくる。それに艦時代に面識があった面々でも、現在のカラダになってからは初顔合わせだったりすることもしばしばである。

 そういうことで鯉住君が不在(引き籠り)の間も、鎮守府内では色んなメンツが色んな理由で顔合わせし、普段ない触れ合いを楽しんでいた。

 

 今回のお話はそんな微笑ましかったり、そうでなかったりするふれあいの一部を切り取ったものである。

 

 

 

・・・

 

 

 食堂にて

 

 

・・・

 

 

 

 ここはラバウル第10基地の艦娘寮に備え付けられた食堂。

 旅館とほぼ同じ豪勢な造りをしている艦娘寮は、厨房と食堂に関してもその例に漏れない。

 

 料理人が10人は自由に動き回れる規模のこの厨房は、任務の入れ替わりから素早く食事を済ませたい艦娘でごった返す昼食時にも、問題なく対応できるキャパシティを秘めている。

 飲食スペースは、利便性を追及したテーブル席とくつろぎを重視した座敷席に分かれ、立食形式、宴会形式、そのどちらにも対応することができるようになっている。

 

 とはいえここは所属人数が20人に満たない中規模鎮守府。

 普段はこれらの設備がもつ潜在能力は半分ほどしか発揮されていない。

 鎮守府の方針として、時間に追われることのないゆとりあるシフトが組まれていることも、よくある食堂の慌ただしさを無縁なものにしている一因だ。

 

 しかしながら、それはあくまで普段の話。

 40名(まだ増える)もの大所帯をゲストとして迎えている現在の食堂は、普段とは打って変わって大変な喧騒で溢れていた。

 

 

 

「あーもうっ! 全然手が回らないかもー!!」

 

「ほらほら、泣き言言わないの。もうすぐ人の波がひくから、それまで辛抱なさい」

 

「だってー! 10人分のチャーハン同時に炒めながらギョーザ焼くとか、秋津洲やったことないかも!

中華鍋振り回しすぎて手が痛いかもー!!」

 

「人数が人数だし、仕方ないでしょ。諦めなさいな。

デザートやサラダなんかは作り置きしてあるけど、出来立てが美味しい料理についてはそういうわけにはいかないじゃない」

 

「わかってるかもー! ただのグチかもー! うえぇーん!!」

 

「なんだかんだ上達してきたとはいっても、まだまだねぇ。

ほら、頑張りましょ。新入りのみんなが給仕と食洗器担当してくれてるんだし」

 

「……足柄さん、秋津洲さんっ! また注文はいりました!

チャーハン定食4人前の追加です!!」

 

「うえぇーん! もう勘弁してほしいかもー! わかったかもー!」

 

「ありがとね、大鯨さん。

いい加減ラストスパートでしょうから、気合入れなさい」

 

「ひーん!」

 

 

 厨房の中には、とんでもない量の注文をふたりで捌く足柄と秋津洲の姿が。

 おもに秋津洲による阿鼻叫喚が響き渡っているが、実はこの状況は彼女が自ら招いたものだったりする。

 

 新たに配属された(実は内示だけなので正式な配属はまだ)料理が得意な4名によるお手伝いの具申があったのだが、秋津洲は先輩としてのメンツから

「足柄と秋津洲のふたりで問題ないわ! 何十人でもドーンときたらいいかも!」

と見栄を張ってしまったのだ。

 

 足柄がさすがにそれは無理と判断して、給仕の方を手伝ってもらうことにしなかったら、秋津洲は食事時が来るたびに燃え尽きていただろう。

 

 忙殺されて死にそうになりながらも、足柄が先を見据えた判断をしてくれたことに、秋津洲はとっても感謝している。

 横須賀第3鎮守府で、20名を越える艦娘相手にひとりで食堂を回していた経験は、伊達ではないということだ。

 

 

「ビ、ビッグセブンです!

今度はトラック第5の陸奥さんとラバウル第1の長門さんがやって来ました!!」

 

「大型艦2隻とか、ほんっとーにやめてほしいかもっ!!」

 

「つべこべ言わないの」

 

 

 

……

 

 

 

「やー、お客さんがすっごい来たせいで、食堂激込みだねー、大井っちー」

 

「そうですね! 北上さぁん!」

 

「いやホントにすげぇよな。大本営の食堂クラスだぞ、この混み方」

 

「ウチの鎮守府……ラバウル第1基地も人数多いけど、こんなに混んでないです」

 

 

 昼食時の終わり際に食堂に顔を出したのは、ここラバウル第10基地所属の北上大井姉妹と、その末の妹であり大本営のエースでもある木曾、そしてラバウル第1基地でこれまたエースを張っている阿武隈だった。

 

 なぜ姉妹艦の中に阿武隈が混じっているのかと言うと、自身の提督である白蓮大将に

「せっかくヤベー実力の奴らが揃ってんだから、なんか参考になることもあるだろ! 色々となんやかんやしてこい!」

 とかいう投げやりな指示を出されたからだったりする。

 

 まぁ本人としても雷撃のスペシャリスト……特に先制雷撃を扱える顔ぶれにコンタクトできることなど珍しいので、何かしら強くなるヒントをつかみに行こう、なんて思っていたらしいが。

 

 ちなみにこの阿武隈、北上と木曾には面識がないが、大井がここに来る前は同僚だったため、彼女に対しては面識がある。

 とはいえ当時の大井は誰にも心を開かずに敬遠されていた節があり、対する阿武隈は当時から第1艦隊のメンバーとしてブイブイ言わせていたため、本当に『面識がある』程度の関係なのだが。

 

 

「いつもだったらアッキーと足柄さんの豪華なご飯が食べれるんだけど、ここ数日はシンプルな定食ばかりでちょっと物足りないよねー」

 

「この人数をふたりで捌いてるんですから、仕方ないですよね」

 

「新しいメンツが給仕係やってるから、普段よりは増員されてるんだろうが……

なんで厨房担当がふたりだけで、この人数捌けると思ったんだろうな……?」

 

「今日のチャーハン定食、十分豪華じゃない……?

なんかここの人たち、常識が通じない相手ばかりで怖いんですけど……」

 

 

 総勢40名を越える人数への給仕、しかもとんでもなく食べる大型艦が大勢ときたら、料理人が5,6人いたとしてもままならないほどである。

 それをたったのふたりで回しているとのこと。木曾と阿武隈には意味が分からない。

 

 ちなみに本日の定食はチャーハン定食。

 皿いっぱいのチャーハン(お替り自由)に、付け合わせの羽根つき餃子5つ。そこに中華スープと小盛のサラダ、そしてデザート小鉢の杏仁豆腐。

 定食だけでは物足りない艦には、別口でおむすびや稲荷、付け合わせの漬け物が、食べ放題で置いてある。すごい数置いてある。具材は数種類でより取り見取り。

 

 普通に豪華である。

 メニューの選択肢はないものの、大本営で10名を越える料理人が作る昼食と同じくらいには豪華である。

 だから木曾と阿武隈には、北上と大井の感覚がまるでピンと来ていないのだ。何言ってんだこの人たち? みたいな感覚である。

 普段のメニューが豪華なレストランで出てくるようなものであることに慣れてしまっているのだ。足柄と秋津洲は、提督だけでなく艦隊メンバーの胃袋までがっちりと掴んでいるらしい。

 

 

 そんな感じで呆気にとられるふたりには目もくれず、北上と大井はいつものように4人分注文を出し、さっさと空いている席に着こうとしている。見つけたのは座敷席だったので、席に着くというよりは席に上がるという表現が正しい。

 

 

「ほいほい、っと」

 

「おいおい、北上姉さん、靴くらいちゃんとそろえようぜ」

 

「いいのよ、木曾は黙ってなさい。私が揃えるから」

 

「大井姉さん、あんまり甘やかすのはどうかと思うぜ?」

 

「黙ってなさい。私と北上さんのことに口を出すんじゃないわよ」

 

「……ッ!? 妹に向ける殺気じゃねぇだろ……勘弁してくれよ、マジで」

 

「あのー……やっぱり私帰っていい? 怖くなってきたんですけど……」

 

「アブゥさー、何言ってんのー。せーっかくアタシ達球磨型が雷撃について教えてやろうってんだから、ありがたく聞いてきなって。うりうりー」

 

「や、ちょ、やめて!! 前髪いじんないでくださぁい!!」

 

「貴女が北上さんに生意気な口を利くから悪いんですよ」

 

「大井さんってそんな人でしたっけ!? とにかく、もう、やーめーてっ!!」

 

「わおっ。ふりほどかなくてもいーじゃんかー」

 

「この髪型にセットするの、すごい時間かかるんだから! もうっ!

とにかく! 私の周りには先制雷撃の使い手がいないから、色々と勉強させてほしいんです!

こっちもわかってるコツとか教えるから、そっちの技術も教えてください! お願い!」

 

「えー? どうするぅー? 大井っちー」

 

「そうですねぇ……北上さんに対する敬意が足りてないようですしねぇ……」

 

「なんなのこの人たち!?

さっきは北上さん『いいよー』って言ってたじゃない!

それに大井さんだっていいよって……ていうか、昔ウチに居た時はそんなキャラじゃなかったでしょ!?」

 

「いやー、やっぱアブゥはからかい甲斐があるわー」

 

「北上さんが満足されてるみたいで嬉しいです」

 

「私の話を聞いてくださぁい!! 聞いてくださ↑ぁ↓いぃっっ!!」

 

 

 普段は縁側の猫のようにのんびりしている北上と、その世話をしている大井だが、阿武隈相手だとどうにもいじり倒したくなるらしい。

 艦時代の遠い記憶がそうさせるのかどうなのか、それは誰にもわからないが、相性が良い相手だというのは確かなようだ。

 

 とはいえこのまま話が進まないでいれば、昼食の時間が終わってしまう。

 阿武隈がこの調子で出来立てチャーハンと餃子を食べられないのもかわいそうだし、せっかくの休暇にお昼時から精神的に疲れさせるのも後味が悪い。

 そう考えた木曾により、助け船が出された。

 

 

「姉さんたち、その辺にしといてやれって。

いくらいじり甲斐があるからって、阿武隈がかわいそうだろ」

 

「しょーがないねぇ。普段いじれる相手がいないから、珍しい楽しみ方ができてたのにさー」

 

「なんなのよ、本当にもう……!!」

 

「阿武隈も落ち着けって。

北上姉さんに悪気はねぇし、今からちゃんと相手してくれるみたいだから」

 

「最初っからフツーに接してくれればいいんです! フンだ!」

 

「あーあー、ほっぺた膨らましちまって。リスみてぇだぞ」

 

「……」

 

 

 ぶにっ

 

 

 プシューッ

 

 

「むぁみひゅるんうぇふかぁ(何するんですかぁ)!!」

 

「いやだって……そんなにほっぺ膨らませてたら、フツーはぶにってやりたくなるじゃん?」

 

「みゅー!! おこりはひゅひょぉっ(怒りますよぉっ)!?」

 

「あははー、何言ってんのかわかんねー。あ、ちょっとー揺すらないでー」

 

「あーもう……相性がいいんだか悪いんだか……

阿武隈は北上姉さん揺すっても多分効果ねぇぞ。それと、大井姉さんも止めてやってくれよ」

 

「満足そうにしている北上さんを止める理由が、いったいどこにあるのかしら?」

 

「ホントなんていうか……ブレねぇよな……」

 

 

・・・

 

 

クールダウン

 

 

・・・

 

 

「それで、雷撃のコツだったか。阿武隈が知りたいことってのは……パクパク……うまっ」

 

「そーですっ! 特に先制雷撃!

大本営の木曾さんくらいしか上手に扱える艦娘はいないって聞いてるから、是が非でも技術を盗みたいの!」

 

「そういえば貴女、甲標的の扱いは我流だってボヤいてたわよね……パリッ、モグッ……この餃子、美味しいわね」

 

「先人が居ないからどーしようもないじゃないですか……ススッ……わぁ、このスープ、上品な味……」

 

「パクパクパク……チャーハンうまー……シャクシャク……サラダがあると、味のアクセントが効いていいよねー」

 

「そんなこと言ったら俺だって我流だけどな。周りに甲標的使える奴なんて……一応瑞穂が居たが、アイツはあまり雷撃が上手くなかったから」

 

「そりゃウチにも瑞穂さんはいますけど、あくまで水母は雷撃が本職ってワケじゃありませんから」

 

「まぁ、水母のウリは、雷撃、下駄履き機、砲撃と取り回しが良いところですからね」

 

「そういうことです。だから雷巡の皆さんに意見を聞きたいんです!」

 

「ふーうまかったー。……もうちょっと食べよ。

アタシお稲荷さん持ってくるからー。大井っちとキッソーも食べる? あとアブゥも」

 

「あぁん! 気遣いができる北上さんステキ! 私は大丈夫ですぅ!」

 

「おっ、すまねぇな、北上姉さん。梅シソがあったらよろしく」

 

「私はもう結構です……ていうか北上さん、私の話聞いてました!?」

 

「オッケー、そんじゃキッソーの分だけとってくるからー。そんじゃね……よっと」

 

 

 北上は阿武隈をスルーして、お替りを取りに行ってしまった……

 

 

「もうっ! 本当になんなのあの人!?」

 

「いちいち突っかかるなよ……そういう人なんだって……」

 

「北上さん自ら動いてくれているのに、本当に失礼ですね」

 

「人の話上の空でずっと定食食べてる方が失礼だと思いまぁすっ!!」

 

「まーなんだ、恐らくだが……北上姉さんがあまり会話に参加する気が無かった理由はちゃんとあるんだろ? 大井姉さん」

 

「むー! そうなんですか!?」

 

「……ハァ。この変な髪形は……実力者を自称するのなら、そのくらい読み取りなさいよ」

 

「流石にそりゃ無茶だろ。それで、どういう理由であまり口出ししないんだ?」

 

 

 

 

 

「私と北上さんには……甲標的が支給されていないからです」

 

 

「「 ……ええっ!? 」」

 

 

 

 

 最も効果的に先制雷撃を扱える雷巡。

 しかも総合力の木曾改二に対して雷撃特化ともいえる北上改二と大井改二。

 

 まさかこの雷撃の申し子と言っても良いふたりに、肝心の甲標的が支給されていないとは……

 

 あまりにも意味不明な状況にお口あんぐりな木曾と阿武隈。

 

 

「そういうことなので、普段使いをしない装備のことを語るほど、私も北上さんも自惚れてはいないということです」

 

「いやいやいや!

確かに前に演習した時も、姉さんたちは甲標的を装備していなかったが……

それはあの時点でこの鎮守府に甲標的が無かったからじゃないのか?」

 

「そんなワケないでしょう?

北上と大井の改二なんてウチくらいにしかいないのに、肝心の甲標的が無いなんて……そんな戦略上の致命的欠陥、上層部が許すわけないでしょうに」

 

「そ、それならここにも甲標的あるって事……?」

 

「ええ。艤装バカの提督が、いつでも使える状態に保っているわ。

とびきり強力なヤツをふたり分ね」

 

「なにそれスゴイ!? ちょっとそれ後で見せて……って、そうじゃなくて!

だったらなんで普段から装備しないの?」

 

「それは……あ」

 

「ヤッホー、ただいまー。ほれ、キッソーの分」

 

「おかえりなさい! 北上さぁん!」

 

「あ、ありがとう、北上姉さん。それより……」

 

「大井さんから聞きました!

なんでふたりとも甲標的使ってないの? 意味わかんない!」

 

「あー、そのことねー。っていうか、大井っち喋ったんだ」

 

「すいません北上さん。このふたりがあまりにもうるさかったので。

理由の方はまだ話していません」

 

「あー、ふんふん。大井っち気を遣ってくれたんだね。ありがとね」

 

「そんな! とんでもないですぅ!」

 

「な、なんか特別な理由があるのか……?」

 

「私的にはすっごく気になります……!」

 

 

 理由が気になって仕方ないふたりを気に留めず、木曾に梅シソおにぎりを渡しながら「よっこらせ」っと座布団に戻る北上。

 

 

「まぁ別に話すのはいいんだけどさー。

戦略的な理由とか、アタシ達が甲標的うまく扱えないとか、そういうやつじゃないよ?」

 

「それ以外って事なら、その方がよっぽど気になるんだが……モグモグ……あっ、うめぇなコレ」

 

「木曾さんなに食べてんの……? みんなマイペースなんだから……

それより! その理由を知りたいです!」

 

「アブゥは知りたがりだねー。まったく。聞いても面白くないよ?」

 

「焦らさないでさっさと教えてください!」

 

「そんじゃ教えてあげる。提督がアタシ達に甲標的載せない理由はねー」

 

「「 り、理由は……? 」」

 

 

 

 

 

「愛だよね」

 

 

 

 

 

「「 …… 」」

 

「愛」

 

「あい……?」

 

「そだよ。愛」

 

「大井さん……それってどういう……うわっ! スゴイ苦い顔してる!」

 

「大井姉さんは北上姉さん大好きだからなぁ……

大好きな人の惚気話を聞かされるのが嫌なんだろ……って、大井姉さんも大佐と結婚してるじゃないか」

 

「黙りなさい」

 

「うわ怖っ!! 声がとんでもなく冷たいんですけど!!」

 

「ま、まぁあれだ、大井姉さんのことは置いておいて……

それで北上姉さん、愛ってどういうことだよ? それだけじゃわからない」

 

「んー? そだねぇ。

アタシってさ、艦時代の時に『アレ』積むことになってたじゃん? 結局お流れになったけど」

 

「『アレ』っていうと……アレか」

 

「そそ。特攻兵器ね。……あまりいいもんじゃないよねー。

アレは必要だったのかそうじゃなかったのか、それはわからないよ。アタシにはねー」

 

「あー、それで……」

 

「そうそう。甲標的ってまんまアレじゃん?

甲標的に妖精さん積んで発射するわけだし。そのまま深海棲艦に突っ込ませるわけじゃないけど」

 

「こっちの姿になってからの甲標的は、敵艦隊との中継地点まで発射、設置して、そこから魚雷を誘導することで命中率と射程距離を飛躍的に向上させる役割でしょ?

だったらその……そういう兵器とは実際は関係ないんじゃ……」

 

「アブゥ説明乙。ま、アブゥの言う通り、実際は別物なんだよねー」

 

「それじゃなんで……」

 

 

 

 

 

「実際には関係ない……

そう分かっていても、木曾も貴女も『似てる』と思いましたよね?」

 

「そ、それはまぁ、大井さんの言う通りですけどぉ……」

 

「戦場で最も大事なものは、肌感覚と本能です。

潜在的に『思い出したくもないモノに似ている』艤装を普段使いする……その行為は、長い目で見てどういう結果を及ぼすでしょうね?」

 

「それは……

でも、だからって強くなる手段をみすみす手放すなんて……!」

 

「だからさ、提督はこう言いたいのさ。

『甲標的に頼らないでも苦戦することがないくらい強くなれ』って。

厳しいよね~。優しいふりしてとんだスパルタだよ。まったく」

 

「そ、そんな無茶な……北上さんはそれでいいの!?」

 

「いいに決まってんじゃん。お子様だね~、アブゥは。

提督がさ、一番嬉しくて一番厳しい形でわがまま言ってくれてんだよ?

これに応えなきゃー、重雷装巡洋艦・北上の名が廃るってもんだね」

 

「うっ……!

で、でも、それだとしても、大井さんまで付き合うことないじゃない!」

 

「貴女はまったく……私と北上さんに差をつけるような真似、許されるわけないでしょう?」

 

「いやいやいや!

そんな理由で戦力強化しないのは提督としてどーかと思うんですけどぉ!?」

 

「あっはっは! アブゥにはまだわかんないかー」

 

「なんなのもう! 木曾さんもわかんないよね!?」

 

「ん? いや、なんだ……そうだな。

わかるかわからないかで言ったら、俺にもよくわからない」

 

「でしょ!?」

 

「でも、なんだ、それで正解なんだろうよ。姉さんたち、いい顔してるぜ」

 

「おっ? キッソーみたいなちんちくりんが分かったふりですか~?

うりうり~」

 

「わ! ちょ、やめ、やめてくれ北上姉さん!

マントを引っ張らないでくれ!」

 

「飲食店でマント脱がないのはマナー違反っしょー?」

 

「仕方ないんだって! これは艤装の一部だから、取れないんだよ!」

 

 

 どんな理由があるかと身構えていたら、まさかの精神論だった。

 そのことに対してどんな反応をしていいかわからない阿武隈は、眉をハの字にして途方に暮れてしまった。

 

 

「はぁ……意味わかんないんですけどぉ……」

 

「もっと精進なさい。何度も何度も死線をさまよえば、北上さんが言っていることも少しはわかるようになるかもね。

……とりあえずは甲標的なしでの戦い方なら教えてあげるから、しっかり盗んでいきなさい」

 

「わかりましたぁ……ハァ、ドッと疲れちゃった……」

 

「あはは! お詫びに北上様のグレートな雷撃方法を伝授してあげるからさ~」

 

「俺は普通に甲標的の使用感を伝えるようにする。というかむしろ阿武隈の技術も気になるんだよ。ギブアンドテイクでいこうぜ」

 

「わかりましたぁ……よし! 気を取り直していきまぁす!」

 

 

 その後雷撃トークは予想以上の盛り上がりを見せ、昼の閉店時間になっても話の終わりが見えなかった。

 それを見た足柄とヘトヘトの秋津洲は「どうせ仕込みをしなきゃなんだし」ということで、彼女たちにドリンクなど出しつつ温かい目で見守ることにしたのだとか。

 

 

 

「あの人たちは別にいつまで居てくれてもいいけど……

あと3時間で40人分の晩御飯の仕込みしなきゃいけないかも~!!」

 

「出撃と比べたら危険もないし楽な仕事でしょ。

10分休憩が終わったら仕込みに入るわよ」

 

「うえぇ~ん!!」

 

 

 

「あの……伊良湖さん……

私、給仕をしていただけなのに、もうヘトヘトなんですが……」

 

「そ、そうですね、大鯨さん……

私は大本営の『間宮』で給仕をしていましたが、ここまで忙しいのなんて滅多になかったです……」

 

「はぁ……はぁ……

40人分と言っても、大型艦の皆さんも大勢いらっしゃいましたからね……それを9時から15時まで……

もうホㇳケ(横たわる)したい気分です……」

 

「お皿が一枚……お皿が二枚……

私、あんなにお皿と触れ合ったの、生まれて初めてです……」

 

「神威さんも速吸さんも、お疲れさまでした……

あと3時間もしたら、夜の開店時間です。私達も仕込みを手伝いましょう……!」

 

「「「 はぁい…… 」」」

 

 





ちなみに鯉住君は、雷巡のふたりに甲標的を渡してない理由は説明してません。
『必要になったら支給する』とだけ伝えてあります。
言葉に出すのは無粋と言うか、ちょっと違う気がしてるみたいですね。
伝えるべきことは伝える、がポリシーの彼にとっては、すごく珍しいことです。

それで北上から反論がないのを受けて、お互いに語らずとも気持ちを汲んでいる、といった状態ですね。

当然その状況を見て何も言わない大井に対しても、気持ちは伝わっていると信じて説明していません。
そして実際その通りなのです。



・あとがき


雷撃トーク一部抜粋


「だからさー、甲標的が無くても、100mの狙撃くらいなら楽勝じゃん?
いくら海が荒れてて風が強くて視界が狭くても、そんな近い相手に当てられないわけがないじゃんか」

「いや、北上姉さん……普通はそれ、命中率ひとケタ%だぞ……?
俺だってそんな悪条件じゃあ、半分も当てられるかわからねぇ」

「甲標的に頼るから心に隙が生じるんです。もっと精進なさい」

「ちょっと何言ってるかわかんないんですけどぉ……(涙目)」

「まぁキッソーは近接戦ができるからいいけどねー。
アタシらはそっちはからっきしだし」

「まぁな。魚雷打ちながらの吶喊(とっかん)なら自信があるぜ。
相手の逃げ道と狙いを定める余裕を無くしつつ、懐に斬り込むんだ。
艦隊のみんなが正面からやりあってる時に、脇腹から食いちぎる!
これが決まると快感だな!」

「ふん……まぁ、木曾の近接の強さについては、私も認めています。
実際に見たわけではないけれど、話を聞いているだけで有効だということはわかりますし」

「おっ? 大井姉さん、俺のこと認めてくれるのか?」

「調子に乗らない。そういうセリフは、私と北上さんよりも雷撃が上手くなってから口になさい」

「そりゃあ厳しいな。ハハッ」

「もっと普通の艦隊戦の話がしたいんですけどぉ!(涙目)」

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