艦これ がんばれ鯉住くん   作:tamino

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鯉住君の地味にすごい特技

一度扱ったことがあれば、触っただけでミリネジとインチネジの判別ができる(製品規格がわかる)




第145話

 

「……いくらメチャクチャな話ばっかりだったとはいえ、執務丸投げはマズかったなぁ……」

 

 

 呉第1鎮守府の鼎大将と横須賀第3鎮守府の一ノ瀬中佐が到着し、あまりの無茶ぶりとストレスから引き籠っていた鯉住君ではあったが、ようやくメンタルが回復したのか、みんなの前に姿を見せることに決めたようだ。

 

 ちなみについ先ほど叢雲に謝罪したところ『アンタがまた暴走してお偉方に迷惑かける方がよっぽどマズいわ』と軽くいなされたのが、地味に心にキているらしい。

 彼の感覚では自身は良識ある一般人なのだ。誰が何と言おうとそうなのだ。だからそんなこと言われたらちょっとショックなのだ。

 

 もうちょっと言うと、叢雲が今日明日の日常業務をすべて終わらせてくれていたおかげで、本日何もすることがないというのもけっこうショックだったらしい。

 叢雲がいれば自分要らないのでは……? という考えが一瞬頭をよぎるが、深く考えないようにしたらしい。精神的安定のためには仕方ないことだとかなんとか。

 

 

「はぁ……それにしても、みんな南国を全力で楽しんでるなぁ……

まさか水球大会を開催するなんて……」

 

 

 ため息をつきながら遠い目をする鯉住君。

 

 

 

 ……叢雲から聞いたのだが、どうやら本日、備え付けのプール(観光地にあるでっかい家族向けプールくらいの規模)で水球大会を開催する運びになっていたらしい。いつの間にか。

 

 主催は横須賀第3鎮守府とのこと。

 変態3人衆が軟禁されていても、その他のメンバーのモチベーションは高く『せっかくのバカンスで何もイベントがないのではもったいない!』との意見が出たとかなんとか。相変わらずレクリエーションに余念がないメンバーである。

 

 よくそんなの許可したなぁ、と思いつつ叢雲に理由を聞いてみると、ストレス緩和のためという答えが返ってきた。

 確かに明日には欧州救援組がやってくるとはいえ、他のメンバー、特に先行組である白蓮大将率いるラバウル第1基地メンバー、三鷹少佐率いるトラック第5泊地メンバーについては、かれこれ5日も滞在していることになる。

 自発的に執務を手伝ったりしてくれている子はいるようだが、それでもやはり何もなしに5日間では暇すぎるだろう。叢雲の判断にも納得である。

 

 とはいえそんなおちゃらけた内容、いくら理由があるといっても真面目な叢雲が許可するのは変だよなぁ、なんて思ったのだが、提督代理を丸投げして後ろめたいこともあって追及はしないことにした。

 なんで許可したか聞いていた最中、一度もこちらと目を合わせてくれなかったから、

本当のところは何かあるんだろうが……まぁ、気にしないことにした。

 

 

 ちなみに水球大会の参加メンバーは以下の通りらしい

 

 

・チームドラゴンズ

飛龍改二(横3)、蒼龍改二(横3)、雲龍改(ラ1)

 

・チームホークス

祥鳳改(横3)、瑞鳳改(横3)、大鳳改(ト5)

 

・チームイーグルズ

隼鷹改(ラ1)、飛鷹改(ラ1)、古鷹改二(ラ10)

 

・チームグラスィーズ

霧島改二(横3)、Roma改(横3)、鳥海改二(横3)

 

・チームバトルシップス

長門改二(ラ1)、陸奥改二(ト5)、伊勢改二(呉1)

 

・チームトーピードーズ

木曾改二(横1)、阿武隈改二(ラ1)、由良改二(呉1)

 

・チームセブンス

朧改(横3)、潮改(横3)、曙改(横3)

 

・チームクラウズ

夕雲改(横3)、巻雲改二(横3)、風雲改(横3)

 

 

・実況:衣笠改二(横3)

 

 

 どうやら3人1組のメンバーで1チームで、そこから2チーム合同で組んで6対6で戦う予定らしい。

 ウチからはなぜか古鷹のみ参戦。叢雲によると、元同僚であり押しが強めな隼鷹に絡まれて断り切れなかったのだとか。古鷹らしいといえば古鷹らしい。

 

 

 ちなみに優勝賞品は、三鷹さんが新たに興す会社である『三鷹物流』の持ち株0.01%だとかなんとか。意味が分からない。

 

 東南アジアで実質独占企業と化している三鷹グループ、それを一手に担う物流会社を新規立ち上げ(既存企業の吸収合併ももちろんあり)……発展していって会社が大きくなっていく未来しか見えない。

 確実に少なくとも総資産1兆円企業くらいにはなるだろう。その持ち株0.01%となると……1億円。

 

 

 1億円である。頭おかしい。3人で割ってもひとり頭3300万円。頭おかしい。

 

 

 さすがにやり過ぎだろうと止めようとしたが、叢雲によると、三鷹さんは『お祭りだし別にいいんじゃない?』と気にしてないようだったし、参加艦娘たちも『勝利すること自体が大事だから、そんなの正直オマケ』程度にしか考えてないとのこと。

 もう頭痛くなってきたので突っ込まないことにした。三鷹さんについてはもう何も言うことはないというか言えないし、彼女たちについては社会に出た時の金銭感覚が今から心配である。

 

 

 そしてユニフォームというか水着は、もちろん自分指定のスクール水着。安価で大量発注でき、伸縮性があって汎用性抜群なため、貸し出し用として各種サイズを結構な数揃えておいたスクール水着である。

 公平を期すために差をなくすという理由と、そもそも水着を持ってきてない艦娘が多くいることから、そういうことになったらしい。正直言って水着を持ってきてる方がおかしいと思うが、そんなの今さらな話である。

 個人的にも布面積たっぷりで非常に目に優しいので、活用してくれて何よりである。

 

 まぁ、会場のプールには絶対に行かないが。

 正直言えば、美女が大勢で水着でプールなんて男のロマン(欲望)を感じざるを得ないが……一応こちらは指輪を渡した(不可抗力)相手が多数いる身。そして彼女たちを指揮する上司という立場。

 艦娘たちをだらしない表情で眺めてたなんて知られ、あまつさえ拡散されたらと考えると……たまったもんじゃない。おそらくロクなことにならない。具体的には多分叢雲から処される。冗談じゃない。

 

 

 

・・・

 

 

 

 そんな感じでプールには絶対近づかないと心に決めつつ、鎮守府棟(豪農屋敷)をアテもなくうろうろする鯉住君。すると初春と子日、そして、こちらで預かることになったマエストラーレ(見た目は船渠棲姫)とはちあうことになった。

 

 

「おお! お前様ではないか、会えて嬉しいぞ!! 体調はもうよくなったのかえ?」

 

「初春さん、そのお前様という呼び方は……まぁいいか。

迷惑かけちゃって申し訳なかったです。みんな頑張って任務を受けてくれてたのに……」

 

「なぁに、そのような些事、気にするでない!

わらわにとって、お前様のために働けることこそが喜びなのじゃ!」

 

「ホントに申し訳ない……ところで、3人で何してたのかな?」

 

「子日たちはねぇ、今日のお仕事が終わったから叢雲さんに報告してきたんだよぉ!」

 

「え、まだ午前中だけど……あぁ、今日はカイコの世話かな?」

 

「その通りじゃ。新入りのマエストラーレと一緒に世話をしてきたぞ!」

 

「それはご苦労様でしたね。キミもありがとう」

 

「……ハイ」

 

 

 どうやら3人の今日の予定は半休といってもよい内容だったらしい。

 新入りであり、精神的に消耗しているマエストラーレに、叢雲が気を利かせて無理のない仕事を充ててくれたようだ。

 彼女のそういう細かい気配りにはよく助けられている。本当に頼りになる秘書艦だ。

 

 

「うむ、それでのう、お前様。藪から棒ではあるんじゃが、今日は何か予定があるのかや?」

 

「俺の予定ですか? ありませんよ。

提督としての本日の仕事は、叢雲がもう捌いてくれたってことですので」

 

「おお! あの『つんでれ』もたまには役に立つではないか!

ならばお前様、今日はわらわ達に付き合ってたもれ!」

 

「ツンデレって……まぁ確かに素直じゃないところはありますが。

せっかく誘っていただいたんですから、ご一緒しますよ。やりたいこともなかったですし」

 

「おお、来てくれるか!」

 

「やったぁ! 鯉住さんも一緒だ~!」

 

「……ヨロシクオネガイシマス」

 

「はい、よろしくね。

それとマエストラーレちゃんはそんなに固くならないでいいからね。

まだこっちに来て一週間も経ってないし、提督の俺と一緒だと緊張しちゃうかもしれないけど……みんなの反応見てたらわかるとおり、俺に対しては態度を気にしなくてもいいからさ」

 

「……ハイ」

 

「お固いのう。鯉住殿がよいと言うとるんじゃから、素直になればよいというに」

 

「鯉住さんはそんなことじゃ怒らないから、安心していいよっ!」

 

「……ソンナコト言ッタッテ……」

 

「まぁまぁふたりとも。彼女、今までが今までなんだし、ゆっくり慣れてくれればいいから」

 

「むー……まぁよいか、お前様がそう言うなら。

では、参ろうかの。目的地は水族館じゃ」

 

「水族館ですか? 何か用があって?」

 

「うんっ! マエちゃん虫大丈夫そうだから、一緒に虫取りしようと思って!」

 

「あー、なるほど」

 

 

 現在アークロイヤルが主として管理している水族館は、施工当初と比べて格段な進化を遂げている。

 

 三鷹少佐経由で仕入れた多種多様な熱帯魚は皆すくすくと育って、繁殖するほど今の水槽に馴染んでいる。

 ちなみに鯉住君のもともと飼ってたフグたちも引越し済み。以前よりも大きな水槽で優雅に暮らしている。(鯉住君は基本的に毎日餌をあげに出向いていたりする)

 

 それにプラスして、水に栄養素を溶かして魚が住みやすい環境にするために、アークロイヤル監修、妖精さん実働により、施設内にはジャングルと見まごうばかりの密林が生い茂っていたりもする。

 

 おかげで下流域に行けば行くほど、堆積した落ち葉からポリフェノールが染み出す環境が出来上がっており、うっすらとしたブラックウォーターが生成されている。

 特に最下流の大規模人工池は、濃い茶色に着色されていて、向こう側が目を凝らさないと見通せないような状態。

 鑑賞しにくい反面、そこで暮らす南米産熱帯魚……いずれも50㎝を超えるサイズの大物たちにとっては安心できる環境らしく、飼育環境では繁殖が難しい種類のブリードにも成功している。

 

 

 そして実は魚だけではなく、この施設内……というか、件の大規模人工池があるドーム状の区画には、各種甲虫が屋内飼育されている。

 いつだったか鯉住君と天龍がノリノリで捕獲してきたカブトムシとかカナブンとかだ。

 

 もちろん彼らものびのびと暮らしながら繁殖しており、結構な数に増えていたりする。

 熱帯魚の世話はアークロイヤルがしているが(というか鯉住君以外には世話させてくれない)、甲虫の世話は妖精さんたちが担当しており、うまいこと相性よく噛み合っているようだ。

 特に妖精さんたちは甲虫たちを騎馬に見立てた騎馬戦ならぬ騎虫戦に興じていたりと、甲虫たちと仲が良い。甲虫たちに本来ない知性が備わってきている気がするが、気にしてはいけない。

 

 

 

 そういうことなので、今現在の水族館は、水族館にして植物園、そして昆虫ふれあいコーナーといった装いとなっている。

 子日が言ってた『水族館で虫取り』というのは、なんにも間違った表現ではないのだ。

 

 

「誰が一番採れるか競争しようよっ!」

 

「頑張リマス……」

 

「だからそう固くなるなと言うておろうに」

 

「まあまあ」

 

 

 なんだかんだマエストラーレはある程度は心を開いてくれている様子。それを見て、ほっと一安心な鯉住君である。

 同じ長女つながりで、なおかつマイペースに周りを引っ張っていってくれる初春に彼女の世話を任せたのは大成功だったようだ。

 

 

 

・・・

 

 

 移動中……

 

 

・・・

 

 

 

 途中で倉庫で虫かごを回収して、水族館の植物園エリアがあるドームまでやってきた一行。

 予定通り虫取りを始めようとしたのだが、茂みの奥からガサゴソと、何かが動く音が聞こえてきた。

 

 

「……あれ? なんだろ、誰かいるのかな?」

 

「ふむ。ウチのメンバーは皆、本日は予定があるはずじゃが」

 

「ってことは、お客さんの誰かかなっ?」

 

「そうかもしれない。とにかく確かめてみよう。

……おーい、誰かいるのかな?」

 

 

 鯉住君が呼びかけると、それを耳にしたのかガサゴソという音が近づいてきて、茂みの中から人影が現れた。

 

 

「……こんにちは」

 

「あ、朧さんじゃないですか」

 

 

 顔を出したのは、横須賀第3鎮守府所属の、駆逐艦・朧改だった。

 

 提督指定の芋ジャージをしっかり着用してくれており、これには鯉住君もニッコリ。彼女は駆逐艦にしては女性的な体つきをしているので(混浴対局で不本意ながら確認済み)、ボディラインがしっかり出る制服艤装だと、なにかと精神衛生上よろしくない。

 

 そしてそのタイミングで、奥の通路からも新たに2人の人影が。

 

 

「朧ちゃーん、虫さんは採れたの? ……ひゃっ! こ、鯉住さん……!」

 

「ッ……! ……久しぶりです」

 

「あ、あぁ、潮ちゃんに曙ちゃんか……ふたりとも久しぶりだね……」

 

 

 朧とは別の方向、通路の奥から現れたのは、これまた横須賀第3鎮守府所属の駆逐艦、潮改と曙改であった。

 

 朧は別に何ともないような普通の反応だったが、このふたりは鯉住君に対して何か思うところがあるのだろうか、なにやら距離感のある反応をしている。

 具体的には潮は曙の後ろに隠れているし、そんな潮と鯉住君の間に壁を作るように立つ曙は、鋭い目で彼のことをにらんでいる。

 

 

「ええと……もっと楽にしてくれていいよ」

 

「ひえぇっ! すいません!」

 

「……お気になさらず。潮が怖がります」

 

「そ、それはすまなかった……」

 

 

 なかなか受けない塩対応で地味に傷つく鯉住君だが、実は彼女たちの塩対応にはちゃんと理由があったりする。

 

 

 潮については、彼と混浴対局をした際に男性の肉体を見てしまった記憶と、漣たちによる鯉住君を素材にしたアンチ倫理的な作品群の印象が重なっているせいで、彼のことがまともに見られなくなってしまっている。

 そんな態度をとっているからか、鯉住君からは特に親切に対応されているのだが……そもそも彼のことをセクシャルな対象として捉えてしまっているため、話をするたび恥ずかしさが増していくという状態になっている。一言で言うと、むっつりともいう。

 

 曙については、彼に対しての好感度が高い(外見で侮ったりせず、紳士的に接してくれる人間なため)うえに、自身が認める一ノ瀬中佐も彼のことを悪く思っていない状況なので、実は避けるどころかむしろもっと話したいと思っている。しかし、そんな彼は今、自分たちを置いてよその鎮守府に行ってしまい、あまつさえ自分たちをほっといて他の艦娘たちと重婚なんてしている。

 ……そんな事実が気にくわない。理屈じゃわかってるけど、気にくわないものは気にくわない、なんてことを思っていたりする。一言で言うと、素直になれないともいう。

 

 そしてそこまで拗らせた感情を持たれているとは思っていない鯉住君は、なぜ自分が塩対応を受けているのかよくわかっていなかったりする。紳士的な対応をしている自覚はあるのに……

 

 

 悲しいすれ違いというか、誰も得しない状況というわけだ。

 

 

 ちなみに朧については、今出た全員の考えを理解しているため、平然としたものである。

 わかっているからと言ってフォローを頑張ったりしないあたりが彼女らしい。

 

 

「えー、あー、3人は虫取りかな? こっちも虫取りに来たんだけど」

 

「はい。と言っても、虫取りしたかったのは私だけで、曙ちゃんと潮ちゃんは付き添いです」

 

「そうなんだ」

 

「珍しいお魚もいるって聞いたから、みんなで来たんです。だよね? ふたりとも」

 

「は、はい……ごめんなさいっ!」

 

「……朧の言う通りです」

 

「そ、そっか……まぁ、その、別に自由にしてくれていいから、ゆっくり楽しんでいってね」

 

 

 このようなしょっぱい反応を研修時からとられていたので、特にこのふたりには努めて優しく接するようにしているのだが……その努力が実ることはなさそうだ。

 

 紳士的な態度により好感度はぐいぐい上がるものの、むしろそれは逆効果。

 潮にしたら恥ずかしさから、曙にしたらその好感度の高さから、思春期特有のトゲっぽい反応になってしまっているのだ。

 お互いのすれ違いが加速していく、どうしようもない状況が出来上がっているといえる。

 

 こんな気まずい状況に陥ってしまい、しかも話が全く続かない。

 彼女たちも自分と一緒に居たくはないだろうと思い、戦略的撤退を決めた鯉住君は話を切り上げることにした。

 

 

「そういうことで、邪魔しちゃ悪いし俺たちはもう行くから……」

 

「「「 …… 」」」

 

 

 潮と曙のふたりからなんとも言えない、朧からやれやれといった視線を受けながら、逃げるように背を向けてUターンしようとしたのだが……

 

 

「ははーん、なるほどのう……だいたいつかめたのじゃ」

 

 

 初春が何かに納得したような反応をして、去ろうとする鯉住君の袖をぐっと引っ張った。

 

 

「え、ちょ、初春さん……どうしたんですか?」

 

「まぁ待て待てお前様。ここで会ったのも何かの縁というものじゃろう?

ちと話をしていったらどうじゃ?」

 

「え゛!? い、いやぁ、そんなに俺、歓迎されてないみたいなんで、いいかなって……」

 

「はー、謙虚なのは美徳のひとつじゃが、行き過ぎるとよくないぞ?

なぁ、そこの……朧といったかのう、お主もそう思うじゃろ?」

 

「そうですね。もっと自信持ってください」

 

「えー……? どういうことなの……?」

 

「まぁよいわ。お前様、そこなふたりに話を振ってやってたもれ」

 

「えー、うー……ま、まぁ、初春さんがそう言うなら……」

 

 

 潮と曙からは嫌われているだろうと考えているので、初春と朧がどういう意図なのかさっぱりつかめず、困り顔の鯉住君。

 とはいえ初春が実は思慮深い性格だということをよく知る彼は、意図はわからずとも意味はあるだろうと考え、彼女の提案に乗ることにした。

 

 

「……あー、そうだな……そういえばみんなは今日の水球大会に出場するはずだったよね。こんなとこで時間つぶしてて大丈夫? 事前練習とかってしなくていいのかな?」

 

「ひぃうっ!? そ、その……だ、大丈夫ですっ!!」

 

「別に……漣が勝手に参加登録しただけなので」

 

「あー、あのピンクめ……自分が出ないクセに姉妹を勝手に登録したのか……

……ふたりとも、漣さんに付き合って、無理して出場しなくてもいいんだよ?

もし嫌だったら俺の方から取り消すように伝えておくし、普通にプールで遊びたいならそうしてくれて構わないから」

 

「だ、大丈夫ですからっ! ごめんなさいっ!」

 

「……心配してくれなくても、みんなで出ますから」

 

「う、うぐっ……! そ、そっか、余計なこと聞いちゃったね……」

 

「そ、そんなことありませんっ……! 全然、その、鯉住さんは悪くないですっ!」

 

「……私たちはいつでも出撃できるようにしてますから。時間になるまで暇つぶししてるんです」

 

「そ、そっかぁ……」

 

 

 中学生相当のふたりとの会話でダメージを受ける鯉住君は、思春期を迎えた娘との距離感がわからず苦悶するお父さんそのものだった。

 その様子を見て満足げにしているのは初春と朧だ。

 

 

「ふむふむ。やはりあのふたり、鯉住殿を嫌っているわけではないようじゃのう。

なあ? 朧とやら」

 

「そうだよ。ふたりとも信頼できる男の人って鯉住さんが初めてだから、素直になれないんだよ」

 

「やはりか。ウチにも同じような『つんでれ』がおるのじゃ」

 

「ふーん」

 

「ねぇ、姉さん、鯉住さん困ってるよ? 助けてあげなくていいのぉ?」

 

「よいよい。心配無用じゃ。鯉住殿はあれしきでどうにかなるような器の小ささはしておらん。

それに、我らが鎮守府以外にも理解してくれる者を増やしておくいい機会じゃろ? 提督という仕事は幅広い人脈も必要なのじゃ。

まぁ、人脈も信用も鯉住殿はすでに十二分にもっているものじゃから、これ以上どうのこうのということもないじゃろうが」

 

「うーん。それはそうだろうけど、大丈夫かなぁ?」

 

「大丈夫だよ。えーと……お名前は?」

 

「子日だよっ!」

 

「子日ちゃんだね。私は朧。

うちの潮ちゃんと曙ちゃんは、鯉住さんのことは好きだけど素直じゃないだけだから。鯉住さんもふたりが悪い子じゃないのはわかってるはずだよ」

 

「それはそうかもだけど、なんだか無理してるみたいで……」

 

「子日は心配症じゃのう。……まぁよいか、それならばついでに……マエストラーレや」

 

「!? ワ、私……?」

 

「そうじゃとも。お主、話に混ざって参れ」

 

「エエッ!? ソ、ソンナイキナリ……」

 

「お主、横須賀第3鎮守府で暮らしておったのじゃろ?

だったら顔を知る者だけの空間なのじゃから、深海棲艦だの転化体だの面倒くさいことは気にせず、好きに振舞えるじゃろ? なぁ、朧や?」

 

「そうだね。当然だけどマエストラーレちゃんの事情は潮ちゃんも曙ちゃんも知ってるし、色んな状況に慣れるのにはちょうどいいかもね」

 

「ということじゃ。行ってこい」

 

「ソ、ソンナ乱暴ニ……朧チャン止メ……ヒャ、ヒャアッ!」

 

 

 半ば無理やり会話に参加してくることを求められたマエストラーレは、初春と朧に背中を押されて、冷や汗をかく鯉住君とあたふたする潮ともやもやした表情の曙が向かい合う場に突入させられた。

 

 

「あ、あれ? マエストラーレちゃん、どうしたの?」

 

「エ、エト、ソノ……」

 

「あ……マエストラーレちゃん……」

 

「ウ、潮チャン……ソノ、エット……」

 

「あ……そうか、ふたりは元々同じ鎮守府に居たから知り合いなのか。

……ということは、潮ちゃんだけじゃなくて曙ちゃんもマエストラーレちゃんと仲良かったの?」

 

「……まぁ、そうです」

 

「そ、そっか」

 

 

 潮は元々戦いを好まない性格で、できれば深海棲艦とも仲良くしたいと思っている(これは三鷹少佐のところの電も同様)。他の一般的な艦娘は戦うことを是としているのを踏まえると、これはかなりイレギュラーというか公にできない思想だったりする。

 そういうことで、深海棲艦の見た目になってしまったマエストラーレと偏見なく最も親しくしていたのは、実はこの潮だったのだ。

 そして潮と仲良くしている他の第七駆逐隊(朧、曙、漣)メンバー3人も、その縁からマエストラーレとはかなり交流していた。

 

 

「それじゃ……時間もあるみたいだし、よかったらマエストラーレちゃんがそっちに居たときのこと、教えてくれないかな?

彼女、これからはこっちで暮らしていくことになるから、些細なことでも知っていた方が過ごしてもらいやすくできるかと思って。

えーと、その……嫌じゃなければだけど……」

 

「えっと、は、はいっ! わかりましたっ!」

 

「……変なことは聞かないでくださいね?」

 

「うっ……あ、曙ちゃんは嫌だったかな? だったら無理しなくても……」

 

「嫌なんて言ってません」

 

「そ、そっか……ならいいんだけどね……

マエストラーレちゃんも細かいことは気にせずに、好きなこととか好きな料理とか、いろいろ教えてくれないかな?」

 

「ワ、ワカリマシタ」

 

 

 全員が全員ぎこちないなんとも言えない空気の中、マエストラーレを話題の中心に据えて、会話の輪が出来上がった。

 それを見る初春と朧はやっぱり満足げだ。

 

 

「うむうむ。仲良きことは美しきかな。

マエストラーレもこれで少しは心を開いてくれるとよいのう」

 

「潮ちゃんと曙ちゃんはいい子だし、鯉住さんも優しいから大丈夫。

ていうか初春ちゃん、マエストラーレちゃんと仲良くしてくれてるんだね。ありがと」

 

「なに、気にするでない。それが提督命令じゃし、これから共に過ごす仲間じゃからの。存分に自分を出し、元気よく活躍してもらわねば。

……さて、話が盛り上がってきたようじゃし、わらわ達も会話に参加するかの」

 

「そだね。鯉住さんと会うの久しぶりだし、いろいろ聞いちゃおうかな」

 

「……むっ。鯉住殿はわらわの旦那様じゃからな?

鯉住殿自ら選ぶならともかく、横恋慕は許さぬぞ?」

 

「あはは、大丈夫。漣ちゃんほどお熱じゃないから」

 

「その漣ちゃんをよく知らんのじゃが……まぁよい。

行くぞ子日よ! 鯉住殿の下に友軍艦隊として馳せ参じるのじゃ!」

 

「わかったよぉ! 子日も横須賀第3鎮守府について知りたかったんだっ!」

 

「うむ! ……お前様ー! わらわ達も混ぜてたもれ!」

 

 

 そこからその場にいた全員で会話に華を咲かせ、充実した時間を過ごすこととなった。

 最初はギクシャクしていた面々も、マエストラーレという共通の話題ができたことで、そして初春と朧というマイペース組が参加したことで、楽しく話をすることができたようだ。子日の明るさも場を盛り上げるのに一役買っていたとか。

 

 そのおかげで潮と鯉住君の距離感は普通に会話できるところまで縮み、マエストラーレは本来の明るい性格を少しづつ取り戻せることになった。

 これには鯉住君もホッと一息。嫌われていた(と思い込んでいる)潮から少しは信用を得られたことと、心に傷を負っていたマエストラーレが少しでも笑顔を見せてくれるようになったのは、彼の中で大きな前進だった。

 

 ちなみに曙については態度が変わらなかった。もともと照れ隠しでつっけんどんな態度をとっているので、そりゃそうだろな、というところではある。

 しかし鯉住君としては『少しでも距離感をちぢめられたらなぁ』なんて思っていたので、これはちょっとショックだったとかなんとか。

 

 

 

 

 

 余談

 

 

 このあとの水球大会についての話題が再度出て、鯉住君は欠席表明をしたのだが……

 その際に潮と朧から『頑張るから応援してください』との言葉を受け、さらには曙から『艦娘の水着が見たいだけなんですよね……最低です』からの『来てほしくないとは言ってないんですけど』の、黄金ツンデレコンボを食らって、結局観戦に行くと約束をしてしまうことになったとか。

 

 水球大会は目に毒といったレベルではなく、艦娘がお互いにしのぎを削る中、鯉住君は性欲と数時間格闘することになった。

 駆逐艦ならまだよいが(よくない子もいっぱいいたが)、空母勢や戦艦勢のスクール水着は破壊力がすごかったとかなんとか。

 

 おかげで彼は股間の紳士が目を覚まさないことに全力を向けることを強いられ、サケの産卵やイワシの回遊、ヌーの大移動やアマゾン川の生態系などなど、ネイチャー映像を脳内再生しながら乗り切ることになった。

 




 水球大会の結果は、チームバトルシップス(長門、陸奥、伊勢)とチームホークス(祥鳳、瑞鳳、大鳳)の同時優勝でした。
 そしてチームセブンス(朧、曙、潮)とチームドラゴンズ(蒼龍、飛龍、雲龍)が同時準優勝。7駆の面々は一ノ瀬中佐と鯉住君にいい所見せようと頑張ったみたいですね。

 優勝賞品とされてた株式譲渡については、候補がいっぱい出たし、みんな頑張ったからという理由で、大本営の艦娘運用部署(管理:大淀改)に進呈されることになったとか。
 艦娘が将来的に社会とうまくやっていくための原資として運用される予定のようです。


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