済・本題……呉第1鎮守府・間宮とラバウル第10基地・伊良湖による艦娘用甘味の生産工場建設と運用について
副題1……加二倉中佐による欧州遠征の結果報告(非公開情報)
副題2……一ノ瀬中佐、加二倉中佐、三鷹少佐のそれぞれが上げた功績に伴う昇進について
副題3……白蓮大将による鉄底海峡の不可侵領域攻略作戦と大規模侵攻の兆候について
副題4……鼎大将による沖縄沖からフィリピン海にかけての大規模侵攻の兆候について
副題5……三鷹少佐による北方水姫の迎撃作戦の結果と彼女の転化について
副題6……一ノ瀬中佐による各地大規模侵攻に対する人員再配置案について
副題7……伊郷元帥と鼎大将による深海棲艦の正体予想について
今回は副題1です
会議の主題である甘味工場建設計画については、すでに建設が終了しているという謎の状態から始まったことで、10分程度で議題終了となった。
各鎮守府の大将や鯉住君の先輩であるレジェンド級提督たちが集う場である。これだけで解散となるはずもなく、それぞれが持ち込んだ案件をひとつひとつ議論していく運びとなっている。
今から始まるのは、その議題の中でも緊急性が高いトピック。
加二倉中佐による欧州遠征の報告である。
日本海軍データベース上にはすでに、欧州の情勢と佐世保第4鎮守府メンバーの戦闘詳報(当然の権利の如くかなりの苦戦を強いられていたような内容に改竄されていた)、そして援軍としてその面々の後詰をした艦隊の戦闘詳報(こっちは改竄なし)が記載されている。
そこをわざわざ改めて報告ということなので、当然ながら相手を選んでしなければならない話であり……一般には非公開にしなければならない情報がてんこ盛りになっているとのことらしい。レジュメにはそう書いてあった。
そういうわけで本題から引き続き、間宮が議長をするということになり、彼女の仕切りで話が進むことになった。
「はい、それでは皆さん、本題である工場についても話がまとまりましたので、次の議題に移ることにしましょう。
加二倉中佐、説明をお願いしても大丈夫ですか?」
「無論だ。それでは早速状況を報告していく」
間宮に話を振られた加二倉中佐は、わかりやすく注目を集めるために起立してから話を始める。
かなりの長身に鍛え上げられた肉体、分厚過ぎる胸板に丸太のような太もも、キリっとした逆ハの字の眉毛と刺すような眼光、まるで侍のように後頭部で髷を結う髪型、固い意思を表すかのように引き結ばれた唇、そこから発せられるよく通る声。
その全てが並々ならぬ威圧感を放つのに一役買っており、起立しただけだというのに会場全体の空気が引き締まる。
「諸兄であれば、日本海軍データベース上の報告にはすでに目を通していると思う。
自分がこれから報告するのは、そこに書かれていない、諸事情で報告していない事実となる。そのことを前提として話を聞いてもらいたい」
ただ話しているだけでも威圧感が放たれている加二倉中佐。その雰囲気も相まって、真面目な表情でうなづく一同。
「では報告する。真実の戦闘詳報についてはレジュメの後半に載せてあるので、あとから見てほしい。それとは別に自分が今回報告する案件は2つ。
ひとつは、欧州の……主として英国が主導で行っていた、艦娘を対象とした艦体実験について。そしてもうひとつは、鯉住の後ろにいる転化体について」
後者は置いておくとして、前者はあまりにも物騒すぎる話題。多くの艦娘が嫌な予感にざわつく。
そんな彼女たちを気に留めることなく、平常運転で話を進める加二倉中佐。
「まずは艦娘を対象とした各種実験を行っていた実験場について。
これは英国が旗手となって行っていたプロジェクトで、実験場はアイスランド付近の孤島に建造されていた。どうやら人間スタッフの数を少数に絞ることで、深海棲艦からの襲撃を回避していたようだ。
艦娘を被検体とした実験が行われていたのだが、歴史上で人間を対象として行っていた実験はすべて網羅されていたようだな。もちろんそれ以上のことも」
・・・
加二倉中佐の言葉に会場からどよめきが起こる。
自分たち艦娘は人類のためを想って戦場に身を置いているというのに、そんな非道な実験が行われていたなんて……
そう考えるのが普通だし、心情的にもよくわかる反応だ。
とはいえ、この場は普通でないものばかりが集まっている場。そういった反応をしていたのは実は少数派で、この衝撃的な話でもまるで動揺してない……というか、衝撃を受ける、という反応とは違った反応をしている面々の方が多かった。
特に顕著なのは、ちょっと一般的な感覚から逸脱している三鷹少佐である。
「あー、そりゃそうなるよねぇ。人間でやったことを人間以外にやらない道理なんてないし」
「提督……もっと他の皆さんみたいに、私達艦娘のこと心配して欲しいんだけど?」
「えー。むっちゃんだって分かってるでしょ? 人間ってそんなもんだよ?」
「そうだけどそうじゃないのよ……気持ち的に、ね?
ほら、ラバウル第1基地の長門姉さん見てちょうだい。憤懣やるかたなしって顔してるでしょ?
私だってお仲間がそんなヒドイ目に遭ったって聞いたら、悲しい気分にもなるわ」
「むっちゃんは優しいなぁ。別の国、しかも他人種の人間なんて、その辺の野良猫よりもどうでもいい、ってのが人類だからさー。
その点艦娘は、国籍に関係なくお互いを思いやれてて……みんないい子だからすごいよね」
「提督、違うの……感じ入ってほしいポイントはそこじゃないのよ……
そんなことだから山城や山風ちゃんから怖がられてるのよ……?」
「うーん、難しいなぁ……」
「もうちょっと提督は龍太君を見習うべきだわ……ハァ」
三鷹少佐は極端な例だが、他の面々でも驚きや怒りとは別の感情を感じている者はいる。 鯉住君に散々迷惑をかけられていたラバウル第1基地の高雄もそのひとりだ。
さっき三鷹少佐と陸奥の話に出ていた長門が怒りとやるせなさを感じているのに対し、彼女は少し違った感想を持った様子。
「ああ……やっぱりというかなんというか、欧州ではそんなことに……」
「クッ……私たちは人類のために戦っているというのに、その人類がそんな、私たちを実験動物扱いしていたなどと……!!」
「ちっと落ち着け長門。気持ちはわかるが、追い詰められた人間はどうしたって狂っちまうもんだ。
ウチの国だって竹槍でB29墜とそうとしただろ? それは日本人がバカだったからじゃなくて、人間窮すれば誰だってそうなるって話なだけだ」
「しかし提督! そんな非道、許せないではないか!
同胞はきっと命を懸けて祖国を護ろうとしていたはずなのだ! それだというのに、その機会すら与えられず……胸が張り裂ける想いだ!」
「ま、人として許せないことではある。ヘルシンキ宣言でもヒト対象の実験は禁止されてるしな。
艦娘はヒトじゃねぇって理屈なんだろうが、それが通るならナチスだって正しかったってことになるわな。ユダヤ人をヒト扱いしてなかったんだから」
「提督……! そう言ってくれるのか!!」
「そりゃそうだろうよ。まぁあれだ、日本だって他人事じゃねぇぞ。
高雄は知ってると思うが、転化体の件が明るみに出たら、似たようなこと考える輩なんてごまんと出てくるぜ。
どうせそんな命知らずは加二倉の古巣の奴らが粛正するだろうから、ウチの国じゃそういうのは実らんだろうけどな」
「そ、そうだ。加二倉中佐の話に出ていた『転化体』とは何なのだ……?
鯉住大佐の後ろにいる海外艦がそうだという話だが……」
「おお、そういや説明してなかったな。つーわけで高雄、ヨロシク」
「あー、もう……だから提督はそうやって丸投げするのをやめていただけません……?」
「た、高雄は知っていたのか?」
「ハイ。転化体について特定の者にしか情報開示されていなかったことについては、一応理由がありまして。
……転化体とは何か、そしてそれを知ることで何が起こるか、それを説明します」
「頼んだぜー。俺は加二倉の演説聞いてっから」
「私もそれを聞いとかないと、提督では聞き逃しが多発して……あぁもう、なるようになれですわ! 長門さん、説明いたします!」
「う、うむ。よろしく頼む」
色々と投げ出したい出来事ばかりで疲労が隠せない高雄であるが、生真面目な性格通りしっかりと転化体について説明していく。
深海棲艦は艦娘になれること、それが世間に知られれば、出所不明のドロップ艦の立場が非常に悪くなること、建造艦とドロップ艦で待遇に大きな違いが出るだろうこと、深海棲艦の艦娘化、もしくはその逆の人体実験が、戦力増強のために多発するだろうこと……
色々衝撃的過ぎてフリーズしている長門を横目に、実際に転化体のことを知らなくてもそのような凄惨な実験が行われていたことに、高雄は眩暈を覚えるのだった。
「艦娘を只の便利な生体兵器扱いして、非道な人体実験を行っていたことを嘆くべきか、深海棲艦の艦娘化が知られていなかったおかげで、無用な被害が抑えられていたことを安心するべきか……」
・・・
報告者である加二倉中佐は、会場のざわつきが収まらない暫くの間は黙っていたが、いつまでたってもざわつきが収まらないのを見て、話を進めることにした。
「各々思うところはあるだろうが、今は置いておけ。続きを話すぞ。
実際に行われていた実験は、艦娘の実力を引き出すやり方とは正反対の方向性だった。故に潰した。太い釘も何本も打ってきた。だからこの話題については以降触れる必要はない」
またなんかよくわからない話がブッこまれた。少しは収まっていた会場のざわつきが再燃する。
そんな中、共通認識を作るためなのか、伊郷元帥が挙手をする。
「少しいいか、加二倉君」
「なんですか、元帥殿」
「気になることがある。艦娘の実力を引き出すやり方とはなんだろうか?
キミはそれを知っているのか?」
「ハイ。難しいことではありません。艦娘の意志を引き出すことです」
「そうか。キミのところではそうしているのか?」
「無論。元帥殿が率いる部下も、それくらいはわかっているでしょう?
私のところでは、単独で何物にも阻まれない実力を育てています」
「個々の実力を高めるためにはそれが必須か。大本営では艦隊行動を前提にした訓練を行っている。方向性が違うか」
「個々の実力を重視するか、群れの実力を重視するかというだけの話でしょう。
どちらが正しいという話ではないと愚考します」
「うむ。ありがとう」
もともと寡黙というか必要なことしか話さないふたりだけあり、会話が卓球のラリーのようにテンポよく進む。
それにつられてクールダウンしてきた会場を気にすることなく、元帥は質問を続ける。
「それで、潰したとはどういうことか? 実験施設を潰したということだろうか」
「全てです」
「と言うと」
「物理的にも、計画も、後援者も、当事者も、全て潰してきました。現地に潜ませた工作員の協力で」
「そうか」
「後始末もつけてあります。英国議員のひとりで提督でもあり、計画の主要人物であった、ゲイズ・スターク氏に内務的な尻拭いを任せてあります」
「む。その人物は計画の主要人物なのだろう。任せてもよいのか?」
「行いは愚かでしたが、なかなか気骨のある男です。
国と艦娘の命を天秤にかけて苦渋の決断をしたようだ。被検体も自分の部下から募ったとのこと」
「ふむ。……道を外さねば、名の知れた存在になっていただろうな」
「そのような『惜しい』輩は掃いて捨てるほどいます。が、おっしゃる通り価値のある人物でもあります。それ故に斬って捨てず、贖罪の機会を与えました」
「そうか、わかった。話の腰を折ってすまなかったな。続けてくれ」
「承知……では、都合よくその話が出たので、そちらの処理から。
三鷹、ひとつ頼まれてくれ」
なんだか物騒な話ばかりで会場はヒエッヒエなのだが、ふたりとも気にした様子はない。
そしてどうやら今の会話の流れでしておくべき話があるらしく、加二倉中佐はなぜか、この話題に関係ない三鷹少佐に話を振る。
「んん? どうしたんですか、加二倉さん?
今の話の中で、僕が何かすることなんてありました?」
「被検体となっていた艦娘で、精神的な消耗が激しい者を日本まで連れてきた。
欧州に居るままでは心機一転が難しいと踏んだのでな。
ということで、貴様が面倒を見ろ。会議が終わり次第自分の鎮守府から貴様の鎮守府に出発させる」
「ええっ!? ちょっと無茶ぶりじゃないです!? ていうか龍太君の役目じゃないんですか、そういうのって!?」
「貴様の鎮守府はそういう艦娘を受け入れているのだろう? 1隻や2隻増えようと同じではないか。実際任せるつもりなのは1隻だが」
「あー、まぁ、別に構いませんけど」
「よし。預けるのは正規空母のグラーフ・ツェッペリンだ。
戦闘で活躍させる必要はないし、国際的な問題を避けるために艦娘登録も抹消してある。
あと貴様に限ってはありえないだろうが、手を出すな。ゲイズ・スターク氏のケッコン艦だ」
「はいはい。心配しなくても大丈夫ですよ。
部下のみんなにメンタルケアを任せるから、僕自身は必要以上に関わるつもりもないですし」
「ならいい。本当はそういうのは鯉住が適任なので、そちらに投げようとしていたのだがな。奴には転化体を任せることになったのでな」
「あー、やっぱりそうなんですね。龍太君の後ろにいる彼女のことかー」
「そうだ」
淡々と重要な話が進んでいく。ツッコミどころが多すぎて誰も話に入っていけない。というより頭が追い付かない。
そんな中で鯉住君と叢雲は
「あぁ、やっぱりコマンダン・テストさんはウチが預かるんだなぁ……」とか
「その例のメンタルケアが必要な彼女も預けられる予定だったのか……」とか
「すでにメンタルケア要員としてマエストラーレちゃん預かってるんだよなぁ……」
なんてことを考えながら、遠い目をしていたとか。
・・・
……終始加二倉中佐の話はこのようなペースで進められ、元帥や鼎大将からたまに合いの手が入るものの、スッパリと日本刀で両断したようなキレの良さであった。
結局何があったかまとめると、以下のようになる。
・欧州の深海棲艦については、加二倉中佐の部下(6名)だけでおおむね掃討された。(公開情報だと主力は欧州の艦隊ということになっていた)
・欧州はひどいダメージを受けているが、二つ名個体が軒並み掃討されて深海棲艦の勢力が劇的に弱まったので、これからの復興の目途はたったと言ってよい状況となった
・二つ名個体で復活の恐れが無くなったのは、欧州水姫であるキリアルケスと(首級を瑞穂が持ち帰ったため)、水母水姫であるインビジブルのみ(鯉住君に丸投げしたため)。他は時間経過により復活するだろうとのこと
・欧州は困窮の極みから、艦娘を生体兵器として使い倒すために、生体実験に手を出していた
・その行いはほぼ黒の灰色であり、本質的に艦娘の戦力増強が狙える方法でもなかったため(加二倉中佐基準)、加二倉中佐率いる現地工作員(憲兵隊)により、関係者含めて『無かったこと』にされた
・被検体となっていた艦娘は、大なり小なり心に傷を抱えており、その事後対応については英国のゲイズ・スターク氏に丸投げしてきた
・その中でも特に消耗が激しかったグラーフ・ツェッペリンについては、三鷹少佐の鎮守府で面倒を見ることに
大体のところをまとめると、このような内容となった。
公開されている情報とは全然違う事実に、一同はとても驚いていた。特に加二倉中佐の鎮守府のヤバさを体感していない(演習をしたことがない)艦娘たちは、二つ名個体とタイマン張って勝利とか聞いても、まったく実感が沸かなかった。
・・・
そんな感じで欧州遠征の話がひと段落し、次の話を始める加二倉中佐。
次の話とはすなわち、わざわざ沈めずに連れてきた、現コマンダン・テストについてである。
「では次。鯉住の後ろで怯えている海外艦……水上機母艦のコマンダン・テストについて。
奴は元々エーゲ海を根城にしていた姫級で、二つ名個体でもあったのだが、自分の判断で沈めずに連れてくることとした。その理由を説明する」
一拍置いて、会場が静まっているのを確認する加二倉中佐。
「端的に言うと、奴が人類の天敵のような性能を有していたからだ。
保有する兵器の性能と有害さが尋常ではない。放っておけば欧州から人類が消えるまである」
「す、すまない、加二倉中佐。いいだろうか?」
「構わない。ラバウル第1基地の長門か」
「そ、そうだ。先ほどの話を聞くと、到底信じられない話ではあるが……貴方の鎮守府の艦娘は、二つ名個体と同等かそれ以上の戦力を有しているということなのだろう?
それほどの実力を持っている貴方に、そこまで言わせるほどの存在なのだろうか、彼女は……?
正直言うと、常に怯えているだけのように見えて、そこまでの脅威を感じないのだが……」
話しながらチラリとコマンダン・テストに視線を向ける長門。
それを受けたコマンダン・テストはビクッとしながら鯉住君の後ろに完全に隠れる。
「そう思うのは当然だ。奴は本質的に強者ではない」
「な、ならば、なぜ……?」
「奴は戦おうなどとは微塵も考えていないし、強くなりたいとか何かを護りたいとかそういったこととも無縁だ。
あるのはただただ自己防衛の精神と、自分以外に対する怯えのみ」
「そ、そんな相手が脅威だというのか……?」
「当然だ。そういう性格だからこそ奴は、他の命をゴミクズのように扱える。自身に迫る脅威と認識しているのだから、情けなど一片もあるはずがない。
それだけならば只の臆病者だが、何がどうしてそうなったのか、奴は大量殺戮兵器を多数有している。
例えるならば、押せば相手が死ぬスイッチを握っているいじめられっ子のようなものだ。関わったものは皆死ぬ」
「う、それはまた……ちなみにどのような武装が……?」
「確認できている範囲では、毒ガス、連弩、撒き菱、火計兵器だな。どれも人類の戦争の歴史のターニングポイントとなった兵器群だ。全くもって恐ろしい。
……それを踏まえると、核も使えるかもしれんな。オイ、貴様、核を出せるか?」
いきなり加二倉中佐に声を掛けられたことで、ビクウッ!とカラダを跳ねさせ、涙目になるコマンダン・テスト。
蛇に睨まれた蛙というより、夏場のアスファルトの上に放置されたミミズといった具合で、今にも失神しそうな様子で怯えてしまった。
その様子を見て、さすがに気の毒すぎると思った鯉住君。加二倉中佐とコマンダン・テストの間に入ることとした。
「えーと、加二倉さん……コマンダン・テストさんが震えすぎて失神しそうなので、俺が間に入りますね……」
「そうか。では奴に聞いてほしい。出そうと思ったら、どのような兵器が出せるのか」
「わかりました……聞こえてましたか、テストさん?
テストさんはあっちの姿だと、どんな兵器を出せるんです?」
「コワイ……Démon(鬼)コワイ……!!」
「ああもう、落ち着いてください、加二倉さんは攻撃してくるわけじゃないんですから。呼吸整えて……ほら、スーハー、スーハー」
「スゥーッ……ハァーッ……」
「テストさんは強いんですから、もっと自信持ってください……」
「Non(そんなことないわ)!! こんなか弱い乙女が強いワケないでしょう!? 常識はないの!?」
「か弱い乙女は毒ガス吐いたりしないっす……
まぁ、なんとか調子戻ったみたいで何よりです。それでどうなんです? どんな兵器出せるんです?」
「提督はもっとfille(女の子)の扱いを学ぶべきよ! 目の前にfaon(小鹿)のように怯えて震えている乙女がいるのに、そのぞんざいな態度は何!?
デリカシーがないワケ!? もっと優しく慰めなさい!!」
「いや、あの、デリカシーないとか、そんなことないと思いますよ……? なぁ、叢雲」
「コマンダン・テストが正しいわ。アンタ、言われた通りに反省なさい」
「ちょ、叢雲……!? なんでそんな冷たいの!?」
「女の子に毒ガス吐くとか言っちゃうからよ」
「それはまぁ……いや、でも事実だし……!?
俺にデリカシーがないとか、そんなことないよな! アークロイヤルに天城……!!」
「admiralにはデリカシーがないけども、私への愛があるから問題ないわ」
「提督はご飯と寝床を用意してくれるから好きです……ふわぁ……」
「ありがとうふたりとも! でも期待してた答えじゃないかな! チクショウ!」
真剣な空気だったのに、なんか一気にコメディ空間が展開された。これには会場の皆さんも肩透かし。鯉住君たちが絡むとマトモな空気が霧散してしまうらしい。本当に自由な一団である。
その中でも鯉住君は、シリアスでいようと頑張ってるのに一向に報われない悲しいサガを背負っているらしい。気の毒である。
それはそれとして、痴話ゲンカというかなんというかが収まり、話が元の路線に戻ってきた。
「ああもう……俺が悪かったですって。今度からもっと気を遣うようにしますから……」
「最低限のマナーよ!」
「すいません、はぁ……それで、どうなんですか? どんな兵器を出せるんですか?」
「そうねぇ。あそこのDémon(鬼)が言ってたの以外だと……動物が吸い込むと動かなくなる菌とか、見ると目が潰れるレーザーとか、頭が割れるように痛くなる電波とか、耳が聞こえなくなる大きな音とか……」
「ヤバいのしかないじゃないですか!?」
「何言ってるの? 大砲や爆弾みたいなコワイ兵器は使えないのよ? 艦娘の方がよっぽど狂暴じゃない!!
それに核は私、使えないわよ? 常識で考えてよ。あんな大きな爆弾、扱えるわけないじゃない」
「大砲とか爆弾よりヤバいのいっぱい積んでるじゃないっすか……というか、核は使えないんですね。全然安心できないけど、多少は安心しました……」
「放射能なら使えるけど」
「欠片も安心できなかった!!」
厄満と言ってよい非人道兵器の国際展示場状態だったコマンダン・テストに、会場の皆さんはドン引きである。
口に出さなくても「絶対相手したくない」というのが総意なのは、誰の目にも明らかだった。
ただし佐世保第4鎮守府組は「戦ったらなかなか面白そう」とか考えていたので、実は総意ではなかったりする。
そしてもうひとつ誰もが思ったことは「あんなヤバいの押し付けられる鯉住君かわいそう」であり、これは本当の本当に総意だったとか。
「そういうことだ。やはり奴を野放しにすると、国単位が簡単に滅ぶ。
実際にエーゲ海群島のいくつかの島は、わずかな植物を残して、昆虫含め動物が根絶やしにされていた。それは間違いなく奴がやったことだろう」
「うええ……そうなんですか、テストさん……?」
「仕方ないじゃない! こっそりと洞窟に隠れてただけなのに、コ、コウモリがブワーッて奥から出てきて!
私怖くて、体が動かなくなるガスでおとなしくさせようとしたら、アイツら、く、狂ったように暴れだすのよ!?
そんなの間近で見せられて、怖すぎて、もう二度と動かなくなるように、そういうガスで島全体をおとなしくさせたのよ!!」
「ひええ……」
「なんでヒいてるのよ、おかしいでしょう!? もっと私に同情しなさいよ! そういうところがデリカシーがないっていうの!!」
「いやその理屈はちょっとおかしいのでは……
と、とにかく、前にも言ったように、ウチではそういうの絶対にやめてくださいね……? みんな仲良く死んじゃいますから……
身の危険が迫るようなことには、絶対にさせませんので……」
「そ、それなら考えてもいいわ……!!
絶対よ! 約束して! 絶対に私を護り抜いてよ!?」
「どう考えても、テストさんに敵対できる相手なんて数人しかいないと思いますが……
……わかりました。絶対に傷つけさせませんので」
「Promettre(約束)だからね! 破ったらいけないのよ!?」
「分かってますよ。他の部下のみんなも傷つけさせませんので、テストさんも同じです」
「なんで他と一緒にしてるのよ!? 私とのPromettre(約束)なのよ!? 私だけじゃないと嫌!」
「ええ……? そんな乱暴な……」
「アンタそういうところよ、デリカシーがないっていうの」
「叢雲それおかしくない? 俺そんなにおかしいこと言ってないよね?」
「admiral。女性はいつでも意中の男性には特別扱いして欲しいものなのだよ」
「さ、魚のことくらいにしか興味のないアークロイヤルにダメだしされた!?」
「大丈夫ですよ提督……美味しいご飯とあったかくてフワフワな布団があれば、私は護られている気持ちになりますので……ふわぁ……」
「天城は本当に欲がないね!?」
自由過ぎる転化体の面々に振り回される鯉住君。彼が口を開けばコメディが始まる。
そこまでいくと逆に尊敬の念が出てくるもので、会場のメンバーの間で、何故だか鯉住君の株が上がり始めている。よくわからない現象である。
それはそれとして、伝えたいことが出そろったようで、加二倉中佐はまとめに入った。
「……まぁ、なんだ。とにかく話をまとめる。
そこのコマンダン・テストは国単位を呆気なく滅ぼす能力と性格を持ち合わせているため、沈めてしまうのは中止した。いつ復活して暴れまわるかわからないからな。管理できる場所で管理するしかないという結論だ。
そして見て分かる通り、奴を安全に管理できるのは鯉住ただひとりだと見ている」
この発言に満場一致で首が縦に振られる。なんだか納得いかない鯉住君。
「話が逸れて時間がかかってしまったが、自分からは以上だ。何か質問がある者はいるか」
今度は誰も手をあげず。
これは疑問がないというよりも、頭の中で情報をまとめられていないと言った方がよさそうだ。怒涛の情報ラッシュと漫才ラッシュのサンドイッチで、現状が飲み込めていないものが大半である。
……とにもかくにも色々あったが、副題のひとつ目である『加二倉中佐による欧州遠征の結果報告(非公開情報)』については終了となった。
これからいくつも似たような厄ネタが出てくる予定である。一部を除いてみんなして胃が痛くなるのであった。
あとがき
佐世保第4鎮守府の戦闘詳報の改竄 ビフォーアフター
例・欧州水姫(二つ名個体・キリアルケス。以下、甲と記載)との戦闘
【公開版】
作戦概要・
英国海軍の大西洋部隊・第1艦隊と第2艦隊の助力を受け、敵本拠地を攻略
作戦結果・
損傷甚大ながらも甲を撃沈。当該海域からの脅威の排除に成功
作戦詳細・
アイルランドの西海岸、ゴールウェー基地を拠点とし、複数回の『釣り出し』を実行。日本海軍側が主導。
甲は多数の姫級個体を部下として抱えており、戦力低下を狙った各個撃破を狙いとした。これにより姫級個体を67体撃沈。鬼級個体を122体撃沈。通常個体を約1100体撃沈。
戦力の著しい減少を確認したのち、敵本拠地へと進軍。連合艦隊決戦により甲の轟沈を達成。
最終出撃編成と被害・
佐世保第4鎮守府所属を佐4、英国海軍第1艦隊、第2艦隊をそれぞれ英1、英2と記載。
第1艦隊(空母機動艦隊)
キング・ジョージⅤ改二(英1・旗艦) 中破
ネルソン改(英1) 中破
ウォースパイト改(英1) 大破
クイーン・エリザベス改二(英1) 大破
アークロイヤル改(英1) 中破
イラストリアス改二(英2) 中破
第2艦隊(護衛水雷戦隊)
神通改二(佐4・旗艦) 中破
妙高改二(佐4) 中破
ジェイナス改(英2) 大破
ジャービス改(英2) 大破
ノーフォーク改二(英2)中破
カロライン改二(英2) 中破
作戦結果・
甲の撃沈、甲の部下だった深海棲艦の著しい減少により、北大西洋の脅威度は日本近海と大差ない状態まで減少すると考えられる。
備考・
英国海軍から協力への対価として、セントー級軽巡洋艦『セントー』『コンコード』の2隻の譲渡。この2隻の日本海軍における再編については大本営に一任する。
【実際あったこと】
作戦概要・
欧州水姫(二つ名個体・キリアルケス)を部下もろとも沈める
作戦結果・
瑞穂が中破。目についた深海棲艦は殲滅完了。
作戦詳細・
瑞穂が敵本拠地に突っ込む。保険として佐世保第4鎮守府組(加二倉中佐含む。那珂と五月雨はイタリアでお留守番のため不在)は小型船舶で同行。
姫級個体を100体くらい撃沈。鬼級個体を100体くらい撃沈。通常個体を2000体くらい撃沈。
出撃編成と被害・
瑞穂改(佐4・旗艦) 中破
作戦結果・
燃料と弾薬の補充のため複数回の出撃となった。北大西洋の脅威度は日本近海と大差ない状態まで減少したと考えられる。
備考・
英国海軍から協力への対価として、セントー級軽巡洋艦『セントー』『コンコード』の2隻の譲渡。
英国海軍の長官には、艦娘実験の方向性を正すように指導し、これを守れないなら相応の行動をとると通達。色々と各方面を脅しておいた(物理)ので、しばらくは問題ないはず。
瑞穂は久しぶりにやりたい放題暴れられて、いい笑顔をしていた。
瑞穂がおみやげとして欧州水姫(キリアルケス)の首級を持ち帰ってきたので、おそらく当該個体の復活は無し