艦これ がんばれ鯉住くん   作:tamino

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会議の話ばかりで私が飽きてきたので、唐突に過去話などをねじ込みます。(身勝手)

鯉住君が赤城さんに助けられてから、どんな経緯で呉鎮守府で働くことになったのか。
そんな内容になっております。

ちなみに建造炉技術や羅針盤技術は最高軍事機密になっているので、鯉住くんもそれについてはまだ詳しくは知りません。
艦娘は羅針盤に従っている限り命の危険はない、とかも未知ですね。




第152話 閑話 鯉住君の過去編

 太陽が中天から少し傾いた昼下がり。俺は昼食を終え、通っている大学の食堂から所属する研究室へと足を運んでいた、

 

 本日は晴天なり。まだまだ蒸し暑い時期だ。舗装された学内通路のアスファルトに、陽炎が揺らめいている。

 少しでも涼を得ようと、キャンパスを行く人々は木陰を選んで歩いている。もちろん俺もその列に続く。

 

 

 ……あの日。本土大襲撃で俺が深海棲艦に殺されかけ、そしてとんでもなく強く美しい艦娘に助けられた日から、1年が経った。

 

 その時をきっかけに、俺は人が変わったかの如く勉強とスキルアップに勤しんできた。というか実際友人達からは「別人みたいだ」とか「意識高い系」とかいろいろ言われている。からかわれることも多い。

 ヒドイ言い草だな、と思うこともあるが、仕方ないことだとも思う。

 

 ……もしもあの出来事がなければ、今も俺は無目的にただただ時間つぶしのようなキャンパスライフを送っていただけだっただろう。

 そしてそんな俺だったら、誰かがいきなり「俺は命がけで戦ってる艦娘を支える仕事に就く! それが俺の使命だ!」なんて言い始めたら、今の友人たちと同じリアクションをとっていたことだろう。

 なに熱くなっちゃってるんだよ、くらいの冷や水はかけられても仕方ないと思う。

 

 

 話が逸れたが、とにもかくにも以前の自分とは全く違う熱心さで勉学に取り組んでいる。目的ができると人は変わるというけれど、自分がそうなるとは思ってもみなかった。

 そのおかげでつい先日の研究室配属で、目的の教授の研究室に入ることができた。

 

 

「先生、戻りましたー」

 

「はい、おかえりなさい」

 

 

 この優しげな雰囲気の初老(とは本人には言えないが)の先生、柳 もろ子(やなぎもろこ)教授がその人だ。

 

 先生は穏やかな性格をしているが、若いころは相当デキる女性だったという印象が強い。背筋はしっかり伸びているし、動作も一つ一つ優雅で気品がある。しめるところはしっかりとしめる人でもある。もしかしたら名家の子女だったのかもしれない(昔の写真を一度だけ見せてもらったことがあるが、すごい美人だった)。

 

 そしてそれよりも重要なことがあり、先生はなんと、旧海上自衛隊から現日本海軍の変遷に携わったすごい人で、艦娘の艤装研究の第一人者なのである。

 

 深海棲艦出現当初、非常に厳しい戦況だった日本海軍内で研究者として活躍し、研究者仲間や風水師、艦娘、そして妖精さん(という座敷わらしみたいなのがいるらしい)と協力して、建造炉や羅針盤を開発したとか。

 

 詳しいことは軍事機密ということで知ることができないが、それは艦娘の戦闘を圧倒的に有利にできる技術なんだとか。

 そんなすごいものを開発した人に教えてもらえるなら、これ以上のことはないだろう。

 

 ……これから俺は人生をかけて、俺たちを護ってくれている、強く美しくそして気高い艦娘の皆さんを、全力でサポートしていこうと思っている。それが俺にできる唯一の恩返しで、俺が初めて感じた心の底からやりたいと思えることだ。

 だからこそできることはなんでもやるつもりだし、やるべきこと、方向性を指示してくれる師匠というのは絶対に必要だ。

 そう考えると柳教授以上の先生はいないように思えた。だからこそ必死で必要以上の授業で単位を取りまくり、学年10位以内の成績を叩き出し、この研究室に入り込むことに成功したのだ。

 

 今までのんべんだらりと生きてきた俺にとって、それは結構……いや、相当に大変なことだった。

 艦娘の艤装研究に関係あると感じた授業は片っ端から出て、どの授業でも一番の成績をとるつもりで必死で勉強した。

 

 実技が試される授業もたくさんとったので、大学で利用時間いっぱいまで技術棟を利用して、帰ったら寝るまで勉強するという生活を続けた。

 幸い俺は金を最低限のことにしか使わず、ダラダラとバイトを続けてきたので、生活資金には相当な余裕があった。だからバイトはすっぱり辞め、生活のすべてを技術と知識を身に着けることに投資した。

 今までサボってきた進学ギリギリラインの成績の俺は、これくらいしないと一番なんてとれっこないと思っていたからだ。

 

 そして実際にほとんどの授業で単位:優(最上級)をとることに成功した。

 しかしながら優秀な成績とはいえ、それはここ半年のもの。それ以前は可(及第点)と良(そこそこ)が並ぶ通知書だったので、それが仇となって配属希望が通らない、なんてことを心配していたのだが……

 柳先生は「何か大きな理由がなければこうも人が変わることはできません。そこまでして私の指導を受けたいと思っている若者を無碍にする道はありませんよ」と言って、俺を受け入れることを決めてくれたらしい。

 

 この話を研究室の先輩から聞いたときは、嬉しくて込み上げてくるものがあった。

 何かのために頑張ることは、そしてそれを認めてもらえることは、何よりも嬉しいことだ。それを知ったのはこの時だったと思う。

 この研究室の倍率が高いのは、教授のそういう人柄もあるんだろうな、と思ったものだ。

 

 ……余談だが、ついでに言うと柳先生の研究室が学生から人気なのは、先生が女性だからということもある。

 ウチの大学は男女比が95:5くらいなのだが、先生は5の方に含まれる貴重な存在である。そして前述したとおり相当な美人だ。まぁ女性と言っても年齢が年齢なので、くすぐられるのは恋愛感情でなく敬老精神なのだが。

 とはいえそれでもこの男女比である。歳はともかく美人、しかも輝かしい実績があるということで、研究室の人気はトップクラスというわけだ。

 

 話が逸れたので戻すと、つまり俺はギリギリの成績で研究室配属されたペーペーで、まったく実力が不足しているということだ。

 

 ここがスタートライン。艦娘の皆さんが安心してくれるようなメンテ技師になるには、全部が足りていない。

 なにせ軍事機密の関係で、実際にいじったことがある艤装は、機銃や駆逐艦主砲などシンプルなものだけなのだ。しかも戦闘で使えなくなったお古のもの。こんな状態で艦娘を支えるだなんてちゃんちゃらおかしい話だ。

 

 幸いというか、俺がこの研究室を選んだ最大の決め手なのだが、柳先生のもつ日本海軍とのパイプのおかげで、取り扱える艤装の幅はかなりのものだということらしい。

 今から気合が入る。絶対に知識と技術をモノにしてやるぞ!!

 

 

 ……そんなことを考えながらデスクに座って愛読書(『図解:艦娘艤装全集』)に目を通していると、柳先生から声をかけられた。

 

 

「ねぇ鯉住さん」

 

「……え? は、はい、なんでしょう先生」

 

「あら、考え事をされていたのかしら? 失礼したわね」

 

「い、いえ、とんでもないです! それで、何か用事でしょうか?」

 

「ええ。貴方にぴったりの案件があったので、それを伝えに来ました」

 

「ぴったりの案件……?」

 

「私の知り合いが運営する鎮守府でね、しばらく予定に空きのある駆逐艦が出たの。

だから彼女の基本艤装(イラストで艦娘が背負っている部分。最重要)を暫く借りられることになったわ」

 

「基本艤装を!? ホ、ホントですか!?」

 

 

 これはすごいチャンスだ!

 構造が単純な機銃や主砲と違って、基本艤装というのは技術のブラックボックスのようなもの。言うなれば最重要軍事機密の塊だ。

 それをいじれるチャンスが、こんなにすぐに訪れるなんて……! やっぱりここに配属を決めたのは正解だった!

 

 あまりの興奮で俺は勢いよく立ち上がってしまう。

 いきなり動いたせいで、柳先生は一瞬だが目を丸くして驚いてしまった。

 

 

「あ、す、すいません先生。あまりのことで興奮してしまって」

 

「ふふ、いいんですよ。確かに少し驚きましたが、貴方がそれだけ情熱を持っている証拠です。素晴らしいことでしょう」

 

「恐縮です……」

 

「件の艤装は技術棟のBー2室に置いておくので、明日から自由に取り扱うことを許可します。基本艤装は最重要機密扱いなので、最初は私が立ち合います」

 

「ハイ!」

 

「良い返事です。基本艤装の取り扱いなのだけど、貴方なら大丈夫だと思うから最初の立ち合いを終えたら一任します。一応レポートとして研究結果は提出してもらうけれども」

 

「もちろんです! あ、搬入の手伝いはしますか?」

 

「必要ありません。その基本艤装の持ち主が直接搬入しますので」

 

「持ち主……っていうと、艦娘の方ですか?」

 

「ええ、そうよ。このキャンパスには殿方ばかりだから、見目のいい少女がやってきて噂にならないといいんだけど……」

 

「あはは……それはちょっと難しそうですね……」

 

「一応憲兵隊の方に護衛を頼んであるから、問題になるようなことは起こらないと思うけど……心配には心配ですね」

 

「まぁ、駆逐艦の方なら幼い見た目らしいですから、変な気を起こすやつは出ないと思いますよ」

 

「そう願いたいわ」

 

 

 ……その次の日に駆逐艦艦娘がキャンパスに現れ、そのあまりの美少女ぶりから片っ端から写真を撮られ、軍事機密ということで片っ端から護衛の憲兵にデータを消されるという事件が起こったりしたのは、仕方ないことだったのかもしれない。

 

 『日本海軍に関係する物事を無許可で記録してはならない』というのは、この大学での明文化されたルールだが……美少女の魅力の前ではそんなもの用を成さなかったようだ。悲しきかな、男のサガ。

 

 

 

・・・

 

 

 

 プルルルル……プルルルル……ピッ!

 

 

「はい。柳です」

 

『あ、つながった! 艤装の搬入終わったわよ、司令!』

 

「その司令というのはやめなさいと言ったでしょう?

私は研究者であって、指揮官などできる器ではありませんよ」

 

『もー、またそんなこと言って! それはいいから、任務完了したわ!』

 

「はいはい。お疲れさまでした」

 

『でもさ司令、本当に良かったの?

私たち艦娘の基本艤装を、ただの学生さんにいじらせるなんて。

私としても、自分の半身を見ず知らずの人間に預けるとか気が気じゃないのよ?』

 

「普通なら許可しませんが、あの子なら大丈夫です。心配はいりません」

 

『へー、堅物な司令がそこまで言うなんて、相当な大物よね?』

 

「今はまだ羽ばたき始めたばかりですが、いずれ必ず貴女もお世話になる時が来るはずです。そういう人ですよ」

 

『うへー、司令ったらゾッコンじゃない? そこまで?』

 

「あの子のメンテナンスした艤装は、妖精さんがとても元気になるの。彼女たちが見えていないのにあそこまで心酔されているのは、正直驚きですね。

一度あの子のメンテナンス風景を見れば、その理由もよくわかるのだけれどね」

 

『ふーん、すごい人間がいたものね。将来性は二重丸ってとこかしら?』

 

「花丸でも構わないくらい。とにかくありがとう」

 

『どういたしまして!

それじゃ私は基本艤装預けてる間、ちょっと長めの休暇に入るから!』

 

「……何を言っているのですか。定休はいいですが、それ以外はちゃんと訓練なさい。

端間(はたま)副官にトレーニングメニューを電文しておきますので、それに従うこと」

 

『ゲーッ!? やめてよ司令! 私ってば基本艤装ないんだよ!?』

 

「それならそれでやりようはあります。基礎体力の向上は陸上トレーニングで補えますからね」

 

『うへー、また長時間耐久マラソンするのぉ……?』

 

「しっかり自覚をもって、役割をこなしなさい」

 

『はーい……』

 

「あとですね、常々言っていますが、貴女はもう少し上官に対しての言葉遣いというものを……」

 

『わー! わー! お小言はもうおなかいっぱいだから!!

以上で報告を終わります、柳中将殿!! それでは失礼しますっ!!』

 

「ちょっとお待ちなさい、まだ言いたいことが……切れたわ。

あの子は妹の爪の垢を煎じて飲むべきね、まったく」

 

 

 

・・・

 

 

 

 ……俺がこの研究室に所属するようになって、かなりの月日が流れた。今は1月も終わり、卒業論文の作成に追い込みかかっている時期だ。

 とはいえ俺についてはそんなこともない。普段から柳先生に提出している勉強ノートと艤装研究成果をまとめるだけだから……というか、それもとっくに終わっているからだ。

 

 研究結果をまとめるのが大変なんだという人もいるだろうが、俺からすると全然そんなことはない。

 成果のひとつひとつが俺にとって大事な宝物であり、まとめるのが大変なものというよりかは、この先困難な道を歩んでいく時の心の支えになるものだと思っているからだ。

 だから普段から、アナログノートとは別にPCソフトで見やすく編集したり、考察や記録をつけ足していったりしていた。それをそのまま提出するだけで卒業論文はおしまいでいいのだ。難しいことは何もない。

 ……まぁ、柳教授は文章校正にうるさいから、その点では苦労してきたが。

 記録が国語辞典の厚さのA4サイズ5冊とかになろうとも、まったく問題ないのだ。これは俺にとって生きた記録であり、記憶なのだから。

 

 

 そういうわけで卒業の心配はしていないが、進路については思うところがあったりする。

 

 なんとなんと俺の進路は、歴史と伝統ある『呉第1鎮守府・技術班』に決まった。

 これは自分の実力というよりは、柳先生のコネによるところが大きいので、あまり胸を張って自慢はできない。

 

 そろそろ就活を考えている、と先生に相談したら「もし貴方に不満がないのなら、呉第1鎮守府の技術班に内定させますが、どうですか?」と言われたのだ。

 いや、もう、それはもうビックリした。ビックリしない人間はいないと思う。就活の相談したら内定が決定したのだ。それも超一流の鎮守府に。

 だいたい内定させますってなんだ。柳先生どんだけ太いパイプ持ってるんだろうか?

 

 かなりの激務だと聞いているが、それについては心配ない。そもそも俺がやりたかったことをひたすらにやるということだからだ。

 ここ2年ほどは食事と睡眠以外の時間を艤装メンテに当ててきた。激務だろうがなんだろうがどんと来いというものだ。

 

 問題は、俺の実力が第1線で通じるかどうか不安だということだ。

 艦娘の皆さんは命懸けであんな化け物と戦ってくれているというのに、俺のミスが原因で、最悪、命を落としてしまうかもしれない。それは今までになかったプレッシャーだ。

 全力で、最善は尽くす。それはいい。それはやる。

 ……でも、それでも至らず大事な場面で艤装に問題が起きてしまったら……?

 ダメだ、考えたくもない。彼女たちを支えようという俺が、間接的に彼女たちを殺してしまうなんて……!

 

 現役のメンテ技師の皆さんは本当にすごいと思う。こんなプレッシャーと戦いながら毎日の激務をこなしているんだ。俺にそれが耐えられるのだろうか……?

 

 そんな不安を抱えておくことができず、俺は柳先生に相談したのだが……

 「大丈夫です。その気持ちがあれば全く問題はありません」とあっさりとしたものだった。

 正直全く大丈夫じゃない気がするんだけど、柳先生の言うことなんだし、素直に信じようと思う。俺みたいなぺーぺーでも、なんとかやっていけるさ。多分、きっと。

 

 

 

 ……そんなこんなで卒業と進路についてはなんの問題もない。とはいえ普通の大学生みたいに「卒論終わったから遊ぶぜ~!」なんて言ってる暇もない。

 これからが俺にとっての正念場なんだ。出来るうちに出来ることはしておかないと。

 

 自分で言うのもなんだが、俺の艤装メンテ技師としての実力は、研究室に配属されてから今までの間にグーンと伸びていると感じる。

 

 俺がこの研究室に配属されてから、柳先生は様々な艤装をどこからか調達してきては、俺に任せてくれていた。

 それこそ基本的な主砲や魚雷(艦娘が扱わない限り爆発しない謎仕様)から、「こんなのいじっていいの? 軍事機密的に」と聞きたくなるような、基本艤装や海外艦の艤装、複雑な造りの艦載機なんかまで、ありとあらゆる艦娘艤装に触れさせてくれた。これには感謝しかない。

 

 ここまでしてくれたのはどう考えても俺に対する期待の現われである。それがわかって手を抜くような真似はできない。そもそも手を抜くつもりなんてなかったけれど。

 

 俺は柳先生のはからいに感謝しながらも、考えうる方法全てで艤装への理解を深めていった。

 

 

 技術棟の消灯時間まで残っているなんてのは毎日のことで(技術棟は技術流出を防ぐため、厳しい出入りチェックと消灯時間がある)、柳先生に頼んで艤装を持ち帰るようにしてもらい、家でも解体、再構築を繰り返すなんてのは日常茶飯事だった。

 

 柳先生と技術に詳しい艦娘の方が作ったという『図解:艦娘艤装全集』も、何ページに何が書いてあるかまでそらんじられるほどに読み込んだ。

 

 深層意識は常に働いていると聞けば、寝ている時間がもったいなくて、艤装と一緒に寝ることもしてみた。これは効果があったのかはわからないが、艤装に対する愛情というか親しみみたいなの気持ちが大きくなった……気もする。

 

 基本艤装を艦種問わずいくつも借りてきてくれたおかげで、姉妹艦の99%同じ基本艤装でも、見た瞬間に違いが分かるようになった。

 

 柳先生に頼み込んで、損傷のある艤装を持ち込んでもらい、それを修理することもしてみた。カラダが勝手に動くようになるまで、何度も、何度も。

 

 

 正しい目標を持った努力は必ず報われる、なんてよく言ったものだ。

 自分で「頑張った」と言えるほど頑張ったのだ。あの時ああしておけば、もっとやっておけば……そんな言葉なんてまるで浮かんでこない。後悔なんてない。そう胸を張って言えるくらいには頑張った。

 

 柳先生にはたびたび無理を聞いてもらってしまい申し訳なく思っている。

 でも、そのことを伝えたら

「何を言っているのです。貴方のおかげで他の学生の心にも火が付きました。もっと好きに私を利用なさい。学生の無茶を聞くのは教授の喜びです」

 とまで言ってくれたし、あれでよかったのだろう。柳先生には本当に感謝しかない。

 

 

 

 ……少しだけ気になっていることがひとつだけある。基本艤装を一番提供してくれた艦娘さんのことだ。

 

 結局艦娘というのは存在が軍事機密。護衛任務中など狙って遠目から彼女たちを見ることはできるものの、一般的には彼女たちとの接触というのは禁止されている。当然、ウチの大学でも艦娘に関わるもので触れてもよいのは、許可が下りた艤装だけだ。

 

 だから俺が艦娘の皆さんに顔合わせできることなんてないわけで、それはかなり残念に思っている。

 別に美人や美少女揃いらしいから会いたいとか、そういうことではない。……いや、美人さんに興味はなくはないというかすごくあるけど、そういうことではない。

 そもそも艦娘の皆さんをそんな目で見るなんてとんでもないことだ。本能では見たいと思っても、それは隠さなきゃならないのである。当然である。

 

 つまり何が言いたいかというと、そこまで親切に協力してくれた相手にお礼も言えないのは、人としてどうなのさという話なのだ。

 

 艦娘の皆さんは基本艤装がなければ出撃できない。つまり、俺が暫く基本艤装を借りてしまえば、その間彼女たちは海に出られないのだ。

 本来の仕事ができない状態になってまで、俺に協力してくれたんだ。例のひとつくらい誰でも言いたくなるだろう。

 

 一応そのことも柳先生に話してみたのだが、

「今の貴方をあの子たちと会わせると、なかなかややこしいことになるでしょう。特にあの子たちは貴方のことを好意的に感じているようだし、いずれ機会があったらということにしてくださいな。貴方が感謝しているというのは私から伝えておきます」

 なんてことを言われてしまった。

 まぁ、艦娘は軍事機密みたいなものだし、いち学生がホイホイと会っていい存在ではないのだろう。

 お礼は言伝してくれるということだし、メンテ技師として活動する上で、いつかは直接会えることもあるだろうから、この気持ちはその時まで取っておこうと思う。

 

 

 

 ……順風満帆。進路はやや見通し悪くも、乗り越えられない波は無し。北極星の如く輝く理想、迷うべき路も無し。

 こうして俺は卒業ギリギリまで技術を磨きつつ、呉第1鎮守府へと旅立っていったのだった。

 






おまけその1

鯉住君が明石に宣戦布告したやりとり
(とある大規模作戦の時。鯉住君は徹夜明け修羅場モード)



「いやー、ようやく一段落つきましたね!
はいこれ! スポーツドリンクです。どうぞ飲んでください!」

「ありがとうございます明石さん! ……ゴクゴク、プハーッ!! いやー、徹夜明けのスポドリはうめーっす!」

「いい飲みっぷりですね!
艦娘の私と違って、人間の皆さんは体調管理をしっかりしないとですから、カラダがつらいと感じたら、遠慮なく言ってください! サポートしますので!」

「いやいや、同じ仕事をする仲間なんですから、変な気を遣わないでください!」

「いやいやいや、艦娘と人間ではカラダのつくりが違いますので! 仕方ないことですよ!」

「……仕方ないことないですって! 俺も明石さんも同僚なんですから!」

「そんなに気を張らないで大丈夫ですよ! 人間の貴方は無理がある場面も多いんですから、艦娘の私に任せてもらえれば!
ささ、徹夜して眠いでしょう? あとは全部私が片付けときますんで、仮眠室に行っちゃってください!」

「……明石さん」

「……はい? どうかしました?」



「俺は貴女のことを尊敬しています。貴女が監修した本で艤装のことを学んだくらいですから。
あの本から伝わってくる艤装に対する深い知見と愛情は、到底今の俺じゃ及びもつきません。本当に尊敬できることです。素晴らしいことです」

「え……? あ、あはは、照れちゃいますね! あの本読んでくれてたなんて光栄ですよ!
えーと……でも、どうしてそんなことをいきなり……?」

「……でも、だからこそ、貴女に下に見られるわけにはいかない。そんなつもりはないと思いますが、俺のことを保護する対象とみてもらっちゃ困る。
俺は貴女達艦娘を護りたくてこの仕事をやってるんだ。人間だからとか、そんなありきたりな理由で甘やかされたりしたら興醒めなんですよ。
……今はまだまだですが、いつか必ず貴女に追いつき、追い越してみせる。貴女達艦娘と艤装への感謝で、俺が負けるわけにはいかないんだ」

「……!!」

「そりゃ深海棲艦との戦いは任せっぱなし護られっぱなしですよ。でもね、その戦いで貴女達が傷つかないようサポートするのは、人間の俺にでもできる。
その一点でだけですが……貴女達のことを護るのは、俺だ。人任せにはしたくない」

「……ッ」

「いいですね? 明石さん。
いくら徹夜明けで眠いとはいえ、自分の仕事は自分でやりますんで。仮眠を30分程度はとってるんで健康の問題もないです。
だから俺に構わず、明石さんは明石さんの仕事をキッチリとこなしてください」

「……ふーん。そこまで言うんだね」

「? 明石さん、その話し方……?」

「私と対等になりたいんでしょ? ぜーんぜん実力不足なキミが。
だったら私も遠慮せずに素で接するようにするから、さっさと追いついてみなよ!
いつかなんて言ってると、いつまで経っても私におんぶにだっこだよ~?」

「……ハハッ! 間違いないね!
分かった、俺も素で接するようにする。近いうちに追い越してやるから、首を洗って待ってろよ!」

「言うじゃ~ん! その時を楽しみにしてるから!
でもその前に目の前の仕事やらなきゃね! 私の分はもう終わりそうだけど、キミはどれくらい残ってるのかな~?」

「くっ……! まだ……戦艦艤装と駆逐艦艤装がそれぞれ1隻分、それに戦艦主砲が1門……!」

「徹夜明けでその量キツいんじゃない? 受け持ってあげよっかぁ?」

「あれだけ啖呵きっておいて、そんなことできるはずないだろ!?
明日までにやればいいんだ! なんとか済ませる!」

「意地張っちゃって~」

「うっせぇ! すぐに作業に取り掛かるから、行った行った!!」

「ハイハイ。無理して倒れるのだけはダメだからね?」

「わかってる。そんなことしたら余計に仕事増えることくらいな。
明石は俺以外の困ってる人を助けてやってくれ」

「分かってるよ。それじゃ!」

「あ、そうだ明石」

「? なに?」

「スポーツドリンク、ありがとうな。嬉しかったよ」

「……いいって、そのくらい。それじゃーね」

「おう」



・・・



「どうですか? はかどってます? よかったらお手伝いしますよ!!
あ、スポーツドリンク持ってきたんでどうぞ!」

「ああ、スンマセン明石さん。ありがとうございます。
手伝ってくれるってんなら、こっちの軽巡主砲3門、お願いしますわ」

「了解です!! ちゃちゃっと済ませちゃいますね~!」

「やー、助かります、マジで。やっぱり工作艦の艦娘って人間よりよっぽどすごいっすねぇ。……ところで、あの、明石さん?」

「? どうかしましたか?」

「なんか今日、メチャクチャ機嫌よくないです? 大規模作戦の最中でみんな疲れ果ててんのに……」

「あ、わかっちゃいます~? ちょっとイイことがありまして!」

「ハァ……何があったんすか?」

「フフッ! それはですね……」

「……それは?」

「ヒ・ミ・ツ です! ウフフ♪」

「……そっすか。……まぁ、幸せそうでなによりっす」

「そうですね!! やっぱり張り合いができると幸せですよね!!」

「はぁ……(なんでこんな修羅場なのに、この人は満開の笑顔してんだ?)」



。。。



おまけその2

今回出てきた人の設定



・柳 もろ子(やなぎ もろこ)
 呉第2鎮守府の治める日本海軍中将。御年55歳。
多方面との共同研究により、艤装(艦娘)建造炉、羅針盤の技術を確立させた(技術班の一員として)。

 前線は肌に合わないということで(実際に現場指揮も苦手)、大学で教鞭をふるうことを生業としている。ただし鎮守府の内務にはしっかり意見する。
 呉第2鎮守府の実務は専ら副官の端間 九会(はたま くえ)中佐に任せている。とはいえちゃんと業務内容は毎日指示出ししているので、リモート鎮守府運営といった感じ。部下の艦娘からの忠誠度は高い。
 偶然だが鯉住くんが目指す後方支援特化に近い運営をしており、通商護衛や近海対潜哨戒などの官民業務を非常に多くこなしている。そのため駆逐艦が多く在籍している。

 鯉住くんが勉強していた『図解:艦娘艤装全集』は彼女の著書。

著者:柳 もろ子
監修:工作艦・明石
技術協力:鯉住 龍太(改訂版のみ)
挿絵:駆逐艦・秋雲
写真:駆逐艦・磯波

 技術協力は鯉住くんの卒業時に、新装改訂版を発行するとともに柳教授が追加した。実際に新装版は鯉住くんの卒論の内容が大幅に取り入れられたものとなっている。
 学生だと何かと問題になるので、卒業まで待ったとか(学生なのになんでこんな突っ込んだこと知ってるの?ってなってめんどくさいらしい)。

 ちなみにこの秋雲は呉第2所属の秋雲で、横須賀第3のような変態ではない。写実的なイラストからデフォルメしたキャラクターまで、作風の幅が広い。
 鯉住くんが鼎大将から渡された『しょうがくせいでもわかる! かんむす・しんかいせいかん とらのまき』の挿絵は彼女の作品。

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