鈴木誠吾大佐統括
秘書艦・吹雪改
第1艦隊・比叡改、那智改、衣笠改、五十鈴改二、蒼龍改、祥鳳改
戦艦・比叡
空母・蒼龍、祥鳳
重巡・衣笠、那智、最上
軽巡・五十鈴、名取、由良、鬼怒、阿武隈
駆逐・吹雪、白雪、初雪、深雪、磯波、浦浪、夕雲、巻雲、長波、高波、沖波、岸波、朝霜
長女である吹雪が誤解とも言い切れない悪評に慄いている間、妹である白雪と初雪はそれぞれ別の仲間に聞き込みを行っていた。
・・・
白雪サイド
・・・
艦隊の重巡と軽巡から聞き込みすることにした白雪は、那智からの聞き込みを終えて初雪を見送ったあと、そのまま重巡軽巡寮で活動することに。
本日は重巡軽巡と駆逐の一部が任務で海に出ているため、残りのメンバーを総当たりする心づもりだ。
「すいませーん」
コンコン
(あら? その声……白雪かしら?)
「はい。今ってお時間大丈夫でしょうか? 少し聞きたいことがありまして」
(いいわよ。入ってらっしゃい)
「失礼しまーす」
ガチャ
白雪が最初に尋ねたのは、第1艦隊メンバーである『五十鈴改二』の部屋。
先ほどお世話になった那智と同じ第1艦隊の一員にして、この鎮守府唯一の改二艦でもある、かなりの実力者だ。
対空能力と対潜能力のどちらも鎮守府一であり、海域解放のみならず近海哨戒や護衛任務にも引っ張りだこなマルチプレイヤーなのだ。
「どうしたの白雪。今日は非番だったでしょ?」
「はい、あの、そうなんですが……少し野暮用ができたと言いますか」
「なによ、煮え切らないわね。聞きたいことがあるんでしょ? 言ってみなさい」
「ありがとうございます。実はですね、かくかくしかじかで……」
・・・
説明中……
・・・
「……ふぅん。そういうことなの」
「はい。個人的には鯉住大佐は噂ほどヒドイ人じゃないとは思うんですが……何か知ってたりしますか?」
「直接じゃないけど、そこの叢雲については少し聞きかじっているわ」
「えっ、叢雲ちゃんについて!?」
ダメもとで聞いてみたのだが、意外にも何か知っているようだ。
驚く白雪を気にせず、五十鈴は話を続ける。
「呉第1の私がね、そこの叢雲の教導艦をやったらしいのよ」
「なんで本土から遠く離れたラバウル基地の叢雲ちゃんが、呉の五十鈴さんに教導されてるんだろう……?」
「鯉住大佐を推挙したのが、あの有名な呉鎮守府の鼎大将らしいから、そのつながりでしょうね。鯉住大佐は元々呉第1で整備技師として働いていたようだし」
「そうか、そういう繋がりがあるって話もありましたね」
「で、そこの私は天才肌で、かなり戦闘能力の基準が高いんだけど……褒めてたわよ。ラバウル第10の叢雲のこと」
「おぉー、すごい! さすが叢雲ちゃんです!」
「白雪が思ってる以上にすごいことなのよ? 私、特に呉第1の私に褒められるのって。
知ってるとは思うけど、この私、五十鈴の歴代艦長って、『あの』山本五十六提督を筆頭に、山口多聞提督や松永貞市提督……とにかくデキる男ばかりだったから。
『出来る』の基準がそういった提督だから、並みの相手じゃとても満足できないの」
「存じています。五十鈴さん、司令にも厳しいですもんね」
「全然優しい方よ? 提督は五十鈴から見てもなかなかの男だから、そんなに口うるさくしているつもりはないわ」
「あ、あはは……」
今はそれほどでもないが、鈴木大佐がまだ新人だった頃(といっても5年ほど前であるが)は、五十鈴のアタリはなかなか厳しかった。
艦隊の初期から吹雪、五十鈴などと一緒に頑張ってきた白雪からすると、その記憶は鮮明に思い出せるほどなので、『あれで』優しい方とか言われても苦笑いしか出ない。
吹雪の暴走に振り回されたり、五十鈴の厳しい叱責に落ち込んだりしている提督を、白雪はよくフォローしたものだ。
あの頃よりも提督と一緒に居る時間は減ってしまったが、その時に築き上げた絆を彼女は今も大事にしている。
そういうことで、五十鈴が手放しで褒めるというのがどれだけのことか、白雪にはよく分かっている。
そして、自分のよく知る五十鈴よりも遥かに基準が高いという五十鈴が褒めていたとなれば……その実力と努力は疑うべくもないだろう。
「しかしそれってすごいですね。ラバウル第10の艦隊は実力が高いとは聞いてますが、想像以上みたいです」
「白雪が思っている以上よ。なんたって、あの欧州に艦娘を派遣しているんだから。
この鎮守府で第1艦隊として活躍してる五十鈴でも、それは到底無理」
「ウチで唯一の改二実装艦である五十鈴さんでもですか?」
「改二実装程度じゃどうにもならないわ。
少なくとも全海域解放くらい片手間で済ませられる艦隊じゃないと、戦いにもならないでしょうね」
「そ、そこまでなんですか!?」
「普通の艦娘の間、しかも欧州から遠く離れたラバウルじゃ話題には上らないものね。知らないのも無理ないわ」
「はー……そうすると、噂になっているコネ出世とか実力の過大評価とかはウソみたいですね」
「馬鹿みたいな話ね。欧州救援がどれだけ無理難題だったか、そのメンバーとして白羽の矢が立つということが、どれだけとんでもないことなのか。
欧州の二つ名個体と言えば、1体1体が戦略核クラスの実力よ?
どれだけの国がアイツらのせいで壊滅したか、そんなことも知らないレベルの人間が流したデマね」
「ひゃあぁ……」
日本海軍内にはほとんど海外艦というものがいない。日本海軍が統治する範囲では、ドロップ艦にしても建造艦にしても海外艦は出現しないからだ。
そういうわけで欧州への関心は必然的に薄くなる。
地理的に離れていることはもちろん、貿易は基本アジア圏で完結しているため経済的影響はほぼなく、国内における欧州人の比率も著しく低い。
深海棲艦出現前と比べて、明らかに欧州との繋がりは希薄になっているのだ。
日本海軍内の提督や艦娘にとって、欧州情勢というのは『どこか遠くの話』という認識なのである。そんな良く知らない場所のことより目の前のことが重要なのだ。
共通してある認識は『かつて人類社会の中心として幅を利かせていたが、現在は深海棲艦の影響で大きく被害を受けている』程度である。
そういった事情もあり、欧州の地獄具合を実際に知る者はほんの一握りだったりする。
鯉住君の艦隊が実力詐欺だなんだと言われているのには、その辺の事情も絡んでたりするのだ。
「それにしても五十鈴さん、よくそこまで知ってますね」
「実は何年か前に大規模作戦に参加した時に、ラバウル第1の白蓮大将から直々に聞いたことがあるのよ。偶然そういう話になってね。
『重要機密も含まれてるが、お前なら他言しねぇだろ』とか言って教えてくれたのよ」
「それはまた……豪快というか、白蓮大将らしいというか」
「実力と人望があってあの態度だから、それは問題ないわ。五十鈴的にも高得点よ」
「そうですか。……って、そんなこと私に話しちゃってよかったんですか!?
機密が含まれてるんですよね!?」
「馬鹿ね。他言無用な部分は話してないに決まってるじゃない。五十鈴は吹雪みたいにうっかりしてないわ」
「そ、それはそうですよね。よかった……」
「昔っからそうだけど、アナタ真面目よね。吹雪と秘書艦交代した方がいいんじゃない?」
「そういうのは思っても、吹雪ちゃんには言わないであげてくださいね……」
「言うわけないじゃない。冗談よ、冗談」
「はぁ……
……とにかく。鯉住大佐の評価は高く見積もってもよいということですね?」
「構わないわ。本人がどういう人間かはよく知らないけど、部下の実力で言えば確実にウチよりも上よ」
「わかりました。ご協力ありがとうございます」
丁寧にぺこりとお辞儀をする白雪を見る五十鈴は満足げである。
なんだかんだ彼女はちゃんとした性格の相手が好きなのだ。他人にも自分にも厳しい性格なのである。
気分を良くした五十鈴は、ひとつ白雪に提案してみることにした。
「ちょっと待ちなさい、白雪。アナタこれからどうするの?」
「? 他の重巡と軽巡の皆さんに同じことを聞いて回るつもりですが」
「それなら五十鈴が空いてる全員に連絡取って、聞き込み手伝ってあげる」
「えっ!? そ、そんな、悪いですよ。ただでさえ忙しい五十鈴さんのたまの非番なのに、そこまでしてもらっちゃ!」
「変な気を遣わなくてもいいわ。だいたい那智以外で今日非番なメンバーって、同じ第1艦隊の衣笠と五十鈴の姉妹艦だけだから。
そのほうが白雪も手間が省けるでしょ?」
「それはそうですが……本当にいいんですか?」
「白雪は日頃からよくやってくれてるから、そのご褒美と思ってくれたらいいわ。
それじゃこの部屋に召集かけるから、しばらく待ってなさい」
「ありがとうございます」
白雪はその後、五十鈴の電話によって召集されたメンバーたちと話に華を咲かせた。
鯉住大佐について知っているメンバーは衣笠くらいだったが、その情報を基にみんなで話しあうことにした。
その結果鯉住大佐は、真実としてはかなり有能で艦娘からの信頼も厚い提督だという結論に至ったのだった。
・・・
初雪サイド
・・・
「あ~、だるい……はやく終わらそ……」
明らかにやる気のなさそうな初雪は、猫背になってとぼとぼと駆逐寮まで向かっていた。
そんなどんよりした様子を気に留めることなく、彼女に声をかける者が。
「あら、どうしたんですか初雪さん。そんなに気を落として」
「……あ。おっきい方の長女……」
話しかけてきたのは夕雲型1番艦駆逐艦『夕雲改』だった。
吹雪型と夕雲型が多数所属するこの鎮守府において、吹雪と並ぶ駆逐艦のまとめ役である。
ちなみに初雪の言うおっきいは、彼女が視線を少し下げて見ている部分から察して欲しい。
「もう。そういった呼び方はよくないですよ。めっ」
「それじゃ……おかん」
「夕雲は初雪さんのお母さんではありませんよ、まったく。
それで、どうしたのです? 明らかに落ち込んでいるようですけど」
「あー……ちょうどいいから聞いちゃお。実はね、吹雪ちゃんが……」
・・・
説明中……
・・・
「まぁ! この鎮守府にあの鯉住大佐がいらっしゃるのですか!?」
「うおっ、びっくりした……なになに、なんか知ってるの?」
「うふふ、知っていますとも!
鯉住大佐と言えば……と、説明するより見てもらった方が早いですね。少々お待ちを……」
どうやら夕雲は鯉住大佐に良い印象を抱いているようだ。
何かを初雪に見せるつもりらしく、ニコニコしながら端末を操作する夕雲である。
初雪としては、一発で向こうからアタリがやってきてくれたので『手間が省けてラッキー』なんて思っている。
そんなことを初雪が考えている間に、どうやら目的のなにかは検索できたようだ。
夕雲は端末をずいっと初雪の目の前にかざす。
「えっとこれ、写真? ……って、うわっ!」
「どうです? 素敵でしょう?」
「素敵って……なんでこんなことになってんの!?」
夕雲が初雪に見せた写真は、鯉住君が清霜、早霜、夕立といちゃいちゃしている(?)写真だった(105話参照)。
死んだように疲れて寝ている鯉住君に、早霜が心の底から幸せそうな寝顔で抱き着いている写真。
そして、激しい筋肉痛に身もだえする鯉住君に、3人が満面の笑顔で抱き着いている写真。
これらはもちろん鯉住君が佐世保第4鎮守府(加二倉さんのとこ)に拉致られた時の、川内による盗撮写真。
清霜と夕立(元レ級flagship)のちびっ子コンビに散々連れまわされて疲労の極みな鯉住君が、いつの間にか早霜のベッドに寝かされて、色々あって翌朝に早霜に抱き着かれながら目を覚ました時のものである。
「どうです、この清霜さんと夕立さん、そして早霜さんの幸せそうな笑顔!
これは佐世保第4で撮られた写真なのですが、ここの早霜さんは悪夢からほとんど睡眠をとっていないということで、長女としては心配だったのですが……」
「それにしちゃ満足そうな寝顔だけど……って、佐世保第4!? なんで佐世保!?
ていうか、この苦しんでるちょいイケメンが鯉住大佐!?」
「うふふ。そんなにいっぺんには答えられませんよ?」
「あーうん、そりゃそうだけど……わけがわからないよ……」
「まぁまぁ。佐世保第4の清霜さんが、とっても喜びながら投稿してくれた内容がありますから。それを見ながら確認していきましょう」
・・・
確認中……
・・・
「……なんか気のいいあんちゃんって感じなんだけど」
「うふふ、そうですね。夕雲もそう思いますよ。
前々から一度お会いして、長女としてお礼を言いたいと思っていたんですよ?」
「うちの長女とはえらい違いなんだけど……」
「距離があるとはいえ、お隣の鎮守府なんですし、そう遠くないうちにお会いできると思っていたんですが……なかなか機会が訪れなかったですからね」
「まぁ、普通はベテラン提督がお助けキャラするからね……」
新規の鎮守府ができた際には、近場のベテラン鎮守府がサポートするのが普通である。
最初のうちは慣れない実務ばかりの上、所属艦娘の練度も数も少なく、なかなかうまく鎮守府運営できないからだ。
しかし鯉住君のところはそういうのが一切なかった。
正確には、本来は第1鎮守府から第9なり第8なりにそういったお達しがいくところ、第1自らサポートをしていた。
もっと正確に言うと、のっけからイレギュラーばかりだった鯉住君のことを気にかけた高雄が、自発的に専属サポートすることにしていた。
「ていうかさ、鯉住大佐、艦娘から好かれ過ぎじゃない?
そこそこイケメン寄りなだけじゃ、そうはならないと思うんだけど……」
「そこはまぁ、実際話してみないとわかりませんけども……
横須賀第3の私、夕雲が言うには『永遠にお世話していたくなる』ということらしいですよ?
そんなの会ってみたいに決まってるじゃないですか……うふふ」
「うわぁ……(ドン引き)」
とんでもないことを口走った夕雲から若干距離をとる初雪。
現在彼女の中での鯉住君の評価は、関わる艦娘全てを惚れさせる艦娘バキュームである。
だってまだ本人に会ったことのない夕雲でこれなのだ。
話を聞いている限り、直接関わった艦娘はほとんど暴走っぽい形で彼にグイグイ行っている。
足柄はそれはもうグイグイ行ってるし、駆逐仲間もそれはもうグイグイ行っている。
ちょっと本人に会うのが怖い初雪である。
「その反応は少し傷つくんですが……」
「いや、だってさぁ、那智さんから聞いた情報もあるけど、関わった艦娘は鯉住大佐のことどんだけ好きになるのさ……
永遠にお世話したいとか……なんなの? そんなに母性がくすぐられるの……?」
「ですから、それは会ってみないとわかりませんよ。
でもきっと、提督とは違った方向で素敵な方なんでしょうね……うふふふ」
「なに呆けてんのさ……」
なんらかのよからぬ妄想をして上の空になってしまった夕雲を見て、初雪はため息交じりに考えをまとめる。
どうやら鯉住大佐は『性欲魔人』というより『性欲を掻き立てる魔人』の方が真相に近いっぽい。
艦娘には性欲とか独占欲とかがほとんどない……のだが、完全にゼロというわけではない。それは自分が艦娘でもあるため、よーくわかっている。
那智に聞いた足柄の超絶アプローチや、今聞いた早霜のお熱ぶりを考えると、その少ない感情をガツンと揺すぶられているのは間違いなさそうだ。
清霜と夕立に関しては、それこそ構ってくれるにーちゃんに懐いているといった感じで、そういった愛とか恋は関係なさそうだが、艦娘を引き寄せているのは同様である。
「んー……なんか世間の噂とは全然違いそう。
他の夕雲型のみんなは、鯉住大佐についてどんな反応してんの?」
「そうですねぇ。私はなにかこう、母性がくすぐられるというか、並々ならぬ興味を惹かれるのですが……他の皆さんはそこまで興味はないようですね」
「そりゃそうでしょ。普通はよその鎮守府の提督なんて、そんなに気にしないでしょ。夕雲がおかしい」
「む。そんなこと言うと、さすがの私も怒りますよ?
仕方ないじゃないですか。感じ入るものがあるのですもの」
「子供もいないのに母性とか、私には全然わかんない……
……ま、いいや。情報ありがとー。あとは時間までゆっくりしてよ」
「あら、他の皆さんに聞きこみしてみなくてもいいのですか?」
「……正直めんどい。せっかくの非番だからゲームしようと思ってたのに、吹雪ちゃんに駆り出されただけだし」
「あら、それは大変ですね。それはそうと、あまり引き籠るのはよくありませんよ?
せっかくの非番でしたら、外をお散歩なりトレーニングルームで汗を流したり、カラダを動かした方がいいと思いますよ」
「うー、こっちの長女も同じこと言う……非番くらい好きにさせて。じゃーね」
「もう、仕方ないですねぇ」
こんな感じで三者三様の情報収集が終わり、その結果は鈴木提督に報告されることになった。
しかしその報告内容が全然違っていたので、提督は頭を抱えることになったそうな。
吹雪
「鯉住大佐はとんでもない鬼畜ですよ!
あのラバウル第1の優秀な金剛さんと榛名さんが、鯉住大佐にひどい扱いを受けています!
しかも研修生の時に艦娘と、こ、混浴までしていたらしく……!! とんだ鬼畜スケベ変態提督です!!」
白雪
「鯉住大佐は素晴らしく優秀な方みたいですよ。
部下の艦娘も、叢雲ちゃんを筆頭に大変な信頼を置いているようですし、司令官も交友関係を結んでおくべきです。
あの気難しい叢雲ちゃんが信頼しているくらいですから、性格的にも好ましいものであるはずですし。
艦隊の実力は想像以上に高いようですから、万が一の際に援軍を求められるのはかなりのメリットだと考えられます」
初雪
「鯉住大佐は……艦娘バキューム。
性欲魔人じゃなくて性欲を掻き立てる魔人。艦娘が勝手に懐くみたい。
司令官も私たちを取られちゃわないよう気を付けなよー? 司令官ならみんなから信頼されてるから、大丈夫だと思う、けどね……」
鈴木大佐
「全然わからん……」