明けましておめでとうございます!
お隣の鎮守府でちょっとした騒動が起こっているとは露知らず、鯉住君のところの鎮守府はのんびりとした雰囲気に包まれていた。
とはいえ例の会議が終わったまま休暇で居残りしているメンバーも多くいるので、にぎやかであるにはにぎやかなのだが。
今日は鯉住くんは非番。執務を叢雲と古鷹に任せて娯楽室でのんびりと本を読んでいる。
ちなみにひとりで居るわけでなく、娯楽室には多くの艦娘がいる。具体的には佐世保第4の清霜と夕立、トラック第5の山風である。
要は鯉住くんに懐きまくってる顔ぶれである。
そして、当然ながら3人が3人構ってもらいたくて押しかけているため、鯉住くん争奪戦が起こっている。
「ダメ……ここは山風の場所だから譲らない……!!」
「ぶー! 龍ちゃんひとり占めとかずるい!!」
「っっぽいっ!! 龍ちゃんのフィット補正は夕立たちの方が高いっぽいっ!!」
「嘘だね……! 山風の方が相性がいい……」
「そっちこそ嘘つきだー!!」
「イウザクトリーっぽい!!」
ガヤガヤしてる中で読書できるのかという話だが、鯉住くんは逆にこの状況だからこそ無理やりに読書に集中している。
なにせ前面まるまる、赤ちゃんを抱っこするみたいな状態で山風にホールドされているのだ。
駆逐艦の中でもなかなかの発育を誇る山風であるので、鯉住くんとしてもムラムラ来るものがあるのだ。
別に今回は筋肉痛で性欲がまぎれるということもないため、それはもう綱渡りギリギリなのである。意識をそらして大型犬が懐いているくらいの認識で居ないと、色々と危ないのだ。
「えーと……今日は俺は非番だから、離れてくれると嬉しいんだけどな……
ほら、いろんなところのお姉さんたちが揃ってるから、その人たちに遊んでもらってですね……」
「「「 やだ!!! 」」」
「参ったなぁ……マジで……」
鯉住くんを優しくて構ってくれるお兄ちゃん扱いしているだけあり、なかなか離れてくれない駆逐3名である。
ちなみに本当は3名ではなく、屋根裏とか床下とかに潜んでこっそり注目しているプラス3名ほどがいるのだが……それはそれである。
(やれやれ……すきあらば、くちくかんにてをだすなんて……)
(ろりこんのかがみですね)
(これはゆびわをとりよせないとですかね?)
「やめなさい……! 人様の鎮守府の艦娘に手を出すわけないでしょ……!?」
(げんじつしっかりみて?)
(そのきょりかんで、てをだしてないとかいいますぅ?)
(さすがですわー。ぶかぜんいんに、てをだしてるひとがいうと、ちがいますわー)
「ホントやめろ!? 誰にも手を出してないから! ノータッチ貫いてるから!!」
(にくたいてきにはねー)
(せいしんてきには、ずぶずぶにしずめてますからねー)
(やくざのてぐちですよ。いやらしい)
「お前らはホント俺のことなんだと思ってんだ……!?」
いつも通り妖精さんの煽りに丁寧に対応する鯉住くん。
目の前で抱き着いている存在を忘れようと現実逃避する目的もあって、煽りラッシュに律儀に付き合っているのだが……そのせいで山風から意識が外れ、無意識に彼女の髪を手漉きなんかしちゃっている。
肉体的に手を出してないとかロリコンじゃないとか色々言っているが、現在進行形でどっちの疑惑も確かなものにしている辺り、面倒見が良いというか言い逃れしようがないというかである。
そのこともあり、髪を丁寧に撫でられている山風は満足げで、清霜夕立コンビに向かってドヤ顔している。
「んふー……やっぱり龍ちゃんは山風のことが一番好き……!!」
「うー……ずるいずるい、山風ちゃんばっかり!! 清霜たちにも構って!!」
「そうだそうだー! 構うっぽい! リメンバーアス!!」
「いや、あー、あのですね……誰が一番とかはありませんので、皆さん仲良くお外で遊んできては……?」
「「「 それじゃダメ!! 」」」
「えぇ……?」
どうあっても離れてくれなさそうな3名をどうしたものかと悩む鯉住君。
無理やり引き離すことは性格的に出来ないこともあり、3人の面倒を見るために非番を諦めかけていると……娯楽室に新たな訪問者がやってきた。
「やっほ~、北上様だよー。提督は相変わらずちっこいのに好かれてるねぇ」
「お、北上か。……よかったら助けてくれない……?」
「はいはい、しょうがない提督だねぇ。
へいへいチビども。今食堂で伊良湖が甘味を振舞ってるからもらっといで」
「「「 甘味!! 」」」
「うまいぞ~。他所じゃ絶対に食べられない出来立てだぞ~」
「「「 行ってくる!! 」」」
北上の甘言にのせられて、元気よく3人揃って退室していく駆逐艦。
そして、その様子を見て疲れたような顔でため息をつく鯉住君と、ニヤニヤしながら彼を見る北上。
「ハァ……助かったよ、北上。ありがとう」
「まったく仕方ない人だよ提督は。チビの扱いなんて雑でいいんだって」
「いやー、流石に他所の艦娘だし、ちゃんと構ってあげないと。かわいそうだし」
「そんなこと言ってると一生離れてくれないよ?」
「それはまぁ、そうかもしれないけどねぇ……」
「まぁそれはいいや。それでさ提督、ちょっと顔かして欲しいんだけど」
「それは別に構わないけど……何かあった?」
「デートするよデート」
「……?」
急に予想してなかった単語が飛び出してきたせいで、鯉住君はフリーズする。
なんか手伝ってほしいとか、そんな感じのお願いだと思っていたようだ。
「なに固まってんのさ。車出して車。大井っちとアタシと提督で街に繰り出すよ~」
「……ハッ!? い、いきなり何言ってんの!?」
「何って、デートのお誘いだよ。こんなかわいい女の子から誘われるなんて役得だね~。
ま、ホントは私たちも非番だから、街で羽伸ばさせてほしいってことなんだけどね。
提督同伴じゃないと街に出られないからね」
「まぁ、役得ってのはそうかもだけど……唐突過ぎない? 俺にも用事が……
……ていうか、もしかして大井も一緒とか言った?」
「言った言った」
「あー……ちょっと本日は遠慮させていただきたいといいますか……」
「はいはい。いいから行くよ」
「えー……」
「なーに渋ってんのさ。どうせのんびり本読んでただけでしょ?
かわいい奥さんのデートのお誘いくらい二つ返事で受けなよ」
「奥さんって……まぁそれは置いておくとしてもね。
北上は気負いしないで話せるから全然いいんだけど、大井にはけっこう気を遣うからなぁ……」
「ハァ……そんなんだから提督は提督なんだよ……
ま、その辺を解決してあげるからさ、北上様に任せろー」
「うわ、ちょ、引っ張らないで……!!」
「アタシ達女の子は準備に時間かかるから、提督はその間にデートプラン考えといてねー。あ、服装もちゃんとしたのにしとくんだよ。女の子が恥をかくようなのは論外だかんね」
「まったく、北上にはかなわないな……」
どうやら非番の日にゆっくりしようとする計画は、おじゃんになってしまったようだ。
北上に引っ張られつつ、言われるがままに外出の用意を進める鯉住君なのであった。
・・・
提督を引っ張り出した北上は、出発時間だけ決めて自室まで戻ってきた。
部屋で待っていたのは、目をつぶりながらムスッとして頬を膨らませている大井。
今回の話は北上の発案であり、北上と一緒に街にお出かけということを聞いていた大井は、最初は超絶ハイテンションだったのだが……提督も一緒というのを聞いてから、複雑な感情が溢れてきてこんな表情になっている。
「……ってわけで大井っち、提督を動かすことに成功したよー。
提督には準備に1時間くらいかかるって言っといたから、ちゃっちゃっと用意しちゃおー」
「北上さん、本当に行くんですか……?
北上さんと私だけなら大歓迎ですが、提督までついてくるとか乗り気になれないんですけど……といいますか、あの人はこの忙しい時にのんきに付き添いなんてしてていいんですか? 正気を疑うんですが」
「いーのいーの。どうせ提督の仕事なんて、ムラっちとフルちゃんがいればあってないようなもんなんだしさ。そんな心配ご無用ってやつだよ。
それよりも、最近は提督が全然構ってくれてなかったから、たまにはアタシ達のこと見てもらわないとね~」
「私はそんなのなくて良いって言ってるじゃないですか……」
「前もそんなこと言って、提督との個別面談断ったじゃん? 素直じゃないよねぇ。
ま、その辺もこのハイパー北上様がフォローしてあげるからさ~」
「そんなの大丈夫ですから、変な気を回さないでください……
……ああ、もう、そんなことはいいんです! 街に着いたら提督なんてほっといて、ふたりでデートしましょ! そう考えると楽しみになってきたわっ!!」
「あははー。まぁいっかそれでも」
「北上さんっ! この間通販で取り寄せたおそろいの服を着ていきましょ!
ああ、北上さんとおそろいの服を着て買い物できるなんて……みなぎってきたわっ!!」
「おっけーおっけー。それじゃ準備しましょっかねっと」
そんなこんなのやりとりを済ませた後、あっさりとしたナチュラルメイクをしてから着替えを済ませた北上。
真剣な顔で時間いっぱい入念にメイクを施している大井を見て『素直じゃないよねぇ』と、何回目になるかわからない感想を抱くのだった。
・・・
鎮守府正面玄関に集合時間よりも相当早めに到着した鯉住君は、椅子に座って街のお出かけマップを眺めていた。街に出かけることは何度もあることから、こんなこともあろうかと案内所でもらっておいたのだ。
北上からデートプランを考えておくよう言われたため、さっさと準備を終えて集合時間でそれを考えることにしたのである。
ちなみに鯉住君の服装は、黒のVネックカットソーにベージュのジャケット、白のジーンズに黒のスニーカーというモノトーンコーデである。
外出する機会は少ないが、それなりにビジネスカジュアルな服も用意しておこうということで、ネットと相談しながら購入しておいたものだ。
これならデートで着ていっても相手に恥はかかせないだろう、と考えて、本日のコーディネートに選んだのだとか。
仕事時には襟付きTシャツにハーフパンツ、非番にはジャージ一式とかいう、過ごしやすさ全振りクソダサコーデで普段は過ごしているので、それを見慣れている面々からすればとんでもないギャップである。
そのせいで通りかかる相手からは、必ず声を掛けられる羽目になっていた。
素敵な格好だとストレートに褒めてもらったり、見慣れない格好だからかガン見されたり、外行くなら自分も行きたいと駄々をこねられたり、さりげなく隣に座られて軽く話をしたり、鼻血を出しながら写真を撮られまくったり、鼻血を出しながらスケッチされたり、鼻血を出しながら何故か持っていた台本通りにボイスを録音させられたり……
そんなことしてたせいで出かける前から疲労がたまってしまった。愛され税である。
そんなこんなで色々ありながらも、なんとかデートプランを組み立てることができたタイミングで、北上と大井がやってきた。
「やっほ~、来たよー」
「お待たせしました」
「……お、ふたりとも来たか……って、おお……!!」
声をかけられた方向を見た瞬間、言葉を失う鯉住君。ふたりの服装があまりにも普段と違っていて目を奪われたのだ。
北上も大井も、シンプルなブラウスにプリーツの入ったロングスカートと、揃いのコーディネート。
北上は赤のセミハイネックブラウスに、ベージュベースに斜め白ラインが入ったロングスカートと、いつもの地味目な印象とは違って少し派手めな配色。
大井はリボンのついた白のボウタイブラウスに、緑ベースに斜め白ラインが入った上ロングスカートと、配色も装飾も上品にまとまった印象。
足元のほうはペアではなく、北上が厚底タイプの白スニーカーでカジュアル感を出しているのに対し、大井はハイヒールの桃色リゾートサンダルでかわいさを演出している。
持っているショルダーバッグはこれまたお揃いで、北上は白のものを、大井はベージュのものを下げている。
露出という意味では普段の制服の方がはるかに刺激的だが(鯉住君の要望通りスパッツを身に着けてくれているので、そこまで激しくはない)、こういった清楚系とも言えるファッションを目にする機会は少なく、鯉住君にとってはそれはもう眩しく映っている。
「おやおや~? 見惚れちゃったかな?」
「お、おう……その、なんだ、ふたりともすごくキレイだ。普段とのギャップがその……いいな。見とれすぎて少しフリーズしちゃったよ」
「反応が初々しいね~、このこの~。でも褒めてもらえてアタシゃ嬉しいよ。ありがとね」
「お、おう」
ニコっとしながらお礼を言われて、たじたじしてしまう鯉住君。
ギャップにやられちゃったとはいえ、アラサーの男性にしてはどうにも反応がフレッシュすぎる感じもある。この年にして恋愛初心者なので、致し方ないところではあるが。
「大井っちもよかったじゃん? 洋服褒められたよ」
「……」
「……大井っち?」
「……ッ!? え、ええ、よかったですね! 北上さぁん!」
「あ~、うん、そだね」
「えーと、大井、大丈夫か? 固まってたけど、俺の服装なにかおかしかったか?」
「いえ、その、ですね……あの、鎮守府の提督という立場ある身ですから、人の目に触れる場所に出るのに、フォーマルな服装をするのは良いことだと思います」
「そ、そうか。変だと感じたワケじゃないみたいで良かった。
キミたちふたりみたいにオシャレでもキレイでもないかもだけど、隣に立って歩く以上はそれなりに釣り合って見えないとね」
「え、ええ、その、問題ないと思います」
「そ、それはよかった」
「……あのさぁ……まぁいいか。それじゃ行くよ~」
「お、おう」
「は、はい」
ふたりのたどたどしい感じに心がもぞもぞさせられながらも『似た者同士だよねぇ』なんて感想を抱く北上である。
それでもその雰囲気は悪いものではないし、それもまたいいかと考え直しつつ、出発の音頭を取るのであった。
後編はちょっと待ってね。