艦これ がんばれ鯉住くん   作:tamino

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これでこの話題はおしまいです。
2年以上前からいつか書こうと思っていたんですが、ようやく書けましたねー。

えらい久しぶりの投稿で申し訳ないですが、2話分くらいあるしええやろ!!(どんぶり勘定)


第162話 閑話・清水慕情 後編

「ちょっと提督、北上さんに道路側を歩かせないでください」

 

「次の目的地まで歩いて15分くらいなんでしょう? それくらいならタクシーに乗らなくても大丈夫です。気を遣ってくれたことは、その、嬉しいですが」

 

「映画館に行くつもり、ですか。いいんじゃないですか?」

 

「荷物を持ってくれるんですか? ありがとうございます。

もっと早くから気づいてくれたら、もっとポイント高かったんですけどね」

 

「ポップコーンを買っている間にパンフレットを買ってきた?

私は結構ですが、北上さんは……あ、先にパンフレット見たかったんですね!!

やるじゃないですか、提督。少し見直しましたよ。ほんの少し」

 

 

 ……イタリアンレストランから出た3人は、鯉住君が考えていた次のプランにより、現在は映画館で作品の上映を待っている状態である。

 

 北上によるラブラブドリンク大作戦に見事ハマって、羞恥心をガツンとぶん殴られたふたり。

 それがきっかけとなって大井は色々と吹っ切れたようだ。随分と口数が多くなっている。見事に北上の狙い通りアイスブレイクはうまくいったらしい。

 

 とはいえ普段からビジネスライクなやりとりをしているだけあり、鯉住君はプライベートでは全然大井と話したことがない。

 業務関連の話題ならその限りではないが、趣味や休日の過ごし方なんかはまったくである。

 

 そのため、どうにも勝手がわからず……と言うか、どんな反応が正解なのか分からず、鯉住君の情報処理能力は限界を迎えていた。

 

 

「……なぁ、北上」

 

「どしたの? ヒソヒソ話して」

 

「大井からの距離感がえらい縮まってる気がするんだけど……」

 

「よかったじゃん。大井っち嬉しそうでしょ?」

 

「まぁそれは確かに。俺からしても嬉しいには間違いないんだけど……急にこうなるとなぁ」

 

「アタシが一肌脱いだ甲斐があったってもんだよ。もっと距離縮めてチューくらいしたらいいじゃん?」

 

「チューってお前なぁ……」

 

 

 鯉住君と北上がこそこそしているのを見て、大井は首をかしげる。

 声が小さかったからか、どんな話をしているのか聞きとれなかったらしい。

 

 

「? どうしたんですか北上さん? 何を話してたんですか?」

 

「なんでもないよ~。映画楽しみって話してただけ」

 

「そうでしたか。確かにこんな大画面で映像作品観るなんて初めてですから、とっても楽しみですね!」

 

「だよね~。しかも内容が恋愛映画だなんてさ。提督頑張ったじゃん」

 

「まぁ、このジャンルは俺ひとりじゃ観ることはないだろうから。

本土で人気の作品だっていう触れ込みだし、ちょうどいいでしょ。ふたりもこういうの興味あるんじゃない?」

 

「まーね。アタシ達ってお年頃だからさ。いいじゃんいいじゃん」

 

「そうですね北上さん! 提督のことも少し見直しましたよ。

てっきり私達の生い立ちにちなんで歴史系の作品を選ぶとか、自分の趣味全開の自然ドキュメンタリー系を選ぶと思ってました」

 

「いやぁ……さすがにそれは無粋と言うか、失礼と言うか……

今日はキミたちのエスコートなんだから、その辺はちゃんと考えたさ」

 

「「 お~ 」」

 

「お~、って……俺のことなんだと思ってるのさ。それくらい気を遣えるって」

 

「いやいやいや、最近はそうでもないけど昔はひどかったじゃん」

 

「ですよね。あれだけ夕張さんや明石さん、叢雲さんがアプローチしていたのに、知らぬ存ぜぬを貫いてたじゃないですか」

 

「いや、まぁ、それはね……キミ達艦娘を変に縛りたくなかったからでね……」

 

「まー普通はそれでいいんだろうけどさ。異動とかあるし。

でもウチは色々普通じゃないからね。特に提督が」

 

「そうですね。特に提督が普通じゃありませんよね」

 

「人のこと変人みたいに言わないでくれる?」

 

「「 変人でしょ? 」」

 

「えー……まぁ、その……そろそろ映画が始まるし、この話はやめようか……」

 

 

 クスクスと笑顔を浮かべながら仲良くするふたりにいじられ、鯉住君は苦笑いである。

 レストランでの北上の一計以来、大井は自然体で話してくれるようになった。そのため女子ふたりに勢いで押し切られてしまっている形。

 

 とはいえ鯉住君的には、会話が増えたので『それはそれでいいか』なんて気もしている。やっぱり変に壁がないのはいいことだ。

 ただただ気まずいよりも、自分がいじられることでふたりが笑顔で居られるならそれに越したことはない。

 

 ……そうこうしているうちに、照明が落ち始めた。上映時刻が迫っているようだ。

 他の観客もいるため、話もそこそこにスクリーンに集中する3人。鯉住君にとっては久しぶりの、北上大井にとっては初めての映画上映である。

 ワクワクしながらも緊張している姿を見て、鯉住君は『連れてきてよかった』と満足げなのであった。

 

 

 

・・・

 

 

 

「いや~、良かったねぇ。評判ってことだったけど、それも納得だよ」

 

「ですね! 北上さん! 北上さんとあんなに素敵な作品が見られるなんて、感激です!」

 

「ふたりともよかったねぇ」

 

「最後の最後で離れ離れになろうって時に、彼氏が駆けつけてくるシーンは特によかったよ。ベタだけどああいう展開はやっぱりグッとくるね」

 

「そうですね北上さぁん!!」

 

「北上は詳しいなぁ」

 

「……提督には感想を求めないであげるよ」

 

「……ありがとうございます」

 

「提督、今までに上がった株がけっこう下がりましたよ」

 

「すいません……」

 

 

 普段から動画サイトとかで色々映画を楽しんでいるのだろう。恋愛映画に詳しい北上は、なかなか通な評論をしている。

 今回の映画が目の肥えた彼女にも好評だったのは、鯉住くんにとって幸運だった。

 

 なにせ鯉住くんにとって恋愛映画は完全に未踏の領域。

 今回の感想も「幸せになれてよかったね」くらいしか出てこないのである。空気の読める北上に感謝しなければなるまい。

 

 

「さ、それでこれからどーすんの?」

 

「そうだな……予定してた場所はここで全部だし、そろそろ帰らないとかな。時間があれば買い物でもしてくのもよかったけど」

 

「えー、もうちょっといいじゃん」

 

「いやぁ、一応明日から仕事だし、日も暮れちゃったしね?」

 

「そこをなんとか。アタシちょっと買ってきたいものがあるんだよねー」

 

「うーん……」

 

 

 なかなかに食い下がる北上に、ちょっと対応に困る鯉住くん。

 いつもはあっけらかんとして主張弱めなだけに、この態度はちょっと珍しい。よっぽどほしいものでもあるのだろうか?

 

 

「提督、北上さんがこんなに頼んでるんですよ?

明日の業務はしっかりこなしますので、もう少しお願いします」

 

「……まぁいいか。別にふたりが良いって言うんなら。それで、北上は何買いたいの?」

 

「ちょっと女の子関係のものだから提督にはヒミツ~」

 

「んー……? ちょっと見当つかないけど……まぁいいか」

 

「ということで、提督はそこにある公園でのんびりしててよ。

ネットで調べた感じだとその店、ここからすぐの場所にあるらしいからさ。ひとりで歩いてくよ」

 

「私もお供します、北上さん!」

 

「大井っちもちょっと待ってて~。提督と一緒にさ」

 

「!? えぇっ!? な、なんでですか!?

夜の街に北上さんひとりなんて、どんな輩に絡まれるか……! そんなの私耐えられません!」

 

「女の子ふたりでも似たようなもんだってば。とゆーわけで、提督、大井っちをよろしく~」

 

「いやまぁいいけど……大井の言うように身の危険を感じたら、艦娘証明書出して追い払うんだよ?」

 

「合点承知の助だよ。んじゃね~」

 

 

 呆然とする大井と困り顔の提督を残し、北上は軽やかに去って行ってしまった。

 

 自分で気づかないようにしてさえいなければ、鯉住くんも察しが悪いわけではない。

 また北上が大井と自分を仲良くさせようと、そういう場を作ってくれたんだろうなぁ、なんて思っている。

 

 一方で大井は北上に理由も分からず拒絶(というほどでもないけど)されたのは初めてだったので、目に見えて動揺している。

 

 

「北上さん……ウソよ……私を置いてそんな……」

 

「考えすぎだって。北上もひとりでのんびりしたい気分になっただけでしょ」

 

「提督、私何かしちゃいましたか……? 北上さんに嫌われるようなことを……?」

 

「いやそんなワケないでしょ。よっぽどのことじゃなきゃ北上は怒んないって」

 

「ですよね……提督ですら愛想をつかされずここまで来たのに、ここにきて私にそんな事があるわけ……だったらどうしてぇ……?」

 

「そのセリフでちょっと俺傷ついたけどそれは置いとくとして、あまり深く考えなくても大丈夫だってば」

 

「うぅ……しんどいです……」

 

「それ杞憂だから……まぁあれだ、北上が戻ってくるまで散歩でもしようか」

 

「仕方ありません……うぅ……」

 

 

 

・・・

 

 

 

 海が見える公園には夜風が心地よく流れる。街の光に照らされて、カップルたちがそれぞれふたりだけの世界を作り出している。

 そんなムードあるシチュエーションなのだが、鯉住くんと大井はそんな雰囲気もどこ吹く風である。

 

 

「うぅ……辛いです……」

 

「大丈夫だから。北上が大井のこと邪険にするわけないから」

 

「だって実際に私のこと要らないって……」

 

「言ってない言ってない。大井みたいないい子に愛想つかすとかありえないって」

 

「本当ですか? 本当にそうなんですか?」

 

「本当だって」

 

「信じられません……うぅ……」

 

「気にしすぎだってば」

 

 

 最初は散歩しながら大井をなだめていたのだが、道行くカップルたちに「ああはなりたくない」という目線を向けられまくったため、今はベンチに腰かけている。どうにもいたたまれなくなったらしい。

 メンタルがちょっと不安定になってる大井をどうにかしようと頑張っているのだが、どうにも安定してくれない模様。重雷装巡洋艦は難しい艦なのだ。

 

 そんなこんなで大体10分ほど奮闘し、なんとか落ち着いてきた。

 大井の調子が若干戻ってきたのを見計らい、鯉住くんは気になっていることを尋ねてみることに。

 

 

「……わかりました。北上さんは私のこと、置いていったりしないって信じることにします……」

 

「それはもう無条件で信じていいから。……というか大井って、なんでそんなに自己評価低いの?

いつもしっかりしてるし気が効くし、仕事はできるし、もっと自信持ってもいいと思うんだけど」

 

「……別に自己評価が低いつもりはないです」

 

「そうは言っても、今の調子を見るとなぁ……北上に依存してるというよりは、自分を保つための芯みたいなのが不安定って感じがして」

 

「なんですか、そんなこと言って……人の内面に踏み込んで、不躾だとは思わないんですか?」

 

「普通ならそうなんだけど、なんていうか、こうさ。さっきまでの大井を見てるとついね。普段のしっかりした態度が強がりなんじゃないかって。

俺が助けられることなら助けたいんだよ。出来るだけ艦娘のサポートするのが目標だし、キミの上司だし、普段から世話になってるし、その、なんだ……個人的にもね」

 

「……ハァ」

 

 

 鯉住君にしては珍しく、相手の深いところにまで踏み込むような質問である。彼がこのような話を切り出したのはある理由から。

 

 普段の大井は同僚にそこそこ気を許してはいるものの、あくまで同僚としての付き合いの域は出ていない。そして北上に対しては強烈に信頼を寄せているせいで、自分の意見を出すことは稀。そしてもっと言うと、真面目でお固いところのある彼女はSNSもほぼほぼ利用していない。

 

 つまりは、本音を出せる相手というものがいないのだ。

 軍艦の時であればそのような問題とは無縁だったのだろうが、人としての感情を手に入れた今、それは本当にしんどいことである。彼女がそう見せることはないが、やっぱり少し無理をしていた。

 

 鯉住くんとしても実は普段からその辺は心配していた。彼にも同じようなところがあるので気持ちがよく分かっていたのだ。

 普段の大井は相手に踏み込ませない対応だったので、ついぞ切り出すことはなかったのだが……本日の彼女は良くも悪くも自分というものをいつもより出してくれている。何かよくない結果が出る前に解決を、と思ったのだ。

 

 大井も彼が普段しないような話題を振ったことで、何か思うところがあったのだろう。ため息ひとつ吐いて胸の内を話し始めた。

 

 

 

・・・

 

 

 

「……提督は知ってます? 私たち艦娘は多かれ少なかれ、艦だった時代の乗組員の声が聞こえるって」

 

「あぁ、それは一応。赤城さんが特にそうだってのは本人から聞いたことがある」

 

「だったら話が早いです。私には時折聞こえるんですよ。私が沈んだ時の乗組員たちの声が」

 

「なっ……!?」

 

 

 大井の最期と言えば、潜水艦の雷撃で船体が耐えられなくなっての沈没。その際の乗組員の声と言えば、どんなものかなんて想像に難くない。

 思っていたよりも深刻な告白に姿勢を正す。まさか彼女がそんな悩みを抱えていたとは……

 

 

「別に毎日というわけではありませんし、もう慣れたものですので精神を乱されるということもありません。

ですが、その声を聴くたびに思うんですよ。『なぜ私だけが今生きているのか』って」

 

「それは……辛いな」

 

「同情はやめてくださいね。辛い辛くないという段階も、とっくの昔に過ぎました。

……あの人たちは必死で生きていました。護国のためにと気を張っていた人もいたし、しぶしぶ戦争に参加している人もいた。戦うのが嫌で嫌で弱っている人もいた……

いろんな人がいましたが、みんな生きていました。必死で生きようとしていました。

それなのに、私の体がもたなかったせいで、生き残ることができなかった。敷波に救助してもらった人たちの方が多かったとはいえ、数じゃないんですよ。

……私だけが、こうして生きています。当時生きていなかった私だけが、今、こうして。私は生きていていいんでしょうか?」

 

「……」

 

「いいとか悪いとかじゃないのはわかっています。でも、わからないんですよ。

私が深海棲艦を倒すたびに誰かが救われるかもしれない。だから私には生きる価値があって、生きて働く事を求められている。そんなことなんて言われなくても分かってます。

でも、この気持ちをどうしていいかわからないんです。私自身がどうしたいか、生きたいのか、生きるのをやめてしまいたいのか、わからないんですよ」

 

「それは、難しいなぁ……」

 

 

 感情というものに振り回されている……と言えば簡単だが、人間でもどうしていいかわからない問題を、感情に慣れていない艦娘が、ちょくちょく最期の声が聴こえる状況で処理できるかと言われれば……それがどれだけ難しいのかわかるというもの。

 最期の声に気持ちが引きずられてしまうのだろう。それは想像に難くない。

 

 悩みを聞き出せたしても答えを出せない話であるが、大井ののっぴきならない状況を放置することなどできない。

 出来る限り感じたことを誠実に伝えるしかない。そう考えて腹をくくり、自分の考えを伝えることにした。

 

 

「まぁ、そうだな……まずこれだけは言えるけど、キミの今の状況は慣れていいものじゃない。思っているよりも深刻なものだと思っておいてくれ」

 

「そんな無責任な事言われても困ります。じゃあどうしろって言うんですか?」

 

「勝手なこと言ってるのは分かってるけど、これだけは言っておかないといけないと思って。精神的な負担っていうのは怖いもので、気づいたときには手遅れってことになってしまう。

じゃあどうすればいいかっていうと……諦めずに原因と向き合うしかない」

 

「そんなこと……簡単に言ってくれますね。私の中に流れる声を消してしまえと? どうやって? 出来もしないことを言わないでください!」

 

「ひどいこと言ってるのも分かってる。でも大事なことを話すから、怒らないでもう少し聞いてほしい。

……キミは心の中で声が聴こえるといったけど、本当にその声は、その、悲劇的なものばかりなのかい?」

 

「ええ、そうですよ。あれだけの人が無念の中死んでいった戦争ですから、当然かと」

 

「そうか……今はそうかもしれないけど、変えられるかもしれない。俺が知ってる話だと、聴こえる声は辛いものだけでもないみたいなんだ。

赤城さんの場合は常に冷静な視点から戦況分析の助言があるって言ってたし、飛龍さんは多門丸の声だけが聴こえるって言ってた。

早霜さんについては大井と似たような状態らしいけど……彼女はちょっと感性が変わってるから参考にならないか」

 

「……それで、何が言いたいんですか? 他は他、自分は自分だと思いますが」

 

「つまり、キミは人の気持ちを感じすぎてしまう優しい性格だってことだよ。

人の痛みを自分のもののように感じられるからこそ、そういった場面の声が聴こえると思うんだ。

赤城さんも飛龍さんもとても強い人だから、戦いについての記憶というか助言が強く聞こえてきてるんだろう」

 

「そんなフォローをされたって……嬉しくないです。

私にもっと強くなれって言いたいんですか? 悪かったですね。心が弱くって」

 

「そういうわけじゃないよ。ただ、もうちょっと他のことも思い出してほしい。

俺は当時の人たちを実際知らないからハッキリとは言えないけど、みんな苦しい中でも楽しいことを見つけてたんだと思う。大事な人を護る喜びとか、たまに出る美味しいものを食べる喜び、仲間と一緒に仕事をする喜びとかも」

 

「……」

 

「大井にもそういう思い出、あるんじゃないか?」

 

「……」

 

 

 少しの間目を閉じ考えていた大井だが、何かを思い出したのだろう。ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。

 

 

「……そう、ですね。私が練習巡洋艦として運用されていた時代は、新兵の面倒を多く見ていました。学校を出たばかりで調子に乗って天狗になってる上級生が、よく鼻っ柱をへし折られていたものです。

みんな、不安の中でも楽しそうにしていましたね……」

 

「そうか。あるじゃないか、いい思い出も」

 

「いい思い出と言っていいのかわかりませんが、確かに他の艦よりは多くの新兵を見てきたかもしれませんね。……みんなでこの国を護ると奮起していました」

 

「悲しい最期になってしまった人もいただろうけど、その時のその気持ちは本物だったはずだよ。それは実際に見てきた大井が一番分かってるだろう?

今感じた気持ちを忘れないでほしい。死にたくて戦った人なんていないんだって。誰だって大切な誰かのために戦うんだよ」

 

「……そう、かも、しれないですね」

 

「大丈夫。キミのことをいい思い出にしていた人はたくさんいたはずだよ。

軍艦が艦娘になるなんて予想できた人はいなかっただろうけど、今のキミの状況だってその人たちも喜んでくれてるさ。

もちろん北上を筆頭にウチのメンバーだってキミが居てくれることで嬉しいんだ。今、生きていてくれて嬉しいんだよ」

 

 

 大井の張り詰めていた雰囲気が薄まる。どうやら声が心に届いたようだ。

 戦争だ。辛い事なんて山ほどあっただろう。でも、それだけじゃなかったはずだ。必死に生きて、楽しさを見出して、前に進む。それが人間の強さであり美しさなのだ。

 

 

「……ハァ。提督に励まされてしまうなんて、私もヤキがまわりましたね……」

 

「……ハハッ、そうだな。俺みたいなのに励まされてちゃな。

大井には、いつでも冷静で的確なアドバイスをしてもらわないと。それで色々と抜けてる俺の穴を埋めてもらわないといけないからな」

 

「フフッ、なんですかその情けない宣言は。心配しなくてもビシバシ指導してあげますので」

 

「おお怖い。お手柔らかに頼むよ」

 

「……でも、もしも頼りたくなったら……話をまた聞いてもらってもいいですか?」

 

「喜んで」

 

 

 大井は憑き物が晴れたように穏やかな顔をしている。

 まだ完全に問題は解決したわけではないだろう。それでも、大事な記憶を思い出せたのだ。これからは何か変えていくことができるだろう。

 

 記憶を呼び覚ますというたったそれだけのことだが、それだけのことでもひとりで悩んでいるとできないものだ。

 ここで大井の悩みを聴くことができてよかった。でなければ手遅れになっていたかもしれない。この状況を造り出してくれた北上に心の中で感謝する。

 

 ……今日は満月だ。月明かりが彼女の顔を照らす。優しげな微笑みがこれ以上なく美しい。

 

 

「……今日は月が見事だな。こんなに明るい夜は久しぶりだ」

 

「そうですね。綺麗なものです」

 

「ああ。手を伸ばしたら届きそうだよ」

 

「……伸ばしてみたらどうですか? 届くかもしれませんよ?」

 

「……」

 

 

 大井の瞳がハッキリとこちらをとらえている。まったく、彼女には敵いそうにない。

 

 

「大井」

 

「ハイ」

 

「キミがウチに居てくれて俺は嬉しい。これからも俺のことを支えてくれ。俺にはキミが必要なんだ」

 

「……喜んで」

 

 

 ……それからしばらくの間、月を見上げるふたりを心地よい静寂が包んでいた。言葉は必要なかった。

 

 

 

・・・

 

 

 

 それから北上が帰ってきてやたらと茶化され、ふたりして顔が真っ赤になって悶絶したのはご愛敬と言ったところだろう。

 

 実は北上はけっこう早い段階で戻ってきており、ふたりの様子をのぞき見していたのだが……それをカミングアウトするとふたりとも恥ずか死しそうだったので、そのことは黙っていたらしい。英断である。

 

 北上としても優しくも頑固な大井のことは心配していたので、彼女の心を解放してくれた提督には感謝しているとか。

 今日外出に誘った本当の目的は大井の気晴らしだったので、彼女としても大満足な結果に終わったのだった。

 




後日談



 トントントン


「? 執務室にノックということは……?」

「そんな律儀なの大井しかいないわよね。私はちょっと手が離せないから、悪いけど古鷹が対応してくれない?」

「わかりました、叢雲さん。……どうぞー、入ってください」


 スーッ……とんっ


「失礼します。大井です」

「はい。どうしました? 大井さん、何かありましたか?」

「意見具申にきました。私を鎮守府の教導担当にしてもらえないでしょうか?」

「ええと……どうしてまた急に?」

「理由は当然あります。来るラバウル基地全体であたる大規模作戦の際に、ウチが司令部になると聞きました。
その際に召集された艦隊の訓練を取り仕切る者が必要になると思いまして」

「それは……確かにそうですね。まだそこまで先のことは考えてなかったです」

「それに、ウチの戦力の底上げも必要かと。
甘味工場所属とはいえ、速吸と神威の補給艦ふたりと潜水母艦の大鯨は唯一無二の性能です。
彼女たちも最低限戦えるように仕込んでおくのは、選択肢を増やすために必要かと」

「うーん、その2艦種の運用方法が思い浮かばないですが……転ばぬ先に杖としては、確かに」

「その運用方法を探るためにも、最低限の実力はつけてもらわないと。
それに、あの人……提督は現状不遇な艦種の活用を目標のひとつとしていたはずですので、鎮守府の方針にも合致するかと」

「そうですね。大井さん自身の意思があるのなら、断る理由はなさそうです……叢雲さんもそれでいいですか?」

「……私も構わないわ。大井は本当にいいの? 忙しくなるでしょうけど」

「構いません……と言いますか、それに関してもうひとつ。
戦闘訓練を増やすということで実務の負担も上がるかと思います。
良ければ私がその穴を埋めるために、戦闘、演習部分だけでも秘書艦の仕事を肩代わりできないかと思いまして」

「えー……それは秘書艦を3隻体制にするということで……?」

「そう捉えてもらっても構いません」

「私としては仕事が減って助かりますし、忙しくなった時の助けが増えるのはありがたいですが……叢雲さんはどう思います?」

「別にいいんじゃない? 古鷹の言う通りだし。
あとはアイツが良いっていうかどうか……まぁ、良いっていうわね、アイツなら」

「「 ですよね 」」

「わかったわ。それじゃ大井が言うような方向でスケジュール変更を進めるから、追ってまた連絡するわ」

「ありがとうございます」

「よろしくお願いしますね、大井さん! 一緒に頑張りましょう!」

「ええ、よろしくお願いします。古鷹さん。……では、失礼します」


 スーッ……とんっ


「「 …… 」」

「ねぇ古鷹……?」

「ハイ」

「大井があんなにグイグイ来るなんて、初めてじゃない?」

「ですねぇ」

「それにそんな大事な話をアイツに許可も取らずに持ってくるなんて、どうしたんでしょうね……?」

「ですねぇ」

「そういえばこの間、大井と北上とアイツの3人で街に出かけてたわよねぇ……」

「羨ましいですねぇ」

「さっき大井、アイツのこと『あの人』って言ってたわよね……普段は『提督』呼びなのに……」

「ですねぇ……」


「「 …… 」」


 その後無事に大井の秘書艦着任は提督に受理され、中規模鎮守府としては異例の秘書艦3人体制が完成してしまったのだった。鯉住くんは事後報告という形で知らされてビックリしてたそうな。

 なお、しばらく叢雲と古鷹が鯉住くんに対して少し冷たい対応ををとっていたらしいが、そのことと秘書艦増員との関連性はよくわからないままである。


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