ちなみにイベントは甲甲甲甲乙で無事に完走することができました。報酬が美味しいぜ!
「ちょっと!? これどうしたの!?」
「あ、提督……」
「古鷹、何があったの!? なんで吹雪さんが演習弾の塗料塗れでぶっ倒れてんの!?」
「いやー、あはは……ちょっと叢雲さんがハッスルしてしまいまして……」
「いや叢雲かこれやったの!! ボロボロになったお姉さんを仁王立ちして見下ろしてるとか……どうしたらこんな状況になんの!?」
「ほっといて頂戴。姉妹のコミュニケーションだから」
「そんなワケないでしょ!?」
鈴木大佐の案内のもと、鎮守府を見て回ってきた鯉住くんと大井なのだが、最後に案内してもらった工廠ではとんでもないことが起こっていた。
煙を上げながら塗料塗れになって床に突っ伏している吹雪と、それを冷たい目をしながら見下ろす叢雲。そして、それを困ったような目をしながら眺めるギャラリーの皆さん。
いくらなんでも予想外過ぎた。ゲストがやらかしてはいけない狼藉に、鯉住くんの胃がキリキリ痛む。
……ちなみに彼に同行していた鈴木大佐は、鯉住くんの引率でだいぶ疲れていた。
『ここの鎮守府いいですね!! すごい普通です!!』とか『よく見る普通の食堂だ……!! 新鮮だなぁ!!』とか『これが艦娘寮なんですね! ビジネスホテルみたいですごく普通だ!!』とかなんとか……とにかくこの鎮守府が普通であることに感動しきりな相手と会話していたのだ。
なんて返していいかわからず、『そうだな』とか『普通だな』とか、テキトーな返事で受け流すしかなかった。
そもそも鎮守府の造りなんてどこも同じでは……? なんて思ったが、彼の話を聞く限りでは全然そんなことないようだし……常識が違う相手との会話はなかなかしんどいものであることを痛感させられたとかなんとか。
それはそれとして、確かにこのわけのわからない状況には鈴木大佐も首をかしげざるを得ない。ということで、こういう時頼りになる白雪に確認をとってみることにした。
「おい白雪、説明を頼む」
「あ、提督。ここでは少し……あちらの方で」
「なんだ、周りに聞かせたくないということか。了解した」
「助かります」
・・・
「それで、これはどういうことだ? 吹雪が何か失礼なことをしてしまったか?」
「う~~~~~~ん……失礼と言っていいのかどうなのか……」
「煮え切らないな」
「私ではちょっと判断が難しくて。あったことを説明しますので、ここは司令官にも判断していただきたく」
「む。ややこしい状態だということは分かった。話してみろ」
「ありがとうございます。では……」
・・・
説明中……
・・・
「……」
「ということでして……」
「なんというか……真面目に対応したくないな」
「おっしゃる通りで……」
「叢雲君が鯉住大佐に愛情を向けていることは薄々分かっていたが……
なんだ? 彼女からすると求愛して欲しいのに生殺しになっていた状態で、そこを吹雪が無自覚に煽ってしまったと」
「おそらくですけど、そういうことかと」
「叢雲君は左手の薬指に指輪をはめていたから、そういったことは済ませていると思っていたのに……まさか、釣った魚にエサどころか水も与えていないとは……」
「ええとですね、天龍さんが聞かせてくれたんですが、鯉住大佐は誰とも深い仲にはなっていないとのことで……」
「叢雲君以外も、ほぼ全員指輪をしているというのにか?」
「そのようで……」
「ありえんだろう……指輪が行き渡っていることから、気さくな性格の割になかなかのやり手だと思っていたのだが……いや、相手が艦娘ならそういう事もあり得るのか?」
「ええとですね、艦娘はみんな恋とか愛には関心が薄いので、普通なら大丈夫だと思います」
「その口ぶりだと、大丈夫ではないということか」
「多分ですが。鯉住大佐の部下の皆さん、鯉住大佐の話する時キラキラしてるんですよね……艦娘とか人間とか関係なく大好きなんだと思います。見ていて眩しいです……」
「ハァ……弱ったな。そちらのフォローは得意ではないぞ」
「まぁ、話に聞く限りでは、皆さん現状に納得しているということですので……叢雲ちゃんは納得しきれないほど大好きなだけだと思いますので……」
「わかった。わかりたくないが、わかった。報告ご苦労、白雪」
「チカラになれず申し訳ないです……」
「構わん」
鈴木大佐としては、鯉住くんは心身ともに部下を満足させているものだと思っていた。
彼のような好青年がそういったプレイボーイな面もあるのは意外とは思っていたが、部下のほぼ全員に指輪を渡しているともなれば、そういうことだと認識せざるを得ない。
上司と部下の関係でそれは問題な気もするが、同意のうえで艦隊運用に支障がないということなら第三者が口出しするのも野暮というものである。
一般的な感覚としては、指輪を渡すというのは深い仲になるということだ。
いくら実力向上のための艤装が本質とはいえ、ケッコン指輪という俗称がもつイメージからは逃れられない。
一部例外的な鎮守府はあるし、提督が女性もしくは高齢の場合はその限りではないが……好意を互いに持つ適齢な男女でケッコン指輪となれば、それはもうそういうこととしか思えない。
しかし実情は違ったらしい。鈴木大佐は妻帯者であるため、夫婦の実状的にそういったことがないのはちょっとマズいというのはよく分かっている。これはちょっとフォローしてやった方がいいかもしれない。
……と、一瞬思ったのだが。
直接鯉住大佐と対面したのは本日が初。ロクに相手方の込み入った事情も知らないのにアドバイスなんかしたくないというのが本音。特にそれが複雑怪奇で完全オーダーメイドな恋愛事情となればなおさらだ。
馬に蹴られて死ぬなんて情けない最期は迎えたくない。
鈴木大佐はその辺に触れることの一切を諦めることにした。
「……白雪君」
「はい、どうしました?」
「この状況はなかったことにして、本日の残りの予定を進めるように」
「えー、あー、そのー……はい、わかりました……」
投げっぱなし政策を取ろうとする司令官に何か言おうとしつつも、白雪もそれが最適解なことはよーくわかるので、色々のみ込んで司会進行することにした。
・・・
「す、すいません皆さん! ちょっといいでしょうか!!」
白雪の珍しい大声での掛け声に、その場の全員が視線をよこす。『早くなんとかしてくれ』という無言の叫びを過半数から向けられつつ司会進行していく。
「司令官と鯉住大佐、大井さんが到着しましたので、この次の予定に入りたいと思います!
このあとは艤装の準備ののちに演習を行う段取りとなっていますので、メンバー選出としましょう!
吹雪ちゃんはその……ちょっと調子悪そうなので、今回はお休みということで……」
みんなして色々察しながら白雪の言葉にうなづきつつ、鎮守府別に分かれた話し合いが始まった。
ちなみに強引な進行に着いていけなかったのは、無残な姿で横たわっている吹雪と、叢雲の狼藉に胃がキリキリしている鯉住君だけだった。
・・・
ラバウル第10基地サイド(鯉住君の方)
・・・
「えー……叢雲さんがちょっと冷静じゃないので、私、古鷹が進行役を務めたいと思います」
「なによ古鷹、私は冷静よ!」
「本当に冷静な人はホスト側の秘書艦をボコボコにしないので……
実際どうしますか? さきほどの吹雪さんの実力を見たところだと、こちらがフルメンバーで相対するのは些かマズいかと」
「だなぁ。正直あのくらいだと、艦隊単位でその辺の姫級ぶっ潰せるかどうかってところだろうしなぁ」
天龍の意見にみんなしてうなづく。先ほどの演習(?)で感じた実力は共通認識としてそれくらいのようだ。
古鷹も同意見のようで、叢雲に代わりその流れで話を進めていく。
「ですね、天龍さんの言う通りです。ホスト側に華を持たせようとかそういう失礼な考えではありませんが、全力で挑んでしまって一方的な結果になってしまっては経験を積むことができません。いい塩梅にお互い実りある成果を得るためにも、皆さんの意見を聞かせてください」
「先にちょっといいかしら。私は提督に同行していて叢雲と吹雪さんの試合を見ていなかったのだけれど……そんなに練度に差があるのかしら?」
「大井さんにわかりやすく言うなら、天城さんの航空隊に為すすべなく蹂躙されるくらいでしょうか。大井さんの研修先である横須賀第3に居た足柄さんなら、もっとわかりやすい例えができたりします?」
「そうねぇ。補足すると、新入りだった瑞鳳ちゃんの方が強いくらいかしら。艦種の違いはあるけど、基本的なところを比べるとね」
「……ふたりともありがとう。だったら、飛車角落ち程度の差は設けるべきね」
「バカにするわけじゃないけど、そうなっちゃうわよね。那智姉さんが所属している第1艦隊メンバーなら、もう少し実力あるでしょうけど」
「そこまで大きな差はないだろ。あの吹雪だってここの最古参だっていうし、実力はある方だろうよ。こっちは半分の3隻で相手するかぁ?」
「それはちょっと心象的に良くないですね……いくらなんでも失礼です。
とはいえそのくらいの実力差は設けたいところ……うーん……」
古鷹はじめ、大井、天龍、足柄の4名はラバウル第10基地の最古参だけあってスルスル話を進めていく。ちなみに本当の最古参である叢雲は、未だにプンスコしている。
経験も実力もまだまだで所在なさげな速吸は、話に入ることができない。
ということで、水なしで飲めるタイプの胃薬を飲んでいる気の毒な提督に話を振ることにした。
「提督さん、提督さん」
「うぅ……胃が痛い……どうかした?」
「あのですね、私、皆さんの話にうまくついていけず……」
「あー……みんな付き合い長いからねぇ。まだまだ日が浅い速吸じゃ会話に入り込むのは難しいか」
「お恥ずかしながら。提督さんのところでやってきた仕事も、補助艦艇仲間と食堂の切り盛りしたくらいなので、あまりベテランの皆さんとプライベートな付き合いが無くて……」
「いいよいいよ。こっちもこき使っちゃった自覚はあるから。むしろうまく人事出来ないこっちが悪いんだって。もっと休み増やしてあげないとな……」
「い、いえ、そんなことは!! 現状ですごく満足できていますから!!
それに、最近は大井さんに見てもらって毎日しごか……鍛えてもらってますから、出撃任務を通して仲良くなれていけると思いますし!!」
「あー……そっちもゴメンね……ウチのメンツって訓練の基準が『沈まなきゃいい』みたいなところがあるから。相手が相手だから仕方ないんだけどね」
「あ、あはは……まぁ、その、実力をつけなきゃしょうがないってことはわかるので、受け入れようとはしてます……
……と、それに関することでもあるんですけど、さきほどの叢雲さんと吹雪さんの演習……というかなんというかを見ていたんですが、皆さんが言うほど吹雪さんの実力が低いとは感じなかったんです。
今皆さんが議論しているほど、練度も低くないと感じたのですが……」
「俺は見てないからハッキリとは言えないけど、みんなの話を耳にはさんだ限りだと弱くはないと思うよ。ウチの基準がおかしいだけで」
「そ、そうなんですね」
「なんというかウチの基準というか、俺の知人たちの基準がおかしいというか……
まぁそれはともかく、叢雲が小破もしてないのを見ると実力差はかなりあると思う」
「だったら……どうするべきでしょうか?
古鷹さんの言うように、普通に演習してもあまり実りが無い結果になってしまっては……」
「そうだねぇ。まず速吸には出てもらうとして」
「……や、やっぱり出るんですか?」
「別に負けちゃダメっていうつもりはないから大丈夫。キミを今日連れてきたのは、色んな相手と戦う経験積んでもらいたいからだから、そこは既定路線だよ」
「緊張するなぁ……」
「あと実力差をどうにか埋めたいといったら……艤装かなぁ」
鯉住君がポツンと呟いた一言に、賑やかに相談していたベテランたちが反応する。
「「「 それだ!!! 」」」
「お、おう?」
・・・
鯉住君たちが色々と話していた場所の反対側の壁際では、鈴木大佐率いるラバウル第9基地の面々も話し合っていた。
この場に居合わせた第1艦隊メンバーの那智、衣笠を中心に、白雪や初雪も参加している。
こちらも内容についてはほぼ同様で、どのように演習を組めば実りある結果を得られるか、というトピックだ。
こちらの面々としても叢雲の戦闘力の高さには舌を巻いており、その差をどう埋めるかに焦点を当てていた。
「ううむ……白雪君の話では、あちらの叢雲君の実力は並々ならぬものだということだが、間違いないか?」
「うむ。この那智としても、かなりの実力だと判断している。
あの叢雲、吹雪が砲塔を向ける『前に』回避行動をとり始めていた。まるで動きが読めているかのようだった。練度としては……悔しいが、この那智よりも上だろう」
「そこまでの実力か」
「衣笠さんも那智も重巡だけどさ、1対1じゃ勝てないと思うよ。駆逐艦相手にこんなこと言うなんて情けないけどさー……」
「正確な情報分析は重要だ。引け目を感じる必要はない。
しかし、そうなると他のメンバーも同様に実力者揃いだろう。普通にやっても勝ち目はなさそうだな」
「正直に言おう。叢雲の動きにはこれと言った隙は見当たらなかった。
水雷戦隊での戦いでは勝ちの目は見いだせないだろうな」
「那智としては水雷戦は避けるべきだ、と。衣笠はどうだ?」
「衣笠さんも同意見だなー。さっきの演習……って言っていいのかな? まぁいいや。
吹雪が戦ってる時に、あっちの古鷹と話してみたんだけどね。『このくらいの動きなら、みんなできるかな』なんて言ってたんだよね。あれ多分本気で言ってたし、正直今の衣笠さんじゃついてけそうにないなー。
……ってことで、大人げなく空母のふたりを組み入れて制空権取りに行こーよ」
「やむを得んか。元々あちらの艦隊は実力者揃いという話は聞いていたのだし、事前情報通りと言えばその通りなのだが……気が進まないことではあるな」
「まーね。あっちは補給艦の速吸がいるとはいえ軽めな編成の水雷戦隊なのに、こっちはガチガチの大型艦編成で行こうっていうんじゃねー」
「ともあれある程度はよい勝負にせねばならん。するとウチの最高戦力で臨むしかないか。
第1艦隊で相手することにしよう。皆、それでよいか?」
「那智としては異論はない」
「衣笠さんも同じでーす」
「私、白雪と初雪ちゃんは、提督にお任せします」
「みんながんばれー……」
「よし。それではその方針で行くことにする。鯉住大佐には少々申し訳ない気もするが、理解してくれるはずだ。
第1艦隊の皆であれば早々やられることはないだろう。勝利を目的に心してかかるように。もちろん私の指揮で足りない部分は補っていく」
「「 はっ!! 」」
鈴木大佐の掛け声に合わせ、敬礼を向ける那智と衣笠。やる気満々である。
鎮守府としても提督としても後輩な相手に、全力で潰しにかかるという鬼畜ムーヴにも見えるが、実のところは実力差を埋めて対等な勝負ができるように考えてのことである。
こういった立場に関係ない広い視野を持っているのが、鈴木大佐ひいてはこの鎮守府全体の強みである。
……と、そんな感じで話がまとまりかけたところに、声をかける者が。
「あのー……」
「……ム? 鯉住大佐か。どうかしたのか?」
「少しですね、相談がありまして……」
ちょっと短いですね。ごめんね。
次回はそんなに間を空けない予定。イベントも終わったのでね。