「穴があったら入りたい……」
自室の片隅で体育座りをし、現実逃避をしているこの男。名前は鯉住龍太(こいずみ りゅうた)と言う。所属は日本海軍で階級は大佐である。
彼はつい先日、大本営の組織トップ集団に対して盛大にやらかし、自身の特異性を盛大にアピールしてきたばかり。
あまりにも疲れていた上にストレスが限界を迎えていたからと言って、正気に戻って振り返ってみれば、狼藉も狼藉である振る舞いだったと言わざるを得ない。
そういうことなので、限界を越えてはっちゃけまくった結果、丸一日寝込んだのちに羞恥心に襲われてメンタルブレイクを引き起こしているというわけだ。
以前のやらかしの時はもっと長い事倒れていた上に手厚い看病まで受けていたのだが……今回は日頃の筋トレの成果もあって体力が増えており、寝込むのは一日で済んだようだ。周りも彼の色々に慣れてきたため、今回は自室に放り込むだけで看病は無し。目覚めたときに少し寂しかったのは秘密である。
「私は貝になりたい……」
(こいずみさんのゆうし、ひさしぶりでしたねー!!)
(やっぱりうちのていとくが、なんばーわん!!)
(しっかりろくがしてありますよ! みたい? みたい?)
「思い出させないで……」
そんなこんなで妖精さんたちに持て囃されつつ現実逃避してる提督だが、いつまでもそんなことしていられる場合ではない。
なんたって彼が寝込んでる間に正式に大規模作戦が日本海軍統括海域全域で発令されたのだ。それはつまりラバウル基地全体の総督府にするよと言われてるこの鎮守府では、色々準備しないといけないということになる。
そういうことで新たに黒歴史を生み出してしまった哀れな提督のもとに、秘書艦の叢雲が訪ねてきた。
コンコンコン
(ちょっとアンタ起きた? もう大丈夫?)
「……大丈夫じゃないです……」
(大丈夫そうね。そろそろ引き籠ってないで出てきなさい。寝込んでた間に舞い込んできた色々な仕事は私と古鷹、大井で片付けといたから。アンタじゃないとできない仕事だけやればいいから)
「そんなのがある時点で行きたくないんだけど……」
(いいから出てきなさいよ。想像してる通り私は触れたくない系のあれこれだから、さっさと捌いてもらわないと困るのよ)
「明日じゃダメです……?」
(いいからさっさと出てきなさい。扉ぶち破るわよ)
「秘書艦が乱暴だぁ……」
前回倒れたときと比べて圧倒的に塩対応になった筆頭秘書艦に逆らえず、しぶしぶ部屋を出る鯉住くん。心なしか表情もしょんぼりしている。
・・・
ということで、しぶしぶながらも提督は執務室(お茶の間)まで連れられてきた。先に仕事を始めていた古鷹に軽く挨拶し、指定席につく。
「……おはよう古鷹」
「あ、おはようございます提督。今回はもう大丈夫なんですね」
「心配かけたねぇ……よいしょっと」
「色々と大変でしたけど、元気が出たみたいでなによりです」
「ありがとう。古鷹は優しいなぁ……」
「ちょっとアンタ、私への態度と古鷹への態度に差があるでしょやっぱり」
「ないですないです」
ちょっとした会話をしつつも、さっき叢雲が言ってた『提督じゃないと解決できない案件』の書類束を古鷹から受け取る。そこに目を通していく鯉住くん。
「これが言ってたやつね。どれどれ……」
案件1・伊郷元帥(横須賀鎮守府統括)からのダイレクトメール
先日の動画配信は素晴らしいものであった。大佐の働きは勲章をいくつ授与しても足りないほど大きいものであると認識しているが、機密上それを公開できないのがなんとももどかしいところである。いつか別の形で報いることは予定しているので覚えておいて欲しい。
本題に入る。そちらにも通達がいったとは思うが、日本海軍全体で最大規模といえる防衛作戦を展開することと相成った。そこで瑞鶴君と葛城君の研修にきりがついたら研修を終了とし、こちらに戻してもらえたらと思う。
報酬は大佐が欲しがる何かを授与したいところなので、要望を送ってほしい。可能な限り応える腹積もりである。
案件2・白蓮大将(ラバウル基地統括)からのダイレクトメール
オメーのせいで俺の腹筋が攣っただろうがどうしてくれる。そのせいで暴れてた腹の虫まで潰れちまった。
責任取ってオメーのところの鎮守府がラバウル基地の全部を仕切れ。俺は金剛と榛名連れて元締めんところにお礼参りしに行くからよ。つーわけで金剛と榛名をこっちに戻せ。どうせもうお前のことだし、よく分からんくらい実力上がってんだろ?
高雄をそっちに寄越そうかとも思ったが、なんかもうお前んとこのメンツでどうにかできんだろ。なんとかならんことが起こったり、欲しいもんあったりしたら連絡してくりゃなんとかすっからよ。
案件3・一ノ瀬少将(先輩その1)からのダイレクトメール
またやらかしたって聞いたわよ。というか動画見たわ。なんだったのあれ。
今回の敵は個体群の間で共通の動機とか口裏合わせとかありそうだから、色々と聞き出しておいてくれたら嬉しかったんだけど、過ぎちゃったことは仕方ないわよね。
ところでなんだけど、そっちにお邪魔してた時の会議でも話してたけど、艦娘の鎮守府間での派遣制度がこんなタイミングでと言うかだからこそと言うか整ってね。それでウチからも大打撃を受けたパラオに何人か送ろうとしてるんだけど……鯉住くんのところからも何人か出す? 今だったらだいぶ恩売れるわよ。
もちろんそっちの忙しさを加味してくれればいいけど、コネとか作っとくといいかもしれないし一応声かけさせてもらったわ。正直それ以外に鯉住くんが欲しそうなものって思い当たらないけど。ま、考てみてね。
案件4・加二倉少将(先輩その2)からのダイレクトメール
先日は世話になったな。今回の貴様の動画、先生を通じて見させてもらった。
鎮守府内で共有したところ、満場一致であの来訪した深海棲艦等は相当な強者だということで意見の一致を見た。具体的にはあれらの半数以上が那智よりも強いだろうな。
ということで、だ。例の動画で最後の方に言っていた『交流戦』を行う際には必ずこちらに声をかけるように。今でさえ神通や武蔵辺りが堪え切れずに戦意を持て余している状態だ。いい鬱屈の発散の場になるだろう。
その際には当然相応の礼をしたいところだが、貴様の欲しがるものが思い当たらん。思いついたら連絡して欲しい。
案件5・三鷹少将(先輩その3)からのダイレクトメール
やっほー龍太くん! 先生から動画見せてもらったけどすごかったねー! 僕たちがいる間にやってくれたら参加できたのになぁ!
それはそうとうちのガンちゃん(ガングートね)なんだけど、こっちでの卒業祝いも経験させたからそっちに送るようにするよ! 昨日発ったから1週間くらいで着くかな? 大規模作戦でビシバシしごいてやってね!
お礼は何がいい? 今までの分として龍太くんの為の暗号通貨ウォレットを作ってあって、三鷹グループ全域で使える独自コインのINZコイン(いなづまちゃんコイン)をたくさん入れてあるからさ。とりあえずそこに追加で入金しとくね。日本円にして2000万円分くらいかな?
他になにか入用なものがあったら遠慮なく言ってよね!
案件6・岩波中将(舞鶴鎮守府統括)からのダイレクトメール
初めまして。こうしてお話させていただくのは初めてですが、私も貴方と同じで鼎提督からの指導を受けたひとりです。よかったらこれからもよろしくしてもらえると嬉しいです。
ライブ中継を見させてもらって、私、感激しました! 正直いきなりよく分からない動画が始まっちゃったときは面食らっちゃって、そのあと丸一日くらい飲み込めなかったですけど……深海棲艦とも仲良くできるって実際に見せられて、争いのない平和な世の中も夢じゃないなって実感できました! ありがとうございます!
舞鶴では海防艦と駆逐艦の子供たちを多く抱えているんですが、彼女たちにも同じ未来を見せて上げたくて! 今は大規模作戦が始まったばかりでどうにもできないですが、情勢が落ち着いたら何人か連れて視察をさせていただきたいなって思ってます!
もちろんお礼として出来る範囲ですが要望には応えますから、前向きに考えてくださると嬉しいです!
案件7・鮎飛大将(佐世保鎮守府統括)からのダイレクトメール
初めましてになるね。佐世保を預かる身でもあり、憲兵隊の統括もしています。鮎飛栄一(あゆとび えいいち)です。よろしくね。
欧州救援の際にお世話になった佐世保鎮守府の代表として、まずは謝意を。あの時には天龍君と龍田君に大いに助けられました。主に加二倉さんの暴走を抑えてもらう役割で。
いやホントに、あの人には昔から鍛えられてて頭が上がんないんだけど、ちょっと暴走気味になった時の周囲への影響はよく知るところだからさ。それを抑えてくれるだけでも胃薬の量が減って体にいいんだよ。
閑話休題だね。今回の動画とか今までの色々とか鑑みると、近々来る新たな世界……人間、艦娘、深海棲艦の共存が成立した世界において、キミは間違いなく台風の目になる。人間同士の争いを一手に担う憲兵隊としては、キミと関係を良好にしておかないと色々マズいから、簡単に言うと親交を結んで欲しいんだよ。
もちろんこちらだけに利のある話なんて持ちかけた日には、加二倉さんに絞められてしまうからさ。見返りは思うものを言ってくれれば応えるから。わかりやすいところだと護衛とかかな。憲兵隊はある程度私的に動かせるから、対人のアレコレは専門分野だよ。
案件8・平中将(パラオ鎮守府統括)からのダイレクトメール
突然の連絡失礼いたします。初めまして、パラオ第1泊地で泊地統括をさせていただいている平政惠(たいら まさえ)と申します。
昨日の配信、私も拝見させていただきました。あまりにも常識を外れた内容に言葉を失ってしまい、未だに現実として起こったことだと認識できていないほどです。
そこでひとつ申し出があるのですが、こちらからの使節を受け入れていただき現状の正しい把握を助けてもらいたく思います。
先日の深海棲艦の強襲で致命的な被害を出してしまった身としては、精神的な余裕が全くなく藁にでもすがりたいところ。貴方の存在が藁だということではないですが、ぜひ協力していただきたく。厳しい状況だからこそ広い視野を持たないといけないと秘書艦からも叱咤された若輩者ではありますが、だからこそ初心に立ち返るためにも、ご協力を何卒。
「……読まなかったことにしていい?」
「いいワケないでしょ」
「だってさぁ、なんかこう……どの案件も対応するのに精神的な消耗がすごそうというか……」
「アンタが暴走したのが原因なんだから、完全に自分で蒔いた種でしょ。一個一個片付けるしかないわよ。私達も協力してあげるから」
「そうですよ提督。それに厄介な案件ばかりとはいえ、ちゃんと皆さん好意的な反応をしてくださってるんですから、無碍にするのも悪いですよ」
「それもそうだなぁ。それじゃまずはこれから片付けようか」
「あー……研修してるメンバーの返還ね」
・・・
「ということで、皆さんには卒業試験を受けてもらいます」
突然呼び出されて困惑気味な研修生、大本営の瑞鶴と葛城、ラバウル第1基地の金剛、榛名を相手に、鯉住くんが淡々と指示を出す。
鯉住くんの隣には秘書艦の叢雲と、教導艦のアークロイヤル、天城が立っている。なんかまたロクでもないことが起こるんだろうなぁ、とここでの無茶ぶりにもいいかげん慣れてきた研修組は遠い目をしている。
「多分皆さんも元帥や白蓮大将から聞いてると思うけど、日本海軍の統括エリアで大規模作戦が発令されました。ということで、皆さんに帰ってきて欲しいとお達しがきてます。とはいえ、一応こちらも皆さんを預かった身なので、ゴーサインを出せるような結果が欲しいということで、このような場を用意しました」
「ちょっと大佐、いいかな」
「はい瑞鶴さん。なんですか?」
「卒業試験って何するの? 私まだ全然アークロイヤルには勝てないんだけど」
「これから説明しようと思ってたけどちょうどいいね。お察しの通りアークロイヤルと天城は世界トップクラスの実力者なので、タイマンでどうこうってのはちょっと難しいです。ということで、本人から試験内容を発表してもらいます。それじゃ、アークロイヤルから順にお願いね」
「うむ。そこの未熟者を世に出すなど恥ずかしいのだが、admiralがそうしろと言うなら否やはない。そういうことで卒業試験をする。内容は簡単だ。10分の間に私に一撃でもいいのを入れてみろ。それだけでいい」
「ふわぁ……それでは私、天城も試験内容を。葛城はアークロイヤル同様に10分間だけでいいので私の航空隊から身を護ってください。大破しなければいいです」
「金剛と榛名は私、叢雲が担当するわ。別に私はアークロイヤルや天城みたいな難題は吹っ掛けないから安心なさい。基本艤装以外全部外した状態で私の攻撃全部いなせば合格よ。砲弾撃墜、魚雷信管狙撃、体術によるダメージ回避、全部活用して捌ききってもらうわ。こちらも他に合わせて10分でいいわよ」
それらの言葉を受けて、研修組の表情がこわばる。元の鎮守府からの帰還命令が出ているとのことなので、この卒業試験はあくまで通過儀礼的なものなのだろう。つまりは頑張れば乗り越えられる内容ということになる。
しかしこの鎮守府は色々と頭おかしいのは今さら指摘するまでもないこと。なんだかんだ言って不合格にされてしまう可能性が否定できない。
大規模作戦の主役となるであろう自分たちが『実力不足で研修終えられませんでした』なんて報告された日には、ただでさえすり減っているプライドが砕け散ってしまうだろう。
呆けている場合ではないと気合を入れなおす姿に、これならなんとかなるだろうと鯉住くんも満足げである。
・・・
試験が開始され数分が経った。
葛城は持ち前のセンスの良さでなんとか天城の猛攻を凌いでいるし、金剛、榛名姉妹もこれまでの経験によってなんとか初期艤装のみで叢雲からの連撃を防いでいる。
この調子であればこの3名についてはなんとかなりそうだ。
「ちょっとマズいのは……瑞鶴さんかな」
鯉住くんの見立てでは瑞鶴がかなり厳しそうだった。決して瑞鶴の実力が他よりも劣っているわけではない。というか他の3名よりも頭一つ抜けている。
それでもアークロイヤルに一発いいのを入れるのは生半可なミッションではない。もちろんいいのというのは中破以上のダメージであるため、チマチマした攻撃では任務達成とはならない。そもそもチマチマした攻撃ですら当てるのが難しいというのもある。
加二倉提督の下で地獄の特訓を受けたバグ級の実力を持つ天龍の突き。それを急所に直撃させても、彼女を中破させるのが関の山だったのだ。今の瑞鶴の航空隊でそれほどの損害を出すことは……
「ちょっと厳しいだろうけど……アークロイヤルも考え無しじゃないはず。瑞鶴さんに可能性を見てるってことだろうな。信じるしかない」
そう独り言を口にする提督の目の前では、涼しい顔をした仁王立ちのアークロイヤルと、歯を食いしばって必死になっている瑞鶴の姿があった。
空には多数のマンタ、海上には無数のダツとトビウオ、時折水中からホホジロザメが大口を開けて突きあがる。相変わらず意味の分からない魚群フィールドが展開されている。
「くっ……いつも通り、ハチャメチャな攻撃……!! そこっ! 直上爆撃!!」
「フン、そんなわかりやすい攻撃など通るものか」
「ダメか……!!」
こんな意味不明な全方位360度デスゾーンみたいなフィールドで反撃に転じられるだけでも大したものだとは思うが、そのレベルではアークロイヤルに一発入れることはできない。
心の中で鯉住くんが瑞鶴を応援していると、アークロイヤルが何やらアドバイスめいたものを口にしだした。
「今の貴様など何も怖くない。陸に打ち上げられたマグロのようなものだ。自由に泳ぐことはおろか、息をすることさえできていない。そんなことだからどの空母艦娘も脅威たりえんのだ」
「そんな余裕……打ち破ってやるっ!!」
「だから脅威たりえんと言っているだろう。……仕方ない、分からないなら教えてやろう。出来の悪い弟子ではあるけど、中途半端なまま帰してadmiralの顔に泥を塗るわけにもいかない」
「誰の出来が悪いよ! そこっ!」
瑞鶴の艦上攻撃機から放たれた魚雷が、アークロイヤルの雷魚によって食いちぎられる。色々と常識を無視した光景だが、瑞鶴にとっては毎日見る見慣れた光景でもある。
「フン……そういうところだ七面鳥。当たる確信もない攻撃を繰り出してなんになる。……お前が、いや、お前たちが弱いのには決定的な理由がある。教えてやろう」
「何をっ……!」
「大破しないよう注意しながら聞け。まず貴様が何故私にとって脅威たり得ないか。理由は山ほどあるが一番は、手数が少なすぎるからだ」
瑞鶴の表情が歪む。こんだけ意味不明なパワーで魚を大量に具現化しているチートにそんなん言われてもどうしようもないだろふざけんなという表情である。それはそう。
そんな顔をしつつ必死に突き刺さろうと突っ込んでくるダツを躱しながら、瑞鶴はアークロイヤルに続きを促す。
「貴様の考えていることくらいは分かるが、私が相手だからどうだという話ではない。そんなことを考えている時点で3流だ。
貴様、自身の艦載機が何機搭載されていると思っている? 70機ほどは操っているだろう。それで手数が少ないと言われていては話にならんと言っている」
「そんなこと言ったって……!」
基本的に空母艦娘は非常に過酷な頭脳労働をしている。スロットが4つあって全てに艦載機を搭載しているということは、イメージしやすく言えばラジコンを4つ同時に操作するような話だからだ。スロットごとにリーダー機がおり、そのリーダー機を自身で操作することで部隊全体を運用するというのが基本となる。
搭載機が70機もあるからと言って、その全てを自身が操縦しているわけではない。そんなことはいくらなんでも不可能だ。4部隊ですら相当の熟練を必要とするというのに。
ではアークロイヤルが言っているのはその無理を通して70機全てを操縦しろということなのだろうか?
「泣き言をいう暇があったらなんとかしろ。不可能を可能にしろ。出来ないならできるやり方を考えろ。私がこれだけの魚類を同時に操った上で、こうして無駄話に興じる余裕がある様子を見ても何も思わないのか?
貴様がいつ気づくのかと思いながら研修を続けてきたが、察しが悪すぎてこうして直接指導してやらないといけない羽目になってしまった。あまりにも情けなくて愛するadmiralに申し訳が無い。反省しろ」
「好き勝手、言って……!!」
ヒントとも言えないようなヒントと一緒に理不尽な煽りを叩きつけられながらも、そして魚群の猛攻をしのぎながらも瑞鶴は考える。
認めるのは非常に腹立たしいのだが、アークロイヤルの言うことは尤もでもある。彼女は100を優に超える魚を自由自在に操っている。しかも本人には必死さの欠片もない。まるでなんにもしていないかのように、悠々とたたずんでいる。
(それだけのスペック差があるってこと……? いくらなんでもありえない)
いくら相手がバケモノ級とはいえ、100以上のラジコンを同時に操って余裕綽々なんてあり得ないのだ。ひとつの脳で100以上の並行思考。不可能である。
だったら自分の艦載機と相手の魚の違いは何? それがわからないと、多分だけど現状を打開できない……!
「お前ら艦娘は全くもって出来損ないだ。admiralの爪の垢を煎じて飲むべきだ。もしadmiralが艦娘であれば、こんな問いかけなどなくとも答えにたどり着くだろう。そしてこの世界のどの艦娘よりも優れた存在になる。貴様等には愛が足らず、器の大きさもない」
今度は艦娘全体をディスり始めたアークロイヤルに対し、瑞鶴の額に青筋が浮かぶ。とはいえこの程度の精神攻撃は研修の時に山ほど経験したものだ。一瞬で冷静になってさっきの言葉の意味を考える。なんだかんだアークロイヤルは実力が上がるように指導してくれている。意味のない言葉はかけてこない。
先ほどの話に出た重要なことは『鯉住大佐が艦娘の殻を破るカギを握っている』ということ。ここでわざわざ大佐が引き合いに出された意味。大佐の一番の特徴と言えば……
「……妖精さん?」
「ほう。ようやく掴んだか」
当たりだったようだ。アークロイルの顔から侮蔑の色がなくなる。
「貴様等はどいつもこいつも人間を護るために命も惜しくないといった顔をする。自己犠牲、大いに結構。しかし無駄な事をしているとわかっていない愚を棚上げして、自己陶酔に任せて玉砕する様は愚かでしかなかった。
貴様等、ひとりで戦っているつもりか? フネの運用がひとりでできるとでも? 妖精は命令すればそれに従うだけの機械とでも思っている愚か者よ、恥を知れ。自分のカラダの動かし方も分かっていない赤子が何を護れるというのか。
だから私はadmiralは全ての艦娘に勝ると言っている。愛が足らない、器が足らない。だから目の前の妖精の必死な姿も見えず、自分のことしか考えられないのだ」
相変わらずの煽りだが、もう少しで何かが掴める状態の瑞鶴はそれに取り合うことはない。攻撃を終えて被害を負いながらも、自身の甲板に戻ってきた天山村田隊の隊長機に目を向ける。
その搭乗席には、まるで『心配するなよ大将』とでも言いたげな表情でサムズアップしている妖精さんが見える。
(そうだ……なんで忘れてたんだろう。私達はひとりで戦ってるわけじゃない)
そう。目の前に居る妖精さんは村田少佐の魂を引き継いでいる……のだろう。本人と言葉は交わせないので真偽は不明だが、なにせ『天山村田隊』なのだ。そういうことなのだろう。
村田重治少佐。龍驤、赤城、翔鶴と歴戦の艦で飛行隊長を務めた超一流の軍人であり、『艦攻の神様』の異名を持つ。真珠湾では彼の雷撃技術が不可欠だとまで言わしめた英雄の中の英雄である。
その彼の魂をその身に宿す妖精さん。艦娘がその他の動きをしながら片手間で操作する航空隊と、彼が、歴戦の飛行隊長が自分の意志で指揮する航空隊、どちらが上か。
考えるまでもない。
「……今まで気づいてあげられなくてゴメンね。目の前の化け物に一泡吹かせたい。協力してくれる?」
瑞鶴の問いかけにニヤッと不敵な笑みを浮かべながら、村田隊の隊長は部隊を率いて発艦していく。そこに瑞鶴の操作は必要なく、負担の無さに反して機動は鋭く。
「ハハハッ!! ようやく気付いたか出来損ない!!
貴様はようやく戦いの土俵に上がった。さぁ、あと3分しかないぞ? 勝ち取って見せよ!」
アークロイヤルの操る魚群からの攻撃が激しくなる。しかしその猛攻の中でも、天山村田隊はその機体の性能を十二分に活かし、瑞鶴の操作では躱すことのできない攻撃を躱し切り、瑞鶴の操作では当てられない雷撃を叩き込んでいく。
悔しいがアークロイヤルの言う通りだ。ようやく土俵に上がることができた。気づいてしまえば本当に簡単な事だったのだ。
軍艦がひとりの意志で動かせればそれは強力だ。操舵も索敵も砲撃も雷撃も空爆も、なにもかも思う通りに行える。しかしその分の取りこぼしがどうしても出てしまっていた。そうして取りこぼしてしまったものこそ、今の彼女に、艦娘に本当に必要なものだったのだ。
(このカラダ、私ひとりで動かすんじゃない。私と私についてきてくれてる妖精さんたち、みんなの気持ちをひとつにして動かすんだ!)
瑞鶴の動きが変わる。今まで航空隊の操作のために棒立ちになっていた艦体は、軽やかな回避を行えるように。艦載機はそれぞれの部隊の持ち味を活かし、今までを凌駕する機動を見せるように。
それはまるで、目の前のアークロイヤルが何も意識せずに無数の魚を操るのと同じような状態。ようやく瑞鶴は本当の意味での『艦娘としての戦い方』を掴んだのだ。
「私はここから一歩も動かないし手も足も出さないでやる! 残り時間は少ないぞ? 沈むつもりでかかって来い!」
「言われなくても!」
ようやく戦いの形になってきたとはいえ、相手は世界でも指折りの実力者。本体が手出ししないとはいえ実力差は如何ともしがたく、時間だけが過ぎていく。
(このままじゃ時間切れ……! 勝負を決めるなら今! 航空隊、一斉攻撃仕掛けるわよ!)
瑞鶴の指示を受け、各航空隊から気炎が上がる。『こんな魚なんぞに私達が止められるか!』声にならない意気込みが聞こえてくる。
村田隊の苛烈にして正確な雷撃が魚群をすり抜け始め、魚たちの意識が艦攻隊に向く。しかしそれは囮。
(魚だけに『釣り針にかかった』、なんてね。頼んだわよ、江草隊長!!)
雷撃の激しさに気を取られて注意が薄くなった上空。敵の艦載機であるマンタは艦戦である烈風改の部隊が決死の覚悟で抑えている。この状況こそ垂涎の的であった。
江草陸繁少佐。『艦爆の神様』とも呼ばれ、率いる急降下爆撃隊はとんでもない命中率をたたき出した艦爆乗りの中の艦爆乗り。その彼の意志を継いだ『彗星江草隊』が、『村田隊なんぞに負けてられるか!』と言わんばかりに、お得意の急降下爆撃を仕掛ける!
瑞鶴の操作では到底及ばない急角度からの急接近、そして流れるような爆音轟く大爆撃がアークロイヤルに炸裂する。
そして爆風ののちに煙が晴れた場所には、何もなかったようにアークロイヤルが佇んでいたのだが……
彼女の制服艤装はボロボロと焼け焦げていた。
「合格! 及第点だ七面鳥!」
アークロイヤルの声が戦場に響き渡り、魚の群れは何事もなかったかのように海中に散っていく。
見事アークロイヤルを中破まで追い込んだ瑞鶴は、無事に合格を貰うことができたのだった。
「……やったぁ!! 見てた大佐!? やっと一泡吹かせてやったわ!!」
「おー……すごいですよ瑞鶴さん。土壇場で覚醒するなんて主人公みたい」
「もっと驚きなさいよ! 張り合いないでしょ!」
「いや驚いてますって。とにかく、今の瑞鶴さんなら単艦でも二つ名個体といい勝負できると思います。よく頑張りましたね」
「ふふん! もっと褒めてもいいのよ?」
「テンション高いなぁ……」
瑞鶴のテンションはもう普段からは考えられないくらい上がっている。
今まで数か月にわたって毎日ボコボコにされ続けてきたアークロイヤルに、一発いいのを初めて入れられたのだ。その気持ちはわかるというものだ。
とはいえその姿が若干うざくなってきたようで、アークロイヤルが話に割り込んできた。
「……そうやって調子に乗るあたりが三流だと言っている。まだまだ妖精と自在に意思を合わせることができるようになっていないというのに……大した自信だな。まだここで研修を受けたいか?」
「いーやーでーす! 鍛えてくれたことには、まぁ、しぶしぶだけど、感謝するけど……もう魚にサンドバックにされるのは結構でーす!」
「ねぇadmiral、この七面鳥景気よく鳴いてるけど本当に大丈夫かしら?」
「まぁまぁ……」
キャッキャと騒ぐ瑞鶴を目にして心底めんどくさそうな表情を浮かべるアークロイヤルに、鯉住君も苦笑いを浮かべるしかないのであった。
今回の話の中で瑞鶴はひとつ上の段階に到達しました。
あと他の3人も無事に卒業試験に合格しました。よかったね。