だから今の鯉住君の直属の上司は、ラバウル第1基地の大将ですね。
鼎大将とは仲良くしていますが、個人的なつながり、ということになります。
色々と派閥はあるようですが、少なくとも呉、佐世保、横須賀、トラック、ラバウルのトップは穏健派で、仲がいいようですね。
「おはよう、2人とも。今日から鎮守府の本格稼働だ。頑張っていこう」
「はい、おはよう。無理のない程度にやりましょ」
「おはようございます!精一杯頑張りますね!」
ドタバタした初日から一晩明けて、初の終日業務となる本日。
鎮守府とは思えないアットホーム感の中でぐっすり眠った3人は、朝から爽やかな表情を浮かべている。
今日は何から手を付けようか、そう鯉住君が考えていると、秘書官の叢雲から声が上がる。
「そういえばアンタ、昨日の報告ってどうなったの?
大将たちはなんて言ってたの?」
叢雲の言う「昨日の報告」とは、夕張の建造に成功した一件である。
ここに赴任する前には、
「1か月ほどは2人で書類仕事と近隣防衛を重ね、鎮守府運営に慣れるように」
という指令を受けていた。
しかし初日から人数が1人増えてしまい、状況は変わってしまったのだ。
だから叢雲としては、これからの方針転換もあり得ると考えており、いの一番に確認したい案件だった。
「それが……」
……その質問を受けた鯉住君は苦い顔をしている。
もしやなにか良くない方向に話が進んだのか……不安に駆られた叢雲は彼に尋ねる。
「ちょっと……何黙ってるのよ……!? もしかして……!!」
悪い予感が的中してしまったのだろうか……?
叢雲にとって歓迎できない可能性が頭をよぎる。
その異常性を買われた鯉住君が大本営に召喚され、鎮守府を去ってしまうのでは?
建造炉に秘密があるかと疑われ、鎮守府ごと接収されるのでは?
せっかく迎えることができた、気のいい仲間の夕張が、転属になってしまうのでは?
ここ数日間の付き合いではあるが、叢雲は鯉住君を自分の提督として認めている。
だからなんだかんだ言いつつも、彼と離れたくないというのが本心なのだ。
叢雲の心に不安が広がる……
「……笑われた」
「……は?」
しかし鯉住君の口から出た言葉は、全く予想していないものだった。
「呉第1鎮守府の鼎大将にも、ラバウル第1基地の白蓮(しらはす)大将にも、大爆笑された……」
「ええぇ……?」
わけが分からないことを困り顔で話す鯉住君。
「ど、どういうことよ、笑われたって!?」
「いや、それがさ、あの人たち、
俺が鎮守府に着任したら、「まず最初に何をやらかすか」って話で盛り上がってたらしくて……」
「……え、何それは……?」
「いやね……俺も腑に落ちないというか、納得してないんだよ?
あの人たちの中での俺の評価は、
『何かしら行動すると、面白い事を引き起こす奴』
ってものらしいんだよ……なんでだろうね……」
「……」
「全然身に覚えがないんだけどなぁ……」
「……」
身に覚えがないとか、どの口が言うのだろうか……?
あれだけ今までやらかしてきたというのに。
うちの提督はもっと自身を客観的に見れるようになるべきだ。
叢雲は眉間にしわを寄せ、そこに手を当て、深ーくため息をつく。
「はぁーーーー……」
「そうだよな、溜息出ちゃうよな……」
「私のため息はアンタのせいでもあるんだけどね……」
「うぇ!? なんでぇ!?」
「わかってないわよね……わかってたわ……」
叢雲が頭を抱えていると、隣で今の間抜けな会話を聞いていた夕張から質問が入る。
「あのー……それで結局どうなったんでしょうか?」
「あ、そうだね、気になるよね。
結局そのまま当初の予定通り、鎮守府運営をするように、だって」
異例の事態にも拘らず、特に何かすることもない、ということらしい。
それを聞いて正気に戻った叢雲が口をはさむ。
「……え? それじゃ私達、何もしないでいいってことなの?」
「そう。だから叢雲さんと暫く2人でやってくはずだった業務を、夕張さん含めて3人で回していくことになる」
「はー……安心したわ……
私はてっきり、アンタが大本営に拉致されたり、鎮守府解体になったりするかと思ったわよ」
「いやいや……そんなことあるわけないでしょ……」
2人の雰囲気が緩んだのを感じて、夕張がおずおずと口を開く。
「私も大丈夫だって聞いて安心しました。
なんだか私のせいで迷惑かけちゃったみたいですし……」
「ああ、夕張さんは全然悪くないから、気にしないでよ。
むしろキミが来てくれて俺たちは嬉しいんだからさ」
「そう言ってもらえるのはこちらとしても嬉しいですが、
おふたりの様子を見ていると、どうにも……」
ばつが悪そうにしている夕張。
鯉住君の言う通り、彼女には何の非もない。むしろ全面的に非があるのは鯉住君だ。
そんな彼女の様子を見かねて、鯉住君はフォローを入れる。
「心配かけちゃって悪かったね。
お詫びに今日の業務後、キミに俺の知ってるテクニックをみっちり教えてあげるから」
「あ、え、今日!? ホント!?」
「ああ、マンツーマンで満足するまで付き合うよ」
早く約束を果たすことと、心配させたお詫びのつもりで、鯉住君は艤装メンテのレクチャーについて提案した。
しかし事情を知っているのは2人だけで、隣でわなわなしている秘書官にはその話は伝わっていない。
耳年間な彼女が今の会話をどう受け取ったのかは、真っ赤に染まった顔を見れば言わずもがなだろう。
「ちょ、ちょっとアンタたち……それ、一体どういうことよ……!
私の知らないところで、何があったっていうのよ……!!」
「あ、叢雲さんはあの場にいなかったですね!
昨日提督に、艤装メンテを教えてもらう約束をしたんですよ!」
「そうそう。せっかくだから早い方がいいと思って」
ドゴォ!
「へぇあっ!?」
「言い方ぁ!!」
残念な言葉選びをした鯉住君に、叢雲からのローキックが炸裂する!
「アンタがっ!そんなんだからっ!色んな誤解が生まれるんでしょうがぁっ!!」
ゴッ!ゴッ!ゴッ!
「痛!ちょ、やめ、やめてぇっ!!足が!折れる!」
「む、叢雲さん、どうしたんですか!?提督がケガしちゃいます!」
「しつけよしつけ!秘書官はねぇ!こういう仕事もしないといけないの!」
一応叢雲には、数ある鯉住伝説の真相が伝わっており、
鯉住君はロリコンだとか、人前で堂々と愛を叫ぶ変態だとか、そういうものでないことはわかっている。
しかし同時に彼の言動がそういったものを引き寄せていることも理解しており、
面倒見のいい彼女は、その辺の矯正もしてやらないと、と真剣に考えている。
今の彼の言葉選びは、叢雲の判定では完全にレッドカード。矯正の対象となったようだ。
周りにいる妖精さんたちが、叢雲に向かってサムズアップしていることから見ても、彼女の判定は公平なものである模様。
「う、うぅ……これ絶対痣になったわ……」
「もっと言葉に気をつけなさい。女の子は深読みしちゃう生き物なんだから」
「なんだかよくわからんが、言動には気を付けるよ……」
「とりあえずそれでいいわ。全く……」
「だ、大丈夫かなぁ……」
足をさすりながら地面にうずくまる提督に、仁王立ちしながら呆れた目で見降ろす秘書官。
夕張の持つ提督と秘書官のイメージが音を立てて崩れたのは言うまでもない。
「はいはい、そろそろ立ちなさい。
茶番はこの辺にしといて、今日の業務の相談するわよ」
「痛たた……」
鯉住君が立ち上がるのに手をかす叢雲。
最終的にはフォローをうまく入れられるところが、彼女のいいところである。
・・・
「今日はできたら出撃をしたいと思う」
痛みが引き、復活した鯉住君が口を開く。
「あら、いいわね。『はじめての出撃』任務もこなせるし、ちょうどいいんじゃない?」
「そうですね、叢雲さん。鎮守府近海の哨戒くらいなら、低練度でも大丈夫でしょうし」
艦娘の2人も提督の意見に賛成のようだ。
確かに鎮守府付近にいる、はぐれ深海棲艦程度なら、軽巡1・駆逐1で全く問題ないだろう。
しかし思うところがあるようで、鯉住君は懸念点を口にする。
「しかしな、昨日叢雲さん言ってただろ?出来たら主砲が2門は欲しいって。」
「それはまぁ、そうね。でも2人いれば問題ないと思うわよ?」
「まあ戦闘に問題はないかもしれないけど、思うところがあるんだよ」
「? なんでしょうか?」
「結局最終的には2人とも、主砲は2門積んで戦うのが普通になるだろ?
それだったら最初っからその状態に慣れといたほうがいいんじゃないかな、と」
「つまりアンタが言いたいのは、建造炉で主砲を引き当ててから出撃しようってこと?」
「そういうことになる」
叢雲は腕を組みながら、難しい顔をする。
「アンタが言うこともわかるけど、いくらなんでも無謀でしょ。狙った艤装出すなんて。
昨日だって同じことしようとして、夕張が建造されたんだし」
「昨日のはいくらなんでも例外だろ。
それに無茶な稼働をする気もさらさらない。それで資材が無くなっても本末転倒だしな」
「そうですよねぇ。ちなみに今の資材ってどれくらいなんですか?」
夕張が疑問を口にすると同時に、叢雲は棚から帳簿を出す。
ここには毎日の資材の収支を書き入れることになっている。いわば家計簿のようなものだ。
ちなみにこれも防諜の関係から、アナログで管理することとなっている。
「燃料900・弾薬850・鋼材850・ボーキサイト400ってところね」
「基本的に艤装が生み出される場合には、各資材が多く減っても300も行かない程度だ。もしまた何かの間違いで建造が行われても、資材減少は最大を見てもそれくらいのラインになるはず」
基本的には建造にしろ開発にしろ、各資材の減少量が300を超えることは滅多にない。
例外といえば戦艦や空母、一部の特殊艦の建造成功時くらいのものだ。
「夕張が建造されたときは、各資材が30ずつしか減ってなかったわね」
「ええ!? 私ってそんなに必要資材少なかったんですか!?」
「ああ。思ったより減ってなくて助かったよ」
「なんだか複雑な気分だわ……」
自分の開発資材量を聞いて、落ち込む夕張。
その辺の艤装と同じくらいの材料で自分ができたと知ったのだ。がっくりと肩を落とすのも無理はないと言える。
「ま、まぁあれだ。提督的には大助かりだから、そんなに落ち込まないで」
「はぁい……でもいいんですか?
資材がほとんどなくなっちゃっても、鎮守府運営はできるんですか?」
「今うちは燃費のいい2人しかいないし、一番不足してるボーキサイトを使うこともない。
だから2回ほどは建造炉回しても、通常業務には支障はきたさない計算だよ」
「最悪の事態を想定するのはいいことね。
でもわざわざ建造炉回さなくても、他の鎮守府で余った艤装を流してもらえばいいんじゃないの?」
叢雲の言うことももっとも。
というか鎮守府間での艤装交換は盛んに行われており、割とメジャーな選択肢だ。
自分の鎮守府で開発された艤装を使える艦娘がいない、なんてことになったら、宝の持ち腐れになってしまう。
艤装交換は、これを防ぐための措置であると言える。
しかし叢雲の提案に対して、鯉住君は首を横に振る。
「いや、流石に今日連絡しても、連絡船の関係もあるから、届くのは早くても1週間ほど先になるだろう。
それを待つくらいなら、持て余し気味の資材を有効活用したほうがいい。
資材のまま置いておいても、役には立たないしね」
「……うん。筋は通ってるわね。それじゃやるだけやってみましょうか。
私達向けの艤装が出れば大成功。他の艤装が出ても取引に使えるってところね」
「そそ。なんにせよプラスにはなるはずさ」
「なんだか楽しみですね!宝くじみたいでワクワクします!」
「そうね。昨日はそれで1等当てちゃったからね。今日は5等くらいでいいわよ」
鯉住君のことをジト目で睨む叢雲。
まだ昨日の建造ショックが尾を引いているらしい。
「だ、大丈夫だろ。流石に……
もし建造されても、戦艦とか空母とかじゃなきゃ何とかなる計算だし……」
「だからそういう不穏な発言をするんじゃないっていってるのよ!」
「あ、あはは……」
・・・
話がまとまったことで、3人仲良く工廠までやってきた。
なんだかんだ議論した3人だが、建造炉を動かす時はワクワクしてしまうものだ。
足取りも心も軽く、建造炉の前に立つ。
「昨日は俺と妖精さんで動かしちゃったからね。もしよかったら、今日は2人が動かしてみる?」
「ホントに!? 私、やってみたいです!」
「そ、そういうことなら、私もやってあげてもいいわよ?」
元気よく立候補した夕張と、言葉と裏腹にやってみたいと態度で示す叢雲。
タイプの違う2人ではあるが、どちらも興味津々な点は共通している。
「よし、それじゃ最初は夕張さんから動かしてみよう」
「はい! よ~し、出撃よっ!」
ポチッ
ウィーン……
例によって稼働音が鳴り、暫くすると青く発光。建造炉の扉が開く。
プシュー……
「これは……」
建造炉の中にあったのは、砲塔を模した艤装。
「これって……!」
「やったじゃないか!夕張さん!建造大成功だぞ!」
「やったー! 私やりましたっ!」
「ちょっとちょっと、それはいいけど、私達が扱える艤装なの?」
「あ、そうだね。確かめよう!」
建造炉の中から艤装を取り出し、色々な角度から眺める鯉住君。
艤装のメンテをしてきた経験から、大体の艤装なら判別がつく。
「おお!これは15.2㎝連装砲だ!かなりいい艤装だよ!
よくやった!夕張さん!」
「えへへ……これで出撃もバッチリ!お任せください!」
初めての艤装開発にしては、かなりいい装備が手に入った。
嬉しさで2人の表情も緩む。
その光景を見て奮起した叢雲。
フンスと鼻息を鳴らしながら建造炉の前に立つ。
「よーし、私もいい装備出すわよ!夕張の先輩として、無様な姿は見せられないわ!
とぉう!」
ポチッ!
気合の入った掛け声とともに、建造炉を稼働させる。
プシュー……
少しの間があり、建造炉の扉が開く。
「な、何ができたの!?」
扉が開くやいなや、待ち切れないといった様相で完成品をとりに行く叢雲。
後ろから鯉住君と夕張も中を覗き込む。
「お、これは……」
「魚雷、ですか?」
「61cm四連装魚雷!!主砲じゃなかったけど、これもいいじゃない!」
「やったな、叢雲さん!これで戦い方の幅も広がるな!」
「砲撃戦も雷撃戦も参加できるのはいいわね!」
2人の開発は大成功といってもいい成果となった。
資材もほとんど減っていないし、心配は杞憂だったことになる。
「それじゃ計画通り、バッチリ装備も整ったところで出撃してみようか!
まずは鎮守府正面海域。無理せず行ってみよう!」
「「おーっ!!」」
昨日の建造ショックとは異なり、安定感を増す開発に成功した3人。
記念すべき初出撃に戦意を高揚させるのだった。
早速鯉住君は叢雲ちゃんに尻に敷かれているようです。
そっちの方が、パワーバランス的にはちょうどいいのかもしれませんね。