「皆さんにはこれから運動会をしてもらいます」
鎮守府の隣にある広大な畑。そのさらに隣にあるこれまた広大な空き地に集められた面々は、宇宙に思いをはせる猫みたいな顔で提督の言葉に反応した。
ラバウル第6基地から応援として寄越されたメンバーである綾波、敷波、天霧、狭霧の4名もそれは同様だった。
事の起こりは今朝の起床時。起床の放送が流れた後に鎮守府内のメンバーは揃って食堂に行き、連絡があればそこで為されるというのがいつもの流れなのだが……今日は起床放送の後に召集命令が流れてきたのだ。
『全員に連絡します。食事が済んだ後に全員で広場まで集合してください。服装は支給してあるジャージ、もしくは動きやすい格好でお願いします。現在出撃中のメンバーには別途こちらで連絡を入れますので、そちらへの配慮は不要ですのであしからず』
とのことだった。
普段はそんな放送が無いため、私、綾波は首をかしげる。同室であり姉妹艦でもある妹3人もいぶかしげだ。ここは私が長女として冷静にしていないと……
とりあえず4人とも指示通りジャージに着替え、広場に集合した。周りを見ると本当に第10基地のメンバーが勢ぞろいしているらしく、かなりの人数が揃っていた。
さっきまで厨房を取り仕切ってくれていた足柄さんや秋津洲さんもいる辺り、本当に全員なんだろう。
詳細が知らされないままでの召集なため、誰もが不安そうにしている。もともとここのメンバーである速吸さんや龍鳳さん、神威さんを見ると同様に不安そうにしているので、本当に緊急というか機密的な話なんだろう。私も不安になってきたな……
「……あのさ綾波。一体何なんだろうね、急にジャージ着て集合なんてさ」
「綾波にもわかりませんよ敷波。なにか特別な事でもあるのでしょうね」
「皆さんすごく……不安そうですね」
「狭霧は心配性だなぁ。あの提督がやることなんだから、そこまで大事にはならないだろうよ。変わったヤツだけど頼りにはなるだろうし」
天霧が言うように鯉住大佐は変わったところが多少……いや、かなりあるけど、優秀な人物だということに間違いない。
ウチから派遣されてる技術班の方が言うには『私の3倍くらいの速さと精度とスタミナでメンテする超人。心折れそう』とのことだし、風の噂とは真逆でご本人の能力や人間性に不満はない。あの方の指揮なら問題ないだろうという安心感もある。筋肉もすごく凄いし、私的にもとっても高得点だ。
でもそれはそれとして色々と不安なのは確かだ。朝一番にジャージ着て空き地に集合、しかも全員。なんて急に言われたら不安にもなる。なにせなにひとつ意味が分からないんだもの。
そうして集まったメンバー全員で不安にしていたところに提督が現れて、軽く挨拶してから口にした言葉が冒頭のアレ。
運動会……?? いや、あの……運動会……???????
余りにも理解できない一言に、会場の心がひとつになったのはしょうがない事だった。
・・・
深海からのお客さんの急な襲来、そしてなんか戦った実績が欲しいという内容。それに対してラバウル第10基地首脳班が導き出した答えは『隠すのは土台無理だしオープンにしちゃうか』だった。
いやなに無責任言ってんの、と普通の感覚を持つ人間ならツッコむところだが、もう本当にどうしようもなかったのだ。
戦闘をするということならドンパチするしかなく、よっぽど鎮守府から離れたところで行動しないと必ずバレる。戦闘をするということならそうするしかない。
しかしながらそんな離れたところで戦闘なんてしてみたら、相手の超火力にさらされるこちらに万が一があった際にリカバリできない。
演習弾を使ってもらうという手もあるにはあるが、それではあくまで演習の域を出ず、戦闘をしたという話で通すのは無理筋である。まぁ正直それでもいい気がするのだが、変に誤魔化してしまうと後が怖いとは鯉住くんの談。なんか直感が働いたらしい。
そういうことで相手に全力を出してもらいつつ、安全が確保されていて、それでいてこちらにも勝ちの目があるいい感じの勝負がしたいということで、候補に挙がったのが……『運動会』であった。
「ホラ、スポーツって元々代理戦争みたいな所があるし、こっちもあっちも初めてのルールで戦うんならお互い全力でいい勝負できるし」
「アンタまたおかしな事言い出したわね……」
「本気で言ってるのがわかるので私も止められないんですよね……」
「鯉住大佐をどうこうするのはもう諦めてますわ」
「ナイスな解決策出したのにその態度ひどくない? みんなもうちょっと提督に優しくしない?」
こんな会話が執務室であった上で、鯉住くんのトンチキな解決策は実行に移されることになった。
秘書艦のみんなはもう提督の奇行に慣れてしまったので、このくらいなら『まぁあちらさん怒らせて大事になるよりマシか』くらいの認識だったりする。提督ともども常識が喪われていってるのには誰も気づいていないところが悲しい。
なお一番の問題である深海棲艦との内通疑惑的なアレコレは『米海軍からの留学で精鋭がやってきた』でゴリ押しすることにした模様。
こないだ三鷹提督がベーリング海を解放(ベーリング海の海域ボスは今のガングート)したので、そのルートで国交が回復したというていにするとか。無くはない話なので疑われることは無いだろうという目論見である。
そういうことで冒頭のあいさつに戻る。
「みなさん急な話で困惑してるのは分かりますが、たまには息抜きも必要と考えまして、この企画を用意いたしました。特別ゲストもいますよ!」
((( 特別ゲスト……? )))
「やっほ、日本の艦娘たち。ガンビア・ベイだよ」
「ハァイ!! このワタシがステイツでナンバーワンのパワー! アイオワよッ!!」
「コロラドよ、ビッグ7のひとりでもあるわ。今日はマイダーリンに頼まれたから仕方なく慣れ合ってあげることにしたの。貴方達をコテンパンにするからよろしく」
((( 誰……? ステイツって……米海軍? いや、ていうかマイダーリンとは……???????? )))
「はいみなさん挨拶ありがとうございます。ということで、今日の運動会はゲストの米国組に参加してもらうこととします。こっちで組み分けしましたので、自分が紅組と白組のどっちなのかはあっちのホワイトボードで確認してくださいね」
((( いつの間にかホワイトボードが用意されてる…… )))
「組わけを確認したらそこにあるカゴから対応した色のハチマキもってくようにお願いします。それじゃ何か質問ある方はどうぞ」
((( 展開が早すぎる…… )))
・・・
ここであった質問あれこれ
Q.なんで急に運動会?
A.いい汗流して気分よくなってもらおうと思って
Q.そこの人たちは? ていうか米国とは連絡がつかないのでは?
A.大本営経由で秘密裏にベーリング海経由で来ました(嘘)
Q.大規模作戦中なんだけどこんなことしてていいの?
A.1日くらいヘーキヘーキ
Q.一応本拠の鎮守府に顛末を連絡しないといけないんだけど……
A.めちゃくちゃやってる自覚はあるからホントは話広めてほしくないけど、それがキミたちのお仕事だししょうがないです。しんどい
Q.運動会っていうけど種目は何を……いつの間にかホワイトボードに書かれてる……
A.はい
Q.会場はここでいいけど小道具とか待機所とか用意して……いつの間にか道具とか椅子が置いてある……
A.はい
・・・
綾波です。ラバウル第6基地から姉妹艦の敷波、天霧、狭霧と一緒に応援としてやってきました。大規模作戦に従事する精鋭としてやってきました。
そんな私は今、紅組のリレーメンバーとしてバトンが渡ってくるのを待っています。
「ハァッ、ハァッ……!! 綾波っ!」
「よく頑張りました敷波! あとは任せて!!」
敷波が頑張って順位をキープしてくれました。前を行くのは軽巡の長良さん。
……流石に普段から鍛えていらっしゃるだけあって追いつける気はしませんが……私も黒豹の異名を冠された艦ですからね。そんなに簡単に引き離されてあげませんよ。カッコ悪い所見せられないですしね。長女ですからね。
「……ッ!!」
くっ……!! 強がってはみましたが、やはり離されてしまいました。でもこれはリレー、ゴールまでにはまだまだ追いつける圏内です。
あちらの次走は五十鈴さんですし、胸の抵抗的にこちらの次走の天霧に分があるでしょう。えぇ、空気抵抗はこの世の真理ですので。
「天霧ッ!!」
「さっすが姉貴だぜ、良く抑えてくれたっ! 五十鈴先輩だからって負けねぇからなぁ!!」
よく言いました天霧! すごいスピードで離れていく背中を息も絶え絶え見つめながら、私は選手控えゾーンまで戻ります。そこには申し訳なさそうに出迎えてくれる狭霧が居ました。
「姉さん、その、お疲れ様でした……」
「ハァ、ハァ、結局追い越すことはできなかったですけどね」
「そんな、長良さん相手にあそこまで追いすがれるだけでもすごいです……! 狭霧など、競争に参加することすら二の足を踏んでしまいましたのに」
「いいんですよ、艦娘の強さは足の速さではなく海戦での強さ。徒競走が向いていないだけで狭霧の良さが失われることはありませんから」
「ハ、ハイ……!!」
健気でかわいい妹ですね……素直になれない敷波と素直で分かりやすい天霧もそれぞれかわいいですが。
私達の本分は海上での戦闘ですから、走るのが速い遅いでそんなに一喜一憂することなんてないですよ。
……あれ、走るのが速い遅いと言えば。運動会なんて言われて最初は困惑していたのに、随分と楽しくなってきてしまいましたね?
周りの他の鎮守府の皆さんも熱気ある応援をしてますし、元々こういった催し物が私達艦娘は好きなのかもしれませんね。
もしや鯉住大佐は、私達の目に見えないストレスを鑑みて今回の運動会を企画したのでしょうか? うーん、そう考えるとあの方の観察眼には舌を巻かざるを得ませんね。
艦娘本人にもわからないコンディションを見抜いて、奇抜ながらも的確な対処をしたということになります。新人さんと聞いてはいましたが、異例の出世スピードにも納得ですね。
・・・
「いやぁ、いい勝負だねぇ」
「そうね。なんか艦娘側も思った以上に楽しんでるみたいだし、やってみてよかったのかもね」
「純粋な馬力ではベイさん達には敵いませんが、運動会の種目なら話は違いますからね。……あ、アイオワさんが両手にたくさん玉を抱えたまま転んじゃいましたね。足元が見えなくて玉を踏んづけちゃったみたいです」
「玉入れなのにあんなに抱え込むから……」
「なんで運動会なんていうワケのわからない解決法で、事が丸く収まりそうなのかしら? いつもながら理解に苦しみますわね……絶対に提督に報告したら大笑いですわコレ」
運営サイドとしては思った以上に効果的だったので大満足であった。
点数的にも紅組と白組に大差はなく、抜きつ抜かれついい勝負である。懸念点であった深海組の満足度としてもいい感じである。アイオワは大喜びだし、他ふたりも初めての競技に四苦八苦しつつもまんざらではなさそうだ。
「これにて一件落着ってやつかな。いやぁ、いい仕事したなぁ」
「アンタ……現実から目を背けるんじゃないわよ」
「そうですよ提督。肝心な問題がまだ残ってるじゃないですか」
「叢雲も古鷹も何を言ってるのやら……」
「すっとぼけないでいただきたいですわ、鯉住大佐。彼女たち……認識としては米海軍の研修生ということにしていますが、少し調べればそんな事実はないことと分かるでしょう。彼女たちの存在をどう秘匿するつもりです?」
「それはホラ、こっそりと技術交換でやってきた研修生って扱いにすることで決定してたじゃないですか、高雄さん」
「あの時は私もそれ以外方法が思いつかなかったですが、今考えると無理筋も良いところかと。そもそもそんな重要人物が第10基地に来て運動会するなんて意味が解りません」
「まぁそれは……」
「いったんその意見に賛同してしまった以上は大佐おひとりを責めるつもりはありませんが……なかなか難しいですね」
「うーん……やっぱりゴリ押しでいいんじゃないですかね? 海外からの研修生が辺鄙な基地で運動会してるとかいう意味不明な状況ですけど、なんか意味があると思ってもらえるもんですし、自分の生活に影響なければそんなに気にする人もいないでしょう」
「アンタはホントに楽天的になったわよねぇ」
「叢雲もそうでしょ? 色々起こり過ぎて大体のことはなんとかなるって分かっちゃったんだよ」
「その変化が良いことなのか悪いことなのか……ちょっと不安です」
「古鷹の魅力はちょっと大雑把になったくらいじゃ失われないから大丈夫だよ」
「ま、また提督はそんなことおっしゃって……」
そのあと叢雲と高雄から裏紙でできたハリセンでブッ叩かれた鯉住くんではあるが、彼の予想通り特に問題なく運動会は終了したのだった。
結果は紅組が僅差の勝利。深海勢は白組に所属していたため惜しくも敗北となってしまった。
とにかくこれにて深海側は『攻め込んだが全力で戦うも敗北した』という実績を得たことになり、これがきっかけでまたひと悶着起こるのだが……それはまだ少し未来のお話である。