到着したときにひと悶着あったものの、それ以降は思ってたよりも断然スムーズに仕事が進んだ。
やたら構ってくる陽炎と対抗心を燃やした初春の両名により鯉住くんが大岡裁きみたいな感じになったり、陽炎の姉妹艦である時津風にやたらと懐かれて肩車しながら執務させられたり、鯉住くんのメンテのお陰で死地を脱したお礼がしたいと陽炎の姉妹艦の磯風から炭化した焼き魚を振る舞われたり。
そんなイベントが鯉住くんには発生したが、部下たちの交流は概ね問題なかった。どちらの鎮守府も兵站確保、輸送任務に重点をおいているので、方向性が同じだったこともやりやすさを後押ししていた。
ノウハウの交流が進むなかでも特に感謝されたのは、秋津洲だった。
鯉住くんの弟子としてメンテ技術を磨き、足柄の弟子として料理スキルを高め、ニ式大挺ちゃん(魔改造済)と連携して海上索敵&迎撃を担ってきたのが秋津洲。痒いところに手が届く系艦娘であり、戦闘能力は下の下だとしても、総合能力では替えが効かないレベルの存在になっている。適材適所を具現化したような艦娘として大成していた。
そんな彼女なので、戦闘力以外の能力が他より求められる呉第2鎮守府では『戦闘以外なら何を聞いても答えてくれる』として、頼られていた。
秋津洲としても他から頼られることは珍しいので、鼻高々で毎日過ごしていた。彼女のことをよく知る鯉住くんたちは、それをほっこりした気持ちで見守っていた。
「ふっふ~ん! みんな秋津洲のこと誉めてくれて嬉しいかも!」
「良かったねぇ。秋津洲は今まで頑張ってきたから、その結果だよ」
ちなみに今日の彼女の活躍は、基地航空隊の練度向上だった。大挺ちゃんが各種陸攻を引き連れて訓練飛行する様子は、見ていてなかなか壮観だったとか。
ニコニコしてる秋津洲を見て『今日も秋津洲はかわいいなぁ』と、鯉住くんは慈愛の目を向けている。その表情は完全に娘を見る父親の目であった。
そんなやり取りをしていたのだが、そこに落ち着いた声で話しかけてくる者が。
「鯉住さんに秋津洲さん、頑張っているようね」
「あ、柳先生!おはようございます!」
鯉住くんの恩師であり、ここ呉第2鎮守府の提督でもある柳中将だった。
日本海軍の女性用制服をきっちりきこなし、肩にはシックな色合いのケープを羽織っている。その姿勢は年齢を感じさせないほどしゃんとしており、上流貴族の夫人といった表現がピッタリである。
鯉住くんとしては過去に自分を拾い上げてもらった大恩があるので、まったく頭が上がらない相手だったりする。
「先ほど基地航空隊が帰投するのが見えました。彼女たちの指導に感謝します。陸攻の訓練のノウハウは乏しかったの」
「だってさ、秋津洲。頑張った甲斐があったな」
「満足してもらえて恐縮かもです!」
「ふふふ、可愛らしいお嬢さんだわ。鯉住さん、貴方の部下の様子を見れば、貴方がどれだけ健全な鎮守府運営をしているかよくわかります。私など提督としては足元にも及ばないわね」
「い、いやいや! 柳先生の方が俺なんかよりもずっとすごいですから!」
「艤装メンテナンスの腕と提督としての実績で言えば、本当に足元にも及びませんよ」
あたふたする鯉住くんとは対照的に、柳中将は穏やかに微笑んでいる。
大学の時からふたりはこんな感じのやり取りをよくしていたので、当時を知る者がこの光景を見たら、懐かしさを感じることだろう。
そんな和やかな雰囲気のなか、柳中将は表情を少し引き締めて、別の話題を切り出した。
「鯉住さん、鼎大将から聞きました。なんでも今回の大きな作戦に貴方も参加することにしたとか」
「あ、はい。とりあえず柳先生のところで後方支援ノウハウの共有してこいって言われただけで、詳しい内容はまだ聞いてませんけど」
「そうですか……でしたら私から込み入った話をするのは良くないわね。でも、これだけは伝えておきたいの」
「な、なんでしょうか」
柳中将は真剣味を帯びた声で話しかける。在学時には見たことのない雰囲気に、若干気圧されつつも鯉住くんは耳を傾ける。
「勝手なことだとわかっていてもこれだけは伝えておきたいの……今回の作戦は、鼎大将と私にとっては、何よりも重要な、決して目を背けてはいけないものとなります。若い貴方たちに背負わせたくはないことだけど、私達だけでは実力不足なの。だからお願い、チカラを貸してください」
そう言って頭を下げる柳中将。彼女の真剣な姿勢に、鯉住くんの背筋が自然と伸びる。
どうやら彼女はなにか秘密を持っているようだが、鯉住くんとしてはそこはさほど重要でない。
恩師に頼み事をされたのだから、ちょっと無理してでも叶えるべきだと、そう考える。
「わかりました。そんな頭なんて下げないでください」
「……こちらのわがままを聞いてくれてありがとう。少し肩の荷が降りたわ」
「恩返しのちょうどいいチャンスですから、そんなに気にしないでください。多分やること別に変わんないですし」
「秋津洲たちに任せてください! みんなすっごく頑張ってすっごーく強くなったから、どんな任務でもへっちゃらかも!」
「あらあら、頼もしいわ。それでは鯉住大佐、作戦の際には部隊指揮のほど頼みましたよ。後方支援はこちらでさせていただきます」
「はい、任されました」
鯉住くんとしてはお世話になりっぱなしだった相手なので、こうして頼ってもらえるのはかなり嬉しかったりする。
とはいえ実際にどのような仕事が振られるかはわからないので、一抹の不安があるのは否めない。自分の鎮守府が過剰戦力気味だという自覚はあるが、不安なものは不安なのだ。
「ちなみに柳先生、作戦がどういったものなのかご存知なら、ちょっとくらい教えていただいても……?」
「ごめんなさいね。私も知っていることはあるけども、今教えてもどうにもならない部分だけなの。伊郷元帥からの指示を待っていてください」
「そうっすか……それなら残念ですけど仕方ないですね。ちなみにここ呉第2鎮守府はどういった指令を受けてるんです?」
「鯉住さんのところと同じで、地力の底上げと他鎮守府との技術交流になります。十中八九、後方支援任務に当たることになるでしょうから、そちらに重点をおいて訓練していく方針ね」
「なるほど。呉鎮守府内で鍛えていく感じですかね」
「そうなりますね」
どうやら作戦についてこれ以上知ることはできないようだ。これはもう仕方ないと割りきることにした鯉住くん。
それならなにかできることはないかと考えるも、自分たちに与えられた任務といえば現行の教導任務。なんか自分でやろうとして余計なことになってしまっては本末転倒だ。
「うーん……なぁ秋津洲、今やってる任務の他に何かやっとけることないかな? 大きな作戦だってことだし、思い付くことで出来ることなら準備しておきたいし」
「提督は不安なの?」
「うん、不安」
「そんな不安に思うことないよ! さっきも言ったけど、秋津洲たちはみんなこれまで頑張ってきたんだから、ドンと構えてればいいかも!」
「秋津洲は頼もしいなぁ」
「もっと頼ってくれてもいいかも!」
かわいさはそのままだけれども、最初の頃に比べてずいぶんと頼もしくなったものだなぁと、感慨深げにする鯉住くん。
思えば鎮守府に配属されてすぐに秋津洲と出会ったんだった。そこから長くも短くも感じる忙しい日々を駆け抜けてここまで来た。
この作戦がうまくいけば、深海棲艦との関わりが大きく変わるかもしれない。そしてそうなると、今までの生活も色々と変わるかもしれない。
それならば今まで通りの日々を精一杯過ごしていこう。今を大事にして、より良い未来を掴むために。鼎大将もそれでいいよって言ってたし。
「あんまり気負いすぎることもないか。秋津洲、みんなもそうだけどキミも頼りにしてるからね」
「それでいいかも!」
「ふふふ、私も頼りにしていますよ」
「任せてほしいかも!」
これからは今まで以上に日々をしっかり過ごしていこうと気持ちを改めつつ、呉第2鎮守府での任務の日々を過ごしていった。
そして任務の期間が無事に満了し、本拠地のラバウル第10基地まで戻って来た一行。
いつも通りの任務をこなしつつ、適度に厳しく適度にだらだら過ごしていると、ついに大本営から大規模作戦の知らせが届くのだった。